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2020年8月19日水曜日

つれづれ語り「希望をつなぐ」(田中弁護士のつれづれ語り)

 これまでに「核兵器禁止条約」(国連で17年に可決成立)を批准した国は、発効要件を満たすまであと6か国となりました。
 今年の原爆忌でも広島・長崎両市長は平和宣言の中で、日本政府が核兵器禁止条約に参加(署名)するように求めましたが、安倍首相は挨拶の中で「核兵器国と非核兵器国の橋渡しに努め、~ 国際社会の取組みを主導していく決意」などと、空疎な言葉を並べ立てたに過ぎませんでした。
 同条約の成立に当たってはICAN国際運営委員の川崎 哲氏が政府に参加を求めましたが、外務省は数十年来の持論「核の傘論」を盾に同じませんでした。頑迷というしかなく唯一の戦争被爆国として恥ずべきことです。

 田中淳哉弁護士が19日の「つれづれ語り」で「核兵器を巡る世界の状況について」これまで「印象深く感じた言葉を紹介しながら」語りました。
 同弁護士がこれまで「つれづれ語り」で核兵器に触れた記事は10本近くあり、その一部を挙げると下記の通りです。
つれづれ語り(核兵器禁止条約)   17/06/07   https://j-c-law.com/turedure170607/
つれづれ語り(現実を変える理想の力)17/12/27   https://j-c-law.com/turedure171227/
つれづれ語り(73年目の夏に)         18/08/01       https://j-c-law.com/turedure180801/ 
つれづれ語り(核のリスクを直視して)19/08/07  https://j-c-law.com/turedure190807/
つれづれ語り(思いをつなげて)         19/12/11       https://j-c-law.com/turedure191211/ 

 以下に『上越よみうり』に連載中の「つれづれ語り(希望をつなぐ)」を紹介します(文中の青字部分は原文に拠っています)。

 なお田中弁護士は6月24日にも「核」に関連する記事を載せています。そちらは当事務局が運営している別のブログ「原発をなくす湯沢の会」で紹介させていただきました。
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つれづれ語り(希望をつなぐ)
田中弁護士のつれづれ語り 2020年8月19日
『上越よみうり』に連載中のコラム、「田中弁護士のつれづれ語り」
2020年8月19日付に掲載された第90回は、「希望をつなぐ」です。
今年は戦後75年の節目の年。核兵器を巡る世界の状況について、私が印象深く感じた言葉を紹介しながら書いてみました。

希望をつなぐ                             

コロナ禍と猛暑の中で迎えた戦後75年目の夏。いくつかの象徴的な言葉とともに、核兵器について考えたいと思います。

人類の危機を救う決意

 「私たちは自らを救うとともに、私たちの体験をとおして人類の危機を救おうとい
 う決意を誓い合った」

1956年8月10日に開催された、日本原水爆被爆者団体協議会(日本被団協)結成大会における『結成宣言』の一節です。核兵器は、無差別に大量の命を奪い、生存者にも長期にわたって無用な苦痛を与える、非人道的な兵器。それをなくすことが人類の危機を救うことにつながるのだ。そうした決意が高らかに謳われています。
この被爆者の決意と行動が結実したのが、2017年7月7日に国連で採択された核兵器禁止条約です。この条約は、核兵器の開発・実験・生産・製造・取得・保有・貯蔵・使用などを包括的に禁止しています。現在までに44の国と地域が批准していて、条約の発効に必要な50まで、あと6と迫っています。
条約が発効しても批准していない国に対して直接的な拘束力を持つ訳ではありませんが、国際的な規範を作り、批准国を増やしていくことによって、核兵器保有国に対する事実上の制約を及ぼしていくことが可能となります。生物化学兵器やクラスター爆弾などの武器についても、「禁止条約」によって『持てる国』の動きを封じてきた歴史があります。

核戦争のリスク

他方で核兵器保有国は、これと逆行する危うい流れを作りだしています。

「現在は核戦争のリスクが第2次世界大戦後でもっとも高くなっている」

国連軍縮研究所のレナタ・ドワン所長が昨年5月に発した警告です。
同年8月には、地上配備型の中距離弾道ミサイル等の発射実験・製造・保有を全面的に禁止する中距離核戦力(INF)全廃条約が失効しました。来年2月には、戦略核弾頭の配備数や長距離ミサイルの保有数を削減することを約した新戦略兵器削減条約(新START)も期限切れとなり、延長措置がとられなければ失効することとなります。
アメリカは、今年2月に「低出力」の核兵器を米軍の潜水艦に配備。ロシアもこれに対抗する措置をすすめており、このままでは米ロに中国を加えた3か国による核軍拡競争を招きかねないという批判と懸念が広がっています。

「核抑止」の危うさ

  「人間は間違いやすく、機械は故障する」

冷戦期に米国の戦略核システムの開発を統括していたウィリアム・ペリー元国防長官は、警報システムの誤作動によって偶発的に核戦争が起こりそうになったことが、米国で少なくとも3回、ソ連では2回あったと述べています。警報システムのサイバー攻撃に対する脆弱性も明らかとなっており、現在では冷戦期以上に誤爆のリスクが高まっていると指摘しています。
核兵器によって平和が保たれるという考え方(核抑止力論)は、こうした都合の悪いことから目を背ける議論であるように思われます。

諦めずに希望をつなぐ

冒頭で紹介した日本被団協の『結成宣言』では、先の引用箇所の前に、被爆者がそれまでなかなか声を上げられず「だまって、うつむいて」生きてきたこと、それでも「もうだまっておれないでてをつないで立ち上がろうとして集まった」ことが記載されています。原爆症に苦しめられ、差別や偏見にさらされながらも、「人類の危機を救おう」と立ち上がった被爆者の方々の気高い決意に思いを致すとき、自然と身が引き締まります。

 「被爆地広島で育つ私たちは、当時の人々があきらめずつないだ
 希望を未来へとつなげていきます」

今年の8月6日に広島の平和記念式典で小学生が読み上げた『平和への誓い』は、唯一の戦争被爆国である日本で暮らす私たち自身の誓いとすべきものでしょう。

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2020年8月9日日曜日

「最後の被爆地に」 被爆75年の長崎原爆の日

 9日は、長崎に原爆が投下されて多くの市民が犠牲になってから75年になります
 平和祈念式典の規模新型コロナウイルス禍により縮小されますが、被爆地・長崎は犠牲者への祈りをささげ「長崎を最後の被爆地に」という願いと決意を国内外に発信する一日となります。
 NHKの早朝の記事を紹介します。

 共同通信が、8日夜、長崎平和祈念公園で行われた前夜祭の様子を伝えましたので併せて紹介します。
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「最後の被爆地に」の願い 内外に発信 被爆75年の長崎原爆の日
NHK NEWS WEB 2020年8月9日
長崎に原爆が投下されて、9日で75年です。平和祈念式典の規模が縮小されるなど、新型コロナウイルスが追悼行事にも影響を及ぼす中、被爆地・長崎は犠牲者への祈りをささげ「長崎を最後の被爆地に」という願いと決意を国内外に発信する一日となります。

75年の節目となる「長崎原爆の日」の9日、長崎市の平和公園で午前10時45分から平和祈念式典が行われ、被爆者や安倍総理大臣のほか、およそ70の国の代表らが参列します。
ことしは、新型コロナウイルスの感染を防ぐため、一般の参列席は設けられず、参列者は例年の1割ほどの500人程度になる見通しです。
式典では、この1年に亡くなった被爆者など合わせて3406人の名前が書き加えられた18万5982人の原爆死没者名簿が納められます。
そして、原爆がさく裂した午前11時2分に黙とうをささげます。

世界の核軍縮をめぐっては3年前、被爆者の長年の悲願だった核兵器禁止条約が国連で採択されました。
今月6日、広島原爆の日に新たに3か国が批准し、条約発効に必要な50か国まであと7か国となりましたが、核保有国が核兵器の近代化を進め、非核保有国との対立が深まるなど、核廃絶への道筋は不透明なままです。

長崎市の田上市長は、ことしの平和宣言で、新型コロナウイルスの脅威に立ち向かうように、核兵器の脅威も共通の課題として世界の人々が当事者となって問題解決に取り組むべきだと呼びかけることにしています。
そのうえで日本政府に対して、速やかな核兵器禁止条約の署名・批准を求めます。被爆地・長崎は犠牲者を追悼するとともに、「長崎を最後の被爆地に」という願いと決意を国内外に発信する一日となります。


長崎原爆投下、きょうで75年 核廃絶願い、市民らがともしび
 共同通信社 2020/08/09 
 長崎は9日、米国による原爆投下から75年を迎えた。長崎市松山町の平和公園で平和祈念式典が営まれ、投下時刻の午前11時2分に黙とう。式典はコロナの影響で規模を縮小し、田上富久市長が平和宣言で、核軍縮に逆行する国際情勢に危機感を表明する。会場では8日夜、市民らが核兵器廃絶を願い、手作りのキャンドルを点灯。女性被爆者は若者らに「二度と同じ思いをさせたくない」と訴えた。

 原水爆禁止長崎県民会議は市民会館で集会を開き、核兵器廃絶を求める署名を国連に届ける高校生平和大使が「私たちは被爆者の生の声が聞ける最後の世代。思いを伝えていかなくてはならない」と決意を述べた。

被爆から75年の原爆の日を前に、平和への願いを込め並べられたキャンドルを見つめる親子=8日夕、長崎市の平和公園
被爆から75年の原爆の日を前に、平和への願いを込め並べられたキャンドルを見つめる親子=8日夕、長崎市の平和公園© KYODONEWS

2020年8月8日土曜日

原爆75年 新潟県内でも追悼の集い/原爆投下は必要でなかったと米識者

 広島への原爆投下から75年となった6日、新潟県内でも犠牲者を追悼する式典や集いが各地でありました。
 新潟市役所前では県原爆被害者の会など3団体が追悼式を開き、市民ら約150人が参列しました。新潟日報が伝えました。

 関連して、米紙ロサンゼルス・タイムズは5日、広島、長崎への原爆投下をめぐって、第2次世界大戦終結のために必要だったとする米国での通説に反論し、「米国の指導者たちは原爆を投下する必要はないと知っていた」と述べる歴史家らの寄稿を掲載しました。
 当時のアイゼンハワー連合国軍最高司令官やマッカーサー元帥も「おぞましいものでたたく必要はない」、「原爆投下はもってのほか」だと述べていたことなどが記されています。
 しんぶん赤旗が報じました。
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原爆75年「あまりに重い歳月」 新潟県内でも追悼の集い
新潟日報 2020/08/07
 広島への原爆投下から75年となった6日、新潟県内でも犠牲者を追悼する式典や集いが各地であった。新潟市役所前では県原爆被害者の会など3団体が追悼式を開いた。被爆者の高齢化により、被害者の会は本年度末で活動を終える。主催者としては最後の追悼式となり、「苦渋の選択」と無念さをにじませた。また、若者らは被爆体験を聞いたり、平和を考える集いに参加したりして、非戦や平和を追求する思いを受け継ごうとしていた。

 原爆が投下された午前8時15分に合わせ、新潟市役所前では市民ら約150人が黙とうをささげた
 被害者の会事務局長で被爆2世の西山謙介さん(72)は会の活動停止について報告。県内の被爆者は73人で平均年齢84・4歳。「75年の歳月はあまりに重い。あらがうことのできない現実を受け止めた」と一瞬声を詰まらせ、支援者へ感謝を述べた。

 今年は新型ウイルスの影響で、被爆の実相を学ぶ機会が縮小された。新潟市北区の敬和学園高は毎年8月6日前後に広島市を訪れ、被爆について学んできたが、今年は断念。3年生13人はこの日、インターネットを使ったビデオ会議システムで、爆心地から約1・2キロの親戚宅で被爆した古家美智子さん(78)=東広島市=の証言を聞いた
 古家さんは自身の体に爆風でガラス片が突き刺さったことなどを語り、「若い世代には世界情勢や政治にも関心を持ち、核のない世界を実現してほしい」と訴えた。
 同高の女子生徒(17)は「被爆者をこれ以上出したくないという思いを感じた。しっかり学んで、次の世代にも伝えたい」と語った。

 例年、市役所で平和の集いを開いている市民グループ「灯(あかり)の会」は、感染防止のため、新潟市中央区でメンバーらだけで集まった。被爆者の手記集編集に携わった人の話や、平和を願う詩の朗読を聞いた。新潟市西区の大学1年生(19)は「いじめや貧困がないことも平和だと思う。若者同士で考えたい」と力を込めた。

 また、ヒバクシャ国際署名県連絡会などでつくる県平和の波行動実行委員会は、県内各地で核兵器廃絶を訴える署名活動を実施。願いを込めた風船を飛ばした
 署名した新潟市東区の専門学校生(18)は「これから社会に出る私たちが戦争の悲惨さをしっかり理解しなければいけない」と話した。


原爆投下必要なかった 米大統領ら知っていた 米紙に歴史家寄稿
しんぶん赤旗 2020年8月7日
 米紙ロサンゼルス・タイムズは5日、広島、長崎への原爆投下をめぐって、第2次世界大戦終結のために必要だったとする米国での通説に反論し、「米国の指導者たちは原爆を投下する必要はないと知っていた」と述べる歴史家らの寄稿を掲載しました。

 寄稿は、歴史家のガー・アロペロビッツ氏と、ジョージ・メイソン大学のマーティン・シャーウィン教授の共著。全米各地に広がる黒人差別への抗議を念頭に「米国が過去をめぐる多くの痛苦の側面を見直す時、1945年8月に日本の都市への核兵器の使用について、真摯(しんし)な国民的対話を行う時だ」と訴えました。
 日米の歴史資料から、「例え原爆が投下されなくても、日本が1945年8月に降伏していたはず」の圧倒的な歴史的証拠があり、当時のトルーマン大統領および側近たちはそれを知っていたと指摘。米国の陸・海軍に当時いた8人の最高幹部のうち7人が、「原爆は軍事的にも必要なく、人道的にも非難されるべき」と発言し記録されていると述べました。

 ドイツ・ポツダムでの会談(7月)時点でアイゼンハワー連合国軍最高司令官(後の米大統領)は「日本は降伏の用意ができており、おぞましいものでたたく必要はない」と発言し、マッカーサー元帥も「(原爆投下は)もってのほか」だと述べていたことなどが記されています。
 寄稿文は、米科学誌が発表してきた「終末時計」が現在、1947年以来、最短となっていることに触れ、「同時計を進めることは、核時代の暴力的な始まりが過去のものではないことを思い起こさせている」と締めくくっています。

2020年8月6日木曜日

原爆投下から75年 6日広島で「原爆の日」追悼の祈り+

 広島は6日、75回目の原爆忌を迎えます。
 午前8時から市主催の「原爆死没者慰霊式・平和祈念式」(平和記念式典)が開かれ、犠牲者に祈りをささげました。
 今年は新型コロナ禍のため、式典参列者席を当初の11500席から約800席に大幅に縮小しました。
 松井一実市長は平和宣言で、日本政府に対し核兵器禁止条約への署名と批准を求める被爆者の思いを誠実に受け止めて条約に参加するよう求めました。
 また、新型コロナウイルスについて、市民社会が連帯して立ち向かうことを促すなど、連帯」ということばを使って核兵器廃絶や世界の恒久平和の実現などを求めました。

 NHKの早朝のニュースを紹介します。

 + 併せて広島市長による広島平和宣言を紹介します。
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原爆投下から75年 きょう広島で「原爆の日」追悼の祈りに
NHK NEWS WEB 2020年8月6日
広島は、原爆が投下されて75年となる「原爆の日」を迎えました。新型コロナウイルスの影響で、例年どおりの追悼が難しい状況となるなか、被爆地・広島の街は、6日(きょう)一日、犠牲者を追悼する祈りに包まれるとともに、核兵器のない世界の実現に向けた訴えを、国内外に発信することにしています。

原爆が投下されて75年の節目となる6日、広島市では午前8時から平和記念式典が開かれ、被爆者や遺族の代表をはじめ、安倍総理大臣のほか、およそ80の国の代表などが参列します。
ただ、ことしの式典は、新型コロナウイルスの感染を防ぐため会場の平和公園への入場が規制され、一般の参列者席をなくすため、参列者は例年の1割に満たないおよそ800人の見通しです。
式典ではこの1年に亡くなった人や新たに死亡が確認された人、合わせて4943人の名前が書き加えられた32万4129人の原爆死没者名簿が原爆慰霊碑に納められます。
そして原爆が投下された午前8時15分に参列者全員で黙とうをささげます。

世界の核軍縮をめぐっては、核保有国が核兵器の近代化を進め、非核保有国との対立が深まるなど、核兵器廃絶に向けた動向が不透明となるなか、3年前、国連で採択された核兵器禁止条約は、現在の批准国が40か国で、発効に必要な50か国に達していません

広島市の松井一実市長は6日の平和宣言のなかで、日本政府に対し核兵器禁止条約への署名と批准を求める被爆者の思いを誠実に受け止めて条約に参加するよう求めることにしています。
また、新型コロナウイルスについても触れ、市民社会が連帯して立ち向かうことを促すなど、「連帯」ということばを使って核兵器廃絶や世界の恒久平和の実現などを求めることにしています。

被爆者の平均年齢はことし、83歳を超え、被爆者団体の解散が相次いでいて、原爆の悲惨さをどう語り継いでいくのかが課題となっています。
一方、ことし、NHKが行ったアンケート調査では、アメリカの若い世代のおよそ7割が「核兵器は必要ない」と答え、被爆者から今後の認識の変化に期待する声も出ています。
被爆地・広島は、6日一日、犠牲者を追悼する祈りに包まれるとともに、「核抑止力による平和」ではなく「核兵器のない平和な世界」の実現を願う被爆者の声に向き合い、その訴えを国内外に発信することにしています。


2020 広島平和宣言

 1945年8月6日、広島は一発の原子爆弾により破壊し尽くされ、「75年間は草木も生えぬ」と言われました。しかし広島は今、復興を遂げて、世界中から多くの人々が訪れる平和を象徴する都市になっています。
 今、私たちは、新型コロナウイルスという人類に対する新たな脅威に立ち向かい、踠(もが)いていますが、この脅威は、悲惨な過去の経験を反面教師にすることで乗り越えられるのではないでしょうか。
 およそ100年前に流行したスペイン風邪は、第一次世界大戦中で敵対する国家間での「連帯」が叶わなかったため、数千万人の犠牲者を出し、世界中を恐怖に陥れました。その後、国家主義の台頭もあって、第二次世界大戦へと突入し、原爆投下へと繫がりました。
 こうした過去の苦い経験を決して繰り返してはなりません。そのために、私たち市民社会は、自国第一主義に拠ることなく、「連帯」して脅威に立ち向かわなければなりません。
 原爆投下の翌日、「橋の上にはズラリと負傷した人や既に息の絶えている多くの被災者が横たわっていた。大半が火傷で、皮膚が垂れ下がっていた。『水をくれ、水をくれ』と多くの人が水を求めていた」という惨状を体験し、「自分のこと、あるいは自国のことばかり考えるから争いになるのです」という当時13歳であった男性の訴え。
 昨年11月、被爆地を訪れ、「思い出し、ともに歩み、守る。この三つは倫理的命令です」と発信されたローマ教皇の力強いメッセージ。そして、国連難民高等弁務官として、難民対策に情熱を注がれた緒方貞子氏の「大切なのは苦しむ人々の命を救うこと。自分のだけの平和はありえない。世界はつながっているのだから」という実体験からの言葉。これらの言葉は、人類の脅威に対しては、悲惨な過去を繰り返さないように「連帯」して立ち向かうべきであることを示唆しています。
 今の広島があるのは、私たちの先人が互いを思いやり、「連帯」して苦難に立ち向かった成果です。実際、平和記念資料館を訪れた海外の方々から「自分たちのこととして悲劇について学んだ」、「人類の未来のための教訓だ」という声も寄せられる中、これからの広島は、世界中の人々が核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向けて「連帯」することを市民社会の総意にしていく責務があると考えます。
 ところで、国連に目を向けてみると、50年前に制定されたNPT(核兵器不拡散条約)と、3年前に成立した核兵器禁止条約は、ともに核兵器廃絶に不可欠な条約であり、次世代に確実に「継続」すべき枠組みであるにもかかわらず、その動向が不透明となっています。世界の指導者は、今こそ、この枠組みを有効に機能させるための決意を固めるべきではないでしょうか。
 そのために広島を訪れ、被爆の実相を深く理解されることを強く求めます。その上で、NPT再検討会議において、NPTで定められた核軍縮を誠実に交渉する義務を踏まえつつ、建設的対話を「継続」し、核兵器に頼らない安全保障体制の構築に向け、全力を尽くしていただきたい。
 日本政府には、核保有国と非核保有国の橋渡し役をしっかりと果たすためにも、核兵器禁止条約への署名・批准を求める被爆者の思いを誠実に受け止めて同条約の締約国になり、唯一の戦争被爆国として、世界中の人々が被爆地ヒロシマの心に共感し「連帯」するよう訴えていただきたい。また、平均年齢が83歳を超えた被爆者を始め、心身に悪影響を及ぼす放射線により生活面で様々な苦しみを抱える多くの人々の苦悩に寄り添い、その支援策を充実するとともに、「黒い雨降雨地域」の拡大に向けた政治判断を、改めて強く求めます。
 本日、被爆75周年の平和記念式典に当たり、原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げるとともに、核兵器廃絶とその先にある世界恒久平和の実現に向け、被爆地長崎、そして思いを同じくする世界の人々と共に力を尽くすことを誓います。
令和2年(2020年)8月6日

広島市長 松井一実

2020年8月5日水曜日

日本に核兵器禁止条約参加へ議論呼びかけ 中満泉・国連事務次長にインタビュー

 国連事務次長中満泉氏が東京新聞のインタビューを受けました。彼女は、広島と長崎の両市でそれぞれ開かれる平和式典に出席するために7月中旬に米国から入国後、2週間の自主隔離中に、ビデオ会議システム「Zoomズーム」でインタビューに応じました。

 中満氏は、学生のころから国際的な機関で仕事をしたいと思い国連を志望しまし
 核軍縮にかかわるようになったのは自分が手を挙げたからではなく、グテレス事務総長から泉、軍縮はどうだ聞かれ、経験かったものの「だからこそ良い。専門家である必要はない言われて引き受けたのでした。広島と長崎への訪問を決めた理由は「国連にとって、被爆75年は非常に大事な節目だからだ。個人的には、私が軍縮担当の間は毎年出席すると被爆者の方々と約束していたので、それを守りたかった」とインタビューの中で語っています
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日本に核兵器禁止条約参加へ議論呼びかけ 中満泉・国連事務次長 本紙インタビュー
東京新聞 2020年8月4日
オンライン取材で核軍縮について語る国連の中満泉事務次長
     中満泉

◆「ドアを完全に閉めないで」
 国連で軍縮を担当する中満泉事務次長は、本紙のインタビューで、新型コロナウイルスの感染拡大に歯止めがかからない中で「世界はいかに脆弱ぜいじゃくかという教訓を得た。75年前の教訓とともに、世界を安全にするために核軍縮を進める必要がある」と訴えた。核兵器禁止条約に参加しない日本に対しては「ドアを完全に閉めないでほしい」と議論への参加を呼びかけた。(柚木まり)

 中満氏は、コロナについて「目に見えないウイルスによって、想像すらできなかった状況が瞬く間に広がった」として、「軍縮は国家間の不信感や緊張感をほぐし、安全保障にも役立つ。コロナでその役割を再確認し、機運と捉えて進める必要がある」と強調した。
 核禁条約は2017年に国連で採択され、核兵器の開発や保有、使用を全面禁止する内容。日本は反対の姿勢を取っている。中満氏は「核兵器をなくすという目的は日本も共有しているはずだ」と指摘。「日本だけでなく北大西洋条約機構(NATO)加盟国など反対意見が多いことも事実だが、ドアを完全に閉めずオープンマインドで条約を見守ってほしい」と要望した。

◆NPT再検討会議「核不使用の原則を再確認」
 コロナの影響で、来年に延期された核拡散防止条約(NPT)の再検討会議については「これほど安全保障環境が悪化する中で、核兵器が決して使用されてはいけないという原則を再確認する。誤算や誤解から核戦争が始まらないよう、危険回避のためのあらゆる合意が必要だ」と主張した。
 来年2月に期限切れとなる米ロの新戦略兵器削減条約(新START)を巡っては、米国が中国の参加を求め、延長交渉が難航しているが、中満氏は「延長してほしいと何度も言っている。その上で、どういう形で枠組みを広げるかを考えてほしい」と提案。失効回避を訴えた。
 相互の総領事館を閉鎖するなど対立が強まる米中関係に関しては「できれば対話の道に戻ってほしい。超大国が表立って対立関係にあることは、国連にとっては非常に難しい状況だ」と懸念を示した。
 中満氏は、広島と長崎の両市でそれぞれ開かれる平和式典に出席する。7月中旬に米国から入国後、2週間の自主隔離中に、ビデオ会議システム「Zoomズーム」でインタビューに応じた。


核軍縮の現状は 中満泉・国連事務次長に一問一答
東京新聞 2020年8月4日
 国連で軍縮を担当する中満泉事務次長がオンラインで本紙のインタビューに応じ、核軍縮の現状を語った。詳報は次の通り。(聞き手・柚木まり、関口克己)

◆コロナ禍「世界がいかに脆弱かという教訓」
 ―新型コロナウイルスの世界的な感染拡大が止まらない中、原爆投下から75年の夏を迎えた。
 「核兵器によって世界が安全に保たれると言う人たちが多いが、目に見えないウイルスによって、想像すらできなかった状況が瞬く間に広がった。世界はいかに脆弱ぜいじゃくかという教訓だ。75年前の教訓とともにもう一度原点に返り、世界を安全にするために核軍縮を進めることが必要だ」

 ―軍縮において、コロナはどんな転機となるか。
 「軍縮は、国家間の不信感や緊張感を一つ一つほぐし、安全保障にも役立つ方策だ。コロナでその役割を再確認し、機運と捉えて進める必要がある。核の近代化は費用がかかるが、どの国もコロナ後の復興には多くの財源が必要だろう。対話と外交努力で世界を安全にしようという流れが、生まれるのではないか

◆核兵器禁止条約「発効を心待ちに」
 ―核兵器禁止条約が果たす役割とは。
 「批准が50カ国・地域に達して発効すれば、核兵器にまつわる秩序の中で1つの重要なツールとして仲間入りする。核兵器の使用・実験による被害者への援助など新しい側面を取り入れており、発効後に締約国自身が考えて発展させる条約だ。私たちも発効を心待ちにしている」

 ―日本は唯一の戦争被爆国でありながら、米国の「核の傘」に頼る。
 「日本への期待は大きい。米ロ、特にコロナの感染拡大後は米中の緊張関係が非常に高まっている中で、日本のように米国の同盟国であると同時に、核軍縮を進めたいという真ん中の立場から軍縮を支援する声が出れば非常にありがたい

 ―日本は条約に反対の立場だが。
 「国連からのメッセージとしては、ドアを完全にクローズしないでほしいということ。核兵器をなくす根っこの目的は共有しているはずだから、将来的なオプションになるかもしれないということも含めて、条約をフォローしてほしい」

◆米ロ中3か国「非難ではなく対話を」
 ―コロナの影響で核拡散防止条約(NPT)再検討会議が来年に延期された。
 「安全保障を取り巻く環境が悪化している今、核兵器は決して使用されてはならないという原則を再確認することが非常に重要だ。人工知能(AI)や宇宙など新たな科学技術がどう核とつながっているのか、NPTの範囲内で話し合うべきことがあるだろう」

 ―米ロの核軍縮を進める新戦略兵器削減条約(新START)も来年2月に期限を迎える。
 「延長を何度も求めている。国連が2国間条約に対して、これほど直接的にお願いすることはない。条約が失効すれば無制限に戦略核兵器を開発でき、非常に危険な状況になる。米国は中国も加えるよう求めるが、まずは5年延長をした上で、どのように枠組みを広げるか考えてほしい」

 ―新STARTに中国を加えることは現実的か。
 「米ロは世界の核弾頭の9割を保有し、核軍縮を進める上で特別な責任があることは明らかだ。私は中国に対し、将来的にこのような条約に参画して世界の戦略的安定に貢献することは、中国にとってもプラスになると話している。3カ国が非難し合うのではなく、対話と外交努力による安全保障の道に戻ってほしい」

◆核軍縮の停滞「国連として申し訳ない」
 ―コロナの感染拡大が懸念される中で、広島と長崎への訪問を決めた理由は。
 「国連にとって、被爆75年は非常に大事な節目だからだ。個人的には、私が軍縮担当の間は毎年出席すると被爆者の方々と約束していたので、それを守りたかった

 ―国連で核軍縮に取り組むことになった経緯は。
 「学生のころから国際的な機関で仕事をしたいと思い、国連を志望した。核軍縮にかかわるようになったのは、手を挙げたわけではない。グテレス事務総長から『泉、軍縮はどうだ』と聞かれた時、何の話か分からなかった。経験もなかったが『だからこそ良い。専門家である必要はない』と。軍縮は停滞していて、新しい視点を入れたかったのではないかと思う

 ―就任から3年以上になる。
 「米ロ、米中の関係が難しい状況の中で、なかなか軍縮は進まず、国連として残念で申し訳ないという気持ちもある。国連平和維持活動(PKO)など現場で仕事をしてきたので、社会的に最も弱い人や紛争の犠牲になった人、被爆者ら一人一人を念頭に置きながら軍縮を考えていきたい