2019年8月23日金曜日

GSOMIA破棄! 日韓関係をここまで悪化させた安倍政権

 韓国政府は22日、日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA破棄決定しました。日本側は、米国が同協定の解消に反対しているからそこまではしないだろうと踏んでいたようですが、韓国は安倍政権ほど拝米主義ではなかったということで、自国の意志を貫きました。
 そもそも日本が行った韓国の「ホワイト国外し」は、要するに「韓国は信用できない国だ」と世界に向かって公言したということなので、韓国にすればそんな国と同協定を維持する義理はないと判断したのでした。
 これまで韓国側は北朝鮮のミサイル発射ごとに直ちにその情報を伝えてくれましたが、日本側の発表は常にそれがどこかの海に着弾してからでした。逆に何か日本側から重要な情報を韓国に与えたことがあったのでしょうか
 
 いずれにしても韓国の廃棄決定は日本の意表をつくもので、日本にとって衝撃だったのは事実です。河野外相は22日、「現下の安全保障環境を完全に見誤った対応と言わざるを得ない。協定と日本の輸出管理の運用見直し全く次元の異なる問題であり、受け入れられない(要旨)」とする談話を発表し、韓国側から事前連絡がなかったことに同日夜、駐日大使を外務省に呼んで抗議しました。
 しかし廃棄は22日に決めたようなので事前通告のしようがないし、「次元が違う問題」であるからこそ独自に判断が出来るわけで、それを「受け入れられない」などと言えるものでもありません。
 
 そもそも韓国側が廃棄する可能性もあることは以前から言われていたことで、それを「米国の意向に反することはしない筈」と独善的に考えていたことに日本側の誤りがあります。それを河野氏のように騒ぎ立てるのは醜いことです。
 
 これによって拉致問題をはじめさまざま支障が生じることは明らかですが、そうしたことをすべて見越したうえで安倍政権は「韓国たたき」に踏み出したのではなかったのでしょうか。もはや後の祭りなのに、この期に及んで協定廃棄を新たな「韓国たたき」の材料にする不毛は止めて欲しいものです。
 LITERAの記事を紹介します。
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GSOMIA破棄!日韓関係をここまで悪化させた安倍政権、八代弁護士・有本香ら安倍応援団は「嫌なら来るな」の大合唱
LITERA 2019.08.22
 22日午後、韓国政府が日本との軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を更新しないことを決定した。報道によれば韓国政府は、日本政府による対韓輸出規制について「明確な根拠を示さなかった」とし、「両国の安全保障協力の環境に重大な変化をもたらした」ことを理由にしているという。安倍政権の反発は必至だ。
 GSOMIAは二国間で防衛上の機密情報を共有する協定で、2016年以降、これに基づいて北朝鮮によるミサイル発射実験等での情報提供が行われてきた。安全保障上の影響は決して低くない。
 
 さっそくTwitterなどでは、ネトウヨたちがまたぞろ「また国交断絶へと前進したなw」などと快哉を叫んでいるが、そもそもこの問題の始まりは安倍政権が仕掛けた“韓国バッシング”にある。周知の通り、安倍政権は人権問題である徴用工問題などに対する事実上の報復措置として韓国への輸出規制や「ホワイト国」除外に打って出た。これは、参院選での争点くらましの目的があったが、当然、韓国政府と世論の強い反発を招き、それがとうとう後戻りのできないところまでいってしまったというわけだ。
 しかし、この間、マスコミからは安倍政権の仕掛けた“嫌韓キャンペーン”を諌めるような声はまったく上がっていない。それどころか、“嫌韓キャンペーン”の片棒をかついできたのがマスコミ、とりわけテレビワイドショーなどの御用コメンテーターたちだ。彼らは盲信的に安倍政権の正当性を主張し、韓国に対してヘイトまがいのコメントを連発する。それに乗せられて世論も「韓国けしからん」一色に染まり、安倍政権の暴走をみすみすと許してしまったのだ。
 
 しかも、ワイドショーの“嫌韓キャンペーン”はどんどんエスカレートし、最近では「韓国は五輪に来るな」「韓国人観光客はいらない」というようなファナティックなことまで平気で言うようになった
 その筆頭が、『ひるおび!』(TBS)の八代英輝弁護士だ。八代弁護士といえば、もともと露骨な安倍政権寄りの“御用コメンテーター”だが、とくに韓国絡みの話題では、ハンギョレ新聞と中央日報、朝日新聞を「反日三羽烏みたいなもん」と放言するなど、完全に底が抜けた状態になっている。
 
 その八代弁護士が、20日放送の『ひるおび!』でも“韓国は東京オリンピックに来なくていい”と言い放っていた。
 番組では、福島第一原発事故の汚染水の処理をめぐって、韓国外交省が在韓日本大使館公使を呼んで事実関係の確認と今後の計画の説明を求めたという報道を取り上げ、「韓国メディアでは日本政府による対韓輸出管理厳格化の対抗措置の一つではないかとの見方も出ている」との話が紹介された。
 続けて「韓国 五輪準備に疑義」なる産経新聞の記事も取り上げ、「韓国オリンピック委員会が福島第一原発事故の影響を念頭に、食の安全や選手の健康を懸念する事前通知を日本側に送付していた」「日韓関係の摩擦が五輪をめぐる国際会議の場にも持ち込まれた形だ」との報道が垂れ流された。
 
 これに対してコメントを求められた八代弁護士は、「まあ、非常に嫌なときに嫌なことをついてくるなというのが印象なんですけども」と言い、「汚染水処理の問題はいまさら韓国に言われるまでもない」と海洋への希釈投棄について説明したうえで、こう述べた。
「一方で、韓国からこういうことを言う。韓国は本当は隣国で、たとえばこの東日本大震災でいまだに5万4000人もの避難住民の方が日本にはいる。そういった方に対してお見舞いの言葉を言うならまだしも、この関税の報復としてね、汚染水処理の問題をあからさまに取り出してきて、しかもオリンピックにまでそれをかこつけて言ってくる。非常になんて言うんですかね、まあ正直言ってゲスな主張してきてるなと思うんですけども」
 
八代弁護士「東京五輪、嫌なら来なくて結構」、有本香「「交流大事」という押し付けはやめていただきたい」
 いや、海を隔てた隣国であり、かつ東京でオリンピックが開催されるからこそ、原発汚染水の安全問題に懸念を示すのは当たり前だろう。それを「輸出規制への報復」と決めつけてバッシングのダシにするとは、いったいどういう了見をしているのか。だが、完全に“嫌韓イデオローグ”と化した八代弁護士は、さらにこう畳み掛けたのだった。
「日本はこのオリンピックの問題に対して期間中、韓国に対して他の国とは違って個別対応するっていう姿勢を示してるんですね。ようするに丁寧な説明を韓国にだけするってことだと思うんですが、そんなの必要ないですよね。嫌だったら別に来なくても結構だ、というスタンスでいいんじゃないでしょうか」
 
 いやはや「嫌なら来るな」と言い放つなんて、まがりなりにも「平和の祭典」とされているオリンピックを何だと思っているのか。それこそ、八代弁護士のほうが韓国バッシングに利用しているではないか。だが、『ひるおび!』ではMCの恵俊彰も他のコメンテーターも、八代弁護士の発言になんら異論を唱えず、これがさも「正論」かのように進んでしまったのである。
 五輪だけではない。安倍政権と文在寅政権の対立で、民間レベルでも日韓の友好イベントやアイドルなどのエンタテインメントによる交流、さらには学校の修学旅行などが中止・延期となり、韓国から日本への観光客も減少している。これは、経済的損失はもとより文化交流にも多大なる悪影響を与えているということだ。
 
 そんななか、自治体や民間の努力によって、交流を継続しようとする動きもある。たとえば、北海道と札幌市などは19日、新千歳空港や旭川空港で韓国発の飛行機に登場した韓国人の歓迎セレモニーを開催。到着ゲートにはハングルで「北海道へようこそ」と書いた横断幕を掲げた。報道では、訪れた韓国人からの「政府間の関係が悪くても個人の良いつながりは保てると思う」「歓迎の気持ちが伝わった」というような話も伝えられている。
 ところが、安倍応援団はこうした歓迎セレモニーまでバッシングしている。たとえば、最近、自民党に所属しながらリベラル寄りの発言をしている武井俊輔衆院議員が〈日韓関係の悪化に伴い、LCC(格安航空)の運休減便が続発。民間交流、青少年交流に影響が出ないよう努力を続けています。来なくていい!と威勢良くいう方もいますが観光に深刻に影響が出ます〉と当たり前のツイートをしたのだが、これにネトウヨが「韓国人は日本に来なくていい!」などと怒り狂った。そして、この武井氏のツイートに対しては、安倍応援団文化人の有本香氏が〈LCCで来る人たちにはそれなりのサービスで応じるのが筋。一般の国民全般に「暖かいサービスを」「交流大事」という勇ましい押し付けはやめていただきたい〉と理解不能の主張で絡みだした。たとえばこんな応酬をしている。
 
韓国からの観光客減少に菅官房長官は「中国、欧米は伸びている」と強弁
武井議員〈先程書きました韓国人観光客へのおもてなしについて、来なくていい、迷惑だなどと口汚い言葉の羅列は恥ずかしく暗澹たる思いがします。政治が難しい関係の中、自分のお金と時間を遣って、訪日して頂く方を歓迎すること、それが美しい日本ではないのではないのか、もう一度考えて頂きたいものです。〉
有本氏〈どんな汚い言葉の羅列かは不明ですが、外国人観光客は「来なくていい」「迷惑だ」という国民の声は聞かないということでしょうか。観光産業は良くも悪くも「水もの」的業種。容易に日銭は稼げるが、環境変化に左右され易い。ましてや観光客送り出しを政治カードに使う国への依存は非常に危険です。〉
 
 いや、誰が見たって武井議員のほうがまともな感覚だと思うが、ようするに、有本氏はLCCがどうのこうのとか詭弁を弄し(もっとも、それ自体が頭が悪すぎるというか差別的である)ながら、結局のところ、言いたいのは“韓国人は日本に来るな!”というネトウヨのヘイトそのものなのである。
 もはや言葉もないが、日本ではいま、こうしたネトウヨを地で行く“韓国排除言説”が大手をふってまかり通っている。もう一度言うが、その流れをつくったのは間違いなく安倍政権だ。事実、政権幹部は文在寅政権批判だけでなく一般の韓国市民をも攻撃の対象とし、徹底して“韓国人は日本に来なくていい”というヘイト・キャンペーンを打ってきた。
 たとえば菅義偉官房長官は先月31日の会見で、日韓の関係悪化で韓国からの旅行客が減少に向かっていることを指摘されて、「中国(からの観光客)は11%以上伸び、アメリカやヨーロッパも二桁伸びている。今年に入っても(訪日外国人の)伸びは続いていることは事実だ」と“問題にしない”との姿勢を見せつけている。さらにこの間、韓国政府幹部との会談などで挑発的な言動を繰り返してきた河野太郎外相、安倍首相の片腕である甘利明元経産相や萩生田光一幹事長代行らも、もはやどうしようもなく低レベルな煽りを繰り返していた。
 
 そうした挑発の結果、韓国政府も引くに引けなくなり、今回のGSOMIA打ち切り決定のような措置をせざるをえなくなったのだろう。当然、このままでは、とてもではないが東京五輪を契機にした平和的な友好関係の再構築なども望めない。実際、韓国が東京五輪をボイコットすれば、ホスト国である日本は国際的にも厳しい目で見られるだけでなく、今後の北朝鮮の核問題交渉でも、またもや日本だけが“蚊帳の外”に置かれるのは必至。当然、拉致問題についてもますます難しくなってくる。
 
 何度でも言う。安倍政権とマスコミが“嫌韓キャンペーン”を煽りまくって貿易問題を政治利用した結果、日韓関係の悪化は安全保障上のリスクにまで発展し、この国で生活する人々を危険にさらすことになった。この期におよんでも国民は、安倍首相が招いた状況のヤバさがわからないのだろうか。(編集部)

昭和天皇「拝謁記」 沖縄の2紙が社説で取り上げる

 故田島道治初代宮内庁長官が昭和天皇とのやりとりを詳細に記録した「拝謁記」の一部がNHKにより公開されました。
 沖縄地方紙の琉球新報と沖縄タイムスが社説で取り上げました。
 
 沖縄と昭和天皇との関係では何よりも1947年9月の「天皇メッセージがあります。
 それは「琉球諸島の軍事占領の継続を米国に希望し、占領は日本に主権を残したまま25年から50年、あるいはそれ以上』米国に貸与するというもので、宮内府御用掛だった故寺崎英成氏を通じてシーボルトGHQ外交局長に伝えられました。
 
 本土で米軍基地反対闘争が起きていた1953にも、昭和天皇は「全体の為之がいいと分れば一部の犠牲はやむを得ぬと考「誰かがどこかで不利を忍び犠牲を払ねばならぬ」と発言しています。
 既に新憲法が施行され「象徴天皇」になっていましたが、戦前の意識が残っていたとしか考えられません
 
 旧天皇制の天皇在位中の1945年2月、近衛文首相が早期の終戦を上奏した際に「もう一度戦果をあげてから」と退けたことも知られています。しかし最早「戦果をあげる」可能性は残っていませんでした。以後は終戦を上奏する余地もなくなって、本土各都市への空襲や広島・長崎への原爆投下などで、国民は筆舌に尽くし難い惨禍に苦しみました。取り分け沖縄では、米軍が上陸してきたため極めて悲惨な事態に陥りました。
 
 天皇が早く終戦を決意し行動を起こしていれば、沖縄戦の多大な犠牲も広島、長崎の原爆投下も避けられたかもしれません。
 昭和天皇との関連で沖縄は少なくとも3度切り捨てられています。根底にあるのは全体のためには一部の犠牲はやむを得ないという思考法でした。
 2紙の社説を紹介します。
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<社説> 昭和天皇「拝謁記」 戦後責任も検証が必要だ
琉球新報 2019年8月21日
 初代宮内庁長官の故田島道治氏が昭和天皇とのやりとりを詳細に記録した「拝謁(はいえつ)記」の一部が公開された。それによると、本土で米軍基地反対闘争が起きていた1953年、昭和天皇は「全体の為(ため)ニ之がいいと分れば一部の犠牲は已(や)むを得ぬと考へる…」「誰かがどこかで不利を忍び犠牲を払ハねばならぬ」(引用部は一部原文のまま)などと述べていた。
 昭和天皇が47年、米軍による沖縄の長期占領を望むと米国側に伝えた天皇メッセージ」の根本にある考え方と言っていいだろう。
 沖縄を巡り、昭和天皇には「戦争責任」と「戦後責任」がある。歴史を正しく継承していく上で、これらの検証は欠かせない。
 
 45年2月、近衛文麿元首相が国体護持の観点から「敗戦は必至」として早期和平を進言した。昭和天皇は、もう一度戦果を挙げなければ難しい―との見方を示す。米軍に多大な損害を与えることで講和に際し少しでも立場を有利にする意向だった。
 さらに、45年7月に和平工作のため天皇の特使として近衛元首相をソ連に送ろうとした際には沖縄放棄の方針が作成された。ソ連が特使の派遣を拒み、実現を見なかった。
 そして47年9月の「天皇メッセージ」である。琉球諸島の軍事占領の継続を米国に希望し、占領は日本に主権を残したまま「25年から50年、あるいはそれ以上」貸与するという擬制(フィクション)に基づくべきだ―としている。宮内府御用掛だった故寺崎英成氏を通じてシーボルトGHQ外交局長に伝えられた。
 既に新憲法が施行され「象徴」になっていたが、戦前の意識が残っていたのだろう。
 これまで見てきたように、昭和天皇との関連で沖縄は少なくとも3度切り捨てられている。根底にあるのは全体のためには一部の犠牲はやむを得ないという思考法だ。
 
 こうした考え方は現在の沖縄の基地問題にも通じる。
 日本の独立回復を祝う52年の式典で昭和天皇が戦争への後悔と反省を表明しようとしたところ、当時の吉田茂首相が反対し「お言葉」から削除されたという。だからといって昭和天皇の責任が薄れるものではない。
 戦争の責任は軍部だけに押し付けていい話ではない。天皇がもっと早く終戦を決意し、行動を起こしていれば、沖縄戦の多大な犠牲も、広島、長崎の原爆投下も、あるいは避けられたかもしれない。
 
 「拝謁記」で、昭和天皇が戦前の軍隊を否定しつつも、改憲による再軍備を口にしていたことは驚きだ。憲法99条は天皇や国務大臣など公務員に「憲法尊重擁護の義務」を課している。象徴である天皇自身が憲法改正を主張することは許されないはずだ。
 
 「拝謁記」で明らかになった昭和天皇の発言が、現政権による改憲の動きに利用されることはあってはならない
 
 
社説 [ 昭和天皇「拝謁記」] 今に続く「捨て石」発想
沖縄タイムス 2019年8月21日
 戦後、初代宮内庁長官を務めた故田島道治が昭和天皇の言葉や、やりとりの様子を克明に記した「拝謁(はいえつ)記」が見つかり、内容の一部が公開された。
 昭和天皇が戦争への反省を表明しようとしていたことや、改憲による再軍備の必要を主張していたことが明らかになった。
 拝謁記は田島が、宮内庁(当時は宮内府)長官に任命された翌年の1949年2月から退官した53年12月の間に昭和天皇とのやりとりを書き留めたものだ。手帳やノート18冊分になる。
 
 その一部を、保管していた遺族から提供されたNHKがメディアに公表した。
 昭和天皇との対話を詳細に記録した貴重な資料の中で目を引くのが、基地問題に触れた記述だ。
 「全体の為ニ之がいゝと分れば 一部の犠牲ハ已(や)むを得ぬと考へる事、その代りハ 一部の犠牲となる人ニハ 全体から補償するといふ事ニしなければ 国として存立して行く以上 やりやうない話」(53年11月)とある。
 53年といえば、米軍統治下にあった沖縄では、米国民政府の「土地収用令」が公布され、「銃剣とブルドーザー」による土地の強制接収が始まったころだ。
 本土でも米軍基地反対闘争が起こっていた。反基地感情が高まり、本土の米海兵隊の多くが沖縄に移転した。
 「一部の犠牲」が沖縄に負わされる形で、今も、国土面積の0・6%にすぎない沖縄県に米軍専用施設の約70%が固定化されている。
 国の安全保障を沖縄が過重に担う現在につながる源流ともいえる言葉だ。
    ■    ■
 戦時中、沖縄は本土防衛のための「捨て石」にされた。
 47年9月、昭和天皇が米側に伝えた「天皇メッセージ」では、「アメリカによる沖縄の軍事占領は、日本に主権を残存させた形で、長期の-25年から50年ないしそれ以上の-貸与(リース)をする」と、昭和天皇自らが、沖縄を米国に差し出した
 今回明らかになった「一部の犠牲はやむなし」の思考はこれらに通底するものだ。
 米軍の駐留について「私ハむしろ 自国の防衛でない事ニ当る米軍ニハ 矢張り感謝し酬(むく)ゆる処なけれバならぬ位ニ思ふ」(53年6月)と語ったとの記録もあり、今につながる米国とのいびつな関係性を想起させる。
    ■    ■
 昭和天皇は、日本の独立回復を祝う52年5月の式典への言葉に「私ハどうしても反省といふ字をどうしても入れねばと思ふ」と語ったという。「戦争を御始めになった責任があるといはれる危険がある」と当時の吉田茂首相に反対され、削除された。
 昭和天皇がこのときに戦争責任を認め、反省を表明していれば、植民地支配したり、侵略したアジア諸国に対する戦後の外交も違ったものになっていたのではないか
 拝謁記で明らかになった事実は、歴史の空白を埋める新たなピースだ。戦争責任を巡る反省は今なお日本の問題として目の前にある。

23- 昭和天皇「拝謁記」 戦争責任 国民的議論を

 NHKがこのほど一部公表した田島道治初代宮内庁長官昭和天皇とのやりとりを記録した手記:「拝謁記」を、しんぶん赤旗が21日と22日に取り上げました。
 
 天皇の戦争責任に関して私たちの記憶に残っているのは、1975年10月31日、NHKで昭和天皇の記者会見が報じられ、戦争責任を問われた際に、「そういう言葉のアヤについては、私はそういう文学方面はあまり研究もしてないので、良くわかりませんから、そういう問題についてはお答ができかねます」というものでした。
 手記によれば、昭和天皇は「私どうしても反省といふ字をどうしても入れねばと思ふ」(52111日)などと強く希望したものの、吉田首相が「戦争を御始めになつた責任があるといはれる危険がある」などと反対し、「反省」を述べた一節が削除されたとされます
 終戦から随分と日が経っているので、「反省」に触れる以上は完璧なものでなければならないと吉田首相は考えたのかもしれません。
 
 これについて、日米開戦(1941年)をめぐって、天皇は自らが出席した「御前会議」で開戦が決定されたにもかかわらず、「平和を念じながら止められなかった」「東條内閣の時既に病が進んで最早どうすることも出来ぬといふ事になつてた」(511214日)と述べているほか、「太平洋戦争近衛が始めたといつてよいよ」(5245日)と近衛文麿元首相に責任を全面転嫁しています。
 しんぶん赤旗は「拝謁記」には、侵略戦争の責任をめぐる昭和天皇の極めて矛盾した心情がつづられてる としています
 
 また昭和天皇がたびたび改憲と再軍備に言及し、「吉田には再軍備の事憲法を改正するべきだといふ事を質問するやうに でもいはん方がいゝだらうネー」(52218日)などと述べ、田島氏から「憲法の手前そんな事いへませぬ」などといさめられたことに触れ、しんぶん赤旗は、天皇の地位が新憲法下で「象徴」へと変わり、「国政に関する権能を有しない」ことになったことを昭和天皇が理解せず、戦前の元首意識を多分に残していたことをうかがわせる としています
 
 しんぶん赤旗の記事を紹介します。
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侵略戦争 昭和天皇 自己弁護と「反省」 初代宮内庁長官の手記 公開
首相の反対で「封印」
しんぶん赤旗 2019年8月21日
 戦後約5年半にわたり初代宮内庁長官などを務めた田島道治氏が、昭和天皇とのやりとりを記録した手記が公開されました。計18冊の手帳やノートに書き込まれた文書の中には、昭和天皇が戦争への「反省」の気持ちを表明したいとの意向を明らかにしていたことや、再軍備の必要性を繰り返し発言していたことなどがつづられています
 
 田島氏は1948年から宮内庁の前身の宮内府や同庁のトップを務め、在任中、600回を超える昭和天皇との対話を詳細に記録。手帳には「拝謁記」と記されており、遺族から提供を受けたNHKが一部を公開しました。
 手記には、昭和天皇が1952年5月、サンフランシスコ講和条約を受けた日本の独立回復を祝う式典での「おことば」で「反省」の気持ちを表明したいと田島氏に伝えたものの、当時の吉田茂首相の反対で削除されたとのやりとりが記録されています。昭和天皇は「どうしても反省といふ字をどうしても入れねばと思ふ」(同年1月11日)、「私ハ反省といふのは私ニも沢山(たくさん)あるといへばある」(同2月20日)などと強く希望したとされます。昭和天皇が戦争への「反省」を述べようとしたこと、それが首相の反対で「封印」されたことを示す史料です。
 
 一方で、戦争の開始については「平和を念じながら止められなかった」「東条内閣の時ハ既ニ病が進んで最早(もはや)どうすることも出来ぬといふ事になつてた」(51年12月14日)などと繰り返し自己弁護を展開陸海軍の統帥者として侵略戦争に直接の責任を負っていたことへの自覚はまったくみられません
 また、南京虐殺事件(1937年)について「支那事変で南京でひどい事が行ハれてるといふ事をひくい其筋(そのすじ)でないものからウスウス聞いてはゐたが別ニ表だつて誰れもいはず従つて私は此事(このこと)を注意もしなかつた」と述べるなど、日本軍の蛮行を当初から知っていたことが記されています。
 
 さらに、終戦にかんして「私ハ実ハ無条件降伏は矢張りいやで、どこかいゝ機会を見て早く平和ニ持つて行きたいと念願し、それには一寸(ちょっと)こちらが勝つたような時ニ其(その)時を見付けたいといふ念もあつた」(52年3月14日)という記述もあります。1945年2月に近衛文麿元首相が早期終戦を上奏した際、「もう一度戦果をあげてから」と退けたことは知られていますが、天皇の肉声として「一撃講和論」が明らかになったのは初めてです。ここには、体制維持(天皇制護持)を優先し、東京大空襲や沖縄戦、広島・長崎への原爆投下など筆舌に尽くし難い惨禍を招いたことへの反省はみじんもみられません
 
 昭和天皇は生涯、公には戦争への「反省」を口にしませんでした。しかし、今回、きわめて不十分であっても自ら「反省」をのべていたことが明らかになった以上、侵略戦争の責任がどこにあったのか、天皇の役割と責任はどうだったのか、国民的な検討と議論が求められます。
 
 
昭和天皇「拝謁記」公開 戦争責任 国民的議論を
しんぶん赤旗 2019年8月22日
 NHKがこのほど一部公表した田島道治初代宮内庁長官が昭和天皇とのやりとりを記録した手記(「拝謁記」)には、侵略戦争の責任をめぐる昭和天皇の極めて矛盾した心情がつづられています。
 
「反省」表明望む
 田島氏の手記で注目されたのは、昭和天皇がサンフランシスコ平和条約発効後の日本の独立を祝う式典で戦争への「反省」の気持ちを表明したいと田島氏に伝えたものの、当時の吉田茂首相の反対で削除されたとされる部分です。
 昭和天皇は生前、公には戦争への反省を表明したことは一度もありませんでした。記者会見で戦争責任を問われても、「そういう言葉のアヤについては、私はそういう文学方面はあまり研究もしてないので、良くわかりませんから、そういう問題についてはお答ができかねます」(1975年10月31日)と回答を拒否していました
 
 手記によれば、昭和天皇は「私ハどうしても反省といふ字をどうしても入れねばと思ふ」(52年1月11日)などと強く希望しながら、吉田首相が「戦争を御始めになつた責任があるといはれる危険がある」などと反対し、昭和天皇が戦争への「反省」を述べた一節が削除されたとされます。
 もし昭和天皇が戦争への「反省」を当時、曲がりなりにでも表明していれば、日本の行った戦争が「自存自衛の戦争」「アジア解放の戦争」だったなどの誤った歴史認識がいまだに「靖国派」などを中心に主張されている今日の状況が大きく変わっていた可能性があります。昭和天皇の開戦責任を回避するため、吉田首相が昭和天皇の「反省」を封印した事実は重大です。
 
責任を全面転嫁
 同時に、手記は、戦争への「反省」を述べながらも、自己弁護を繰り返し、陸海軍の統帥者として侵略戦争に直接の責任を負っていたことへの自覚がまったく見られない昭和天皇の姿を示すものとなっています。
 例えば日本軍による南京虐殺事件(1937年)について昭和天皇は「ウスウス聞いてはゐ(い)た」が、「此事(このこと)を注意もしなかつた」と、日本軍の蛮行を当初から知っていながら問題を放置していたことを語っています。
 日米開戦(1941年)をめぐっても、自らが出席した「御前会議」で開戦が決定されたにもかかわらず、「平和を念じながら止められなかった」「東條内閣の時ハ既に病が進んで最早(もはや)どうすることも出来ぬといふ事になつてた」(51年12月14日)と述べているばかりか、「太平洋戦争ハ近衛が始めたといつてよいよ」(52年4月5日)と近衛文麿元首相に責任を全面転嫁しています。
 
 さらに、戦局が絶望的になりながら無謀な戦争を継続したことについて「私ハ実ハ無条件降伏は矢張(やは)りいやで、どこかいゝ機会を見て早く平和ニ持つて行きたいと念願し、それには一寸(ちょっと)こちらが勝つたやうな時ニ其(その)時を見付けたいといふ念もあつた」(52年3月14日)と告白していますが、その結果、東京大空襲や沖縄戦、広島・長崎への原爆投下など筆舌に尽くしがたい惨禍を招いたことへの反省はうかがえません。
 それどころか、終戦をもっと早くできなかったのかという疑問に対し、「事の実際としてハ下剋上(げこくじょう)でとても出来るものではなかつた」(51年12月17日)と述べて、自己の責任をあくまで否定しています。
 今回の手記の公開を機に、侵略戦争の責任がどこにあったのか、昭和天皇の役割と責任はどうだったのか、改めて国民的な検討と議論が求められます。
 
再軍備など求め
 手記にはさらに、昭和天皇がたびたび改憲と再軍備に言及し、「吉田ニハ再軍備の事ハ憲法を改正するべきだといふ事を質問するやうに でもいはん方がいゝだらうネー」(52年2月18日)などと述べ、田島氏から「憲法の手前そんな事ハいへませぬ」などといさめられたことも記録されています。
 天皇の地位が戦前の「統治権の総攬(そうらん)者」から新憲法の下で「象徴」へと変わり、「国政に関する権能を有しない」ことになったことを昭和天皇が理解せず、戦前の元首意識を多分に残していたことをうかがわせる内容です。
 
 今回、NHKが公開したのは、田島氏の計18冊の手帳・ノートの内容の一部にすぎません。研究者や市民が触れることができるよう、内容を全面的に公開することが望まれます。(入沢隆文)

2019年8月22日木曜日

久米宏がワイドショーの嫌韓報道を真っ向批判

 安倍政権による「韓国叩き」に同調して、テレビは連日韓国ヘイトまるだしの解説やコメントがワイドショウなどで流されているということです。日本のマスコミが、安倍政権の意向を忖度して嫌韓報道に奔っている中で、すでに「日本政府はもっと慎重に対応すべき」とか、「国民ももっと冷静になるべき」という当然の意見が出しにくいような雰囲気が形成されていることは、情けないのを通り越して空恐ろしい気がします。
 
 そんななかあの久米宏氏が17日TBSラジオ番組『久米宏 ラジオなんですけど』のオープニングトークで、反発があるのを承知の上でテレビの異常な嫌韓報道を真っ向から批判しました。
 彼は、「国民がやや暴走するようなときに、それを抑えるのがじつはマスコミテレビとか新聞とか雑誌の役割じゃないかと思うが、どうも逆に煽ってるんじゃない見える」と述べ、「テレビが毎日韓国叩きやってのはそれを取り上げると視聴率があがるからではないか。その意味で国民がマスコミを煽ってる面もある(要旨)」とも指摘しています。そんなことに流されるようではそもそもマスコミ、ジャーナリズムと呼ばれる資格はありません。
 久米氏は先月『あさイチ』に登場した際にも、「NHKは独立した放送機関になるべき人事と予算で、国家に首元を握られている放送局があっちゃいけない。~ 絶対、報道機関は独立していないといけない」と述べ、さらにずっと以前、メディアがこぞって期待・歓迎ムードを煽っている東京五輪に対しても、“最後のひとりになっても反対する”と明言したということです
 いずれにしても、そうしたことを敢然と述べるとはなかなかの硬骨漢です。
 
 超酷暑の中で行われる来年の東京五輪では、出場選手やボランティアのなかに熱中症で倒れる人が続出するのではないかと言い出す人が多くなりました。準備委員会は早くも「熱中症対策は自己責任で」と逃げを打っているようですが、そんなことが通用するのでしょうか。こうした国側のデタラメぶりは久米氏の指摘の通りです。
 LITERAの記事を紹介します。
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久米宏がワイドショーの嫌韓報道を真っ向批判!
「テレビが反韓国キャンペーンをやってる」「韓国叩くと数字が上がるから」
LITERA 2019.08.20
 日韓の対立をめぐって、国際社会では日本の責任を問う声が日に日に大きくなっているというのに、日本のマスコミ、特にテレビは相変わらず韓国攻撃一色。ヘイトまるだしの解説やコメントが連日、垂れ流される一方、「日本政府はもっと慎重に対応すべき」「国民ももっと冷静になるべき」という当たり障りのない意見すら口にできない状況になっている
 
 だが、そんななか、あの久米宏がテレビの異常な嫌韓報道を真っ向から批判した。久米は17日に放送された、自身がパーソナリティを務める番組『久米宏 ラジオなんですけど』(TBSラジオ)のオープニングトークで、「このところテレビ、お盆休みということもあって、相変わらず観ているんですけども、ちょっと気になるのありまして。これはニュースと言いますか、ワイドショーのような番組で、日韓関係を取り上げているワイドショーがかなりあって」と切り出し、こうつづけたのだ。
「で、中身がですね、韓国に対して厳しい意見をお持ちの専門家の方をゲストに呼んだり、韓国に冷ややかな見方をしている専門家の人をゲストに呼んだり、あのー、揶揄するようなね、韓国を。(揶揄)するような人たちがひな壇ゲストに並んでいたりするワイドショーがわりと多くて、どうもね、テレビが反韓国キャンペーンをやっているような匂いが、僕、少しだけするんです。それってどうなのかなって」
 
 テレビのワイドショーが反韓国キャンペーンをやっている──。この久米の指摘は言うまでもなく正しい現状認識だ。実際、『大下容子ワイド!スクランブル』(テレビ朝日)ではマンガ家の黒鉄ヒロシが「断韓」という文字を掲げて国交断絶を訴えたり、『ひるおび!』(TBS)では安倍応援団コメンテーターの八代英輝弁護士が、輸出規制問題の報道についてハンギョレ新聞と中央日報、朝日新聞を「反日三羽烏みたいなもん」と言い出したり、完全に暴走状態。しかも、久米の言うとおり、こうしたワイドショーに「専門家」として引っ張りだこになっているのは、『韓国人に生まれなくてよかった』(悟空出版)などというヘイト本の著者である武藤正敏・元在大韓民国特命全権大使。コメンテーターも解説者も一緒になって“韓国が全部悪い”と連呼しつづけているのである。
 
 そして、久米は、こうした「反韓国キャンペーン」状態にあるテレビのワイドショーについて、このように批判した。
「あの、国民がやや暴走するようなときに、それを抑えるのがじつはマスコミね、テレビとか新聞とか雑誌の役割じゃないかと、僕は思っているんですけど、どうも国民の感情が暴走しそうなのを、逆に煽ってるんじゃないかって、僕から見ると見えるんですけど」
「世論をね、なだめるような仕事をするのがマスコミの仕事じゃないかと思うんですけど、どうもね、最近ね、必要以上に韓国を非難している」
 本来は、世論が暴走しているときには冷静に「なだめる」のがマスコミの仕事であるのに、いまの状態は、テレビが国民の感情を煽っているのではないか。そう久米は批判したのだ。
 まったくそのとおりだろう。国内世論は完全に「韓国が悪い」「関係修復を望む言説は反日」という風潮一色に染まり、「和解」や「慎重な対応」を求めただけで「反日」と攻撃を加える、まるで戦争前夜のような空気に支配されている。「世論をなだめる」というマスコミの役割を捨てているのだ。
 
嫌韓報道の正体を「視聴率至上主義」と喝破した久米宏のタブーに切り込む姿勢
 一体なぜ、テレビはこんな報道をつづけているのか。久米の見立てはこうだ。
「もしかするとね、いま韓国を叩くとね、数字が上がるんじゃないかってね。(中略)そうじゃなきゃ、連日やってるワイドショーもあるんですよ。毎日、韓国叩きやってるんですよ」「これ、たぶんね、数字がいいんじゃないかなって。民放ってやりかねませんからね。数字が良ければなんでも」
 悪しき視聴率至上主義の弊害──。久米は加えて「数字が良いってことは、つまり、韓国叩きをやると喜んでテレビを観る人が多いってことにつながっていくわけですから、これはこれでまたね、もしかするとマスコミが国民を煽ってるんじゃなくて、国民がマスコミを煽ってるっていうね」とも述べたが、「嫌韓」という国民の劣情を、視聴率が取れるからといってテレビが煽動していることに間違いはない。いや、そもそもは安倍政権が「歴史修正」と「報復」にこだわって、国民の嫌韓感情にお墨付きを与えている状況があり、テレビも心置きなく韓国叩きに精を出していると言うべきだろう。
 
 そんな国家ぐるみで「嫌韓」感情が醸成されつづけるなかで、「テレビがやっていることは『反韓国キャンペーン』だ!」とはっきり物申した久米。放送人として至極真っ当な批判だが、しかし、電波にのせてこうした当然の批判をおこなっているのは、久米と、あとはジャーナリストの青木理くらいだ。それほど放送メディアのなかでは「『嫌韓』批判」がタブーになってしまっているという証拠だろう。
 メディアがタブーにする問題にも、しっかり切り込む。現に、久米といえばこれまでも、メディアがこぞって期待・歓迎ムードを煽っている東京五輪に対しても、“最後のひとりになっても反対する”と明言。「東京都民が決めたんじゃないんですよ。勝手に決めたのを上から押し付けていいのかってこと」「福島の復興のためだって言ってますけど、福島の人はよろこんでいるのか、東京での五輪を」と猛烈に批判。五輪そのものに反対しているだけでなく、上が決めたことを押し付け、国民がその決定に唯々諾々と従う、この国のあり方にNOの声をあげてきた。
 さらに、先月に『あさイチ』(NHK)に登場した際にも、「僕はやっぱりNHKは独立した放送機関になるべき」と言及し、こう述べた。
人事と予算で、国家に首元を握られている放送局があっちゃいけないんですよ。そういう国は先進国とは言えないです。絶対、報道機関は独立していないといけない」
「アンチ政府、アンチ国家の放送局、新聞があってしかるべきなんですよ。だいたいみんな同じになって。すっかり流行語になった忖度みたいなところで、よくないと思いますよね」
 
日本の嫌韓ムードを「子どものケンカ」「政治家が煽るなんてとんでもない話だ」と一刀両断
 N国(NHKから国民を守る党)とはまったく違い、権力と対峙するためにNHKは独立機関にならなければならないと当のNHKの番組で堂々と説く。タブーを恐れないその姿勢は、今回の嫌韓報道への批判にも貫かれている。久米は、テレビの報道を「反韓国キャンペーン」と表現したあと、こう口にした。
「いまラジオ聴いてる方でね、『バカヤロー』って声が聞こえてきているんですけどね(笑)」「『何を言ってるんだ、久米のバカヤロー。韓国のマスコミはもっとひどいぞ。もっと反日キャンペーンをやってるんだ』っていう反論があると思うんですけど、向こうがやったらこっちもやるっていうのは、これはね、昔から言うの。『子どものケンカ』って言うんですよね(笑)」
 リスナーから起こるであろうリアクションにもしっかり釘を刺す。そして久米は、最後にこのように投げかけたのだ。
隣の国とは仲良くしたほうが、絶対にいいんですよ。両方の国にとって、経済的にも、すべてプラスになるのね。まあね、国民が煽るのも良くないし、マスコミが煽るのも良くないし、ましてや政治家が煽るなんてことはとんでもない話だと、私は思います」
 
 マスコミはもちろんのこと、政治家が隣国に対する嫌悪感情を煽るなどもってのほかだという、ごくごく常識的な久米のような意見が、テレビではまったく見られない異常。──1994年のルワンダ大虐殺では多数派のフツ族系の民放ラジオ局「千の丘」が、少数派のツチ族への民族憎悪を扇動するキャンペーンをおこない、フツ族たちのすぐ隣で生活してきたツチ族たちが大勢殺された。いまメディアは同じようなアジテーションを繰り広げていることの危険性を、はたして自覚しているのだろうか。 (編集部)