2017年5月31日水曜日

「天皇が安倍政権の生前退位への対応に不満」毎日新聞の報道は真実

 天皇制と民主主義はそもそも矛盾した仕組みであって、象徴天皇制であっても本質的にあまり変わりません。それは一般人にとっては議論の一つのテーマであるに過ぎませんが、その任にあたる天皇をはじめ皇族たちにとってはその人たちの人生を決定づける問題です。
 
 故三笠宮殿下は戦後間もない頃に「皇位継承」について
 ”「死」以外に譲位の道を開かないことは新憲法第18条の「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない」といふ精神に反しはしないか”と疑問を呈し、天皇が皇室会議に譲位を発議できるようにすることを提案され、その自由を認めないならば ”天皇は全く鉄鎖につながれた内閣の奴隷と化する” とまで述べられました。多分皇位就任に対する拒否権についても何か考えをお持ちだったと思います。
 
 昭和天皇の弟君である三笠宮殿下とは違って、一般の人はそうした問題については口にしにくいという点はありますが、天皇家の人権にかかわる問題を70年間にわたり放置してきたのも事実です。
 
 これ以上はないほど真剣にかつ完璧に象徴天皇のお勤めをして来られた天皇が生前退位を口にされたことで、我々日本国民はあらためてその問題に気づかされたわけでした。そうであればとりわけ政府は最大限の誠意を持って対応すべきでしたが、実際に安倍政権が行ったことはその正反対のことでした。
 有識者会議を立ち上げたのはともかく、その過半数を自分たちの意見に賛成するメンバーで占めるように人員配置し、会議で得られる結論もチャント与えておいたということです。
 安倍政権が国民に対して不誠実であることは枚挙にいとまがありませんが、皇室に対してこれほど不誠実な内閣はかつて存在しませんでした。
 
 LITERAの  ”天皇が安倍政権の生前退位への対応に不満” 報道はやはり事実だった!・・・」 を紹介します。 
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「天皇が安倍政権の生前退位への対応に不満」報道はやはり事実だった!
 宮内庁が毎日新聞に抗議できない理由
LITERA 2017.05.30.
 今月19日、政府が「生前退位」を今上天皇の“一代限り”で認める特例法案を閣議決定してから、わずか2日後、毎日新聞朝刊が21日付1面で衝撃のスクープを報じた。
 
「有識者会議での『祈るだけでよい』 陛下 公務否定に衝撃 『一代限り』に不満」
 内容は、今上天皇が、生前退位をめぐる有識者会議で「保守派」のヒアリング対象者から出た「天皇は祈っているだけでよい」などの意見に対し、「ヒアリングで批判をされたことがショックだった」との〈強い不満〉を表していたと伝えるもの。しかも、この今上天皇の考えは、〈宮内庁側の関係者を通じて首相官邸に伝えられた〉という。
 さらに記事によれば、生前退位が恒久法ではなく、「一代限りの特別法」として進められたことに関しても、今上天皇は「一代限りでは自分のわがままと思われるのでよくない。制度化でなければならない」「自分の意志が曲げられるとは思っていなかった」などと語り、今後の天皇においても適用される恒久的制度化の実現を求めたという。
 極めて衝撃的な報道だ。第二次安倍政権で天皇家と官邸の対立が激化していることは本サイトでも報じてきたとおりだが、毎日の報道が事実であれば、これは、今上天皇が安倍政権に対し、決定的とも言える強い怒りと不満を直接示したことになる。
 
 一方、宮内庁は、当然のように22日の会見で報道を否定した。西村泰彦次長は「天皇陛下のご発言の報道があったが、そうした事実はない」「陛下がお考えを話された事実はない」「宮内庁として内閣に報告していない」「極めて遺憾だ」などと述べ、毎日報道の打ち消しに躍起。これを受け、安倍政権を支持するネット右翼たちはいま、口々にこう叫んでいる。
〈やっぱり毎日新聞のガセだったのか〉〈天皇ってこう言う事を軽々に言えない立場だから毎日新聞のデマと見て良さそうだなこれは〉〈毎日新聞の公務否定報道は偏向どころかフェイクニュース〉〈捏造反日新聞毎日!〉
 だが、結論から言うと、この毎日のスクープは、ガセでもデマでもフェイクニュースでもない。状況を考えれば、かなりの確度で事実と言わざるをえないものだ。
 
「報道否定」の宮内庁が毎日新聞に「厳重抗議」しない理由は?
 そもそも、皇室記事は日本の大手新聞社にとって最大のタブー。一歩間違えれば、国民から総批判を受け、右翼などによる襲撃の可能性まであるため、相当な確度がないと報道しない。水面下での “天皇の談話” を伝えるものならば、なおさら慎重に慎重を期すのが通例である。
 その点、今回の毎日のストレートな書きぶりを見ると、これはどう考えても、ネタ元によっぽどの自信があるとしか思えない。実際、記事をよく読むと、伝聞風の “天皇の談話” こそ情報源を完全に隠しているものの、記事の後半には「宮内庁幹部」の談として〈(保守系の主張は)陛下の生き方を「全否定する内容」〉とのコメントがあり、〈宮内庁幹部は陛下の不満を当然だとした〉などと続いている。天皇の側近がリークした可能性はかなり高いだろう。
 それだけではない。ネトウヨたちは宮内庁の西村次長が会見で報道を否定したことを理由にデマとかフェイクニュースと決めつけているが、あまりにリテラシーがなさすぎる。
 
 だいたい、宮内庁が皇室関連のスクープやスキャンダル報道を即座に否定するのは、いわば “お約束” である。事実、昨年7月にNHKが「天皇陛下『生前退位』の意向」をすっぱ抜いたときも、当初、宮内庁はすぐに「報道されたような事実は一切ない」と全否定していた。
 だが周知のとおり、スクープから約1カ月後の8月8日には、例の「おことば」ビデオメッセージが公開。そこで今上天皇は「象徴天皇」の務めを次世代に受け継がせたい思いを強くにじませ、わざわざ「摂政」ではこれは実現できないと述べたうえで、生前退位の恒久的な制度設計を国民に訴えた。NHKのスクープは真実だったのだ。
 実は、7月のNHKのスクープ時、各マスコミの宮内庁担当は後追い報道のため、宮内庁へNHKに対する「抗議」の有無の確認に走っていた。というのも、宮内庁が本気で「事実無根」を主張するときには、必ず報道したメディアに対する厳重抗議を行うからだ。
 宮内庁は常に紙媒体やテレビなどの皇室報道に目を光らせている。そして、報道に異論があれば、ホームページに設けた「皇室関連報道について」なるページにすぐさま文書を掲載、徹底的に反論し、メディアを吊るし上げるのだ。
 
 一例をあげると、宮内庁は今年に入ってからも、「週刊文春」(文藝春秋)1月21日号に掲載された皇室記事「12月23日天皇誕生日の夜に『お呼び出し』 美智子さまが雅子さまを叱った!」に対して「厳重行為」を行なっている。前述のHPには、疑義を呈する箇所をひとつひとつ挙げ、天皇、皇太子、秋篠宮それぞれに聞き取り調査、反論したうえで、「記事の即時撤回」を求める文書を掲載。「週刊文春」発売日の翌日という、極めて迅速な対応だった。
 ところが、昨年のNHK「生前退位の意向」スクープの際には、いつまでたってもこうした「抗議」の音沙汰がなかった。そして、今回の毎日のスクープも同様に、報道から1週間以上が経過した5月30日11時現在になっても、宮内庁が毎日新聞社に正式に抗議をしたという話も出てこなければ、HPにも抗議文を掲載していない
 実際、24日午前に宮内庁に「毎日新聞へ抗議の有無」を問い合わせたところ、報道室担当者は、「23日付けの読売新聞と産経新聞に宮内庁の見解が出ておりますので、そちらをご確認ください」との回答のみだった。なぜ行政が国民に対して特定の新聞を読めなどと言うのか、ちょっと首をかしげざるをえない(安倍首相の「読売新聞を読め」を彷彿とさせる)が、それは置くとしても、宮内庁は「抗議」の有無について全く言及しなかったわけだ。なお、23日付読売と産経の記事はともに、前述した宮内庁の西村次長の会見をベタに伝える内容で、やはり「抗議」については一言も触れられていない
 普段、マスコミに猛烈に「抗議」する宮内庁にしては、今回の毎日新聞スクープへの対応はかなり“思わせぶり”と感じずにはいられない。
 
「生前退位」の意味を封殺しようとした官邸、天皇の怒りは当然
 だが、そもそもの話、毎日が報じた今上天皇の「怒り」は、この間の安倍政権の対応を振り返れば、至極当然としか言いようがない。その本質を捉えるために、いま一度、今上天皇の「生前退位」と「おことば」を見つめ直す必要がある。
 今上天皇が温めていた生前退位について、宮内庁が安倍官邸に正面から伝えたのは、2015年の秋のことだったという。その時、当時の風岡典之宮内庁長官は、杉田和博官房副長官に「12月23日の陛下の誕生日会見で、お気持ちを表明していただこうと思っています」と伝えたと言われる。しかし、官邸は難色を示した。翌年には参院選が控え、首相の悲願である改憲のスケジュールなども考えると、天皇の退位問題を組み込む余裕はなかったためだ。安倍首相を始めとする保守系政治家たちには、「生前退位」によって天皇の地位や権威が揺らぐのではないかとの懸念もあった。
 その後も、風岡長官と杉田官房副長官らは水面下で交渉を続けたが、官邸は一向に首を縦にふらない。天皇の周辺は焦燥感と危機感を募らせていた。そんななか、昨年7月13日夜、NHKが「天皇陛下『生前退位』の意向」を伝える。この時点で、「おきもち」を示す準備があることも断定的に報じられた。不意を突かれた官邸は激怒した。
 だが、今上天皇が〈個人として〉語った8月8日のビデオメッセージは、「象徴天皇の務め」と「機能」を強調することで、大多数の国民に受け入れられた。
 
天皇の高齢化に伴う対処の仕方が、国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます。また、天皇が未成年であったり、重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には、天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし、この場合も、天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。
 〈(前略)象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました。国民の理解を得られることを、切に願っています。〉(「おことば」ビデオメッセージより)
 
 昭和史の研究で知られる保阪正康氏は、「おことば」を「平成の玉音放送」「天皇の人権宣言」と評した。明らかに今上天皇は、「象徴天皇」と自分という人間を区分しながら、国民に語りかけていた。
 この退位の恒久的制度化には、本来、皇室典範の改正が必須だ。しかし、官邸は当初から、手続きに時間がかかり、日本会議などの保守系支持層の反発を免れない典範改正に否定的だった。また、天皇を「元首」に改めようとしている極右勢力から見て、今上天皇が望む「象徴天皇」の安定化は邪魔でしかなかった。官邸は「一代限りの特別法」へ向け、さまざまな策略を巡らせる
 まず9月には、風岡長官を事実上更迭。次長の山本信一郎氏を長官に繰り上げ、後任次長には警察官僚出身で内閣危機管理監の西村泰彦氏を充てるという “報復人事” を行なった。官邸の危機管理監から直に宮内庁入りするのは異例中の異例だが、これは、いま話題の前川喜平・前文部科学省事務次官に対するスキャンダル謀略でも名前のでてきた杉田和博官房副長官の差配だ。メディアコントロールに長けた警察官僚を宮内庁のナンバー2に送り込んだ官邸の意図は明らかだった。
 
 首相が設置した有識者会議も、まさに露骨な “出来レース” だった。実際、座長代理の御厨貴・東大名誉教授は昨年末の東京新聞のインタビューで「十月の有識者会議発足の前後で、政府から特別法でという方針は出ていた。政府の会議に呼ばれることは、基本的にはその方向で議論を進めるのだと、個人的には思っていた」と、安倍政権の意向を叶えたと証言している。
 
今上天皇が創り上げた「象徴天皇」を全否定する「保守派」と安倍政権
 また官邸は、安倍首相のブレーンのひとりとして知られる日本会議系の学者・八木秀次氏に「おことば」の内容を事前漏洩していた。“退位反対”の旗振り役とし、世論を中和させるためだと見られる。
 八木氏は有識者会議のヒアリングメンバーにも選出されたが、そこでも「天皇は我が国の国家元首であり、祭り主として『存在』することに最大の意義がある」などと述べ、今上天皇が国民に語った「象徴」としてのあり方を真っ向から否定した。さらに、安倍首相がねじ込んだと言われる他の保守系メンバーも、次々と “天皇に弓を引く” 発言を連発した。
 
ご自分で定義された天皇の役割、拡大された役割を絶対的条件にして、それを果たせないから退位したいというのは、ちょっとおかしいのではないか」(平川祐弘東大名誉教授)
 
宮中にあっても絶えず祈っておりますぞということで、これが私は天皇の本当のお仕事であって、あとはもうお休みになって宮中の中でお祈りくださるだけで十分なのですと説得すべき方がいらっしゃるべきだった」(故・渡部昇一上智大学名誉教授)
 
皇室の存在意義が日本と国民のために祈り続けることにあると私は繰り返し述べました。その最重要のお務めも御体調によっては代理を立ててこられたという事実があります。であれば、国事行為や公務の一部を摂政にお任せになるのに支障はないのではないか」(櫻井よしこ氏)
 
 だが、言うまでもなく今上天皇の「生前退位」の意向は、わがままでも思いつきでも、ましてや公務が億劫だから放り投げたわけでもない。だいたい、「保守派」の「天皇は宮中にこもり、祈りを捧げ、存在してさえいればよい。公務は不要だ」という主張は、単に、明治期につくられた“万世一系の神話的イメージ”を現代の天皇制に押し付け、今上天皇の「象徴」としてあり方を根本的に否定しようとするものだ。
 
 しかし、繰り返し強調しておくが、今上天皇は “民主主義と平和主義、皇室の両立” という難題を、「象徴天皇」というかたちで、いかに安定的に引き継がせるかに苦心してきた。「生前退位」の恒久的制度化は、今上天皇にとって、これを実現させるための正念場だったのだ。にもかかわらず、安倍官邸は、数々の “刺客” を送りこみ、天皇への個人攻撃まで行なって、その意味を消散しにかかった。今上天皇が、「ヒアリングで批判をされたことがショックだった」と漏らすもの当然だ。
 
 周知のとおり今上天皇は、第二次安倍政権で踏み込んだ護憲発言を行っており、2013年に官邸が高円宮久子親王妃を五輪招致活動に利用をした際には「苦渋の決断。天皇皇后両陛下も案じられているのではないか」と官邸を批判した風岡長官を誕生日会見でかばいながら「今後とも憲法を遵守する立場に立って、事に当たっていくつもりです」と皇室の政治利用に釘を刺している
 そう考えると、今上天皇が述べたとされる「自分の意志が曲げられるとは思っていなかった」というのも、自身の意向が率直に実現しそうにないという現況への不満というより、官邸が「象徴天皇」のあり方を捻じ曲げようとしていることに対する、強い懸念とみるべきだろう。天皇制と民主主義はそもそも矛盾した仕組みだが、その調和のための智慧までを無下にすることはできない。
 いずれにしても、天皇退位の特例法案が国会で可決・施行されるのは時間の問題だ。安倍政権は、2018年末に「平成」を終わらせる日程を描いているという。変わるのははたして元号だけなのか。よくよく考える必要があるだろう。(梶田陽介)

31- 前川・前事務次官が生出演で加計学園問題を語る

 TBSラジオの「荒川強啓デイ・キャッチ!」に29日、文部科学省の前川喜平・前事務次官が生出演しました。
 TBSラジオが前川氏トーク番組の全文を書き起こしましたので紹介します。
 
 加計問題が官邸の横やりによって文科省の対応が非常に歪められたことへの怒りが語られていていますが、同時に前川氏の誠実な人柄も伝わってきます。
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100%真実。前川・前事務次官が生出演で加計学園問題を語る
(全文き起こし)
TBSラジオ 2017.5.29 
 TBSラジオ「荒川強啓デイ・キャッチ!」に29日、文部科学省の前川喜平・前事務次官が生出演しました。
 
荒川強啓:菅官房長官が文科省で確認してはみたものの、文書の存在は否定しているというところなんですが、これはどう思われますか?
前川喜平:私は実際、現職の時に確実に手にとって見たこともある文書ですから、存在しているんです。ただ、文部科学省としてはなかなか「ありました。見つかりました」と言えない立場なんじゃないかと思うので、苦しいところだと思うんです。だから「ありません」とは言っていないと思うんですよ。「探しましたが、確認できませんでした」と言っているんですね。文部科学省としてはそこがギリギリの対応なのかなという風に私は想像しているんですけどね。
荒川強啓:武田一顯記者。その確認云々、どう見ます?
武田一顯:「確認できない」もしくは「あったけどない」という可能性もあるわけですよね、政府にしてみると。捨てちゃったりするものなんですかね?役所って膨大な文書を取っておくじゃないですか。森友学園の話もそうなんですけど。普通、取っておきますよね?
前川喜平:そうですね。この国家戦略特区での獣医学部新設に関わる文書はもっとたくさんあるはずなんです。で、今回出てきている文書の多くは、二次的な文書。保管用、保存用の文書の中からエッセンスを取り出して、ポイントを再構成した文書。だから日付も入っていない。これは基本的には、部下が作って上司に説明するために、その場限りで使うというものなので。まあそんなに保存・保管を厳密にしているわけではないと思うんですが、まあまだ1年もたっていないわけですから。普通はどこかにありますよね。
青木:文書の存在・不存在っていうのはもちろん大切な問題ではあるんですけども、事務方のトップである前川さんが証言をされるようになったわけですから。そもそも、「総理のご意向」なり、「最高レベルの意志だ」っていうものが、もう前川さんが役所のトップとして感じていたことは間違いないわけですよね?
前川一顯:そうですね。少なくとも、言葉では聞いていましたからね。まあ私が担当の専門教育課から説明を受けた際にも、内閣府の責任ある方が語った言葉としてですけども、「官邸の最高レベルの言っていることだ」とかですね、「総理のご意向だと聞いている」というような言葉があったわけで。それを私どもの文部科学省の職員…まあ課長レベルの職員が聞いてきて、それをメモにして。それを文部科学省の幹部の中で情報として共有したわけですから。私はこれは、実際に内閣府の然るべき地位の方が語ったことであるということ自体は100%真実だと思っています。
青木:今日、安倍首相がG7から戻ってきて、国会で「これは岩盤規制を打ち破るためなんだ。抵抗勢力を打ち破るためだったんだ」ということを強調されているんですけも。たしかに、街の声とかいろんなメディアを見ていると、「これは岩盤規制を破るためだったんだ。抵抗勢力がむしろ悪いんじゃないか?」っていうようなことをおっしゃる方もいるんですけども。獣医学部をずーっと作らないって言ってきたっていうことは、これは抵抗勢力なんですか?あるいは岩盤規制の1つだという風に言われても仕方ない面があるんですか?
前川:いや、私は「岩盤規制」という言葉は当たらないと思います。まあ、岩盤規制という言葉自体がもう規制そのものを全部「悪だ」と言っているような言葉だと思うんですけどね。もともとは、20年ほど前はもっと冷静に規制というものを考えていたと思うんですよね。経済的規制と社会的規制はしっかりと分けて、市場における自由な経済活動に任せる方がベターだと思われるものについては規制緩和を考えていこう。しかし、規制を外すことによってより不都合が生じる、あるいは国の財源を無尽蔵に使うということにならないようにすることを考えれば、残すべき規制と見直すべき規制っていうのはあるんだという区別はずっとつけてきたはずなんですけど。で、この獣医学部に関してはですね、やはり今後の人材需要を見通した上で考えなければいけない。無制限に作っていくという話ではないと思います。だから、この規制を見直すということ自体は悪くないと思いますが、見直すにあたってはきちんとした根拠がある形で見直さなければならないんで。本当に将来的に人材需要があることがはっきりするのであれば、50年経ってからでも間口を広げるのはあり得ると思うんですけど。
荒川:我々一般的にイメージを持っているのは、今回のこの加計学園っていうのは、総理との親しい友達という関係。これが優先されたトップダウンであるというのが、「ああ、そういう図式か」と。現場ではどういうような印象だったんですか?
前川:今治市で加計学園が新しい獣医学部を作りたいという意向を持っているということ自体はずっと前から我々は知っているわけです。報道されているように、構造改革特区の制度の中で何度も何度も「認めてほしい」というご要望はあったわけですけども。それは、政府として――文部科学省だけの一存ではないですけども――内閣府も農林水産省も文部科学省も含めて、政府として「それはお断りします」という形で、構造改革特区での実現はできていなかったわけで。ですからやはり、今治市が国家戦略特区になったという時に、じゃあ今度はここで国家戦略特区としてまた加計学園の獣医学部の新設ということを調整しようというお考えなんだろうなという風には思いましたから。やはり「国家戦略特区における獣医学部」と言われた時には、「加計学園」という言葉が明示的に出てこなくても、加計学園のことだろうなということは関係者…つまり内閣府も文部科学省も農水省も、暗黙の共通理解としてあったわけですよね。
青木:つまり「首相のお友達の案件である。これはちょっと注意して扱わないと、あるいは関係の意向を忖度しないとマズいぞ」という考えみたいなものが役所の中にはあったと?
前川:なかなかそこはイコールでつなげられないですけどもね。そう思った人もいたかもしれません。
青木:たとえばね、毎日新聞が報じているんですけども。なかなか文科省が言うことを聞かないものだから、前川さんご自身が去年の秋ごろに官邸に呼ばれて、首相補佐官に「改革をもっと急ぐように高等教育局に言ってくれ」というようなことを言われたという報道もああるんですけども。あったんですか?
前川:今日の時点ではお答えを差し控えさせていただきます。すいません、急に官僚になって申し訳ないんですけども。
武田:官房長官の記者会見。怪文書だとか、前川さんへの個人攻撃という風に世の中で言われる。どうしてあんな官房長官がこんなムキになって……まあ怒っているのか、動揺しているのかわかりませんけども。ああなっちゃうんですかね?
前川:それはちょっと私にはコメントできないんですけど。ただ、私が記者会見などでお話し申し上げたことというのは、あくまでも内閣府と文部科学省の関係においての問題なんですよね。まあ、内閣府からいろいろと求められたわけなんですけども。文部科学省としてはやはり、きちんとしたステップを踏まなければ意思決定できないという、まあ愚直というか真面目というか、そういう考え方だったわけで。中でも、50年以上新設を認めてこなかった獣医学部の新設を認めるのであれば、それは「新たな需要がある」ことを世の中に示さなければいけないし。獣医学部って6年間かかりますから、学生を1人養成していくのに結構お金がかかるわけです。そこに私学助成もつぎ込むことになりますから、それだけのことをするのであれば、それだけの理由がなければいけない。で、その「人材需要についてのきちんとした見通しが示されていない」というところにもうひとつ、大きな問題がある。それからもう1つ言えば、そもそも国家戦略特区として獣医学部の新設を考えようという時に、閣議決定で決めた条件があるわけで。それは、「日本再興戦略」改定2015という閣議決定文書ですね。2016年の6月30日だったと思います。そこで、こういう条件をクリアしたものは認めるということを考えましょうと。その中にはたとえば、これまでにない分野、新しい分野での具体的な人材需要があって、それをこれまでの既存の大学・学部では対応できないんだという場合に、特区で新しい獣医学部を作るということも検討に値するかもしれないけども、その場合も全体としての獣医師の需給を見た上で判断すべきだと。まあいろんな、その4つの条件があるわけですよ。その4つの条件を満たしていないんじゃないか? 満たしているかどうかは、内閣府がちゃんと責任を持って判断をしてくれなければ困るんだけど、そこができていないんじゃないですか?という。これ、文部科学省が最終的に責任を負うことじゃないけども、内閣府は本当にそこは大丈夫なんですか?ということはずーっと言い続けていたわけで。
荒川:はい。
前川:そこの条件が満たされていないんじゃないかという懸念を我々は持ったまま、結局は特区で穴を開ける。特区で特例を認めるという結論を、文部科学省としてはその結論を押し付けられたという気持ちなんですよね。
武田:今年1月に事務次官をやめて、今は何をしているのですか?
前川:今まで教育行政をやってわけですが、教育現場の仕事はほとんどしてこなかったわけです。本当の現場の仕事をしたいと思って、自主夜間中学のボランティアで、特に学校教育を十分に受けられなかった高齢者などに漢字を教えたり。高校生の土曜学習の支援として、因数分解だとか、英語のbe動詞の使い方とかを
青木:(特定非営利活動法人の)キッズドアってやつですか?いまネットで話題になっていますが、なんで前事務次官とか言わずにこっそり(キッドドアに)応募してやっているんですか?
前川:ただのおじさんですから。やめる前にどんなポストでいたのかは関係ないですからね。
青木:(政府などが)前川さんを批判するときに言うのが、「(文書の内容を)現役のときに言えばよかったじゃないか」という意見に関しては?
前川:本当に忸怩たる思い。努力不足だったといわざるを得ないと思ってます。おかしいと思っていたのに、大きな声で(おかしいと)言ったのではなく、文科省のなかで小さな声で言っていたと。私自身が内閣府と対峙したかというと、やっていないわけです。担当の専門教育家に「なんとか頑張って」としか言っていただけで。批判は甘んじて受けざるを得ないと思ってるんです。
片桐:表立って言えないという雰囲気だったんですか?
前川:はっきり言えば、「私がどう動こうと、結論は変わらないだろう」と先回りして考えてしまった。だからといって、何もしなかった言い訳はできないですけどね。
青木:退任したときの職員の方に文科省全員に「多様性を大切にしよう」とか「弱い人たちに手を差し伸べるのが行政官の第一の使命じゃないか」というメールを送ったと朝日新聞の報道で見たのですが、今の政府はこの逆の動きだと思うのですか、どう感じますか?
前川:今の政権のもとでも…というと語弊があるかもしれませんが、教育のいろんな方向の議論はあって。国民を一色に染めてしまおうという議論は、確かに強いのは強いです。恐ろしいことだと思っています。一方で、昨年12月に議員立法で、「教育機会確保法」という法律ができて、学校ではないフリースクールで学ぶという方法も認めていこうとか、義務教育を受けられないまま大人になってしまったり、義務教育を受けないまま外国から日本に来た人のための多様な学びの場を作っていこうという。それが夜間中学なんですけど。まったく、全体主義的な方向に進んでいるというわけではない。しかし私は、現役時代から危惧していたんです。
青木:文科省は以前、「教育勅語を教材で使うのは適当ではない」と言っていたが、教育勅語に対する文科省の立場は変わりましたか?
前川:変わりました。政治の力で少しずつ変わってきたのは認めざるを得ない。だから、ここで見直す必要があると思います。暗唱して(教育勅語の精神を)身につけることはいいことだ、という考えは非常に危険だと思っています。
荒川:リスナーの方からメールが来ています。40代のドライバーから。「仮に大臣や議員の意向を省庁が断ったりスルーをした場合は、どうなるのですか?」
前川:役人というのは、しもべ。政と官の関係はそういうものなんですよ。議員は選挙で選ばれてますから、国民の代表。役人は(国民)全体の奉仕者ではあるが、試験で選ばれているだけであって国民の代表ではない。従って、(議員に)従うのが普通。しかし、役人はひとつの専門性を持っている。政策に関しては役人のほうが分かる。政治家に全部従ってしまうとよくないときがある。そういうときは面従腹背しかないです。
荒川:内閣人事局という人事権を握って、国家戦略特区というナタまで持たれてしまうと、従わざるを得ないんじゃないですか?
前川:面従腹背にも限度があってですね、これ以上、腹背ができないというリミットがあるんですよね。
青木:官僚社会が全体の奉仕者ではなく、政権の奉仕者・官邸の奉仕者みたいになっている風潮は強まっている?
前川:政権中枢に逆らえない雰囲気が強まってきた印象は持ってますね。
青木:もう1つ。出会い系バーに通っていたと言われて。在職中に警察庁出身の杉田官房副長官に言われたと。どういう印象を受けました?
前川:まったく私的な行動ですから。どうしてご存知なのか、とにかく不思議に思いました。
武田:政府が何らかの形で行動確認をしていた可能性があるってこと?
前川:その辺は、私は全くわかりません。とにかくご指摘を受けた時には驚いたと…。どうしてご存じなのかと。
青木:恫喝とか思わなかった?
前川:恫喝とは思いません。ご親切に「君、気をつけたまえ」という。
青木:一部新聞に報じられたときは恫喝だと思いましたか?
前川:あれもびっくりはしましたけど、恫喝とか威嚇とか脅迫とか、見ようと思えば見えると思いますけど、私は鈍感なほうで、そういう風には受け取らなかった。ただ、なんであの記事が出たのかはびっくりしました。

2017年5月30日火曜日

前川文科省前次官の人物像は菅官房長官の印象操作とは大違い!

 前川文科省前次官が、加計問題に関する文科省文書について発言するや、菅官房長官は官邸を代表する形で彼が「出会い系バー」に通っていたことを取り上げて、口を極めた人格攻撃を加えました。それは国家権力による人格攻撃なのですが、そういうことに何の躊躇も示さないのが、安倍政権の低劣さでありその裏返しの狂暴性です。要するに「気違いに刃物」の状態です。
 「水に落ちた犬は打て」という言葉がある様に、普通はそういう人に対しては「出会い系バー通い」の他に山ほどの悪口が出てくるものなのですが、前川氏に関しては菅氏による悪口以外には一切聞こえてきません。その点は安倍晋三・菅義偉 両氏についてネット上で「これでもか」というほど出てくるのとは全く対照的です (^○^)
 
 以下に前川氏の実像に触れた4つのブログを紹介します。
 実はどういう順序にするべきか迷った挙句にいい加減に並べましたので、取り敢えず一通り目を通していただきたいと思います。
 
 冒頭の渡辺由美子氏以外の、板垣英憲氏、日々雑感氏、まるこ姫氏はいずれも辛辣な人物評で知られている人たちです。
 実はもう一人辛口の天木直人氏を加えたかったのですが、彼は別掲のブログの中で「・・・、前川前次官は筋金入りの反骨官僚だったようだ。小泉改革までも批判していたらしい。加計学園の獣医学部承認についても、ここまで行政が安倍首相に捻じ曲げられてはいけないと常日頃考えていのだ。たとえそれを公の場で口に出さずとも、官邸は危険視して目をつけていたに違いない。云々」と述べているので、詳細はそちらを参照下さい。
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「あったものをなかったものにできない。」からもらった勇気
 キッズドア 渡辺由美子  2017年5月27日
前 略実は、前川氏は、文部科学省をお辞めになった後、私が運営するNPO法人キッズドアで、低所得の子どもたちのためにボランティアをしてくださっていた。素性を明かさずに、一般の学生や社会人と同じようにHPからボランティア説明会に申し込み、その後ボランティア活動にも参加してくださっていた。
私は現場のスタッフから「この方はもしかしたら、前文部科学省事務次官ではないか」という報告は受けていたが、私が多忙で時間が合わず、また特になんのご連絡もなくご参加されるということは、特別扱いを好まない方なのだろう、という推測の元、私自身は実はまだ一度も直接現場でお目にかかったことがない。
担当スタッフに聞くと、説明会や研修でも非常に熱心な態度で、ボランティア活動でも生徒たちに一生懸命に教えてくださっているそうだ。
「登録しているボランティアの中で唯一、2017年度全ての学習会に参加すると○をつけてくださっていて、本当に頼りになるいい人です。」
と、担当スタッフは今回の騒動を大変心配している。年間20回の活動に必ず参加すると意思表明し、実際に現場に足を運ぶことは、生半可な思いではできない。
今回の騒動で「ご迷惑をおかけするから、しばらく伺えなくなります」とわざわざご連絡くださるような誠実な方であることは間違いがない。
 
なんで、前川氏が記者会見をされたのか?
今、改めて1時間あまりの会見を全て見ながら、そして私が集められる様々な情報を重ねて考えてみた。
これは、私の推察であり、希望なのかもしれないが、彼は、日本という国の教育を司る省庁のトップを経験した者として、正しい大人のあるべき姿を見せてくれたのではないだろうか?
私は今の日本の最大の教育課題は「教育長や校長先生が(保身のために)嘘をつく」ことだと思う。
いじめられて自殺をしている子どもがいるのに、「いじめはなかった」とか「いじめかそうでないかをしっかりと調査し」などと、校長先生や教育長が記者会見でいう。
「嘘をついてはいけません。」と教えている人が、目の前で子どもが死んでいるというこれ以上ひどいことはないという状況で、明らかな嘘をつく。こんな姿をみて、子どもが学校の先生の言うことを信じられるわけがない。
なぜか学校の先生には、都合の悪いことが見えなくなる。周りの生徒が「いじめられていた。」と言っているのに「いじめ」ではなく、「友達とトラブルがあった」とか、「おごりおごられの関係」になったりする。
 
それは今回の、あるはずの文書が「調査をしてみたが、見つからなかった。」であり、「これで調査は十分なので、これ以上はしない。」という構図とよく似ている。自分たちの都合のいいように、事実を捻じ曲げる。大人は嘘をつく。
自分を守るためには、嘘をついてもいい。正直者はバカを見る。
子どもの頃から、こんなことを見せられて、「正義」や「勇気」のタネを持った日本の子どもたちは本当に、本当にがっかりしている。何を信じればいいのか、本当にわからない。
小さなうちから、本音と建前を使い分け、空気を読むことに神経を尖らせなければならない社会を作っているのは、私たち大人だ。
 
「あったものをなかったものにできない。」 前川氏が、自分には何の得もなく逆に大きなリスクがあり、さらに自分の家族やお世話になった大臣や副大臣、文部科学省の後輩たちに迷惑をかけると分かった上で、それでもこの記者会見をしたのは、「正義はある」ということを、子どもたちに見せたかったのではないだろうか?
「あったものをなかったものにはできない。」
そうなんだ、嘘をつかなくていいんだ、正しいものは正しいと、間違っているものは間違っていると、多くの人を敵に回しても、自分の意見をはっきりと言っていいんだ。子どもたちとって、これほど心強いことはない。
「正義」や「勇気」のタネを自分の心に蒔いて、しっかりと育てていいんだ。どれほど心強いだろう。
今回の記者会見は、前川氏にとっては、何の得もないが、我々日本国民には非常に重要な情報である。報道によれば、くだんの大学のために、37億円の土地を今治市から無償譲渡し、96億円の補助金が加計学園に渡る計画だという。
もし、大学が開学すれば、さらに毎年国の補助金が渡ることになる。96億円の補助金とはどれぐらいの額だろうか?
 
昨年、私たちを始め多くの団体やたくさんの方々の署名によって実現した給付型奨学金の年度予算は210億円だ。一人当たりの給付額も少ないし、人数もとても希望者をカバーできるものではない。なぜ、こんなに少ないのか?というと、「国にお金がないから」という。
お金がないのに96億円、土地も合わせれば136億円もの税金を投じて、新たに逼迫したニーズを見られない獣医学部を作るお金を、給付型奨学金に回したほうがいいのではないだろうか?
前川氏の記者会見は、このような税金の使い道について、もう一度国民がしっかりと考える機会を作ってくれた。
 
今、憲法改正による教育無償化がにわかに浮上している。私は教育無償化に賛成だ。いや、賛成だった。しかし、大学の設置や補助金に信頼性が置けない現状では、憲法を改正してまで教育無償化を急ぐことに、大きな疑念が生じている。
結局、あまり市場ニーズのない、教育力のない大学等に、「子どものため」と言って税金がジャブジャブと投入され、子どもは質の良い教育を受けられない状況は変わらずに、一部の人だけが豊かになる。そんな構図が描かれているとしたら、恐ろしいことだ。
これが事実かどうかは、わからない。しかし、そんなことを考えさせてくれる。
記者会見は、前川氏や彼の家族にとってはいいことは何もないが、本当は必要のない大学に多額の税金が使われるという、大きな損失を防ぐかもしれない。そのために、彼は勇気を出し正義を語ったのではないだろうか?
 
「あったものをなかったものにはできない。」
何が真実なのか、私たちはしっかりとこれからも探求していかなければならない。
今後、どのように動くのか全くわからないが、私たちは、文部科学省というこの国の教育を司る省庁のトップに、強い正義感と真の勇気を持った素晴らしい人物を据える国であり、時に身を呈して、国民のためにたった一人でも行動を起こす、そんな人が政府の中枢にいる国だということは間違いない。
 
 
利権漁りに狂奔する安倍晋三首相と菅義偉官房長官は、程度の低い「ポリティシャン」であり、日本民族の恥と言わざるを得ない
板垣 英憲 「マスコミに出ない政治経済の裏話」 2017年5月29日
◆〔特別情報1〕
  「身の危険を感じたので、記者会見した」とは、前原喜平前文科事務次官の言葉だそうだ。天下に身を晒しておけば、暗殺されることはないと判断したという。しかし、安倍晋三首相肝煎りの加計学園の加計孝太郎理事長が悲願としている「岡山理科大学獣医学部新設」に関わる内部文書を配布していた犯人が首相官邸にバレ、菅義偉官房長官から「怪文書」と決めつけられたうえに、個人攻撃までされて、「身の危険を感じた」ようである。
 それにしても、「首相の女房役」菅義偉官房長官の狂乱ぶりは、尋常ではない。安倍晋三首相の腹心の友であればなおさら、「お手盛り」の疑いを受けやすい加計孝太郎理事長を今治市内に設けた国家戦略特区に押し込もうとする安倍晋三首相を諌めてしかるべきであった。それを棚に上げて、「お手盛り」を弁護するとは、まともな「ステイツマン」のやるべきことではない。えげつなく私利私欲に充たすため利権漁りに狂奔する安倍晋三首相と菅義偉官房長官は、程度の低い「ポリティシャン」であり、日本民族の恥と言わざるを得ない。
(以下は有料ブログのため非公開)
 
 
人は自分の観念で相手を見るものだ。
日々雑感 2017/05/29
前 略) 夕刊フジ取材班も店がある東京・歌舞伎町へ実態調査に急行した。 (中 略)
 その前川氏が調査に赴いていたという出会い系バーは、男性が1時間あたり3500円を支払って入店し、店員に女性の紹介を依頼して対面するシステムで、男女間で交渉が成立すれば店外に出かけることができる。女性は店の出入りに際し、料金はかからない。
 週末の午後9時、40人程度が入れそうな店内には女性が7~8人おり、男性から声がかかるのを待っていた。前川氏と同年代とみられる男性が若い女性と会話を楽しんでいる。彼らも調査中なのか…。記者もストレートの黒髪が美しい女性と話をしたいと店員に告げると、すぐに隣の席に通された。
 「A子で~す」と自己紹介してきた女性への調査開始。20代半ばの都内に勤務するOLで、この1年半ほど週末は店に来ているという。他愛もない話が尽きると、間もなく「外に出ない? お小遣いは『5』で」と向こうから誘ってきた。連れ出し料が5000円ということらしい。
 店を出ると「ここにしない?」と提案され居酒屋チェーンに入った。ビールとレモンハイで乾杯した後、前川氏の話題になると、A子さんは「あー、あのオジサン、超常連だったよー」と言い、続けた。
 「半年前ごろまでは毎週末のようにみかけたね。いつも1人で来てたかな。手当たり次第にアタックするっていうより、じっくり品定めしてから女のコに声をかけていた感じ。私? んー、呼ばれたことあったかもしれないけど、覚えてないなー」
 調査時間は30分弱。記者から小遣い以上の金額を得られないと判断したのか、A子さんは「もういいかな?」といって席を立ち、再び出会い系バーへと消えていった。
(後 略)
(以上「夕刊フジ」より引用)
 
 前川前次官が、2016年10月に夜間中学についての小さな運動の集会での講演動画があます。これを見れば、前川さんがまあマトモな人とわかります。官僚トップまで行く人だから主流秩序に乗っている面はあるわけで、権力闘争に強かった人とは思うし、闇もあると思うが、官僚のなかでは初期の志をキープしてのし上がったまれなタイプと思われます。
文科省という、相対的には金もうけ、政治・権力闘争の中心から少し距離のある役所という面もあります。
 
講演動画 https://youtu.be/OeRhnrEf30I 
(以下にこれを紹介した毎日新聞記事も)
こうした夜間中学を作ろうという運動の集会で講演する人はましな人と思います。
自分は文科省の中では異端で居心地が悪く、来年は辞めているだろう。夜間中学に関して、文科省では、これまで年間100万円で調査していますといったアリバイ的な事業が行われていたけれども、お茶を濁してきただけで、みてみぬふりしてきた、まともに行政の対象として考えてこなかった。しかし、政治の力で夜間学校拡充連盟という超党派の議員連盟ができ、そしてその中心メンバーだった馳議員が大臣になったのが大きかった。その時たまたま私が事務次官になったことが大きくてことが進んだといっています。
馳議員は「気は優しくて力持ち」、夜間中学や不登校、外国人の子供、LGBTなど少数派にやさしいとほめてます。人権の中心は個人の尊厳であり、それを実現するには教育を受ける権利だといっています。
(中 略この動画の30分過ぎが大事です。
教育では自ら考え自立して行動できる力を教えるのが大事。時々の政治権力に左右される教育になってはダメ。教育行政にかかわるものは常に心しておかねばならない政治が教科書に書く内容を追加したり削除したりしてはだめ。自民党べったりではだめで政治に中立的でないとだめ。とんでもない人が首長になることもあるので、その人が全部教科書を変えてはダメで、洗脳してはでめ。戦前は洗脳だったので、れに戻ったらダメ。などといっています。
教育を受けさせる義務が国にある、形式的に卒業証書を与えればいいのでなく、教育を受ける権利として教育を保証しないといけない、年齢制限はない。親の義務を免除猶予する、就学猶予や就学免除という制度はあるが、行政が押し付けるものではない。戦前の考えが残っている問題ある制度。子どもには教育を受ける権利があるのが原則。
 などとも話しています
 
 上記2つのマスメディアの記事を読み比べて戴きたい。どちらが前川氏の真の姿を伝えているとお考えだろうか。世論誘導報道とは上記記事の最初の方を指す。なにしろ「夕刊フジ」は安倍御用マスメディアの産経新聞社の傘下だ。
 そうした「出会い系」バーに行っていたということをリークしたのは官邸だ。官邸が幇間マスメディアに書くように情報を漏らした。
 上記記事の2の方の下段に以下の続きがある。
 前川さんは出会い系バーに足を運んでいたことを認め、通い始めたキッカケをこう話した。「出会い系バーはテレビのドキュメンタリー番組で知った。経済的に困窮した女性が朝まで居場所代わりに使ったり、そこで見つけた男性客に体を売ってお金を稼いだりしている実態は衝撃的だった。実際に生の声を聞きたくて足を運び始めた」
 多いときは週に1度のペースで店に通い、女性たちの身の上話に耳を傾けた。女性たちの多くが、両親の離婚や学校の中退を経験していることを知った。「この状態を何とかしなければという思いは、仕事の姿勢にも影響した。高校無償化や大学の給付型奨学金などに積極的に取り組んだ。私は貧困問題が日本の一番の問題だと思っている
 前川さんは辞任後、二つの夜間中学校の先生、子どもの貧困・中退対策として土曜日に学習支援を行う団体の先生として、三つのボランティア活動をしている。最近、子どもたちに因数分解をわかりやすく教えるため、『とってもやさしい数学』という学習参考書も買った
 
  菅官房長官が前川前事務次官を貶めるために「次官の椅子に連綿としてなかなか辞任しなかった」人物だと記者会見で披歴した。麻生財務相は「辞めた人の発言に私(財務相)がいちいち発言しないよ」と言っていたが、菅官房長官はわざわざ責任を取ってなかなか辞任しなかった人物だったと言及した。
 品格なき総理大臣の下に品格なき人材が集まった掃き溜めのような政権が安倍自公内閣だ。人は自分の観念で相手を見る。売春行為を恥じない連中は誰でも性行為を売買していると思う。それこそが下種げすだということが理解できないようだ。
 
 

卑しい心根の九菅鳥や田崎スシロー達は、色眼鏡でしか物が見えないのだろう

まるこ姫の独り言 2017年5月28日
政治が行政を歪める加計学園問題に対して、それでよいのかと疑問を呈した元事務次官の前川氏に対して、官邸では官房長官自ら率先して、前川氏を貶める会見をしているが、未だかつて無かったのではないかと思っている。
それほどあの文書が真実であり、それを認定したら政治家の関与がますます疑われることになるのを危惧した言動なんだろう。
前川氏の出会い系バー通いをことさら卑猥に仕立てて、国民に特に女性にドン引きさせるのが狙いなんだろうとは思う。
 
荻上チキ氏のツィート
讀賣は前川前次官が通っていた出会いバーについて、教育評論家が買春したかのようにほのめかすコメント。
このバーは私も行った事があるが、買春だけの場ではない。
菅官房長官が"調査の為なら1回や2回でいいんじゃないか"と言っていたが、私は調査で100回は行っている
 
私も九菅鳥が、”調査の為なら1回や2回で十分だ、何回も行くのは?” とそこでわざわざ失笑している場面を見て、違和感を持った口で、本当に調査をする気があるなら1回2回では見えてこないものがあるし、私もその立場なら、自分が納得いくまで通いつめるだろうとは思った。
この九菅鳥の認識では、調査とは1回2回で終わる程度の表面的なものなんだろう。。。。
それに、出会い系バーに行く人間がすべて卑猥な印象操作をしているが、それと、政治が行政をゆがめたのではないかとの主張は別問題だ。
個人攻撃して誹謗中傷しても、あったことが無かったことにはならない。
そして個人のプライバシーを、政府が率先して暴き立てるのはどう考えても、行き過ぎじゃないか。
九菅鳥の常軌を逸した発言の度に、この人の人間性が見えて来る。
個人攻撃しか芸がない安倍政権は、とことんクズぞろいだ。
安倍政権に関わる人間たちは、特に田崎スシロー、九菅鳥など鬼の首でも取ったように、行政を推進する立場にいるのになぜ現職中に官邸に言わなかったのかと言い、今言うのは腹いせに違いないと言っている。
自分たちは腹いせするかもしれないがそうではない人がいるのが分かっていないし、今の恐怖政治の中で現職中に政権に自己主張できる官僚がどれだけいるだろうか。
>森友問題発覚したら、財務省執務室に施錠をし加計問題発覚したら、内閣府の記者入館許可制になる。
 
もうなにがなんでも自分たちを守り通そうとする。
権力を持っている方の、不都合な真実に何が何でも蓋をして置きたいのだろう。そう勘繰られても仕方がない秘密主義。
最後に、こういったブログもあることも見ていただきたい。
「あったものをなかったものにできない。」からもらった勇気
政権が作る人物像とはまた違った一面を見る事が出来る。