いわゆる憲法改正国民投票法は、「日本国憲法の改正手続に関する法律
(平成19年5月18日法律第51号)」(以後「改正手続法」と略称)及び「日本国憲法の改正手続に関する法律施行令(平成22年5月14日政令第135号)」(以後「改正手続法施行令」と略称)からなります。
そして法律制定の1週間前には、「日本国憲法の改正手続に関する法律案に対する附帯決議(平成19年5月11日)」(以後「同法附帯決議」と略称)が採択されました。
「改正手続法」、「改正手続法施行令」及び「同法附帯決議」は、下記をクリックすれば開きます。(クリックするとまず画面の下側に選択肢:「ファイルを開く」・「保存」が表示されるので、どちらかを選択してください。)日本国憲法の改正手続に関する法律施行令
(法律の細目を定めるもので内閣が定める政令 ※事務局)
日本国憲法の改正手続に関する法律案に対する附帯決議
◆宿題はどうなったのでしょうか
「改正手続法」の附則では、いわゆる「3つの宿題」を課していました。 その1つは法律「第3条 日本国民で年齢満18年以上の者は、国民投票の投票権を有する」に関するもので、附則第3条では、要旨下記のように定めています。
「法制上の措置」
1 国は、この法律が施行されるまでの間に、年齢満18年以上の者が国政選挙に参加することができるよう、公職選挙法、成年年齢を定める民法その他の法令の規定について必要な法制上の措置を講ずるものとする。
2 前項の措置が講ぜられるまでの間、(本法律の)規定中「満18年以上」とあるのは、「満20年以上」とする。
この法律は平成22年5月18日に施行されたので、施行されるまでの間に法制上の措置を講ずるとしたこの「宿題」は、結局果たされませんでした。
政府サイドの見解も、「選挙権年齢と民法の成年年齢等は一致させることが適当である」とする総務省と、「立法趣旨が異なるので必ずしも一致させる必要はない」とする法務省で分かれていました。
従って当面は、「規定中『満18年以上』とあるのは、『満20年以上』とする」ことで対応することになります。
2つ目は、法律第103条の「公務員等及び教育者の地位利用による国民投票運動の禁止」に関するもので、法律第103条の要旨は下記のとおりです。
1 国若しくは地方公共団体の公務員若しくは特定独立行政法人等の役員若しくは職員等は、その地位にあるために特に国民投票運動を効果的に行い得る影響力又は便益を利用して、国民投票運動をすることができない。(要旨)
2 教育者は、学校の児童、生徒及び学生に対する教育上の地位にあるために特に国民投票運動を効果的に行い得る影響力又は便益を利用して、国民投票運動をすることができない。(要旨)
これについて、附則第11条では、要旨下記のように定めています。
「公務員の政治的行為の制限に関する検討」
国は、この法律が施行されるまでの間に、公務員が国民投票に際して行う憲法改正に関する賛否の勧誘その他意見の表明が制限されることとならないよう、公務員の政治的行為の制限について定める国家公務員法、地方公務員法その他の法令の規定について検討を加え、必要な法制上の措置を講ずるものとする。
また後述する「附帯決議」では、公務員の政治的行為の制限に関して次のように決議しています。
公務員等及び教育者の地位利用による国民投票運動の規制については、意見表明の自由、学問の自由、教育の自由等を侵害することとならないよう特に慎重な運用を図るとともに、禁止される行為と許容される行為を明確化するなど、その基準と表現を検討すること。
この件についても、憲法審査会は関係省庁の見解表明を受けた段階にとどまっていて、まだ必要な法制上の措置は何も講じられていません。
3つ目は、附則第12条で下記のように定めている件です。
「憲法改正問題についての国民投票制度に関する検討」
第12条 国は、この規定の施行後速やかに、憲法改正を要する問題及び憲法改正の対象となり得る問題についての国民投票制度に関し、その意義及び必要性の有無について、日本国憲法の採用する間接民主制との整合性の確保その他の観点から検討を加え、必要な措置を講ずるものとする。
これは要するに国民投票制度を憲法改正以外にも活用すべきかどうかという問題です。
これについては、現憲法が間接民主制を前提として直接投票を憲法改正・最高裁判事審査・地方自治体の住民投票の3つしか認めていない中では拡大すべきではないという消極論と、国民主権の原理に基づいて直接民主制を拡大すべきだという積極論がありますが、そもそも国民投票のような直接民主制を「法律」で定めることができるのかという問題から始まって、拡大するにしてもどのような案件が対象となるべきで、逆に対象としてはいけない案件はどう定めるかなど、とても「速やかに」結着がつくような問題ではありません。
以上みてきたとおり、法律自体が課した3つの宿題は全く進んでいません。
◆附帯決議への対応はどうでしょうか
◆附帯決議への対応はどうでしょうか
同法附帯決議では、前述の3つの事項を含めて全部で18項目の内容を決議しています。1つの法律にこのように多くの附帯決議がなされたことは皆無ではないそうですが、準備不足の法律であったことは否めません。この法律は安倍内閣のときに制定されたのですが、立法を担当した議員は、安倍首相(当時)のメンツを立てるために急いだと述懐したということです。
附帯決議から、3つの宿題以外の主なものを拾ってみますと、以下の通りです。
1.(6) 低投票率により憲法改正の正当性に疑義が生じないよう、憲法審査会において本法施行までに最低投票率制度の意義・是非について検討を加えること。
1.(8) 国民投票広報協議会の運営に際しては、要旨の作成、賛成意見、反対意見の集約に当たり、外部有識者の知見等を活用し、客観性、正確性、中立性、公正性が確保されるように十分に留意すること。
1.(13) テレビ・ラジオの有料広告規制については、公平性を確保するためのメディア関係者の自主的な努力を尊重するとともに、本法施行までに必要な検討を加えること。
1.(13) テレビ・ラジオの有料広告規制については、公平性を確保するためのメディア関係者の自主的な努力を尊重するとともに、本法施行までに必要な検討を加えること。
1.(14) 罰則の適用に当たっては、公職選挙運動の規制との峻別に留意するとともに、国民の憲法改正に関する意見表明・運動等が萎縮し制約されることのないよう慎重に運用すること。
1.(15) 憲法審査会においては、いわゆる凍結期間である三年間は、憲法調査会報告書で指摘された課題等について十分な調査を行うこと。
(註.決議では全項目が「1」と付番されているので、当事務局で分かりやすく(1)~(18)と仮付番しました)
これらのうち、(6)、(8)、(13)等は特に重要ですが、これらの決議事項についてもまだ検討や対応は進められていません。
◆他にはどんな問題点があるのでしょうか
この法律に対しては、提案された時点から制定の趣旨自体を含めて条文の内容についても多くの批判や指摘がありました。
以下に、これまで触れた問題以外の、主な批判・意見を挙げます。
第2条(周知期間)
周知期間が60~180日では、国の命運を決するかもしれない改憲について、国民に十分に周知理解され、必要な議論が行われるためには不十分で、1年以上とすべきである。
第11条~第16条(国民投票広報協議会)
改憲が発議された段階で、両院各会派から比例配分で各10名を選任することでは、協議会内で改憲者が3分の2以上を占める構成になるので、中立性が保たれない。協議会は国会の外で組織すべきである。
第104条~第107条(メディアを通じた意見広告について)
メディアを通じた有料意見広告には巨額の費用を要するので、資力の差による広告力の格差が生じる。この資力の差による弊害を除去する抜本的な工夫がされなくてはならない。また、自己負担であれば如何なる内容の広告を行ってもよいかという問題もある。メディアを通じた有料意見広告には関与しないということではなくて、表現の自由を保障しつつ、こうした公平性を担保できる方法が検討されなければならない。
第151条(発議方式=括り方の問題)
「内容において関連する事項ごとに区分して発議する(=投票する)」のは、国民が条項毎に賛否の意思表示をするのを妨げるおそれがあるし、「内容において関連するか否か」の判断基準も示されていない。複数の条項を括るのは、投票の結果が二律背反を生じるものに限定されるべきである。
◆まとめ
以上みてきた様に、いわゆる国民投票法は内容的に極めて不十分なものであって、現在もひと言でいえば制定当時のままで放置されています。
国民投票法上の宿題や附帯決議に対する対応や細目を決定するための立案等は、すべて両院の憲法審査会で行われますので、今後さらに注目して行く必要があります。