植草一秀氏の再審法の改定案に関する掲題の2つの記事を紹介します。
植草氏は、自民党は再審法改定案について、検察の抗告を「原則禁止」することを本則に謳うことで大幅に前進するという態度を示していますが、「原則禁止」は要するに例外を容認するということなので、従来通り「再審開始の決定が取り消されるべきものと認めるに足りる十分な理由」があるとして「ほぼすべてのケース」で例外の取り扱いになると述べ、それを本則に謳おうとも「検察の抗告を抑止する上で何の効力も発揮しない」と断言します。
間違いなくそうなるものと思われます。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
台本通りの再審見直し三文芝居
植草一秀の「知られざる真実」 2026年5月13日
5月7日付ブログ記事「抗告容認する自民党の猿芝居」https://x.gd/9iQkc
同メルマガ記事「防犯カメラがない日本最悪の場所」
5月9日付メルマガ記事「稲田朋美の猿芝居」https://foomii.com/00050
に再審制度見直し刑事訴訟法改正論議の問題点を指摘した。
気の遠くなるような時間を経て冤罪が明らかにされる事例が相次いでいる。
冤罪はもっとも卑劣な国家による犯罪。「魂の殺人」である。
この重大犯罪の実行犯の刑事責任が問われているのか。重大犯罪を繰り返す犯罪集団が裁判所の再審開始決定に異議を唱える権利の維持に血道を上げる。
適正な対応は一つしかない。検察の抗告を禁止すること。これだけの犯罪を繰り返してきているのだから、その犯罪の卑劣さを増幅する措置を認めるべきでない。
再審制度の見直しに際して検察による抗告を「禁止」すべきことは言うまでもない。
ところが、検察は裁判所の再審開始決定に対して異議を唱える権利維持に総力を注ぐ。
しかし、表向きは検察の主張が抑え込まれたような風情(ふぜい)を装わなければならない。
そこで編み出されたのが「本則」と「付則」の差異強調。「付則」での規定は重くないが「本則」での規定は重いというもの。噴飯(ふんぱん)もの。
自民党は結局、「原則禁止」で着地させる。「原則禁止」と「禁止」との間に天地の開きがある。
「原則禁止」の意味を霞ヶ関用語辞典で調べると「容認」になる。
「原則禁止」とは「(抗告を)してはならない」と記した上で「(開始決定が)取り消されるべきものと認めるに足りる十分な理由があるときは、この限りではない」とするもの。
「禁止」に例外を設ける。こうなると、ほぼすべてが例外の取り扱いになるだろう。
これまで検察は裁判所の再審開始決定に対して「抗告」してきた。その理由は何だったのか。
「(再審開始決定が)取り消されるべきものと認めるに足りる十分な理由がある」
としてきたからではなかったのか。「再審開始決定が取り消されるべきものと認めるに足りる十分な理由がない」のに抗告を繰り返してきたのか。この点を明確にするべきだ。
これまで検察が「(再審開始決定が)取り消されるべきものと認めるに足りる十分な理由がある」として抗告を繰り返してきたなら、上記の「原則禁止」の規定下においても、これまでと同じように、「(再審開始決定が)取り消されるべきものと認めるに足りる十分な理由がある」として抗告を繰り返すことになるだろう。誰でも分かることだ。
つまり、「原則禁止」は検察の抗告を抑止する効力をまったく発揮しないということ。
(お願い)
情報拡散を推進するために「人気ブログランキング」クリックをぜひお願いします。
続きは本日のメルマガ版「植草一秀の『知られざる真実』」第4417号
「警察検察巨大犯罪を断じて許さず」 でご高読下さい。
月初のこの機会にメルマガ版「植草一秀の『知られざる真実』」ご購読をぜひお願いします。https://foomii.com/00050
『ザイム真理教』(森永卓郎著)の神髄を深堀り、最重要政策争点財務省・消費税問題を徹底解説する新著を上梓しました。
『財務省と日銀 日本を衰退させたカルトの正体』(ビジネス社)https://x.gd/LM7XK
ご高読、ならびにアマゾンレビュー、ぜひぜひ、お願いします。
メールマガジンの購読お申し込みは、こちらからお願いします。(購読決済にはクレジットカードもしくは銀行振込をご利用いただけます。)なお、購読お申し込みや課金に関するお問い合わせは、support@foomii.co.jpまでお願い申し上げます。
検察に媚びる自民党
植草一秀の「知られざる真実」 2026年5月14日
まやかしの議論はもういらない。再審制度見直しを含む刑事訴訟法改正。議論はするが制度の刷新はしない。何の成果も上がっていないのに、あたかも成果があったかのような報道が展開される。
警察・検察は報道機関にとっての最大のニュースソース。法務省所管の領域では被疑者の姿が報道に晒されることはない。遮蔽措置が取られる。しかし、警察の領域は違う。
警察署が被疑者の腰縄・手錠付き映像をサービス提供する。メディアは警察署に参集してその「サービス映像」を撮影して全国に垂れ流す。
しかし、芸能人の腰縄・手錠付き映像は提供されない。
警視庁所管の警察署のなかに被疑者の姿を遮蔽する構造を有する警察署がいくつかある。
警視庁本庁がその一つ。これ以外に、湾岸警察署、麹町警察署は遮蔽措置がある。
これらの警察署では腰縄・手錠付き映像を外部の者が撮影することができない。
芸能人は逮捕されると身柄がほぼ確実に湾岸署に送られる。湾岸署では送検の際の腰縄・手錠付き映像を撮影できないのだ。
被疑者は被疑者。法定刑確定者ではない。裁判で無罪が確定するまでは無実を推定しなければならない。
無罪推定の原則は1789年のフランス人権宣言に明記された刑事司法の根幹ルールの一つ。
適法手続き、罪刑法定主義、法の下の平等など、刑事司法の根幹ルールがある。
すべて1789年のフランス人権宣言に盛り込まれている。
ところが、日本ではいまなお、刑事司法の根幹ルールが確立されていない。
被疑者の段階で腰縄・手錠付き映像を公開することは明らかな人権侵害。
すべての警察署で法務省所管の領域と同様に遮蔽措置を取るべきだ。
メディアは警察から便宜を供与され、それと引き換えに、警察・検察寄りの報道に徹する。
再審制度見直しの根幹は裁判所が再審開始決定を示した際の検察による抗告を禁止すること。
「検察による抗告を禁止する」ことを定めることが必要。「原則禁止」は「容認」である。
「(抗告を)してはならない」とした上で「(開始決定が)取り消されるべきものと認めるに足りる十分な理由があるときは、この限りではない」とするのが「原則禁止」。
「開始決定が取り消されるべきものと認めるに足りる十分な理由があるときには抗告してもよい」というのが「原則禁止」。
検察はこれまで抗告し続けてきた。そのために再審無罪が確定するまでに気の遠くなるような時間を要した。これを是正するための刑訴法改正。「抗告禁止」にしなければ何の意味もない。
これまで検察が抗告してきたのは「開始決定が取り消されるべきものと認めるに足りる十分な理由がある」からだっただろう。そうすると、今後も何も変わらない。
「原則禁止」を本則に書こうが付則に書こうが、検察が抗告し続けることに変化はない。
稲田朋美氏が騒いで実現したのは原則禁止を「本則」に盛り込んだこと。成果はゼロ。
稲田朋美氏の猿芝居は永遠に記憶に残す必要がある。
続きは本日のメルマガ版「植草一秀の『知られざる真実』」第4418号
「犯罪集団検察太鼓持ちメディア」 でご高読下さい。
(後 略)