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2026年4月3日金曜日

03- 高市首相が自衛隊派遣めぐり安倍側近と壮絶バトル→「クビ切り宣言」

 月刊誌「選択」電子版が1日、「高市が『退陣』を口にした夜 幹部が嘆く官邸機能の『崩壊』」との記事をアップしました。日刊ゲンダイが報じました。
 それによると319日の日米首脳会談に向けての対応を官邸で検討した際に、高市首相はトランプの要請に応じ、事実上封鎖されているホルムズ海峡に自衛隊を派遣する腹積もりだったのですが、安倍政権で首相秘書官を務め“影の総理”と呼ばれた元経産官僚の今井尚哉・現内閣官房参与が猛反対し、高市首相に対し「あんた、何考えているんだ。どうなるか分かっているだろうな!」と“恫喝”に近い剣幕で迫ったということです。

 周囲の反対もあり、結果的に高市首相は翻意したのですが、今井氏に“恫喝”された傷が癒えない高市首相は先月24日夜、「あいつに羽交い締めにされた。許せない。切るつもりでいる」と、政府関係者の前で今井氏の「クビ」を宣言したということです。
 高市首相が当初、戦闘地域への自衛隊派遣に前のめりだったとはあまりに危険な発想で、憲法上のハードルがあるし、もしも犠牲者が出ようものなら一大事です。今井氏をクビにするというのも驚きで、万能感を持った高市氏の思い上がりを示すものです。

 併せて日刊ゲンダイの記事:「地方での『高市効果』に限界か…東京・清瀬市長選で自民現職が共産候補に敗れる衝撃」と、PRESIDENTの記事:「閣僚になってからも母はビンタした…高市早苗が今も守り続ける奈良県警伝説の婦人警察官だった母の教え」(冒頭部分のみ)を紹介します。
 後者は大下英治による評伝「高市早苗 安倍晋三の後継者となった初の女性首相の戦い」(宝島社文庫)のごく一部を紹介したものです。それによると高市氏の母は「婦人警察官を務めた猛女で、高市氏が閣僚になってからもビンタをしたり足蹴にしたり」したということです。父親には偏愛されたようなのですがそんな異常な育て方をされたことが彼女を「ウソつき」にしたのではないかと想像されます。
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高市首相が自衛隊派遣めぐり安倍側近と壮絶バトル→「クビ切り宣言」の恐るべき暴走ぶり “粛清連発”も画策か
                        日刊ゲンダイ 2026年4月2日
 怒り狂った高市首相が、官邸官僚の首を切る──。こんな報道が1日飛び出し、SNSのみならず永田町も騒然となっている。
 月刊誌「選択」電子版がきのう、「高市が『退陣』を口にした夜 幹部が嘆く官邸機能の『崩壊』」との記事をアップ。先月の日米首脳会談に際し、高市首相はトランプ米大統領の要請に応じ、事実上封鎖されているホルムズ海峡に自衛隊を派遣する腹積もりだったという。
 これに、安倍政権で首相秘書官を務め、“影の総理”と呼ばれた元経産官僚の今井尚哉・現内閣官房参与が猛反対。高市首相に対し「あんた、何考えているんだ。どうなるか分かっているだろうな!」と“恫喝”に近いけんまくで迫ったと報じた。

 記事によると、周囲の反対もあり、結果的に高市首相は翻意。しかし、今井氏の“恫喝”の傷が癒えない高市首相は先月24日夜、「あいつに羽交い締めにされた。許せない。切るつもりでいる」と、政府関係者の前で今井氏の「クビ」を宣言したというのだ。
 事実なら驚愕である。現在、政府は法律の範囲内でホルムズ海峡に自衛隊を派遣するか否かを検討中。戦闘地域での活動には憲法上のハードルがあり、そもそも犠牲者が出ようものなら一大事だ。高市首相が自衛隊派遣に前のめりだったとは、あまりに危険な発想である。
 加えて、今井氏をクビにするというのも驚きだ。もともと、高市首相は昨秋の内閣発足時、首相秘書官として今井氏に白羽の矢を立てた。今井氏は固辞し参与に収まったのだが、この人事については「敬愛する安倍元首相の真似事」(官邸事情通)とささやかれた。要するに、高市首相は“三顧の礼”で今井氏を招いたわけで、一転して「クビ切り」とは穏やかじゃない。

今井氏側はウンザリ
「今井さん側も高市総理に愛想をつかしているんですよ」と言うのは、前出の官邸事情通だ。
総理は助言を求めるクセに、気に入らない回答だと話を聞かない。だから、今井さんは呆れ返っている。『高市さんは教科書を読まず、参考書ばかり読みたがる』とも嘆いているそう。基礎を学ばずに、流行の知識ばかり欲しがるということです。今井さんは『切るならいつでもどうぞ』という状態だそうだ」
「選択」の記事によれば、財務省出身の吉野維一郎秘書官はポツリと漏らした高市首相への不満が本人の耳に入り関係が険悪で、経産省出身の香山弘文秘書官も高市首相の独善に距離を置いているらしい。いつ高市首相が“こいつらも切る”と言い出してもおかしくない状況だ。
 こうした「粛清」の波は、官邸の外にも波及しそうだ。
「自民と日本維新の会が合意した衆院議員の定数削減を巡って、自民は与野党各会派でつくる衆院選挙制度協議会の逢沢一郎座長を交代させる方針です。慎重派の逢沢さんを外す狙いは明らかで、高市総理の意向が働いたともっぱら。さらに、今度は党内議論を進める政治制度改革本部の加藤勝信本部長まで『交代論』が噴出している。加藤さんも慎重ですから、総理のご意向とみられています」(永田町関係者)
 この独善ぶりには、いずれ誰もついてこなくなる。


地方での「高市効果」に限界か…東京・清瀬市長選で自民現職が共産候補に敗れる衝撃
                          日刊ゲンダイ 2026/03/31
 果たして、言われるほど“高市人気”は高いのだろうか。首長選挙で、自民党候補が立て続けに敗北し、党内に衝撃が走っている。
 東京都・清瀬市長選挙が29日に投開票され、無所属で現職の渋谷桂司市長(52=自民、公明推薦)が、無所属新人の元市議・原田博美氏(50=共産、社民推薦)に敗れた。自民党関係者は「まさか共産党に負けるとは」と、ショックを受けている。
 さらに、同じ日に行われた兵庫県・西宮市長選でも、自民、維新推薦の新人・田中正剛氏(50)が、無所属で現職の石井登志郎市長(54)に敗れている。

 先月の衆院選では“高市旋風”が巻き起こり、自民党が圧勝したばかりだ。しかし、地方に目を向ければ、自民系首長候補の戦績が、思いのほか芳しくない
 象徴的だったのが、今月8日に投開票された石川県知事選挙だ。自民と維新が推薦した現職の馳浩氏が、与党から猛烈な支援を受けながら、あえなく落選してしまった。
 選挙戦では、連日のように自民大物議員が駆け付け、維新からは大阪府の吉村知事が出陣式に現れた。さらに中盤戦では、高市首相も現地入りし、応援のマイクを握った。地元政界関係者は「馳さんは高市人気に全乗っかりで、自らの発信も控えていたため、有権者の反応は冷ややかだった」と話す。
 さらに、西宮市長選でも、敗れた田中陣営はロコツな“高市プッシュ”を展開していた。配布していたビラや選挙区内のポスターには、高市首相と吉村知事の顔がデカデカと印刷され、選挙カーにまで両者の顔写真が貼り付けられていた。争った石井陣営の関係者は「もはや誰の選挙なのか、わからなくなるくらいだった」とため息を漏らす。
 高市首相を全面に押し出したが、効果はなかった。

■3月は「3勝3敗」と微妙な結果
 結局、今月行われた23の地方知事・市長選では与野党相乗りでない自民推薦候補の戦績は、3勝3敗だった(無投票当選を除く)。先月の衆院選で自民党が約7割の議席を獲得したことを考えれば、かなり微妙な結果だ。
「地方選はあくまで、地域の政策課題が問われる選挙です。いくら高市さんに人気があるとはいえ、全面に押し出すのも効果には限界があるようです。そもそも、衆院選で大勝したのも、高市人気だけでなく、相手が不人気の中道だったということもあるはずです」(永田町関係者)
 来春には統一地方選が控える。高市人気におんぶにだっこで戦えるほど、甘くはなさそうだ。


閣僚になってからも母はビンタした…高市早苗が今も守り続ける奈良県警伝説の婦人警察官だった母の教え
                      PRESIDENT Online 2026/3/16
就任早々の解散、総選挙で大勝した高市首相のメンタルの強さはどこから来るのか。高市氏に長年インタビューを重ねてきた大下英治による評伝『高市早苗 安倍晋三の後継者となった初の女性首相の戦い』(宝島社文庫)によると、高市氏の母は警察官で、閣僚になってからも母親からビンタと説教をされていたという――。
※本稿は、大下英治『高市早苗 安倍晋三の後継者となった初の女性首相の戦い』(宝島社文庫)の一部を再編集したものです。

昭和36年、奈良市で生まれ橿原へ
日本で初めての女性の総理大臣となる高市早苗は、昭和36年(1961年)3月7日、奈良県奈良市で、サラリーマンの父親の大休だいきゅうと、奈良県警に務める母親の和子の間に、長女として生まれた。
ちなみに、高市が7歳の時には、弟で、のちに秘書として高市を支えることになる知嗣が生まれている。
奈良市の幼稚園を卒園後、高市は、奈良市の小学校に入学した。
その後、小学校3年生の時に、実家の転居に伴って、橿原かしはら市に引っ越すことになる。高市家が暮らす新居は丘陵地を造成した地域の一軒家であった。
転校先の橿原市立畝傍うねび南小学校は、高市の転校時は学年で2クラスだったが、周囲のベツドタウン化が進み、卒業する時には4クラスになっていた。
その頃から世話好きの高市は、転校生が来るたびに校内を案内していたという。
小学校を卒業すると、高市は橿原市立畝傍中学校へと通った。
高市が多感な時期を過ごすことになる橿原市は、奈良県中部に位置し、奈良市に次ぐ奈良県下で第2の規模の都市であった。
橿原市は、古都と呼ばれる奈良市と同じように、歴史のある古い街であった。

天皇が権力を確立した「建国の地」
橿原という市の名前も、九州地方の宮崎県から渡って来た神武天皇が磐余いわれの地において磯城しきの首長の兄の磯城を破って、饒速日命にぎはやひのみことも天津瑞を献じて仕えることとなり、神武天皇即位紀元辛酉の年の春正月の庚辰の朔日に、畝傍山の東南にある「橿原の宮」に即位して建国したという伝承に由来する。
持統天皇8年(694年)には、日本最初の都城である藤原京が橿原市と明日香村にかかる地域に造営され、16年後に平城京に移転するまで、日本の首都であった。
そのような歴史もあり、尊王意識の高まった幕末の頃になると、このあたりは神武天皇の建国の地として注目されるようになり、畝傍陵が造営された。
さらに、明治23年(1890年)には、明治天皇によって、官幣大社として橿原神宮が創建される。それ以来、多くの参拝者を集めている。

父はトヨタ系列会社の営業マン
子供の頃の高市の人格形成に影響を与えた二人の人物といえば、やはり、父親の大休と母親の和子であろう。
父親の大休は、長女である高市のことをベタベタに甘やかして、溺愛して育てたといわれている。
弟で長男の知嗣に対しては、とても厳しかった父親だが、姉の早苗のことは徹底的に甘やかした。それだけ一人娘の早苗が自慢の存在で、可愛くてならなかったのであろう。
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