政府は昨年9月「高齢社会対策大綱」を6年ぶりに改定しました。
近年 若い世代と高齢者の対立をあおる風潮がある中で、それをどう捉えどう対応すべきかについて、神戸大学大学院の井口克郎准教授の解説をしんぶん赤旗が連載記事(全2回)で紹介しました。
井口氏は、「大綱」はこれまでの新自由主義路線を改めるのではなく、若い世代への「教育」で今までの失敗路線を突き進もうとしている。いま企業は労働者に牙をむき、雇用規制をどんどん切り崩し非正規労働者を使い捨てにしている。この社会構造を認識した上で、社会保障の役割を理解すれば、声を上げるエネルギーになると語ります。
具体的には 新自由主義的な社会保障削減路線への対抗軸はやはり憲法で、25条2項の「社会保障後退禁止規定」が有力な武器になると述べています。
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新自由主義 乗り越える(上) 高齢者政策 どこが問題
神戸大学大学院 井口克郎 准教授に聞く
しんぶん赤旗 2025年5月8日
政府は昨年9月、高齢者政策の今後の方向性を示す「高齢社会対策大綱」を6年ぶりに改定しました。現役世代と高齢者の対立をあおる風潮がある中、神戸大学大学院の井口克郎准教授に「大綱」の問題点と社会保障再建への展望について聞きました。 (土屋知紀)
いのくち・かつろう
1981年石川県金沢市生まれ。社会保障、福祉国家、災害被災者の生活問
題が専門。共著に『社会保障レボリューションーいのぢの砦・社会保障裁判』、
『検証介護保険施行20年-介護保障は達成できたのか』など。
-「高齢社会対策大綱」をどう評価しますか。
「大綱」は社会保障の負担増、給付減を柱とする「全世代型社会保障改革」を進める手法の一つで、200O年代からの新自由主義路線を引き継いだものです。この間、政府は全世代の社会保障の後退ないしは「自助・互助・共助」を押しつけてきましたが、「大綱」は少子化の中、人手不足対策として高齢者を労働力として利用しようとしています。しかし「もっと働け」と言われても、多くの人は無理して働くことを望んでいません。
生活不安の大きな要因の低年金を改善する必要性には一言も触れず、医療や介護などに重い保険料や利用料の負担を課し、高齢者を働かざるを得ない状況に追い込んでいます。
自助努力強いる
さらに個人型確定拠出年金(iDeCo=イデコ)など私的年金を奨励する「自助努力」を強い、「NISA」(二ーサ)や株への投資などを勧めて「自分で収入を得ろ」と仕向けています。
しかも、介護保険制度などこれまで以上の給付抑制を示唆しています。
さらに手が込んでいるのは、「大綱」には「学習・社会参加」という章が設けられていることです。
小学校の段階からのボランティア活動への理解促進や「社会保障教育」を掲げており、今後、政権のゆがんだ社会保障観が植え付けられる危険があります。国策に従うよう人々のマインドを教化・改変し動員する意図が見られます。
総じて言えば「大綱」は、これまでの新自由主義路線を改めるのではなく、若い世代への「教育」で今までの失敗路線を突き進もうとしており、まさに、破綻路線を破滅に向かって進んでいるとしか見えません。
財源をどう確保
-「大綱」は「社会の持続可能性確保のため」としてあらゆる備えが「急務だ」と指摘
します。社会保障財源をどう確保すべきですか。
大もうけしている大企業や富裕層にふさわしい税負担を課し、国の財政機構を通じて所得再分配すればよいのです。
財務省によると、日本の企業は23年度に80兆4506億円の当期純利益(金融業、保険業を除く)をあげていますが、広く薄く企業に課税して財源を確保すれば、社会保障の抑制は必要ありません。このことは、もっと国民に訴える必要があります。
自民党はいろいろな大企業から政治献金を受けていますから、企業負担を増やそうとはしません。政治と財界との癒着にメスを入れ、まともな社会保障制度をつくる政治が切望されて
います。 (つづく)
新自由主義 乗り越える(下) 社会保障充実の突破口
神戸大学大学院 井口克郎 准教授に聞く
しんぶん赤旗 2025年5月8日
-社会保障充実のための突破口は?
国民ー人ひとりが現実を直視し、政治に声を反映させるしかありません。「暮らしと政治が直結しない」などの声を聞くことがありますが、政府に対して声を上げなくなれば、社会保障を改善するすべはなくなります。
資本主義の矛盾
声を上げるには資本主義の構造や社会の仕祖みを理解することが大切です。
いま、企業は労働者に牙をむいています。雇用規制をどんどん切り崩し、非正規労働者を使い捨てにするなど「資本主義社会の矛盾」がたくさん見られます。この社会の構造=労資対立を本質とする階級社会だということを認識した上で社会保障の役割を理解すれば、声を上げるエネルギーになります。
社会の矛盾や「これはおかしい」と実感できるきっかけはそれぞれの人が日々感じていると思います。そこからどう解き放たれていくか、知恵を出し合うことが声を上げるきっかけにな
ると思います。
-「現役世代と高齢者」など「世代間格差」をあおる風潮をどう見ますか。
実際、どれくらいの人がなびいているのか疑問です。僕の周りの20代の学生たちは、結構、資本主義の矛盾を理解している人が多いのです。
卒業生の中には一般企業から福祉関係の仕事へと転職する人もいます。卒業後に福祉関係の資格を取得する人もいます。
企業で働くだけでは社会問題は解決できないという批判精神を持っているようです。今の学生は、貧困で苦労している人もたくさんおり、「他人を蹴落としてまで金持ちになりたい」と考える人は多くありません。ですから、「高齢者ばかりが優遇されており、その富を自分たちに回せ」という発想はあまり出てきません。
そもそも、高齢者の福祉や医療、年金制度を削減すると、いずれ自分たちに跳ね返ることは容易に理解できるのです。今の若者世代が本当に「世代間格差」などと認識しているのか、丁寧な検証が必要です。
憲法が対抗軸に
-新自由主義的な社会保障削減路線への対抗軸は?
やはり憲法です。日本国憲法25条2項には、「社会保障後退禁止規定」が定められています。
「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と明示しています。
これまでの社会保障サービスを受けられなくするとか、給付の引き下げは「違法行為」だと断じています。
また、日本政府が1979年に批准した「国際人権規約」の社会権規約(A規約)にも、社会保障の後退禁止規定があります。
政府は「社会保障の財源がない」などといいますが、もうかっている大企業や内部留保への適切な課税などの努力はしていません。
憲法や国際人権規約を「絵に描いたもち」にしないためにも、意識的に「社会保障の削減は違法だ」と追及することが大切です。 (おわり)