2026年2月23日月曜日

ガザ・西岸地区 民族浄化の懸念高まる 国連人権報告書イスラエルを非難

 しんぶん赤旗に掲題の記事が載りました。

 国連人権高等弁務官事務所は19日、報告書を発表し、イスラエルの攻撃の増加などにより、ガザ地区に加えヨルダン川西岸地区で「民族浄化の懸念が高まっている」と述べました
 報告書の対象期間は202411月から25年10月1年間で、少なくとも2万5594人が殺され少なくとも子ども157人を含む463人が餓死しました。報告書は、餓死や栄養失調について、「人道支援物資の搬入阻止などイスラエルの行動の直接的な結果だ」と述べ、「戦争の手段として民間人の飢餓を利用することは戦争犯罪だ」と指摘しました。
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ガザ・西岸地区 民族浄化の懸念高まる 国連人権報告書イスラエルを非難
                       しんぶん赤旗 2026年2月22日
OHCHRが検証
 国連人権高等弁務官事務(OHCHR)は19日、告書を発表し、イスラエの攻撃の増加などにより、パレスチナのガザ地区ヨルダン川西岸地区で「民族浄化の懸念が高まっいる」と述べました。
 報告書の対象期間は2024年11月から25年10月。ガザ地区について、イスラエル軍による前例のない数の民間人の殺害や負傷、病院、学校、住宅など民間インフラの破壊、飢餓のまん延について詳述し、「集団としてガザに存在し続けることとますます両立しない境遇をパレスチナ人に課している」と指摘しました。
 期間中、ガザ保健当局によれば、少なくとも2万5594人が殺されました。OHCHRはこれを検証し、確認しました。
 少なくとも子ども157人を含む463人が餓死しました。報告書は、餓死や栄養失調について、「人道支援物資の搬入阻止などイスラエルの行動の直接的な結果だ」と述べ、「戦争の手段として民間人の飢餓を利用することは戦争犯罪だ」と指摘しました。
 報告書はヨルダン川西岸地区について、イスラエル部隊による組織的で逮法な武力行使、恣意(しい)的逮捕、拘束中の拷問やその他の虐待、財産の破壊を詳述し、「パレスチナ人を組織的に差別し、抑圧し、統制し、支配するためだ」と指摘しました。
 報告書は違反行為を助長する「武器、弾薬、その他の軍事装備のイスラエルヘの売却、移転を停止する」ようすべての国に強く求めました。
 報告書は他方、ハマスがイスラエル人などを交渉の道具として引き続き拘束し続けたと指摘。「動画や証言によって性的暴力や拷問、虐待行為が明らかになった」と述べ、これらが「国際人法に違反し、戦争犯罪に相当する」と指摘しました。

国論二分する改憲 なぜ許されないか 政治部長 中祖 寅一(しんぶん赤旗)

 中祖 寅一しんぶん赤旗政治部長が掲題の記事を出しました。
 NHK「日曜討論」で「国論を二分する政策」について問われると、高市政権の井上信治幹事長代理は「憲法改正などがその典型」と述べたということです。
 中祖氏はそれは「憲法の根本を全く理解しない傲慢な権力者の姿勢を示すものです。憲法の改正を『国論を二分する』形で行えば、国民と社会が分断され重大な社会的政治的混乱をひき起こすことは明らか」と述べます。
 日本国憲法は硬性憲法(他には米・独など)に分類され、憲法の安定性を保つために憲法改正の手続きが通常の法律よりも厳格で、改正手続きに特別な要件を設けています。

 高市政権はしゃにむに憲法改正とスパイ防止法の制定の必要性を強調し、ひたすら戦前の軍国主義復活を目指していますが、それは国民の思いとは著しく乖離したものです。1415日実施「朝日の調査」で高市政権に「力を入れてほしい政策」は何かを尋ねたところ、最も多かったのは「物価対策」51%で、「憲法改正」は5%でした。また「賛成、反対の意見が分かれている政策」について「積極的に進める方が良いか」「慎重に進める方が良いか」については「慎重に」が63%、「積極的に」が30%でした。
 いうまでもなく9条改憲は戦前の軍事国家に回帰するためであり、「スパイ防止法(戦前の治安維持法)」は「軍事国家化」を進める上で不可欠となる「平和勢力弾圧のための法整備」です。
 中祖氏は高市氏の思い込みが如何に日本国憲法の理念に反したものであるかを丁寧に説明しています。
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<解説ワイド> 国論二分する改憲 なぜ許されないか 政治部長 中祖 寅一
                       しんぶん赤旗 2026年2月22日
 自民党の井上信治幹事長代理15日のNHK「日曜討論」で「国論を二分する政策」について「憲法改正などがその典型だ」と発言し、批判を集めています。
 発言は、憲法の根本を全く理解しない傲慢な権力者の姿勢を示すものです。国の基本秩序を定める憲法の改正を「国論を二分する」形で行えば、国民と社会が分断され重大な社会的政治的混乱をひき起こすことは明らかです。
 憲法改正は国民主権の表れとして行われるもので、国民の間での十分な合意の成熟が必要であることはあまりにも当然です。権力者が「多数」をたのみに憲法改正を持ち出すこと自体が立憲主義にも国民主権にも反するものだと、まず厳しく指摘しておきます。

国民は求めていない
 日本国憲法96条は改憲手続きについて、衆参各院で総議員の3分の2以上の特別多数決で改憲の発議を行い、国民投票における過半数の賛成を必要とすると定めます。
 このように憲法改正は国会の発議と国民投票からなりますが、改正に国民投票を必要とするとしているのはなぜか。憲法は国の在り方の根本を定める法であり、その改定には主権者である国民の直接の関与が必要だからです。改憲の国民投票は「国民主権」の直接の表れとされています。
 また、国会による改憲発議は憲法改正の内容について決定し国民に提案するもの。国民投票は発議に対しイエスかノーかだけを決めるもので、発議は非常に重要な位置にあります。憲法は、改憲発議のイニシアチブを国会に与える一方で、発議が憲法改正案の内容の決定であるからこそ、通常の法律と異なる単純多数決以上の3分の2という重い要件を課しています。そこには国民の意見をよく反映するようにという国民主権が表れています。
 こうして改憲発議にあたっては、主権者である国民の世論動向をよく見て、改憲の論点やその内容について、国民的な議論と合意の形成・成熟を前提に行われることが当然に予定されています。「国論を二分する改憲発議」など本来あり得ないことです
 では「国論を二分する改憲」などという逆立ちした議論がなぜ出てくるのか。それは改憲を「党是」とする自民党はじめ改憲勢力が狙う改憲、とりわけ9条改憲が、国民の中から出てきているものではなく、権力者の側から持ち出された改憲論だからです。
 総選挙後の世論調査(「朝日」14、15日実施)でも総選挙で圧勝した高市政権に「力を入れてほしい政策」は何かを尋ねたところ、最も多かったのは「物価局対策」51%で、「憲法改正」は5%にすぎません。また「賛成、反対の意見が分かれている政策」について「積極的に進める方が良いか」「慎重に進める方が良いか」については「慎重に」が63%、「積極的に」が30%でした。そもそも自民党が獲得した316議席も36%の得票で7割の議席を得たもので、小選挙区制のゆがみによる虚構の多数です。

権力を縛るからこそ
 この問題を考えるもう一つの基本的視点は、憲法が多数決によっても奪えない価値-国民の自由を守り、権力を制限する法だということです。
 憲法改正に3分の2の特別多数による改憲発議と国民投票が要求されるのは、通常の法律と同じ要件で憲法が変えられるとしたら、憲法の拘束力が弱くなってしまうからです。国民の自由や少数者の人権が時の多数者の意思で侵害されないようにする立憲主義の思想です。
 そうだとすれば「国論を二分する」ような問題を国民投票にかけ、たとえわずかな差でも賛成多数であれば憲法を変えて良いとすることには大きな問題があります。たまたま国会で多数議席を得て発議の形式的要件を充たすというだけで「国論を二分する改憲」もできるなら、少数者の人権を否定し、外国人の排除を可能とするような改憲発議も可能となります。そんな改憲は許されません
 憲法前文は、国民主権と民主主義、自由主義、平和主義の理想を示し「人類普遍の原理」としたうえで「これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する」と規定。「これに反する憲法」を排除するというのは憲法改正にも限界があることを示したものです。

■9条は憲法の〝中軸″
 高市自民党が目指す改憲の焦点は9条です。9条改憲が「国論を二分する」議論となってきたのは、権力者による9条改憲の企てが続いてきたからです。その最大の原動力は米国の圧力を背景にした日米同盟強化の動きです。その対極には9条改憲と破壊を許さない市民の連綿とした運動があります。現在の9条改憲は、同2項を削除もしくは空洞化して無制限の集団的自衛権、海外での武力行使を目指すものです。
 米国や日本の権力者にとって、9条は軍事政策の障害でしかありません。
 しかし憲法9条は、日本国憲法のなかで中核的な位置づけを持つ重要な価値です。それは

戦前の日本の侵略戦争への反省の証しとして一切の戦力と軍事的価値を放棄する
戦争は人権の最大の敵と位置づけ軍事を否定することで国民の自由の確保の基礎とする
軍事を否定し軍事費の負担をなくすことは25条と一体で国民の生存権保障を充実する
地方自治制度による中央集権の排除と一体に平和を確保する

9条は、平和を根本的基調として全体が有機的に結びつく日本国憲法の中軸という位置づけをもっています。近代立憲主義が「国家の自衛権」を前提にしてきたのに対し、一切の軍事的価値を否定し、国家の主権を制限した9条2項には立憲主義の現代的発展があります。「国論を二分する」ような状況で、9条を変えるというのはあまりにも乱暴な議論です。
 重大なことは、9条改憲を推進する勢力が、戦前の侵略戦争への反省を投げ捨てこれを「正義の戦争」と正当化していることです。9条改憲論が「国論を二分する」のは重大な歴史の逆行だからです。歴史の検証に耐え得ない無謀かつ乱暴な改憲論を許すわけにはいきません

幇間政治学者たちの護憲左派叩き - 9条改憲へ屈服を促す露払いのキャンペーン

 世に倦む日々氏が掲題の記事を載せました。

 日本の国民はついに高市という極右を首相の座に就けました。高市首相は早速改憲を口にし、さらに「スパイ防止法」の制定を強調しました。
 9条改憲は戦前の軍事国家をめざすためであり、「スパイ防止法(戦前の治安維持法)」は軍国主義を進める上で不可欠となる「平和勢力弾圧」のための法整備です。
 世に倦む日々氏は「幇間政治学者」として政治学者の中北浩爾・中央大教授と牧原出・東大教授を挙げ、「高市旋風」によって「民主主義が発狂して重篤状態に陥った危機を正面から捉え、渾身の批判と警告を発するのが政治学者たちの当然の任務だろう」に、実態は「著名政治学者が護憲左派勢力を根絶し葬送するセレモニーが始まっていて、左派政党支持者たちに屈服と断念を、護憲からの思想的転向を促す試みが渦巻いている」と述べます。
 そして「このすぐ後に9条改憲の政局が始まり、発議と国民投票へ進行する」に当たって、「政治学者たちは露払いをしているのであり、予告を与えると同時に、国民世論全体を改憲支持に固める思惑なのだ」と述べます
 二人共 1967~8年(戦後22~23年)に生まれた人たちなので、戦前を経験した丸山真男や南原繁であれば必ずしたであろう「警世」の言葉を発するという発想は無さそうです。
 残念なことというしかありません。
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幇間政治学者たちの護憲左派叩き - 9条改憲へ屈服を促す露払いのキャンペーン
                       世に倦む日日 2026年2月18日
最晩年の丸山真男が、「戦前は日本中がオウム真理教のようだった」と回顧していた。死の1年前に残した有名な言葉だが、衆院選後の今の日本がまさにカルト化した狂気魔境の世界であり、1930年代のファシズム下の日本とそっくり同じグロテスクな思想環境だと断言できる。高市政権は統一教会と日本会議の政権である。今回の選挙の影の主役は統一教会だった。マスコミは一切触れなかったが、選挙期間中、Xのタイムラインは統一教会批判で埋まっていて、高市と統一教会との関係を衝く声が溢れ、統一教会問題の隠蔽のために解散に逃げた高市を糾弾する声が毎日流れていた。統一教会がカルトである実態は誰でも承知している。カルトの統一教会が勝共連合という政治組織を持ち、日本の政治に大きな影響を与え、押し広げ、統一教会のめざす日本を実現しようとしてきた。統一教会のめざす理想の日本とは、まさに1930年代のファシズムの世界であり、戦争する反共全体主義の国だ

今、日本国民の多くが統一教会の政治思想に染まっている。統一教会のシンパになっており、世論調査はその事実を示唆している。カルトの定義を調べると、「特定の教祖や教義を熱狂的に崇拝する小集団、マインドコントロールを用いてメンバーに身体的・精神的・経済的な被害をもたらす」という説明が出る。統一教会の信者とその2世は、恐ろしい精神的・経済的被害を受けてきた。戦前の日本のファシズムでも、結果的に320万人が犠牲になり、空襲で家を焼かれ、焼け野原の飢餓禍に苛まれ、戦災孤児が溢れ、女性はパンパンに墜ちる生存の屈辱と悲哀を余儀なくされた。若者は学徒動員を強制され、少年は特攻隊になって死ぬ運命を選んだ。のみならず、海外で2000万人以上の無辜の民間人を殺戮した。「教祖や教義を熱狂的に崇拝」し、「マインドコントロール」に操縦された結果であり、カルトが国家を乗っ取って社会の全成員を信者にした帰結と惨劇である。カルトの狂気は悪魔的だ

本来、政治学はこの状況を異常として批判するためにある。過去の日本のファシズムと戦争がもたらした災禍を繰り返さぬため、その反省を積み重ね、思考と議論を重ねたのが日本の政治学だ。その代表であり中心に位置するのが、日本の戦後民主主義をリードした丸山真男の理論である。われわれの財産。本来なら、E.フロムの古典を借りるまでもなく、丸山真男の視角と方法をもって「高市旋風」の病弊的現実を対象化し、すなわち民主主義が発狂して重篤状態に陥った危機を正面から捉え、渾身の批判と警告を発するのが政治学者たちの当然の任務だろう。だが、今、マスコミで商売している著名学者たちは「高市旋風」の現象を批判していない。危機的とも感じていない。衆院選を評論する彼らの口調には、今回の結果と状況に対する拒絶や厭悪の感覚が全くない。その姿勢は逆で、高市現象の毒を肯定する言葉を並べ、選挙で多数となった歪んだ民意を合理化し正当化する言論を撒き散らしている

例えば、高市圧勝の政治に対して「押し活」の表象をあてがい、有権者が高市をアイドル視した結果だと総括する中北浩爾の妄論がその一つだ。高市人気の現象に対して「推し活」の語で意味づけていた論評は、中北のオリジナルではなく、昨年、7割から9割の高支持率を得ていた時点から蝶々されていた。私は不審で面妖なイデオロギー工作だと観察していた。高市を巧妙に人気アイドルに化けさせ、その擬制工作によって高市と多数大衆との関係性の政治的本質を無毒化し、エンターテインメントの世界の珍事のように仮構化する欺瞞である。この社会学もどきの表象の詐術によって、大衆は意味転換の回路に導かれ、高市支持を積極的正義として納得できる高市の黒い政治的毒性がクレンジングされ表面から消される。本来、日本の政治学者は、昨年秋の高市人気の当初から、こうした本質分析と暴露によって警鐘を鳴らすべきだった。だが、彼らは逆に転び、この邪悪な言説工作を唱導する司祭の立場になった

中北浩爾のイデオロギー的立場は、凡そ玉木国民と同位置と考えてよいだろう。右翼だ。昨年から、立憲民主に対して幾度もテレビの政治番組で「政策を現実的に変えろ」と要求し、安保法制を合憲と認めろ、原発再稼働も折れろ、玉木国民に合わせろと執拗に恫喝、口角泡を飛ばしていた。今回、中道新党が基本政策を右寄りに変節するに当たっては、中北の偏執的な扇動と策動が功を奏している。昨夏の参院選で得票を減らして展望を失った立憲民主の選挙総括の場に、この男はしゃしゃり出て、脱左派・脱リベラルを説く講釈と訓導を垂れていた。参院選後の公明離脱の折、俄かに首班指名で野党側に機会が転ぶ可能性が生じ、玉木が幼稚な野心を晒して国民の失笑を買う一幕があったが、その際も、立憲民主に右旋回をするように中北が出張って督促していた。テレビ局は、NHKから民放まで、例外なく中北浩爾を基準的なコメンテーターとして起用していて、面妖な阿世学者の見解を中立の座標軸に据えている

なので、党勢が衰弱一途で自信喪失となり、羅針盤を見失っていた立憲民主にとって、マスコミの総意と同意味を持つ中北浩爾の指導は相当に効いただろう。中北浩爾が玉木国民と同類の仲間だろうという見方は、おそらく誰もの共通認識のはずだが、その中北が「推し活」の語で高市圧勝を擁護する図を見れば、高市自民と玉木国民の間に何の差異もなく、政策と理念が同じで対立がない真実がよく了解できる。そのことは、榛葉賀津也の主張や態度からもさらによく確認できる。二つは完全コンパチブル⇒互換性のある)の右翼政党だ。自民の中に立憲や公明に近いと思われる石破茂のような存在が窺われ、微かなリベラル色の期待感が漂うけれど、それは仮想的な契機でしかない。高市自民、維新、玉木国民、参政、みらいは同じ理念と政策の政党であり、いつでも大政翼賛会を結成できる。衆院の9割は右翼ネオリベで支配された。中北浩爾は、その現実と勢力を肯定し、その方向性を国民に納得させる大政翼賛会の司祭に他ならない。

もう一人の牧原出も、やはり昨年の参院選当時、立憲民主の政策が左に寄り過ぎているとテレビで批判、政権を担える保守の責任政党になれと唱えていた記憶がある。今回、衆院選が終わった後、俄かにタイムラインの様相が一変し、牧原出のポストがやたら頻出するようになった。選挙期間中は、前に紹介した老壮青3人のポストに典型的な、激越な高市批判と右翼化世論への抵抗の声がオキュパイ⇒占拠)状態だった。は左派言論の牙城の景観を呈していたが、選挙結果が出た途端、戦後左翼叩きと9条悪罵の言説がフローアウト⇒溢れる)する腐海の世界になった。を編集するアルゴリズムに改変が加えられ、関数演算の変数のパラメータとバランスが変わったか、マニュアルで細工したとしか思えない。よく考えれば、タイムラインが反高市の左派が集結する拠点的性格に変ったのも最近の変化で、1年前や2年前は、いかにもE.マスクの趣味の反映と思われる屑ポストばかりが溢れ、移民叩きや保守党の宣伝や株儲け賛歌の類が多かった。

牧原出は選挙結果について、「戦後革新勢力の退場という現象が起きている」と言い、「共産党とそれに近づいた社会党のある部分が、まったく状況に適応できずに旧来の言い回しを繰り返した末、結局は国民から見捨てられたということでしょう」と毒突いている。シニカルで強烈な価値判断が示され、歯に衣着せぬというより下品な罵倒そのものが、日本共産党と立憲民主党に対して浴びせられている。アカウントの主が牧原出だと判らなければ、当該投稿はただの「ネトウヨ」の片言そのものであり、不埒な匿名右翼の落書きか誹謗中傷の吐き捨てに過ぎない。立場と責任を持ちながら、よくここまで暴論を置けるものだと意外に思う。別のポストでは、共産党など護憲の革新勢力を高齢者の限界集落に擬え、尊厳は認めないといけないが若い世代には継承されないと嫌味を言い、やはり「ネトウヨ」的な悪態をついている。牧原出の目からは、日本共産党とその支持者は不要な前世紀の遺物であり、無価値な存在であるらしい

たしかに日本共産党の支持層は高齢者に偏っている。それは事実だろう。だが、それを過疎地の限界集落に譬えて貶め、死滅しかないと侮蔑して愚弄する物言いは、日本の政治学者として良識と節度が問われる問題ではないか。責任を持てるのか。衆院選が始まった当初、報道1930に出演した佐藤千矢子が日本共産党を持ち上げる場面があった。直近2回の国政選挙で政治資金問題を争点に浮上させ、自民党の議席を減らす原動力となったのは共産党だったと率直に功績を讃えた。現実において、劣化し堕落する日本の政治を健全な状態に引き戻す上で、この政党は常に秀逸な役割を演じていて、民主主義の正義を生真面目に訴え、少数ながら重要な野党の価値を国政に提供している憲政において貴重な存在だ。その実績と貢献を、佐藤千矢子は評価できるが、牧原出は認識も検知もできないらしい。その原因を推察するなら、反共のバイアスが思考に被さり、悪意の動機が先行し、日本共産党の意義や真価を客観的に測定できないのだろう。

丸山真男は『現実主義の陥穽』の追記・補注でこう言っている。有名な一節を引用する。「私が第四論文で、共産主義と(英米的)民主主義の対抗という図式をもって現代日本の政治状況を理解することの公式性を指摘し、行動様式と人間関係の民主化を押しすすめ、もしくはチェックする政治的ダイナミックスを分析の中心課題に据えたこと、とくに大衆的規模における自主的人間の確立が、西欧社会と比べて相対的に『左』の集団の推進力を通じて進行するというパラドックスを提示したことは多くの議論を呼んだ。ここで民主化というのは西欧的、市民的意味でいうのでソ連的なそれをさすのでない(略)」(未来社本 増補旧版 P.513)。要点を簡潔に言えば、日本の戦後民主主義の運動を担い、政治の民主化に貢献したのは左派勢力だと言っている。その解釈での文脈理解が定説で常識であり、ラディカルな民主主義を主導した丸山真男らしい主張だろう。この碩学の指摘と洞察は、今日も説得的に生きていて、60余年の時空を超えて普遍的命題として妥当する。

日本の現実政治において、共産党は、身体的年齢に関係なく常にバイタルな存在であり、バイタルであるが故に右翼化する潮流(メインストリーム)から叩かれる。感情的憎悪が向けられて攻撃の対象となる。佐藤千矢子的な擁護は例外的だ。牧原出の反共言説は陳腐な愚論だが、山口二郎が声を合わせて、2/17 に「(この選挙は)『戦後の左派革新勢力』の終わりを象徴する選挙だったと言える」と総括を示したことで、何やら容易ならぬ気配が漂い始めた現状に気づく。著名政治学者が護憲左派勢力を根絶し葬送するセレモニーが始まっていて、左派政党支持者たちに屈服と断念を、護憲からの思想的転向を促す試みが渦巻いている動向が分かる。誰でも感じ取るのは、このすぐ後に9条改憲の政局が始まり、発議と国民投票へ進行することだろう。政治学者たちは露払いをしているのであり、予告を与えると同時に、国民世論全体を改憲支持に固める思惑なのだ。国論が割れて対立する状態になると具合が悪いから、9条改憲(自衛隊明記)で一つに纏めたいのだろう

最後に、日本政治学会という団体がある。戦後の1948年に創設された。会に所属する研究者が持つべき共通理念とか、日本の政治学がめざす目標とかの約束事は特にない。が、会を紹介するページに学会年報創刊号の文章の抜粋があり、冒頭に「永久平和の実現と文化國家の建設とをめざす新しい體制が前進すると共に」会が立ち上がった原点が説明されている。戦後民主主義の日本の出発に即して学会は設立された。初代会長は南原繁。永久平和の実現」という文言に、カント研究者であった南原繁の抱負と意志が感じられる。1946年、貴族院議員として憲法審議に携わった南原繁は、カントの理想に準じ、憲法9条の戦争放棄・戦力不保持の原則を強く擁護した。南原繁は左翼ではなかったが、憲法9条を擁護、平和憲法の制定に尽力した戦後日本のファウンダー⇒創業者)の一人だ。然るに、今、南原繁の遠い弟子筋であるはずの政治学者たちが、目を血走らせて9条護憲派を叩き、護憲派の終焉を咆哮し、その絶滅に向けて狂奔する姿は何なのだろうか

高市の幇間となって改憲に疾駆する彼らを、南原繁はどう見ているだろう。憤りを抑えられない。

23- 高市首相施政方針演説 重大な危険 あちこちに(しんぶん赤旗)

 しんぶん赤旗に掲題の記事が載りました。
 高市首相20日の施政方針演説で掲げ「重要な政策転換」国民の暮らしと平和を壊す重大な危険が散りばめられています。国民への丁寧な説明を抜きに、数にまかせて強権を振るうことは到底、許されません。
 同紙が施政方針の問題点を丁寧に指摘しました。
 今年はまだ表面化していませんが、高市氏の最大の問題点は、中国を仮想敵国に仕立て上げて トランプから要求されるままに軍備を増強し、行く行くは年間30兆円超の軍事費支出も厭わないという姿勢です。それこそは全く不必要であるだけでなく有害な支出です。
 その分 政治が行うべき社会保障はやせ細るので、国民生活は困窮を極め、増税は留まるところを知らない状態になります。高市政権下では日本は衰亡の一途を辿ることになります。
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高市首相施政方針演説 重大な危険 あちこちに
                       しんぶん赤旗 2026年2月21日
「『重要な政策転換を、なんとしてもやり抜いていけ』。国民から力強く背中を押してもらった」―。高市早苗首相は20日の施政方針演説で、こう訴えました。しかし、国民は総選挙で、高市首相に「白紙委任」を与えたわけではありません。そればかりか、高市首相が掲げる「重要な政策転換」は、国民の暮らしと平和を壊す重大な危険が散りばめられています。国民への丁寧な説明を抜きに、数にまかせて強権を振るうことは到底、許されません

国民・人権の目線なし
■国家主義的発想
「日本と日本人の底力を生かし、力強い経済政策と力強い外交・安全保障政策を推し進めるべく、広範な政策を本格的に起動させる」-。高市首相は施政方針演説の冒頭でこう宣言し、数の力を背景に自らの政策を強力に推進する姿勢を示しました。その上で国力を徹底的に強くしていく」と主張しました。
 一方、演説には国民の苦難や社会的弱者によりそった発言は見られません。他方、首相は国民を「国力」の重要な要素である「人材力」としてとらえています。そこには「国民が主人公」という発想はまるでなく、「国家を支える国民」という発想がじみ出ています。
 演説内で「人権」にほとんど触れられていないことも大きな特徴です。
 高市首相は、国民の願いである選択的夫婦別姓には一切触れなかったにもかかわらず、情報機関「国家情報局」の設置など国民の人権侵害につながる危険性の高い政策を推し進めようとしています
 外国人政策でも「外国人との秩序ある共生社会」を掲げていますが、「秩序ある共生」の内実は「不法滞在者ゼロプラン」をはじめ基本的人権を無視した「外国人管理」政策です。「わが国が排外主義に陥らないようにする」とうたっていますが、排外主義を主張する政党の台頭やクルド人へのヘイトといった具体的な問題への対策は示せていません。
 また、「わが国の伝統や歴史の重みをかみしめ」た上での皇室典範の「改正」にも触れています。自民党は衆院選公約で、養子を迎えて皇統に属する男系の男子を皇族とする案を掲げ、「男系」に固執しています。皇位継承の男系男子への限定規定は、国連女性差別撤廃委員会(CEDAW)から是正勧告を受けた、ジェンダー平等の流れに逆行する時代錯誤の方針です。

思考停止の米言いなり
外交・安全保障
「必要なことはわが国が自ら考えてハンドルを握り、長期的目線を持ってどこに向かうか決めることだ」-。高市首相は外交・安全保障政策についてこう宣言しましたが、実態は思考停止のアメリカいいなり、安倍政権路線の焼き直しです
「自由で開かれた安定的な国際秩序はいま、大きく揺らいでいる」。高市首相はこう切り出し、中国やロシア、北朝鮮を名指しし軍事行動への懸念を表明。その上で、日米同盟を基軸に「自由、民主主義、人権、法の支配」といった原則を共有する国と連携する考えを示しました。
 しかし、ベネズエラを武力侵攻し、「私に国際法は必要ない」と述べて「法の支配」を公然と否定するトランプ米大統領を一言も批判できませんでした。それどころか、来月に開かれる日米首脳会談で「トランプ大統領との信頼関係を一層強固にする」と宣言しました。破綻があらわになっているにもかかわらず、沖縄県名護市辺野古の米軍新基地建設を改めて表明。県民の民意より日米合意を上におく姿勢を明確にしました。
 高市首相は安保3文書を前倒しで改定し、「主体的に防衛力を抜本的に強化する」と強調。「主体的」と言いますが、米国の要求に応じるのが実態です。トランプ政権はすべての同盟国に国内総生産(GDP)比5%以上(30兆円以上)への増額を要求。これに応じれば、増税や社会保障削減につながるのは必至です。
 また、高市首相は「責任ある日本外交」を掲げましたが、その中身は安倍晋三元首相が提唱した、米国を中心としたインド太平洋地域による同盟国・同志国による中国包囲網=「自由で開かれたインド太平洋構想」AFOIP)の焼き直しです。今さらFOIPを持ち出してきた背景にあるのは、トランプ氏が米中の貿易交渉を優先して、中国との融和的な姿勢を強めていることから「はしごを外される」のを恐れているからです。「主体的」と言いながら、日米同盟一辺倒で中国に対峙(たいじ)する外交しか持ち合わせていなのです。

武器輸出拡大
 さらに、武器輸出を非戦闘目的に限る「5類型」の見直しに向け「検討を加運させる」と明言。政府・与党は今春に、武器輸出のルール「防衛装備移転三原則」の運用指針を改定し、戦闘機や護衛艦など殺傷兵器の輸出全面解禁を狙ています。高市首相はその目的として「同盟国・同志国の抑止力・対処力の強化」、「防衛生産基盤の強化」を列挙。中国抑止のために日本の武器を他国に売り、軍需産業をもうけさせる「死の商人」国家にすることを狙っています

財源示さず 投資あ
■「責任ある積極財政」
「日々の暮らしと未来への不安を『希望』に変えていこう」-。施政方針演説で、こう訴えた高市首相。しかし、高市首相が掲げる経済政策の先に待つのは「希望」ではなく、「絶望」となる可能性が極めて高い危険な道です。
 高市首相は「これまでの政策のあり方を根本的に転換していく。その本丸は、『責任ある積極財政』だ」として「長年続いてきた過度な緊縮志向、未来への投資不足の流れを断ち切る」と強調しました。しかし、その認識には重大な誤りがあります
 そもそも、歴代自民党政権は「過度な緊縮志向」どころか、大企業には大盤振る舞いの経済政策を進めてきました。にもかかわらず、経済成長しなかったのは、たとえ大企業が利益をあげても、内部留保が増えるだけで、賃金は上がらず、富の偏在が拡大するだけだったからです。この富の偏在にメスを入れない限り、いくら「財政出動」を行っても「経済の好循環」など生まれません。
 高市政権は「責任ある積極財政」を「サナエノミクス」と位置づけています。それは破綻した「アベノミクス」(安倍晋三政権の経済政策)の焼き直しにすぎません。しかも、デフレ(物価下落)下だった安倍政権とは違い、現在はインフレ(物価上昇)が続いています。過度な「財政出動」はインフレを助長するため、日本経済への悪影響はさらに大きくなります。

消費税減税
 一方、高市首相は演説で、消費税減税について「超党派で構成される『国民会議』において検討を進め、結論を得る」と述べました。しかし、「国民会議」は「給付付き税額控除」という新たな制度を導入し、その「つなぎ」として食料品の消費税を2年間ゼロにすることを認める議論が前提。消費税の恒久減税や廃止の議論は初めから排除しています。
 重大なのは、高市首相が巨額の「財政出動」をうたいながら、その財源は何も語らないことです。米国いいなりに軍事費の拡大を行いながら、大企業へのばらまきを続け、2年間、食料品の消費税ゼロを実現する財源は一体どこから捻出するのでしょうか。
 財源があいまいなまま「積極財政」を行えば、財政の信認が失われ、国債が売られて長期金利が跳ね上がります。通貨の信認も揺らぎ、円安となって物価高はさらに加速します。高市首相がバラ色のように描く「責任ある積極財政」は、財政破綻とインフレの危険と表裏一体です。

苦しむ国民は置き去り
■物価高対策
 自民党が圧勝した今回の衆院選で、有権者が最も高い関心を示したのは物価高対策でした。ところが、高市首相は施政方針演説で「物価高への対応を最優先に働きました」などと述べ、ガソリン税の暫定税率の廃止や25年度補正予算などで手当てが終わったものとしています。
 しかし、国民の物価高対策への要望は依然として高いままです。衆院選を受けて実施された各紙の世論調査では、高市首相に取り組んでほしい政策として「物価高対策」がどの調査でも最も多く、「読売」88%、「朝日」51%、「日経」49%です
 また、名目賃金から物価変動の影響を差し引いた実質賃金は4年連続でマイナスです。物価を上回る賃上げは実現していません。
 高市首相は、いまだ止まらない物価局に苦しむ国民を置き去りにしています

コメ安定供給に策なし
 
 高市首相は農業を巡り、「食料自給率の向上を実現します」と表明しましたが、具体的な政策は乏しく「農地の大区画化」や「スマート農業技術の開発・実装」など従来の規模拡大一辺倒の路線です。2025年の物価高騰の中で、コメ不足・価格高騰が、国民生活に深刻な打撃を与えたことへの反省はまったくありません。
 大多数の農業者が安心して営農に励み、農村で幕らせる条件を整える価格保障と所得補償こそが、コメの安定供給に最も必要ですが、高市氏は、まったく触れませんでした。しかも、離農や高齢化が進む中で、農業を存続にかかわる後継者対策への言及もありません。「安定供給」のために「供給力を強化する」といいますが、効果的な具体策はありません

最低賃上げ目標 言及せず
■労 
「物価上昇を上回る継続的な賃上げを実現します」-。高市首相はこう断言しましたが、その方法は、中小企業や小規模事業者の「稼ぐ力」の抜本的強化により「賃上げできる環境を整える」という破綻したトリクルダウン論です。中小企業への賃上げにとって最も不可欠な直接支援は語らず、最低賃金の引き上げ目標も掲げませんでした。
 昨年度の銀貨の全国加重平均は時給1121円。石破政権がかろうじて掲げていた2020年代に1500円」の目標すら引き継がない姿勢を改めて示しました
 しかも高市首相は、名目賃金から物価変動の影響を差し引いた実質賃金について、24年度の「伸びはプラス」で「明るい動き」だと言い張りました。しかし、厚生労働省の毎月勤労統計調査では、実質賃金は4年連続マイナスです。
 賃上げがあっても物価上昇分に追いついていないという現実を覆い隠す印象操作です。
 首相は「強い経済により、賃上げの原資を生み出す」と強調しましたが、大企業では、株価をつり上げるため業績好調でも労働者を切り捨てる「黒字リストラ」が横行しています。

労働時間「緩和」
 さらに、首相は、労働時間の規制緩和となる「裁量労働制の見直し」を明言しました。「働く方々のお声を踏まえ」た見直しだと主張しましたが、これは労働者の声ではなく、財界・大企業の念願です。
 経団連は「より働きたい、成長したい労働者のニーズを抑制している」などと労働時間の規制緩和を求めてきました。しかし、全労連などの調査では、労働時間を「減らしたい」が57%で、「増やしたい」は11%。「増やしたい」と回答した人の8割が「今の収入では生活が苦しい」を理由に挙げています。
 労働者の声を踏まえると言うなら、労働時間の規制強化、賃上げと一体の労働時間短縮こそ打ち出すべきです。

推進固執財界言いなり
■原 
「原子力規制委員会により安全性が確認された原子炉の再稼働加速に向け、官民を挙げて取り組みます」。高市氏は原発固執の立場を表明しました。昨年の臨時国会での所信表明演説では、原発政策は「重要」と述べただけだったのに比べ、原発再稼働に前の姿勢が強まっています
 廃炉が決定した原発を持つ電力会社に対し、「原子力発電所のサイト内での建て替えに向け、次世代革新炉の開発・設置についても具体化を進める」とも表明。財界が声をそろえて主張している原子炉の建て替え(リプレース)にまで言及しました。