2022年1月30日日曜日

30- ヒトラーにたとえるのは「国際的にご法度」か(藤崎剛人氏)

 直人元首相が橋下元維新の会代表の「弁舌の巧みさ」をヒトラーになぞらえたことに対し橋下氏が「国際的にご法度」と反発したことに、世間からははとくに異議も出ず、元首相の失言であるかのように事態は収束しましたがそれでいいのか、として藤崎剛人氏が、「ヒトラーにたとえるのは『国際的にご法度』か」とする記事を出しました。

 これについては当ブログで29日に紹介したLITERAの記事「維新が『ヒトラー』抗議で 『私人』橋下徹と一体を認めるという馬脚」でも、
「国際社会で『ご法度』となっているのはヒトラーや戦前のナチスドイツを肯定・正当化したり称賛・美化することであって、今回のように大衆扇動や思想統制、優生思想、独裁などに警鐘を鳴らす際、ヒトラーやナチスに喩えることは国際的にご法度ではないし、誹謗中傷でもなんでもありません」
と明確に述べているところですが、藤崎氏の記事は「国際的にご法度」なのかどうかについてより精密に論じていますので紹介します。
 藤崎氏の文章からは、日本のメディアが無批判的に橋下氏の「国際的にご法度」やさらには吉村知事「国際法上ありえない」という発言を垂れ流して、結果的に直人発言を否定する雰囲気を作り出したことへの義憤が感じられます。メディアは心すべきです。
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ヒトラーにたとえるのは「国際的にご法度」か
                  藤崎剛人 Newsweek 2022年01月28日
<菅元首相が橋下元維新の会代表の「弁舌の巧みさ」をヒトラーになぞらえたことに対し、橋下は「国際的にご法度」と反発。世間からははとくに異議も出ず、元首相の失言であるかのように事態は収束したが、それでいいのか>
1月21日、立憲民主党の菅直人元首相が、Twitterで元維新の会代表の橋下徹弁護士を「弁舌の巧みさでは......ヒットラーを思い起こす」と評した。これに対して橋下徹氏は「ヒトラーへ重ね合わす批判は国際的にはご法度」と述べ、また吉村洋文大阪府知事は「国際法上ありえない」と反発した。維新の会は、26日、立憲民主党に抗議文を送っている。
ヒトラーにたとえて批判することが「国際的にはご法度」というのは誤りだ。ヒトラーにたとえられて喜ぶ人はいないので、今回の菅元首相の発言に橋下弁護士が反発するのは当然の反応だ。だからといって、ある人物をヒトラーにたとえることが「国際的にご法度」という存在しない常識を持ち出してよいということにはならない。世界中、政治家など影響力を持つありとあらゆる人物が、ヒトラーにたとえて批判されてきた。アメリカ大統領でも、ブッシュ、トランプ、バイデン。ドイツのメルケルすら、ヒトラーにたとえられたことがある。もちろん個別的な妥当性は別なので、正当な批判から安易な批判、不当な批判まで様々あるが、たとえること自体は論評の範囲に収まっている。

国際法上の決まりもない
そもそも橋下弁護士自身が、2012年、民主党政権が公約になかった消費税増税を目指していることに対して、「ヒトラーの全権委任法以上だ」と批判していた。橋下氏はTwitterで、政党の政策を批判するのと個人を批判するのでは異なると弁明しているが、そのような微細な切り分けでたとえてよいかどうかが決まることはないだろう。
「国際法上ありえない」という吉村知事の発言は、さらに問題がある。国際法違反というなら、たとえば「批判目的でさえヒトラーの名前を持ち出してはならぬ」という、条約あるいは慣習があるはずだ。吉村知事は弁護士資格も持っているので、もし該当する国際法があるというのなら、具体的に指摘するべきだろう。
さらに問題なのはメディアだ。この「国際的にはご法度」という根拠のない発言について、ほとんどのメディアは無批判に垂れ流すだけであった。テレビではコメンテーターがよく調べもせず、「国際的にはご法度」を当然のことのように発言していた。繰り返すが、発言の当否については様々な考え方がある。よく言った!という人もいるだろうし、的外れだ!と考える人もいるだろう。しかし(メディアの論調に従うと)ヒトラーにたとえたこと自体が菅元首相の非であったことになる。
ヒトラーへの言及そのものが国際的に禁じられる場面もある。それは、ヒトラーやナチスをたとえ部分的にでも肯定するような発言だ。「ヒトラーやナチスは良いこともした」「ナチスの手口に学んだらどうか」といった発言は、政治家であれば即座に辞任ものとなる。
また、ハーケンクロイツを掲げるような政治団体と懇意にしている場合も大きな批判の対象となる。昨年の自民党総裁選に出馬した高市早苗候補は、2014年、ネオナチ団体の代表とツーショット写真をとり、また1994年には『ヒトラー選挙戦略』という本に推薦文を書いていた。
批判対象をヒトラーやナチスでたとえるのは、ヒトラーやナチスが悪いものであることを前提にしているのだから、それほど問題にはならない。ただし、ヒトラーやナチスに別の悪いものを対置することで、ヒトラーやナチスの犯罪を相対化することは許されない。

「ヒトラーを思わせる」は論評の範囲
1980年代にドイツで起こった「歴史家論争」は、この問題に関わっている。ヒトラーはユダヤ人虐殺を行ったが、スターリンも多くの人々を虐殺した。従ってナチスは悪かったとしても、ソ連と戦ったドイツ国防軍には理がないわけではなかった、という主張をドイツの数人の歴史家が主張し、他の歴史家たちによって厳しく批判された。実際はナチス党だけでなくドイツ国防軍も様々な犯罪行為に加担しており、ソ連の虐殺との比較はドイツの戦争の擁護であり、ひいてはナチスの犯罪の相対化につながるとみなされたのだった。
菅元首相の発言は、少なくともそのような相対化を目指した発言とはいえない。ヒトラーの弁舌がドイツを破滅に追いやったことへの危惧から、維新の会の政治に反対する立場として、橋下弁護士の弁舌に同様のものを感じとった、ということだろう。
そのような危惧が妥当かどうかは論者の立場によって分かれるだろうが、これは論評の範囲内といえるだろう。少なくとも党が前面に出てきて対応する問題とはいえない
ところで、「国際的にご法度」なことを避けたいという維新の会の考え自体は正しい。維新の会に限らず、あらゆる政党人は当然国際感覚を持つべきだからだ。しかしそうであるなら、まずするべきは、ヒトラーやナチスを肯定的に扱うような発言を批判し、維新の会であれ立憲民主党であれ、自分たちの政党がナチスにならないために注意を払うことだろう。
ナチスやヒトラーは確かにデリケートな問題で、軽々に発言してよいというわけではない。しかし一方で、腫れ物に触るように全く触れてはいけないというのもまたバランスを欠いている。負の歴史をしっかりと見つめることで、現在への教訓になるからだ。その意味で、政治家もメディアも、正しい国際感覚を身につけておくべきなのだ。
2017年、「ナチスの手口に学んだらどうか」と発言した麻生太郎財務相(当時)の発言を、当時維新の会の代表を務めていた橋下氏は「憲法改正論議を心してやらなければいけないというのが(発言の)趣旨だったのではないか」と擁護した。本来はこの発言こそ「国際的にご法度」なはずだったのだ。今回攻撃されたのは橋下氏自身なので強く反発するのは理解できるが、過去の発言との重さの違いの整合性は問われるだろう。
また、ある維新幹部は、「立民が逃げ回るならば党本部に乗り込む。維新を怒らせたらどうなるか徹底的に思い知らせる」と述べたという。国際感覚では、こうした発言こそナチスの突撃隊のような準軍事組織を想起させるものであり、「ヒットラー発言」への批判をしたいなら絶対にしてはならないコメントだろう。

2022年1月29日土曜日

今回の棄民政策は誰が動かした政治なのか(世に倦む日々)

 厚労省28日発表によれば、新型コロナ感染による全国の自宅療養者は26日午前0時時点で26万3992人過去最多を更新しまし第5波のピーク13万1の2倍)。これは4日前のデーターなので現在は更に激増しています。

 岸田政権厚労省今回PCR検査ない、自費で抗原検査キット買って調べよ、陽性が出たら自宅で健康観察せよ、保健所は忙しいので関与しない、という驚くべき対処方針を打ち出しました要するに「自己責任でやれ」という新自由主義の徹底であり、その冷酷な高言です。これ以上の棄民はありません。この先どれ程の悲劇が起きるのか計り知れません。
 世に倦む日々氏が、「今回の棄民政策は誰が動かした政治なのか ー 謀略の真相と背景」とする記事を出しました。
 「この期に及んではこうするしかない」という逃げ口上は許されません。オミクロン株がどれ程感染力が強く、1~2ヶ月も早くそれが蔓延した海外がどんな状況であったのかは逐一報じられてきたところです。従って「この事態をもたらしたのはオミクロン株という特殊性によるもの」という言い訳も通用しません。
 政治は結果責任です。政府は問題化した後で、「米軍がコロナ無検査のまま数ヶ月にわたり、米軍基地→日本国内をフリーパスで出入りしていた」と認めました。これはとても「地位協定上 仕方がなかった」というような問題ではなく、「無検査」が判明した時点で「人道上の問題」として強硬に申し入れ、韓国のように検査の実施を迫るべきでした。
 空港の検疫がザルであったことも当初から指摘されていたことで、それが市中感染に直結したことも自明です。その決定的不手際は、上述した米軍の暴挙の陰に隠されていいようなものではありません。
 世に倦む日々氏が、岸田政権による空前の「棄民宣言」がどのような仕組みで出されたのか、その真相と背景について考察しました。
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今回の棄民政策は誰が動かした政治なのか ー 謀略の真相と背景
                          世に倦む日々 2022-01-28
今回の棄民政策はどういう経緯と背景で方針決定されただろう。以下はその政治的正体についての推察と試論である。普通に考えて、岸田文雄のイメージはネオリベの範疇から遠い。宏池会は新自由主義とは距離のある政策集団だ。総裁選や総選挙の公約と政見を聞いた印象でも、安倍晋三や菅義偉のネオリベ主義の感染対策とは異なる方向性が期待された。12月から始めた無料のPCR検査センターの開設なども、微弱で妥協的ながら脱ネオリベを標榜する岸田カラーの発現の一端だろうと好感して眺めていた。

その岸田政権の厚労省から、今回突然、PCR検査しません、自費で転売ヤーから抗原検査キット買って調べなさい、陽性が出たら自宅で健康観察しなさい、保健所は忙しいので面倒みません、という驚くべき対処方針が発表された。菅義偉以上にグロテスクな極超ネオリベの棄民政策の発動であり、冷酷な弱者切り捨ての処断であり、正直、衝撃を覚えて狼狽する気分を否めない。本当に岸田文雄がこの政策を了承し裁可したのか。なぜ葛藤も躊躇もなくこのような暴挙の意思決定に出たのか。

厚労省が新方針を出してマスコミが報道した直後、26日、神奈川県の黒岩祐治が、医師の診断と確定検査を経ず、抗原検査キットで感染を自分で判断して療養する「自宅療養」の措置を始めると発表した。健康管理と食事調達は自己責任だと言い切り、パルスオキシメーターの配布もせず、看護師らによる健康観察の電話も取りやめると堂々と断言している。26日の神奈川県に続いて、27日には大阪府が、28日には千葉県が「みなし陽性」の制度導入を始める旨を会見で告知した。厚労省の新方針の具体化の開始だ。

厚労省の24日の通達文書には、「自治体の判断で下記の(新方針の)対応を行うことが可能である」と書いてある。自治体にとっては少なからずショッキングな内容に違いないが、要するに、神奈川県や大阪府や千葉県とはネゴが終わっていて、根回し済みだという裏であり、これらの新自由主義府県をアーリーアダプター⇒先行受入れ者として新方針が五月雨的に全国自治体で実施される進行が想定されている。つまり、この棄民政策が、ネオリベ知事とネオリベ厚労官僚の間で事前に水面下で連携され合意されている。知事会から異論が出ず、波風が立っていない。

通常、こんな過激な棄民政策が厚労省から出れば、知事は「県民の命と健康に責任がとれない」と反発するものだ。検査キットと治療薬の配布供給ぐらいは国が保障しろ、と要求するものだ。一体、この政治の真相は何なのだろうか。私が推理する図式の中でおのずと視線が向かう人物は、コロナ対策担当相の山際大志郎である。この男が全体の根回しの中軸に位置するのではないか。検査キット不足の問題を共産党議員が予算委で質問した際も、この男が答弁に立っていた(首相や厚労相ではなく)。西村康稔の後釜でポストに就いた目立たない男。

小物で目立たないので注意してなかったが、毒々しく生臭いプロフィールを持っていて、いかにも今回の棄民政策の立役者に相応しい。まず何より、甘利明の最側近である。そして、ひょっとしてと思って確認したら、やはり選挙区は神奈川18区だった(高津区と宮前区)。ネオリベ伏魔殿。東の大阪府。その中堅幹部。神奈川ネオリベ一家の陣笠ということは、菅義偉の息もかかっている。甘利明の子分だから麻生派であり、甘利明と麻生太郎が内閣に押し込んでいる。甘利明と麻生太郎の手足であり、甘利明の代役として、麻生太郎の目付役として、岸田文雄をチェックしリモコンする閣僚なのだ。

そして、外せないのが策動に噛んだ分科会のネオリベ専門家である。それが誰なのか、恐縮ながらものぐさで調査と特定に至っていないが、マスコミ報道に匿名で頻繁に登場する。この男が、岸田文雄が分科会を開かないとか、分科会の意見と立場を軽視しているとか批判と不満をタレ込んでいる。岸田官邸を揺さぶって牽制をかけ、感染症対策の主導権を握る立ち回りを演じている。安倍・菅時代の人事産物である分科会に冷淡な岸田文雄からヘゲモニーを奪うべく暗躍している。この分科会のネオリベ専門家と山際大志郎が密謀し、黒岩祐治などと謀計して、今回の棄民政策が立案され厚労省の施策となったのだろう。

感染症対策をめぐってのネオリベ陣営側のカウンター攻勢である。当然、背後に安倍晋三の存在があり、安倍晋三と岸田文雄の静かな暗闘が影を落としている。ネオリベ勢力を側面支援し、マスコミに岸田文雄の悪口を言わせているのは安倍晋三だ。岸田文雄の高い支持率が気に入らず、感染症対策を公共主義寄りに転換しようとする動きが不快なのだ。12月からずっと5類に変えろと喚いてきたのも、維新・ネオリベ系と安倍晋三だった。オミクロン株の感染爆発の機会を捉え、いわばクーデター的な電撃作戦で、恐怖の棄民政策を一気に政府決定にしてしまった。安倍晋三と麻生太郎はほくそ笑んでいるだろう。菅義偉と橋下徹も。

ネオリベの棄民政策を推進する彼らのコロナ対策の理想は、英国ジョンソン政権の規制撤廃であり、その発想の疫学的根拠は「集団免疫」論にある。社会成員の一定の割合が免疫を持つと、感染症に対する防疫は達成するという考え方だ。この考え方に従って、英国では2年前の当初、コロナに対してノーガード・フルオープンの姿勢で臨んで破綻し、スウェーデンでも同じモデルが採用されて失敗した失敗して犠牲を出して懲りたにもかかわらず、同じ方式を試みて克服を果たそうとする。スイスでも同様の動きがあり、ワクチンさえ対策できていればコロナは解決できるという態度が見られる。ワクチン万能論の戦略も、やはり基礎にあるのは「集団免疫」の発想だろう。

そして、感染症に立ち向かう責任は個人にあり、社会全体を一律に制御して負担をかけるのはよくないという思想がある。ウィルスに対しては個人個人が自由に対処すればよく、能力と資産のある者は生き残り、それを欠く者は淘汰され、適者生存・優勝劣敗・弱肉強食の哲理と原則で世界は回るのだという価値観がある。今回、黒岩祐治は堂々と「自己責任」という言葉を発した新自由主義のイデオロギーを正義であると衒いなく述べ、この棄民政策を正当化して開き直った。感染症対策は理系の範疇で、基本的に自然科学の領域なのだけれど、やはりそこには抜き差しならぬ価値観の問題が横たわる。リベラリズムかソシアリズムか、どちらが正しいのかという対立構図があり、どちらの理念を選ぶのかという社会科学の選択の問題がある。

管見を言えば、この欧米仕様のレッセフェール⇒自由放任の感染症対策の論理は、プロテスタンティズムの思想を源流としているように直観する。今、ハイエクとロールズ⇒新自由主義論者の全盛の時代であり、リベラル・デモクラシーが絶対視される時世だから、感染症対策も自由主義・個人主義の原理が基本に据わるのだろう。もし英国が労働党政権であったなら、これほど極端なウィズコロナへのシフトはなく、アーダーン的な公共重視の規制策が模索されたと思われる。自由放任が彼らの信念ならそれでよい。が、日本がそれを信奉しそこに準拠する必要はない。日本は日本である。われわれ日本は、どういう価値観を選び、何を感染症対策の羅針盤に置くべきだろうか。私は、憲法25条の生存権の人権規定だろうと思う。迷いなくそう確信する。

第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。② 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない

憲法の中で「公衆衛生」の語が登場するのはこの条文であり、政府に行政の責任と義務を課している。主権者である国民は、国から公衆衛生のサービスを受ける基本的権利を持っている。そして、第1項では「すべて国民は」と表記されていて、公衆衛生行政が差別なく平等に提供されることが明記されている。だから、この国の感染症対策において、カネとコネのある国民が検査と投薬と入院にありつけ、無い国民が「自宅療養」を要請されて医療から切断されること、その措置が政府方針として示達され自治体によって実行されること、それが正当化され当然視されてまかり通ることは許されないのだ。それは憲法違反なのだ。

一党二制度の立憲民主(植草一秀氏)

 自民政権が勢力を伸長させるときには大抵野党側の大いなる劣化が伴っています。自民政権伸長の要諦は野党を劣化させることにあるとも言えます。

 立民党が先の衆院選についての「総括」を決定しましたが、それは大惨敗の本質をまったく見つめようとしていないものでした。
 植草一秀氏が徹底的に批判する記事を出しました。
 まず、連合の意図におもねって(阿って)、無理やり 敗因を「共産党との共闘」に求めた点が決定的に間違っていると指摘しました。それは植草氏が例示した通り、直近2回の総選挙での「立憲+希望」と「立憲+国民」の獲得議席数と自民党の獲得議席数を、「選挙区」と「比例区」に分けて対比すれば一目瞭然です。
 この単純明瞭な事実に目を瞑っては他に何を言おうとも説得力はありませんが、そうした「蒙を啓く」ことは昔から困難とされてきました。
 もう一つ必要なことは、植草氏がしばしば指摘しているように、連合を支配している「六産別」が大企業御用組合(かつての「同盟」)であるという視点ですが、これについても頑強にそれを認めたくない人たちがいることでしょう。
 植草氏は、何よりも求められることは「一党二制度」の解消で、立民党内の守旧勢力は国民民主と合流すればよく、改革勢力は立民党から離脱して中核となる改革野党を新規に創設するべきだと述べています。
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一党二制度の立憲民主
                植草一秀の『知られざる真実』 2022年1月27日
立憲民主党が昨年10月の衆院総選挙についての総括を決定した。
しかし、大惨敗の本質をまったく見つめようとしていない
総括を決定する過程では共産党との共闘が敗北の原因であるとの方向に総括を誘導しようとする動きも表面化した。
しかしながら、客観的な事実はこの見解を否定するものになっている。

直近2回の総選挙での「立憲+希望」と「立憲+国民」の獲得議席数は
 2017年 選挙区36  比例69
 2021年 選挙区63  比例44
自民党の獲得議席数は
 2017年 選挙区218 比例66
 2021年 選挙区189 比例72

立憲大惨敗の主因は比例代表選挙での議席大幅減にある。
選挙区での獲得議席数は大幅に増やした。
選挙区で議席を増やせたのは共産党を軸とする選挙協力が主因。
共産党の選挙協力がなければ選挙区での獲得議席数は大幅に減少していたと考えられる。
比例代表選挙で得票を減らした原因として「共産党の共闘で票が逃げた」との主張があるが、これも正しくない。そのために減った票より、野党共闘に背を向けたことで減った票の方がはるかに多いと考えられる。

枝野幸男氏は選挙戦が展開されるなかで次のように述べた。
「「野党共闘」というのは皆さんがいつもおっしゃっていますが、私の方からは使っていません。あくまでも国民民主党さんと2党間で連合さんを含めて政策協定を結び、一体となって選挙を戦う。共産党さんとは(共産、社民、れいわの3党と一致した政策に)限定した範囲で閣外から協力を頂く。」
枝野氏は、共闘の対象は国民民主と連合であって、共産、社民、れいわとは共闘しないことを宣言した。
10月23日に都内で行われた市民団体のイベントでは、立憲民主党の枝野幸男代表が共産党の志位和夫委員長との記念写真撮影を拒絶した。
枝野氏は野党共闘を推進したのではなく、野党共闘に背を向ける対応を示し続けたというのが実態である。

日本政治刷新を求める主権者と政治勢力が連帯して自公政治打倒に向かう流れに、冷水が浴びせられた。
日本政治刷新に向かう運動の中核的役割を立憲民主党に期待した主権者が一斉に離反した。
私はこのことから立憲民主党が衆院選で敗北するとの見解を示し続けた。
現実はその洞察とおりになった。

問題の根源がどこにあるのかを見つめなければ事態打開はない。
問題の根源は立憲民主党の「一党二制度」にある。
自公政治を刷新しようとする「改革勢力」と自公政治を肯定する「守旧勢力」が同居を続けていることが問題の根源。
自公政治を肯定する「守旧勢力」を代表する存在が「連合」だ。
連合」は旧総評系組合と旧同盟系組合を軸に統合されて創設された組織。
しかし、現状では旧同盟系組合が支配権を握っている。「六産別」だ。
六産別」とは電力、電機、自動車、鉄鋼、機械・金属、繊維・流通等の六つの産業分野の御用組合連合のこと。かつての同盟系の流れを引いている。
同盟は、CIAが革新勢力のなかに隠れ与党勢力として創設した民社党の支持母体として創設された労働組合組織。大企業御用組合連合である

この「六産別」が連合を支配している。
その最大のミッションは革新勢力=改革勢力の一枚岩での連帯を阻止すること。
旧民進党が分裂して、守旧勢力の国民民主と改革勢力の立憲民主とに、分離されかかった。
しかし、これを放置すると革新勢力=改革勢力としての立憲民主党が大きく伸長する。
そこで、CIAの指揮に従う連合が立憲民主に介入し、立憲民主の「守旧化」を強引に推進したと見られる。
何よりも求められることは「一党二制度」の解消。
立憲民主内の守旧勢力は国民民主と合流すればよい。
立憲民主内の改革勢力は立憲民主から離脱して中核となる改革野党を新規に創設するべきだ。

鳩山友紀夫元首相との対談(アジア共同体研究所主宰YouTube動画「UIチャンネル」)
https://bit.ly/39BTgmd 
10月5日発売の鳩山友紀夫元首相、孫崎享氏、前川喜平氏との共著『出る杭の世直し白書(ビジネス社)https://amzn.to/3hSer8a  のご高覧も賜りたい。
             (以下は有料ブログのため非公開)

29- 維新が「ヒトラー」抗議で 「私人」橋下徹と一体を認めるという馬脚

 立民党の菅直人・元首相が橋下徹氏について「弁舌の巧みさではヒトラーを思い起こす」と指摘した件で、橋下氏をはじめ、維新代表の松井一郎氏、副代表の吉村洋文氏らが「人権問題だ」などと大騒ぎをしているようです。

 25日の衆院予算委足立康史議員は、政府のコロナ対策をただすよりも先にこの問題を取り上げて批判を展開、26日には維新の藤田文武幹事長が立民党本部を訪れ、抗議文を手渡したということです。
 しかしそもそも国際社会で「ご法度」となっているのはヒトラーや戦前のナチスドイツを肯定・正当化したり称賛・美化することであって、今回のように大衆扇動や思想統制、優生思想、独裁などに警鐘を鳴らす際、ヒトラーやナチスに喩えることは国際的にご法度ではないし、誹謗中傷でもなんでもありません。
 LITERAが取り上げました。
 この問題は上述に尽きるもので、それを大騒ぎするというのはまさに「ためにするもの」です。実際にはその過程で橋下氏をはじめとして、自分たちの主張と矛盾する事柄が明らかにされ、ここでも維新に対するブーメラン現象が起きています(例によってメディアはその点は殆ど報じません)。
 LITERAは、大阪の吉村知事が、SNS上で誹謗中傷を受けて自殺したプロレスラーの木村花さんの母・木村響子さんと面会後、Twitterに
〈府において、ネット上の誹謗中傷に対する条例制定に向けて動きます。 ~ 〉
と投稿したことを取り上げ、「ネット上の誹謗中傷に対して被害者救済などの何らかの対策は必要であることはたしかだが、何をもって「ネット上の誹謗中傷」とするかは極めて曖昧で、その基準をつくるのは権力側である」として、「こんな連中が、ネット上の誹謗中傷対策と称して条例をつくれば、真っ当な政治批判を「誹謗中傷」「ヘイトスピーチ」と言い換えて、維新に批判的な声を封じ込めようとするのは、火を見るより明らかではないか」と警告しています
 牽強付会を旨とする維新による条例制定の危うさはまさに指摘の通りです。
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維新が「ヒトラー」抗議でブーメラン棚上げのうえ橋下徹と一体認める馬脚! 吉村知事は誹謗中傷問題を利用し批判封じの条例制定へ
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 立憲民主党の菅直人・元首相が橋下徹氏について「弁舌の巧みさではヒトラーを思い起こす」と指摘した件で、橋下氏が「ヒトラーにたとえるのは国際的にはご法度」、維新代表の松井一郎・大阪市長、副代表の吉村洋文・大阪府知事らが「人権問題だ」などと的外れな攻撃をしている問題。25日の衆院予算委員会では質疑に立った足立康史議員が政府のコロナ対策をただすよりも先にこの問題を取り上げて「こうした野党のひどいレッテル貼り、印象操作、デマが国益を毀損してきた」などと批判を展開、26日には維新の藤田文武幹事長が立憲民主党本部を訪れ、抗議文を手渡すなど、完全に維新は立憲攻撃にすり替えはじめている
 しかも、この抗議文がまた酷いシロモノだった。抗議文は維新の馬場伸幸共同代表の名前で、立憲民主党の泉健太代表宛てとなっているのだが、そこでは橋下氏のことを〈(維新の)創設者〉とした上で、こう書かれていた。
〈世界を第二次世界大戦に巻き込み、ユダヤ人虐殺など非道の限りを尽くしたナチス・ドイツの独裁者アドルフ・ヒトラーを、民間人の橋下氏および公党たる日本維新の会を重ね合わせた発言であり、看過できない。いったい、どのような人権感覚を持っているのか。怒りを覚えるとともに、断固抗議する。〉
〈菅氏の投稿は、言うまでもなく、まったく事実に基づかない妄言であり、誹謗中傷を超えた侮辱と断じざるを得ない。国会議員としてはもとより、人として到底許されるものではない。〉
 既報でも指摘したが、国際社会で「ご法度」となっているのはヒトラーや戦前のナチスドイツを肯定・正当化したり称賛・美化することであって、今回のように大衆扇動や思想統制、優生思想、独裁などに警鐘を鳴らす際、ヒトラーやナチスに喩えることは国際的にご法度ではないし、誹謗中傷でもなんでもない。しかも、本サイトが既報で指摘したように、橋下氏は過去に石原慎太郎・元東京都知事から「彼の演説のうまさ、迫力っていうのは若いときのヒトラーですよ」「ヒトラーの伝記を読んでもそうだけどね、彼に該当する政治家だね、橋下徹ってのは」と称賛された際には反論せず、それどころか藤井聡・京都大学大学院教授には「お前の顔の方が安もんのヒトラーだろ!」と容姿差別でヒトラーと重ね合わせ、さらには「ナチスの手口に学べ」と発言した麻生太郎副総理(当時)を橋下氏が「行き過ぎたブラックジョークだったのではないか」などと擁護していたのだ。「どのような人権感覚を持っているのか」を問いただされるべきは、むしろ橋下氏のほうだろう。
 いや、それ以上に問題なのは、維新はどうして「民間人の橋下氏」に代わって公党として抗議文を出しているのか、ということだ。橋下氏はテレビに出る際、維新とは関係のない「いちコメンテーター」「いち民間人」というポジションを強調するが、実際にやっているのは維新のPRであり、それが維新躍進の大きな原動力になっていることはあきらか。だが今回、維新は、その「民間人」である橋下氏に対する「弁舌の巧みさではヒトラーを思い起こす」という指摘を、党をあげて抗議しているのである。ようするに、維新は橋下氏を「身内」「一心同体」だと認めたも同然ではないか。
 さすがにこれには橋下氏もマズイと思ったのか、27日に〈政党間のバトルは私人として関知しないので好きなようにやってくれたらいいが、俺を巻き込まんでくれ〉とさっそく予防線を張り、足立議員も〈私の衆院予算委で使ったパネルでは、意識して橋下氏の名前を消しましたが、抗議文では消し忘れました。失礼しました。橋下氏はマスコミ人。有権者が維新と重ね合わせて見ないよう、私たちも改めて注意しなければなりません〉と言い訳をした。

「ヒトラー」問題で橋下徹ら維新のデタラメ、ブーメランを報じないマスコミ
 さんざん松井氏や吉村氏と一体化して立憲攻撃に持ち込もうとしてきたというのに、いまさら「私人」と強調するとは姑息にもほどがあるが、橋下氏の詭弁はこれだけではない。
 というのも、ネット上では、藤井教授に対して橋下氏が「お前の顔の方が安もんのヒトラーだろ!」と述べていた件だけではなく、2012年に当時の民主党が前回衆院選でマニフェストに盛り込んでいなかった消費増税を目指すことに対して、「今回の話は完全な白紙委任で、ヒトラーの全権委任法以上だ」と野田政権を批判していたことが話題に。すると、橋下氏はこんなことを言い出したのだ。
〈僕は、民主党の消費税増税法案をヒトラーの全権委任法以上と批判したが、法案を批判したわけで民主党の法人格全体をヒトラーに重ね合わせて侮辱したわけではない。またある学者の容姿を安もののヒトラーと言ったのは、その学者が僕のことをヒトラーと言ってきたことへの言い返し。〉
 これ、何の言い訳にもなっていないだろう。橋下氏は民主党への「ヒトラー」指摘は法案を批判しただけというが、菅直人氏の「ヒトラーを思い起こす」だって、その政治手法の共通性を指摘しただけ。何の違いもない。藤井教授に対する問題にしても、橋下氏は「言い返しただけ」と主張するが、「国際的なご法度」と言うなら、反論で使うのももちろんご法度だし、容姿差別が加わっている分、橋下氏のほうがタチが悪い
 こうした「ボロ」が出まくっているのは、橋下氏だけではない。国会質疑の時間まで使って今回の問題を立憲攻撃に転嫁させた足立議員は、2017年に〈日本の政党をナチス呼ばわりする輩にナチス呼ばわりされるということは、やっぱり維新は素晴らしいということを証明している、私はいつも、そう思っています〉と投稿していたことが発覚。なんとナチス呼ばわりされたことを批判するのではなく「維新は素晴らしいことの証明」などと誇っていたのだ。
 既報でも指摘したように、橋下氏は大阪市長時代から、その大衆扇動の政治手法や市職員に対しておこなった思想統制がヒトラーやナチス・ドイツを想起すると指摘され、維新にしてもナチス的な優生思想や排外主義を隠そうともしてこなかった。つまり、維新は「ヒトラーに喩えられても仕方がない人権侵害集団」であり、今回の菅元首相の指摘も正当な批評・批判でしかないのだ。
 ところが、テレビなどは、維新が立憲民主党に抗議したことは大々的に報道しているのに、橋下氏や吉村知事、維新議員らの「ブーメラン」問題には一切触れようとはしない。おそらく、維新の連中はそうしたことを見越した上で、自分たちの過去の発言や体質を完全に棚上げして、批判封じ込めと野党攻撃の大合唱を繰り広げているのだ。

正当な維新批判を「誹謗中傷」「ヘイトスピーチ」として封じ込めはかる維新の危険手口
 そういう意味では、これは「頭の悪い恥知らず集団が寝言を言っている」と看過できるような問題ではけっしてない。まさに、維新が自分たちへの批判を封じ込める本物の「ナチス・ヒトラー化」になってしまう第一歩ともいえるものなのだ。
 実際、吉村・松井氏が権力を握る維新の総本山・大阪では、いままさに、恐ろしい批判封じ込め条例が制定されようとしている
 というのも、ヒトラー問題で維新の連中が大騒ぎしていた今月24日、大阪の吉村洋文知事は、『テラスハウス』に出演し、SNS上で誹謗中傷を受けて自殺したプロレスラーの木村花さんの母・木村響子さんと面会。25日の夜には、Twitterにこう投稿したのだ。
〈府において、ネット上の誹謗中傷に対する条例制定に向けて動きます。SNS上でのネットいじめ、リンチ、誹謗中傷はやめましょう。表現の自由にも関することでもあるので、国も法改正に向けて動いてもらいたい。〉
 ネット上の誹謗中傷に対して被害者救済などの何らかの対策は必要であることはたしかだが、何をもって「ネット上の誹謗中傷」とするかは極めて曖昧であり、かつ、その基準をつくるのは権力側である。しかも、今回のヒトラー問題でも明らかになったように、正当な批評・批判でしかない菅元首相の投稿を、吉村知事は「国際法上あり得ない」だの「どういう人権感覚をお持ちなのか」だのとデタラメな批判をしてきたのだ。いや、そればかりか、松井一郎・大阪市長にいたっては、「誹謗中傷を超えた侮辱」「どういう状況であろうと言ってはならないヘイトスピーチ」などと主張しているのだ。
 言わずもがな、ヘイトスピーチとは人種、民族、国籍、性などの属性を有するマイノリティの集団もしくは個人に対してその属性を理由とする差別的表現のことであって、今回の菅元首相の投稿はヘイトスピーチにはまったく当たらない。にもかかわらず、吉村氏や松井氏は正当な批評・批判を「誹謗中傷を超えた侮辱」「人権侵害」「ヘイトスピーチ」だと言い張っている。こんな連中が、ネット上の誹謗中傷対策と称して条例をつくれば、真っ当な政治批判を「誹謗中傷」「ヘイトスピーチ」と言い換えて、維新に批判的な声を封じ込めようとするのは、火を見るより明らかではないか。
 事実、吉村知事はこれまで、自分にとって都合の悪いことをすべて“維新憎しのアンチのデマ”だとして攻撃。さらに、大阪維新の会は昨年、「公式ファクトチェッカー」と称して、コロナの濃厚接触者となった一般市民が大阪のコロナ対応の問題点を指摘したツイートを晒し、あたかも「デマ」が流されているかのような印象を一方的に与え、一般市民を吊し上げするという攻撃までおこなった。
 しかも、吉村知事は今回のヒトラー問題でありもしない国際法まで持ち出してさんざん吠えていたくせに、会見で橋下氏が藤井教授をヒトラーに喩えていたことを突っ込まれると、「橋下さんに訊いてください」と逃げたのだ。そんな人物のもとでSNSの取り締まりを強化するような条例ができれば、行政の不備を指摘する真っ当な指摘の声さえ、検証がおこなわれることもなく「誹謗中傷」だとされ、維新政治を批判することは許されなくなるだろう。
 今回のヒトラー問題を維新批判の封じ込めに繋げさせないためにも、橋下氏や維新の連中の詭弁・二枚舌には徹底した批判が必要なのだ。 (編集部)

2022年1月28日金曜日

「口だけ先手」政権 ワクチンも検査キットも絶望的惨状

 岸田首相は言葉は滑らかですが、肝心の実行が伴っていません。「先手、先手」は、このところの政権が得意とするセリフになっています。しかし口先だけではどうにもなりません。

 ようやく自治体が無料のPCR検査や抗原検査を行うようになりましたが、たちまち肝心の試薬が品切れになりました。これでは満足な検査は出来ないし、その影響は医療機関にも及んでいるということです。
 オミクロン株が欧米で猛威を振るい出してから、日本を襲うまで1カ月ほどの遅れがあったのに、岸田政権はまったくそれを生かさずに、試薬メーカーに増産を働きかけていなかったのでした。
 デルタ株起因の第5波はなぜかある時点で急速に鎮静に向かいました。そのときはワクチンの接種が同時並行的に普及しましたが、それが原因であったのかは良く分かっていません。
 オミクロン株については、3回目の接種を高率で行ったエスラエルでも蔓延が治まらないのを見ると、日本で遅れている3回目の接種が仮に普及したとしても、それによって感染拡大を防止出来る見込みはありません。
 そうであれば海外に比較して桁外れに貧弱な検査体制のままの日本が、この先どう対応しようというのでしょうか。岸田政権は口先では「先手、先手」と言いながらその実態は「後手、後手」そのものでした。
 日刊ゲンダイが「『口だけ先手』政権 ワクチンも検査キットも絶望的惨状」とする記事を出しました。
 併せて同紙の、「ワクチン3回目接種が進まない『もう一つの理由』…医療従事者すら副反応リスクを懸念」の記事を紹介します。
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<このままでは菅前政権と同じ道>
「口だけ先手」政権 ワクチンも検査キットも絶望的惨状
                         日刊ゲンダイ 2022/01/27
                       (記事集約サイト「阿修羅」より転載)
 「1、2回目の接種タイミングが各国と比べ遅れてしまった。間隔を空けて行わなければならないため、3回目接種がオミクロン株の感染のピークと重なってしまった」
 新型コロナウイルスワクチンの3回目接種率の低迷は「菅前政権のせい」と言わんばかりだ。26日の衆院予算委員会で立憲民主・江田憲司議員の質問への岸田首相の答弁である。
 3回目の接種率は26日時点で、たった23%。OECD加盟38カ国で最下位のまま。政府は1月末までに高齢者ら約1500万人の接種を終える計画のはずが、現状は290万回弱にとどまる。遅い、遅すぎる。
 予算委で江田が「もうオミクロンのピークは来週、再来週来るんですよ。シャカリキに打っても間に合わない」と迫っても、岸田は「しっかりと現実を受け止めて、ワクチン接種をしっかりと進めていかなければならない」と相変わらずノラリクラリ
 その上、ウスノロ接種の責任を菅前首相に押しつけるとは、ハッキリ言って首相失格だ。
 岸田の「間隔を空けて」という言い訳も通じない。欧米各国は3回目の間隔をガンガン縮めてきたではないか。昨年11月に岸田が「原則2回目から8カ月以上」の方針を掲げた際、参考にしたという米国はとうに9月には、高リスク層を8カ月から「6カ月」に切り替え。ワクチンの感染予防効果の経時的な低下を踏まえた判断だった。
 その後、11月下旬に南アフリカで従来株とは比べものにならない伝播力を持つオミクロン株が確認されると、多くの国が接種を加速させ、イギリスは2回目との間隔を6カ月以上から3カ月に、フランスも6カ月を5カ月に短縮。日本だって当然できたはずだ。

ノーガードで突き進むグズでのろまなカメ
 ようやく岸田が具体的な間隔を示して「前倒し」を表明したのは、12月17日のこと。
 それも「6カ月後」は医療従事者らに限定。やっと64歳以下の一般の人に対し従来の1カ月前倒しを決めたのは、年が明けた今月13日だ。この間、フランスはさらに3カ月以上に、米国も5カ月に短縮した。
 26日の予算委で後藤厚労相は「当初8カ月の議論をしていたときには、オミクロン株の流行は進んでいなかった」とバカなことを言っていたが、当時から冬になれば第6波が来る可能性を多くの専門家が指摘。
 オミクロン株が欧米で猛威を振るい出してから、日本を襲うまで1カ月ほどのタイムラグがあったのに、岸田政権はまったく生かそうとしなかった
 今やノーガードで国民を危険にさらし、死者数も今月中旬から、みるみる増加。25日は全国で計43人が報告され、死者40人超えは昨年10月8日以来だった
 今後も増加傾向が懸念され、重症化を抑える「武器」がないまま、「丸腰」で感染大爆発に突入すれば、オミクロン株は「軽症で済む」などと言っていられなくなるのではないか。
「いくら従来株より重症化リスクが低くとも、強烈な感染スピードで分母の感染者数が倍々ゲームで増え続ければ、死者や重症者の数が跳ね上がる。返す返すも、なぜ岸田政権は感染が落ち着いていた昨秋から全力でワクチン供給に取り組まなかったのかと悔やまれる。発足から約3カ月、何もしてこなかった政権には危機感がなかったとしか思えません」(西武学園医学技術専門学校東京校校長の中原英臣氏=感染症学)
 思わず岸田には「グズでのろまなカメッ!」と言いたくなる。

「後手」を批判された前政権と何も違わない
 恐らく岸田には菅政権の“トラウマ”があるに違いない。菅自ら「1日100万回接種」と自治体をせかしながら、予定量が確保できておらず、各地で大規模接種が止まる混乱を招いた。
 菅政権は新型コロナの判断と対策の誤りで支持を失ったとみる岸田にすれば、二の舞いはゴメン。だから、必要量のワクチンを確保するまで、前倒しを渋ったようにも映る。それで政権延命を図っても、国民の命を救えなければ意味はない。
 ワクチンが足りないなら、米ファイザー社や米モデルナ社のトップと直談判し、米国流にカネや法律を駆使して輸入前倒しを求めるべきだ。それこそ、安倍政権時代に4年8カ月も外相を務めた経験を生かすチャンスでもある。なぜ、もっと早く独自の外交パイプを使い、ワクチン企業をせっつかなかったのか。それとも、戦後歴代2位の在任期間は単なる“名ばかり外相”だったのか。
 結局、岸田は感染急拡大に背中を押され、見切り発車で3回目を前倒し。ワクチンの十分な調達と供給がままならないのか、全国知事会が求める「配分計画の早期提示」に十分に応えない。
 ワクチンはいつ、どれだけ届くのか。必要なタイミングで十分な量を確保できるのか。ただでさえ、各自治体とも接種券の発送や打ち手の確保などで多忙を極めるのに、主にファイザー製を使った昨年と違って、交差接種でモデルナ製も扱わなければいけない。温度の管理も違えば、1人に打つ量も異なる複雑な作業に不安の声が上がっているが、「聞く耳首相」はこうした声に応えようとしない。
 こうして、また2年前からの課題だった「国と自治体との連携」「正確で的確な情報発信」が、崩壊してしまった。おかげで国民の多くは接種券の発送時期や接種の段取り、副反応の広報など何も知らされていないのだ。

失策続きの官僚と学者の言いなり
 検査キットの品薄も深刻で、無料PCR検査の予約はビッチリ。先着順の会場は寒空の中、どこもかしこも朝から長蛇の列だ。
 1~2日で出ていた結果判明が数日かかり始め、一部の医療機関ではPCR検査に使う試薬も底をつきかけ、近隣の医療機関同士で融通し合うケースも出ている。
 この首相は昨年から一体、何を備えてきたのか。第6波到来時に“検査難民”を想定して対策を練らなかったのは間違いない。やたら「先手」や「メリハリ」を多用するクセに、準備不足は明らかで「メリ」も「ハリ」もありゃしない。前出の中原英臣氏が言う。
「最悪なのは、感染者の同居家族などの濃厚接触者が発熱した際、医師の判断で検査せずに感染を診断するようにしたこと。検査で感染が判明してこそ初めて適切な診断や治療が施せるのに、医師にどうしろというのか。政府分科会の提言を踏まえた措置ですが、これまで彼らが効果ある対策を一つでも打ち出しましたか? 尾身会長も『人流抑制でなく、人数制限がキーワード』と言って混乱を招くなど失策続き。揚げ句に『不織布マスクを鼻まで着けて』と誰もが知っている“対策”を打ち出すだけですから、お話になりません」

 国際便の停止や濃厚接触者の大学受験不可などの方針転換も、拙速な決定を覆しただけの朝令暮改。岸田は施政方針演説で「躊躇なく改め、柔軟に対応を進化させる」と誇ったが、官僚の慎重さに欠ける政策に一度はうなずく方が問題だろう。「国民の不安はパッと消える」というアベノマスクの提言以来、ロクなことのない官僚の具申を丸のみするだけで、リーダーシップはゼロだ。
「後手を批判された菅前政権と同じ轍は踏むまいと、『常に最悪の事態を想定した危機管理』を常套句にしながら、ワクチンも検査キットも絶望的惨状です。感染が穏やかだった昨秋から派閥闘争にかまけたツケで、前政権と同じ道を歩み出すとは皮肉な話です」(政治評論家・本澤二郎氏)
 26日時点で東京都の病床使用率は428%。国への緊急事態宣言を要請する目安の50%到達は、時間の問題だ。
 備えを怠り、もう一度、緊急事態なら内閣総辞職モノ。いっそ岸田は発令と同時に潔く辞任して、菅との違いを示せばいい。


ワクチン3回目接種が進まない「もう一つの理由」…
        医療従事者すら副反応リスクを懸念
                         日刊ゲンダイ 2022/01/27
                       (記事集約サイト「阿修羅」より転載)
「全然進んでいないじゃないか。もっと加速できないのか」
 新型コロナウイルスの変異株「オミクロン株」の感染拡大が続く中、政府が旗を振る「ワクチンの3回目接種」が遅々として進んでいない。首相官邸のホームページによると、「ワクチンの3回接種完了者」は25日時点で接種率21%にとどまり、岸田首相は執務室で苛立ちを募らせている、と報じられた。
 接種遅れの要因は、ワクチンの在庫不足や自治体の供給体制の不備などが指摘されているが、それだけではないらしい。
「オミクロン株」は極めて感染力が強く、3回接種しても「ブレークスルー感染」を引き起こす人がいるという。そのため、ネット上では、<あの2回目接種後のすさまじい悪寒と高熱を振り返ると、もう打ちたくないな。だって、それでも感染するかもしれないんでしょ><イスラエルみたいに3回打っても感染者数は減らない。もはや今のワクチンを何回打っても意味がないのでは……><政府はずっとワクチンを2回接種すれば、マスクがいらない生活になる。重症化を防ぎ、周りの人に感染させる恐れもなくなる、と言っていたはず。あれから何も変わらず、また? では敬遠する人もいるでしょう>などと、一般市民の間には3回目接種に対する懐疑的な見方が少なくない。
 さらにネット上で<やっぱりね>との意見が出ていたのが、読売新聞の1月26日の記事「3回目接種、想定の16%どまり…高齢者の意思確認難航・医療従事者は副反応懸念」だった。
 3回目接種の対象者は現在、医療従事者や高齢者らだが、記事は、<医療従事者の間では、副反応による診療への影響を心配して接種を控える動きも出ている>と報じていた。医療従事者は急増する「オミクロン株」の感染者に対応するため、医療体制を維持するためにやむを得ず、ワクチンの3回目接種を見送っていると考えられるとはいえ、ネット上で散見される通り、<ほらね。医療従事者すらメリットよりもリスクを懸念しているということでしょ?>とも受け取れるからだ。
 3回目接種に対する考え方は、ワクチン肯定派、否定派に関係なくさまざまある。米製薬大手ファイザーは25日、「オミクロン株」に特化したワクチンの臨床試験を始めたと発表したが、新型コロナをめぐる「ワクチンvsウイルス」の戦いは一体、いつまで続くのだろうか。