2016年8月5日金曜日

『あさイチ』で井ノ原、有働らが戦争への危機感を表明

『あさイチ』でイノッチ、有働由美子らが戦争への危機感を表明し
「叩かれても黙らない」とタブーに抵抗を宣言
NHK NEWS WEB 2016年8月4日
 広島への原爆投下から71年目を明後日に迎えるが、そうしたなかで、きょう放送されたNHK『あさイチ』が話題を集めている。というのも、放送中には画面右上に大きく「戦争はイヤだ」というテロップが躍り、憲法9条の改正が議論にあがるなかで現代の戦争を考えよう、という特集だったからだ。
 
 しかも、番組は戦渦から日本に逃れてきた外国人に話を聴くという趣旨だったが、それは日本の現状に警鐘を鳴らす内容でもあった。
 たとえば、司会のイノッチこと井ノ原快彦は、「きょうは何を話すべきかってことなんですよね、ぼくらが」と力強く語り、現在の日本のなかで感じる危機感をこのように口にした。
「いつ(戦争は)起きてもおかしくないっていうのを、もうちょっとリアルに想像できるかなって」
 「たとえば日本でひとつの流行が起こったときに、誰が止められるかっていえば、誰も止められないじゃないですか」
 「(大きい流れに)なっちゃったら誰にも止められない、治まるのを待つしかない」
 
 先の戦争がそうだったように、戦争への熱狂が扇動されれば、終わるまでは誰にも止められなくなってしまう。しかも、いまの日本では「積極的平和主義」という言葉のもとに武力攻撃を正当化している。そんななかで井ノ原は、戦争はすぐ身近なところにあり、大きな流れに乗ってしまうことの恐ろしさを訴えたのだ。
 さらに番組では、VTR出演したミャンマー人の女性が「銃を持って戦うことだけが戦争ではない。言いたいことを言えないことも戦争」と言い、ビルマにおける軍事政権の言論弾圧の実態を語ると、それを受けてNHK解説委員の柳澤秀夫はこんな話をはじめた。
 
「メディアで伝える立場にあるぼくらの仕事っていうのは一体何なのかなって、やっぱり考えなきゃいけない」
 「目の前にある現実が一体何なのかなって立ち止まって、そこから『本当なのかな? これひょっとしたら嘘かもしれないな』って、それをチェックしていくのがぼくらの仕事だと思うんだよね。で、右から左にきたものをそのまんま『こうですよ』って垂れ流すのは、ぼくらの仕事を果たしていないと思う」
 完全に安倍政権の広報放送局に成り下がったNHKの番組で、まさに自社の報道批判とも言える発言だが、他の出演者も、メディアの萎縮によって社会に醸成されつつある“空気”に、次々に疑問を投げかけた
 
 たとえば、井ノ原は「(政治の話題が)若干タブーな感じ」と言うと、ゲストのマキタスポーツも、「そうこうしているうちに、タブーがどんどんどんどん拡張していって広まっていくうちに、大事なことが進んでいっちゃってるような気もしますよね」と指摘した。
 また、司会の有働由美子も、“空気を読んで自分の言いたいことを封印することで、大きな空気に加担してしまうのが怖い”と感想を述べたのだが、ここで井ノ原は有働に「有働さんみたいな人、ぼくもそうだけど、バーって喋る人は、喋ったらいいと思うんですよね」と語りかけた。すると有働は「叩かれてもね」と返答し、井ノ原も「叩かれてもいい」と胸を張った。
 叩かれたとしても、大きな流れに与することなく言いたいことは言う。──こうした番組出演陣とスタッフの覚悟があるからこそ、『あさイチ』は弱腰のNHKにあって、弱者切り捨ての貧困や、他の情報番組では少しもクローズアップされない沖縄、戦争などの問題にも踏み込んでこられたのだろう。とくに、そうした覚悟が感じられたのは、井ノ原のこんな言葉だ。
  
 「まわりから『そんなこと言わないほうがいいんじゃない?』と言われるような、そういう人がいなくなるのがいちばん怖い」
 
 柳澤は、「戦争ってよくはじまるときに『正義のための戦争』って言うけど、ぼくは戦争っていうのは形容詞つかないと思うんですよ。戦争は戦争。戦争が一度はじまってしまったら、人が人を殺す現実しかないってつくづく思う」と戦争の本質を語れば、井ノ原は「毎日、朝ドラ観たいじゃないですか。で、観ながらああだこうだ言いたいし」と“ただ暮らしを守りたい”という生活者としての戦争に反対する素直な感想を口にした。──こうしたトークはとてもシンプルな、平和を考えるうえで当然のメッセージだ。しかし、この特集がはじまった際の、いつもより張り詰めた有働の表情からも“これくらいの内容”でさえ現在のNHKでは放送に緊張が伴うことが見てとれた。
 
 だからこそ、「叩かれても黙らない」とあらためて放送中に誓い合った井ノ原や有働には、大きなエールを送りたい。ふたりと柳澤にはこれからも、「戦争はイヤだ」という当たり前のことを当たり前のこととして、堂々と伝えつづけてほしい。そしてぜひ今度は、憲法改正に正面から切り込んでほしいと思う。 (水井多賀子)

稲田防衛相就任が示す“憲法攻撃”内閣

 安倍首相は3日の内閣改造で、改憲タカ派で知られる稲田朋美氏を防衛相に抜てきし、明文改憲への強い意志を示しました。
 稲田氏は、今年2月の衆院予算委員会の質疑で「憲法改正については、やりやすいところからやる」のではなく「9条2項などのように、本質的な議論をする」のが良いと安倍首相に9条改憲を迫りました。そのとき「現実に合わなくなっている9条2項をこのままにしておくことこそ立憲主義を空洞化する」と、珍妙な主張もしました
 安倍首相は、自分の言いたいことを明言してくれるというような信頼感を持っているのかも知れませんが、
よりによって侵略戦争正当化の急先鋒である人間を防衛相にさせるとなると、中国、韓国はじめアジア諸国には「日本軍国主義復活」をイメージさせることになり、緊張を激化させることになります
 稲田氏がこれまでのように防衛相の肩書で靖国参拝を強行すれば、中韓に与える憤激の度合いは計り知れません。それも安倍首相にとっては歓迎ということなのでしょうか。
 
 稲田氏の防衛相就任は、国内的には“憲法攻撃” 内閣の性格を鮮明にするものですが、中韓をはじめ極東アジア諸国に対しては、大いに神経を逆なでさせるものです。
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安倍再改造内閣 稲田防衛相就任が示す“憲法攻撃”内閣
しんぶん赤旗 2016年8月4日
 衆参両院で改憲勢力が3分の2の議席を占めるもと、安倍晋三首相は3日の内閣改造で、自民党内きっての改憲タカ派で知られる、稲田朋美前政調会長を防衛相に抜てきし、明文改憲への強い意志を示しました。参院選中は街頭演説で一言も改憲に触れなかった安倍首相は、選挙が終わるや「いかにわが党の案(自民党改憲草案)をベースにしながら3分の2を構築していくか。これがまさに政治の技術」と態度を「豹変(ひょうへん)」させたのです。「憲法攻撃内閣」というべき様相です。
 
 憲法尊重擁護義務をかなぐり捨てるように、安倍首相は安保法制=戦争法で憲法破壊を強引に推し進め、さらに「(自民党総裁)任期中の改憲」への意欲を明言するなど、露骨な改憲姿勢を発信してきました。その旗振りをしてきたのが稲田氏です。
 今年2月の衆院予算委員会の質疑で「憲法改正については、やりやすいところからやるべきだという議論もありますけれども、私は9条2項などのように、本質的な議論をする」と安倍首相に9条改憲を迫りました。安倍首相は、「自民党は憲法改正草案を発表し、9条2項の改正と自衛権の明記、自衛のための組織(国防軍)の設置など、将来のあるべき姿をお示ししている」と答弁し、“9条破壊”が改憲の本丸であることを示しました。
 
 防衛相に就任した稲田氏は、戦争法の具体的発動を担うことになります。戦争法の発動に対しては、その都度国会論議においても、広範な国民世論においても、戦争法の違憲性が大論争になります。
 稲田氏は前出の衆院での質問でも、自衛隊が憲法違反だという主張が憲法学者の7割を占めるもとで、「現実に合わなくなっている9条2項をこのままにしておくことこそ、立憲主義を空洞化する」と主張。“戦争法違憲論”を、自衛隊違憲論とすり替え、改憲論議を推し進める手法を示しています。
 
名うての靖国派
 他方で稲田氏は、日本の侵略戦争を正当化する、名うての「靖国」派の一人です。同氏が政界入りする以前、小泉純一郎首相による「靖国」連続参拝のもと、2004年8月15日の靖国神社境内で行われた日本会議の集会で、「総理の参拝」を求めながら「神州不滅」などと“気迫”の演説をしました。その姿勢が買われ、05年8月の「郵政選挙」で安倍晋三幹事長代理(当時)に「刺客」としてスカウトされ、衆院福井1区から出馬しました。
 
 「東京裁判史観からの脱却」を公言し、侵略戦争正当化の急先鋒(せんぽう)である稲田氏が防衛相に就任することは、中国、韓国はじめアジア諸国から「日本軍国主義復活」の危機感を呼び起こし、緊張を激化させる重大な懸念があります。
 安倍首相は著書『新しい国へ』のなかで「尖閣問題について、よく『外交交渉で解決していく』という人がいますが、この問題に外交交渉の余地などありません」と断言し、求められるのは「誤解を恐れずにいえば物理的な力です」と述べています。
 
首相の危険姿勢
 ここには、「緊張」を利用して軍事力強化と改憲突破を図る、安倍首相の危険な姿勢がにじんでいます。実際、13年12月には自ら靖国参拝を強行し、中国、韓国との緊張を激化させ強まる反発の中、翌14年7月1日には集団的自衛権行使容認の「閣議決定」を強行しました。
 
 8月15日の靖国参拝を欠かさず実行してきた稲田氏が防衛相の肩書で参拝を強行すれば、中韓との新たな緊張激化をもたらし、それが改憲のてことして利用される危険もあります。歴史修正と憲法破壊の結合という、「靖国政治」の最悪の表れに、重大な警戒が必要です。(中祖寅一)
 
改憲・靖国・核保有…稲田朋美防衛相の過去の暴言
 改憲派の最右翼、稲田朋美氏が防衛相に就任したことに反響が広がっています。過去の暴言の数々をまとめてみました。
 
 「(現)憲法は今すぐ破棄して、自主憲法を制定しなければならない」(2012年5月10日、創成「日本」東京研修会あいさつ) 
 「祖国のために命を捧(ささ)げても、尊敬も感謝もされない国にモラルもないし、安全保障もあるわけがない。そんな国をこれからもだれが命を懸けて守るんですか」(『致知』2012年7月号)
 「靖国神社というのは不戦の誓いをするところではなくて、『祖国に何かあれば後に続きます』と誓うところでないといけないんです」(『WiLL』2006年9月号)
 「長期的には日本独自の核保有を、単なる議論や精神論ではなく国家戦略として検討すべきではないでしょうか」(『正論』2011年3月号)
 「教育体験のような形で、若者全員に一度は自衛隊に触れてもらうという制度はどうか。国防への意識を高めてもらうきっかけになると思う」(同)
 「私たち一人ひとり、国民の一人ひとり、皆さん方一人ひとりが自分の国は自分で守る。そして、自分の国を守るためには血を流す覚悟をしなければなりません」(2010年12月1日、民主党内閣倒閣宣言!国民大集会でのスピーチ)
 「例えば自衛隊に一時期、体験入学するとか、農業とか、そういう体験をすることはすごく重要。まあ、男子も女子もですね」(『女性自身』2015年11月10日号)

普天間飛行場辺野古移設 違法確認訴訟、知事が陳述書

 辺野古埋め立て承認翁長雄志知事取り消したことに対して、国が提起した不作為の違法確認訴訟で、県は3日、翁長知事と稲嶺進名護市長の陳述書を福岡高裁那覇支部に提出しました
 陳述書で翁長知事は県は自分たちのことを自分たちで決めるという、当たり前のことを求めている」、国はまともな協議もしないまま、取り消し是正の指示に従わないことが、違法と評価されるいわれはない」と主張しました
 稲嶺市長は新基地建設を巡る経緯や環境面への影響などを説明し沖縄に米軍基地が集中する現状に疑問を呈し、新基地建設反対の意志を表明しました。
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「全て国の意向、地方自治が死ぬ」違法確認訴訟、知事が陳述書
琉球新報 2016年8月4日
 米軍の名護市辺野古移設に伴う翁長雄志知事の辺野古埋め立て承認取り消しを巡り、国が提起した不作為の違法確認訴訟で、県は3日、翁長知事と稲嶺進名護市長の陳述書を福岡高裁那覇支部に提出した。陳述書で翁長知事は「違法な国の関与により、全てが国の意向で決められるようになるならば、地方自治は死に、日本の未来に拭いがたい遺恨を残す」と訴えた。
 
 翁長知事は沖縄が防衛拠点ではなく、東アジアの平和と安定に寄与する「架け橋」としての未来像を提示した。その上で「自分たちのことを自分たちで決めるという、当たり前のことを諦めさせられるわけにはいかない」と訴えた。
 訴訟に至ったことについては、国地方係争処理委員会が協議を促す結論を出したことを挙げ、「まともな協議もできないままの状態で、是正の指示に従わないことが、少なくとも違法と評価されるいわれはない」と主張。早急に提訴した国の対応について「同委員会の結論を無視するものであり、非難されるべきではないか」とした。
 5月の米軍属女性暴行殺人事件にも触れながら、繰り返される米軍関係者の事件事故への憤りを見せ、「県民に犠牲を強いることは許されないとあらためて強く申し上げる」とした。
 
 稲嶺市長は新基地建設を巡る経緯や環境面への影響などを説明した。沖縄戦時の大田実海軍中将の言葉に触れて「県民は後世に特別なご高配を賜ったのか」として、沖縄に米軍基地が集中する現状に疑問を呈した。その上で新基地建設反対への意志を表明した。

05- 天皇の退位 国民の86%が容認

 天皇陛下の生前退位を巡り共同通信が世論調査をしたところ、国民の86%が「生前退位できるようにした方がよい」と容認し、皇室典範の改正を求めていることが分かりました
 3、4両日に行った電話による調査で1008人から回答がありました
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天皇の退位容認85% 政府、世論背景に議論へ
共同通信 2016年8月4日
 天皇陛下の生前退位を巡り、共同通信が緊急の電話世論調査をしたところ、現行の皇室典範には規定がない生前退位について、85.7%が「できるようにした方がよい」と容認していることが4日、明らかになった。
 
 宮内庁は、陛下が8日午後にもビデオメッセージで、自身のお気持ちを表明される方向で調整。水面下で法整備に向けた検討をしている政府は、陛下の表明後、こうした世論を背景に皇室典範の改正などについて議論を進めるとみられる。
 3、4両日、コンピューターで無作為に発生させた番号に電話するRDD法で実施。実際に有権者がいる世帯にかかった1430件のうち1008人が回答した。

2016年8月4日木曜日

都知事選挙はどんな視点から総括されるべきか 今後どうすべきか

 都知事選の評価に関する五十嵐仁氏と植草一秀氏のブログを紹介します。
 
 五十嵐氏は都知事選はどのような視点から総括されるべきかについて、鳥越候補に加えられたネガティブキャンペーンに対してより効果的に反撃し、選挙への影響を最小限に抑えるためにどう対応すればよかったのか総括すべきとし、連合東京が自由投票ということで組織として動かなかったことについても、より効果的に総力を結集するためにどうすれば良かったのかを考えるべきだとしました。
 そして宇都宮氏の選挙後を含めた発言に関しては、今後の運動において宇都宮自身にとってもプラスになるとは思えないとしたものの後ろ向きの総括であってはいけないとし、一番の問題はもっと早くから準備をしてもっと頑丈な小屋を建てることであった、いずれにしても選挙の総括において分裂を引き起こして後退するようなことになれば、選挙での敗北に加えてさらにもう一度敗北することになるとしました。
 
 植草氏のブログは「野党共闘を成功させるための条件」と題したもので、大きな敵に立ち向かうには「小異を残して大同につく」対応が必要で、その「大同団結」を生み出すには、「正当なプロセス」が必要であるとしています。そしてその正当なプロセスを経るにはしかるべき時間が必要でどたばたで候補者を決定しようとすれば、「正当なプロセス」めなくなると述べています。
 そしてもうひとつ見落としてならないことは「正当な理念」を掲げることで、平和主義堅持、原発稼働ゼロ、TPP不参加、米軍基地建設NO!、消費税増税中止の政策路線を明示し、この政策路線の下に「統一戦線」を構築することが必要であるとして、最大の焦点である衆議院総選挙に向けて、小選挙区の候補者一本化をいまから始動させるべきであると述べています。
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東京都知事選挙はどのような視点から総括されるべきか
五十嵐仁の転成仁語 2016年8月3日
 都知事選挙の結果について、ネットなどで様々な意見や総括が飛び交っています。とりわけ野党共闘と市民が擁立した鳥越さんが直前の参院選で得た野党各党の合計票を大きく下回ったために、陣営内部での対立や紛糾が生じているように見えます。
 選挙の総括をめぐって事実認識や見解の相違が生ずるのはやむを得ないことですが、それが対立や分裂を生むことになっては困ります。この点を憂慮しつつ、都知事選挙はどのような視点から総括されるべきかについて、私見を述べさせていただきます。
 
 まず、基本的な視点です。今回の都知事選挙で有力3候補の1人を擁立して当選を目指し、カヤの外での独自の闘いを避けることができたことを評価したいと思います。
 それが可能だったのは、第1に、鳥越俊太郎という知名度のある素晴らしいジャーナリストが立候補を決断したからであり、第2に、民進党を含む野党と市民との共闘が実現して協力体制を組むことができたからであり、第3に、宇都宮さんの苦渋の決断によって分裂選挙を避けることができたからです。この3つの条件が揃わなかったら、野党共闘を成立させて当選を争う有力候補の一角に食い込むことは難しかったかもしれません。
 もちろん、選挙についてのきちんとした総括が必要であることは当然ですが、個人攻撃や誹謗・中傷にならないように十分に留意するべきです。あくまでも総括は団結を固めて前進するためになされるもので、団結を弱めて後退するような形になっては元も子もありません。
 
 第1に、今回の野党共闘と市民の統一候補となった鳥越さんは良く立候補したと思います。私も八王子市長選挙に立候補し、候補者活動がいかに過酷なものであるか、身をもって体験しましたから、その決断と勇気を高く評価したいと思いますし、これによって与野党相乗りや民進党の共闘からの離脱を防ぐことができました。
 惜しむらくは、年齢が高く健康面での不安を払しょくできなかったこと、出馬表明が遅かったために準備が不十分で、政策面で練られた対応を行えなかったことです。これらを含めてすさまじい個人攻撃の嵐が吹き荒れ、週刊誌による女性スキャンダルについての報道もありました。
 これらについての事実確認や対応の仕方についての検証は必要だと思います。しかし、その場合でも、より効果的に反撃し、ネガティブキャンペーンの選挙への影響を最小限に抑えるために何が必要だったのか、どう対応すればよかったのかという視点から総括されるべきではないでしょうか。
 
 第2に、野党と市民の共闘による知事選挙が実現したことの意義を高く評価しなければなりません。統一候補の擁立は1983年の社共統一候補だった松岡英夫さん以来のことでしたが、今回は民進党、日本共産党、社民党、生活の党と山本太郎となかまたちの国政4野党に、東京・生活者ネットワーク、新社会党、緑の党グリーンズジャパンを加えた7党の共闘で、しかもこれに市民も結集したものでした。
 とりわけ、この共闘に民進党が加わり、国政レベルでの4野党共闘が維持されたことの意義は極めて大きなものがありました。それを実現するうえで発揮された岡田執行部のリーダーシップを高く評価したいと思います。
 惜しむらくは、連合東京が自由投票ということで組織として動かなかったこともあり、野党の総力が結集される形にはなりませんでした。この点でも問題点や不十分な点を検証することが必要ですが、互いに相手を非難するような総括は避け、より効果的に総力を結集するために何が必要だったのか、どうすれば良かったのかという視点を貫くべきではないでしょうか。
 
 第3に、宇都宮さんも立候補辞退を良く決断したと思います。立候補を表明したのは告示3日前というギリギリの時点で、その直後に鳥越さんの立候補表明をうけて辞退したために準備してきたポスターやビラなどすべてが無駄になり、多額の損失を出したにちがいありません。
 それにもかかわらず分裂を回避するための苦渋の決断を行ったことを高く評価したいと思います。悔しい思いもあったでしょうし、支援者を説得するのも大変だっただろうと思います。
 惜しむらくは、鳥越・宇都宮がタッグを組んで二人三脚で選挙を闘うことができず、宇都宮さんが最後まで鳥越さんの応援演説に立たなかったことであり、選挙が終わってから経過について微妙な発言を行っていることです。もちろん、すでに終わったことだから口をつぐめというわけではありませんし、宇都宮さんには当事者の一人として事実はどうであったのかを明らかにし、どこに問題があったのかを検証していただきたいと思います。
 その場合でも、鳥越さんの擁立に至る経過を宇都宮さんが「独裁」と発言しているのは残念ですし、橋下さんの番組にまで出て批判することが今後の運動にとっても、宇都宮さん自身にとってもプラスになるとは思えません。支援者間の非難合戦にならないように配慮しつつ、宇都宮さんの決断を生かすためにはどうするべきだったのか、鳥越勝利に貢献するために何をするべきだったのかという視点からの総括が大切なのではないでしょうか。
 
 これから事実を明らかにして問題点を検証する作業は本格化するでしょう。各方面から様々な意見が出されてくるに違いありません。
 しかし、鳥越さんは立候補するべきではなかった、野党は共闘するべきではなかった、宇都宮さんは辞退するべきではなかったなどという後ろ向きの意見には賛成できません。そのどれ一つが欠けても有力候補の一角を占めることはできなかったでしょうし、当選できると信じて選挙戦を戦うことは難しかったでしょう。
 革新都政の奪還は「夢」に終わりましたが、その「夢」を見せてくれたのは立候補を決断した鳥越さんであり、それを支援した野党と市民の共同であり、分裂を回避するための宇都宮さんの苦渋の決断でした。そのどれ一つが欠けても、「夢」を見ることは不可能だったのではないでしょうか。
 
 先の参院選での野党共闘は急いで建てた「プレハブ」のようなものでした。今回の野党共闘は突然訪れた嵐から緊急に避難するために建てた「掘っ立て小屋」のようなものだったかもしれません。
 それでも、暴風雨による雨露をしのぐことができました。それがなかったら、激しい雨に打たれて寒さに震え病気になっていたかもしれません。
 急いで建てたことに問題はなかったのですが、結局、グリーン・ポピュリズムの嵐によって吹き飛ばされてしまいました。問題は、もっと早くから準備をしてもっと頑丈な小屋を建てることができなかったという点にあります。
 
 選挙の総括によって教訓を引き出すことは必要ですが、それはあくまでも団結を強めて前進し勝利するためのものでなければなりません。分裂を引き起こして後退するようなことになれば、選挙での敗北に加えてさらにもう一度敗北することになります。
 選挙が終わっても、都民の手によって都民の手にクリーンな都政を取り戻すための闘いは続きます。選挙の総括はこのような闘いの一環であり、次に勝つための条件を探りそれを生み出すための作業でもあるということを忘れないようにしたいものです。
 
 
野党共闘を成功させるための条件
植草一秀の「知られざる真実」 2016年8月 3日
2016年の最大の政治決戦となった参院選では野党共闘の効果が強く発揮されたが、安倍自公政権を大幅に後退させることができなかった。
7月31日に実施された東京都知事選では、与党サイドが候補者を2名擁立し、都政奪還の千載一遇のチャンスを得たが、このチャンスを生かし切れなかった。
安倍政権はメディアに対する統制を一段と強め、権力に迎合するメディアが大多数を占める現状の下で、既得権勢力と対峙して権力を奪還することは容易でない。
 
しかし、下を向いては未来は開けない。市民の力を糾合して、必ず日本政治刷新を実現しなければならない。大きな敵に立ち向かうには大同団結が必要である。「小異を残して大同につく」対応がなければ、大きな敵を打ち倒すことはできない。そして、その「大同団結」を生み出すには、「正当なプロセス」が必要である。そして、「大同団結」の「正当な理念」が必要だ。
 
さまざまな人々、さまざまなグループが、さまざまな活動を展開している。それぞれに、思いは強い。しかし、多数のグループがばらばらに行動したのでは大きな力にはなり得ない。政治を変えるには選挙に勝つことが必要である。そして、その選挙に勝つには「戦術」が必要だ。
参議院の1人区、衆議院の小選挙区、東京都知事などの首長選に共通するのは、当選者が1人であることだ。既得権勢力が候補者を1人に絞るなら、対峙する勢力も候補者を1人に絞り込まなければ当選させることは難しい。
このときに大事なことは「小異を残して大同につく」ことだが、その「大同団結」を実現するには「正当なプロセス」が必要だ。みんなが一つにまとまれるような「プロセス」が重要になる。このために考えなければならないのは「時間」だ。選挙が目の前に迫って、どたばたで候補者を決定しようとすれば、「正当なプロセス」を踏む時間を確保できない。あらかじめ、時間的な余裕を持って対応する必要がある。
 
もうひとつ見落としてならないことは「正当な理念」である。何を目指しての「大同団結」なのか。「正当な理念」がなければ「単なる野合」に堕してしまう。
私たちは、いま、安倍政治の暴走に異を唱えている。「安倍政治を許さない!」という旗の下に集結している。その「安倍政治」とは、「戦争と弱肉強食」の追求であり、これに対するアンチテーゼとして「平和と共生」の旗を掲げている。戦争推進、原発推進、TPP推進、米軍基地建設推進、消費税増税推進の「安倍政治」にNO!を突き付ける。
平和主義堅持、原発稼働ゼロ、TPP不参加、米軍基地建設NO!、消費税増税中止の政策路線を明示する。この政策路線の下に「統一戦線」を構築する。
 
最大の焦点は衆議院総選挙だ。衆議院の小選挙区の候補者一本化をいまから始動させる。野党共闘の効果は、参議院選挙の12激戦区で立証済みである。これをすべての小選挙区に広げれば、日本政治の一新は不可能ではない。主権者が日本政治を取り戻すために、連帯して行動しなければならない。
 
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(以下は有料ブログのため非公開)

04- 原水爆禁止世界大会 国際会議 広島で始まる

  原水爆禁止世界大会が開幕するのを前に、大会の国際会議が2日、広島市で始まりました。約200人が集まり、核兵器廃絶や原発被害をテーマに議論しました。
 会議では、長崎で被爆した日本被団協事務局次長の木戸季市が「地獄を見た被爆者は原爆投下を許さない。そして報復を求めない。核兵器の廃絶を求める」と話しました。 
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核兵器のない世界へ 数億の「ヒバクシャ国際署名」を
原水爆禁止世界大会国際会議始まる
しんぶん赤旗 2016年8月3日
 「核兵器のない平和で公正な世界のために」をテーマに、原水爆禁止2016年世界大会の国際会議が2日、被爆71年を迎える広島市内で始まりました。国際政治の場で核兵器廃絶への機運が生まれ、新たなヒバクシャ国際署名も呼びかけられる中で、被爆者、国連や政府の代表、国内外の平和活動家が運動を交流し、討論します。
 
 開会総会の主催者あいさつで、世界大会実行委員会の野口邦和・運営委員会代表は、粘り強い運動の成果が実り、「核兵器のない世界の実現へ大きな転機」が来ていると指摘。国連の場で「圧倒的多数の国が、核兵器を法的に禁止・廃絶する交渉を速やかに開始すべきだと主張している」もとで「世界各国での世論と運動の高揚が必要だ」と強調しました。
 
 長崎で被爆した日本被団協の木戸季市(すえいち)事務局次長は、自らの体験を語りながら、「核戦争起こすな、核兵器なくせ、原爆被害への国家補償の願いが実ったとき、被爆者は初めて平和の礎として生きることができ、死者は安らかに眠ることができる」とのべました。平均年齢80歳を超えた被爆者が今年提唱した「被爆者が訴える核兵器廃絶国際署名」(ヒバクシャ国際署名)を世界で数億集めようと呼びかけました。
 特別報告を行ったセルジオ・ドゥアルテ元国連軍縮問題担当上級代表は、世界は核兵器をめぐる岐路にあるとし、「核兵器に依存して自国の安全保障を図ろうとする者に立ち向かおう」と呼びかけました。
 
 第1セッションでは、広島・長崎の原爆被害、核兵器の非人道性などをテーマに、日本と韓国の被爆者、ビキニ核実験の被害を受けたマーシャル諸島の代表、ロシア国内の核実験・核兵器製造の被害者、チェルノブイリ原発事故で被災者を出したリトアニアの代表らが発言しました。
 第2セッションは「平和運動と市民社会の役割」などをテーマに、米、英、オランダの代表が、日本の参加者と交流。日本共産党の緒方靖夫副委員長が発言しました。
 世界大会には、政府・国際機関代表を含む28カ国92人が参加を予定しています。
 
国連軍縮上級代表 世界大会に出席へ
 国連軍縮問題担当上級代表のキム・ウォンス氏が6日の原水爆禁止世界大会のヒロシマデー集会に参加し、あいさつします。昨年に続く2度目の参加です。
 キム氏は、今年2月以来ジュネーブで開かれてきた、核兵器を禁止する「法的措置」を議論する作業部会で重要な役割を果たしてきました。韓国出身の外交官で、昨年6月に上級代表に就任しました。

2016年8月3日水曜日

03- 日本の核武装志向の経過と現状 (櫻井ジャーナル)

 櫻井ジャーナルが、新都知事に選ばれた小池百合子氏が 2003年のVOICE誌での座談会(鼎談?)で「軍事上、外交上の判断において、核武装の選択肢は十分ありうる。・・・このあたりで、現実的議論ができるような国会にしないといけない」旨 語っていることを紹介し、それからの連想として日本の戦後における核武装志向の経過とでもいえるものを載せました。
 
 1965年に訪米した佐藤首相リンドン・ジョンソン米大統領に対して「個人的には中国が核兵器を持つならば、日本も核兵器を持つべきだと考える」と伝えたのが、日本のトップが核武装に触れた最初のケースで、その時ジョンソン政権は日本に対して核武装を思いとどまるよう伝えたということです。
 それに満足しなかった日本政府は、1969年西ドイツ政府に秘密協議を申し入れ、日独両国はアメリカから自立し、核武装によって超大国への道を歩もうと主張したということです。原爆用のプルトニウムは日本原の東海発電所で高純度プルトニウムを年間100キログラム余りを作れると見積られました
 ジミー・カーター大統領は日本の核武装に反対、常陽からブランケット(=高純度プルトニウム捕集装置)を外させましたが、既に運転初期の段階で常陽ブランケット純度は99.4%、もんじゅブランケットでは97.5%兵器級プトニウムが得られていました
 日本1977年に東海再処理工場の付属設備として、プルトニウムを分離/抽出することを目的とする特殊再処理工場(RETF)の試運転を開始しました。
 日本は核弾頭の運搬手段も持っているし、地中に打ち込むバンカーバスターの基礎研究(ペネトレーターの開発)もすでに始めています。
 
 櫻井ジャーナルのブログを紹介します。
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新都知事の小池百合子は安倍政権を支える日本会議と関係が深く、
その同志と日本の核武装を語る 
櫻井ジャーナル 2016年7月31日
 日本会議国会議員懇談会で副会長を務める小池百合子が次の東京都知事に選ばれたという。言うまでもなく、この懇談会は日本会議と一心同体の関係にあり、安倍晋三首相を支える一派が東京を押さえたということになる。
 VOICE誌の2003年3月号に小池の対談記事が掲載されている。対談の相手は東京基督教大学の西岡力教授(記事での肩書きは現代コリア研究所主任研究員)や杏林大学の田久保忠衛教授。
 
 その中で小池は「軍事上、外交上の判断において、核武装の選択肢は十分ありうるのですが、それを明言した国会議員は、西村真吾氏だけです。わずかでも核武装のニュアンスが漂うような発言をしただけで、安部晋三官房副長官も言論封殺に遭ってしまった。このあたりで、現実的議論ができるような国会にしないといけません。」と語っている。
 
 それに対し、田久保は「日本がアメリカの核の傘に入ることを望むのであれば、核ミサイルを東京に持ってきてもらうのがベストです。北朝鮮が戦術核のある東京を撃てば、同じ戦略核が平壌に飛ぶことになる。」という意味不明の主張をする。もし、東京が核攻撃されたなら、そこに配備された核兵器も破壊されてしまう可能性があり、別の場所に置くのが当然だろう。「北朝鮮」と限定していることも滑稽だ。朝鮮が本当に日本を攻撃したいのなら、核ミサイルなど使わず、特殊部隊を潜入させて原発を破壊する方が簡単だ。福島第1原発の事故でも、使用済み燃料プールが倒壊していれば東京は全滅だった。
 
 恐らく、この対談が行われたのはアメリカ軍がイギリス軍などを引き連れてイラクを先制攻撃する直前のこと。日本のマスコミが好戦的な雰囲気を強めようとしていたころだ。
 
 その8年後、東電福島第一原発が事故を引き起こす3日前にあたる2011年3月8日付けのインディペンデント紙は石原慎太郎のインタビュー記事を掲載、その中で石原は核兵器の話をしている。急成長している中国に対抗するため、日本は核兵器を製造すべきだとしたうえで、日本は1年以内に核兵器を作り、世界へ強いメッセージを送ることができると主張している。彼は中国、ロシア、朝鮮を敵だと表現、外交の交渉力は核兵器であり、核兵器の保有は世界に対して強いメッセージを送ることになるともしている。
 
 石原は佐藤栄作政権時代の話もしている。NHKが2010年10月に放送した「“核”を求めた日本」によると、1965年に訪米した佐藤首相はリンドン・ジョンソン米大統領に対して「個人的には中国が核兵器を持つならば、日本も核兵器を持つべきだと考える」と伝えたという。この時、ジョンソン政権は日本に対して核武装を思いとどまるよう伝えたというが、佐藤は1967に訪米した際、「わが国に対するあらゆる攻撃、核攻撃に対しても日本を守ると言うことを期待したい」と求め、ジョンソン大統領は「私が大統領である限り、我々の約束は守る」と答えたという。ちなみに、この年、動力炉・核燃料開発事業団(動燃)が設立されている。
 
 しかし、ジョンソンの約束で日本は満足しない。日本政府の内部で核武装が議論され、西ドイツ政府に秘密協議を申し入れ、1969年2月に両国の代表が会って協議している。日本側から出席したのは国際資料部長だった鈴木孝、分析課長だった岡崎久彦、そして調査課長だった村田良平だ。日独両国はアメリカから自立し、核武装によって超大国への道を歩もうと日本側は主張したのだという。
 
 この頃、リチャード・ニクソン大統領の補佐官だったヘンリー・キッシンジャーは彼のスタッフに対し、日本もイスラエルと同じように核武装をすべきだと語っていたという。(Seymour M. Hersh, “The Samson Option,” Random House, 1991)その意思が何らかの形で日本側へ伝わっていた可能性もあるだろう。
 
 核武装に関する調査は内閣調査室の主幹だった志垣民郎を中心にして行われ、原爆の原料として考えられていたプルトニウムは日本原子力発電所の東海発電所で生産することになっていた。志垣らの調査では、この発電所で高純度のプルトニウムを年間100キログラム余りを作れると見積もっていた。
 
 核武装について、自衛隊も研究していたことが明らかになっている。1969年から71年にかけて海上自衛隊幕僚長を務めた内田一臣は、「個人的に」としているが、核兵器の研究をしていたことを告白しているのだ。実際のところ、個人の意思を超えた動きも自衛隊の内部にあったとされている。(毎日新聞、1994年8月2日)
 
 1972年2月にリチャード・ニクソン大統領は中国を訪問しているが、それまでの交渉過程でキッシンジャーは日本の核武装をカードとして使っている。ジャーナリストのシーモア・ハーシュによると、アメリカと中国が友好関係を結ぶことに同意しないならば、アメリカは日本に核武装を許すと脅したというのだ。キッシンジャーは佐藤栄作に対して日本の核武装をアメリカは「理解する」と示唆したともいう。(Seymour M. Hersh, “The Price of Power”, Summit Books, 1983)
 
 ジミー・カーター大統領は日本の核武装に反対、常陽からブランケットを外させているのだが、運転初期の段階で兵器級のプルトニウムは生産されていた。常陽ブランケットのプルトニウム239純度は99.4%、もんじゅブランケットでは97.5%。兵器級プロトニウムの純度は90から95%以上だとされているので、明らかに水準を超えている。ちなみに、常陽の燃料を供給していたのが臨界事故を起こしたJCOだった。
 
 日本が核武装を目指していると疑われている一因はRETF(リサイクル機器試験施設)の建設を計画したことにある。RETFとはプルトニウムを分離/抽出することを目的とする特殊再処理工場で、東海再処理工場に付属する形で作られることになった。
 
 「第2処理工場」を建設する際の条件だった「平和利用」が東海村の処理工場についていなかったこともアメリカ政府を刺激した。この再処理工場はカーター政権がスタートした1977年に試運転を始めている。プルトニウム生産量の1%は誤差として認められているので、それだけは「合法的」に隠し持つことができる計算だ。
 
 こうした日本の動きをアメリカは警戒していると最初に指摘したのが山川暁夫。1978年6月に開かれた「科学技術振興対策特別委員会」で再処理工場の建設について、「核兵器への転化の可能性の問題が当然出てまいるわけであります」と発言している。アメリカ政府は見過ごさないと指摘したわけだ。
 
 このRETFを日本が建設できたのはアメリカ側の協力があったからだ。建設に必要な技術の中に「機微な核技術」、例えば小型遠心抽出機などの軍事技術が含まれているのだ。(Greenpeace International, "The Unlawful Plutonium Alliance", Greenpeace International, 1994)アメリカ側に日本の核武装を支援している勢力が存在していることを疑わせる。
 
 かつてアメリカの電子情報機関NSAの分析官をしていた筆者の友人から1990年代に聞いた話によると、その当時、アメリカの情報機関は現在でも日本の核武装計画は生きていると考えているようだ。ジャーナリストのジョセフ・トレントによると、ロナルド・レーガン政権の内部には日本の核兵器開発を後押しする勢力が存在し、2011年の段階で日本は約70トンの核兵器級プルトニウムを蓄積しているのだという。
 
 しかし、日本の核武装計画は順調に進んでいるとは言い難い。例えば、1995年12月にもんじゅで冷却剤の金属ナトリウムが漏れ出るという事故が発生し、それから約15年にわたって停止、2010年5月に再開するのだが、8月には直径46センチメートルのパイプ状装置を原子炉の内部に落としてしまい、再び運転は休止している。ただ、自前で生産できなくても国外から持ち込むことは可能だ。
 
 核弾頭の運搬手段も開発してきた。例えば、LUNAR-Aもそうした目的で開発されたと疑われている。M-Vを使って探査機を打ち上げ、月を周回する軌道に入った段階で母船から観測器を搭載した2機の「ペネトレーター」を発射することになっていたが、これは「MARV(機動式弾頭)」の技術そのもの。
 
 1991年にソ連が消滅した直後、日本は秘密裏にSS-20の設計図とミサイルの第3段目の部品を入手し、ミサイルに搭載された複数の弾頭を別々の位置に誘導する技術、つまりMARVを学んだと言われているが、これを使ったのだろう。
 
 LUNAR-Aの計画では、地震計と熱流量計が搭載されたペネトレーターを地面に突き刺し、2メートル前後の深さまで潜り込ませることになっていた。その際にかかる大きな圧力に耐えられる機器を作るために必要な技術があれば、小型のバンカー・バスターを製造できる。なお、この計画は2007年に中止されたが、ペネトレーターの開発は進められているようだ。