立憲デモクラシーの会は12月13日、10月召集の第197回臨時国会では、出入国管理及び難民認定法改正案(入管法改正案)、水道法改正案など、将来の日本の社会のあり方や国民生活に大きな影響を与える法案であるにもかかわらず、その立法過程は異常なものであり、強引な議会運営により、ごく短時間の審議で法案を成立させるなど、国会が「唯一の立法機関」とも「国権の最高機関」ともなりえていない実態が露呈したとして、憲法が規定し戦後日本において確立してきた立憲主義的な統治システムが危機に瀕しているとする声明を出しました。
そして、国会はずさんな議論で法案を通すところという虚無主義的な認識がこのまま流布するならば、日本の議会制民主主義は実質的に崩壊すると警告しました。
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声明 国会の空洞化を憂い立憲主義的な議会運営を求める
2018年10月召集の第197回臨時国会では、現在の国会が、憲法第41条に規定された「唯一の立法機関」とも「国権の最高機関」ともなりえていない実態が露呈した。
議院内閣制では、大統領制と異なり、議会が内閣総理大臣を選出するため、慎重な運用をしなければ、行政権と立法権とが癒着し、議会が内閣の翼賛機構に堕すという形で、政治権力の暴走が発生する危険性がある。しかるに現状では、そうした慎重さが失われ、憲法が規定し戦後日本において確立してきた立憲主義的な統治システムが危機に瀕している。
この国会では、出入国管理及び難民認定法改正案(入管法改正案)、水道法改正案など、将来の日本の社会のあり方や国民生活に大きな影響を与える法案が審議されたが、立法過程は異常なものであり、強引な議会運営により、ごく短時間の審議で法案は成立した。委員会審議では、外国人労働者の資格や待遇に関して野党が指摘した問題点について、政府側は具体的な運用規則は政省令で決めるとの一点張りで、その答弁は著しく誠実さを欠いていた。
これまで事実上、外国人労働の法的枠組みとなってきた技能実習制度について、多数の失踪者が出るなどさまざまな問題点が指摘されながら、法務省はこの制度の欠陥を隠蔽するためか、失踪の理由について虚偽の説明をした。野党議員からの調査原票の閲覧要求に対し、法務省が複写・撮影を禁止した結果、野党議員らは調査票の筆写を強いられた。その姿は、政府による国会軽視を象徴するものであった。
大島理森衆議院議長は8月の通常国会終了後に、行政府によるデータ改ざんや情報隠蔽について「民主主義の根幹を揺るがす問題」と指摘する異例の所感を公表したが、事態は改善されるどころか悪化している。
与党の有力議員からは、「議論をすればするほど問題点が出て来るから」早急に採決を行うという趣旨の発言もあった。問題点が明らかになれば、さらに議論を深めるべきであり、議会審議の意義を真っ向から否定する発想が蔓延しているとすれば、容認できない。
入管法改正案のように、空疎な法案を国会で審査させ、具体的な内容をすべて政令等に委ねることは、国会の立法権の侵害であり、行政権への白紙委任を強いるに等しい。ナチス・ドイツで、全権委任法によって行政府にあらゆる権限が集中され、議会の関与が否定されたのと同質のことが今、日本において始まろうとしている。あるいは、内閣が君臨し、国会は議論なしでその政策を追認した戦前の翼賛体制への退行である。
国会を、内閣提出法案を成立させる下請け機関であるかのように位置づけ、次々に法律を成立させることを「生産性」と見なすような見方が広まっている。しかし、そもそも多数決原理と党議拘束を前提とすれば、法案成立は提出の段階で決まっているとも言える。それでは国会審議は何のためにあるのか。審議を尽くして法案の問題点を洗い出し、修正、さらには再考を迫るためではないか。野党に求められるのは、何よりもそうした役割である。
マスメディアは、政府与党と野党を等距離で批判する態度で臨み、野党は法案阻止の決め手を欠く等と論評するが、与党側が現在のように強引な運営を進めた場合、野党の対抗手段が限られていることは否定できない。
国会はずさんな議論で法案を通すところという虚無主義的な認識がこのまま流布するならば、日本の議会制民主主義は実質的に崩壊する。熟議の場としての国会の一刻も早い再構築が望まれる。
2018年12月13日 立憲デモクラシーの会