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2019年12月26日木曜日

つれづれ語り「自由と安全」(田中篤子弁護士)

(この記事はブログ「原発をなくす湯沢の会」のものですが、広く司法に関するものでもあるので「湯沢平和の輪」のブログでも紹介させていただきます)

 田中淳哉弁護士ご夫妻が『上越よみうり』に連載中のコラム「田中弁護士のつれづれ語り」に自由と安全(田中篤子弁護士)が載りました。
 淳哉弁護士が「専門的知見が関連する事件であっても、司法府として、独自の見地から判断すべき事柄は必ずあります。そこで当該領域の専門家として責任ある判断を示すことができるかどうかは、司法に対する国民の信頼を確保するうえで決定的に重要だと思います」と前書きされています。まさにこれに尽きているのですが・・・。

 3.11以前の司法は、井戸謙一判事の一審判決を唯一の例外として20数件の原発差し止め訴訟を、政府の言い分が正しいとして悉く却下しました。いわば思考停止という太平の眠りの中にいたのでした。それが福島原発の大惨事でほんの一瞬だけ覚醒したかに見えましたが、樋口英明判事の再稼働不可の判決以降「強烈な外力」が作用して、再び「新規制基準が正しい」とする思考停止に入りました。
 たとえ裁判において原発の安全を否定する如何なる論議が行われようとも、全て「新規制基準に合理性がある」の一言で片付けることがパターン化されました。規制委のトップが「新規制基準は安全を保障するものではない」と明言しているにもかかわらずにです。

 今回の「つれづれ語り」も例によって限られた字数の中で、実に簡潔に(分かりやすく)ポイントが示されています。
 いわば司法の果たすべき役割に関する同弁護士の哲学の開陳であり、それは直ちに裁判を行う人間に対し、外圧的にというよりも内面的・内発的なショックを与えるものです。
 それにしても、司法に対する現行の家父長的支配体制は余りにもそれから逸脱しています。
 何よりも重みのあるクリスマスプレゼントになることを祈ります。

お知らせ
都合により27日と28日は記事の更新ができません。ご了承ください。
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つれづれ語り自由と安全)(田中篤子弁護士)
田中篤子弁護士 2019年12月25日
『上越よみうり』に連載中のコラム、「田中弁護士のつれづれ語り」
2019年12月25日付に掲載された第74回は、「自由と安全」です。
篤子弁護士が、原発差止訴訟における司法判断のあり方について書いています。
専門的知見が関連する事件であっても、司法府として、独自の見地から判断すべき事柄は必ずあります。そこで当該領域の専門家として責任ある判断を示すことができるかどうかは、司法に対する国民の信頼を確保するうえで決定的に重要だと思います。

自由と安全

1 原発から私たちを守れるのは
原発訴訟についての報道を見ていると、この国の人々の司法に対する信頼はいつまで保たれるのか不安に思うことがあります。原発問題は国政選挙によって決せられるべきエネルギー政策の問題だというある種のイメージがついていますが、福島第一原発事故で明らかとなったように、安全性の不十分な原発は、一度の事故で多数の人々の命や健康、生活していた土地やその地を中心とした人間関係、仕事などを含め人生を根こそぎ奪い取るような甚大な人権侵害を引き起こします。多数者による人権侵害から少数者を救済することこそが司法の最も重要な役割である以上、原発推進の国策に関わらず、司法は原発の安全性について積極的に判断する姿勢を示していくべきです。行政判断をただ追認するだけの裁判で再び原発事故を招くようなことがあれば,司法は完全に国民から見放されてしまうでしょう。そのような国家でどうして社会の秩序が維持できるでしょうか。

2 十分に安全な原発を
裁判所が何よりも真摯に考え判断すべきなのは、そもそも原発にはどの程度の安全性が求められるのかという点です。社会が原発に求める安全性のレベルはどの程度のものなのか。福島第一原発事故の際、大量の放射性物質が海に放出されてアメリカにも到達しました。原発事故の被害は容易に国境を超えます。そうである以上、原発の安全性を自国の経済などの利己的な理由で低めに設定することは許されません。ここでいう「社会」とは立地自治体でも日本でもなく「国際社会」と言わなければなりません。この点、ドイツでは、福島第一原発事故よりも相当以前から、原発には高度な安全性が求められることを前提にこれを確保するための基準を裁判所が示してきました。例えば、安全性については通説的学説だけでなく代替可能なすべての見解を考慮する必要があるとされています。自然科学の分野では通説的見解とは異なるが一応の合理性がある見解が存在することは珍しくありません。通説的見解では安全と言えても、別の見解からすれば安全とは言えない場合には、直ちに安全とは評価できないというのがドイツの裁判所が示した判断であり、これには共感を覚える方も多いのではないでしょうか。

3 裁判官だけが判断できること
原発訴訟のような専門技術的な知識が要求される裁判では、裁判官は科学者や技術者による検討を経た行政庁の判断を尊重するという姿勢になりがちです。しかし、科学者や技術者は,原発が抱えるリスクの有無や程度という「事実」を判断することはできても,そのリスクを社会が許容することの可否・合理性・条件といった社会的な価値判断を含む問題については判断することはできません。科学的見解が複数ある場合や科学が発展途上で不確実性を伴う場合などに、「疑わしきは安全に」の原則をとるのか「疑わしきは(経済活動の)自由に」の原則をとるのか,いずれを社会の基本方針とするのかを科学者が決めることはできません。それは社会学,倫理学,法学などの人文・社会科学の領域であり裁判官の専門領域であって、まさに司法が判断すべき領域です。冒頭で述べたような人権侵害を防ぐために、電力会社の経済活動の自由をどの程度制約できるのか。その判断を可能にするための基準は,行政が設定した新規制基準などではなく,ドイツの裁判所のように司法自体が確立しなければならない基準です。経済の発展に責任を負う立場にある行政が作成した基準と,人権侵害を救済することが主要な目的である司法とでは,基準が異なるのは当然です。行政の作った基準に合理性があるからといって,それが司法の目的に沿うものとは限りません。守るものが違えば,そこには対立があるのがむしろ自然なのです。司法が国民から信頼されるためには,人権救済の観点に立ち,その専門性を生かして,より具体的で精緻な判断基準を定立していく努力が欠かせないと思います

2019年12月16日月曜日

16- 地球の温度変化が生じる理由とは何か(植草一秀氏)

(これは「原発をなくす湯沢の会」のブログに掲載される記事ですが、「地球温暖化」という課題に関するものなので、本ブログでも掲載させていただきます)


 グレタさんの訴えもありCO2が地球温暖化の元凶であるという認識は今や世界共通のものになった感があります。事実「パリ協定」はその認識のもとにCO2の削減を具体化するための協定です。

 しかしCO2が原因であるとは断定できないというのが公平な見方のようです。
 事実、マントルの対流運動に関する新理論紫綬褒章を受賞した丸山茂徳・元東工大教授(米地質学会名誉フェロー)は、「科学者の9割は『地球温暖化』CO2犯人説はウソだと知っている」という本を出していますし、IPCC (国連気候変動に関する政府間パネル)が2001年に公表した第3次報告書には、膨大なデータの改ざんがあったことが指摘され問題となりました。

 工業化が進む以前の地球も、これまで数万年~10数万年の周期で温暖化と寒冷化(氷河期)を繰り返しています。
 確かにこの間の地球の温度変化とCO2濃度の変化は、巨視的にはほぼ傾向を等しくしているのですが、直近の温度上昇のピークは13万3千年前に起きたのに対して、CO2のピークはそれから3千年経過した後に起きています。単にCO2が地球温暖化の原因とは言い切れない所以です。

 植草一秀氏が「地球の温度変化が生じる理由とは何か」とする記事を出しました。その中で「地球の表面温度の上昇が化石燃料消費増加に伴うCO2発生量増加によるものであるとは実は断定できない」点を強調し、それが自明の理であるかの如く振る舞うべきではないと警告しました
 そして「問題はCO2削減が原発稼働に結びつけられることだ」として、そういう策動に対して強く批判しました。
 原発稼働と環境問題を結びつけることの非は、樋口英明・元副地裁裁判長が大飯原発の再稼働阻止訴訟の一審判決で、「原発の稼動がCO2排出削減に資するもので環境面で優れている旨の主張は、原発でひとたび深刻事故が起こった場合の環境汚染はすさまじいものであることに照らしても、環境問題を原発の運転継続の根拠とすることは甚だしい筋違いである(要旨)」と述べている通りです。

 近年の巨大台風や豪雨の直接的な原因は海水温度の上昇ですが、原発の発電効率は火力の大体6割前後なので、kw当たり海水温度上昇量は火力の1・5~1・8倍になります。正に原発こそが海水温度を直接的に上昇させる装置に他ならないのです。

 以下に紹介します。
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地球の温度変化が生じる理由とは何か
植草一秀の「知られざる真実」 2019年12月15日
地球の表面温度が上昇傾向を示しているのは特定の制約条件を置けば事実であろう。
気温の上昇が続けば、さまざまな影響が生じるのも事実である。プラス面もあるがマイナス面もある。
しかし、地球の歴史上、表面温度の変化は大規模に繰り返されてきた。
もっとも深刻な影響が広がったのは、表面温度が低下した局面である。「地球寒冷化」の方が全体としては深刻な影響をもたらしてきたと言える。

「パリ協定」は、近年に観察されている表面温度上昇の原因が化石燃料消費に伴うCO2発生量増加によるものと断定して、CO2の発生量削減を取り決めたものである。
しかし、表面温度の上昇が化石燃料消費増加に伴うCO2発生量増加によるものであるとは、実は断定できない。
「気候の複雑なシステムは根本的に予測が困難である」「人間活動が温暖化の支配的な原因かは明らかでない」とする、科学的な見解が広く表明されている。
いわゆる「地球温暖化仮説への懐疑論」は、科学的根拠をもって広く保持されているものだ。
しかし、マスメディアは、「人間活動による地球温暖化仮説」に対する懐疑論に対して、説得力のある根拠を示さずに、頭ごなしにこれを批判する。このようなヒステリックな対応に疑念を持つことが重要だ。

地球の環境破壊を望む者は少ない。自然災害の増加を望む者も少ない。
地球環境の悪化が進行している主因がCO2発生であることが疑いのない真実であればCO2発生を抑制することが重要ということになるだろう。
しかし、地球の表面温度の上昇がCO2を主因とするものなのかどうかは断定しきれない。

地球の表面温度は長期で捉えると大きな変動を示している。
第2次大戦後というようなミクロの時間軸ではなく、1000年単位、1万年単位、1億年単位で大きな変動が示されてきた
はるかに温暖な時代もあった。はるかに寒冷な時代もあった。生物はそれぞれの環境のなかで多様性の形状を変化させてきた。
したがって、現在観察されている表面温度の上昇について、その背景を根拠不十分に断定することは控えるべきだ。この問題と離れて、人類として、どのようなライフスタイルを追求するのかを考えるべきだ。

化石燃料の大量消費がさまざまな弊害をもたらしているのは事実である。
エネルギー源として、再生可能エネルギーにシフトさせること、自然エネルギーにシフトさせることに反対する人々は少ないと思う。
問題はCO2削減が原発稼働に結びつけられることだ。火力発電と原子力発電を比較すれば、圧倒的に弊害が大きいのは原子力発電である。
この議論を行うべきである。この議論を抜きにCO2削減の主張を拡大すれば、必ず原子力発電活用に議論が導かれる。
ここを避けているから地球温暖化論議に対する疑惑が払拭できないのだ。

スリーマイル、チェルノブイリ、フクシマで事故が発生した。
フクシマの事故はまったく収束していない。フクシマではいま、汚染水の管理が限界に到達しつつある。この放射能汚染水を海洋に放出することが検討されている。
元京都大学原子炉実験所助教の小出裕章氏の新著 『フクシマ事故と東京オリンピック【7ヵ国語対応】』“The disaster in Fukushima and the 2020 Tokyo Olympics” (径書房)https://amzn.to/2OAIdzO から引用させていただく。

「広島原発168発分のセシウム137が大気中に放出された。
広島原爆1発分の放射能でさえも猛烈に恐ろしいものだが、なんとその168倍もの放射能が大気中にばらまかれたと日本政府が言っているのである。
セシウム137はウランが核分裂して生成される核分裂生成物の一種であり、フクシマ事故で人間に最大の脅威を与える放射性物質である。」
東京オリンピックどころではない。地球温暖化の論議の前に原発の是非を論じることが先決だ。
(以下は有料ブログのため非公開)

2019年7月15日月曜日

15- <参院選 公約点検>(6)(東京新聞)

 東京新聞のシリーズ<参院選 公約点検>の第6弾は「(6)原発 『将来も使う』自民鮮明」です。
 政府が15年に決定した「原発の電源構成比率を30年度に2022%へ引き上げる」との方針を自民「確実な実現を目指す」としていることは、30基以上の原発を再稼働させる(原発の新増設もあり得る)というもので、国民の思いから大いに逸脱したものです。
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<参院選 公約点検>(6)原発 「将来も使う」自民鮮明
東京新聞 2019年7月14日
 エネルギーの将来像の中に原発をどう位置付けるかを巡り、各党の公約は三つに大別される。自民は将来も原発を使い続ける姿勢を明確にした。公明、立憲民主、国民民主、共産、社民の五党は「原発ゼロ」を掲げた。日本維新の会は「脱原発依存」を唱えた。
 
 同じ「原発ゼロ」でも、いつまでに実現するのかという目標の示し方には違いがある。立民、共産、社民は衆院に共同提出した原発ゼロ基本法案の「成立を目指す」と公約した。法案は法施行後五年以内に全原発の廃炉決定と定めている。国民は「二〇三〇年代」を目標に挙げた。公明は時期を示さなかった。
 原発の再稼働に関しては自公は一定の条件を満たせば認める立場を示した。国民、維新はより厳しい条件を付けた。立民、共産、社民は一切認めていない
 
 政府が一五年に決定した電源構成見通し(エネルギーミックス)に関し、自民は「確実な実現を目指す」と強調した。発電電力量のうち原発が占める割合を三〇年度に20~22%へ引き上げる目標を掲げたことになる。新規制基準に適合し再稼働した原発は九基で、発電電力に占める割合は一七年度で約3%。20~22%の目標達成には三十基以上の再稼働が必要になる。
 自民の公約は原発の新増設も否定していない。安倍晋三首相は党首討論会で「現時点で新増設は想定していない」と将来に含みを残した。公明は新設を認めない方針を明記しており、与党間の距離が際立った。
 
 地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」を受け、温室効果ガスの大幅な排出削減が国際的な課題になった。その手段として再生エネをどれだけ重視するかについても、与野党の立ち位置は分かれた。
 自民は三〇年度の再生エネの政府目標比率(22~24%)を追認した。国民は三〇年までに30%以上、共産は同40%、社民は五〇年までに100%へ引き上げる目標を示した。立民は時期を示さずに自然エネルギー100%を目指すとした。
 二酸化炭素を多く排出する石炭火力発電所に関し、自民は、三〇年度に全体の発電量の26%を石炭火力で賄う政府方針に足並みをそろえた。立民、社民は三〇年までの廃止を主張した。共産は新設計画の中止、既存の発電所の計画的な廃止を盛り込んだ。政治団体「れいわ新選組」は「原発即時禁止」を掲げ、火力発電をエネルギーの主力に位置づけた。 (伊藤弘喜) 
 
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2019年7月4日木曜日

04- <参院選>争点シリーズ(4)原発・エネルギー (東京新聞)

 東京新聞の連載記事「参院選 争点」の第4回目は「4原発・エネルギー」です。
 放射能汚染の危険性を訴える人たちが福島の地元で疎外されるという事実には驚かされます。恐るべき「同調圧力」によるものでしょうか。
 一方で、福島のような深刻な事故が起こる可能性について、全国民の85・7%が「心配が残る」としている事実もあります。
 東京新聞の争点シリーズは今回で終わりです。
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<参院選>争点(4)原発・エネルギー 推進かゼロ目標か
東京新聞 2019年7月3日
 「原発は、人権をないがしろにしないと成り立たないものということが、被害者になってよく分かった」
 東京電力福島第一原発事故後、福島から東京へ避難した鴨下祐也さん(50)は、そう声を絞り出した。
 二〇一一年三月十二日未明、福島県いわき市の自宅を離れた。避難所や親族宅など四カ所を転々とし、ようやく都内の国家公務員宿舎に入居できた。今も妻と息子二人の四人で暮らす。
 勤め先の福島工業高専(いわき市)の再開に伴い、いったんは一人で戻った。だが、放射能汚染の危険性を訴える鴨下さんのような教員は孤立し、次々と退職。鴨下さんも一二年十月に辞めた。大学の非常勤講師を務めながら、なんとか生計を立てている。
 国はいわき市には避難指示を出さず、一家は「自主避難者」とされた。避難所では、避難指示が出た区域の避難者からは「けぇれ(帰れ)!」と怒鳴られたこともあった
 
 自主避難者へのほぼ唯一の公的支援だった災害救助法に基づく住宅提供は一七年三月に打ち切りに。早期の退去を求める文書が配達証明で定期的に届く。鴨下さんは「放射能汚染が残っている以上、自宅には戻れない」と打ち切りの見直しを求めている。
 本社加盟の日本世論調査会が二月に行った全国面接世論調査では、福島のような深刻な事故が起こる可能性について85・7%が「心配が残る」と回答した。
 
 安倍政権は海外で原発を新設する「原発輸出」を成長戦略の柱に位置付けてきた。米国、ベトナム、英国などで次々と新設計画は頓挫したが、世耕弘成経済産業相は原発輸出を進める方針に「変更はない」としている。国内でも、福島事故後に設けられた新規制基準に適合し、再稼働したのは計九基。鴨下さんは「福島の廃炉も賠償も終わらないのに、再び原発を動かすなんてありえない」と憤る。
 
 昨年七月に閣議決定したエネルギー基本計画は「再エネの主力電源化」をうたった。だが、三〇年度の数値目標は従来の22~24%に据え置き。原発比率も20~22%と肩を並べ、再エネ普及への本気度は乏しい。
 政府は本年度予算で、新原子炉の技術開発の補助金に六・五億円を充てた。これまで「原発の新増設は国内では必要ない」と説明してきたが、将来の新増設に向け、「原子力ムラ」が実質的に準備を始めた形だ。
 五月現在、福島県から県外への避難者は全国で三万人超。鴨下さんには、来年の東京五輪・パラリンピックが「復興五輪」と位置付けられることに「見せかけの復興をアピールされても」とむなしさを感じる。
 原発を維持・推進するのか、ゼロへとかじを切るのか。参院選では福島の教訓を踏まえたエネルギーの将来像が問われている。 (伊藤弘喜)=おわり

2018年6月20日水曜日

20- 狂気の世紀の終焉 (日々雑感)

 「日々雑感」氏のブログ:「狂気の世紀の終焉」を紹介します。
 核兵器やミサイルの基本的な寿命を論じたものです。「はす(斜)に構える」という言葉がありますが、こうした視点は新鮮です。
 原発がウランの枯渇に連動する刹那的な設備であるのは明らかです。日々雑感氏は枯渇するのは50年後と見ていますが、商業ベースではあと10年という説もあるくらいです。
 ただ核兵器もそれに連動するかについては異論もあるかと思われます。
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狂気の世紀の終焉 
日々雑感 2018年6月19日
 核兵器は一度製造すれば永遠に持つ、というものではない。他の機械や兵器と同様に耐用年数がある。
 水爆を簡単に理解するには純度の高いプルトニュウムを容器に整然と詰め込み、中心部の爆薬を爆発させて核融合反応を起こす仕組みの爆弾だ。プルトニュウムそのものの半減期は2万4千年だが、高純度のプルトニウム核融合反応を起こす状態で維持するには12、3年が限度だろうといわれている
 
 つまり水爆の耐用年数は長くて13年ということのようだ。しかもプルトニウム以外の部分も強い放射能にさらされて劣化が激しく、実際は10年も経つと安定性に欠けるのではないかと思われている。原爆は水爆よりは耐用年数は長いと思われるが、それでも冷戦当初に造られたものはとうの昔に耐用年数を過ぎている。
 だから米ソがデタントと称して核軍縮を行っていたのは冷戦当初に大量生産した核弾頭が耐用年数を過ぎて安定的効果を発揮する核兵器でないと思われるものを廃棄していたに過ぎない。しかも核弾頭を運ぶミサイルに関しても製造した途端に劣化が進み、精密部品に関しては10年も経たずして信頼性が著しく低下する。
 
 そのうえウランは現在原発で使用する水準で消費すれば埋蔵量は50年で底をつく。プルトニウムは純度の高いものを作り置きすることは不可能で、絶えず製造しなければならず、50年もすれば新規製造そのものが不可能になる。
 つまり百年と経たずして核兵器は過去の遺物になる。核兵器が充満した狂気の世紀は後一世紀も経たずして終焉を迎える。その間、人類は核兵器を使用しなければ良いだけだ。
 
 金正恩氏が体制保障と引き換えに非核化をするとトランプ氏と約束したようだが、百年も放置すれば自然と世界は非核化になる。金氏はどれほどの年数の体制保障を求めたのか知らないが、金氏本人も50年程度で寿命を迎える。彼の子々孫々までも独裁者として北朝鮮に君臨することは不可能だ。
 それなら金氏は無理やり体制保障を求めることなく、命の危険のない安住の地へ亡命して、北朝鮮は北朝鮮の国民に委ねる方が余ほど充実した人生が送れるのではないだろうか。そうすれば少なくとも極東の狂気が一つ排除されるだろう。
 
 人の命を人質にして「戦争ごっこ」を繰り広げている軍産共同体の利権集団も彼ら自身の狂気に気付くべきだ。いかに巨万の富を手にしようと、生涯に使い切れない富は無いのと同じだ。財力に飽かして美食を世界から集めようと、人が美味しく食べられる量には限りがある。
 「起きて半畳 寝て一畳 天下採っても二合半」とはよくいったものだ。権力者の座に長くいても悪名を後世に残すだけの愚かな宰相もいる。「知足」を知ることこそが限りある人生を豊かに生きる秘訣ではないだろうか。 

2018年6月7日木曜日

よりよいエネルギー計画を作り上げるために(田中淳哉弁護士)

 田中淳哉弁護士が、政府の「第5次エネルギー基本計画」のポイントと問題点を分かりやすく解説していますので紹介します。
 同計画についてのパブリックコメント今月17日まで募集しているので、多くの声を届けましょうと訴えています。
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つれづれ語り(エネルギー基本計画)
田中淳哉弁護士 2018年6月6日
『上越よみうり』に連載中のコラム、「田中弁護士のつれづれ語り」
2018年6月6日付に掲載された第35回目は、「よりよいエネルギー計画を作り上げるために」です。エネルギー政策については、もはや原発を辞めるか続けるか(which)が問題なのではなく、いつ(when)、どのように(how)原発から再生可能エネルギーに移行していくのかが問題になっていると思います。
 
よりよいエネルギー計画を作り上げるために
 
1 第5次エネルギー基本計画案の概要
国の「第5次エネルギー基本計画」の案が、先月16日に示された。
今次の基本計画案は、2030年に向けた基本的な方針と、2050年を見据えたシナリオの二本柱からなる。2030年に向けた基本的な方針では、第4次基本計画がほぼそのまま踏襲されているが、再生可能エネルギーについて「主力電源化を目指す」としたのが大きな特徴だ。
 
2 方針の明確化が生む好循環
世界ではいま、再生可能エネルギーの普及が加速度的に進んでいる。
事業運営を100%再生可能エネルギーで調達することを目標に掲げる「RE100プロジェクト」には、アップル、マイクロソフト、BMW、バーバリー、NIKE等、多業種の大企業が加盟している。またバンク・オブ・アメリカなどの大手投資銀行は、化石燃料関連の投融資を削減し、再生可能エネルギーへの投融資を推進する方針を掲げている。
 
欧米では、国や自治体が明確な方針を打ち出すことで、再生可能エネルギー・送電・電力制御・蓄電などの分野への集中的な投資が促され、巨大な市場が形成されている。その結果、技術革新とコスト低下が進み、さらに投資が促進されるという好循環が出来上がっている。今や太陽光発電や風力発電は、1キロワット時あたり2円を下回り、もっとも安い電源となった
 
これに対し日本では、再生可能エネルギーの送電線への接続が拒否されたり、高額な接続料金を要求されたりする問題もあって、コストが高止まりしている。再生可能エネルギーの接続義務を課すことによって送配電網の整備・再構築を促す、形骸化しつつある電力自由化を実効性あるものに転換する等、行政に出来ることは多い。
何よりも、再生可能エネルギーを主力電源に据えることを明確に示すことによって、市場の不確実性が減り、投資が促進されるようになる。基本計画案に「主力電源化を目指す」との文言が入ったことは、その点から大きな意義がある。
ただ、2030年時点での電源比率が22~24%とされているのは、現時点で既に15%に達していることを考えると、低すぎる。投資促進効果を生み出すためにも、もっと意欲的な数値設定が望ましい。
 
3 原発
他方で2030年時点での原発の電源比率が20~22%とされているのは、あまりにも高すぎる感が否めない。単純計算で、30基程の原発が稼働しないと達成できないから、運転開始から40年以上経過した老朽原発の運転延長に加えて、新規増設や建て替えも予定されているのだろう。
そもそも、原発の運転期間が原則40年間と限定されたのは、中性子の照射によって圧力容器が脆化してしまうことに基づく。「滅多にない例外」として、最大で20年間の運転期間延長が認められているが、これが頻発するようになれば、安全性の面から問題が大きい
ただ、安全性とともに経済合理性の観点も考慮せざるを得ないという現実もある。メルトダウンした際に溶け落ちた核燃料を受け止めるコアキャッチャーや格納容器の二重化など、ヨーロッパでは導入済みの技術が規制基準で要求されていないのはこのためである。
果たして、安全性を多少犠牲にしてでも原子力発電を維持・継続していくべきなのか、私たちがいま突きつけられているのは、こうした根源的な問いだ。
 
福島第一原発事故は、過酷事故が発生した場合の被害の苛烈さを知らしめた。事故から7年以上たった今もなお6万5000人もの人々が故郷を離れて暮らすことを余儀なくされている現実は、重い。住み慣れた場所で生活できることのありがたさ。秤の反対側に乗せて釣り合いのとれる価値とはいったい何だろうか。
 
4 声を届ける
再生可能エネルギーは、「世界一安全な原発」と比べても、圧倒的に安全である。現状ではコストがかかっても、将来的には間違いなく安くなる。国際的な潮流にこれ以上遅れをとらないためにも、大胆な政策転換が求められていると思う。
 
今月17日まで募集されているパブリックコメントで多くの声を届けて、よりよい内容に練り上げたい。

2018年1月26日金曜日

柏崎刈羽原発の現状と今後(田中淳哉弁護士)

 これまで2度「憲法カフェin湯沢」を主宰していただいた田中淳哉弁護士は、市民新聞「上越よみうり」に「田中弁護士のつれづれ語り」のコーナーをお持ちで、2週間に1回のペースで寄稿されています。淳哉弁護士の奥様の篤子さんも弁護士なので、交互に書いておられます。
 
 24日に掲載された第27回目の記事は、「柏崎刈羽原発の現状と今後」についてで、淳哉弁護士篤子弁護士の会話形式になっています。
 柏崎刈羽原発の問題点が分かりやすくまとめられていて大変参考になりますので、以下に転載させていただきます。
 
追記)テーマからいうと本来はブログ「原発をなくす湯沢の会」で扱うべきなのですが、これまで同弁護士の記事はこちらで扱ってきましたのでそれを踏襲します。
  「原発  の会」のブログには「湯沢平和の輪」からの転載として掲載します。
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つれづれ語り(柏崎刈羽原発の現状と今後)
 
『上越よみうり』に連載中のコラム「田中弁護士のつれづれ語り」。
 
1月24日付に掲載された第27回は、柏崎刈羽原発の現状と今後について、です。
 
今後、東京電力や国は、再稼働に向けて、なりふり構わない感じになっていくと思われるので、それに振り回されないためにも、どんな課題や問題があるのかを具体的に認識しておくことが大切ではないかと思います。
 
なお、規制委員会の審査手続については、以前のブログ記事でわりと詳しく書いているので、そちらもあわせてお読みいただければと思います。
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柏崎刈羽原発の現状と今後
 
今回は、気になる柏崎刈羽原発の現状と今後について、篤子弁護士との会話形式でお届けします。
 
篤子:柏崎刈羽原発の審査が終わったの?
淳哉:去年の年末に、7つある原子炉のうち6号機と7号機について、規制基準に適合するという「審査書」が正式決定されたね。
 
篤子:じゃあもうすぐ再稼働するの?
淳哉:今回の決定は、安全対策の基本的な方針が了承されたということ。
この後、建物や設備・機器などの詳細な仕様が書かれた「工事計画」や、運転管理上のルールにあたる「保安規定」についても認可を得る必要がある。工事完了後には、設備や機器の性能を現地で確認する「使用前検査」が行われる。これらの手続きが年内にすべて終了する可能性もあると言われているよ。
 
JAERO 日本原子力文化財産のウェブサイトから貼り付け
 
篤子:今年中に再稼働することになるの?
淳哉:再稼働には、地元自治体の同意も必要とされている。米山知事は、原発事故、避難計画、健康や生活への影響という3つの検証が終わらない限り、再稼働の議論は始められないと言っている。これらの検証が終わるまで2~3年はかかるとされているから、再稼働するとしてもその後になると思うよ。
 
篤子:安全性について問題はないの?
淳哉:審査に合格したからといって、絶対的な安全を保障するものではないよ。
規制基準では、柏崎刈羽原発のように複数の原子炉が集中していることに伴う危険性は考慮されていないし、避難計画の有無や内容が審査対象になっていないという問題もある。
こういう根本的な問題以外にも、審査の過程で安全性に関わる問題点がいくつも指摘されているよ。
 
①活断層や中越沖地震の影響が考慮されていない
地質学者は、火山灰層の組成成分分析結果に基づき、敷地直下を通る断層が活断層である可能性を指摘している。もし活断層だとすれば規制基準に適合しないことになるはずだけど、この指摘は事実上無視されてしまった。
また、原子炉を含む諸設備が、中越沖地震によりダメージを受けて強度が低下していることが考慮されていないという問題も指摘されている。
 
②免震重要棟や防潮堤の耐震不足
免震重要棟は、中越沖地震の際に現地対策本部となるべき建物が損傷してしまった経験を踏まえて、「免震」機能を備えた建物として設置された。でも改めて解析したところ、耐震性が不足していて、7パターンある基準地震動のすべてで建物が損傷してしまう可能性のあることがわかったんだ。
 
防潮堤についても、再解析の結果、液状化対策が不十分で、大地震の際に傾むいてしまうおそれのあることが判明した。このため、想定される津波よりも低い敷地面に建てられている1~4号機の原子炉建屋や免震重要棟は、津波により浸水する可能性があることになる。
 
③緊急退避所の問題点
重大事故が起こったときに現地対策本部がおかれる緊急退避所についても、十分なスペースが確保できないとか、6、7号機に近接し過ぎていて安全に作業することができないのではないかといった問題が指摘されている。
 
④基本的な不備
安全上重要なケーブル数千本が規格外のものであることや、原子炉建屋を含む複数の建物内に建築基準法違反の貫通部が数十箇所あることなども明らかになっている。
災害時には、こういう不備が事故を拡大する原因になりうるから見過ごせないよね。
 
⑤組織としての問題
免震重要棟が7パターンの基準地震動すべてで耐えられないというデータは、2014年4月時点で得られていたんだ。それなのに、2017年2月まで「7つのうち5つの揺れに耐えられない」という誤った説明をしていた。
東京電力は、内部の連絡不足が原因と言っているけど、解析結果が約3年もの間伝わっていなかったというのは、組織としてかなり問題があるよね。
 
篤子:ほんとにいろんな指摘がされているのね。
淳哉:みんなの命や生活にも関わる問題だから、原発自体には賛成という人も含めて、注視していく必要があると思うよ。