2022年4月9日土曜日

ブチャ事件の考察-金言から禁句になったマルクスの「すべてを疑え」

 世に倦む日々氏が「ブチャ事件の考察  『すべてを疑えとする記事を出しました。「すべてを疑え」の立場からブチャ事件考察したもので、市民虐殺をロシア軍の仕業とするのは、ロシア軍において「軍の行動として辻褄が合わない」と述べています。

 と同時に、これだけのロシア非難の嵐の中で、ロシア軍をシロだと断言して論争の場で粘り強く闘い抜いて勝つことの困難さを率直に認めてもいます。
 しかし疑問は疑問として提示するのは正当なことであるし、その疑問には大いに説得力があります。
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ブチャ事件の考察 - 金言から禁句になったマルクスの「すべてを疑え」
                          世に倦む日々 2022-04-06
昨日(4/5)、報ステに出演した防衛研の兵藤慎治が、ブチャの事件について次のようにコメントしていた。(1) 事件はロシア軍の撤退直前に行われたと確信していたが、そうではなく3週間前だという証拠映像が出てきて驚いている、(2) 犯行は正規軍部隊の作戦行動だとは絶対に思えず、傭兵等特別な軍隊の仕業だと考える、(3) 露顕したときの政治的影響の大きさを考えると、現場の軍の判断でできることではなく、モスクワ中央の関与か意向があったのかと疑う。

こういうコメントをするところが、兵藤慎治のいいところで、真面目な職業軍人らしい性格が滲み出た瞬間だ。兵藤慎治は現場の司令官の立場で分析して、撤退直前の軍隊の戦場心理の為せる業だろうかと直観していたのである。だが、証拠映像的にはそうではなく、侵入してすぐの犯行で、3週間も遺体を放置していたと言う。その報道に接し、合理的な分析と結論が出せなくなったのだ。つまり、何でこんな事件が起きたのか分からないと正直に語っている。

軍というものを基本的に信頼し、軍に仕える身の兵藤慎治だからこういう見解が出る。この兵藤慎治の苦しい弁解 - 合理的な分析と判断ができない - が、この事件について、真偽も含めて、われわれが検討する上での手掛かりになる予感がする。兵藤慎治の分析では、ブチャの事件は軍の行動として辻褄が合わないのである。説明できない、あり得ない事態なのだ。そのため、軍以外の論理が介在したのだろうと推定し、上の政治(プーチン)がこの行動をさせたのだろうという認識になった。

この兵藤慎治の推論は、逆の方向から動機を考えて論理が破綻することが分かる。政治的影響を誰より意識するのは政治家で、軍人よりも政治家の方が、当然、事件の政治的影響の大きさにセンシティブだからだ。兵藤慎治は、事件の犯人を軍人以外に求めようとして、政治家(プーチン)を指さしたのだが、この解釈は、普通に考えて納得するのは無理である。もし、モスクワが直接関与していたなら、必ず撤退前に証拠隠滅せよと指示するだろうし、万全なカムフラージュを厳命しただろう。こんな致命的な問題を放置したままなどあり得ない。

こうして、虐殺事件の犯人は誰かという点で推理は迷路に嵌まるのだけれど、兵藤慎治の願いも空しくと言うべきか、ウクライナ側が特定して名簿を公表したロシア軍部隊は、どうやら正規軍の師団所属であるらしい。帰結として、兵藤慎治の解説は二重三重に壁と謎に突き当たる。一方、私の見方は、現時点ではロシア軍の犯行の蓋然性が高いものと考える。その理由は、もし本当にやってないのなら、すぐに国防相のジョイグか参謀総長のゲラシモフが会見に登場して否定したはずだからである。

軍組織の最上官であるジョイグかゲラシモフが出てきて、きっぱり事実無根だと明言しないといけない。が、最高司令官のプーチンも出て来ず、この重大事を政府に丸投げしている。外相のラブロフに火消しを委ね、報道官のペスコフに尻拭いの対応をさせている。ラブロフが後始末の責任を引き受ける図になっている。これでは国際社会に対して立場的説得力を持てない。本当に部下の潔白を信じるのなら、即、ジョイグかゲラシモフが前面に出て関与を否定し、アカウンタビリティを果たすのが当然だ。情報戦のアクターにならないといけない。

現状のロシア側の逃げ腰的な態度を見るかぎり、シロだと断言して論争のフィールドで粘り強く闘い抜いて勝つ自信がない様子が窺える。ただ、ここでわれわれが想起しないといけないのは、湾岸戦争でのナイラ証言の詐術であり、油まみれになった水鳥の映像の謀計である。また、イラク戦争の前に国連安保理でパウエルが示した「証拠」説明の欺瞞である。これらCIAの情報工作とマスコミ報道によって、われわれは騙され、アメリカの戦争を支持する方向に引き摺られた。アメリカの戦争において映像を使って世論操作する情報工作は付き物だ。

5ch掲示板を見ると、真犯人はアゾフ連隊であるという説で一部から論陣が張られている。それによると、拷問され殺害された民間人は親ロシア系市民で、残虐なアゾフ連隊に報復され処刑されたのだと構図化している。白い布が親ロシア系のマークなのだと指摘する。簡単に肯ける説明ではないが、ロシア軍は1か月近くも村を制圧占拠し、いわば軍政下に置いていたのだから、現地住民の中で協力者もいただろう。食糧や住居の世話をした者、やむなく奉仕する身になった者もいたに違いない。補給が貧弱で糧秣が欠乏したロシア軍にはそれが必要だった。

5ch掲示板には、ロシア軍の無実を主張して精力的に投稿する者が幾人もいて、根拠となる写真が並び、マスコミ報道では載らない海外情報が紹介され、一見の価値がある。客観的説得力の点では優れた情報戦を展開している。だが、私がそれを拾ってブログで整理し話題にしないのは、情報と議論そのものに信憑性がないからではなく、発信者の匿名性が気になるからである。本当に発信に自信があるのなら、5chではなくブログで堂々と体系的にやればいい。せめてツイッターでやるべきだ。責任主体を最低限明らかにしないと、信用できる政治言論にはならない。

この点は重要で、ナイラ証言も油まみれの鳥の詐術も、CNNとBBCの報道だから「真実」となり、ニューヨークタイムズとAFPの記事だったから大衆に難なく信用された。誰も疑わなかった。発信者の責任性と社会的地位、すなわちブランドパワーという問題だ。この点でロシア側の情報戦の戦力は決定的に劣勢にあり、どんどん攻め込まれて窮地に立っている。また、日本のネットの情報戦のアリーナで、ロシア側からの反論を要点鋭く伝えるアカウントが、なぜか反ワクチン系の匿名論者で揃っているという点も奇妙で、それも影響力や拡散力を落としている要因だろう。

ブチャの事件について、元外交官の浅井基文は次のように書いている。傾聴に値する意見であり、こうしたバランス感覚の知性を証明する、勇気ある言論が日本に存在するのは救いだと言える。

私は、ブチャ事件の真相が不明なので、これがロシア軍によるものであるのか、それともウクライナ側のでっち上げなのか、いずれとも判断できません。しかし、ロシア軍のウクライナ侵攻以後、日本を含む西側メディアは、ウクライナ側が発表することは「すべて事実である」という大前提で報道してきており、今回の事件に関してもそれが繰り返されていることには、客観的に公正な報道を旨とするべきジャーナリズムのあるべき姿をはなはだ逸脱している、という批判を提起せざるを得ません。

こう書いた上で、元国連大量破壊兵器廃棄特別委員会(UNSCOM)主任査察官(イラクの大量破壊兵器捜索を担当)のスコット・リッターの警告を転載している。私もこの慎重論に同感だ。

法医学の基本では、死の時刻、死のメカニズム、死体が動かされたかどうか、以上3つのカギとなる問に答えることが求められる。ところで、ウクライナ側は彼らの非難を裏付けるに足る証明可能な法医学的データを示しているだろうか。(略)死亡時間、死亡メカニズムそして死の場所。一人一人の死体についてこの3つの問に答える。その後で(犯人を)特定する。そういう手続を踏まなければ、偽情報をばらまいているということになる

ニューヨークタイムズがロシア側の潔白主張に対する反証として上げた衛星画像だが、ネタ元は民間企業マクサー社の衛星である。今回の戦争ではアメリカの民間衛星がやたら活躍している。どういう軌道をどういう周期で回って地上撮影しているのか、一度に撮影できる範囲の広さや解像度はどの程度なのか、その仕様諸元や当日の撮影と航跡の記録は公開されているのだろうか。CIAの技能と権力をもってすれば、この程度の画像工作は朝飯前だろう。民間衛星を使っているところが、最終的な米政府の責任回避を含み置いている印象も疑われる。

3月19日にブチャの現場地点を偶然撮影できていたとすれば、非常にラッキーな功績だが、何かいきなり「待ってました」とばかり画像が出現したところに、引っ掛かりを覚えるのは私だけだろうか。少し前まで、左翼の世界では、「すべてを疑え」というマルクスの言葉は科学的精神の所在と鋭気を象徴する金言だった。が、最近の左翼の世界では、それを言うと「陰謀論者」だと糾弾されて袋叩きの目に遭う。金言が禁句に妄言になった。同じ左翼の世界で、同じ先哲の言葉が180度意味を転換させた。マスコミの説明に異議を唱え、疑念を差し挟むと、しばき隊左翼に「陰謀論者」のレッテルを貼られて暴力を受ける。

とまれ、かけられた容疑をロシア軍が晴らすのは難しく、事件犯行は既成事実化され、世界の世論の中で覆らぬ不動のものになるのは確実だ。そしてこの事件を契機に、口実に、NATO側は戦車・装甲車の重機動武器を大量にウクライナに供給し、東部南部での戦闘に備える軍事作戦に出た。この戦争は、フロントではウクライナ軍が戦っているけれど、実質、ロシア軍とNATO軍との戦争であり、だから実力世界第2位のロシア軍が撤退したり膠着する戦況になっている。NATO軍は、後方支援の位置と名目をどんどん移動させ、ロシア軍が弱体化すると共に前方に軍事を進め、ウクライナ軍とのシームレスな一体化を進めている。

戦車の次は戦闘機だろうし、東部南部戦線で優勢になれば国境を越えたロシア領攻撃(空爆)もあるだろう。プーチン政権の転覆は明確に俎上に載り、ロシア国家の破壊と解体も展望に入った感がある。プーチン政権は、核の反撃で形勢逆転を狙うか、政権と国家の破滅を座視するか、二つに一つの選択しかなくなる可能性がある。プーチン政権が崩壊した場合は、ロシアは内乱に近い混乱と破局の情勢となるのは必至だろう。果たして、欧米側の思惑どおり、親米親EUの「自由と民主主義」の指導者が立って収まるかどうかは全く見通せない。

例えば、プーチンの宿敵のナワリヌイも、思想は愛国的ロシア主義だと言われている。ウクライナや周辺諸国に対する歴史認識や安全保障の考え方はプーチンと大差ないはずである。いずれにせよ、ブチャの事件を受けて、米欧ウの側は、この戦争が絶対に負けられない戦争になった。正義が勝って悪を滅ぼす聖戦になり、中途半端な和平妥結は許されなくなった。プーチンが生き残る終結形態にはできなくなった。元CIA長官のペトレアスが言っていたような、プーチンに出口を与える軟着陸の戦略はなくなった。すなわち、その位相と視角からも、ブチャ事件の真相が垣間見え、真犯人の意図が察せられるような気がする。

反動化したしばき隊左翼の監視と暴力は恐ろしく、戦時体制下で迂闊なことは口走れないけれども。