2018年7月18日水曜日

朝鮮半島のパワーゲームで日本はどうすべきなのか

 6月12日の米朝首脳会談で両国は融和に向かって大きく前進しました。しかしその後トランプ大統領はなぜか「北朝鮮脅威論」を口にし、制裁を1年延長すると言明するなど、まだまだ予断を許しません。
 そうであるにしても、日朝交渉を開始することに対する障害がなくなったことは事実なのに、一向に始まる気配はなくその展望も見えていません。
 
 日刊ゲンダイが、朝鮮半島情勢に精通する共同通信元平壌支局長・磐村和哉氏に展望を聞きました。
 日本のメディアや評論家はこと金正恩委員長については安倍首相と全く同様であって、彼らからは北に対する感情的な不信感と否定的な言辞しか聞かれません。
 そんななか、ここでは冷静な「金正恩論」が展開されています。
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 注目の人 直撃インタビュー  
朝鮮半島のパワーゲームで日本は…共同通信・磐村氏に聞く
日刊ゲンダイ 2018年7月17日
「チビのロケットマン」「老いぼれ狂人」と罵り合い、核のボタンを誇示した米国のトランプ大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が急接近。史上初の米朝首脳会談で非核化に向けた取り組みをスタートさせたが、先行きは予断を許さない。北朝鮮はCVID(完全かつ検証可能で不可逆的な非核化)を実現するのか。朝鮮半島情勢に精通する共同通信元平壌支局長・磐村和哉氏に展望を聞いた。
 
■プレーヤーは米韓中ロ
  ――米朝会談から1カ月。ポンペオ国務長官が再訪朝するなど、両国は共同声明の実行に向けた協議を重ねています。
 これからが正念場ですが、国交がない国のトップ同士が新たな関係構築を目指す共同声明に署名した重みは評価すべきでしょう。原則論の範疇にとどまったとの批判もありますが、「朝鮮半島の完全な非核化」と「敵対関係の解消」を確認した意義は大きい。特に北朝鮮では最高指導者の指示、それを文書化して署名した記録物は超法規的存在です。絶対に実現しなければならない義務が暗黙の了解としてある。金正恩委員長はトランプ大統領と並んで声明に署名し、海外メディアの写真撮影にも応じた。金正恩委員長は後戻りできなくなったと思います。
 
  ――米情報機関が核・ミサイル活動を拡大させる北朝鮮側の動きを把握したとの報道があります。
 声明には非核化のタイムスケジュールが盛り込まれなかった。それが北朝鮮の本気度を疑う要因になっている側面はあると思います。非核化は段階的にやらざるを得ませんから、核開発の凍結申告査察検証核兵器解体→核関連施設廃棄といった一連の流れを目次程度でも言及できればよかった。もっとも、北朝鮮も満足はしていません。金日成国家主席から指導者3代にわたる宿願である米朝国交正常化に関する文言を入れられなかった。「トランプ大統領は北朝鮮に安全の保証を与えることを約束」という一文がありますが、具体的な内容には触れていません。北朝鮮は米国が本当に体制を保証するか疑念を抱き、われわれも北朝鮮の非核化の意思を疑っている。そうした疑念を解消する第一歩として、米韓合同軍事演習の暫定中止や朝鮮戦争で亡くなった米兵の遺骨返還などの動きが出てきている。ボタンの掛け違いが起きないように、慎重に互いの措置を取り合っているのだと見ています。
 
  ――4月末の南北首脳会談を決めた金正恩委員長は3月末の電撃訪中で外交デビュー以降、めまぐるしく動き回っています。
 金正恩委員長の首脳外交には特徴があります。北朝鮮からアプローチを仕掛け、相手国トップは任期に余裕があり、政権が安定している。韓国の文在寅大統領は昨年5月に就任し、任期を4年残しています。中国は3月中旬の全国人民代表大会で国家主席の任期制限を撤廃する憲法改正を承認し、習近平国家主席は事実上の終身国家主席となった。トランプ大統領は残り2年半ですが、再選されれば4年上積みされる。首脳会談を調整中のロシアのプーチン大統領も3月中旬に再選され、任期満了は2024年です。
 
  ――レームダック政権との交渉は無意味だと?
 北朝鮮は94年に米朝枠組み合意、05年に6カ国協議共同声明に応じましたが、最終的に反故にした。米朝合意はクリントン政権、6カ国協議声明は子ブッシュ政権の2期目でしたが、合意内容の履行でごたついている間に交渉相手の任期切れが迫り、先が見通せなくなったのです。そうした教訓を織り込み、相手方の政権交代を前提に政権初期に合意し、任期中にやれるところまでやってもらおうという計算が恐らくある。われわれには合意を反故にするのはいつも北朝鮮のように見えますが、北朝鮮からすれば相手方に合意を実行する推進力が足りなかったという不満があるのでしょう。
 
  ――9月末に任期が切れる安倍首相は金正恩委員長に秋波を送っています。
 8月、9月にも日朝首脳会談が実施されるとの観測が日本側から出ていますが、北朝鮮側からの反応は鈍いようです。自民党総裁選で安倍首相は3選されるのか。安倍政権が続投したとして、どの程度の強さ、安定性を保てるのか。北朝鮮は見極めようとしているのでしょう。
 
  ――それまで日朝関係は動かず、蚊帳の外ですか。
 金正恩委員長の外交戦略における日本の優先順位は米韓中ロに比べて低い。安倍首相が昨秋の衆院選で北朝鮮を「国難」と呼び、情勢が転換した2月の平昌冬季五輪での振る舞いも大きなつまずきとなり、出遅れが決定的になりました。
 
  ――北朝鮮にとって米韓中ロが優先なんですね。
 金正恩委員長が体制存続を懸け、新しい北朝鮮像を見せようと舵を切った大舞台に必要なプレーヤーはまず韓国です。南北分断70年の歴史に幕を引く政治的野心を文在寅大統領も持っている。米国による軍事力行使を防ぎたいという思いも南北共通しています。韓国との共同作業で南北が平和共存する朝鮮半島をつくり上げる。ここに影響力行使を狙う中国と米国が乗り込んでくる。超大国である米国と中国の双方から重用され、両国の力関係を利用する戦略的なゲームを金正恩委員長は始めているのです。ロシアもすり寄ってきています。ここに日本を引き込む余地は今のところはない。完全な統一には時間がかかると思いますが、疑似的な統一状態となった朝鮮半島は反米になるのか親米になるのか。反中なのか親中なのか、反ロか親ロか。関係国にとって北東アジアで影響力を保持する地理的要衝である朝鮮半島で、存在感を示すのに躍起です。 
 
  ――北朝鮮と関係国のやりとりは活発化している。
 米朝会談の1週間後に金正恩委員長が3回目の訪中をしたのも、習近平主席が一刻も早く会談の内幕、つまり朝鮮半島におけるトランプ大統領の思惑を聞きたがったからでしょう。プーチン大統領はウラジオストクで開催する東方経済フォーラム(9月11~13日)に金正恩委員長、習近平主席を招待した。文在寅大統領は昨年から出席しています。北東アジアの主要プレーヤーを一堂に集め、作戦会議を行う。プーチン大統領はそうした展開も視野に入れているでしょう。それを見たトランプ大統領が「来年は俺も行く」と言い出すかもしれません。
 
  ――安倍首相も東方経済フォーラムに出席します。
 安倍首相は果たして、この主要プレーヤー会議に加われるかどうか。疑似的な統一状態に向かう朝鮮半島に日本はどう関与していくのか。独自の戦略、未来予想図を提示しない限り、どの首脳からも相手にされないと思います。日本は平壌しか見ていない。関係国は朝鮮半島全体を俯瞰して戦略を練り、パワーゲームを始めているのに、日本は片面だけでゲームをしようとしている。ソウルと平壌をにらんで動く視点が欠けています。
 
  ――東方経済フォーラム、国連総会(9月25日~)を利用した日朝会談が模索されていますが……。
 仮に実現した場合、北朝鮮の“体温”を慎重に分析する必要があるでしょう。ウラジーミル・シンゾーの延長線上で、ホストを務めるプーチン大統領の顔を立てるために会うのか。北朝鮮の第一目標は対米関係の安定化ですから、トランプ大統領に好印象を与えるため、ドナルド・シンゾーの関係も踏まえて「とりあえず」という意味で会うことは考えられる。日本を戦略的に重要なパートナーと位置付けて安倍首相と会談するのでなければ、すぐに失速する可能性があります。アリバイ的な日朝対話の再開に終わらず、国交正常化に向けた交渉だとアピールし、日本を売り込まなければ、それこそ「政治ショー」に終わってしまいます
 
  ――安倍首相は最重要課題に掲げる拉致問題の進展が日朝会談の条件だとも主張しています。
 金正恩委員長にはマキャベリスト的な側面がうかがえます。利用できるものは利用する。公式訪問か、実務協議かといった形式にとらわれず、必要であれば会うという姿勢で実利的に動いている日本には日朝平壌宣言に基づく戦後賠償という交渉カードがある。韓国や中国の経済協力は北朝鮮にとってプラスであると同時にリスクもあります。人民元経済圏に取り込まれるのはもちろん、韓国経済にのみ込まれ、吸収統一されてしまうのは最悪の悪夢です。中韓に比べ、政治的野心の薄い日本の支援はある意味ニュートラルです。遠回りに見えるかもしれませんが、日本もゲームに入れなければダメだと思わせることが、拉致問題の進展につながると見ています。
(聞き手=本紙・坂本千晶)
 ▽いわむら・かずや 
 1959年、東京生まれ。東京外語大朝鮮語学科を卒業後、共同通信社に入社。福島支局、横浜支局、社会部、外信部を経てソウル支局に赴任。中国総局在職中の06年に平壌支局が開設されて局次長、支局長を歴任。11年に外信部担当部長、12年から現職。