2014年8月15日金曜日

内閣支持率続落し43%に 過去最低 時事通信世論調査

 時事通信が7~10日に実施した8月の世論調査によると、安倍内閣の支持率は前月比1.1ポイント減の43.5%と続落し、第2次安倍政権下で最低を更新しました。
 7月の調査でも、前月比6.4ポイント減の下落をしています。
 不支持率は0.5ポイント増の35.1%で、これも第2次政権で最高となりました
 内閣を支持しない理由(複数回答)は「政策が駄目」17.4%が最も多く、「期待が持てない」17.0%、「首相を信頼できない」13.9%の順でした
 
 九州電力川内原発の再稼働については、「反対」「どちらかといえば反対」が合わせて57.9%「賛成」「どちらかといえば賛成」が36.7%でした
 
 来年10月に予定されている消費税率10%への引き上げについて反対」は74.8%に上り、「賛成は22.6%でした
 
 調査は全国の成人男女2000人を対象に個別面接方式で実施し、有効回収率は62.7%でした
 
追記) 時事通信の内閣支持率は日テレの世論調査の44.4%とほぼ合致します。
     NHKのみはなぜか前月比4ポイント増の51%という特異的な数字になっています。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
内閣支持率続落43%に=6割が原発再稼働反対-時事世論調査
時事通信 2014年8月14日
 時事通信が7~10日に実施した8月の世論調査によると、安倍内閣の支持率は前月比1.1ポイント減の43.5%と続落し、第2次安倍政権下で最低を更新した。支持率が2カ月連続で5割を割り込むのは初めて。不支持率は0.5ポイント増の35.1%で、第2次政権で最高となった。
 
 九州電力川内原発(鹿児島県)の再稼働については、「賛成」「どちらかといえば賛成」が合わせて36.7%。「反対」「どちらかといえば反対」は計57.9%。原発再稼働を急ぐ政府の姿勢や、集団的自衛権の行使容認の閣議決定への反対・慎重論が根強いことなどが内閣支持率に影響したとみられる。景気回復の実感が地方に浸透していないことも、続落の一因となったもようだ。
 内閣を支持する理由(複数回答)は多い順に「リーダーシップがある」14.4%、「他に適当な人がいない」14.1%、「首相を信頼する」11.6%。支持しない理由(同)は「政策が駄目」17.4%が最も多く、「期待が持てない」17.0%、「首相を信頼できない」13.9%の順だった。
 政党支持率は、自民党が前月比0.8ポイント増の23.9%で首位を維持。民主党5.3%、公明党3.8%、共産党1.5%と続いた。旧「日本維新の会」から分党した新たな「日本維新の会」は1.2%、次世代の党は0.2%。
 その他の政党は、みんなの党0.4%、社民党0.4%、生活の党0.2%。結いの党0.1%、新党改革0.1%。支持政党なしは61.6%だった。
 調査は全国の成人男女2000人を対象に個別面接方式で実施。有効回収率は62.7%。
 
 
消費税再引き上げ、75%反対=軽減税率は賛成8割-時事通信世論調査
時事通信 2014年8月14日
 時事通信の8月世論調査によると、来年10月に予定されている消費税率10%への引き上げについて、反対と答えたのは74.8%に上った。賛成は22.6%。反対の理由は「家計の負担増」などが多かった。安倍晋三首相は景気情勢を踏まえ、年内に引き上げるかを最終判断する。
 
 内訳を見ると、消費税率10%への引き上げに「反対」が52.6%、「どちらかというと反対」が22.2%だった。「賛成」は7.5%、「どちらかというと賛成」は15.1%で、これらのうち72.8%が「社会保障のために必要」を理由に挙げた。
 反対の理由(複数回答可)は、「家計に負担がかかる」が70.0%で最も多い。「政治・行政の無駄遣いを減らす努力が足りない」が51.5%、「低所得者への負担が大きく不公平」が48.0%と続いた。
 調査は、生活必需品の消費税率を低く抑える軽減税率についても聞いた。80.9%が10%への引き上げ時に導入すべきだと答えた。軽減税率を適用してほしい品目(同)は、食料品が91.7%に上った。
 
 
景気回復の浸透が課題=時事世論調査
時事通信 2014年8月14日
 時事通信の8月の世論調査で、安倍内閣の支持率が続落した。集団的自衛権の行使容認を決めた7月に大きく落ち込み、8月もわずかながら下がった。安倍晋三首相は、景気回復を地方にも浸透させることで支持率回復を図る考えだが、下落傾向が続けば、当面する重要な政策課題である消費税率再引き上げの首相判断にも影響しそうだ。
 支持率は7月が前月比6.4ポイント減、8月は同1.1ポイント減で、下落幅は縮小した。政権幹部は集団的自衛権をめぐり、世論の半数を超える反対を押し切る形で行使容認を閣議決定したことが批判を招いたとみて「説明を尽くす」としていたが、理解は広がっていないようだ。
 今回の調査では、町村部の支持率が政令市と比べて7ポイント低かった。首相がアベノミクスの成果と捉える景気回復の実感が地方では乏しいことが背景にあるとみられる。暮らし向きに関して33.4%が「苦しくなった」、今後の生活見通しも36.0%が「悪くなっていく」と答えており、景気回復の勢いは、支持率を反転させるには力不足と言える。
 4~6月期の国内総生産(GDP)速報値は年率換算6.8%減と大幅下落した。政府は「織り込み済み」と強気だが、4月の消費税増税が原因とされるだけに、首相は年末を想定する再増税の判断に一段と慎重にならざるを得ない。かといって増税見送りとなれば、金融市場で財政再建への姿勢が疑われるのは必至で、首相は苦しい判断を迫られる。
 

STAPの悲劇を作った人たち(1)~(3)

 理研の笹井芳樹副センター長(52)が5日、職場で自殺したことについて、武田邦彦氏は「メディアによる殺人」であるとして、同日のブログ:「また起こったメディア殺人・・笹井さんの自殺と浅田農園の老夫婦の自殺」で、NHKと毎日新聞の報道態度を厳しく批判しました。
 本ブログでは6日の記事:「メディアに人を自殺させる権利はない」で武田氏のそのブログを紹介しました
 2014年8月6日  メディアに人を自殺させる権利はない 
 武田氏は8日に、「先日、このブログで笹井さんの自殺について扱ったが、あまりに可哀想な事件が起こったことから、記事の調子がこのブログの趣旨(常に前向き)と少し違ったので、いったん下げてキチンと論述することにした。内容としては同じである」と断って、まず同記事を削除し、代わりに「STAPの悲劇を作った人たち」の連載を始めました。
 連載は15日現在で(3)まで進みましたので、紹介します。
 
 1回目の記事は次のように結んでいます。
 
 STAP事件の当事者は、(故)笹井さん、小保方さん、丹羽さん、それに若山さんであり、それに「理研」「文科省」ぐらいで、あとは「外野」野次馬で、別に害関係者ではありません。
 それにもかかわらず、NHKが7月27日のNHKスペシャルで、仮想的な「反撃グループ」を中心に据えて、当事者のことを報じないというあり得ないことをして、その直後に研究者の自殺を招いたことは日本社会にとってどうしても解明しなければならないことです。
 
 2回目では、
 小保方氏の論文がネイチャーに投稿されて1週間ぐらいすると、ネットで論文の不備が指摘されました。しかし、この時点で指摘されたことは、写真3枚と小保方さんの個人的なこと(卒業論文の不備)で、論文全体が撤回に相当するような欠陥ではありませんでした。それなのに、理研理事長記者会見を開き、「頭を下げて謝罪」しました。これは、世界の第一人者として評価も高かった笹井氏が執筆した論文を発表後、1週間も経たないうちに「その非を指摘したほうが正しい」と理研が判断したことになり、異様なことです。理研は「もともと無いものをあることにした」という意味で、当事者のいない事件を創作し、それを引き継いだのがNHK、毎日新聞、そして関西系のテレビ番組などでした。
 と述べています。
 
 そして第3回目では、
 メディアと理研、研究者を不正とする非難を展開し、論文を取り下げざるを得ないようにし、2014年7月2日に論文が取り下げられました。これによってこの問題はリセットされて、本来ならSTAP研究は社会の目から遠く離れて、また2013年までのように「理研内で静かに研究ができる」という環境に戻った筈なのに、実際にはそうならずに、理研内部の人、分子生物学会東大東工大グループと称する匿名の人、京都大学の人などによりきわめて厳しい攻撃が続きました。
 なかでも異様なのは、研究をした当事者である若山氏が、共同研究者でなければわからないような日常的で小さなことを何回かにわたってメディアに暴露を繰り返し、マウスの取替えという小保方氏の人格攻撃にまで及んだことですが、マウスの問題は若山氏の間違いだったことが後に明らかになりました。

 この人たちがSTAPの悲劇に加担することになりました。
 と述べています。
 
 今回は3回分を集めたためにかなりの分量になりました。
 このシリーズはいつまで続くのか分かりませんが、今後は2回分ずつ紹介するようにします。 
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
STAPの悲劇を作った人たち(1) 
放送法の意味
武田邦彦 2014年8月8日
(先日、このブログで笹井さんの自殺について扱ったが、あまりに可哀想な事件が起こったことから、記事の調子がこのブログの趣旨(常に前向き)と少し違ったので、いったん下げてキチンと論述することにした。内容としては同じである)
 
NHKは国民の預託を受けて放送業をしていますが、その時に国民と約束したことがあります。それが放送法で、特にその第4条が重要です。
 一  公安及び善良な風俗を害しないこと。 
 二  政治的に公平であること。
 三  報道は事実をまげないですること。 
 四  意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。
放送はNHKでも民法でも基本的には同じですが、特にNHKは国民から強制的に受信料をとり、日本人全員が良質な放送を見たり聞いたりできるように特別なシステムを持っていますので、良い方向を向けば国民にとっては有意義なことになりますが、間違ったことをしたらその被害はものすごいものになります。
だから、第4条に定められた4つの最低条件は、民放にも及びますが、まずはNHKが絶対に守る必要があるもので、この条件を守るからこそNHKというものが存在できるともいえます。
7月27日のNHKスペシャル、STAP事件を扱ったこの番組は第4条に大きく悖る(もとる、反する)もので、STAPの悲劇を招いた直接的原因になったと考えられます。NHKスペシャルは第4条の一、三にも反していますが、特にここでは“四”の重要性について整理をしてみたいと思っています。
 
社会生活を送っていると、時々、不意にトラブルに巻き込まれることがあります。それは自分が原因していることもあれば、他人から仕掛けられることもあります。日常的な小さなトラブルはともかく、社会的に問題になるようなことが起これば、その内容はともかく、日本人が相互に約束したこと(法律で決まっていること)によって裁判所で和解か判決を受けて処理できるという確信があります。
このような日本社会の基本を守ることは、NHKはもとより一国民としてもとても重要なことは言うまでもありません。“一”に書かれた「善良は風俗」というのをあまり大きく拡大してはいけませんが、まずは「法律を守ること」や「相手をゆえなく侮辱すること」などが大切でしょう。
ところが、ある特定の人が法律にも訴えずに、全国民にある個人の名誉に関係することを一方的に放送したり、報道されたりしたら、とんでもないことになります。幸福で平和な生活を一瞬にして特定の人の為に奪われることになります。そんな場合でも被害を受けたほうが裁判に訴えることができますが、NHKのような巨大な組織を相手に裁判を起こすこと自体が難しいのです。
まず、裁判になると訴えた一個人の方は仕事もできず、体力も消耗し、お金もかかります。一方、NHKの方は裁判担当弁護士をお金で雇い、大勢の人が分担し、それにかかった費用は受信料から支払うことができます。これでは形式だけ「もしNHKが一個人の名誉を傷つけたら裁判に訴えればよい」と言っても、それは形式だけであって、現実性のない話になります。
 
そこで、NHKという組織を置く前提として、この4つの項目を守ることをNHKは国民と約束しているのですが、特に“四”は重要です。「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」です。
この条文はとても大切(法律ですから、国民とNHKの約束なので、もともと「大切」とか「大切ではない」ということはなく、すべて「大切」)です。日本国民が法律で罰せられる場合は、キチンとした手続きがあり、十分な弁明の機会が与えられます。日本の裁判は「起訴されたら有罪」というところがあり、「裁判は死んだ」とも言われていますが、それでも弁明の機会は与えられます。
しかし、NHKがある特定の個人を葬ろうと思ったら、「放送」という権力を使って、手続きなしに個人を葬ることができます。そんなことをされたら、日本という自由で人権がある国に住んでいるとは言えなくなります。もしそんなことをNHKがしたら、日本は「NHK独裁国家」になり、いつ何時、社会的に葬り去られるか、あるいは精神的な圧力を受けて自らの命を絶たなければならない羽目に陥ります。
NHKは政治団体でもなく、宗教団体でもなく、もしくは教育機関でもありません。単に国民がNHKという情報提供機関を作って、できるだけ正確な情報の提供を求め、それによって国民が正しく考えられるシステムを作ったに過ぎないのです。
 
STAP事件の当事者は、(故)笹井さん、小保方さん、丹羽さん、それに若山さんであり、この人たちと「意見が対立している人」というのは、「現在の日本にはいません」!! だからNHKがSTAP事件を報じるときには、研究者の言っていることを報じることはあり得ますが、STAP事件を批判している人のことを報じることはあり得ないのです。
STAP事件発生以来、当事者というのは、「STAPの研究者」、「理研」、それにかなり拡大すれば「文科省」ぐらいで、あとは「外野」、つまり「利害関係者」ではありません。それにもかかわらず、NHKが7月27日のNHKスペシャルで、仮想的な「反撃グループ」を中心に据えて、当事者のことを報じないというあり得ないことをして、当事者としての研究者に大きな打撃を与え、因果関係はまだはっきりしないものの、その直後に研究者の自殺を招いたことは日本社会にとってどうしても解明しなければならないことです。(平成26年8月8日)
 
STAPの悲劇を作った人たち(2) 
最初の人は理研
武田邦彦 2014年8月8日
先回のこのシリーズで、STAP事件の報道が放送法に適合していたかという整理から、もともとこの事件は「論文を書いた著者」たち、あるいはその「組織である理研」しか当事者(野次馬ではなく、一般の日本社会の概念で「外野」ではない人。ほぼ利害関係者にあたる)がいなかったのではないか、それ以外の「当事者」はNHKなどが作り上げた特別な人たちではなかったかというところまで書きました。
それでは2014年の1月から笹井さんが自殺をされる8月までの実質6か月(半年)間、放送法第4条の4に記載された「意見が対立している問題」というのはいったい何だったのか、それを整理してみたいと思います。
 
まず研究をして論文を発表した人たちは当事者です。日本の報道では著者のうち、最初から小保方さんだけを特別に扱っていましたが、それは組織体である理研が小保方さんを区別したこと、NHKなどがその判断をそのまま踏襲したことだけで、学問的に言えば著者は同じ立場と言えます(筆頭著者が責任を持つというのは村の掟で、どこにも書いていません。責任著者というのは一部の雑誌で使われています)。
次に理研ですが、研究を支えてきた組織ですから、やはり当事者です。理研は当初から組織としてはやや常識的ではない振舞をしていました。自ら企画して記者会見をし、論文がネイチャーに投稿されて1週間ぐらいすると、ネットで論文の不備が指摘されました。しかし、この時点で指摘されたことは、写真3枚と小保方さんの個人的なこと(卒業論文の不備)で、論文全体が撤回に相当するような欠陥ではありませんでした。
しかし、この段階で当事者の理研は、記者会見を開き、ノーベル賞を受賞した理事長が「頭を下げて謝罪」をしました。ここでこの事件は、大きくこれまでの日本の常識を逸脱し、その後の「錯覚」を加速させたと考えられます。論文の不備を指摘したのはネットの匿名の人ですから、普通なら理研の担当部長クラスの人が故笹井さんらに電話をして、「論文が不備だという声があるけれどどうか」という問い合わせをしたでしょう。
その後の故笹井さん、小保方さんの記者会見などによると、「研究は先進的なものであり、論文には不備はあったが、不正はない」と言っているのですから、理研の調査や記者会見が行われたころは、「理研内部の当事者は研究には問題はないと言い、ネットが炎上している」という状態だったのです。この段階で理研がなにかの声明を出すとしたら、「STAP論文についてネットなどで疑義が呈されているが、論文は価値のあるものであり、著者らも問題はないとしている。理研としては念のため理研内で調査を行う予定である」というぐらいでしょう。
 
実際、理研は2013年初頭から「若山、小保方」の研究で論文が拒絶されたことから、故笹井さんを研究に参加させ、2013年4月には特許を出願しています。また、故笹井さんは2014年5月ごろの取材に対して、「論文を作成し始めてから、繰り返し若山、小保方さんと議論を重ねた」と言っていますが、新たに研究に参加した人が、それまで研究していた人と十分な議論をすることも当然です。
つまり理研は1年半ほどの間、理研のエース級の研究者だった故笹井さんにSTAP細胞の論文や研究の進展を任せ、それが新しい研究センターへつながるように進めていたことを示しています。その中心的な論文の一つがネットから指摘があったからと言って、方針が変わるのも不思議です。理研としては、論文評価にあたって信頼できる人は、第一に故笹井さんであり、第二に特許を申請するときにその担当をした弁理士(特許出願担当)であり、第三にネイチャー査読委員だったはずです。その研究が基礎になっている論文の80枚ある写真のうち、2枚に違うものが入っていたとしても、全体の研究に影響が及ぶはずもありません。
理研は笹井さんを信頼して副センター長に起用していましたし、この方面では日本の第一人者として世界の評価も高かったのです。その人が執筆した論文をネットで指摘されたからと言って理研が信頼をなくするということになると、「笹井さんより実力が低い他人(ネット)が、「1年間にわたって笹井、若山、小保方が検討を重ねた論文」について、発表後、1週間も経たないうちに指摘したほうが正しい」と理研が判断したことになるからです。
つまり、STAPの悲劇を作った最初の人は「理研」だったことがわかります。理研が普通の研究機関にように、1)謙虚に批判は受け止め、2)なにが問題だったかを調べ、3)十分な科学的根拠をもって調査をする、ことをしていれば、STAP事件そのものは「ネットの炎上」だけで終わったでしょう。
ところが理研が「調査委員会」なるものを作り、不完全な規則を使い(このブログの剽窃論に詳しい。実施不可能な内規で捏造や剽窃とした)、論文の不備が問題になっている(小保方さん個人の問題ではない)のに著者のうち理由を示さずに小保方さんだけを理研は調査対象にしたのです。さらに調査が行き届かないうちに中間報告をして、その中でたとえば実験ノートが提出されていないのに、提出されたと委員長が記者会見でウソまで言ったのです。
この段階で、社会はあまりに不合理に進む理研の調査に疑問を持ちつつ、これほどの不合理が続くのであれば、表面的に発表されること以外になにか大きな間違いがあったのではないか、それが理事長の記者会見の異様ともいえる表情に表れているのではないかと勘繰り始めたのです。
 
つまり、理研は「もともと無いものをあることにした」という意味で、当事者のいない事件を創作し、それを引き継いだのがNHK、毎日新聞、そして関西系のテレビ番組などでした。 (平成26年8月8日)
 
STAPの悲劇を作った人たち(3) 
2番目は学問より政治が好きな学者たち
武田邦彦 2014年8月10日
先回の記事にまとめたように、理研の調査報告書ほど奇妙なものはありませんでしたが、1)論文は複数の著者で書いていて、故笹井さんが中心になって執筆したとされているのに小保方さんだけを研究不正の調査対象にしたこと(筆頭著者が責任を持つというのは特定の学会の掟に過ぎない)、2)不正とされた写真2枚はすでに調査委員会が調査を始める前に自主的に小保方さんから提出されているのに其れに触れずに不正としたこと、3)写真を正しいものに入れ替えても論文の結論や成立性は変わらないこと、4)理研の規則には「悪意のないときには不正にはならない」と定めているのに「悪意がなくても悪意とする」としたこと、などが特に奇妙でした。
 
そして、調査結果に対して不服があれば再調査するとしておきながら、再調査はしないとしたり、調査委員長がSTAP論文と同じミスをしていたのに辞任だけで研究不正とはしなかったことなど、実に不誠実な経過をたどったのです。
しかし、その後の展開もさらに奇妙なものになったのです。2014年5月にSTAP事件に関する理研の最終報告書がでると、メディアは「論文の不正が確定した」と報道し、さらに論文が取り下げられると「これですべてゼロになった」としたのです。つまりメディアと理研で、研究者を不正として非難を展開し、論文を取り下げざるを得ないようにし、2014年7月2日にSTAP事件は、論文が取り下げられたことによって、
1)不正が確定し、
2)もともと何もなかったことになった。
 のです。しかし、その後、さらに社会は奇妙な方向に進みます。それは
3)STAP細胞の再現性が得られれば良い、
4)STAP論文にさらに別の不正がある、
 と言い始めたのです。この奇妙な仕掛けをした人はまだ特定できませんが、もともとこの事件はSTAP論文にあり、その論文が取り下げられたことで「ゼロになった」としたのですから、STAP細胞があるかどうか、つまり研究が成功したかどうかも問題ではありません。
(もちろん、「再現実験」などは科学的にあまり意味のないことで、価値のある研究ほど論文の再現性には時間がかかりますし、再現性があるかどうかは科学的価値とは無関係です。)
 
ですから、日本社会が正常なら、STAP研究は社会の目から遠く離れて、また2013年までのように「理研内で静かに研究ができる」という環境に戻ったのです。今頃、笹井さんも小保方さんも通常の生活に帰り、理研かあるいは別の場所で研究を続けていたでしょう。
小保方さんは研究は順調で、論文にケアレスミスはあったけれど、ウソやダマシはないと言っていましたし、笹井さんも記者会見や取材で「自分のチェックが甘く論文に欠陥があったことは責任があるが、研究は順調だ。論文に示された4本のビデオからも研究が有望であることがわかる」ということを言っておられました。
 
ところが、この経過の中で再び火の手が上がったのです。それが、若山さん、メディアの登場していた研究不正に関する専門家と言われる人たち、そして分子生物学会を中心とする学者や日本学術会議でした。私はメディアに登場する専門家の方の論文を調べてみましたが、暗闇の中で苦しく創造的な研究の経験のある人はおられませんでした。
その中で、若山さんは何が目的であったかはっきりしませんが、共同研究者でなければわからないような日常的で小さなことを何回かにわたってメディアに暴露を繰り返しました。特に「マウスが違っていた」とか、「小保方さんがポケットにマウスを入れて研究室に入ることができる」など、研究内容より人格攻撃と思われることを言われたのにはびっくりしました。
私は研究者が身内をかばう方が良いと言っているのではなく、犯罪も被害者もなく、論文も取り下げたのですから、研究の内部の人だけが知っている細かいことを言う必要がないのです。特にマウスの問題は若山さんのほうが間違っていました
次に、研究不正の専門家ですが、理研内部の人、東大東工大グループと称する匿名の人、京都大学の人、それに医学部出身者を中心にして、きわめて厳しいコメントが続きました。すでに理研の調査が終わり、「不正が確定した」とし(わたしはそう思わないが)、論文が取り下げられ、もしくは取り下げの手続きが進んでいるのですから、その論文の欠陥をさらに追及したところでまったく意味がありません。
 
また、論文を執筆したのは最初は小保方さんと錯覚されていましたが、すでに3月ごろには笹井さんが中心になって書き直したことがわかっていましたし、若山さんの力では論文が通らないので、笹井さんの知識をもって論文をまとめたこともわかっていたのです。研究不正の専門家は研究不正という点では知識があると思いますが、研究そのものについてははるかに笹井さんのほうが力があると考えられますから、普通の学者なら「私より力のある人が書いたものだから」と遠慮するのが普通です。
それに加えて分子生物学会が学会としての声明を出しました。3月11日の理事長声明をはじめとして、7月4日の第3次声明が続き、論文が撤回された後も、「不正の追及」をするように理研に求めました。この声明に答えて、学会幹部も声明を出しました。たとえば大阪大学教授が分子生物学会理事長声明を支持することを社会に向かって表明し、「STAP論文はネッシーだ」という趣旨の発言もあったと伝えられています。
 
学問というのは「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」というような不合理を排するものですし、STAP論文で指摘されているのは(ネットの匿名を除いて)、「写真2枚のミスと1枚の加工」だけであり、「その裏に理研の腐敗体質がある」かどうかは不明なのです。分子生物学会理事長声明はSTAP論文に関する研究に大きな不正があったとして、理研にその返答を求めていますが、学会が伝聞によってある特定の研究者や研究機関を批判するのは、好ましくないことです。
学会は学問的に間違っていることを明らかにすることはその役目の一つですが、組織の運営や研究者個人の人生にも活動を及ぼすものではありません。普通なら笹井さん、若山さん、小保方さんの発表を聞きに行って、自分が疑問に思うことを質問するとか、学会単位なら、研究者を丁寧に研究会にお呼びして、ご足労をお詫びし、疑問点を質問するということをします。
このような活動は「学者は学問的なことに興味がある人」だからで、「運営、管理、虚偽などには興味がなく、また自分の研究時間を犠牲にしてそんなものに関係する時間も惜しい」のが普通です。
私は、ネットの人、理研内部の人、研究不正の専門家という人たち、それに分子生物学会の学者の方は学問には興味がなく、管理運営などにご興味があるということなら、学会から去っていただき、別の仕事をされたらよいと思うのです。学問は比較的簡単で、人を批判しなくても自分でよい仕事をすれば、みんなは評価してくれるからです。
「学者なのにいやに政治家のようだな。自然より人間に興味があるのかな?」というのが私の感想です。この人たちがSTAPの悲劇に加担することになりました (平成26年8月10日)
 

自衛隊のイラク派遣に確信を持つ 柳沢協二さん

 神奈川新聞のシリーズ「時代の正体」第15回は、国家公務員として入省するにあたり、「試験の点数とも照らし合わせて」防衛庁(当時)を選んだという柳沢協二さんを取り上げました。

 柳沢さんのキャリアの最後は内閣官房副長官補で、着任は2004年4月、多国籍軍が展開するイラクへ陸上自衛隊が派遣されてから3カ月後のことでした。
 派遣部隊が現地で取り組んだのは、給水や医療指導、道路改修といった人道目的の復興支援で、当時も今も自衛隊の派遣は正しかったと思っています。
 
 犠牲者が出ていればイラク派遣が正しかったと胸を張って言えたかどうかは定かではないものの、「銃を1発も撃たない国際貢献は憲法9条のある日本らしい在り方だった」と自ら評価します。
 そして講演では次のように語ります。
 「武装勢力と一戦を交えた途端、現地の人々を敵に回すことになる。だから砲弾が飛び交う中、自衛隊員は銃を向けるのではなく笑顔を向けた。その勇気をたたえたい。」
 ・・・・・・・・
 神奈川新聞の 語る男たち(3)「イラク派遣は正しかった。しかし… 元政府高官・柳沢協二さん」を紹介します。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(シリーズ)時代の正体(1 語る男たち(  
イラク派遣は正しかった。しかし… 元政府高官・柳沢協二さん 
神奈川新聞 2014年8月14日
 大学は最難関である東大を自然と目指した。世の中に役立つ仕事をしたいと国家公務員を選んだ。
 「防衛庁を選んだのは、もちろんこの国を良くしたいという思いもあったが、試験の点数に照らし合わせた結果でもあった」
 40年勤め上げた官僚時代をこう振り返る。
 「与えられた使命を全うする。日々の業務で自分の価値判断を差し挟むことはない。特に若いころは、その政策はなぜ必要なのか、大義は何かと考えることはなかった。政治家に盾突いた経験もない」
 与えられた範囲でいい仕事をし、出世してゆき、官邸にまで上り詰めた。キャリアの最後は内閣官房副長官補。着任は2004年4月。米国を中心とした多国籍軍が展開するイラクへ陸上自衛隊が派遣されてから3カ月後のことだった。
 当時も今も自衛隊の派遣は正しかったと思っている。現地で派遣部隊が取り組んだのは給水や医療指導、道路改修といった人道目的の復興支援だった。「護憲派の人たちには憲法違反だと批判されたが」
 一方で違和感があったのも確かだった。日米同盟を維持するため、自衛隊派遣は重要だという空気が官邸を覆っていた。
 「つまりイラクにいることが大事だった。日本の国益のためではなく、日米同盟を維持するためのお付き合いが目的ではないのか」
 もちろん口に出すことはなかった。
 緊張に身を硬くしたのは着任半年後。宿営地の物置用のコンテナに1発のロケット弾が着弾した。
 報告を聞き、サマワにいる自衛隊員の気持ちを想像した。それが危機的な状況だということは容易に想像できた。
 「生身の人間の命を失わせることになるかもしれない、と。出動命令は小泉(純一郎)首相がしたものだが、首相に進言する立場として自分も道義的責任は免れないと考えていた」
 3カ月で交代する部隊を統率する群長があいさつに来るたび、伝えるようになった。
 「最大の使命は全員を無事に連れ帰ることだ。無理に仕事をしようとしてはならない。それが政治の望みだ」
 意気込みをそがれたように驚いた表情をみせる群長もいれば、「当然です」と受け止める群長もいた。
 犠牲者が出ていればイラク派遣が正しかったと胸を張って言えたかどうかは定かではない。そして、その正しさに確信を持つに至ったのは09年の退官後のことだった。
 
貢献を誇りに
 講演に立ち、安倍政権が踏みきった集団的自衛権の行使容認を批判する。「なぜ、これまでの国際貢献の在り方では駄目なのか」
 サマワ派遣を引き合いに「銃を1発も撃たない国際貢献は憲法9条のある日本らしい在り方だった」と自ら評価する。
 武装勢力と一戦を交えた途端、現地の人々を敵に回すことになる。だから砲弾が飛び交う中、自衛隊員は銃を向けるのではなく笑顔を向けた。その勇気をたたえたい。撤収にあたり小泉首相に成果は何か、と問われ「自衛隊は1発の弾も撃ちませんでした。それが大事だった。だから任務をやり遂げることができた」と説明したエピソードを明かす。
 安倍首相を批判することについて「『元政府高官の肩書で国を批判するとは何事か』と批判されることがある。だが、元同僚からはよく言ってくれたと声を掛けられる」。
 覚悟はどこにあるのか、と問いたい。
 
 集団的自衛権の行使に道を開く閣議決定後初の国会審議で民主党の岡田克也氏は問うた。「自衛隊員のリスクが高まることを認めた上で、首相が自ら国民の前で(自衛隊の任務拡大の)必要性を説明すべきだ」
 安倍首相は「現に戦闘が行われているところではやらないのだから、戦闘行動をしているところに行く危険はないのは明確だ」と正面から答えることを避けた。
 別の答弁でも「自衛隊員は(服務に関し)『事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国民の負託に応える』と宣誓する。自衛隊の諸君は国民の命、国土を守るため命を懸けて危険に身をさらす」と述べるだけで、自らの胸の内を言葉にすることはなかった。
 「自衛隊を運用したことのある人間として、いいかげんな話には賛成できない」。例えば、安倍首相が集団的自衛権行使で想定するペルシャ湾のホルムズ海峡が機雷で封鎖されたケース。「日本への石油供給が絶たれることが自国の存立が危うくなる事態ではない。自衛隊員が命を懸けてまで守るべき国益とは思えない」
 口調が熱を帯びた。
 「自衛隊員に犠牲を求めるなら、重い決断の言葉があるべきだ。だが、それがない。歴代首相は大きな決断のとき、国民に対して、重い決断の言葉があった。安倍首相には、生身の人間の命を失わせるかもしれない命令を出すことにためらいがないように感じる」
 
「人生の目標」
 余生をのんびり過ごそうとは考えなかった。
 「自己実現とは何か、ということが頭をよぎった」
 国に物申すことなく過ごした官僚生活を振り返り、自らの経験を基にこれからは発言し、本に書き記していこうと思った。
 集団的自衛権をテーマにしたテレビの討論番組にも出演し、賛成派と向き合った。「何を言っているんだ、と腹の中では怒っている」。国会答弁同様、どこまでも穏やかで理屈立った語り口は習い性。放送をチェックした妻からは「きょうの話し方はくだけすぎ」と注意される。
 
 3人の子どもたちはとうに成人し、孫もいる。そして生きた証しとは何かを考え、見定めた。
 「米国のお付き合いのために自衛隊が派遣されることを防がなければならない。集団的自衛権行使容認をやめさせることが自分の自己実現。いわば人生の目標」
 防衛政策を担ってきた者として、いまだになぜ安倍首相が集団的自衛権の行使容認にこだわり、その結果、何がしたいのか理解できない。
 「安倍首相にとっても自己実現なのかもしれない。だから、それを防ぎたいという私の自己実現と首相の自己実現の戦いだ。一国の首相という大きな相手で戦いは大変だ。だが、やり続ける」
 
やなぎさわ・きょうじ 1946年東京都生まれ。70年防衛庁入り。官房長、防衛研究所所長などを経て2004~09年まで小泉、安倍(第1次)、福田、麻生内閣で安全保障や危機管理を担当。
 

2014年8月14日木曜日

「9条守れ」訴え行進 「成田・九条の会」が毎月9日に実施

東京新聞 2014年8月14日
 「成田・九条の会」(成田市)が六月から、毎月九日に「憲法九条を守ろう」と訴える行進を始めた。以前は駅前でチラシを配っていたが、集団的自衛権の行使容認が現実味を帯び、危機感を強めて活動を拡大した。行進中、通行人の反応は良くないが「戦争をしない国を守りたい。言葉が少しでも届けば」と歩みを続けるという。 (渡辺陽太郎)
 
 今月九日夕。メンバーは同市はなのき台からJR成田駅西口までの約三キロを歩いた。参加したのは協賛団体を含む四十代から七十代の三十人。手作りのうちわや横断幕を持ち「九条を守れ」「閣議決定撤回を」などと訴えた。チラシも配ったが、無視する通行人も少なくなかった。
 駅前まで来ると、行進が面白かったのか、高校生の集団が手を振ってきた。この日、反応してくれたのは彼らだけだったが、参加者たちは満足そうだった。
 「変わったことやっているなって印象に残るでしょ」と、ある女性は話した。毎月行進をして「また九条の人たちだ」と住民の印象に残れば、戦争をしない国の素晴らしさに気付いてくれるかもしれないと考えている。
 賛同してもらえば、選挙で護憲を意識した一票につながる。同会世話人の纐纈(こうけつ)康世さん(70)は「九条の大切さを、自分の住む街から伝えていきたい」と話していた。
 
 同会は二〇〇六年設立。同市や周辺市町の三百五十人で活動している。来月十三日に同市中央公民館で「平和を願う市民のつどい」を開く。朗読と歌に続き、伊藤真弁護士が「集団的自衛権行使容認でどうなる? 平和やくらし」と題して講演する。午後三時から六時まで。参加費五百円。高校生以下は無料。
 

福島知事選 「新しい県政を作る会」は護憲を盛らず

 10月の福島県知事選に向け、共産党福島県組織などでつくる「みんなで新しい県政をつくる会」は12日、県民へのアピール文を公表しましたが、それには「憲法を守る」という趣旨の文言を盛り込みませんでした。
 その理由について共産党福島県委員長は護憲をいうと共闘を協議するときに入り口で引っかかる可能性がある。個々の政策にこだわっては原発事故後の対応が進まないから外した」と説明しています
 
 委員長は、別に憲法よりも原発事故対応の方が大事と言ったわけではなく、知事選で統一候補を立てて、自民党の推薦候補を破ることが絶対的に必要、ということを述べたのに違いありません。共産党が護憲の党であることを知らない人は先ずいないので、アピール文から護憲を除外したのは、知事選での共闘を最優先にしたからであることは容易に理解できます。

 滋賀県知事選に引き続いて、10月の福島知事選、11月の沖縄知事選で自民党候補を連続して落選させることは、安倍政権に打撃を与え退陣を促すために、いま最も求められていることです。
 実は滋賀県知事選は辛勝で、反自民票がもう少し共産党候補に流れていたら、自民党候補が当選するところでした。このときも自民党候補を落選させるかどうかが決定的に重要であったことは、いうまでもありません。
 首長選の場合、政党色を出さない方が一般に有利とされているので、政策のすり合わせは出来ない方が普通です。従ってその都度独自候補を出すという考え方は間違いで、大局的見地に立つべきです。
 
 福島県の「みんなで新しい県政をつくる会」には、最後までこの姿勢を貫いて欲しいものです。
              ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
共産福島 「憲法」盛らず
朝日新聞 2014年8月13日
●知事選向け 県民へのアピール文
 10月の福島県知事選に向け、共産党県委員会などでつくる「みんなで新しい県政をつくる会」は12日、県民へのアピール文を公表。護憲を掲げる同党だが、知事選では他党との共闘を模索しており、「憲法を守る」という趣旨の文言を盛り込まなかった。
 6月に公表した知事選への政策提案にあった「憲法を守り生かす」との文言を、今回は外した。原発事故収束宣言の撤回や、県民の健康を守ることなど4項目を国に求めている。
 県委員会の久保田仁委員長は取材に「憲法を守るというと他党と(共闘を)協議するときに入り口で引っかかる可能性がある。個々の政策にこだわっては原発事故後の対応が進まないから外した」と説明している。