世に倦む日々氏が掲題の記事を出しました。
21日に大分県日出生演習台において、10式戦車の実弾射撃訓練中砲塔内で砲弾が破裂する事故が発生し、搭乗していた西部方面戦車隊の隊員3名が死亡し、砲塔外の1名が重傷を負いました。
世に倦む日々氏は「戦車という装備において最も起きてはいけない事故であり、戦車砲塔の設計と構造においては二重三重にフェールセーフ※の鉄則が施され、こうした事故を起こす要因と条件が排除されているはず」と述べます。
⇒ ※フェールセーフ:機器やシステムが故障や異常を起こした際に自動的に安全な状態
に移行する設計思想や仕組みのこと
同氏が言う通り、政策的ではなく正確な調査報告の結果が出て原因が特定されないかぎり、今後10式戦車の射撃訓練は出来ません。
兵器輸出振興策の目玉商品だったかもしれない10式戦車の売り込みは取り敢えず頓挫しました。そもそもトランプの要求に応じて必要となる「莫大な出費の一助にするために兵器輸出を拡大する」という構想自体が「死の商人」のものでした。
記事の後半では先般の衆院選における左翼勢力への批判が述べられています。
まず「高市の恣意の貫徹を阻む政治情勢は何もなかった」として、「選挙になったら、いつもの如く『比例は共産へ』『否、れいわへ』の二つがタイムラインで喧嘩を始めた」と書き出し、「選挙の大事な時間、左翼は中道叩きに気勢を上げていた」、「せっかくSNSやブログというツールがあり、自由な意見の発信が可能な社会なのに、日本の左翼はそのツールを民主主義政治によく利用していない」「なぜ、選挙に勝つ動きを設計し討議しようとしなかったのか」と述べます。
結果的に「中道」を大いに減少させルことには成功しましたが、同時に「共産党」も「れいわ」も大幅に議席を減少させました。これでは「批判するだけ」であって 本当にそれで良かったのかという指摘です。
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最新鋭10式戦車が実射訓練中に砲塔内で砲弾爆発事故 - 隊員3名が即死の衝撃
世に倦む日日 2026年4月25日
4/21、大分県日出生演習台において、陸自の主力戦車である10式戦車の実弾射撃訓練中、砲塔内で砲弾が破裂(暴発)する事故が発生、搭乗していた西部方面戦車隊の隊員3名が死亡し1名が重傷を負った。死亡した3名は、戦車長の45歳2等陸曹、砲手の31歳3等陸曹、安全係の30歳3等陸曹。22歳女性の操縦手が重傷で病院搬送。重大事故だ。当日の大きなニュースとなったが、事故原因は分かっておらず、陸自が事故調査委を設置して調査中となっている。続報はない。10式は陸自の最新鋭主力戦車で、軽量高速とハイテク機能を誇る国産戦車だ。車体と砲塔は三菱重工が設計・開発し、主砲(120ミリ滑腔砲)は日本製鋼所が開発・製造、120ミリ榴弾(徹甲弾)も国産で小松製作所が製造・納入している。一報を聞いたとき、まさかと思い、同時に、今の自衛隊と装備メーカーならやりかねないとも思った。いかにも今の自衛隊らしい、そして今の日本を象徴する事故だ。
同じ日(4/21)ちょうど、高市が防衛装備移転三原則の改定を閣議決定し、公明党が歯止めをかけていた「5類型」限定の制約を撤廃、殺傷能力のある武器の輸出を全面解禁する挙に踏み出した。日本の安保防衛政策の大転換であり、いわゆる「国論が二分される高市カラーの政策」の第一弾である。その決定がされた日に、日本が誇る国産の最新鋭主力戦車で実弾の砲内暴発事故が起こり、3人の自衛隊員が犠牲となった。何とも皮肉な事件で、偶然とすればあまりに出来すぎた、天からの警告を感じさせる不吉な事件だ。NHK-NW9では、星真琴が、今後は護衛艦・ミサイル・戦車・戦闘機も輸出できるようになりますと、淡々朗々と説明する場面があり、その少し前に報じた日出生台の重大事故とは何の関係もない話だとばかり、二者の関連性を内面で切断したポーカーフェースで伝えていた。政府広報たるNHK官僚の能面の役割演技をやっていて、日本人の自己欺瞞の悪質な技能を感じさせられる。
報ステは冒頭から詳しく報道し、10式の構造を模型と図解で伝え、元陸自幹部の高田克樹が事故原因についてコメントしていた。①砲弾が不良で発射されず、砲手が砲後部の閉鎖機を空けて抜弾しようとした際、何らかの不具合で炸裂した可能性とか、②砲弾の自動装填時か発射ボタン押下の際、不正常な電気信号が流れて雷管もしくは信管に異常な作動をきたし、発射薬あるいは炸薬が爆発した可能性とかが解説されたが、真相は不明で専門家にも謎のようだ。私は軍事オタクでも武器マニアの範疇でもなく、その方面に特に興味を持たない凡庸な文系だが、この事故の技術的な原因には強い関心を持つ。なぜなら、こんな事故は絶対に起きるはずがなく、前世紀的でマンガ的な凶事だからだ。戦車という装備において最も起きてはいけない(起こしてはいけない)事故であり、戦車砲塔の設計と構造においては二重三重にフェールセーフが対処され、この事故を起こす要因と条件が排除されているはずなのだ。
何が原因なのか。①装備品の初期不良か、②整備不良か、③隊員の操作ミスか、事実を知りたい。最も可能性の高いのは初期不良だが、だとすれば、砲本体なのか、榴弾なのか、その切り分けを知りたい。陸自は安全が確認されるまで10式戦車の実射訓練を中止すると発表、90式戦車の訓練についても120ミリ榴弾の使用を中止した。榴弾の在庫ロットを全数点検調査する必要もある。陸自戦車部隊の隊員は、恐ろしくて戦車で射撃訓練できないはずで、正確な調査報告の結果が出て原因が特定されないかぎり、10式の訓練で砲弾の発射ボタンは押せないだろう(90式も)。暴発したら即死してしまう。今回の事故の影響は非常に大きい。陸自戦車部隊がフリーズして蒸発したも同然になった。最新鋭10式のみで編成された西部方面戦車隊は、陸自の基幹的戦力(機動打撃能力)で、台湾有事の際に投入され、台湾に上陸し侵攻する人民解放軍を台日米地上軍が迎撃する上で主力側面を担当する部隊の位置づけにある。
情勢の進行を睨みながら、開戦前に輸送艦で台湾に海上輸送し、素早く揚陸して戦場展開する計画だろうし、米軍は当然その出撃と戦闘を要請するだろう。米軍司令部の作戦構想にとって重要な虎の子の地上戦力だ。台湾有事の ”開戦” は、5年前の予告では来年2027年と標的されていた。第2期トランプ政権になり、その米側の工程表が曖昧化されているが、気まぐれで(醜聞のスピン動機で)大きな戦争を始めるトランプ皇帝の性格を考えると、台湾有事はいつ勃発へと強制されてもおかしくない。日本側は、アメリカの戦略に応じて着々と戦争準備を整え、軍備の増強と部隊の訓練を続けてきて、米軍の指令どおりに作戦参加して任務遂行できる能力を培ってきた。台湾有事に参軍する自衛隊は、姉川の合戦の徳川軍であり、律義者の三河守の存在だ。その頼みの綱である西部方面戦車隊が、暫くの間「開店休業」状態となった。不測の事故により、いわば突然に無力化された。米軍CIAにとって打撃は甚大で深刻な事態だろう。
高市と右翼勢力が、最新鋭の10式戦車を武器輸出の戦略商品の一つにしようと目論んでいたことは十分に察せられる。世界の戦車市場で競争しているのは、ドイツのレオパルト2、米国のエイブラムス、韓国のK2、英国のチャレンジャー2である。ここに軽量・高機動性を売りにする日本の10式が割り込んでシェアを取る可能性は十分にあっただろう。10式の性能と特徴に自信を持っていたはずだ。が、今回の事故でその野望は潰えてしまった。戦車だけでなく、他の装備品についても、世界の防衛関係者・装備品調達者の目から、日本製のハードウェアに疑問符が付く事態となったのは間違いない。このところ、日本の最先端技術力や技術信頼性に疑念が生じる出来事が相次いでいる。12/22 にはH3ロケットの打ち上げに失敗した。3/5 にはカイロス3号の打ち上げに失敗した。12式から25式に名前を変えた陸自・三菱重工の長距離ミサイル(誘導弾と滑空弾)も、高市が売る目玉商品の一つだが、セールスの環境はどうだろうか。
武器輸出解禁を正当化する高市の詭弁を聞き、それをそのまま当然視し、肯定して流すマスコミ報道に接しながら、苛立ちと無念をたまらなく覚える。意味を深く考えて掘り下げ始め、宮澤喜一から高市早苗までの50年間を総括して記事に外化しようとすると、精神を傷めて発症するのではないかという負担とリスクを脳に感じる。ダメージを予測し、本能的に思索と表現の営みを抑制・回避してしまう。きっと「ノモンハン書いたら死ぬで」と60代に嘆いた司馬遼太郎と同じ身体生理現象ではないか。比較に出すにはあまりに量と質が非対称で、恐縮で不敬なアナロジーだけれども。正直にそう弱気を吐露しなければならないほど、年をとり、精神の強さや粘りが弱くなり、脳神経系の耐性が衰えた。言い出せば愚痴になる。日本の右翼化と劣化の30年40年を総括し本質化することは、自分がいかに無力だったかの真実と向き合うことであり、無力なのに下手な夢を見て挑戦を続け、何もかも無所有で、世間的に無価値な老人になり果てた自己像と向き合うことだ。
そして、年齢を考えれば、この世に在籍できるのもあと10年とか15年しかない。年をとると1年は本当にあっと言う間で、すぐに年末と正月が来る。考える暇もない。そんな中で、ずっと長い間、台湾有事が始まるぞと警戒警報を吠え、中国との大きな戦争になり、日本も戦場になり、大量の市民が犠牲になるぞとブログで綴ってきた。嘗て医学生だった加藤周一が、真珠湾の一報を聞いた瞬間、東京が空襲され自身が焼け死ぬ最期を直観したように、われわれも想像しないといけないのだと訴えてきた。内田樹が、台湾有事など起きるはずがない、陰謀論だと切り捨てているときに、一生懸命に反論してきた。治安維持法が来る、徴兵制が来る、核武装が来ると渾身で叫び、説得力を感じてもらえる根拠と論理を構成してきた。歯止めをかける政治を作るためだ。現実に政治を変えるべく、昨年もまた、早くから、衆院選の準備をしろと提案し、立憲と公明が組んで小選挙区で戦うアイディアを唱えてきた
台湾有事を否定し、フェイクだと一蹴し無視していた内田樹には、相変わらず市場と信者が付いて繁華に殷賑している。無力感に苛まれ、自己を前向きに立ち起こす気力が湧かない。日本の武器開発と産業化について批判的な議論を立て、有意義な問題提起を試みようとすれば、日本経済学の古典である山田盛太郎の『日本資本主義分析』について紹介し、理論を整理し、中国が言う「新型軍国主義」の概念と由来を歴史的に考察し検討するという方法がいい。社会科学的にはそれが最も必要で当を得た議論で、誰かがネット言論に提供するべきであり、有効な視座を手助けする材料になるだろう。が、私にはその作業をする気力が起きない。客観的に、自己満足だけで終わりそうだからであり、誰かにパクられて、結局一人で恨み言を言う羽目に終わりそうだからである。どうでもいい話だが、最近、左翼世界(おそらくしばき隊界隈)で流行っている「頭数」という言葉も、ライセンスを言い上げたい衝動に駆られて仕方ない。
デモは大事だ。これから憲法記念日を迎え、「国家情報局」法案の参院審議と採決・可決成立があり、場合によっては(イランと交戦前提の)自衛隊のホルムズ海峡派遣が予想される。戦争反対、高市打倒、憲法守れの声を上げるデモは勢いを増すだろう。しかし、それならばという屈折感を禁じ得ない。それならば、なぜ左翼は衆院選で勝ちを拾う動きをしなかったのか。選挙で右翼の議席を最小限に止める具体的戦略を立て、その目標実現に努力しなかったのか。衆院選の結果、議席は右翼が90%になっていて、参院の存在を除けば大政翼賛会どころではない。選挙への過程は、石破おろしで総裁の座に就いた高市が、秋以降、世論調査の高支持率を背景に幇間マスコミと結託して終始主導権を握っていた。そこに一石を投じる動きはなく、高市の恣意の貫徹を阻む政治情勢は何もなかった。左翼政治家がマムダニと対談する絵もハプンしなかった。で、選挙になったら、いつもの如く「比例は共産へ」「否、れいわへ」の二つがタイムラインで喧嘩を始めた。
選挙の大事な時間、左翼は中道叩きに気勢を上げていた。衆議院を右翼に埋めさせ、中国との戦争へフル回転で稼働させながら、左翼は国会前で巨大デモを実行している。11年前、「頭数」という言葉を(政治タームとして意図的に)作り、ツイッターで揚言し拡散し、その言葉への共鳴と影響力を期待した私は、丸山真男の「民主主義の永久革命」を素朴に奉じる学徒であり、国会前で連日座り込みをした丸山真男を神様として崇める立場だ。なので、デモを冷視するなどという発想や態度は、最初から論理回路的に遮断・排除されている。けれども、市民個人がエネルギーを注ぎ、主体的に関わるべき政治の機会や過程は、決してデモ参加だけではないのだという点は指摘しておきたい。せっかくSNSやブログの所与があり、自由な意見発信が可能な社会なのに、日本の左翼はそのツールを民主主義政治によく利用していない。なぜ、選挙に勝つ動きを設計し討議しようとしなかったのか。無能な左翼政党任せにしたまま、政党の指導に従うだけだったのか。
あのとき、特に昨年の秋以降だが、なぜ、このままでは国会が右翼に占領される、戦争を止められない、と、そういう危機感と想像力を持ち、それを阻止する政治戦略の発案と提起に誰も出なかったのだろう。そうした知的に勇敢な市民が一人もいなかったのだろう。なぜみんなが、既成左翼業界の著名人のXに張り付き、ルーティン消費する如くそれを眺めるだけだったのだろう(いつもそうだが)。愚痴を重ねて不愉快にさせて申し訳ない。