ノーベル平和賞の授賞式が10日、ノルウェーの首都オスロで開かれました。受賞者は広島、長崎の被爆者の全国組織、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)です。
日本被団協の代表委員の田中熙巳さん(92)、箕牧智之さん(82)、田中重光さん(84)が登壇し、メダルと賞状を受け取りました。
田中熙巳さんはスピーチで、ロシアによるウクライナ侵略やパレスチナ自治区ガザでの戦闘に触れ、核兵器が二度と使用されてはならないとする「『核のタブー』が壊されようとしていることに限りない憤りを覚える」と話しました。
オスロ市内でノーベル平和賞の授賞式のパブリックビューイングが行われ、多くの市民などが日本被団協の受賞を見ようと訪れました。
授賞式の全容は下記のTBS動画で見ることが出来ます。
⇒ https://youtu.be/57A9nqT97NQ
田中さんのスピーチ(約22分)は画面下部のタイムバーの6つ目のマーク(33分:57秒)から始まるのでクリックしてください。
スピーチの後は長い拍手の後に 「荒城の月」の独唱が行われます
田中さんのスピーチなどへの反響を伝えたNHKの記事を紹介します。
追記 残念なことはこの授賞が余りにも遅きに失したことでした。「世に倦む日々」氏はこの件について痛烈に批判しています。
⇒日本被団協がノーベル平和賞を受賞 - ノーベル委員会とマスコミと日本国民の欺瞞
(10月19日付)
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日本被団協 ノーベル平和賞 授賞式 海外の反応は
NHK NEWS WEB 2024年12月11日 6時39分
ノルウェーの首都オスロでは10日、市内でノーベル平和賞の授賞式のパブリックビューイングが行われ、多くの市民などが日本被団協の受賞を見ようと訪れました。
このうちノーベル平和賞の歴代受賞者を紹介している「ノーベル平和センター」には事前に予約した家族連れや旅行者などおよそ80人が訪れ、大型スクリーンで授賞式を視聴しました。
式典で3人の代表委員にノーベル賞のメダルが手渡されると、訪れた全員が立ち上がって拍手を送り、目に涙を浮かべる人もいました。
続く田中熙巳さんの受賞演説では会場は静まり返り、核兵器廃絶の訴えをメモをとりながら聞く人もいました。
演説について、地元の男性は「ことばに力があった。人々の関心が高まったことで、今後ロシアがウクライナに対し核兵器を使うのは難しくなったと思う」と話していました。
フランスから訪れたという女性は「きょう聞いたことすべてにとても感動した。人類は過去にひどいことをしたと思うので、将来は改善できることを願っている」と話し、核兵器廃絶への思いを新たにしていました。
パブリックビューイングには、国際交流のためノルウェーを訪れている広島県福山市の高校生10人余りも参加し、生徒の1人は「被爆者の話を聞いた私たちが次の世代に向けていろいろな行動をとり、正しい情報を伝えていかないといけない」と話していました。
ロシア モスクワでは
10日、ロシアの首都モスクワで話を聞きました。
このうち、60歳の女性は「いま世界は核戦争の悲劇にとても近づいていると思う。理性が勝たなければ、取り返しのつかないことが地球上で起こるおそれがある」と危機感を示しました。
一方、28歳の会社員は「いまの世界の状況に対する注意喚起だと思う」とした上でロシアが核保有国であることについては「核兵器による攻撃の犠牲にならないようにするためだ」と話していました。
また、18歳の大学生は「いまの政治状況や世界の雰囲気を反映しているので関心がある」と話す一方、「核兵器は国際舞台におけるロシアの権威を示すものだ」としてロシアにとって核兵器の保有は必要だという考えを示しました。
ウクライナ キーウでは
ロシアによる侵攻が続くウクライナの首都キーウで話を聞きました。
38歳の女性は「重要なことだ。日本人は、ほかの誰も経験したことがない悲劇と痛みを経験した。核兵器の廃絶はいまは現実的ではないかもしれないが、これは非常に重要な問題で、人々は声を上げ続けるべきだ」と話していました。
また、17歳の学生は「核兵器を廃絶できる可能性はあると思う。いまは可能性はあまり高くないが、近い将来、可能になると思う」と話し、26歳の男性は「全世界が核兵器を拒絶すべきだ。人類はこのような危険な兵器を保有すべきではない」と話していました。
ウクライナは、アメリカ、ロシア、イギリスがウクライナの主権や独立を尊重し安全を約束するとした1994年の「ブダペスト覚書」に基づき、旧ソビエト時代に配備された核兵器を放棄しました。
しかし、その後、ロシアの侵攻を受けたことから、別の17歳の学生は「核兵器は非常に悪いもので、どの国にも保有してほしくないが、ウクライナが核兵器を放棄したのは、よくない判断だったと思う。結果として、ロシアがこうした状況を利用して侵攻してきたからだ」と複雑な心境を語りました。
ノルウェー 現地の人たちは
ノーベル平和賞の授賞式に出席した現地の市民は、「被爆者が身体的にも精神的にも苦しんだことや、国の補償を受けていないことなどをきょう初めて知りました。被爆者が経験したことを改めて思い出すことができ、世界にも伝えてくれてよかったです」と話していました。
また、出席したノルウェー議会の議員は「スピーチがすばらしかったです。ノルウェーでも原爆の歴史は教わりますが、実際に経験した被爆者から話を聞くことは特別だと思います」と話していました。
アメリカ ニューヨークでは
アメリカのニューヨークで話を聞きました。
このうち南部ノースカロライナ州から来た40代の女性は「歴史上の大惨事で、悲しいことだ。その背景にはさまざまな意見があると思うが、生き抜いた罪のない人たちはたたえられるべきだ」と祝福していました。
そのうえで世界各地で紛争が続くなかでの受賞に大きな意味があるとして、「なぜそんなことになったのか、そして、同じ歴史を繰り返さないことを話し合うきっかけになればと思う」と話していました。
一方、ニューヨークに住む70代の男性は、「おそらくアメリカ人にとってはあまり意味を持たないと思う。今回の大統領選挙のように、アメリカ人は分断にとらわれているし、あまり世界のことを意識していないと思う」と話していました。
ニューヨークにある日本総領事館の前では、地元の平和団体のメンバーなどおよそ20人が集まり、日本被団協のノーベル平和賞受賞を祝福して横断幕を掲げたり、ビラを配ったりしていました。
メンバーのサリー・ジョーンズさん(75)は、「1949年生まれで『キューバ危機』も経験したが、いまは想像を超えるほど危険な時代だ」と話し、核兵器を取り巻く現状に危機感を抱いていました。
そうしたなかでの今回の受賞について、「彼らは何年も前から受賞に値していた。多くの人々に影響を与え、核兵器はどこであろうと、誰に対してであろうと使われてはならないというメッセージを各地で伝え続けてきた」とたたえました。
「湯の町湯沢平和の輪」は、2004年6月10日に井上 ひさし氏、梅原 猛氏、大江 健三郎氏ら9人からの「『九条の会』アピール」を受けて組織された、新潟県南魚沼郡湯沢町版の「九条の会」です。