シリーズ「イチからわかる憲法9条」の第2部 「安保との攻防」は本報(6)で終了し、
次回から第3部 「平和国家のルール」に進みます。
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イチからわかる憲法9条 第2部 安保との攻防(6)平和的生存権
恐怖と欠乏からの解放
しんぶん赤旗 2026年7月7日
「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」―憲法前文にあるこの権利は「平和的生存権」と呼ばれています。
平和的生存権は、平和を「権利」として位置づけ、平和の保障をより実効的なものにしています。学問的には「全ての基本的人権の基礎にあってその享有を可能ならしめる基底的権利」と位置付けられ、高く評価されてきました。まさに平和こそが人権の基礎だという思想です。
平和的生存権の主体は「全世界の国民」とされています。9条の戦争放棄・戦力不保持とともに、日本の国際平和への貢献の決意と結びついています。
平和的生存権は、永続的な平和を保障する条件として「恐怖と欠乏」からの解放をうたっています。
「恐怖」とは、自由と民主主義を踏みにじる暴政であり、国家が戦争遂行のために国民の言論や運動を弾圧することを許さないということです。
「欠乏」とは、文字通り「貧困」を意味し、半封建的地主制度や無権利状態の労働者への搾取のもとでの貧困が、海外侵略の衝動―「満蒙は日本の生命線」論など社会に戦争支持の空気を広げる温床になったことへの反省があります。
平和的生存権は、市民的自由と社会保障を平和と深く結合させています。
平和的生存権が裁判で争える法的権利なのかを巡っては議論がありました。1973年の長沼訴訟一審判決は、住民の「平和的生存権」を基礎に訴えを認め、自衛隊は憲法9条に違反すると判断しました。(二審では平和的生存権は裁判の基礎にはならないと否定)
2008年4月、自衛隊イラク派兵違憲訴訟での名古屋高裁判決は、憲法学説の成果をも評価し、「平和的生存権は、憲法上の法的な権利として認められるべきである」「裁判所に対してその保護・救済を求め法的強制措置の発動を請求し得るという意味における具体的権利性が肯定される場合がある」という歴史的判断を示したのです。