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2024年5月11日土曜日

地方自治を国従属に変容させる 「指示権」導入の改定案審議入り

 都道府県や地町村などの自治権は憲法第8章「地方自治」(92~95条)に明記されています。国と地方「対等」な関係にあり、「地方分権」とか「地方政府」と呼ばれることもあります。
 地方自治法改定案が7日の衆院本会議で審議入りしました。この法案は災害や感染症などの「緊急事態」に備えて自治体に対する国の指示権を強化するのが狙いとされていますが、 「改憲問題対策法律家6団体連絡会」声明(4月17日付)によれば、改正案は憲法で定められた地方自治の本旨に反し、自治体のあらゆる事務に対して国が権力的に介入して指示権を行使できるとするもので国と地方の「対等」な関係がゆがめられる恐れがあるとされています
 政府は東日本大震災の時にも憲法に「緊急事態条項」を盛り込むことで、緊急事態時には国が地方政府に成り代わる(自治権を失う)ことの必要性を強調してきました。
 しかし政府に大震災時への的確な対応能力があるのかといえばそんなことはなく、東日本大震災でも熊本大地震でも直近では能登半島地震でも、国が関与して何か効果があったなどということはありませんでした。
 もしも国家権力の制約を曖昧にすることを狙う この地方自治法改定案が成立すれば、緊急事態条項の成立を待たずに実質的に地方自治権に介入できることになります。
 しんぶん赤旗の2つの記事と「改憲問題対策法律家6団体連絡会 声明」を紹介します。
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地方自治を国従属に変容 「指示権」導入の改定案審議入り
                       しんぶん赤旗 2024年5月8日
宮本岳志議員が批判
 政府が「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態」と判断すれば、国が地方自治体に対し発動できる「指示権」を新たに導入する地方自治法改定案が7日の衆院本会議で審議入りしました。日本共産党の宮本岳志議員は「憲法が保障する地方自治を踏みにじり、地方自治体を国に従属させる関係に変えるもので断じて許されない」と批判しました。(関連下掲
 宮本氏は、戦前の中央集権的な体制下で自治体が侵略戦争遂行の一翼を担わされたことへの反省から、日本国憲法に独立の章を設け地方自治を明記し、自立した地方自治体と住民の政治参加の権利を保障した背景に言及。ところが同法案は、国の指示・代執行などの強力な関与を導入する「法定受託事務」ばかりか、「自治事務」にまで国が指示できる仕組みを設けるものだと指摘。災害やコロナを例示しているが、指示権発動の要件とする「重大な事態」の範囲が極めてあいまいだとして「時の政府の勝手な判断となるのではないか」とただしました。
 松本剛明総務相は指示権について、「地方自治法上の関与の基本原則にのっとり、厳格な要件を設けている」と強弁しました。

 さらに宮本氏は、すでに政府が沖縄で民意も地方自治も無視し、知事の権限を奪う「代執行」にまで踏み切り、米軍辺野古新基地建設を強行したと批判。「安保3文書」に基づき政府が進める空港・港湾の軍事利用拡大のための公共インフラ整備でも、国が必要と判断すれば自衛隊の優先使用の「指示」が可能になると指摘。新型コロナ対応では一斉休校など国の一律の指示が現場に混乱を持ち込み、能登半島地震では下水道がいまだに復旧されていない現状に触れ、「国に求められていることを行わず、災害やコロナに乗じて、地方自治破壊の仕組みを導入するなど断じて容認できない」と廃案を求めました。


地方自治法改定案 宮本岳志議員の質問(要旨) 衆院本会議
                       しんぶん赤旗 2024年5月8
 日本共産党の宮本岳志議員が7日の衆院本会議で行った地方自治法改定案に対する質問の要旨は次の通りです。
 本法案の最大の問題は、政府が「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態」と判断すれば、国の地方自治体に対して発動できる「指示権」を新たに導入することです。
 日本国憲法は、戦前の中央集権的な体制のもとで自治体が侵略戦争遂行の一翼を担わされたことへの反省から、独立の章を設けて地方自治を明記し、自立した地方自治体と住民の政治参加の権利を保障しました。ところが歴代自民党政府は、自治体の権限や財源を抑制し、1999年の地方分権一括法では、「地方分権」を掲げながら、機関委任事務を法定受託事務として事実上温存し、国の「指示」「代執行」などの強力な関与を導入してきました。創設される政府の「指示権」は、法定受託事務ばかりか自治事務にまで国が自治体に「指示」できる仕組みを設けるものです。
 災害やコロナを例示していますが、「重大な事態」の範囲はきわめて曖昧です。時の政府の勝手な判断となるのではありませんか。憲法が保障する「地方自治」を踏みにじり、地方自治体を国に従属させる関係に変えるものであり、断じて許されません。
 すでに政府は沖縄で、民意も地方自治も無視し、名護市辺野古への米軍新基地建設を強行しています。玉城デニー県知事が公有水面埋立法に基づき、沖縄防衛局が提出した設計変更申請を不承認としたのに対して、国民の権利救済を目的とする「行政不服審査法」を悪用して覆し、代執行にまで踏み切りました。住民自治も団体自治も踏みにじっている認識がありますか。
 政府は「安保3文書」に基づき、空港・港湾の軍事利用拡大のための公共インフラの整備をすすめています。「国民の生命・財産を守る上で緊急性が高い場合」に「自衛隊・海上保安庁が柔軟かつ迅速に施設を利用できるよう努める」ことを条件として、国が整備費用を負担するとしています。政府は自治体に自衛隊の優先使用を強制するものではないと説明していますが、国が必要と判断すれば、優先使用を「指示」することが可能になるのではありませんか。

 政府は「想定外の事態」に対応するためといいますが、新型コロナ対応では全国の学校の一斉休校など、国の一律の指示が現場に混乱を持ち込みました能登半島地震の発災から4カ月、依然、下水道は通らずNHKさえ映らない地域があります。待たれているのは、頭ごなしの国の「指示」ではなく、被災自治体の要望に応えることです。国に求められていることをやらず、災害やコロナに乗じて、地方自治破壊の仕組みを導入するなど断じて容認できません。廃案を求めます


国の指示権を拡大する「地方自治法の一部を改正する法律案」の廃案を求める法律家団体の声明
                             2024年4月17日
                         改憲問題対策法律家6団体連絡会
                  社会文化法律センター 共同代表理事 海渡 雄一
                           自由法曹団 団長 岩田研二郎
                青年法律家協会弁護士学者合同部会 議長 笹山 尚人
                       日本国際法律家協会 会長 大熊 政一
                       日本反核法律家協会 会長 大久保賢一
                      日本民主法律家協会 理事長 新倉  修

 2024年3月1日、政府は、「地方自治法の一部を改正する法律案」(以下「改正案」)を国会に提出した。第33次地方制度調査会(以下「調査会」)の「ポストコロナの経済社会に対応する地方制度のあり方に関する答申」(2023年12月21日 以下「答申」)を踏まえ、国の自治体に対する指示権の拡大などを内容とするものである。政府は、提案の理由を、「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態における国と地方公共団体との関係を明確化するため」「国と地方公共団体との関係等の特例の創設」などを行うものとしている。
 しかし、改正案による指示権の拡大は、国と地方自治体の関係を「対等」から「上下従属」へと大きく転換するもので、以下に述べるとおり、看過できない重大な問題がある。

1 地方自治の本旨(憲法第92条)に反し、団体自治を破壊する
 地方自治を保障する憲法は、「地方自治の本旨」にもとづく自治を要求している。「地方自治の本旨」とは、自治体が政府から独立した機能をもつ団体自治と住民の意思にもとづいて行われる住民自治をいう(憲法第92条)。
 2000年に施行された地方自治法改正により、自治体の事務は、法定受託事務と自治事務に2分され、このうち「国が本来果たすべき役割に係る」法定受託事務については、「法令の規定に違反」又は「著しく適正を欠き、かつ、明らかに公益を害している」場合に限り、国による「是正又は改善」の指示が認められているが(地方自治法第245条の7)、自治事務について、国の指示権は認められていない
 地方自治法改正を含む「地方分権改革」は、かなりの事務が法定受託事務とされたことや自治体の財源が削られて機能が弱められたことなど問題もあるが、国と自治体の地位を、「上下主従」の関係から「対等」関係にして地方自治の発展をはかろうとするものである。ところが、今回提出された改正案は、法定受託事務と自治事務の違いを無視して、自治体のあらゆる事務に対して国が権力的に介入して指示権を行使できるとするもので、「地方分権改革」に真っ向から逆行するものである。
 2021年3月、「コロナ」の感染拡大を背景に、総務省に「デジタル時代の地方自治のあり方に関する研究会」が設置され、検討が続けられた。画一的処理を要するデジタル化の進展と国の積極的関与を要する自然災害などの危険の拡大を理由に、これまで進められてきた分権化から集権化への転換をはかろうとするものであった。この研究会の検討が調査会に引き継がれて答申となり、デジタル化への対応と国の指示権拡大を規定する改正案の提出に至っている。
 まったく性格が異なるデジタル化と自然災害などの危険を並列し、自治体を国に従属させて集権化をはかろうとすることは、憲法が保障する地方自治の本旨に背反し、団体自治を根本から破壊するするものである。

2 立法事実なき指示権拡大 災害対応・対策を大きく捻じ曲げる
 答申では、「コロナ」の感染拡大や自然災害に「個別法が想定しない事態」があったことなどが指摘され、そのことから地方自治法による「必要な指示」が導かれている(16~17頁、19頁)。
 しかし、その後の改正により災害対策基本法や感染症予防法に必要な国の指示権が規定されたことは、答申自身も認めている。また、答申は、国に指示権があれば「想定しない事態」に適切に対処できたということを何ら論証していない。答申は、国の指示権拡大を必要とする立法事実を全く明らかにしていないのである。
 東日本大震災などの大震災や「コロナ」の感染拡大に際して、国や自治体の対応に混乱があったことは事実であるが、それは国に指示権がなかったからではない。高度に整備された法制度があるにかかわらず、災害に備えた事前の準備や、過去の災害の経験を生かすための検証と対策が不足していたことが最大の原因である。加えて、新自由主義政策の推進により、自治財源が削られ、自治体職員の人数が大幅に削減されたために必要な人的パワーが不足していたことも大きな要因である。
 災害の実態や被災者の状況を迅速に把握し、最も効果的にきめ細やかな対応を行うことが出来るのは、当該自治体である。国に権限を集中することは災害対策・対応にとってむしろ有害でさえある。日本弁護士連合会が2015年9月に東日本大震災の被災3県37市町村に行ったアンケートでも、「災害対策・災害対応について市町村と国の役割分担をどうすべきか」との質問に対して、「市町村主導」と答えたのは79%、国主導は一自治体の4%に過ぎない。
 地域住民の状況や要求をじかに把握し、先頭に立って救援・復興を行うべき自治体に、そのための権限や財源やマンパワーを配分することこそ、憲法が求める災害への対処である。「東京から遠隔操作で災害に対処する」というに等しい改正案は、あるべき災害対策を捻じ曲げるものと言わざるを得ない。

3 指示権にまったく限定がない
 改正案で認められる国の指示権には、まったく限定が認められない。
 発動の場面は、「大規模な災害、感染症のまん延その他その及ぼす被害の程度においてこれらに類する国民の安全に重大な影響を及ぼす事態が発生し、又は発生するおそれがある場合」(改正案第252条の26の3 以下、枝番だけを表記)とされている。
 災害や感染症は例示であって、武力紛争や内乱・テロなどが排除されているわけではない。また、「おそれ」を含んでいるから、事態が発生して危険が現実化する以前からの発動も可能である。
 発動の要件は、生命等の保護のために講ずべき措置に関して、各大臣が「特に必要があると認めるとき」(26の5①)とされている。これでは大臣が「必要あり」と考えれば「指示できる」と言っているに等しい。
 発動の手続は、「閣議の決定を経」ることだけで国会承認は必要なく(26の5①)、自治体の意見を聞くのは努力義務にすぎない(26の5②)。
 各大臣が行えるのは、身体、財産の保護の措置の的確かつ迅速な実施のための「必要な指示」(26の5①)で、個別法で指示できるときは個別法が優先されるが、個別法でできないときには地方自治法で指示できる。現行地方自治法のように「是正又は改善」の指示とはされていないから、「必要」と考えればどんなことでも指示できることになる。
 国が権力的に介入して地方自治や人権を制約しようとする規定で、これほど大雑把なものは類例を見ない。これでは、政府が恣意的に運用して指示権を濫用することは自明と言わねばならない。このようなものを、立憲国家、法治国家の法制と認めることは、できない。

4 自治体を丸ごと戦争態勢に組み込む
 災害対策法や感染症予防法では国の自治体に対する包括的な指示権が認められており(基本法第28条の6、予防法第63条の2)、拡大される指示権が自然災害や感染症 拡大の際に必要となる場面は想定できない。それに対して、武力紛争すなわち有事の際には、拡大される指示権の発動が強行される公算が大きい。
 外部からの武力攻撃などに対処する有事法制(事態対処法、国民保護法等)では、自治体の役割は住民避難などの国民保護に限定されていて、自治体を戦争態勢に全面的に組み込むことは予定していない。そのため、国の自治体に対する指示権は、避難・誘導・救援と港湾・空港の利用に限定されており(国民保護法第52条、第56条、特定公共施設利用法第9条、第11条)、指示や代執行に至るには、自治体を含めた総合調整と自治体の意見申し出の手続を経なければならない(事態対処法15条、16条)。 
 ここに拡大された指示権が加われば、自治体の意見も聞かないままで、有事法制が認めていない広範な指示をすることが可能になる。そうなれば、自治体や地方公務員を戦争遂行に根こそぎ動員することも不可能ではなくなり、「自衛隊のために通行路を開く指示」「施設に防護措置を施す指示」や「ミサイル攻撃に備えて職員を庁舎に待機させる指示」なども発動されかねない。しかも、危険が現実化していない「おそれ」の段階での指示も可能であるから、「台湾有事のおそれのもとで基地建設に協力する措置」すら指示できることになりかねない。
 今、沖縄・南西諸島では、基地や弾薬庫の建設が急ピッチで進められており、政府は辺野古新基地建設問題で沖縄県や県民の意思を踏みにじって代執行を強行している。一般的な指示権が認められていない現行法制下においてすら、国は、自治体及び住民の意思を無視して、新たな国家安全保障戦略に基づき、日米軍事一体のもとで沖縄の前線基地化を強引に進めようとしているのである。改正案が通れば、自治体はもはや抵抗するすべを失い、国がさらに強権的に日本全国で戦争する準備を進めることが容易になることは明らかである。
 憲法の平和主義との関係でも、改憲案は重大な問題をはらんでいる。

5 明文改憲による緊急事態条項を先取り
 2012年に党議決定された自民党の「日本国憲法改正草案」(以下「自民党改憲草案」)では、外部からの武力攻撃などの事態で発動される緊急事態宣言の効果として、緊急政令、緊急財産処分、議員任期延長とともに、「自治体の長に対する必要な指示」を認めている(同草案第99条第1項)。この自民党改憲草案ですら、緊急事態宣言には、「事前又は事後に国会の承認」が必要とされている(同草案第98条第2項)。
 改正案は、自民党改憲草案の緊急事態条項の一部を、地方自治法改正によって先取りしようとするものにほかならない。しかも、国会の承認を要件としていないから、政府の権限は、自民党の改憲草案以上に拡大することになる。改憲しなければ導入できないとされていた緊急事態下の自治体の長に対する指示を、法改正で簡単に実現しようとする手法は、立憲主義を否定するものであって許されるものではない。

6 結語 
 以上、提出された「地方自治法の一部を改正する法律案」は、地方自治の本旨に背反し、災害対策や感染症対策をねじ曲げるばかりか、国の指示権を無限定に拡大して有事での発動を可能にし、緊急事態条項を先取りするという重大な問題がある。
 改憲問題対策法律家6団体連絡会は、国の指示権を拡大する地方自治法改正案に強く反対し、廃案を求めるものである。
                                     以上