2026年7月11日土曜日

11- 「女性・女系天皇の実現を求める国民の会」- 声を代弁して動く政治主体の不在

 世に倦む日々氏の掲題の記事を紹介します。
 日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、の地位は主権の存する日本国民の総意に基くとされる象徴天皇の継承者を定める「皇室典範」改定法案が10日、衆院で可決されました。
 高市首相が自身に関する数々の疑惑の追及から逃げ回った結果、円安・インフレ・物価高で苦しむ国民のための政策は何一つ行わず立法もしないまま国会の会期末が17日に迫った中で、荒唐無稽といえる養子案を含むこの法案がロクな審議も経ないままでいとも簡単に可決されるとは実に恐ろしい事態です。
 世に倦む日々氏は、
麻生太郎の外戚権力への野望と皇室支配の醜い執念という要素もあるけれど、何と言っても、成人してカリスマ的魅力を日々増す愛子内親王の即位可能性を潰し、男系皇統の保全をここで固めたいという右翼の動機と欲望が強烈だ。
 徳仁天皇のカリスマ性を親子で受け継ぐところの、純真可憐で聡明なイメージの愛子内親王に期待が寄せられ、いわば愛子天皇ブームが熱狂的に起きている状況にある。
 ここで旧宮家養子制度を固める政治に失敗し、先延ばししてしまうと、愛子天皇待望論の爆発を止められなくなり、一気に女性女系天皇容認へと向かうと(高市政権が)焦っている」ためであるとして、
「養子縁組で新しく皇位継承資格者を出した前例は一度もなく、安定的な皇位継承を逸脱させる変事であり、日本史の天皇制を根本から覆す凶暴なクーデターだ」と述べ、
「強引に押し切って改定を成立させた場合、当然、揺り戻しが来るだろうと予想される。愛子内親王は24歳。公務を通じてますます人気に拍車がかかって行く。その成功と自信が天皇家の家族としての安定を確かにし、そして、女性女系天皇実現に向けての再度の本格的な典範改正を求める政治の動きを媒介する。右翼ゴリ押しの、女性女系天皇の排除が目的の、今回の典範改定が国民に歓迎されるはずがない」と断言します。
 そして
国民は旧宮家男系男子養子案に反対している。愛子内親王を皇太子にすべしという声が圧倒的だ。もしここで例えば、大石晃子なり吉田晴美なりがリーダーとして手を挙げ、『女系女性天皇実現を求める国民の会』を立ち上げて記者会見すれば、どれだけ熱く注目され、多くの支持と賛同が集まることだろう。大石晃子と吉田晴美が『私がやります』と座長格を引き受け、畠山澄子がサブに立って声明を発せば、我も我もと幹事団に名乗りを上げる者が出て来るはずだ」と述べます。

 ここで欧州の王制国家であるスウェーデン、イギリス、ベルギー、ノルウェー、オランダ、デンマークを見ると、いずれも王位者の直系長子(男女を問わず)が王位を継承するとされています(女性の継承者も複数います)。
 今やそれが世界の趨勢であり常識であるのに対して、日本だけが男子に限定するという非常識を維持しようとしているのは奇異に見られています。
 それを主張する勢力はひたすら根拠の乏しい「万世一系」を強調しますが、そうした人たちがかつて上皇に対し非礼な言動をとっていたことは知られています。彼らにその自己矛盾の自覚がないようなのは不思議なことです。

 世に倦む日々氏は、
「今回の皇室典範改定の政治で気になるのは、憲法学者の声がきわめて少なく小さいことだ。今はまさに天皇制を女性女系天皇容認に改造する好機であり、先頭で理論を主導すべきは憲法学者である。なのに、なぜこんなに沈黙しているのだろう」と疑う一方で、
「今が実は戦前ファシズムの荒野の真っ只中で、保身と用心を強いられる大学の憲法学者が、迂闊に政権批判など口走れない「雪も凍てつく極北の夜」(ウェーバー)の厳しい環境なのかもしれないとも思う。10年前にフットワーク軽くできていたことが、今はもう負荷とリスクが重すぎてできないのかもしれない」と諦めの言葉を紡ぎます。自らの体力の減退に重ねたのかも知れません。

 あわせて村上誠一郎氏の記事:「『愛子さまの可能性否定は言語道断』自民・が語った、敬意なき皇室典範改正案への怒り」を紹介します。
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「女性・女系天皇の実現を求める国民の会」- 声を代弁して動く政治主体の不在
                        世に倦む日日 2026年7月7日
6/30 皇室典範改正の政府案が閣議決定され、国会に提出された。改正案のポイントは二点で、①女性皇族の結婚後の身分についてと ②旧宮家の男系男子を養子として迎えることである。①の中身は、結婚後の皇籍離脱を定めた12条を削除し、結婚後も本人の意思で皇族に残れるように措置し、同時に住民基本台帳に載る一般国民の性格も持たせる扱いにした。②は、旧11宮家の15歳以上の男子で配偶者と子がいない場合、養子縁組を可能とした。養子本人は皇位継承者になれないが、養子夫婦から生まれた男子は皇位継承権を持つ。要するに、いま国民の間で人気の高い愛子内親王や佳子内親王にはずっと皇族として公務を続けさせ、皇室の支持を維持する広告塔としてコキ使い、皇位継承権は男性だけが独占を続けようという典範改定だ。趣旨も卑劣で言語道断だが、法文の構成と内容が滅茶苦茶で、とても宮内庁や内閣法制局の手が入った成文とは思えない生煮えどころではなく、政府原案と言えない杜撰な代物だ

今回の典範改定の狙いは、第一に愛子天皇の可能性を排除し、その実現を潰して消すところにある。その意図と思惑だけがギラギラと汚濁した光を放っている。現在19歳の悠仁親王を皇太子に即け、次の天皇とする進行を万全に固め、悠仁親王に結婚相手をあてがい、夫婦に男の子を複数生ませる。その男子長子に皇位継承させる。次子男子を予備代替とする。そのシナリオで今後50年を展望した皇室制度改定であり、すなわち、現天皇の長子である愛子内親王にはそのまま皇族としてとどまらせ、皇室宣伝の役割に精勤させ、結婚するなり独身でいるなり好きにしろと、そう指令している。国民を悦ばせるタレント活動を一生やって、男系皇室に奉仕しろと強制している。一方、皇太子となった悠仁親王に男の子ができるかどうかは不明で、妻となる女性にも重圧がかかって将来を確定できないから、予防保障装置として旧宮家養子に生まれる男子という線を残し、悠仁親王の男系皇統が難しくなった場合に備えるというスキームになっている

その意味で、麻生太郎の外戚権力への野望と皇室支配の醜い執念という要素もあるけれど、何と言っても、成人してカリスマ的魅力を日々増す愛子内親王の即位可能性を潰し、男系皇統の保全をここで固めたいという右翼の動機と欲望が強烈だ。それが現在の政局を作っている。愛子内親王と佳子内親王はアイドルそのもので、凋落の一途で孤独に消沈する日本人に慰めを与える拠り所となっている。そのシンボルと化している。特にその中でも、徳仁天皇の(ジェンダーの時代に適合した)カリスマ性を親子で受け継ぐところの、純真可憐で聡明なイメージの愛子内親王に期待が寄せられ、いわば愛子天皇ブームが熱狂的に起きている状況にある。悠仁親王に好感が集まらないのは、学生の身で公務外という面もあるが、秋篠宮家の5年前の長女の結婚と皇籍離脱があり、醜聞騒動が国民感情を逆撫でし、皇室の信頼を傷つける事態に至った悪影響が大きい。後嗣家への不信が底流で燻り、それが反射効果となって、天皇家への異常なバブル人気を醸成させている

愛子内親王の空前の国民的人気に右翼は深刻な危機感を抱いていて、ここで旧宮家養子制度を固める政治に失敗し、先延ばししてしまうと、愛子天皇待望論の爆発を止められなくなり、一気に女性女系天皇容認へと向かうと焦っている。実際、その見通しどおりだろう。麻生太郎は85歳。櫻井よしこは80歳。百地章は79歳。その後の右翼の世代に女性女系天皇を止められる巨魁がいない。養子縁組で新しく皇位継承資格者を出した前例は一度もなく、安定的な皇位継承を逸脱させる変事であり、日本史の天皇制を根本から覆す凶暴なクーデターだ。強引に押し切って改定を成立させた場合、当然、揺り戻しが来るだろうと予想される。愛子内親王は24歳。公務を通じてますます人気に拍車がかかって行く。その成功と自信が天皇家の家族としての安定を確かにし、そして、女性女系天皇実現に向けての再度の本格的な典範改正を求める政治の動きを媒介する。右翼ゴリ押しの、女性女系天皇の排除が目的の、今回の典範改定が国民に歓迎されるはずがない

ここで指摘したいのは、女性女系天皇の実現を求める国民運動とか、旧宮家男系男子養子案に反対する会とか、そうした政治運動の登場がなく、リアルな動きが不在である点だ。国民は旧宮家男系男子養子案に反対している。少なくとも国論を二分させていて、「立法府の総意」などという欺瞞の形式で正当化できるものではない。実際は、愛子内親王を皇太子にすべしという声が圧倒的だ。が、こうしたX上で溢れかえっている声をマスコミの政治報道で発信する代弁者がいない。マスコミで代弁される場面がない。もしここで例えば、大石晃子なり吉田晴美なりがリーダーとして手を挙げ、「女系女性天皇実現を求める国民の会」を立ち上げて記者会見すれば、どれだけ熱く注目され、多くの支持と賛同が集まることだろう。10万人規模の集会が起きておかしくない。政府や自民党との団体交渉に押しかけたり、経団連を回って説得したり、外国人特派員協会の場で会見したり、等を行えば、全マスコミのカメラが必ず殺到し、一挙一動が夜のニュースの目玉になるだろう

その政治がいま無いのである。欠けているのだ。あるべき政治がないのだ。だから、どれほど多数の国民がこの機会に愛子天皇実現への制度的道筋を強く求めても、それがマスコミ空間で代弁されず、政治の声にならないのである。政治の声としてテレビに映るのは、高市や小林の声だけだ。カウンターの側の政治主体がないから、そこは沈黙の大陸になっている。いま土井たか子や市川房枝が地上にいれば、こんな間抜けた不思議な絵にはならないだろう。大石晃子と吉田晴美が「私がやります」と座長格を引き受け、畠山澄子がサブに立って声明を発せば、我も我もと幹事団に名乗りを上げる者が出て来るはずだ。金魚の糞のように付いて来るだろう。森暢平を参謀として配置すれば理論武装は完璧だ。一週間あれば、今の皇室典範改定の政治は阻止できると確信する。テレビ報道の番組キャスターが全局味方につき、生インタビューを放送し、支持を急拡大する展開になるだろう。彼らはそれを待っているのだ。男系皇統継続の典範改定を支持しているマスコミ関係者はいない。フジを除けば

を見ていると、「日本は本当に女性差別の国なのだと悲しくなった」という声があった。非常に象徴的なコメントで気になった。7/5 にサンデーモーニングに出演した元村由希子も同様の発言をした。こうした感想を垂れ、この問題の総括として諦める。阻止や改善の政治主体になろうとしない。前向きな課題と責任を引き受けようとしない。評論だけ。批判だけ。受動的反発だけ。分断的隔絶的対峙の観照的態度だけ。そして、男が悪い、日本は男社会だ、いつまで経っても変わらない、先進諸外国と違うと愚痴と不満を言い続ける。それを見ながら、この人たちは本気で女性女系天皇の実現をめざしているのだろうかと疑問に思う。さらに深読みに及び、どうやら、これはこれで一つの問題解決の回路なのだという解釈に至る。敢えて言えば、ジェンダー主義の政治の方法なのだ。男権厭悪の永久革命。男女平等ではなくジェンダー主義の視座だから、「とても悲しい」で済ませ、そこで打ち切ってよいのだろう。男性支配の現実のレジームは永遠で所与であり、それを前提とした被差別の主体性だけが構造であるのだ

丸山真男の議論の中に「権利の上に眠る者」という一説があり、我妻栄の民法の講義で聴いた話として紹介されていた。権利を持ちながらそれを行使せず放置する者は法の保護に値しないという法学の原則で、それを思い出す。また、同じ文脈で「疎外のマゾヒズム」という問題提起をしていて、学生時代、読みながら「巧い表現だ」と膝を打って仲間たちと笑い合った。今のジェンダー主義の態度は、「権利の上に眠る者」というより、「権利を幻にして不満と糾弾を言い続けたい者」に映る。そういえば、今回の皇室典範改定の政治で気になるのは、憲法学者の声がきわめて少なく小さいことだ。これも不思議である。私から見て、今はまさに天皇制を女性女系天皇容認に改造する好機であり、力を結集してその革命に動くべきときだ。千載一遇のチャンスだ。先頭で理論を主導すべきは憲法学者である。日本の憲法学はジェンダー論一色の世界に変貌している。なのに、なぜこんなに沈黙しているのだろう。勇気を出して政治運動しないのだろう。年をとって浦島太郎になったのか、何もかもが理解不能で狼狽している

だが、外の世間から見れば、私の不如意と歯噛みこそが、幻想を現実社会に被せた倒錯と空回りで、時代遅れの無名の市井がお気楽に放擲するところの、根拠のない、誰も共感しない妄想なのかもしれない。ジェンダーの層を成す多数一般に対する僻みと的外れな八つ当たりに映るかもしれない。そう自虐あるいは自省する気分にもなる。そしてリアルに正視すれば、今が実は戦前ファシズムの荒野の真っ只中で、保身と用心を強いられる大学の憲法学者が、迂闊に政権批判など口走れない「雪も凍てつく極北の夜」(ウェーバー)の厳しい環境なのかもしれないとも思う10年前にフットワーク軽くできていたことが、今はもう負荷とリスクが重すぎてできないのかもしれない


「愛子さまの可能性否定は言語道断」自民・村上誠一郎氏が語った、敬意なき皇室典範改正案への怒り
                        東京新聞 2026年7月10日
自民党の村上誠一郎前総務相は7日、東京都内で講演し、女性天皇の可能性を事実上排除する政府・与党の皇室典範改正案を厳しく批判した。「愛子さまの可能性を全く否定したということは、言語道断だと私は考えます」と述べた。

皇室制度を巡る議論に対し、自民党内からも異論が公の場で示された形だ。村上氏自身の「国会議員在職40周年を祝う会」での講演でのことだ。
 
村上氏はまず、「私が不思議でしょうがないのは、皇室の皆さん方のお気持ちを全く忖度(そんたく)しないで、国会議員だけで決めるのは、あまりにも敬意を持たなさすぎるのではないかということだ」と述べ、当事者である皇室への配慮を欠いたまま制度改正が進められていることに疑問を呈した。

◆皇室への敬意を欠いた制度改正議論
その上で、与野党間では「女性皇族が結婚後も皇族の身分を維持すること」や「旧宮家の男系男子を養子として迎えること」までは一定の合意が形成されていたと説明した。
一方、政府・与党は、養子本人には皇位継承資格がないものの、その息子には皇位継承資格があるとしている村上氏は「突然出てきた。これはだまし討ち以上のものではないと思います」と強く批判した。
さらに、女性皇族が結婚後も皇室に残る制度そのものについても、「(小室)眞子さまの時の状況を見て、本当にそういう方が出てくるのだろうか。逆に私は心配だ」と述べ、制度の実効性にも疑問を示した。

◆「歴史上、約10人おられた」女性天皇はなぜだめ?
村上氏が特に問題視したのは、女性天皇の可能性を事実上排除する政府・与党の姿勢だ。自民党の中曽根弘文憲法改正実現本部長は6月28日、富山県内の講演で「(独身で)愛子さまが天皇になったら、結婚する人もいない」「男子を産まないといけないという、すごいプレッシャーがある」などと発言した。
「中曽根発言でお分かりのように、愛子さまの可能性を全く否定している」とした上で、「ヨーロッパの王室では長子、つまり一番上の子どもが、男性であれ女性であれ継承権を持っている。日本でも歴史上、女性天皇は約10人おられる。なぜ日本だけが男子でなければならないのか、私には理解できない」と語った。
さらに、「女性として初めて総理になれたのに、それが何のためだったのか、本当に分かっていらっしゃるのか」と述べ、高市政権の姿勢を厳しく批判した。

◆「生煮え法案のゴリ押し。禍根を残さないか」
また、皇室典範改正案だけでなく、今国会で審議が進む国旗損壊罪法案にも言及し、「こういう生煮えの法案をゴリ押しして、禍根を残さないだろうか」と懸念を表明。「国民の総意の象徴である天皇陛下に関わる制度について、国民が納得しないまま進めるべきではない」と訴えた。
講演の最後には、「特に中曽根発言で見られるように、愛子さまの可能性を全く否定したということは、言語道断だと私は考えます」と改めて強調。皇位継承のあり方を巡る議論は、与党内でもなお大きな隔たりがあることを印象づけた。