2026年9月14日月曜日

歴史的円安の終焉-ベッセントの要求を歪曲して食料品消費減税潰しを煽るマスコミ

 世に倦む日々氏の掲題の記事を紹介します。
 同氏は、G20の会合でベッセント米財務長官が日本(片山財務相)に対して大立ち回りを演じたのは彼自身が必死の立場にあるからで、9月中には1ドル145円に、今年中には1ドル130円にならなければ彼の立場がなくなるからだ、と述べます。
 そして購買力平価でのドル円の理論値を検索すると、国際通貨研は1ドル106円と試算しているし、2年前の熊野英生のレポートではOECDの計算値をベースに1ドル93・7円いう推計があると述べます。

 それにしても、つい先日までアベノミクスの流れで1ドル160円とかの数字を見慣れてきた人間には、あたかも別世界が開けるかのように感覚に襲われます。
 詳しいことは分かりませんが円の価値が高くなって悪い筈はないので、ここ10年以上に亘って円安のうま味を十二分に味わって来た日本の輸出企業には引っ込んでもらって、早く上述の展開に入って欲しいものです。
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歴史的円安の終焉 - ベッセントの要求を歪曲して食料品消費減税潰しを煽るマスコミ
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9/1 のベッセントの警告と指導の後、為替市場は円が急騰し、9/8 に1ドル152円台をつける展開となった。7/23 に164円目前という40年ぶりの異常安値を更新、7/31 の日米協調介入で一旦157円まで上がっていたが、日銀の矛盾と限界を衝いてなお円安を試し探る市場(投機筋)の動きが止まらず160円に逆流していたところ、ベッセントの一喝効果で1週間で7円もハネ上がった。1か月半前のボトム値からは12円円高の市況となっている。9/7 にはゴールドマン・サックスが「円をロングにする根拠が強まった」という観測をブルームバーグに流し、ポジションを円買いに転換するトレード姿勢を示唆した。市場は来週 9/17-18 の日銀金融政策決定会合の結果と植田和男の会見を注視している。その場で単に政策金利を(織り込み済分)引き上げるだけでなく、長期的で持続的な金利引き上げの方向性をコミットし、長く続けたリフレ策(金融緩和)の止揚と脱却を宣言すれば、円相場は145円に向けて勢いよく高騰するだろう

世界が注目するG20会合で、あれだけ過激に大立ち回りを演じ、啖呵を切り、掟破りの内政干渉に等しい政策要求を日本に突きつけた以上、日銀金融政策決定会合の後、市場がハプンせず、1ドル150円前後で固まるとか、円安に逆流するとかの事態になったら、米財務長官ベッセントの立場はない。大恥を掻いて権威失墜となる。9月中に145円、今年中に130円を目指して向かう図が、ベッセントが構想し思惑するドル円市場の進行だろう円の政策金利の物理的数字よりも、日本の政策当局のマインドセットの方が重要なのであり、日本が金融緩和から金融引き締めに方針転換する事実の確定こそがベッセントの目的と課題なのだ。前回記事で分析したとおり、アメリカは財政危機が深刻化し、米国債売却による債券安・金利高を何より恐れている。日本が通貨円防衛のために保有米国債を売る事態を恐れそれを阻止すべく、市場を円高に振れさせようと全力を挙げているそのために日本のリフレ政策を中止・廃絶させる圧力を渾身でかけている

従来は、アメリカと日本の金融政策で齟齬はなかったのだ。アベノミクスの金融緩和策、すなわち日本円の(不正常な)低金利の固定と持続こそが、世界の株高を牽引する原動力であり、世界金融市場の活況を担保する源泉だった。その政策認識で日米は一致し共通していた。だが、今年になって風向きが変わり、アメリカの財政難が大きな不安要因として浮上、アメリカの債券安を食い止めることが金融政策のプライオリティの第一に位置づけられた。株高の環境保全よりも債券を守る体制構築の方が優先事項となったのである。米国政府の認識と判断が変わった。なので、円キャリートレードの資本循環にリスクとインパクトが生じても、背に腹は代えられず、米財務長官は米国債の防衛に集中しなければならないのだ。ゆえに、ベッセントは直截強硬に日銀に金利を上げろと迫り、リフレ策(金融緩和)は撤廃しろと日本に要求した。もし高市が従わず、抵抗してリフレ策に拘泥すれば、ホワイトハウスは高市おろしに出るだろう。CIAに支持率下げ工作を命じるだろう

私は、歴史的円安のステージは終焉したと観測する。164円のドル高ピーク(円安ボトム)で終わった。今後は、150円を抜けて140円に向かう流れが加速し、その勢いのまま130円を見通す円高トレンドになるだろう。今回の転換点はベッセント・ショックと呼ばれるに違いない。そう予測する根拠は、購買力平価でのドル円の理論値である。検索すると様々な数字が出て来る。国際通貨研は1ドル106円試算している。2年前の熊野英生のレポートにOECDの計算値を元に出した試算値があり、1ドル93.7円と推計している。購買力平価の指標に照らして、実勢のドル円レートがあまりにも乖離していると指摘する議論は多かった。また、購買力平価の理論値に対して円の実勢値が異常に安くなり、ギャップが広がったのは、2013年の黒田バズーカ以来であると熊野英生は解説している。その分析を公理として敷衍すれば、日銀が今後金融引き締めを遂行することで、為替は120円、110円と円高に向かう展望が見えるだろう。惰性で長期続けた金融緩和が異常な失策だったのであり、日本のマクロ経済を病体にしていたのだ

円安の運動が止まり、140円→120円→100円と円高に是正されるとどうなるか。立ちんぼを買いに来る外国人観光客が減るだろうし、外国人富裕層向けにつり上げた東京のマンション価格も下がるだろうし、輸入原材料コストが下がって食料品価格も下がるだろうし、電気料金やガソリン価格も下がるだろう。この4年以上、輸入インフレによる物価高で悩まされ、生活レベルを落としてきた庶民の暮らしに、人心地つける安心の地平が訪れるはずだ。原油や輸入原材料や輸入食糧が高騰して苦しんだのは、世界中の国々が同じだが、日本の庶民はそこにリフレ策による円安インフレという猛毒の要素が加わり、二重苦というか、物価高が倍加してのしかかる厄禍を背負わされ、受難を耐えさせられてきた。4年前にアベノミクスの幕を閉じ、政策金利を上げていれば、これほど悲惨なインフレ疲弊はなかっただろう。倒産件数が17年ぶりの高水準で喘ぐ事態はなかっただろう。インフレが猛威を振るっているのに、日銀は「物価2%目標」の常套句を言い続け、黒田以来の緩和策をやめなかった

日銀が金融緩和策をやめず、アベノミクス路線を固守し、ひたすら円安シフトを徹底したのは、金融市場に日銀マネーを大量投入するためであり、株高を促進するためだった。麻生太郎の意図と戦略に従い、株式市場の規模を拡大し、富裕層経済を繁栄させて 景気をよくする” ためだった。NISA口座を開設してタンス預金を株に替えた高齢資産家を後押しし、貧乏生活しながら給料の一部をNISAに積み立て、老後資金を作ろうとする若年層の幻想を支援するためだった。そのタンス預金高齢者の満足も、NISA貧乏若者の願望も、いずれ崩壊して泡となる可能性が高いと予想するが、彼らのNISA口座残高を増殖させる価値の源となったのは、経済学的なリアルは、物価高で喘ぎつつ二重に収奪された無資産の人々のお金である。異常なコストで輸入原材料や仕入食料品を購入させられ、経営破綻に瀕した中小企業の汗水たらして得たお金である。価値を移転させているだけだ。それが株式市場が4倍に膨らんだ手品の仕掛けだ。無産者層の夢と人生を食い潰しながら、資産家・資本家が儲ける金融経済を肥満させている

日本のマスコミ報道は、ベッセントの日本への要求について中身を捻じ曲げて報道している。ベッセントはストレートに日銀の金利引き上げを要求し、長期に続く金融緩和策を批判し、為替を円高方向に是正せよと主張しているのに、日本のマスコミはそれを歪曲し、ベッセントは高市の「積極財政」を批判しているのだと報道している。ベッセントが指弾する「日本のリフレ政策」の意味を、高市の「積極財政」だと決めつけ、日銀の低金利・金融緩和から焦点を逸らしている。意図的にその言説工作をやっている。その動機と目的は一つで、高市の食料品消費減税策を潰すためだ。日本のマスコミは、もう何年も何十年も前から、ずっと消費税増税に賛成し、消費税増税で財政再建しろと扇動し続け、政党が選挙で繰り出す消費税減税策に反対してきた。将来世代に借金を残すなと刷り込み続けてきた。松原耕二がその筆頭で象徴と言えるが、NHK含めすべて同じであり、まさに森永卓郎の言う「ザイム真理教」の司祭の役目を果たしてきたと言える。消費税減税の政策や公約を目の敵にし、世論調査を駆使してその否定に躍起になってきた

マスコミは、ベッセントの要求と圧力を神風と捉え、意味をスリ換え、ベッセントは「積極財政」を叩いているのだと言う。ベッセントが批判する「リフレ策」とは「積極財政」のことだと歪曲し、視聴者を騙して錯覚させている。矛先を消費税減税に向ける世論操作を狡猾に行っている。食料品消費減税は年5兆円の財源を要する。が、5兆円だった支出規模が10兆円に倍増した防衛費についてはマスコミは何も言わない防衛費については松原耕二は「財源を示せ」とは言わない。素通りだ。-35やトマホークは積極容認。庶民経済の福利平癒に資する政策についてのみ、目を瞋らせて攻撃と排除の標的にし、無駄なバラマキだ、将来世代へのツケ回しだ、選挙目当ての人気取りだと罵倒する。インフレ禍に喘ぐ弱者庶民の生活を救済する政策は悪として貶め、アメリカから武器を買い戦争の準備をする政策は善として意義を宣伝する。毎晩毎晩、公共の電波を使い、参謀系や新自由主義系をレギュラー出演させてプロパガンダに終始し、視聴者の洗脳工作に余念がない

そして、日銀が政策金利を上げれば住宅ローンの返済が厳しくなると言い、金利引き上げを悪印象化して視聴者に警戒感を植え付ける。だが、その販売住宅なるものは、新築マンション(首都圏)の平均価格が1億6400万円で、中古マンション(東京23区)の平均価格が1億2700万円だ。誰がこんな高額物件を購入できるのだろう。限られた一握りの富裕層の資産保有ではないか。日本の給与所得者の平均年収は478万円で、うち約4割を占める非正規は206万円である。30代の共働き夫婦の世帯収入は850万円。1億円の住宅を購入契約する場合、金融機関の審査基準(返済負担率35%)によってローン上限は7000万円となり、頭金3000万円以上が必要となる。頭金も返済も、親が資産家でない庶民の30代にとっては不可能な金額だ。5000万円のローンでも、35年固定で毎月返済が18万円に及ぶ。住宅の値段は途方もなく騰がった。今の日本にはわれわれの時代のマイホームの概念はない。外国人富裕層(特に中国人)か準富裕層のパワーカップルの資産物件だ

それなのに、NHKなどテレビ局は、恰も普通の30代夫婦が(嘗ての時代と同じように)住宅購入を検討し、物件を探しているような映像を見せ、誰でもその経済生活の境遇にあるように錯覚させている。一部を全体化して虚像を見せている。金利が上がれば住宅ローンがという言説は庶民には無意味で、庶民とは縁遠い世界の話だ。むしろ、円高になり輸入資材コストが下がった方が、新築住宅を欲する側の利点は大きいだろう。円高になれば間違いなく(異常に高騰していた)不動産の相場は下がる。そうなれば賃貸住宅の家賃も下がる傾向になるのであり、一般庶民の住宅事情にとっては希望の曙光となる。富裕層や外国人以外の、日本の中低所得者層にとっては、住宅経済についても円高の方がありがたいのだ。が、高市・麻生の円安路線に忖度し同調するマスコミはその経済的真実を言わない。日銀の利上げを脅威のように言う。マスコミは、自身もタワマンに住む準富裕層であり、富裕層側の論理と視点で、すなわち高市・麻生をエンドースする立場で経済を説明する。その利害を持った身分階層だから

中小企業の借入負担増についても、一言いえば、今は中小企業全体の7割が利益ゼロ・赤字の経営状態にあり、すなわち法人税免除の状態で、こちらの方を何とか改善しなくてはいけない。元請け大企業が仕入原価(納入単価)を無理に過剰に引き下げ、中小企業に利益が出ない新自由主義的構造に固めたのが原因で、その冷酷な慣習が続いたために日本経済は活力を失った。萎縮と停頓と諦惰に次第に嵌り、時間の経過と老化と共に公的補助金に頼る経営体質になった。東京以外のすべての経済活動の地表がラストベルトに変じた。金利のある経済が普通の経済であり、中小企業が銀行借入して設備投資し、経営を拡大し、地域社会を潤すのが健全な経済である。その本来的で理念的な市場経済の姿に戻すことを根本から考えないといけない

ヴェネツィア映画祭で反響 塚本晋也監督作品が描いた元米兵・ネルソンさんが語っていた“加害者”としての戦争体験と憲法9条の力

 LITERAの掲題の記事を紹介します。
 アフリカ系二世のアレン・ネルソンさんは米海兵隊に入隊後2年目に、19歳でベトナム戦争の最前線に派遣されました。米本国に帰還できたのはその4年後でしたが、その後戦争の後遺症であるPTSDを発症し、ニューヨークでホームレス生活をしていました。
 たまたま再会した同級生にベトナム戦争について講演をすることを勧められたことが切っ掛けで、1996年から日本全国で1200回を超える講演を行いました。
 映画監督の塚本晋也氏が、そのネルソンさんを主人公にした映画『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』が、第83回ヴェネツィア国際映画祭(イタリア)の候補作品になりました。
 米メディアからは猛烈な批判を浴びたようですが、リド島での公式上映では観客から8分間に及ぶスタンディングオベーションが贈られました。
 審査の結果、メインの「金獅子賞」「銀獅子賞」は逃しましたが、イタリア全土から選ばれた18~20歳の若者により授賞される独立賞「小金獅子賞」を見事に受賞しました。
 記事は、ネルソンさんの加害者としての戦争体験と彼が力説する「憲法9条の力」について解説しています。
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ヴェネツィア映画祭で反響 塚本晋也監督作品が描いた元米兵・ネルソンさんが語っていた“加害者”としての戦争体験と憲法9条の力
                      小杉みすず LITERA 2026.09.11
 本日、塚本晋也監督の『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』が公開になった。同作は、イタリアで開催中のヴェネツィア国際映画祭でも、是枝裕和監督の『ルックバック』とともに、金獅子賞コンペティションに選出されており、高い注目を集めている。 塚本監督は『鉄男』『野火』などで世界的な評価を受けている映画監督で、同映画祭にも何度もノミネートされているが、この新作は、現地時間4日のワールドプレミア上映後、観客から熱烈なスタンディングオベーションが起こり、約8分間拍手がなりやまなかったという。
 だが、この『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』は非常に重いテーマを私たちに突きつける作品でもある。
 同作品は、アフリカ系アメリカ人で、沖縄米軍基地の海兵隊からベトナム戦争の最前線に投入されたアレン・ネルソンさん(2009年没)の半生を、同タイトルの自叙伝をもとに映画化したもの。
 ネルソンさんといえば、戦争から帰還後、自身の体験をもとに日本全国で1200回以上の講演を行い、同書をはじめさまざまなメディアで戦争がいかに悲惨であるかを訴え続けたことで知られている。
 また、日本国憲法第9条のことを高く評価し、「いかなる核兵器よりも強力であり、いかなる国のいかなる軍隊よりも強力」と語ったこともある。
 ネルソンさんが戦争反対を強く訴え、憲法9条を賞賛したのは、ただ戦争が多くの被害を生むからだけではない。自らが戦場で人を殺したという「加害」の問題に正面から向き合ってきたからだ。前述した講演や著書でも、加害者として自らが犯した戦場での行為と帰還後の葛藤について詳細に語り、だからこそ戦争に加担してはならないと訴えてきた。
 そして、このネルソンさんが語ってきた「加害者の視点」こそ、いまの戦争や安全保障をめぐる議論にもっとも欠けているものなのだ。
 この国では、ある時期から、過去の戦争加害、侵略行為をなかったものにしようとする歴史修正主義が広がり、「他国の侵略から国民を守るため」などという建前で、再び「戦争のできる体制」づくりが着々と進められるようになった。そして、戦争を知らない世代が大半になった国民もすっかりその空気に呑み込まれ、「自分たちの命を守るためには、改憲や防衛力増強は当然」という意見が大勢を占めるようになった。
 しかし、戦争とは自分の命が危険にさらされるだけでなく、自分が他者を殺し、大勢の命を奪う行為に加担することに他ならない。
 今回、塚本監督が『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』を映画化したのもまた、加害者の視点で戦争の本質を炙り出し、その視点で戦争を見ることを日本の人々に思い出してもらおうと考えたからだろう。
 報道によると、塚本監督は、ワールドプレミア上映後の囲み取材で「僕は戦争を止めようというくらいの気持ちでこの映画を作っています。見た方に頭で考えるだけではなく、体で戦争の恐ろしさを感じてもらい、本能的に戦争を拒否するような体感を持ってもらいたい」とその制作意図を振り返った上、ヴェネツィア映画祭での大きな反響についてこう語っていたという。
加害者の視点から描いた本作がどこまで受け入れてもらえるのか未知数でした。だから今日、実際に上映して、お客様に伝わったという感触を得られたので、本当に良かった
「なるべく多くの人に見てもらうことができれば、もしかすると戦争をかなり止められるのではと、感じました」
 本当にひとりでも多くの人にこの映画を見てもらいたいと思うが、『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』をめぐっては映画祭での高い評価とは裏腹に、日本国内で当初、全国28館での上映が予定されていたのに、9館へと縮小されるなど、むしろ人々がこの映画を認知する機会が奪われつつある。
 本サイトは、いまから11年前の2015年7月、安倍政権が安保法制の採決を強行しようとしているタイミングで、ネルソンさんが遺した言葉を紹介する記事を配信した。
 今回、あらためてその記事を以下に再録するので、ネルソンさんが自分の加害について何を語り、戦争の本質をどうとらえようとしていたのかを知ってもらいたい。そして、ひとりでも多くの人に映画館に足を運んでもらいたい。  (編集部)
 
 
ベトナム戦争で殺戮を繰り返していたネルソンさんが体験した「決定的なできごと」
 カウントダウンが始まった。2015年7月1日、自民・公明両党は、安全保障関連法案について、今月15日頃の採決を目指す方針を確認した。憲法学者から違憲だと指摘されようとも、国民の多数が今国会での成立に否定的であっても、与党は聞く耳を持たないようだ。
 とりわけ自民党が強引に法案成立を目指すのは、安倍首相がこの解釈改憲によって事実上、憲法9条を形骸化させようと目論んでいるからに他ならない。そうして、なし崩しに既成事実をつくりあげたあと待ち受けるのは、本格改憲による「戦争のできる国」──これは抽象的な話でも脅しでもなく、事実である
 だが、安倍晋三は戦争を知らない。無論、筆者も、この国で生きる大多数の人たちも、それがいかなるものなのかよく知らない。どうしてだろうか。
 戦後日本に憲法9条があったから──そう語るのは、アレン・ネルソンさん。海兵隊の一員としてベトナム戦争の最前線にいたアフリカ系アメリカ人だ。1996年から、日本全国で1200回を超える講演を行い、2009年、ベトナムで浴びた枯れ葉剤が原因とみられる血液のがんで亡くなった。享年61歳だった。今年の憲法記念日に放送された『NNNドキュメント 9条を抱きしめて ~元米海兵隊員が語る戦争と平和~』(日本テレビ系)という番組のなかに、生前の彼が語ったこんな言葉が収められている。
「ほとんどの国の子どもたちが戦争を知っています。アメリカの私の子どもたちは、戦争を知っています。イギリス、イタリア、フランス、オーストラリア、中国、韓国の子どもたち、みんな戦争を知っています。しかし、ここ日本では戦争を知りません。憲法第9条が戦争の悲惨さ、恐怖や苦しみから、みなさんを救ってきたからです」
 なぜ、彼は言い切るのか。それを理解するためには、2003年に講談社から出版された自叙伝をもとに、ネルソンさんの生涯を知るほかない。
 ニューヨークで生まれ、高校を中退。仕事を転々としていたネルソンさんが、海兵隊の採用担当職員に声をかけられ、海兵隊入りをしたのは18歳のとき。訓練を受けたネルソンさんは、翌年の66年、ベトナム戦争の最前線に派兵されるために、沖縄・嘉手納基地に赴く。当時、沖縄は返還前で、アメリカ兵は自分たちの国の一部という感覚でいたという。
〈わたしたちは東洋人の一人一人を見分けることができませんでした。みんな、同じ顔に見えましたし、それでもまったく問題はなかったのです。なぜなら、わたしたちは東洋人を、そして沖縄の人々を人間としてみてはいなかったからです〉
 そしてベトナムに派遣後、最初に遭遇した戦闘。味方の兵士が撃たれ、駆けつけたネルソンさんは、その〈目も鼻もない、ただ真っ赤につぶれた顔〉を見て戦慄する。〈みんな殺してやる、自分があんな目にあう前に、みんな殺してやる〉、そう心のなかで叫び、二度目の戦闘で初めて人を殺す。戦場で兵士たちは競い合って殺し、死体から頭を切り取って記念撮影をしていた。
 初めての殺人のあと、上官から労われたネルソンさんは〈とてもいい気分〉だったという。だがその後、〈名づけることのできない感情〉と目眩のようなものを覚えた。以降、人を殺すたびに感じるようになったこの感情は、罪の意識でも、恐怖でもなく、ましてや喜びでもなかった。
〈しいていえば、人を殺すことのあまりの簡単さへのおどろきといえるかもしれません。果てしない暗闇が目の前に突然に口を開けてわたしをのみこんでしまったような、なんともいえぬ感情でした〉
 しかしネルソンさんは、ある日の戦場で、〈戦争への考えを変えることになる決定的なできごと〉を体験する。ある村を通りかかったとき、部隊は待ち伏せ攻撃を受け、ネルソンさんは銃で応戦しながら一件の民家の裏庭にある防空壕のなかに身体をすべりこませた。豪のなかでは、若いベトナム人女性がひとり、苦痛に耐えながら壁に背を押し付けていた。なんと、彼女は出産の最中であったのだ。
 ネルソンさんは、思わず本能的に両手を差し出したという。そして彼女の中から生まれおちる赤子を、その両手で受け止めた。彼女はへその緒を歯で噛み切り、赤子を落ちていた布でくるみ抱えて、しばらくして豪の外へと走り出ていった。
 戦闘が終わったあと、仲間と合流したネルソンさんは混乱していた。
〈ベトナム人もまた人間なのだ、わたしと同じ人間なのだという、ごくごく当たり前の事実を、しかし、それまで決して考えてみることのなかった事実に思い当たりました。〉
 同時に、自分の母や姉妹と同じような人々を数えきれぬほど殺したことについて、感じることを禁じていた様々な感情が、ゆっくりと目覚め始めたという。〈自分はまだ人間のままでいるだろうか〉、そう自問しながら、彼は戦場を生き残った。だが、戦地から遠ざかったあとも“戦争”に苛まれ続ける。
 
はじめての講演で子どもから突きつけられた「あなたは人を殺しましたか?」という質問
 4年の契約期間を終えニューヨークへ戻ったネルソンさんは、23歳でホームレスになっていた。原因は、帰還後毎晩見るようになったベトナムの悪夢だ。神経過敏になり、精神科医の診療も受けるようになったが、薬は役に立たず、かえって副作用のため日常生活に支障をきたすようになっていたのである。PTSD(心的外傷後ストレス障害)だ。
 ベトナム戦争後にその症状が広く知られるようになったPTSDだが、アメリカでは今も深刻な社会問題であり続けている。『帰還兵はなぜ自殺するのか』(亜紀書房)によれば、イラク・アフガン戦争のアメリカ帰還兵200万人のうち、4人に1人がPTSDやTBI(外傷性脳損傷)などに苦しめられ、結果、毎年250名を超える自殺者を出しているという。
 これは日本の自衛隊の未来を暗示している。事実、イラク戦争にあたって、約1万人の自衛隊員が派遣されたが、帰還後に28人もの隊員が自殺していることがわかっている。通常の日本の自殺率と比べると、実に14倍だ。安倍政権が目指す安保法制によって、自衛隊の活動範囲は飛躍的に拡大する。にもかかわらず、政府は、自衛隊員の戦死やPTSD等のリスクについての説明を避け続けている。安倍首相は「日米同盟を“血の同盟”にする」と大見得をきったが、現実に待ち構えているのは比喩でない。もちろん、安倍首相自身は一滴も血を流すつもりはないだろうが。
 話をネルソンさんに戻そう。PTSDに苦しめられ、ホームレスを続けるしかなかったある日、たまたま再会した同級生に、ベトナム戦争について講演をすることを勧められた。ネルソンさんは迷ったが、結局、小学校にいき、子どもたちの前に立った
 ぎこちなく語り終えると、子どもたちからの質問時間になった。そこで出たある女の子からの質問に、ネルソンさんは固まる。それは、彼の自叙伝のタイトルにもなっている。
ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?
 長い沈黙のあと、ネルソンさんは、目を閉じたまま言った。「殺した」
 すると、だれかの手が体に触れた。ネルソンさんが目を開けると、質問をした女の子がそこにいた。彼女はネルソンさんを抱きしめ、涙を浮かべながら見上げて言った。「かわいそうなネルソンさん」。子どもたちは一人、また一人とネルソンさん体を抱きしめていった。ネルソンさんのなかで、何かが溶け出した。
〈自分自身のことが、とてもよく見えるような気がしました。
 何をすべきかもわかったような気がしました。
 わたしが戦ったベトナム戦争を、悪夢として時間の牢屋に閉じこめるのではなく、今もなお目の前で起きていることとして見つめなくてはならないのです。〉
 ネルソンさんは、その後、日本での講演活動を開始する。きっかけとなったのは、1995年、沖縄で起きた海兵隊による少女レイプ事件だった。アメリカのテレビでそのニュースを聞いた彼は、そのとき、沖縄にまだ基地があり、アメリカ兵がいるという事実を意外に感じたという。ベトナム戦争が終わって、とっくに米軍は撤収していると思っていたからだ。ネルソンさんは何かしなければと、沖縄へ向かう。
 そして、日本国憲法のことを知った。ネルソンさんは、ホテルで9条の条文を読み、立ち上がるほどのショックをうけたという
 
憲法第9条を知った時の衝撃を語っていたネルソンさん「日本国憲法第9条は、いかなる核兵器よりも強力」
 日本国憲法を知った時の衝撃を、ネルソンさんは前述の『NNNドキュメント』のなかで、こう語っている。
「憲法第9条を読んだとき、自分の目を疑いました。あまりに力強く、あまりに素晴らしかったからです。日本国憲法第9条は、いかなる核兵器よりも強力であり、いかなる国のいかなる軍隊よりも強力なのです。日本各地で多くの学校を訪れますが、子どもたちの顔にとても素晴らしく美しくかけがえのないものが、私には見えます。子どもたちの表情から、戦争を知らないことがわかるのです。それこそ第9条の持つ力です」
 9条こそが、子どもたちを守ってきた。ネルソンさんは、夢や理想ではなく、現実として語っているのである。そして番組のもうひとつのハイライトは、ネルソンさんが、アメリカ人政治学者のダグラス・ラミス元津田塾大学教授と9条について語り合う場面だ。VTRは少なくとも今から10年近く前のものであるはずだが、その内容は、まさに現在の安倍政権をめぐる日本の状況を示唆している。引用しよう。
 ネルソン「平和憲法は日本人が考え出したものではないとかアメリカ人に与えられたものだと言う人がいます。しかし、誰にもらったかは問題ではありません。平和憲法は私たちが進むべき未来を示しています。たとえ宇宙人がくれたものだとしても、これは全人類にとって大切なものです。問題は今、当初の平和の理念が置き去りにされようとしていることなのです」
 ラミス「私たちは平和憲法のもと、平和な日本で暮らしています。日本は世界一の平和国家と言われています。でも同時に沖縄には米軍基地がある。これはファンタジーです」
 ネルソン「たしかにそこは大きな問題です。日本人は間接的に戦争に関与してきました。しかし、9条のおかげで直接的に戦争には関わっていません。言い換えると、第二次世界大戦後、日本は新たな戦没者慰霊碑を建ててはいない。そこが私には素晴らしいと思えるのです」
 日本国憲法は“誰がつくったか”が本質ではない。条文が示す、戦争放棄、戦力不保持、平和主義の理念を見つめるべき──そう、ネルソンさんは訴えるのである。昨今、護憲派の人々は、改憲派やネット右翼らから「脳内お花畑」とか「9条教」などと揶揄されている。しかし、ネルソンさんが9条をこれほど高く評価するのは、戦場で人を殺し、生還後もPTSDに苦しんできた自身の体験があるからだ。
 ネルソンさんは、決して夢想家ではない。少なくとも、戦場の実態を知っているという意味では、安倍首相をはじめとするほとんどの改憲派の人たちよりもリアリストだろう。戦争で人を殺さず、殺されないこと。そのことをはっきりと規定した9条の条文が、ときの権力者の暴走に歯止めをかけてきた。ネルソンさんの言葉はその事実をあらためて私たちにつきつける。
 与党は、国会での安保法制改正案の強行採決を目論んでいる。あの戦争の終結から70年が経つこの夏は、日本が再び戦争ができる国になった夏として、歴史に刻まれるかもしれない。人を殺し、殺されることが「当たり前の事実」になる日を目の前にして、私たちはこのまま、手をこまねいているだけでいいのだろうか。
                             (小杉みすず)

庶民は景気悪化に身構えている お気楽なものだ「官邸おこもり」首相動静

 日刊ゲンダイの掲題の記事を紹介します。
 高市首相は先週末も恒例の公邸お籠りで Xの投稿に勤しんだようです。支持率を上げるためにはXの投稿しかないと考えているのでしょうが、今はそんな個人ベースの事柄に没頭していていいのでしょうか。
 後生大事にしてきた筈のトランプの米国が 今大変な財政・経済的危機に陥っていて、日本の協力が必要だといわれているのにこの無為のありは一体何なのでしょうか。
 〝お気楽″は体にはいいのでしょうけれども‥‥
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庶民は景気悪化に身構えている お気楽なものだ「官邸おこもり」首相動静
                         日刊ゲンダイ 2026/09/12
                      (記事集約サイト「阿修羅」より転載)
「実質賃金は秋以降、再び下落に転じるのが確実だ。大メディアはいざなみ景気や株高などにはしゃいでいるが、その実態は半導体AI企業が牽引しているだけ官邸おこもりで誰とも会わず、二兎追う「唯我独尊」首相でいいのか
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 この週末から来週にかけて、永田町は騒がしくなりそうだ。
 高市政権の浮沈を左右する沖縄県知事選は、13日が投開票。高市首相が「ワタクシの悲願」と言う食料品の消費税率引き下げをめぐっては、自民党が11日の税制調査会などの合同会議で税制改正大綱案を了承した。政府が10月召集の臨時国会に提出を予定する関連法案の前段となるもので、連立を組む日本維新の会と調整の上、15日に閣議決定される運び。そして16日以降、風物詩である内閣改造・党役員人事が実施される見通しだ。
 人事は政権浮揚の常套手段だが、高市は「骨格」を維持するとみられている。党内基盤は相変わらず弱く、麻生副総裁頼みから脱せず、刷新は政権瓦解と隣り合わせだからだ。維新が閣内協力に転じるほかは新味なし。もっとも、高市内閣の閣僚は首相の引き立て役に過ぎず、シャッポが代わらなければ何も変わらない。つまり「物価高対策は最優先」と言うだけで、暮らしを無視する 政治が続くことになる。
 高市の本質をあぶり出しているのが、「週刊現代」(9月14日号)の「秋の政界人事と高市政権の賞味期限」と題した記事。共同通信社編集委員兼論説委員の久江雅彦氏と東大先端科学技術研究センター教授の牧原出氏(政治学)による対談だ。久江氏はこう指摘していた。
〈高市総理は木原稔官房長官を「木原」、佐藤啓副長官を「啓ちゃん」、尾崎正直副長官を「あんた」、維新の遠藤敬総理補佐官を「こいつ」と呼んだりします。遠藤氏本人がいない場では「秋田犬」。彼が保存会の会長だったからです。ぞんざいな呼称は威張っていると言うよりも親しさや信頼の証しですが、そんな彼らにも「良きに計らえ」と全面委任せず、最後は自分なのです〉

SNS上で蛇やキツネ扱い
 誤解を恐れずに言えば、還暦をとうに過ぎた一国のトップ、それも女性が他者を「こいつ」呼ばわりする場面は見るに堪えない。品性のかけらもない。いわゆるトランプ関税をめぐり、国会で「ワタクシに恥をかかせるな〉と言ったよね」と凄んだ赤沢経産相を「本人がいない時はカブトムシと呼んでいる」と公言してもいる。理由を尋ねた赤沢に「顔に決まっとるやろ」と返したという。ちなみに、高市本人は人気取りの主戦場とするSNS界隈で蛇やキツネ、馬にたとえられている。
 さておき、週現で牧原氏は高市の能力にこんな疑問を呈していた。
〈官僚たちに対する姿勢も深刻です。夜中に直接携帯電話へかけてきては、官僚の言い分を聞くのもそこそこに、一方的に疑問をぶつけて「わかった」と切ってしまう。高市さんの関心は経済安全保障と積極財政という分野に限られており、全体を俯瞰せずに細部に執着する「マイクロマネジメント」の極致です〉
 どうりで、後ろ盾の米国から小突かれても「責任ある積極財政」と強弁する「無責任な放漫財政」に突き進むわけだ。2027年度予算編成に向けた概算要求は143兆円を突破。26年度予算の要求額を20兆円以上も上回り、過去最大となった。財政悪化懸念による長期金利上昇は米国にも飛び火し、ベッセント財務長官の怒りを買いまくっている

注目の利上げは0.5%か、3会合連続か
 経済評論家の斎藤満氏はこう言う。
8月の米CPI(消費者物価指数)は前月と比べて0.4%上昇し、小幅な伸びだった7月の0.1%から加速しました。FRB(連邦準備制度理事会)が来週の会合で利上げに踏み切る観測がより強まった。日銀の金融政策決定会合はその直後に予定されていて、トランプ政権の猛烈な圧力もあり、マーケットは利上げを織り込んでいます。しかし、日銀の利上げ幅が通常の0.25%では、円安物価高要因の日米金利差は縮まらない。一気に0.5%引き上げるか、3合連続利上げでもしない限り、円安基調を反転できない。景気拡大期間が7月で戦後最長の74カ月間となり、『いざなみ景気』(02年2月~08年2月)を超えたとみられていますが、この間の実質成長率は年平均で1.3%ほど。『いざなぎ景気』(1965年11月~70年7月)の11.5%には遠く及ばず、『いざなみ景気』の1.6%と比べても低い。生活実感を伴わないダラダラ景気と言わざるを得ない。政府や企業から見れば景気拡大で、搾取される側の家計にとっては景気後退が続いていると言えます」
 5年に及ぶ物価上昇で疲弊する庶民は景気悪化に身構えるほかない。7月の実質賃金は前年同月から2.4%上昇。7カ月連続のプラスとなったが、インフレが加速する秋以降は再び下落するのが確実だ。飲食料品の相次ぐ値上げ、電気・ガス代の上昇、中東情勢の悪化。マイナス要素は山ほどある。
 大手メディアはいざなみ超えや株高などにはしゃいでいるが、その実態はAIブームやそれに伴う半導体需要が牽引しているだけ
 6月下旬に日経平均株価は史上最高値の7万2831円73銭を記録したものの、足元では6万5000円割れ。原油先物価格が急騰し、景気減速を警戒した売りが膨らみ、11日の終値は前日比1259円61銭安の6万4011円34銭となった。1カ月ぶりの安値水準だ。

女主人より劣る官邸の面々
 にもかかわらず、高市はお気楽なものだ。平日は官邸に出ても身内程度にしか会わず、自己PRのX三昧。週末は公邸おこもりが定番だ。
 きのうはきのうで、自己愛を炸裂させていた。官邸エントランスには、27年に横浜市で開かれる国際園芸博覧会(花博)のマスコットキャラクター「トゥンクトゥンク」の置物が昨年10月から設置されている。
 会話機能の更新にあたり、どんな声掛けをするのかと思えば「きょうの私はどう?」。置物は「ステキだね。お花みたいにかわいいよ」と返し、忖度能力の高さをうかがわせた。
 関係者が細心の注意を払った結果だろう。見え方ばかりに頓着する高市は「気分上がったわ」と満面の笑みを浮かべて閣議に向かった。
 政治評論家の本澤二郎氏はこう言った。
「高市氏は内閣改造・党役員人事にあたり、党本部が実施した『役職希望アンケート』を全て読み込んだと言っていた。女房役の木原官房長官もそれを強調していましたが、それが首相の仕事ですか? 党内基盤が弱い上、幹事長経験もないため党内情報に疎いのは分かりますが、首相の貴重な時間と労力をそんな作業に費やすなんて前代未聞ですよ。首相の側近は高市氏よりも能力も経験も劣る面々ばかり。そういう人物しか周りに置かない。そんな顔ぶれで官邸を回しているから、内政も外交もメチャクチャなんです」

 そうして高市は経済成長と財政規律を両立するとうそぶく。二兎を追う唯我独尊首相を野放しにすれば、この国は待ったなしのところまで追い込まれる。