世に倦む日々氏の掲題の記事を紹介します。
まず著者が自衛隊用?の兵器について詳しい知識を持っていることに驚きますが、それが今後どんな風に運用されるのかについての考察は ただただ恐ろしいというほかありません。
それが実現される確度がどれほど高いのかは分かりませんが、米国が日本を「捨て駒」にして目的を達しようとすることについては、疑う余地はなく完全に同意できます。
そして恐ろしいのは、トランプは対イラン戦争の敗北の反省からから 対中戦争においては初期の段階で最大限の効果を上げるのは小型核兵器しかないと考えている筈で、その使用を「捨て駒」の日本にやらせるに違いないと見ていることです。
そして自分の人気以外のことには何の判断力も持っていない高市氏であれば、何の疑問もなくそれに従うことでしょう。
記事は、「日本は今、fascism の悪魔と狂気の政治の渦中にある。ヒトラーが核兵器を持っていれば躊躇なく使っただろう。日本の政権を動かしている fascist が核戦争を怯臆するとは思えない」と結んでいます。実に恐ろしい事態です。
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非核三原則を崩す意味ー持ち込み公認→自衛隊への核配備→台湾有事での使用
世に倦む日日 2026年8月10日
今年3月に久しぶりに広島へ行き、平和記念資料館を見学した。スマホで入場券を購入しなければならないシステムに変わっていて、入館までが煩瑣で面倒になっていた。最早、日本人ではなく外国人が来館者のデフォルトになっている感があり、また、国際的な存在感と格式を持った名門ミュージアムであり、そこらの日本人がちょこちょこっと気軽に出入りする施設ではなくなっている雰囲気がした。何となく時代から取り残された気分になり、大勢の外国人観光客に囲まれた1階玄関ホールで、肩身狭く予約時間を待つ身となった。リーガロイヤルホテルも、10年ご無沙汰していた間にすっかり貫禄がつき、堂々たる国際ホテルの重厚さを漂わせていて、利用客の半分近くが外国人という富裕層的世界に変貌していた。昔は身近で手頃な宿だったが、距離感を感じてしまう存在となった。外国人観光客にはとんでもなく安くて快適な宿だろう。ホテルから平和記念公園の一帯は外国人だらけだった。
が、広島が外国人観光客に占領された元気のない地方都市になっていたかというと、決してそうではない。実はとても、意外なほど活気に満ち満ちていた。その点を報告したい。本通商店街を若い人たちが明るく快活に歩いている。若い人が多い。働く庶民だけれどみんな溌剌としている。その風景に感動させられ、2階の倉式珈琲店の窓側に座ってずっと下を眺めていた。昔のようだ。新鮮だ。嘗ての中産階級の日本の都市空間のようだ。若い人たちが商店街を元安橋の方に歩いている。アーケードの終端まで行ったら、その後はどこへ行くんだろう。折り返して戻って来るのだろうか。よく分からないが、歩く人の波は一方向だ。この人々の感じは東京とは違う。東京は、遠慮なく言わせてもらえば饐え(すえ)ている。下腹のたるんだ30代40代の女性たちが、丸の内大手町の高くてしゃれた酒場で、高給取りよろしく散財し、深夜まで派手に飲み食いし、精神もたるませて駅まで千鳥足で歩いている。昔のオヤジそのもの。
8/6 朝に広島で平和記念式典があり、NHKの中継で4人の式辞が放送された。広島市長、首相、県知事、国連事務次長。いつもは4人も挨拶を流したりしないのに、恰も、この式典もジェンダーの時代になりましたと強調するかのように、男1女3の偉いさんの演説が時間を埋め、NHK広島局の独自制作分が削られていた。内容は、男1だけが及第点で、女1は最悪の論外で、女2は形式だけのルーティントークだった。要領よく立場を計って文言を調整した前例踏襲のペーパーを読み上げているだけだ。被爆者や平和団体から不満や抗議が出ないように社交辞令し、高市政権とアメリカには忖度して言い訳できるよう表現を凝らした、中身のない、注意を惹かない、話題にならない、その場凌ぎの官僚作文が綴られている。核廃絶の意志がなく、核を憎悪し拒絶する信実がない。核の非道と悲劇への渾身の怒りがなく、危機感が薄い。自分自身の言葉がない。昨年はあった。石破茂と湯崎英彦はオリジナルの言葉で踏み込んでいた。
危機感が弱い点は特に気になる。それはスピーチした面々だけでなく、マスコミについても同じだ。今年、安保3文書の改定が予定されており、高市が国是の非核三原則を崩す挙に出ると言われている。そうした局面を迎えての正念場の 8/6 だったのだから、マスコミはもう少し現実の核戦争の危機について警鐘を鳴らすべきで、国際政治と安全保障の真実を整理して解説すべきだった。だが、高市に媚売りするマスコミはそれをせず、核をめぐる世界の危機的状況についても、ロシアと欧州の関係のみ捉えて軽く触れ、緊迫する東アジア情勢や日本の問題については捨象して何も語らなかった。この季節、最近の日本のマスコミ報道が焦点に据えるのは、必ずもっぱら、高齢化する被爆者の記憶をどう語り継ぐかという問題だ。記憶の継承を課題に立て、被爆地の取り組みを紹介するという報道にシフトしている。原爆投下と被爆が過去の問題になっていて、リアルで致命的な核の危機が進行中だという視角がない。核戦争が迫っているという認識がない。
今年1月に発表された人類滅亡までの「終末時計」は、残り85秒とカウントされ、過去最短を更新している。それには理由がある。昨年の広島・長崎の慰霊の日から今年のそれまでの1年間、われわれの生存を危うくする核の重大脅威の事態が次々起きている経過に気づく。そして、日本のマスコミが肝心なその恐怖の事実を何も語っておらず、日本の国民に注意を向けていない不作為を思い知って愕然とする。幾つか指摘したい。まず昨年10月、トランプが核実験を再開するよう国防総省に命令を下した。30年ぶりの出来事であり、核兵器の積極開発を推進する指示である。世界に衝撃を与えた。そこから10か月経った 8/5、国防次官コルビーからの発信が米マスコミに報道され、短距離の戦術核兵器の使用を想定した新たな核戦略が策定中と伝えられた。明らかに、広島の慰霊の日にタイミングに合わせた、嫌がらせの悪意を含めたトランプ政権による意図的な政策表明である。アメリカの現在の核戦略の意思表示だ。中国と日本に向けてメッセージしている。
その途中である昨年12月、日本では驚嘆する事件が起きた。首相補佐官で安保担当の尾上定正が、官邸記者を集めた場で「日本は核保有すべきだ」とオフレコ発言、騒動を演ずる一幕があった。が、マスコミからも野党からも強い糾弾の声は上がらず、追及を受けず、罷免どころか国会喚問もなく、お咎めなしで済まされて現在に至っている。その2か月後に高市が選挙で大勝、この問題はすっかり雲散霧消し、逆に非核三原則見直しの気運を扇動する機動軸となり、その正当化と既成事実化の政治的起点となった。8/6 の広島の会見で、高市は非核三原則を安保3文書でどう扱うか明言せず、含みを残し、「持ち込ませず」の原則を見直す可能性を内外に示唆したが、8か月前の尾上定正の発言と平仄が合っている。平仄が合っているのは、高市と尾上だけでなく、アメリカと日本が上位で平仄を合わせた動きをしているのであり、すなわち「持ち込ませず」の原則を撤廃するのは、アメリカの対中核戦略に沿った動きなのだ。アメリカが「持ち込み」を要求しているのである。
広島と長崎の慰霊の日、原爆の惨禍を一年に一度考えるこの季節、今年は、欧州の動きやイラン戦争やNPT会議が決裂した出来事だけでなく、アメリカの核戦略とそれに対応した日本の動向について、マスコミは正しく説明すべきだった。安保3文書改定(=非核三原則の改廃)と前後して、コルビーがアメリカの新しい核戦略の具体構想を発表するだろう。習近平のDC訪問が9月予定なので、中国への刺激を避けて秋以降に行うものと予想する。おそらく中身は、小型戦術核の新規開発と東アジアへの展開で、日本の陸海空自衛隊への実装配備を打ち出すものと思われる。在日米軍に「持ち込む」だけでなく、日本自衛隊に「持ち込む」計画を提示するだろう。海自については、トマホーク400発が27年度にまでに納入されるが、これに装填する小型核が現在米軍にはない。W80を装填できた旧式トマホークは冷戦後に撤去、解体処分された。第1次トランプ政権はその後継装備復活を図ったが、バイデン政権は消極的で開発を中止、今、それを急ピッチで開発中なのだろう。
陸自については、三菱重工の25式高速滑空弾(地対地)に小型核弾頭を装填させるはずだ。それが具体的にどのような設計仕様と生産方式になるかは不明だが、日本の地上(陸自基地)から発射して北京や上海や内陸部を狙う作戦想定になると考えられる。無論、海自のトマホークと同じで、核の発射権限は米軍司令部が握る系統と体制になるのは当然であり、自衛隊は運用と保管とメンテを担当、米軍の指令で核攻撃を行う下請け実働部隊となるだろう。トマホークにせよ、25式にせよ、アメリカで自衛隊用に小型核を作ってやるから大金を払えと言い出しそうな予感がする。空自についてはF-35Aに小型核B61-12を搭載する。空中発射の小型核だが出力は最大50ktで、広島に投下したリトルボーイの3倍以上の威力がある。自衛隊の核の処女装備になるかもしれない。その場合、おそらく、NATOにおけるドイツ軍やイタリア軍の空軍機が米軍の核爆弾を運搬・運用している方式がスライドされ、すなわち「核共有」の論理が適用され、空自機への核搭載が根拠づけられるだろう。
日米同盟におけるアメリカの拡大核抑止を一歩前進させ、日本自衛隊にヨリ主体性を持たせて一体化を高めた新時代の拡大核抑止だと能書きを言い、正当化して実行推進するだろう。そして実際に、台湾有事の際の核攻撃は自衛隊に専ら担わせ、その作戦を日本の責任にし、アメリカは責任回避できる仕組みにするだろう。台湾有事が始まった後、仮に戦況が悪化して日米側に不利に傾いた場合は、アメリカは即離脱できるようにし、そのときは戦争を日中戦争の構図と定義に固め、アメリカは第三者の立場で調停できる位置へと巧みに逃げるはずだ。その際、米軍が中国に核攻撃してしまったら立場がない。米中の全面核戦争になり、中国の戦略核が米本土に襲来する事態に至る。そうならないよう戦争を東アジアの局地戦に止め、その上で戦術核を使用して戦争を勝利に導く方法があるとすれば、それは唯一つ、日本自衛隊が核攻撃を敢行することである。そうなれば、戦争の帰趨がどうなろうと、中国は軍事的経済的に多大な被害と打撃を受け、アメリカを追い抜いて覇権国の地位に立つ展望は難しくなるかもしれない。
そのような台湾有事の構想が米軍CIAの内部で描かれている可能性は大いにあり、その極秘戦略に従って日本の安保3文書が組み立てられる可能性は大いにある。特に米軍においてだが、小型核は実戦使用される兵器になっていて、作戦計画に導入され位置づけられる有用な道具に他ならない。アメリカが小型核を先制使用する(自衛隊に撃たせる)可能性は小さくない。イラン戦争を振り返ってもらいたいが、トランプは、戦費を375億ドルも使って、トマホークを850発も撃って、最新AIを作戦に投入駆使して、どうしてアメリカがイランに戦勝できなかったと総括しているだろう。トランプはおそらく、核を使っていれば勝てたと後悔しているのではないか。というより、戦争の途中から、核攻撃できないかと米中央軍に打診し催促し、軍から反対を受け、トランプと米軍との間で揉める事態になっていたはずだ。もしも、キューバ危機の際、アメリカ大統領がケネディではなくトランプだったら、迷いなくルメイの作戦立案に賛成し、ソ連全土への核の戦略爆撃を裁可し命令しただろう。核応酬の第三次世界大戦になっていた。
前の記事で、エピック・フューリー作戦は台湾有事の予行演習の性格を持っていたと仮説を述べた。相手がイランだから、通常兵器で止まり、斬首作戦で止まったと考えるべきではないか。相手が中国という強大な軍事大国で経済大国の場合は、イラン相手の今回の攻撃レベルでは到底勝てない。有効な戦果は得られない。もっと強力な手段を第一撃で使う必要がある。そのように、米軍の作戦参謀とCIAの情報将校なら考えるだろう。一方、日本は今、fascism の悪魔と狂気の政治の渦中にある。ヒトラーが核兵器を持っていれば躊躇なく使っただろう。日本の政権を動かしている fascist が核戦争を怯臆するとは思えない。
「湯の町湯沢平和の輪」は、2004年6月10日に井上 ひさし氏、梅原 猛氏、大江 健三郎氏ら9人からの「『九条の会』アピール」を受けて組織された、新潟県南魚沼郡湯沢町版の「九条の会」です。