2022年4月15日金曜日

中立が許されなくなる世界(田中 宇氏)

 フリーの国際情勢解説者田中宇氏が、「中立が許されなくなる世界」という記事を出しました。
 ウクライナ戦争を機に米国は、欧州各国が「米国(側)対ロシア(側)」の対立において中立の態度をとることを許さないという態度を鮮明にしました(田中氏は英国に扇動されたからという見方を示しています)。
 この件については14日の当ブログの記事「まだまだ続くロシア敵視の妄想(田中 宇氏)でも触れましたが、今回はそれをさらに深堀した記事です。
 対露経済封鎖をより徹底してロシアからの天然ガス購入を完全に禁止すれば、独、仏をはじめ多くの欧州国は燃料価格の高騰を招いて困窮します。しかし米・英国にとってはそれはむしろ望ましいことのようです。これまで西側結束の標語となっていた「価値観を共有する」という綺麗ごとでは、もはや済まされなくなると言うことです。
 幸いにして「中立を許さない」という米・英のドクトリンはまだアジアには及んでいないので、日本の「サハリン2」という抜け道は見逃されています。
 しかしもしも米英の気持ちが変わって認めないとなると日本は大いに困窮することになるわけなので、日本はいつまでも安易に対米従属を続けるべきではありません。
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中立が許されなくなる世界
                    田中宇の国際ニュース解説 2022年4月14日
米英豪のアングロサクソン3か国が昨秋突然結成した中国敵視同盟のAUKUSに、日本も参加しませんかと米英豪が非公式に打診してきたと報じられている。日本と米国の政府は「打診の事実はない」と否定したが、それは「公式に打診したという事実はない(非公式な打診についてはノーコメント)」というだけの話だ。非公式な打診は、多分されている。アジアでは、もう一つの中国敵視同盟である「インド太平洋(クワッド=米日豪印)」が日本で開く5月のサミットに、韓国の尹錫悦・新大統領が参加したがっているという話も出ている。これも日本政府は、韓国からの(公式な)打診はないと否定したが、韓国政府は以前からクワッドへの準加盟を検討している。世界的な状況を見ると、これまで中国敵視に消極的だった日本と韓国が、米国側から加圧・説得され、中国敵視同盟に参加する程度を強めさせられる流れが見えてきている。中国は日韓両方の話に反対を表明している

なぜ今のタイミングで、日本や韓国が米国側から中国敵視の強化を強要されるのか。それは、2月末以来のウクライナ戦争で、ロシアを敵視する米国側と、ロシアが中国BRICSなどを巻き込んで米国覇権やドル決済を否定する非米側との対立が劇的になったからだ。ロシアを敵視しない中立的な諸国を、米国は「ロシアを敵視しない国は敵とみなす」と脅している。欧州ではこれまで、ロシアに隣接する北欧のフィンランドやスウェーデンがロシア敵視同盟であるNATOに参加せず、米露対立に対して中立な姿勢をとっていたが、ウクライナ戦争の開始とともに欧州で中立な立場が許されなくなり、フィンランドとスウェーデンはNATOに加盟させられることになった

欧州諸国のほとんどは、エネルギーなど資源類をロシアに依存しているので、ロシアと対立したくない。だがその一方で欧州は、安全保障を米国NATOに依存しているので、ロシアを敵視しない国は敵とみなす、と米国に脅されたら、わかりましたと言うしかない。米露の激しい対立は今後もずっと続き、中立的な態度は欧州からどんどん消されていく。 

ロシア敵視しない国を敵とみなす米国の姿勢は、日韓などアジアの同盟諸国にも適用されている。だが米国が日韓などアジア諸国に強く要求することは、ロシア敵視よりも中国敵視である。欧州はロシアからの天然ガス輸入を止められそうになっているが、日本はロシア・サハリンからの天然ガス輸入を止めなくても(今のところ)米国から黙認されている。韓国はロシアからの石油ガス資源類などの輸入を急増させているが、米国から黙認されている。米国側は日韓に、ロシアとの関係を切れと言う前に、中国敵視を強めろ、日本はAUKUSに入ったらどうか、韓国はクワッドのサミットに来なよ、と言っている

本来ウクライナ戦争は米国の中国敵視に関係ないはずだが、米国はロシア敵視に連動して中国敵視も強めている。米国の目的は、ウクライナを平和にすることでなく、米国側(米国と同盟諸国)と非米側(中露BRICSイランサウジ中南米アフリカなど)との強烈な敵対構造を作ることにある感じだ。中国はロシア敵視を拒否し、米国側がこれまでロシア(や中国など非米諸国)をさんざん敵視制裁してきたことこそ国際法違反の不正だと言い返しており、米露対立に連動して米中対立も激化している。米国は、台湾を支援するそぶりを拡大して中国をますます怒らせ、ロシアと中国を敵として結束させて強化している。その上で米国は、米国側の同盟諸国に対し、極悪で手ごわい中露をやっつけるため、同盟諸国は徹底的に中露を敵視しなければならない、中立は許されないと強要している

2月末のウクライナ開戦で米国側と非米側(中露)の対立が劇的に強まったが、それ以前の昨年秋から、米国はロシア敵視と中国敵視の両方を強める動きを始めていた。昨年9月ごろからウクライナをNATOに入れる話が喧伝されるようになった。そして同じ昨年9月に、米英豪の中国敵視同盟体としてAUKUSが突然創設された。また同じ昨年9月には、韓国をクワッドに準加盟させる話が出てきている

(AUKUSの最初の事業は米国が豪州に原子力潜水艦の建造技術を付与することだったが、それは豪州がフランスと契約していたディーゼルエンジン潜水艦建造の事業を破棄することであり、これから4月25日に起きるかもしれないフランスでの親露反米なルペン政権成立の可能性と絡めて考えると興味深い。ルペンは支持を増し、マクロンとの差を縮めている。英国のEU離脱の投票時みたいにびっくり仰天になるかもと言ってる米分析者がいる

ロシアがウクライナに侵攻して中露と米国側の対立が劇的に強まる半年前から、米国は中国とロシアの両方への敵対を強めていた。ウクライナ戦争と世界の大分裂を引き起こしたかったのはプーチンでなく米国の方だったことが見て取れる。プーチンは、この大分裂がロシアの長期発展になる良い話だったので乗っただけだ(国連によると、ロシアは今日まで7週間のウクライナ戦争で市民を2000人ぐらいしか死なせていない。米国はイラク戦争の最初の1か月で数万人の市民を殺し、最終的に200万人を死なせた。米国は、アフガニスタンとシリアとリビアでも数十万人ずつ殺したが、マスコミ権威筋からほとんど非難されていない。戦争犯罪として、米国はロシアよりはるかに悪質で罪が重い。ロシアのウクライナ戦争は効率的で、米国の諸戦争は超非効な大失敗だ。マスコミ権威筋と軽信者たちは、微罪のプーチンだけを極悪人呼ばわりしている

米国は、昨年9月に中露敵視を強める1か月前の昨年8月に、中露の地政学的な裏庭であるアフガニスタンから完全撤退しており、その後のアフガニスタンは中露イランという非米側に支援されて再建に入っている。米国は、事前に中露に地政学的な利得を与えてから、今に続く中露敵視の加速を開始している。米国は最初から自分たちの側を弱体化させて敵視構造を作っている。隠れ多極主義的だ。

米国は同盟諸国を巻き込んで中国とロシアへの同時敵視を強めているが、中国敵視でのアジア諸国への強要のしかたと、ロシア敵視での欧州諸国への強要のしかたはかなり違っている。米国は、アジアに対してわりと柔軟で現実的なのと対照的に、欧州に対しては非妥協で非現実的・教条的な感じが強い。米国はアジアで昨秋以降、AUKUSとクワッドという2つの中国敵視同盟を持っている。AUKUSは、米英覇権の当事者であるアングロサクソン諸国が覇権維持のため本気で中国を敵視する「プロの戦争屋たちの同盟体」である。対照的にクワッドは、対米従属のためにやむを得ず中国敵視の演技をする諸国も含めた、トランプが安倍晋三に作らせた「なんちゃって中国包囲網」だ。安倍晋三自身、クワッドの主催者になった後、中国へのすり寄りを強めて日本を米中両属に導いている。

クワッドはゆるい「なんちゃって」なので、対米従属な米軍駐留国だけど親中国な韓国でも入れる。インドは今回、米国が求めるロシア敵視を拒否して対露貿易をむしろ拡大して非米国に完全に入ってしまったが、それでも中国との国境紛争が残っているし、インド洋は大事な地域なので除名されない。やんわりなクワッドと対照的に、AUKUSはプロの戦争屋たちの世界だ。本気で中国と対立したくない日本政府(自民党本流+官僚隠然独裁機構)は、米英から招待されてもAUKUSに入りたくない。AUKUSに入ったら、自衛隊が中国との戦闘も辞さずという態度をとらねばならない。それは無理だ。うちは戦争放棄の敗戦国です。こういう時に戦後の国是が生きてくる。

日本は、AUKUSに入らなければ日米同盟を本気で消滅させると米国に言われて追い詰められない限り、AUKUSには入らない。これまでの流れを見る限り、米国はアジアで現実的な策をとっており、たぶん日本を追い詰めない。米国は、習近平によるコロナの強烈な都市閉鎖を理由に上海の領事館から要員を撤退させ始めているが、日本は領事館の撤退を今のところ全く考えておらず、中国に対する日米の姿勢に、反中国な米国と親中国な日本という食い違いが出てきている(習近平は、自分の独裁体制を強化するとともに、中国から米国側への貿易を止めて米国側の経済を破壊するために、深センや上海でゼロコロナの強烈な都市閉鎖を続けている。中国自体は独裁が強化されているので、都市閉鎖で不況になっても共産党政権が揺るがない)。日本は親中国の姿勢を崩さない。 

米国の同盟戦略は、アジアに対して現実的に寛容なのに、欧州に対しては非現実的に厳しい。日韓は中国敵視も対露制裁もなんちゃってですまされているが、ドイツはウクライナ開戦前に完成したばかりのノルドストリーム2の天然ガス海底パイプラインを破棄させられ、その後もエネルギー需要の多くを占めるロシアからのガスを止めろと強要されている。米国は、2014年から8年かけてロシア敵視をしだいに強めて今回の戦争に持ち込んだが、この間、米国がドイツなど欧州諸国に対して長期的な対露戦略を説明したことはなく、だからこそドイツはノルドストリーム2の建設を止めず、エネルギーの対露依存もやめなかった。米国が欧州を大事な同盟諸国だと思っていたのなら、ウクライナ戦争をプーチンに起こさせる前に、欧州がエネルギーの対露依存をやめる道筋を作るべきだったが、そのような動きはなかった。

なぜ米国は、ドイツなど欧州にだけ意地悪して、アジアには寛容なのか。その理由は多分、英国がいるかいないかの違いだ。米国覇権の黒幕として機能している部分がある英国は、これからQE終了後の金融破綻などで米国覇権が自滅した場合に備えて、ロシアだけでなくドイツも経済的に潰しておきたい。ドイツは、欧州における英国の永遠のライバルだ。ロシアは、欧州における英国の永遠の敵だ。米国にとっては本来、欧州やユーラシア中露は自分らと別の大陸だから敵でなく、むしろ適当に安定していてほしい(ロックフェラーなど米国本来の隠れ多極主義者はそれを希求して国連P5体制を作った)。しかし米国の覇権運営を、隠れ多極主義者と暗闘しつつ牛耳ってきた英国は、ドイツとロシアの両方が弱体化してくれていた方が良い

20世紀の2度の大戦も、もともと(世界で最初に英国の植民地から独立した反英の)米国がドイツを応援して英国覇権を潰そうとしたのが、めぐりめぐって英国が米国を巻き込んで同盟関係になってドイツを潰して戦後の米英覇権体制を作り、返す刀で英国が戦後の冷戦を起こしてソ連と中国を米英の敵にしてロックフェラー謹製の国連P5体制を長い機能不全に陥らせた、という流れだ。今回始まった米国側と非米側の徹底的な対立は、冷戦や世界大戦の代替物であり、中露と米英の果たし合いになっている。それだけでなく英国は、ドイツなど欧州大陸諸国が中立の立場を保って漁夫の利を得ることも阻止し、ドイツがロシアからガスを止められて経済破綻していく流れを作った(だからプーチンは、ルーブルで払えと脅しつつも欧州へのガスを止めていない、とも言える)。 

欧州と異なり、アジアでは英国の影響力が少なく、隠れ多極主義者ロックフェラーの番頭であるキッシンジャーが中共(トウ小平)に進言して中国の台頭を具現化してきた地域だ。だから日本は本格的な中露敵視をやらされず、なんちやってですんでいる。米国側と中露・非米側の対立構造の構築において、欧州では中立の否定が本格的だが、アジアでは中立の否定も建前的だ。

今回はここで終わろうと思っていたのだが、どうも疑問が残る。ずっとこのままの「なんちやって」ですまされるのか。米英覇権の永続を狙う英国としては、ドイツが中立から非米側に流れてロシアと協力して経済力を持って米英覇権を倒しにかかるのも困るが、同様に、日本が非米側に流れて中国を経済的に強化するのも脅威なはずだ。英国としては、米英覇権を守るため、中露独日のすべてが経済破綻するのが良い。それなら、まず日本を強引にAUKUSに入れて日中を決定的に敵対させ、日本が中国とロシアの両方と関係を断絶して経済的に自滅していくように仕向けるのが英国の利益になる。日本はロシアとの関係を切ると経済が3割縮小する。中露両方との関係断絶は、日本経済の規模を半分以下にする。日本人は、とても貧しくなる。AUKUSは実のところ日本を標的にしているのかもしれない

2度の世界大戦も、もともと欧州だけの戦争だったが、欧州の自滅で日本が漁夫の利を得て台頭したのを潰すため、2回目は日本も巻き込んで惨敗させた。中国を経済大国にしたかった米国の多極主義の資本家たちは、日本が中国を植民地にするのを防ぎたかったこともある。 

しかし昔と違って今は、すでに中国が、ニクソン訪中以来の米資本家たちのテコ入れによって隆々と発展して世界的な経済大国になっている。日本の方が、経済的に中国より劣った未来のない国になっている。現実的に見ると、これから日本が中国とどういう関係を持とうが中国の強さには関係ない。日本のあり方が米英覇権にとっての脅威になることはない。日本の当局は米英に脅威とみなされぬよう、1990年代に意図的に不動産金融のバブル崩壊を引き起こしたり、ゆとり教育と銘打って子供たちを意図的に無能な人に育てたりして、自国を弱体化する策を続けてきた。ドイツがロシアに協力すると米英覇権にとって脅威だが、日中の状況は全く違う。AUKUSに入ったら日本は自滅だが、日本はすでに対米従属の国として延命するために前から勝手に自滅しており、これから米英が日本をさらに自滅させる必要はないとも思える。

豪州だって、中国との経済関係を完全に断絶したら経済破綻だ。それを見越して中国は最近、豪州沖にあるソロモン諸島と安保協定を結び、中国軍が豪州沖に駐留できるようにした。中国は豪州をなめている。豪州は反撃できない。やはりAUKUSも張子の虎だ。となれば、日本はそんなものに入らない方が良い。日本がAUKUSに入ると、米国(黒幕の英国)が日本を困らせるために台湾へのテコ入れを強化し、中国の台湾侵攻を誘発する動きが強まる。日本のAUKUS加盟や台湾の緊張激化は、日本がせっかく保ってきた経済繁栄の維持を破壊する。台湾の密やかな経済繁栄も破壊され、何も良いことがない

ロシアは、日本がAUKUSに入るかどうか注目している。日本がプロの戦争屋を気取ってAUKUSに入って中国敵視を強めたら、プーチンが中国に代わって日本を制裁するために、サハリンから日本に輸出している液化天然ガスもルーブルで払えと言い出すつもりかもしれない。プーチンや米英はプロの戦争屋だ。日本は違う。戦後の日本は、戦争屋になることを徹底的に否定し続けることでうまく繁栄を保ってきた。今後もできるだけこれを続けた方が良い。今後の国民生活を考えると、ロシアや中国への敵視も「ふりだけ」にするのが良い。