2026年8月6日木曜日

「風説の流布」への注意喚起/消費税美化する者を信用するな(植草一秀氏)

 植草一秀氏の掲題の2つのブログ記事を紹介します。
「『風説の流布』への注意喚起」の記事では、「消費税減税の財源が不明確なのは無責任である」との論説が流布されているが、「財源が不明確」(=国債依存)な政策はこれまでも無数にあるとして、「糸を引いているのは財務省で消費税減税は死ぬほど嫌う。目指すのは大企業と富裕層の減税と庶民課税である消費税の増税で、大企業と富裕層の減税は同省の天下り拡大につながるから実施するが、減税の財源を消費税に求めるため」と明言します。
 また「円安是正に向けて日米政府の意向が一致し、日米が協調介入した」も間違った論説であると述べ、その根拠について公開した範囲では示していませんが、メルマガでは「(強欲の)米国は日本に米国債を売らせたくないからでは」と示唆しています。

「消費税美化する者を信用するな」の記事では、「消費税を減税して社会保障制度が崩壊していいのか」という「美談」に騙されてはいけないとして、消費税が社会保障制度の財源という極めつけは無根拠であり、消費税が取り入れられた1990年~2020年の30年間に所得税7兆円減り、法人税7兆円減り 合計14兆円減っのに対して、消費税が16兆円増えたことを示し、消費税が所得・法人の「2税の軽減分の穴埋めに使われた」ことを明らかにしました。
 要するに消費税が社会保障費の財源になっているというのはマヤカシで、社会保障費の財源は所得税であろうが法人税であろうが全く構わないと述べます。
           ~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「風説の流布」への注意喚起
               植草一秀の「知られざる真実」 2026年8月 4日
二つの重要な経済問題について、偏った論説が流布されているので注意喚起したい。
二つの重要な経済問題とは 消費税減税問題  協調介入問題 である。
偏った論説とは 「消費税減税は無責任である」 との主張。
介入については 「円安是正に向けて日米政府の意向が一致した」 というもの。
いずれも間違った論説だ。

消費税減税は悪徳高市内閣における唯一の正しい方向の施策である。
「正しい方向の」としたのは、本来は 「消費税率の5%への引き下げ」が取られるべき政策であるからだ。それでもやらないよりはまし。
また、食品税率を実質的にゼロに引き下げれば29年4月に元の水準に戻すのは極めて困難になると考えられる。恒久措置が望ましく、再増税が困難であることは望ましい。

食品税率をゼロにする場合、2年間の減税で必要になる金額は10兆円。
このことについて「財源論」がかまびすしいが、10兆円の財政支出について、常に財源が論じられてきたのかをまったく踏まえていない。
代表事例として20年度から23年度までの4年間の補正予算の事例を提示してきた。
4年間に補正予算で154兆円の財政支出追加が計上された。そのすべてが国債の発行で賄われた
コロナの2020年度だけで73兆円の財政支出追加が補正予算に計上された。その全額が国債発行で賄われた

このなかにはGO TO TRAVELに3兆円、デジタル・グリーンに3兆円、防災国土強靭化に3兆円、構造改革・イノベーションに2兆円など、コロナとはおよそ関係の薄い対象に巨額がばらまかれた。予備費だけで10兆円の予算が計上された
極め付きは財務省天下り先の公的金融機関に19兆円が投下されたこと。
73兆円のばらまき予算の財源は100%赤字国債発行だった。
利権バラマキ予算では150兆円のバラマキでも財源論がまったく浮上しない。

ところが、消費税になると目くじらを立てて財源論が叫ばれる。このことに素朴な疑問を持つべきだ。
糸を引いているのは財務省。財務省は利権バラマキ財政を実は歓迎している。しかし、消費税減税は死ぬほど嫌う
財務省が目指すのは大企業と富裕層の減税と庶民課税である消費税の増税なのだ。
大企業と富裕層の減税は財務省の天下り拡大につながる。富裕層が大企業の経営者であり、彼らを優遇することで天下りという見返りが生じるのである。

減税するにはその財源をどこかに求めなければならない。その向かう先が消費税である。
庶民に負担をかぶせるのだ。
したがって消費税減税だけは絶対に阻止しなければならない対象なのである。

米国の為替政策の転換と財務省の基本路線である「ザイム真理教」について新著に記述している。
8月3日に上梓した『日本経済の終宴 絶頂株価後の最強投資戦略』(ビジネス社)
https://x.gd/yNOSpf をぜひご高覧賜りたい。

(お願い)
情報拡散を推進するために「人気ブログランキング」クリックをぜひお願いします。


続きは本日のメルマガ版「植草一秀の『知られざる真実』」4489号
「消費税減税と円買い介入の本質」 でご高読下さい。
この機会にメルマガ版「植草一秀の『知られざる真実』」ご購読をぜひぜひお願いします。https://foomii.com/00050

『ザイム真理教』(森永卓郎著)の神髄を深堀り、最重要政策争点財務省・消費税問題を徹底解説する新著を上梓しました。
財務省と日銀 日本を衰退させたカルトの正体』(ビジネス社)https://x.gd/LM7XK
ご高読、ならびにアマゾンレビュー、ぜひぜひ、お願いします。

メールマガジンの購読お申し込みは、こちらからお願いします。(購読決済にはクレジットカードもしくは銀行振込をご利用いただけます。)なお、購読お申し込みや課金に関するお問い合わせは、support@foomii.co.jpまでお願い申し上げます。


消費税美化する者を信用するな
                植草一秀の「知られざる真実」 2026年8月5日
消費税を美化する者を信用してはいけない。
「政治は支持率のためにあるのではない。
不人気な政策であっても国の未来のためにやらねばならないことがある。
社会保障制度を維持するには消費税が必要不可欠。
消費税を減税して社会保障制度が崩壊していいのか。」
こんな「美談」に騙されてはいけない。

2024年10月の衆院総選挙、2025年7月の参院選で自民大敗をもたらした石破茂元首相が消費税減税批判を展開している。
「消費税減税を実行すれば財政不安が広がり為替は円安に進む。
円安になれば金利は上がり、物価も上がり、消費税減税の効果は打ち消される。」
こんな話がまことしやかに流布されているしかし、この主張は「一つの説」でしかない。確定していないことについて「一つの主張」が提示されているに過ぎない。

上記の説明には多くの「ウソ」、あるいは「真偽不明の判断」が含まれている。
三つの誤りを指摘しておこう。
第一は社会保障の財源が消費税でなければならないという大ウソ。
第二は消費税減税を実行するときに円安になると限らないこと。
通常のマクロ経済理論の枠組みでは財政拡張は通貨上昇要因。
財政赤字拡大は円高をもたらすというのが標準的な経済理論の結論。
真逆の「風説」が流布されている。
第三は消費税減税の財源がないと騒がれるが財源があること。
巨大な自然増収がある。その自然増収を減税で国民に返還しないと「税の取り過ぎ」になる。

2001年に小泉政権が超緊縮財政を強行した。
私は超緊縮財政が日本経済を危機に陥れると警告した。実際に警告したとおりの惨状が現実化した。
私は積極財政を主張したのではない。行き過ぎた緊縮を批判した。
行き過ぎた緊縮が経済を悪化させ、資産価格を再暴落させ、その結果、日本は第二次金融危機に突入した。

このときの政策論議は次のものだった。
財政拡張を行うと金利が上がり、その金利上昇が円高をもたらす。
その円高が財政拡張の景気支持効果を消す。
「マンデル・フレミング効果」という言葉が使われて、財政拡張は「円高」をもたらすと喧伝された。

つまり、消費税減税が円安をもたらすとはまったく言えない。
過去の経済政策論議では財政拡張は円高をもたらすとされていた。それが、今回は財政拡張が円安をもたらすとされている。いい加減なものなのだ。

食品の消費税率を2年限りで1%に引き下げたところで、財政破綻が生じる可能性はゼロだ。したがって、この政策を実施して日本円が暴落することはあり得ない
また、社会保障の財源が消費税でなければならないということはない。そんな規定は日本のどこにも存在しない。
社会保障の財源は所得税でも法人税でも構わない。国債発行でも問題はまったくない。
社会保障の財源として消費税と所得税・法人税のいずれが適切かとの設問があれば、答えは明白だ。所得税・法人税の方が適切である。

日本の税制は1990年度と2020年度で大逆転した。
      1990年度   2020年度
所得税    26兆円     19兆円
法人税    18兆円     11兆円
消費税     5兆円     21兆円
税収合計   60兆円     61兆円

税収規模は約60兆円で同水準。しかし、構成が真逆。格差拡大の時代に、どちらの税収構造が望ましいか。消費税が小さく、所得税と法人税が大きいことが望ましい。消費税減税が正しい政策対応である。

新著 日本経済の終宴』(ビジネス社)https://x.gd/yNOSpf を上梓しました。
サブタイトルは「絶頂株価後の最強投資戦略」
第1章タイトルは「高市持率工作(こうしじりつこうさく)」
高市暴政の真実を明らかにするとともに株価絶頂を予測し、絶頂株価後の投資戦略を提案する新著。
夏休みにぜひご高読をお願いします。
続きは本日のメルマガ版「植草一秀の『知られざる真実』」 4489号
「消費税減税の風説を粉砕!」 でご高読下さい。
                   (後 略)

2026年 広島平和宣言

 6日に開催され広島市の平和記念式典には、過去最多の123カ国・地域と欧州連合(EU)代表部が参列を予定しているということです広島市が日本に大使館がある国の招待を始めた2006年以降の20年で、約3・5倍に増加しました
 専門家は、世界情勢が緊迫して核使用への危機感が高まっていることが、被爆地で開かれる式典への参列につながっているとみているということです(毎日新聞より)

 広島市のホームページに掲載された広島平和宣言を紹介します。
 (はじめに毎日新聞のAM8:01付の記事を紹介します)
           ~~~~~~~~~~~~~~~~~~
広島で平和記念式典始まる 原爆投下から81年、核廃絶求め宣言
                      毎日新聞 2026/8/6(木) 8:01配信
 米国による広島への原爆投下から81年の「原爆の日」となった6日、広島市の平和記念公園(広島市中区)で平和記念式典が始まった。松井一実市長は平和宣言で、多くの為政者が核抑止力に依存し続け、核兵器のない世界は遠のいていると指摘。被爆地を訪れ、核兵器廃絶のための政策を実行するよう求める。
 平和宣言は、国際法をないがしろにする大国の横暴な振る舞いが繰り返されていることや、核拡散防止条約(NPT)再検討会議で成果文書が不採択となったことに言及。核兵器の非人道性を軽視することは「第三のヒロシマ・ナガサキを作り出すことになりかねない」と警告する。
 また日本政府には、核兵器禁止条約の再検討会議にオブザーバー参加し、一刻も早く締約国になるよう求める。在外被爆者を含む被爆者援護の充実も要望する。
 式典では、高市早苗首相があいさつに臨むほか、グテレス国連事務総長のメッセージを国連の中満泉事務次長(軍縮担当上級代表)が代読する。【井村陸】


令和8年(2026年)平和宣言

                      2026年8月6日
被爆から81年が経過した今、私たちが暮らすこの地球上では、核を脅しの道具に使った軍事侵攻や国際法をないがしろにする大国の横暴な振る舞いが繰り返されています。また、今年開催されたNPT(核兵器不拡散条約)再検討会議では、過去2回に続き成果文書が不採択となりました。その原因は、他国に責任を転嫁し自国の行動を正当化する為政者の言動にあります。また、こうした為政者の言動は、NPTが定める義務を無視するに等しく、世界の平和と安定を根底から揺るがすものです。

このままでは世界中で不信の連鎖が進み、欲望がむき出しになっていた第二次世界大戦の時代に回帰してしまいます。核兵器の非人道性を軽視し、自国の繁栄のための武力行使を認めることは、暴力を伴う報復の連鎖を許容し、第三のヒロシマ・ナガサキを作り出すことになりかねません。

皆さん、ここで再度、あの惨禍を生き抜いた被爆者の体験に耳を傾けてください。当時16歳だった女性は優しかった姉のことを振り返ります。まるで骸骨のように皮膚が崩れてなくなり、唇のない口から歯がむき出しになっていた姉の顔は、悪夢のようで信じられなかった。また、3歳で被爆した後に次々と病に襲われ、55歳で白血病を発症し原爆症と診断された女性は、いつも次にどんな病気がくるのかという恐怖と隣り合わせの日々だったといいます。また、別の当時9歳だった男性は、多くの一般人が犠牲になっているロシアによるウクライナ侵攻を目の当たりにし、争いが起きない世界を創るため、自分の中の争いの心を乗り越え、相手の考えを受け入れる気持ちを持ってほしい、とりわけ若い世代には、そのために身近なことから考えてほしいと訴えます。

市民社会は、こうした被爆者の声や被爆者の思いを伝承する活動に鼓舞され、核兵器廃絶と平和を願う行動の輪を、国境を越え世代を超えて広げてきました。しかし、多くの為政者は現実的な対応として核抑止力に依存し続け、暴力を肯定する国際社会が出現し、核兵器のない世界は遠のくばかりです。戦争の記憶が薄れることで核兵器の使用が容認されかねない時代を生きる私たちは、今改めて、国連を創設し核兵器廃絶を決意した過去の教訓を学び直す必要があります。そして、一人一人があらゆる暴力を否定し、核兵器廃絶という理想を理想で終わらせない国際社会を創り上げるための行動を起こす必要があります。

そこで、若い世代の皆さんに提案があります。価値観の異なる人々との国境を越えた交流を深めてください。そうすることで、嬉しさや楽しさ、夢や希望を共有することができます。既に世界の多くの若者が、広島を始め様々な場で被爆の実相を学び、交流を深めています。皆さんも平和のために日常生活の中でできることを実践し、自らの思いを発信することで、その行動の輪を広げていってください。こうした取組は、お互いを認め合う平和文化を世界中に根付かせ、核兵器廃絶を国際社会の常識にすることにより、為政者が核抑止力に依存することを認めない環境づくりにつながります。広島市は、平和首長会議の8,589の加盟都市と連帯し、平和文化を世界中に広め、次の世代に伝える活動を後押しするとともに、「ヒロシマの心」を世界に訴え続けます。

世界の為政者の皆さん。市民社会は一日も早い核兵器廃絶を願っています。いったい、いつまで失望させ続けるのですか。核兵器の使用が人類に壊滅的な被害をもたらすこと、そして核軍縮・不拡散は、多国間で取り組むべき課題であることを十分理解されているはずです。また、核保有国の為政者の皆さんは、核軍縮に大きな責任を有しているのですから、自ら範を示す必要があることを十分認識されているはずです。世界の為政者の皆さん。自ら被爆地を訪れ、ヒロシマ・ナガサキの悲劇と真剣に向き合い、被爆者の平和への思いを受け止めてください。私たち市民社会は、為政者の皆さんが被爆地から核兵器廃絶への決意を世界に発信し、そのための政策を実行することを心から待ち望んでいます。

日本政府には、日本国憲法が掲げる崇高な理想を深く自覚し、国際社会において名誉ある地位を占めるための歩みを止めないでいただきたい。とりわけ、各国との分断や対立が生じかねない厳しい安全保障環境にあるからこそ、国民に犠牲を強いることのないよう、したたかで粘り強い外交に徹する中で、国際社会の平和と安定に向けて貢献し続けることを表明し、実行していただきたい。そのためにも、まずは今年11月から開催される核兵器禁止条約の再検討会議にオブザーバー参加し、そして、一刻も早く締約国となっていただきたい。また、平均年齢が86歳を超えた被爆者の支援策については、今なお抱えている様々な苦しみや苦悩に寄り添い、在外被爆者を含めた被爆者援護のあり方を踏まえた上で、その充実を図ることを強く求めます。

本日、被爆81周年の平和記念式典に当たり、原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げるとともに、核兵器廃絶とその先にある世界恒久平和の実現に向け、力を尽くすことを誓います。そして、改めて市民社会に呼び掛けます。世界中の皆さん、被爆者の切実な思いが込められた「ヒロシマの心」を胸に、共に行動することで世界を変えていきましょう。
                        令和8年(2026年)8月6日
                             広島市長 松井 一實

高市首相の熊本地震避難所視察は「至れり尽くせり」の選ばれた避難所1カ所のみ

 熊本地震発生から7日目の8月3日、高市首相が被災地の熊本を訪れました。しかしそれは単なるパフォーマンスとしか思えないもので、現地滞在時間は50分程度(現地での移動を含む)で到底「被災地の視察」と呼べるようなものではありませんでした。
 高市首相が視察したのは、最も無難と判断された熊本県氷川町の避難所になっている氷川中学校で、そこでは真夜中までかけて段ボールベッドなどが整備されたようです。
 高市首相クーラーの利いた校長室で5名の被災者と面会しました。そこでの僅か数分間の談がほぼ現地視察の全容で、あとは各教室に避難している人たちに数秒程度の言葉がけの挨拶をして回ったようです。
 同行した内閣の広報担当官が翌4日に動画を公開したのはいいのですが、それにはピアノ演奏のバックミュージックが入っていたそうで、不自由を極めた避難生活の実態にそぐわないものだと 批判の大炎上に見舞われたということです。
 高市政権発足からかなりの間はそうした動画が公表されると 岩盤支持層から絶賛されたのでしょうが、国会での無様なありようから高市氏の実像がようやく国民に分かり 支持率が急速に落ちた7月以降はいわば「冬の時代」を迎えました。

 高市氏の熊本地震避難所視察を報じたLITERAの記事を紹介します。
           ~~~~~~~~~~~~~~~~~~
高市首相の熊本地震避難所視察は北朝鮮並みのプロパガンダだった!「至れり尽くせり」の選ばれた避難所の一方で実態は
                            LITERA 2026.08.04
 これで本当に「被災地の視察」といえるのか。熊本地震発生から7日目の8月3日、高市早苗首相が被災地の熊本を訪れたが、その模様は、まさに成果アピールのためのパフォーマンスとしか思えないものだった。
 高市首相が視察したのは、熊本県氷川町の避難所になっている氷川中学校だが、とくに懐疑的な目が向けられているのが、映像が公開された5名の被災者との別室での意見交換の模様だ
 冒頭、高市首相が「お困りごととか、不安に思ってらっしゃることをお聞かせください。もう国でできることは全部やるつもりで参りました」と口火を切るのだが、不満を述べる被災者はおらず、逆に、高齢の男性がこう答える。
「避難所の生活については、特に不満等はないです。本当にもう至れり尽くせりで、ベッドも全員、段ボールベッド、最初は床に寝てたんですけども、やっぱどうしても足腰が悪い人はあの立ち上がったりなんかするのに不便なもんですから、大変助かりました」
 これに高市首相が「昨日あたりに全部届きましたか」と満足げに応じたあと、こうアピールする。
「お配りできなかったところがあったんですが、土曜日の夜遅くそれを聞きまして、で、日曜日、昨日ね、あの、津島副大臣がものすごく頑張って、段ボールベッドの組み立てがなかなかやり方わからないとかいろんなことがありましたが、職員も入れて、一斉に間仕切りと段ボールベッドの展開。今日までかかってるところもありますが、昨日すごく動いたんです」
 すると、今度は高齢の女性がこう感謝の意を示したのだ。
「段ボールベッドは来るし、支援物資は来るし。こんな快適な生活はないと思いまして、本当に涙が出るほどありがたかったです」
 日本人は災害の苦境にあってわずかな支援しか提供されていなくても、感謝の意を示す傾向があるが、ここまで手放しで政府や自治体の対応をほめちぎっている映像は見たことがない。そのためか、SNSでは「被災者は支持者か、仕込みではないのか」「北朝鮮並みのプロパガンダ」というツッコミが殺到している。
 出席者が仕込みというのはさすがに考えづらいし、善意の被災者にはなんの責任もないが、しかし、今回の高市首相の視察に「演出」があるのは明らかだ。というのも高市首相は、約200カ所(3日時点)ある避難所のなかで明らかに支援が行き届いたところを用意し、視察に行っていたからだ。
 
被災者が「至れり尽くせり」と語った理由は、視察用に行き届いた避難所を選んだから
 高市首相が今回、訪れた氷川中学校の避難所は教室使用でクーラーを完備しているのはもちろん、段ボールのベッドも全員分を用意。プライバシーを確保するためのパーテーションもあった
 しかし、ここは取材陣の間でももともと「特別に力を入れている」といわれていた避難所らしい。読売テレビの報道によれば、女性が利用しやすい避難所を念頭に、航空自衛隊によって大きなお風呂やシャワーなどの入浴設備が設置され、女性自衛官が数多く配置されていたという。
 一方では、3日時点でもまだエアコンが設置されてない避難所が残っていたし、ダンボールベッドはおろか、囲いの段ボールさえないまま雑魚寝を強いられる避難所がかなりの割合を占めていた
 3日の読売新聞によれば、宇城市の避難所では、間仕切りもなく雑魚寝の状態が続くなか、コロナ感染者まで出ているという。
 避難所に指定されている学校体育館のほとんどにエアコンが設置されていないことから、文科省は地震発生翌日の7月29日に、エアコンの整った普通教室を避難所として活用するよう通知を出したが、発生直後の混乱や人手不足のせいか、通知後も多くの被災者がエアコンのない体育館で雑魚寝を強いられていた
 たとえば、8月1日の「NEWSポストセブン」はその悲惨な状況をこうレポートしている。
避難所に指定されている鏡町小学校の体育館。鏡町は八代市の中でも特に被害が大きい地域だ。うだるような暑さのなか、被災者たちが身を寄せ合っていた。空調設備はなく、頼りは扇風機のみという状況。火曜日から体育館に身を寄せているという女性は環境への不満をこぼした。
「暑い、暑いですね、ここは。扇風機しかないから。だからちょこちょこ水分を飲んでいます」
 エアコン未設置問題では、小泉進次郎防衛相が29日にスポットクーラー約300台を熊本に輸送したことをアピールしていたが、そもそも避難所は当時400カ所以上に及び、9000人近い住民が避難していて、全然足りない。しかも、同じく「NEWSポストセブン」によると、宇城市の小野部田小学校では、このクーラーが搬入されたものの、電源がないため使われていなかったという。
 エアコンが使えるようになった後も、まったく解決されていないのが雑魚寝状態だ。2日付の熊本日日新聞は、約100人が避難する八代市西松江城町の代陽コミュニティセンターでは、横になれるスペースは1人1畳ほどで、「荷物を置くと足を伸ばせない。雑魚寝で物音がして眠れない」という被災者の声を紹介している。
 また、市内最多の約1000人が避難する宇城市小川町の小川防災拠点センターでは、床に雑魚寝状態という環境下で体調管理が難しいためか、数人が救急搬送されたという。
 そして、2日には、雑魚寝を強いられる避難所を避けたのか、車中泊をしていた70代女性が熱中症で亡くなっている。
 問題は、エアコンや雑魚寝だけではない。トイレにしても、災害発生から48時間経った7月30日になっても届かず、その後も十分な数は揃わない。早朝から数十人の行列ができていた避難所が続出し、悲惨な状況になっていた
 たとえば、前掲の熊本日日新聞は、代陽コミュニティセンターの5基のトイレのうち洋式が1基のみで、足腰が悪くて和式を使えないという高齢の被災者の声や、八代市鏡町の鏡コミュニティセンターではトイレに入るのをためらうほど、臭いがひどいという被災者の声を紹介している。
 
短かった視察時間 内閣広報は51分滞在と反論も、地方紙で避難者が「首相は10秒しかいなかった」
 災害時に首相が避難所を視察する意義は、被災者が置かれた困難や窮状を肌で知ることにあるはずで、過酷な環境を強いられている避難所にこそ足を運び、被災者の不満に耳を傾けるべきだろう。
 にもかかわらず、高市首相は数多ある避難所のなかでも、わざわざエアコン、段ボールベッド、パーテーション、大きなお風呂が揃った場所を訪ね、被災者から「本当にもう至れり尽くせり」「こんな快適な生活はない」と言ってもらって、悦に入っていたのだ。
 これでは、「パフォーマンス」「プロパガンダ」のための視察、と言われても仕方がない。
 実際、そのパフォーマンスを差し引いて客観的なデータだけを検証してみると、高市首相の震災への関心が実は非常に低いことが浮き彫りになる。
 そのひとつが、実際に視察に費やした労力だ。高市首相の視察については、現地の氷川中学校に入って取材したジャーナリストの田中龍作氏が〈クーラー付き、段ボールベッド完備の別格避難所を高市総理が視察したのは、たったの3分間。 電光石火だった。避難生活の辛さが理解できるはずがない。〉とXに投稿。
 対して、佐伯耕三内閣広報官のXアカウントが、〈一部SNSで事実と全く異なる情報が流れていますが、高市総理が氷川町の避難所に到着し視察を開始したのは、午後3時13分。視察を終えて避難所を出発したのは、午後4時4分です。避難所視察は51分間ですので、お伝えします〉と反論した。
 しかし、内閣広報官の言う「51分間」というのは、あくまで氷川中学校に滞在した時間にすぎない。
 官邸が公開した動画や各紙の首相動静をチェックすると、3時21分から13分間は別室で氷川町町長らとの会談に費やし、そのあとすぐ冒頭で紹介した別室での被災者との意見交換が19分間、3時54分まで行われている
 避難所の教室を視察していたのは、中学校に到着した3時13分から20分までの間か、3時54分から氷川中学校を出発する4時4分までに間のどちらかしかなく、そこから官邸の動画に映っている移動や物資の視察を差し引くと、「3分間」かどうかはともかく、避難所になっている教室にいた時間が数分程度なのは、間違いない。
 いや、避難者からみると、もっと早く切り上げたという印象もあったようだ。高知新聞が4日付で掲載した「高知新聞の記者現地取材」の記事において、高市首相が視察した氷川中学校の避難者を取材し、こうレポートをしているのだ。
〈避難者の男性(80)は「私のいる教室に首相が来て何かあいさつしていたが、耳が遠くて聞こえんかった。10秒もいなかったと思う。自民党の宣伝でしょ」と冷めた声を漏らした。〉
 
岸田元首相も安倍元首相も複数の避難所を視察していたのに、高市首相は1箇所のみ
 視察時間よりもっと気になるのは、高市首相が、今回、その整った避難所である氷川中学校ただ1カ所しか避難所を訪問しなかったことだ。
 たとえば、岸田首相は2024年の能登半島地震の際、輪島市立輪島中学校、珠洲市立緑丘中学校の2カ所の避難所を視察している。
 また、災害への関心の薄さや被災者への冷たさを再三指摘されてきた安倍晋三元首相も、2016年の熊本地震では、本震発生から1週間後の4月23日、早朝6時3分に公邸を出発し、南阿蘇村の総合福祉センターと益城町の保育所、老人ホームの計3カ所の避難所を視察している。
 対して、今回、高市首相が公邸を出たのは午前9時45分で、避難所の視察は繰り返してきたように氷川中学校一カ所のみ。もう少しだけ早く出かければ、そう遠くないのだから、避難者数が多く、避難所も混雑していると言われる八代市や宇城市の避難所に足を運べたと思うのだが、高市首相はそれをしなかった
 この震災への積極性のなさは、前日の日曜日の行動からもうかがえる。
 8月1日、2日は、高市首相が地震発生後に迎えた最初の週末であり、どう過ごしているかを首相動静でチェックしたところ、土曜日は、さすがに官邸で熊本地震非常災害対策本部会議などに出席していたが、日曜日はなんと、いつものごとく終日、公邸にこもりきりだったのである。
 本震発生から1週間足らずで大きな余震が来る可能性もある上、しかも翌日に視察を控えているわけだから、官邸に詰めて、関係閣僚や震災、被災者支援担当部署との打ち合わせやブリーフィングを受けるのが普通だろう。
 実際、岸田元首相は能登半島地震の発生から初めての週末1月6日(土)はもちろん、7日(日)にも、官邸で林芳正、村井英樹、森屋宏、栗生俊一正副官房長官、松村祥史防災担当相、村田隆内閣危機管理監、森昌文首相補佐官、高橋謙司内閣府政策統括官、森光敬子厚生労働省危機管理・医務技術総括審議官、茂木正経済産業省商務・サービス審議官、松山泰浩資源エネルギー庁次長、国土交通省の広瀬昌由水管理・国土保全局長、丹羽克彦道路局長、石坂聡住宅局長(肩書はすべて当時のもの)と、ものすごい数の関係閣僚、担当官僚からブリーフィングを受けている
 対して公邸にこもりきりだった高市首相は誰にも会っていない。現場の担当者やそれぞれの専門家に会って、いままさに起きている地震被害の対策を考えなければならないのに、寝てないアピールの時のように「資料読み込みをしていた」とでもいうのだろうか。
 いずれにしても、こういう姿を見ていると、カメラの前では「できることは全部やるつもりで参りました」と言っていた高市首相が本気で、被災者支援に取り組むつもりがあるのか、甚だ怪しくなる。
 実際、高市首相のかつての言動を見ていると、安倍元首相同様、右派の特徴なのか、災害支援や救助にとんと関心がないことがよくわかる。
 その点については、別稿で詳しく記事にするつもりだが、問題は、こうした空疎な実態があるにもかかわらず、高市首相や官邸はSNSなどで露骨なプロパガンダを堂々と垂れ流し続け、それが応援団の手によって拡散されていることだ。
 SNSでは、こうした欺瞞について、冒頭で紹介したような「北朝鮮並み」どころか、2024年に発生した大規模災害の際の金正恩主席による視察画像を紹介した上で、「金正恩の被災地訪問の方が、高市早苗よりもはるかにマシ」と指摘するポストまで広がっている。
 さすがにそこまでとは思わないが、この国が相当ヤバいことになっているのは、事実である。                          (編集部)

06- 防衛費を被災地にまわせ/なぜ被災対応は進化しないの?「生活安全保障」の後回し

 掲題の2つの記事を紹介します。
「防衛費を被災地にまわせ」は長周新聞の「コラム狙撃兵」による記事です。
 同氏は、地球を覆う十数枚のプレートのうち4枚が重なっている日本列島はまさに地震の巣窟であるとし、熊本地震は事態としてはまさに有事で、国が全面的に身を乗り出して対応すべき局面であるのに、「為政者はその対応があまりにも鈍感で、いつも被災者や被災地にたいして棄民政策という冷淡な仕打ちがくり返されている。東日本大震災、熊本地震、能登半島地震で見てきた現実は、いつも個人の自助努力に丸投げして棄民する政府の姿なのである」、そして「いつも震災関連死の方が直接死の10倍近くに膨らむというのは、震災対応の非情さをあらわしている。米軍需産業にくれてやる10兆円があるのなら、そっくりそのまま被災地の再建に振り向け、まず絶望の淵に立たされている被災者すなわち国民を守るべきである」と断じます。

「なぜ被災対応は進化しないの? 生活安全保障」の後回し もう我慢ならない」は、三輪記子弁護士によるシリーズ「それ、当たり前のことですか?」のコラム記事です。
 三輪氏は、酷暑も地震も可能な限りマクロな観点からの備えもすべきであるとして、その責任を負う政府や自治体がその責任を果たしているのかについて、それを追及すべき多くの報道が「被災地はこんなに大変です」という情報止まりであると嘆き、
「どうして避難所の環境が改善されないのか。どうして多くの人が相変わらず体育館で雑魚寝をしているのか。どうして『防衛費』にはすぐに大金を出すのに、市民の生活安全保障(たとえば避難所になるべき体育館のエアコンや段ボールベッドの備蓄など。これに限らない)は後回しになっているのか」と指摘します。
           ~~~~~~~~~~~~~~~~~~
防衛費を被災地にまわせ
                 長周新聞 コラム狙撃兵 2026年7月31日
 10年の時を経て再び熊本で震度7の大きな地震が起こり、いまのところ死者35名、重傷6名となっていることが国のまとめで明らかになっている。地震に起因したイオンモール熊本のガス爆発や日本製紙八代工場の崩れた煙突などの目立った被害の他にも、押しつぶされた家屋1階がぺしゃんこになったビル崩れた橋の歩道橋つなぎ目がずれた高速道路インターの高架橋等々、まだまだ把握しきれていない被害の一端が次々と伝えられている。およそ3万戸が停電し、8万4000戸で断水が発生。夏真っ盛りの酷暑のなかでの地震だけに熱中症などの二次被害が広がることも懸念されている。避難先の学校体育館といっても空調の整備率は12%そこらで追いついておらず蒸し風呂状態。そのためにエコノミークラス症候群に気をつけながら車中泊で熱帯夜を過ごしている避難者の様子が伝えられる。地震という避けがたい災害によって、それまで当たり前だった当該地域の人々の暮らしがひっくり返っているのである。事態としてはまさに有事で、国が全面的に身を乗り出して対応すべき局面である。

 2011年の東日本大震災から2016年の熊本地震、2024年の能登半島地震とこの十数年で震度7クラスの巨大地震が立て続けに起こり、日本列島は地震の周期に入っているとされる。震度7クラスではないまでも、全国各地で割と大きめな地震は頻発しており、北海道や東北地方にはじまって九州地方にいたるまで、それぞれの箇所で要注意と目されてきた活断層は活発に動いているのが実態だ。地球の表面を覆っているプレート(岩の板)が日々運動して数百年という時間軸でひずみが蓄積し、あるタイミングで境界部分がずれて元に戻ろうと跳ね上がったりすることで地震は起こる。地球を覆う十数枚のプレートのうち四枚が重なっている日本列島はまさに地震の巣窟ともいえる“地震列島”である。九州地方は阿蘇山や桜島といった活火山、巨大なマグマ溜まりが発見されている鹿児島県南部沖の海底火山「鬼界カルデラ」などの動きとも連動した巨大地震の脅威にさらされている地域でもある。そして西日本一帯は東海・東南海・南海地震が連動したM9クラスの超巨大地震が発生したとしても不思議ではない状態とされ、すでに当該自治体では後方支援も含めて四国に渡っていく救援体制や自衛隊が兵站を築く拠点、死体安置所となる体育館なども指定され、具体的な想定がやられているほどである。

 日本列島で暮らす以上、地震は避けがたい天災である。伝わっている歴史的書物を見てもわかるように、地震・津波によっておびただしい被害を被りながら、そのたびに先人たちは復興して暮らしを取り戻してきた。問題は、現代のようなはるかに豊かで発展しているはずの日本社会において、為政者をしてその対応があまりにも鈍感で、いつも被災者や被災地にたいして棄民政策という冷淡な仕打ちがくり返されていることである。救援物資も赤十字の募金も個人の善意に依存したところでたかがしれているわけで、国をして「心配するな! 国がついているぞ!」と全面的に生活再建への支援を惜しみなく実施することがどんなに被災者や被災地を勇気づけるかである。しかし東日本大震災、熊本地震、能登半島地震で見てきた現実は、いつも個人の自助努力に丸投げして棄民する政府の姿なのである。

 国民の生命と安全が脅かされている――。天災もまた有事である。防衛費が年間10兆円超えして「ミサイルを配備して国を守る!」などとうそぶく前に、目の前で国民が直面している有事にたいして惜しみない支援を実施して、その生命と安全を守ること、安心して生活再建に取り組めるよう潤沢な支援を実施することが優先される。地震や津波で暮らしがままならなくなり、いつも「震災関連死」の方が直接死の10倍近くに膨らむというのは、震災対応の非情さをあらわしている米軍需産業にくれてやる10兆円があるのなら、そっくりそのまま被災地の再建に振り向け、まず絶望の淵に立たされている被災者すなわち国民を守るべきである。                 吉田充春


三輪記子 それ、当たり前のことですか?
なぜ被災対応は進化しないの?「生活安全保障」の後回し もう我慢ならない
                        日刊ゲンダイ 2026/08/03
                      (記事集約サイト「阿修羅」より転載)
 熊本で大地震が発生しました。お見舞い申し上げます。日本では、線状降水帯からの豪雨災害、地震による災害、土砂災害などがあちこちで起こり、「災害列島」であることは誰の目にも明らかです。
 日本に住む限り、いつどこでどんな形で被災するか分かりません。今や「酷暑」も災害級で「目の前の暑さにどう対応するか」ばかり注目されがちですが、暑さについてはもっと根本的に、気候変動にどう対処するのか? が、政治的課題になるべきではないでしょうか
 もちろん、目の前のことも大切だけど、科学技術は日々発展しているわけだし、可能な限りマクロな観点からの備えもすべきでしょう。「マクロな観点からの備え」という意味では、その責任を負うのは政府や自治体です。政府や自治体はその責任を果たしているのかについて、チェックすべきは政治家自身、メディア、市民です。自省すべきリーダーは「やってる感」ばかり気にしている様子で残念この上ないですし、責任追及すべき多くの報道が「被災地はこんなに大変です」という情報止まりです。

 どうして避難所の環境が改善されないのか。どうして多くの人が相変わらず体育館で雑魚寝をしているのか。どうして「防衛費」にはすぐに大金を出すのに、市民の生活安全保障(たとえば避難所になるべき体育館のエアコンや段ボールベッドの備蓄など。これに限らない)は後回しになっているのか。多くの行政職員の方が現場で頑張っているのを私自身知っているけれど、もっともっと被災対応は進化し、深化できるのではないか。
 これは「予算配分」の問題で、やはり政治家の問題でしょう。どうしてここまで政治家に甘いのでしょうか。それは私たち市民が「我慢」を美徳とし、「自助」を賛美しているからではないでしょうか。もちろんこれらを美徳とし、賛美することを全否定するつもりは毛頭ないけれど、「わがまま」と言って他者の「権利主張」を阻害するのはもうやめにして、みんなそれぞれ、あるいは時に連帯して「権利主張」し、自分自身の権利でなくても権利主張する人を支えることを新しい「当たり前」にしませんか? 災害時は個人の尊厳(憲法13条)が損なわれがちですが、それは「当たり前」のことではありません。いつまでも被災やそれに伴う災害の責任を個人のものにしてはいけません

三輪記子 弁護士
1976年、京都市生まれ。東大法学部卒、立命館大法科大学院修了。2010年に弁護士登録。コメンテーターとしてテレビなどのメディア出演のほか、「弁護士三輪記子のYouTubeチャンネル」などネットでも発信。