2024年12月28日土曜日

渡辺恒雄の死とその正体 ~ (世に倦む日々)

 渡辺恒雄・読売新聞主筆が19日、98歳で亡くなりました。

 世に倦む日々氏が22日付で掲題の記事を出しました(長いタイトルなのでその後に続く、「偽装と演出の裏のコアは安倍晋三と表裏一体の保守」の部分は省略しました)。
 かなり辛辣な記事になっていますが、渡辺氏の生き方については 限られた字数の中でそれなりに丁寧に触れています。
追記 「渡辺恒雄」で検索しても 追悼記事や動画が多数表示されて「ウィキペディア」に中々到達しないので「ウィキペディア 渡辺恒雄」で検索して下さい。
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渡辺恒雄の死とその正体 - 偽装と演出の裏のコアは安倍晋三と表裏一体の保守
                       世に倦む日日 2024年12月22日
12月19日、渡辺恒雄が98歳で死去。その夜、渡辺恒雄にかわいがってもらった大越健介が、長々と報ステで冒頭からこのニュースを伝えていた。19日の大きなニュースは、小倉で中学生2人を殺傷した男が事件から5日目に逮捕された件で、どの報道番組もトップは当然その編成だったが、大越健介にとっては、渡辺恒雄死去の方がヨリ重大で、最初から大きく時間を割いて視聴者国民に伝えるべきニュースだったらしい。大越健介がなぜ(他と違って特別に)この判断と行動に出たのか、勘ぐれば薄々察せられる。単なる学閥の紐帯とかではなく、奸佞な点数稼ぎと言うか、この独自行動を見せたかった相手がいるのだ。政治である。それがどういう政治なのかは後ほど触れよう。渡辺恒雄の死去に際して何か書くとして、率直に感じるのは、騙されたという後悔であり、不覚と憎悪の混じった忸怩の念である。そしてこの妖怪の魑魅魍魎であり、知性や知識というものの信用ならなさである

何をどう騙されたのか。二点ある。一点は、靖国問題についての渡辺恒雄の主張と態度だ。この点は大越健介の番組でも紹介されたし、いわゆる「渡辺恒雄の毀誉褒貶」と言う場合の「誉」や「褒」に該当する部分である。渡辺恒雄は、総理大臣の靖国参拝に強硬に反対する立場であり、A級戦犯合祀を拒絶して、国立追悼施設を建立すべきと提言する有力論者だった。20年近く前のブログにも書いた記憶があるが、Wiki に短く経緯が説明されている。終戦間際に陸軍二等兵で召集され、内務班の初年兵へのリンチ暴力を受けた被害体験が忘れられず、それへの憤怒を常に口にし、靖国神社と軍国主義への批判の舌鋒が鋭かった。しかし、渡辺恒雄は、小泉純一郎には手厳しかったけれど、安倍晋三にはデレデレのべったりで、後見役の老執事のようにくっつき、手取り足取り溺愛の蜜月関係だった。あれはいったい何だったのだ。安倍晋三の執拗な靖国参拝には文句を言わなかった

靖国神社参拝と言えば、現在では閣僚や議員だけでなく自衛隊が堂々とやっている。朝日の報道では、昨年5月、海自の幹部候補生学校の卒業生119名が、練習艦隊の司令官に引率されて制服姿で参拝している。陸自でも今年1月、幕僚副長(陸将)が引率して、陸自航空事故調査委員会の22名が靖国神社を参拝、うち13名が私費から玉串料を納めていた。この件は「部隊参拝」ではないかと国会で追及されたが、防衛省・自衛隊は頬かむりして開き直ったままだ。防衛大学生の東京行進・靖国神社参拝の行事も、ずいぶん以前から公然と行われている。これらは、渡辺恒雄の本来の思想と持論なら、身震いして激怒するべき、絶対に許されない日本軍国主義の復活に違いない。が、読売が社説で筆誅を加えたとか、渡辺恒雄が談話を発したとか聞いた覚えがない。容認している。渡辺恒雄がこの靖国参拝問題で気炎を吐いたのは2007年頃が最後で、安倍政権以降は音沙汰なし

二点目は、渡辺恒雄のネオリベ批判の問題である。渡辺恒雄は竹中平蔵が大嫌いのはずで、嘗て口を極めて罵っていた時期があった。この事実については、最近は検索してもネット情報をよく発見できず、Wiki にも記載がないので不安になるが、2006年頃はマスコミやネットで確かに発言が確認されていた。新自由主義を猛然と非難する正論を唱えていて、ナベツネらしい見識だなと好感を持ったものだ。その渡辺恒雄が安倍晋三と睦み合うようになって後、アベノミクスを肯定し、新自由主義批判を封じて冬眠してしまった。嘗ては中身が異なっていたはずの、渡辺恒雄の「保守」と安倍晋三の「保守」の二つが一致して重なってしまった。このことは、私にとって不興と失望を買う一事で、渡辺恒雄の青年期の経歴や表面的印象に惑わされたという遺憾を強く持つ。渡辺恒雄が巧みに演技して自ら偽装していたところの、囮の毛鉤に釣られ、この男に多少期待する気分を持ってしまっていた

読売新聞がアベノミクス批判の論陣を張っていれば、この国の2010年代は少しは違った進行になっただろう。2012年の総裁選で渡辺恒雄が石破茂に与し、石破政権が続いていれば、集団的自衛権(安保法制)もなく、格差拡大も抑制されたかもしれないという想像を抱く。一見すれば、渡辺恒雄は、安倍晋三よりも石破茂に近似した政治思想の表象を漂わせている。左派の視線からはそう映る。だが、おそらく右派からは、渡辺恒雄は石破茂よりも安倍晋三に近い位置と性格に見えたに違いない。そうしたカメレオン性が渡辺恒雄の特徴であり、左派から微妙に頼りにされ、ウィングの広さを錯覚させる点が武器だった。本人はそれをよく自覚して巧妙に操作していた。そして左派をリップサービスで騙していた。本心と本質は、極右軍国主義と同地平に立ち、新自由主義の賛同者である。言動からは別類型に見えるが、真実は安倍晋三の同志であり、櫻井よしこや統一教会や竹中平蔵と同類

少し脱線すると、竹中平蔵は元民青同盟員である。筋金入りの(かつ知識もある)右翼やネオリベには、その種の凄味のある経歴の手合が少なくない。それでは、渡辺恒雄とは本当はどんな人物で、どのような思想的正体なのか。Wiki の記述を読み進むと、正力松太郎に引き立てられたという過去が登場する。1955年(29歳)頃だ。また、児玉誉志夫と懇意になったという逸話も出てくる。1958年(32歳)頃。さらに、1968年(42歳)のときワシントン支局長になっている。①正力松太郎、②児玉誉志夫、③ワシントン支局長、この三つのキーワードが放つ光線が焦点を結んで像を描くところは、すなわち米CIAに他ならない。屡々、陰謀論的に、日本のマスコミ幹部の出世の登竜門として「ワシントン支局長」のポストが挙げられ喋々されるが、具体的な個々の顔を並べると、ある種フリーメーソン的な、秘密結社的な何かがあるのではと邪推と憶測を覚えるのを否めない

20代後半から40代前半、人生の土台と人脈を築き、終生の展望と目標を定めていた時期、渡辺恒雄を取り巻く環境はこういうものだった。そこから考えれば、渡辺恒雄の最晩年、安倍晋三の老執事として日本を安倍政治の業火に投げ込み、何もかも燃やし尽くし、灰になった日本をアメリカに献上して本懐を遂げたのも、何となく頷ける物語ではある。怪物的に肥大した渡辺恒雄の自我と野望と権力欲のエンジンは、アメリカ(CIA)というシステム基盤と制御プログラムがあって初めて全開し稼働させられ、方向づけできたのだろう。正力松太郎はCIA工作員のコードネームが明らかになっている。戦後も60年代を過ぎれば、コードネームなどという古典的管理仕様は消えたのだろうが、渡辺恒雄も何らか関係性を隠していておかしくない。日本で最大発行部数を誇る新聞社にCIAが触手を伸ばさない方がおかしいし、アメリカの対日政策に反対すれば、渡辺恒雄は即排除されていただろう

だが、渡辺恒雄の勉強熱心とか豪放磊落とか軽妙洒脱のスタイルが、そうした本人のコアの政治思想の洞察や測定から人を遠ざけ、世間の目を欺く効果になるのである。有名な、中曽根康弘との古典読書会は本当の話で、決して誇張した自慢話ではあるまい。二人とも疑似インテリなのだ。実際に精読してスタディを重ね、人文社会・政治経済の視野を広げたに違いない。この知性と教養の点は石原慎太郎も似ている。が、どれほど高度に豊穣に知識を習得しても、渡辺恒雄はその活用の動機と目的が根本的に間違っていた。例えばここに、渡辺恒雄と石破茂と安倍晋三の3人がいる。渡辺恒雄と石破茂は読書家だ。渡辺恒雄は、蔵書を類推してもインテリらしい読書家と認められる。石破茂は、時折書棚がテレビに映るが、ヨリ大衆的というか世俗的というか、一般人が読む本が並んでいる。でも、真面目に読んでいるのは間違いなく、そこに多少の好感が持てる。本を読んでいるから議論で言葉が出て来る

3人目の安倍晋三は百田尚樹の本を平気で愛読書に上げるほどで、つまり読書や学問には全く縁がなく、無知を恥と思わず、生きる上で知性・教養の必要を感じてない男だ。マンガしか読まない麻生太郎も同様。そこで、もし渡辺恒雄が知を愛する男であり ー 保守主義でも何でもいいが - 純粋に哲学と理論に殉ずる男であったなら、安倍晋三ではなく石破茂を選択・推挙しなければならなかった。真のインテリであれば、安倍晋三など顔を見ただけで反吐が出たはずで、勉強家のインテリが最も生理的に毛嫌いするタイプが安倍晋三だろう。ここに、リトマス試験紙のように渡辺恒雄のインテリ性の真偽が証明される。その意味で、渡辺恒雄のインテリ表象は偽物で、世間を騙す仮面であり、疑似インテリだと分析し総括できよう。最終的に、渡辺恒雄を見ていると、ソクラテスは偉大だという結論に逢着する。知を愛すソクラテスは権力と富を求めず、ただ誠実に真理を探求し、冤罪に抗弁せず毒杯を仰いで死に就いた

嬶ちゃんの尻に敷かれ、地位も得ず、財産もなく、ただ讒謗されて訴追の身になり、潔く「悪法も法なり」と言い残して逝った。そして、ギリシャ哲学どころか世界の哲学の父となって尊敬され、高校倫理教科書の主役となった。フィロソフィアの永遠の神となった。ソクラテスは、知識する目的は精神を善にするため、善をなしてポリスに貢献するためだと言っている。宗教のようにシンプルな思想だ。ソクラテスを基準にすれば、渡辺恒雄の知はフェイクであり、その知性は失格で、その勉強熱心は無意味で無価値だろう。渡辺恒雄について思うと、一つ年上の梅原猛の顔が立ち浮かぶ。どちらも哲学青年で、中曽根康弘に接近して癒着した点が同じだ。左を篭絡し包摂して無力化するのが中曽根康弘の得意技だった。梅原猛は神道政治連盟の集会壇上で挨拶の音頭をとるなど、政治的にかなりアクロバティックな立ち回りをやっている。だが、絶妙のバランス感覚で、九条の会のファウンダーの一人となった

あれがなければ、梅原猛の現在および将来の評価はなかっただろう。晩節を汚したまま終わっていて、善をなすために知を求める者の範疇から外れていた。最後に、プロ野球と渡辺恒雄の関係についてだが、間違いなく、渡辺恒雄は日本のプロ野球をだめにした。面白くなくしたし、環境を悪化させた。例えば、原辰徳と中畑清の暴力団との繋がりとか、そのお咎めなしの裁定とか、清原和博らの覚醒剤常習とか、笠原将司らの野球賭博とか、阿部慎之助のパワハラ虐待とか。これらの悍ましい劣化と荒廃が渡辺恒雄の指導性と無関係ということはなく、渡辺恒雄の責任に帰さないものはない。本来のプロ野球のスポーツとしての健全性を、この男は暴慢な権力で潰し、ボス的支配力を濫用して、ヤクザ型の薄汚れた文化性に変質させた。プロ野球がすっかり新自由主義的な経営に変わったことも、この男の存在が影響している。選手は育てず使い捨てが当たり前の態勢になり、ドラフト指名からわずか3年で自由契約通告となった

その一方、野球人気を支える庶民(中低所得者層)はどんどん貧乏になっているのに、ほとんど名前も知られてない主力選手が数億円の年俸を取る格差運営形態となり、試合の観戦チケットもどんどん値上がりして、庶民の手の届きにくいものになった。プロ野球を毒々しく新自由主義化させた主犯は、やはり渡辺恒雄だったと断言できよう。知が悪と結びつき、人を騙して弄ぶとき、人は不幸になる。ソクラテスの倫理こそ問われる