2016年1月28日木曜日

28- 新潟県9条の会交流集会で笛木世話人が会の様子を報告

 昨年11月14日におこなわれた 「アベ政治を許さない・戦争法廃止 新潟県9条の会 全県交流集会」の詳細な報告集が発行されました。
 全20ページに及ぶもので、県9条の会事務局長の工藤和夫さんの「戦争法廃止に向けた9条の会運動についての提起」をはじめ、県下の10組織からの報告の全文が収録されています。
 
 苗木世話人が湯沢・平和の輪の活動について説明していますので、その内容を以下に紹介します。
 これまでの会の活動がとても分かりやすくまとめられています。
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アベ政治を許さない・戦争法廃止 新潟県9条の会 全県交流集会 報告集 より
                (2015年11月14日 於 燕三条地場産業振興センター)
「平和なくして観光なし」 
  「観光は平和の子であり、母である」の地域性を前面に 町とも協働、地域・平和を守る継続的な情報を発信 
                      湯の町湯沢・平和の輪 世話代表 苗木 (ゆたか)さん 
 私たちの会は、「湯の町湯沢・平和の輪」という名称になっています。設立は2005年12月4、呼びかけが2004年6月でしたので、呼びかけられて1年半後のタイミングでの設立でした。今年の12月4日で10歳を迎えることになります。会員数は60名、入会金を払っていない方で「通信」を定期的に購読していただいて、いざ事ある時には駆け付けてくださるという方が160名、これは会員の60名を含みますが、小規模な県境の町の会です。湯の町湯沢・平和の輪と言うのはちょっと変わった名前だなと言われるんですが、なぜ湯沢9条の会としなかったのかといいますと、地域に根差し、地域性を活かした活動をやろうではないかということでみんなで議論しまして決めました。「申し合わせ事項」の第一に掲げてあります。「湯沢・平和の輪」ではなく、丁寧に「湯の町湯沢」としたのは観光立町の宣言をし、「観光の町」として立っている町ということで、「観光は平和の子であり、母である」と言うようなスローガンで、「平和無くして観光なし」という事もありますが、観光を通して平和に貢献するというもあるのではないか。観光は平和の子であり、平和の母でもあるということもに置きながら平和の運動をめざして進めて行こうということで「湯の町湯沢・平和の輪」という名称にしたわけです。
 最初の頃、平和をアピールする大きな看板が欲しいなと言う話をした時にも、単に「9条を守ろう」と言う呼びかけではなく、会の名称に相応しく、みんなで議論しまして湯沢駅の東口を出ますとビルの窓に大きな宇で「平和でこそスキー・温泉・山歩き、憲法9条を大切に」と言う呼びかけにしました。このように地域性を示し、他所から来る人にも見ていただこうという視点で取り組みを進めてきています。
 年次総会を4月に開催し、毎月第3日曜日に例会を持っています。9条の会ということで9付で「通信・平和の輪」を発行しています。これは今月で118号を迎えています。10年間、小さいながらも、うまずたゆまず地道に活動を積み重ねてきました。営々と続けてきたというのが特徴でしょうか。
 総会は1年間の反省と情勢、今年の情勢をどう見るか、どういう運動が出来るだろうかということで方針を出します。4月に総会を確実に準備して持つことは後戻りせずに、前の運動を土台に次の一年の運動をすすめるためにどうしても必要だと思います。総会に向けて2月ごろから世話入会で案を出して、みんなで論議をして煮詰めながら4月の総会で確認をするようにしています。総会をきちんとやることが後戻りせずに運動を前に進めるうえでは大事だったなあと思っています。
 月々の「通信」ですが、表面は必ず、「次の例会の案内」を載せますし、その時々の焦点になっている問題について皆さんに呼びかける内容を中心に編集しています。裏については、戦争体験を寄稿頂いたり、伺って話を聴いたのを整理をしたりして掲載するようにしてきました。戦争体験を毎号載せようということで、これまで頑張ってきたのですが、高齢化が進んで難しくなり、いま、途絶えている状況です。
 会のブログを2012年に開設しました。毎日更新しているということで注目されています。ブログは全国区ですので、とんだ所から電話が入って「ブログを見たが」と言う話が飛び込んできます。ブログを立ち上げた時は、若い人にぜひ間わってもらいたい、会の運動に参加してもらいたい、そのためにはこういう事をやらなければという話から立ち上げたのですが、それで若い人達との繋がりができたか、これがきっかけで若い人が入ってきたというと、残念ながらそういう状況にはなっていません。相変わらず私が一番若い方という状況で推移しています。
 この間、このブログを見て「湯沢の活動に関心を持った」ということで、「安全保障関連法に反対するオール明治の会」という明治大学の教員と学生が作った会の呼びかけ人の方が電話をくれまして「ぜひ会って1時間ほど様子を聞かせて欲しい」ということで湯沢までやってこられました。話が弾んで2時間半ぐらいになりました。
 新幹扉を利用すれば湯沢は東京とあまり変わらないと1時間の予定が2時間半話をして帰りました。帰られた後また電話かおり、「年内にもう一度会いたい。引き続きお付き合いを、湯沢が今後、いろいろな企画をする際に役に立てることがあれば・・」などと言う話になっています。ぜひ皆さんもブログを開いてみてください。
 ブログオペレーターが達者な人おりまして毎日更新してくれ、これを見れば、戦争と平和をめぐる最新の情報が解るということで、「なるほなあ」と気付かされるものもあります。論評的なものもあり、事務局の私もそれを見て勉強しながら活動をしているような状況です。
 私たちの会は、真面目にコツコツとやってはいるのですが、ことが起きた時に「それ」と立ち上がって、見るべき成果を上げるというような活動に弱い組織です。「9条を持つ日本国憲法を自分のものとして選び直し、日々行使していくこと」と九条の会のアピールにかかれていいますが、のことをめざして一人が自覚的な主権者して、いざ国民投票の時には、揺るぎなく「反対」の一票を入れられるようなところをめざして、シコシコとやっている状況です。
 具体的な運動として、6月町議会に、戦争法案に反対する立場から「意見書」を上げてくれと言う運動を行いました。「安全保障関連法案の廃案を求める意見書の提出を求める請願」ということで提出しました。6月3に提出しましたが、6月9の総務文教委員会から参考人として意見を申し述べるようにという通知がありました。総務文教委員会は委員長を除くと6人で、4対2で採択、17の本会議では6対5で採択され、即日、衆参両院議長あてに「廃案を求める意見書」が上げられました。本会議の採決の時には、みんなで傍聴し、「今日は大勢来ているなあ」という中で判断してもらおうと採決を見守りました。
 町役場・議会との関係なんてすが、ここが独特なのが湯沢ではないかと思っています。非校平和都市宵百を湯沢町はやっておりませんでしたので、2010年3月議会に請願を出しまして、6月議会で宣言をする運びとなりました。我々の力で「宣言」を実現させたものですから、「宣言」をしただけでは意味がない、宣言に沿って町としてどのような平和の取り組みをするのかと懇談の機会をもって、要請・提案を出しながら町と協働してきました。この、11月25には学校で非核平和都市宣言に基づく講演会平和教育講演会と言うのですが、第2回目として実施されます。8月には「団協」が作った「原爆と間」のパネル展示をケ月・公民館でやっています。8月14に成人式があるのですが、成人の皆さんに「本国憲法」の冊子を配るように提案したら、冊子を準備して受付に置いたそうです。無料で役場が用意して受付に置き案内したのですが、持ち帰る人がなかったという事で、取り組みがあったのですが成果に結び付けられなかったのは残念です。
 町や議会との関係も対立的関係でなく、協働の関係を大切にしながら、平和の町、観光立町であるとともに平和宣をした町ということで活動を進めていきたいと思います。
 私たちの会も、皆さんとともに2000万署名を成功させるために取り組みを進めていきたいと思います。

2016年1月27日水曜日

甘利氏 金銭疑惑に答えず TPPの売国性も明らかに

 千葉県の建設会社からの1200万円に上る「あっせん利得」疑惑が持ち上がっている甘利大臣は、「記憶が不確か」などと常人には理解しがたい理由で真相を語ることを避けています。
 29日に発売される「週刊文春」で次には何が暴露されるのかが分からないと、議会での弁明も出来ないというのが理由のようですが、真実は一つなのですから本末転倒の話です。
 甘利氏には真実を語る気はなくて、ただただどう言い逃れをすればいいのかに腐心している、ということがこれからも分かります。
 罠に嵌められたというような言い方も、まさに真相を胡麻化そうとしていることの現れで、1200万円を受け取ったか否かの「真実」の前には、罠の有無などは関係のないことです。
 
 民主党の岡田克也代表は26日、衆院本会議で甘利氏の金銭授受疑惑について「今日に至るまで国民に対するまともな説明は一切なされていない」と指摘しました。
 また首相に対して「任命責任首相自身に重大な説明責任がある」と迫るとともに、「緊急事態条項」については、緊急事態宣言の発令で首相に権限が集中すると、基本的人権を制約する懸念があることを指摘し「現行憲法で具体的に何が足りないのか」と糾しました
 
 日刊ゲンダイは、「甘利大臣がTPP交渉で見せた“売国的妥協”」と題して、これまで安倍首相は 「TPP大筋合意でコメは守られた”」と説明してきましたが、政府の概要書には『関税の撤廃(第2、4条)』の項目に『コメを含む農産品は漸進的に関税を撤廃する』と書いてあるとして、農民だましたことを明らかにしました。他にもこれまでの説明とは異なる事実が判明しています。
 これらはまさに氷山の一角で、今後TPP協定の訳文と原文を合わせて読み進めば、恐怖の売国協定であることがさらに明らかにされます。
 
 政府は「余人をもって代えがたい」として2月4日の調印式に甘利氏を出席させる意向だということですが、ついこの間の少なからぬ金額の授受について思い出せないような人間に、5000ページ余の協定の取り扱いが出来る筈もありません。甘利大臣は勿論ですが、安倍内閣は全く信用できない政権です
 
 東京新聞、日刊ゲンダイ、LITERAの記事を紹介します。
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甘利氏疑惑の説明要求 岡田氏「首相に任命責任」
東京新聞 2016年1月26日
 安倍晋三首相の施政方針演説など政府四演説に対する各党の代表質問が二十六日午後、衆院本会議で始まった。最初に登壇した民主党の岡田克也代表は、甘利明経済再生担当相の金銭授受疑惑について「今日に至るまで国民に対するまともな説明は一切なされていない」と指摘。首相に「任命責任はもちろん、首相自身に重大な説明責任がある」と迫った。自民党草案にある九条改憲に触れ「限定のない集団的自衛権行使を認めるものだ。何のために必要なのか」と真意をただした。
 
 岡田氏は、改憲を目指す安倍首相を「憲法は権力者の権力乱用から国民を守るものだという立憲主義の基本を理解しない」と批判。首相の立憲主義に対する認識を確認した。緊急事態条項に関しては、緊急事態宣言の発令で首相に権限が集中すると、基本的人権を制約する懸念があることを指摘し「現行憲法で具体的に何が足りないのか」と聞いた。
 
 安倍政権が昨年九月に成立させた安全保障関連法の廃止法案を今国会に提出することも明言。政府が進める米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾(ぎのわん)市)移設に伴う同県名護市辺野古(へのこ)への新基地建設についても「ただちに中断すべきだ」と主張して、安倍政権との対立軸を明確にした。
 
 二十六日は岡田氏に続いて自民党の谷垣禎一幹事長、維新の党の松野頼久代表も登壇する。二十七日は衆参両院、二十八日は参院で代表質問を行う。
 
 
ワイロより悪質 甘利大臣がTPP交渉で見せた“売国的妥協”
日刊ゲンダイ  2016年1月26日
 1200万円ワイロ疑惑で、辞任へ一直線の甘利経再相だが、疑惑はまだある。立役者などとおだてられているTPP交渉の方である。ここでも国民の信頼を完全に裏切り、しかし、嘘をついてスットボケていたことが判明。改めて、その下劣な品性が問われている。
 
  1200万円ワイロを報じた「週刊文春」が発売になる2日前、TPP問題を追い続ける山田正彦・元農水大臣(弁護士)が甘利大臣の“売国奴的交渉”を暴露した。根拠になっているのは政府文書だ。
 「TPP大筋合意で安倍首相は『コメは守られた』と説明してきましたが、(大筋合意内容を説明する)政府の概要書を見ると、『関税の撤廃(第2、4条)』の項目に『(コメを含む農産品は)漸進的に関税を撤廃』と書いてあった。『関税は撤廃されなかった』という安倍政権の説明は合意内容と明らかに違う。農民はだまされたのです」(山田正彦氏)
  山田氏が英語の原文に当たると、「progressively eliminate its customs duties」という文言があった。progressivelyは「漸進的」で、eliminateが「撤廃」だ。これを見たとき、山田氏は思い当たることがあったという。
 
 「2012年1月にアメリカに行ってTPP現地調査をした時、USTR(米国通商代表部)は、概要書の内容と同じことを言っていたんです。つまり、『関税は撤廃する。コメも例外はない』と断言していたのです」(山田氏)
  山田氏が話した相手はカトラー次官補だ。カトラー氏は「TPPは高いレベルで包括的、基本的にはすべての物品やサービスを交渉のテーブルに乗せる」という原則論を繰り返した。それに対し、山田氏らは「テーブルに乗せるけれども、交渉で議論をした結果、外れる余地があるのか」と質問したところ、「それはない」と言われたという。
  結局、アメリカの姿勢は4年前から全く変わらなかったことになる。甘利大臣は譲歩に次ぐ譲歩を繰り返しただけのことだ。
 
 「さらにTPPの文書を調べていくと、『7年後に再協議(再交渉)に応じなければならない』ことも記されていた。再交渉を踏まえてコメを含む全ての農産物の関税が撤廃される可能性が高いのです」
  関税撤廃の時期を山田氏は「30年後」と推測する。
 「アメリカ現地調査で、自動車業界や農業関係の幹部と会いましたが、『コメと自動車はセット』と言っていた。自動車の関税撤廃が30年後なので、恐らく同じ時期にコメの関税も撤廃されるとみています」
 
 「食の安全」に関わる「遺伝子組み換え食品の表示」についても、政府の説明と公表文書(概要書)の間には大きなギャップがある。
 「政府は『遺伝子組み換え食品の表示は撤廃されない』と説明していますが、表示が認められていたのは『有機農産物』だけでした。裏返して言えば、『有機農産物以外の表示は認められない』ことになる」(山田氏)
  甘利大臣という政治家、何から何まで信用できない男である。


甘利大臣賄賂疑惑で安倍政権・自民党がふりまく“謀略説”に騙されるな! 
口利き・賄賂受け取りは明らかな事実だ
LITERA 2016年1月26日
「週刊文春」(文藝春秋)の“実名告発スクープ”で、政界を揺るがす大問題に発展した甘利明・経済再生相の賄賂疑惑。ところが、ここにきて、自民党サイドが「甘利は罠にハメられた」「告発者は怪しい人物」というカウンター情報をしきりに流し始めた。
 1月23日には、自民党の高村正彦副総裁が記者の前で、「録音や写真を撮られていたりと、ワナを仕掛けられたという感がある。ワナのうえに周到なストーリーがつくられている」と主張。
 さらに、25日になると、甘利大臣本人が会見で「先方は最初から隠し録音をしたり、写真を撮ることを目的とした人たちだ」「こちらにアプローチする最初から、いろいろな仕掛けを行っている」と、文春と告発者のやり方に疑問を呈した。
 表だった発言だけではない。官邸や自民党の幹部はオフレコで「『文春』と告発した業者がグルになって仕組んだやらせだ」「『文春』は恐喝に協力したようなものだ」といったコメントをしきりに口にし、告発者についても「暴力団組員」「フロント企業」「恐喝屋だ」などのネガティブ情報を流しているという。
 
 だが、こんな詐術に騙されてはいけない。たしかに、今回「週刊文春」に告発した人物に怪しい影がちらついているのは事実だ。甘利氏にUR(都市再生機構)への口利きを依頼したS社は建設会社というより産廃業者、告発者もS社の社員ではなくトラブル交渉を請け負うそのスジのプロとの見方がある。
 しかし、だからといって、甘利氏の罪や責任が減ぜられるわけではまったくない。改めて強調しておくが、甘利氏側がURに圧力をかけ、その結果、約2億2千万円がS社に支払われたことは、UR側も認めている客観的事実なのだ。もし、告発者が暴力団と関係していたとすれば、甘利氏はそういう反社会的な人物から賄賂を受け取り、URに億単位の金を支払わせたことになるわけで、その罪は逆に重大になるというべきだろう。
「ワナ」「謀略」「最初から告発目的」などという指摘も、イチャモンとしか思えないものだ。自民党や甘利サイドは、告発者が甘利事務所との会話を録音していたこと、さらには甘利大臣に渡した現金のコピーをとっていたことなどから、こんな戯言を言っているようだが、贈収賄事件で賄賂を贈る側が証拠をとっておくことは珍しくもなんともない。
 
 また、甘利サイドは昨年10月19日の現金受け渡しの現場に「週刊文春」の記者がいて、受け渡し場面を隠し撮りしていたことをもって、最初から記事にするのを目的に仕組まれていたといっているが、これも明らかに見当違いだ。
 S社と告発者は甘利事務所に都合3回の口利き依頼をしており、文春が同行したのは3度目の口利きの謝礼を支払う現場のみ。2013年の最初の口利き、翌年の2回目の口利きの段階では、告発者はまだ「週刊文春」にアプローチしていなかった。
 当たり前だ。前述したように、告発者とS社は最初の口利きでURから2億2千万円もの補償金をせしめることに成功しているのだ。週刊誌に告発してもその100分の1にもならない。そんな割の悪いことをするはずもないだろう。
 
 告発者が文春にアプローチしたのは、2回目の口利き依頼をめぐって、甘利事務所との間に亀裂が入ったためだった。
「告発者は1回目の成功に味をしめて、2014年、URにさらなる補償をさせようと、再び甘利事務所に口利きを依頼するんです。そして、甘利事務所もこれを安請け合いするんですが、交渉は失敗に終わり、結局、補償金は一銭も引き出せなかった。ところが、甘利事務所はその後も交渉失敗を隠して、告発者に接待や資金提供を要求し続け、その金額は1千万円以上にのぼった。途中で告発者が騙されていることに気づき、激怒。甘利事務所にこれまでかかった金を返却させようと動き始めたらしい。最初は、甘利事務所を脅すために『文春』を利用しようとしたフシもあったようですが、そこは百戦錬磨の『文春』、逆に告発者を『そんなことをしたら恐喝になる』と説得して、実名告発を決意させたということのようです。そして、証拠をおさえるために、3回目の口利き依頼の際に同行し、隠し撮りをしたのです」(「週刊文春」関係者)
 
 いったいこれのどこが「謀略」なのか。3回目については、仕掛けた部分はもちろんあるが、捜査権を持たないメディアが物的証拠をおさえるためにこうした方法をとるのは当然だろう。むしろ、文春の報道はもっとも週刊誌らしい調査報道、あっぱれなスキャンダルすっぱ抜きといっていい。自分たちは権力をかさに口利きや賄賂受け取りという不正を働きながら、隠し撮りを「卑劣」などというのだから、自民党や甘利サイドの厚顔無恥ぶりには、開いた口がふさがらない。
 しかも、暗澹とさせられるのは、マスコミもこうした話のスリカエにまんまと乗せられてしまっていることだ。実際、新聞は高村副総裁や甘利大臣の「謀略説」を大々的に報じ、ワイドショーやニュース番組でもそれに呼応するように、出演者らが「もしも告発者が最初からテープレコーダーを持って接触していたとしたら妙な話だ」「50万円を渡したときにお札のコピーをとるなんて、普通ここまでしますか?」「最初から告発を仕込んでいたのでは?」などとコメントしている。
 
「今週には『週刊新潮』あたりが、官邸や自民党の情報をもとに、告発者と文春をバッシングする記事を準備中、という話もありますね。そうなったら、さらに報道がそっちに流れていくかもしれません」(週刊誌記者)
 自民党はこれまでも、こういうやり口で自分たちのスキャンダル報道を封じこんできた。告発者の素性に関するカウンター情報を流し、メディアの「取材上の問題点」をあげつらい、野党やマスコミの追及を鈍らせ、世論をマスコミ批判のほうに誘導していく……。
 今回もまた、同じ事態が繰り返されることのないよう、我々は何が問題の本質で、誰が追及されるべきなのかを、強く意識し続ける必要がある。 (田部祥太)

27- なぜ公務員の給与が増え続けているのか

 大赤字会社(日本)の社員(公務員)が大幅給与アップを続けていていい筈がありません。
 民間会社なら当然倒産して結果としてその責任を果たしますが、公務員だけは数十年来そんな事態には至らずに経過して来ました。この先もその通り進むことでしょう。しかし本当はおかしな話です。
 
 安倍首相はなんと国会で言うにこと欠いて「同一労働同一賃金」を謳いました。単に響きがいいからと口にしただけなのでしょうか。もしもそうでないのならまず全国の役所で大量に採用されている非正規労働者との間の賃金格差を是正してみてはどうでしょうか。
 公務員と同じ職場で働く非正規労働者の賃金格差は、3:1~4:1です。
 この恐ろしい現実に対して政府は一体どう考えているのでしょうか。安倍首相に「有言実行」を切に望みたいものです。
    (関係記事)
1月21日 国家公務員の給与アップはおかしいと松田公太議員
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なぜ公務員の給与が増え続けているのか
プレジデントオンライン / 2016年1月26日
厳しい財政赤字でもバラマキは止まらず
国家公務員の給与とボーナスが2年連続で引き上げられた。安倍晋三内閣は12月4日に、2015年度の国家公務員の月給を0.36%、年間の期末・勤勉手当(ボーナス)を0.1カ月分それぞれ引き上げることを閣議決定したのだ。年収にすると0.9%の増になる。4月に遡って支給されるため、1月に調整額として支払われることになる。まさに安倍首相からの“お年玉”だ。
 
月給とボーナスが2年連続で引き上げられるのは24年ぶりという。1991年度以来だから、まさにバブル期以来ということだ。この2年間での引き上げは10%を超えている。安倍首相はアベノミクスの効果が給与の増加に結び付く「経済好循環」を掲げている(※1)が、真っ先にその恩恵を受けているのが公務員なのだ。
 
この2年間で最も大きかったのは、東日本大震災による減額措置をすっかり白紙に戻したこと。東日本大震災の復興財源を確保するために、所得税などに上乗せする復興特別税を創設、国家公務員も「身を切る」姿勢を示すために、給与が平均7.8%、賞与も約10%減額された。12年度と13年度の話だ。
 
それを安倍内閣は14年4月、元に戻したのである。7.8%減を元の水準に戻したので、給与は前年度比で8.4%増加。ボーナスも10%減が元に戻ったので11%以上増えた。さらに人事院が勧告した月給の0.27%アップと、賞与の0.15カ月分引き上げも実施したため、人によっては2割近くも年収が増えたのである。
 
14年4月といえば、消費税率が5%から8%に増えたタイミングである。国民に負担を求めながら、一方で公務員に大盤振る舞いしたのには唖然としたが、メディアはあまり報道せず、批判の声は盛り上がらなかった。ちなみに7.8%の削減で浮く財源は3000億円。復興特別税での所得税上乗せ分も約3000億円である。復興税の方は2037年まで25年間も永遠と続く
 
国家公務員給与の総額は財務省が公表している15年度当初予算ベースで3兆7975億円。これが0.9%増えるから3兆8300億円程度になる模様だ。一律削減で大きく減った13年度は3兆5018億円(当初予算ベース)だったから3300億円近く増えている。
 
財務省は国債の発行残高など「国の借金」が1000兆円を突破した、このままでは財政破綻しかねない、と国民に危機感を煽っている。財政破綻を避けるには消費税を引き上げる他ないというのだが、その一方で、自らの給与は着々と引き上げているのである。単年度赤字を出し続けている会社が、給与やボーナスを大幅に増やすなどということは、民間の常識では考えられない。なぜこんな理不尽が許されるのか。
 
国家公務員の給与やボーナスは、「民間並み」になるよう人事院が「引き上げ」や「引き下げ」を勧告。それに従って内閣が決定する仕組みになっている。あくまで「民間並み」が原則なのだ。15年度の改訂でも、民間給与が41万465円なのに、国家公務員の給与は40万8996円である、として格差を解消するように求めた。だが、実態は違う。勧告の計算の対象から国家公務員の管理職以上を外し、平均額が低く見えるような仕組みにしているのだ。50歳を超える公務員になると、給与は民間よりも高いのだ。
 
人事院が資料に示す「モデルケース」でも、35歳の本省の課長補佐の年収は741万円、45歳の本省の課長は約1195万円、局長になれば1729万円に跳ね上がる。
 
■公務員が人気職種に迫る「ギリシャ化」
しばしば公務員の給与は安いと言われる。確かに「現場」のヒラ公務員の給与は30歳で376万円である。ところが、ポストをよじ登るにつれ、給与が大きく増えていくのだ。
 
民間企業では、係長や課長といった「中間管理職」が廃止されたり、ポストが大幅に減らされて久しい。役所はいまだに階級社会。しかもよほどのヘマをしない限り、入省年次に従って同期と共に昇進していく。それに連れて給与も増えるのだ。
 
なぜ安倍首相はそんな大盤振る舞いが可能なのか。
背景には好調な税収がある。15年度の一般会計税収は56兆円台と当初見込んでいた54兆5250億円から2兆円近く増える見通しだという。1991年度の59兆8000億円以来24年ぶりの高水準だ。アベノミクスによる円安で企業収益が大幅に改善、法人税収が増えたことが大きい。さらに株価の上昇による所得税の増加もある。デフレのどん底だった09年度の税収(38兆7000億円)に比べると18兆円近くも増えたのだ。
まさにバブル期以来の税収好調を背景に、バブル期以来の2期連続の給与・ボーナス引き上げを行ったわけだ。要はバラマキである。
 
安倍首相が公務員に甘い顔を見せるのは、過去のトラウマがあるとされる。第1次安倍内閣では公務員制度改革に斬り込み、霞が関を敵に回したことから、短命政権になったと安倍首相は信じているのだという(※2)。民主党政権が実現した給与削減の特例法を廃止したうえ、さらに上乗せの改訂を続けている。長期政権を実現するには、霞が関は敵に回さないに限るというわけだ。
 
政府の中には、公務員の給与引き上げは、アベノミクスが目指す「経済好循環」に役立つという“解説”もある。いくら財界人に安倍首相が働きかけても、民間給与の引き上げは簡単にはできない。まして地方の中小企業の給与は上がる気配に乏しい。だが、政府が国家公務員の給与を引き上げれば、それにつれて地方公務員の給与も上がる。人事院勧告に連動して地方の人事委員会が給与改訂を勧告する仕組みだからだ。
地方自治体は財政難のところが少なくないが、それを見越してか、15年末に閣議決定した補正予算には1兆2651億円の地方交付税交付金の上乗せ配分が含まれている。税収増を地方にもバラまき、それを人件費として配ろうというわけだ。
 
「県庁や市役所の職員の給料が上がれば地方経済は良くなります。地方で飲み屋街を支えているのは県庁職員ですから」とある県の県庁職員は悪びれずに言う。中には、「官官接待を無くしたから地方の消費が落ち込んだ」と真顔で言う人もいる。官官接待とは、地方自治体の幹部が国の公務員などを接待する慣習である。
確かに、公務員におカネをバラまけば、目先の消費は増えるかもしれない。だが財政赤字が続く中で、人件費の増額のツケはいずれ増税の形で国民に回って来る。増税になれば消費の足を引っ張ることになる。
 
さらに民間よりも待遇の良い官公庁に若者が集まれば、民間の力はどんどん疲弊していく。資格取得の予備校で最も人気のあるのが「地方公務員講座」という状況が続いている。
 
公務員への大盤振る舞いに反発する声は意外に小さい。国会でも公務員の労働組合を支持母体にする民主党は、公務員給与の引き上げに賛成の立場だ。統一会派を組むことになった維新の党は「公務員給与の引き下げ」を政策の柱にしてきた数少ない政党だが、民主党と一緒になることで、声高に叫ぶことができなくなりつつある。
 
「公的セクター」の役割は重要だが、大きな収益を稼ぎ出すわけではない。民間が萎縮し「官」がどんどん肥大化していけば、国民の多くが経済的にも精神的にも「官」にぶらさがることになりかねない。それこそ日本の「ギリシャ化」である。
 
※1:2015年6月に閣議決定した「『日本再興戦略』改訂2015」では、経済政策「アベノミクス」は第2ステージに入ったとして、「経済の好循環の拡大」「未来への投資・生産性革命」「ローカル・アベノミクスの推進」を謳う。
※2:第1次安倍内閣は2006年に佐田玄一郎を「公務員制度改革」の担当大臣に指名。以来、民主党政権でも担当大臣は引き継がれ、2012年に発足した第2次安倍内閣では稲田朋美が担当大臣に指名されたが、2014年の第2次安倍改造内閣では担当大臣が廃止された。
 
(経済ジャーナリスト 磯山友幸=答える人)

2016年1月26日火曜日

母子3人犠牲の1977年横浜・米軍機墜落 語り継ぎ…最後の冊子

東京新聞 2016年1月25日 
 一九七七年、横浜市緑区(現青葉区)の住宅街に米軍機が墜落し、母子三人が死亡、六人が重軽傷を負った事故の「その後」を伝え続けてきた地元の市民団体が、冊子の発行を終える。メンバーの高齢化で、活動を縮小せざるを得なくなった。中心メンバーの斎藤真弘さん(74)は、犠牲者の命日に当たる二十六日、事故に関わる年表をまとめた最後の冊子を発行する。 (宮畑譲)
 
 事故は七七年九月二十七日発生。現場近くに住んでいた斎藤さんが翌日、騒ぎを聞いて駆けつけると、まだ全焼した民家から煙や蒸気が上がっていた。現場を調べる米兵の姿もあった。
 「当時は単なるやじ馬根性でした」。だが、現場を知る目撃者として、地域学習をする中高生らの案内などをするうち、被害者支援や事故を伝える活動に携わるようになった。
 事故の九年後、現場写真などを集める「横浜米軍機墜落事故平和資料センター」を他の支援者らと発足。四十ページほどの冊子を発行、学校や図書館への配布を始めた。
 
 タイトルはテーマごとに変え、市民や詩人らから寄せられた追悼の詩歌を特集した「詩歌集 痛恨」(二〇一一年九月号)や、事故の哀悼劇公演などのセンターの足取りをたどった「今、ハトポッポの歌が聞こえますか」(一二年九月号)など、これまでに十冊ほどを発行してきた。
 だが、発足三十年を迎え、約十人のメンバーが高齢化。冊子の編集が難しくなり、今後は斎藤さんが一人で活動を報告するチラシを発行する。
 
 集大成となる今回の年表では、事故で重傷を負った女性の夫が八〇年に国を訴えた裁判や、犠牲になった母子三人の遺族が全国の募金などで八五年に像を建てたことなど、事故に関する動きをまとめた。事故当時の写真や追悼イベントの写真も掲載した。
 昨年九月に集団的自衛権行使を可能にする安全保障関連法が成立したり、首都圏の空にオスプレイが飛ぶようになったりと、日本で米軍の存在感はどんどん大きくなっている。「事故当時よりも状況は悪くなっていると感じる。事故や戦争がまた起きてもおかしくない」
 年表の発行日を二十六日としたのは、その日が母子像になった母親が事故の四年四カ月後、闘病生活の末に亡くなった命日だから。斎藤さんはその日、港の見える丘公園(横浜市中区)に立つ像を訪れる。これまでは命日に像の前で朗読劇などが開かれたが、今年は特に行事の予定はない。事故の風化が気にかかるが、「自分ができる範囲で」と慰霊とチラシの配布は地道に続けていくつもりだ。
 
 年表は希望者に五百円(送料別)で配布する。問い合わせは斎藤さん=電045(933)3954。
 
<横浜の米軍機墜落事故> 1977年9月27日午後1時すぎ、厚木基地から洋上の空母に向けて飛び立った米軍機が離陸後間もなく横浜市内の住宅地に墜落、炎上。死傷者9人の大惨事となった。土志田和枝さんの長男=当時(3つ)=と次男=同(1つ)=は事故直後に死亡。和枝さんは大やけどを負い、皮膚移植の手術を繰り返したが、事故から4年4カ月後、呼吸困難のため31歳で死亡した。脱出して無事だった乗員の米兵2人は刑事告訴されたが不起訴となった。
    この事故では、重傷を負った女性の夫が乗員の米兵と国を相手に提訴。裁判の過程で、国側は事故原因について「整備不良だが、故障は予期できなかった」とする文書を提出した。87年、横浜地裁は賠償責任を認め、国は男性に約4600万円を支払った。

また新しい闘いが始まる 五十嵐仁氏

 元大原社会問題研究所長(法政大教授)の五十嵐仁氏が立候補して、現職の市長との一騎打ちになった八王子市長選は、24日に投開票がおこなわれ残念な結果となりました。
 五十嵐氏ご自身が開票翌日の25日に市長選を総括するブログを発表しました。
 広い選挙区で現職の候補を相手に新人が戦うには絶対的に時間が足りなかったこと、投票率が上がらなかったことなどを敗戦の理由に挙げ、この選挙運動で育ってきた若い力や新たな共同の枠組みを今後の取り組みに活かすことが求められるとしています。
 次の機会には是非とも雪辱を果たしていただきたいものです。
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闘い済んで日が暮れて、また新しい闘いが始まる
五十嵐仁の転成仁語 2016年1月25日 
 八王子市長選挙の結果が出ました。以下の通りです
  いがらし仁  無所属 51,811
  石森 孝志  無所属 93,641
   投票率     32.60%
 
 残念無念という結果になりました。皆さんの期待に応えられず、申し訳ありません
 5万人もの方に支持していただきました。有難いことです
 これも、共同の力が発揮されたからです。支持し、様々な形で応援してくださった全ての皆さんにお礼申し上げます
 
「敗軍の将、兵を語らず」と申します。全ては候補者であった私の責任です、と言いたいところですが、敗因ははっきりしています
 相手は現職の市長であったにもかかわらず、私は無名の新人であり、それを覆すだけの時間がなかったからです。私は元大学の教授で、著書を出したり、雑誌や『日刊ゲンダイ』などの新聞で名前が出たり、各地で講演をしたりしていましたから、それなりに「知名度」はありますが、それは限られた範囲であり、八王子市内ではほとんど知られていませんでした
 特に、中高年層や主婦などには、全く「無名」でした。市長選挙があることも知られていず、新人候補としての私についての知識もほとんどないという状況から出発したのが、今回の選挙だったのです
 
 しかも、このような不利な条件を克服するには、時間が足りませんでした。出馬表明の記者会見を行ったのが告示日約1カ月前の12月18日で、最初の街頭での演説が投票日約1カ月前の12月23日というあわただしさです
 それから年末年始の休みに入り、選挙運動が本格化したのは、1月8日の「いがらし仁と市民のつどい」からです。ほとんど2週間ほどの運動期間しか残されていませんでした
 あまり名前や政策が知られていず、それを浸透させるための期間がたった2週間ちょっとしかなかったのに、5万人を上回る人に投票してもらえたことの方が奇跡的だと言うべきでしょう。石森さんは現職の市長ですから、過去4年間、選挙運動を行ってきたようなものなのに得票は9万票、私はたったの2週間なのに得票は5万票だったのですから
 
 このように選挙運動の期間は短く、しかも八王子の市域は極めて広く、市街地や団地が分散しています。選挙に関心を持っていただき、私の名前や人物像、政策などを知っていただくには大きな制約がありました
 それを打破するために、インターネットでのホームページ作成やビラの内容に工夫を凝らし、配布にも力を入れました。この点での成果は大きく、一つの典型を生み出したと言って良いでしょう
 しかし、それに関心を持ってアクセスする層は若い人に多く、これらの人がこぞって投票に出かけるというところまでは浸透しませんでした。新たに八王子にやってきてニュータウンなどに住み、市政についての関心を持たない「沈黙の艦隊」を動かすには至らなかったということでしょう
 
 その結果が、投票率の低さに現れています。近くの投票所に行って投票率が前回とほとんど変わらないのを見たとき、結果の厳しさを予感しました
 投票する人が少なかったために、組織的な基盤のある方が有利になりました。自民党市議の後援会、創価学会や町内会、労働組合の連合などの力が、そのまま石森さんの得票になって現れています
 それに対して私は特定の組織的基盤を持たず、市民の共同の力が頼りでした。その広がりはあったものの、幅広い層に浸透して投票率を上げるまでの時間的な余裕が欠けていたということです
 維新の党の市議と共産党の市議が一緒に宣伝カーに乗って肉まんを食べるという光景に示されるような共同の広がりがありました。しかし、残念ながらそれは八王子に古くから根ざす「おっさん政治」の壁に跳ね返されてしまったのです
 
 この悔しさをバネにして、新たな挑戦に向けての準備を始めるべきでしょう。この間の運動で育ってきた若い力や新たな共同の枠組みを今後の取り組みに活かすことが求められます
 それに私がどうかかわるかは分かりませんが、求められれば、どのような役割でも果たす覚悟はできています。この間の選挙戦を通じて、候補者としての私も鍛えられましたから

26- 宜野湾市長選を総括する二つのブログ

 安倍政権と翁長知事が辺野古基地問題で激突しているなかでの宜野湾市長選は、安倍政権と翁長雄志・沖縄県知事の「代理戦争」でした。志村恵一郎陣営が勝って安倍政権の沖縄圧政への機先を制したかったのですが、残念な結果に終わりました。
 宜野湾市長選を総括した二つのブログを紹介します。
 
 一つは現地で選挙戦を密着取材した新垣洋氏による「宜野湾市長選の勝負を決めた、安倍官邸の狡猾な争点隠し物量作戦で、安倍政権側は選挙民の心理を十分に知り尽くした菅官房長官が徹底的な争点隠しと自民党隠しをして、それが選挙を勝利させたのに対して、志村陣営の「オール沖縄」には、候補者を選ぶ段階から深刻な亀裂が入っていたとしています。
 
 もう一つは、「反戦な家づくり」氏による「宜野湾市長選挙の残念な結果を見ながら」と題したブログです。
 こちらは選挙民が実際にどういう投票行動を取るのかについて考察したもので、
「市民は双方が普天間の返還を言う中で、どちらがより現実的に一刻も早く返還されるのかで判断する」、
正義で勝てる選挙はない各課題の世論調査は正義の問題であり、投票は明日の生活の問題、世論調査の結果と投票は異なる」、
権力にまつろわぬもののヒロイズムを賞賛しながら、投票では権力に投じるのがたくましい庶民
などのショッキングな言葉も並びますが、市民の心理を深く洞察したものと言えます。
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宜野湾市長選の勝負を決めた、安倍官邸の狡猾な「争点隠し」と「物量作戦」
新垣洋 現代ビジネス 2016年01月25日
■とても静かな選挙だった
 どちらの陣営にとっても落とすことのできない勝負だった。しかし、惜しむことなく人と知恵を宜野湾に投入した、安倍自民と公明党の与党タッグに軍配が上がった。「絶対に勝たねばならない」という気迫の差が、勝敗を分けたというべきだろう
 1月24日、安倍政権と翁長雄志・沖縄県知事の「代理戦争」と目された宜野湾市長選挙が投開票され、現職の佐喜真淳氏(51歳、無所属、自民・公明推薦)が、志村恵一郎氏(63歳、無所属)を約六千票の差で制した
 今回の宜野湾市長選に各メディアが注目したのは、そこに「世界一危険」といわれる米軍普天間飛行場が存在するからであり、目下、安倍政権と翁長知事が対立している普天間飛行場の辺野古移設問題に、選挙結果が直結するからだ
 
 しかしながら、現地を取材してみると、マスコミが期待するような激しい舌戦を両候補者がくりひろげたわけではなかった。警備を担当したある捜査関係者は「とても静かな選挙だった」と振り返る。この静けさの実態を、1月17日付の沖縄タイムス社説『争点がはっきりしない』が突いている
 両候補者の違いが分かりにくいと指摘した上で、<決定的な違いは、志村氏が新基地建設に反対する姿勢を鮮明に打ち出しているのに対し、佐喜真氏は「辺野古」の賛否に触れていないことだ。「辺野古」を争点化しないという佐喜真陣営の選挙戦術は徹底している>とし、<わかりにくい選挙である>と釘を刺した
 実のところ、この「わかりにくさ」を演出し、選挙戦を静かにのりきることこそが、官邸・自民党の戦略だったのだ。指揮をとったのは官邸の菅義偉官房長官であり、自民党の茂木敏充選対委員長である
 
 1月12日、宜野湾市内でぶら下がり取材を受けた茂木氏は、ある記者から「(自民党推薦の)佐喜真さんは辺野古移設について明確な態度をとっていない。自民党としては、辺野古移設の是非は争点になるのか」と問われて、「これは宜野湾の市長選です。宜野湾の市民のみなさんにとっては確実な基地の返還、これが大きな課題」と返した
 市民の安全を脅かす普天間飛行場の固定化はあってはならない。しかし、名護市辺野古への移設については「宜野湾市の市長選なのだから」と明言を避ける――。細い糸の上をバランスをとりながら歩くような名答に、してやられた市民は決して少なくないはずだ。筆者は選挙戦の終盤、「え? 佐喜真さんは辺野古移設に賛成の人なの?」と驚く市民の声をいくつも聞いている
 
■菅官房長官の暗躍
 また菅氏は告示前後、官邸詰めの記者たちに「オフレコ」を前提に、こう語ったという
 「自民党幹部らを佐喜真の応援に送り込むけど、マイクは握らせない。いまの沖縄で自民党幹部が話をしても、反発されるだけだからね。水面下で業者まわりをさせる
沖縄では保革を問わず、辺野古の新基地建設を強行する官邸・自民党に対する風当たりは強い。そのリアルを、何度も沖縄を訪れ翁長氏と会談してきた菅氏は肌で感じている。だからこそ、「控えめの応援」を徹底し、移設問題を争点化しない戦略を採ったのだ
 事実、佐喜真氏の応援に入った自民党幹部らは、島尻安伊子沖縄担当大臣ら一部をのぞき、ほとんど応援のマイクを握らなかった。極力表にも出ず、商工会や建設業者などを地道にまわり、佐喜真氏への支援を呼びかけた。菅氏の指示は徹底していた
 官邸だけでなく、公明党の動きも見落とせない。公明党沖縄県本部は、普天間の辺野古移設には明確に反対している。しかし、官邸・自民党が「辺野古」を争点から外したことで、佐喜真氏の応援をスムーズにやれるようになった。公明党の東京都議らは、露骨にも大手ゼネコンの幹部を引き連れて宜野湾市内に入り、建設業者らに佐喜真氏の支援を要請していたとの情報もある
 「大手ゼネコンに頼まれれば、地元の中小零細業者は頭が上がらない」(宜野湾市の建設業者)
 他にも、選挙前に宜野湾市へディズニーリゾートを誘致する話を持ち上げたり、宜野湾とは直接関係のない政治団体「日本歯科医師連盟」(日歯連)会長を佐喜真氏の応援に送り込んだりと、菅・茂木の両氏はあらゆる手をつくし、佐喜真勝利の流れをつくりあげた
 この戦略がうまく機能したことは疑いようがない。官邸幹部たちは勝利の美酒に酔いしれていることだろう
 
■「オール沖縄」の内部対立
志村氏の敗北で翁長氏を基軸とする基地移設反対派、すなわち「オール沖縄」勢力は大きな痛手を被ってしまった。選挙前、急遽持ち上がったディズニーリゾート誘致の話に、翁長氏は「話くわっちーを持ってきたな」と周囲につぶやいたという
 「話くわっちー」とは沖縄の方言で「美味しい話」という意味だ
 「選挙前に汚いぞ」という批判を浴びながらも、しっかり「美味しい話」をもってくる官邸に、翁長氏は舌を巻いたのだろう。自民党沖縄県連の幹事長まで経験した翁長氏は、選挙に勝つことのシビアさ、勝つことの重みを重々承知している
 
 ただ、「与党の戦略が巧みだった」で終わらせてはいけない。敗因は複合的だ
 外的要因で大きかったのは、下地幹郎おおさか維新の会政調会長の策略だろう。公の数字ではないが、2014年の沖縄県知事選で翁長氏、仲井眞弘多前知事、下地氏の三人が立候補した際、宜野湾市で翁長氏に入った票は約2万1千票、仲井眞氏に入ったのは約1万9千票、下地氏に入ったのは約4千票とされていた
 佐喜真氏が仲井眞氏支持だったことに鑑みると、今回の宜野湾市長選のキャスチングボードを握ったのは「下地票」だったといっても過言ではない
 選挙期間中の下地氏の動きについて、ある地元紙記者は「完全に寝ていた」と評したが、筆者は、下地氏の約4千票が佐喜真陣営に入ったことを複数の関係者から確認している。保守政治家である下地氏は、自民党にみずからの存在価値をアピールすることに余念がない。「寝たふり」をしつつ、自民党に大きな恩を売ったのだ
 もう一つ敗因を挙げるとすれば、「オール沖縄」勢力が抱えこむデリケートな内部対立だろう
 「オール沖縄」は14年の知事選前、保守も革新も辺野古新基地建設阻止のために「腹八分、腹六分でまとまろう」という翁長氏の呼びかけで成立したムーブメント。今回は、その翁長氏がもっとも危惧していた事態が起こってしまった
 
■亀裂は深刻
志村氏が正式な候補に決まったのは10月末のこと。政治家経験のない人間が、わずか3~4ヵ月で官邸・自民党がフルサポートする現職市長に対決をのぞむことになったわけだ
 なぜ直前まで候補者選びが難航したのか。当初、最有力候補のなかには「革新のエース」とされる元宜野湾市長の伊波洋一氏の名があがっていた。「革新の伊波さんと保守の翁長知事が一緒に宣伝カーに立てば、理想的なオール沖縄の形になる」(地元関係者)という声があったのだ
 しかし「オール沖縄」勢力の中には、革新カラーの強い伊波氏を推すことに抵抗感を覚える議員、経済人が少なくなかった。「伊波氏が前面に立てば、保守票が逃げていく。志村氏のほうがオール沖縄の形としていい」(別の地元関係者)という見立てだ
 
 結果的に市長選では後者の形に収まったが、「オール沖縄」の内部に亀裂が走ったことは間違いない。6月には県議選を控え、7月の参議院選挙では島尻大臣の対抗馬として伊波氏が出馬することになってはいる。しかし「オール沖縄」内部では、はやくも「伊波氏は選対本部長代行として、志村氏を勝たせきれなかった責任をとるべきだ」という声が強まっている
 翁長雄志というカリスマ政治家が基軸になって機能してきた「オール沖縄」ムーブメントに、今回、綻びが生じた。この事態を待ち望んでいた官邸や自民党幹部、防衛官僚たちは声を押し殺してガッツポーズしていよう
 
 辺野古の新基地建設をめぐって国と3つの裁判で争っている翁長氏にとって、今回の宜野湾市長選を落とすわけにはいかなかった。敗北のダメージは小さくない。法廷闘争で勝つのはハードルが高いが、沖縄の「民意」を一つひとつ示していけば道は拓ける――そう考えていたに違いないからだ
 保守から革新までが参画する「オール沖縄」で内部対立が起きるのは、ある意味で「宿命的」といえる。しかし対立点を残しながらも「辺野古移設反対」「イデオロギーよりアイデンティティ」でまとまれたからこそ翁長知事が誕生した。「オール沖縄」の真価が問われるのは、むしろこれからだろう
 
 
宜野湾市長選挙の残念な結果を見ながら
反戦な家づくり 2016年1月25日
昨日投開票された宜野湾市長選挙は、残念な結果だった
 
佐喜真氏が再選 宜野湾市長選 志村氏に5857票差
2016年1月24日 琉球新報
任期満了に伴う宜野湾市長選は24日夜に投開票され、政府・与党の支援を受けた現職の佐喜真淳氏(51)=無所属・自民、公明推薦=が2万7668票を獲得し、元県幹部で翁長県政与党の支援を受けた新人の志村恵一郎氏(63)=無所属=の2万1811票に5857票差をつけて再選を果たした
 米軍普天間飛行場の返還・移設問題が最大争点になった今回の市長選で、名護市辺野古移設を進める政府・与党が推す現職が勝利したことで今後、安倍政権は移設作業を強硬に推し進めることが予想される
 
 佐喜真氏は政府・与党の全面支援を受けて自公幹部らを水面下で投入して企業・団体票を固めた。与党市議団が地域をくまなく回る「どぶ板選挙」を徹底して支持を広げた。普天間問題では「固定化阻止」を強調して争点化を避け、経済振興や子育て支援の実績が市民に評価された。(引用以上)
 どぶ板で現職の強みを発揮したこともあるが、普天間基地の固定化阻止を掲げて基地反対派をも取り込んだことが大きいのだろう
 双方が普天間の返還を言う中で、どちらがより現実的に一刻も早く返還されるのか、という市民の判断になってしまった
 政府方針通りに辺野古に押しつけての返還か、県内移設を拒否しての返還か、普天間の地元としては本音では前者が現実的だと考える人が多いのは致し方ないことだといえる
 そのなかで、たとえ茨の道でも辺野古反対に投じた人が、得票率で44%もいたのはむしろすごいことだと思う
 
 とはいえ、負けは負けであり、惜しかったとか善戦したとかでお茶を濁すべきではない
 (と、何のお手伝いもできなかった私ごときが言うのはおこがましいのは承知の上だが、先に進むためには厚かましく批評させてもらう。もちろん、外から見た表面的な見方に過ぎないけれども。)
 まず、第一印象としては、保守の強みを活かしていなかったように見えた。シムラ氏のプロフィールを拝見すると、県の幹部職員として建設業界とのパイプもあるようだし、お父さんが自民党の元県議会議長とのことで、典型的な保守の方ではないかとお見受けするのだけれども、そういう面をあまり出さずに、辺野古反対を前面に出しすぎたのではないかという気がする
 翁長知事の選挙の時は、10のYESと3のNOというように、辺野古反対を明確にしながらも、沖縄の将来像を肯定的かつ現実的に描いていた
 名護の稲嶺市長も、選挙の時の演説をネットで拝聴した印象では、辺野古のことも言うけれども、市民生活に密着した話をかなりしていたように思った
 私は、「正義で勝てる選挙はない」 と考えている
 これは、善悪の話ではない。宜野湾市民を責めているのでもなければ、選挙に正義はないと選挙を貶めているのでもない
 ほとんどの人は、まず、自分の暮らしがどうなるだろう、という観点で投票するものだ、ということだ
 ここを考え違いしているから、「世論調査と選挙の結果が違う。不正選挙だ」という話が出てくる
 原発や安保法制などの世論調査の賛否の割合と、選挙結果が違うのは当たり前だ
 各課題の世論調査は、「正義」の問題であり、投票は明日の生活だからだ
 明日の生活を考えたら、多くの人は体制に寄り添おうとする。これはある意味当然だ
 権力にまつろわぬもののヒロイズムを賞賛しながら、投票では権力に投じるのが、たくましい庶民というものだと、うぶな政治市民は思い知らなければならない
 自らを「市民」とか「リベラル」などと自覚する特殊な人たちは、2012年から続く数々の敗戦に、謙虚に学ばなければならない
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 ひるがえって、今年の参院選を考えたとき、戦争法案や改憲だけで戦おうという議論は自滅行為だということができる
 もちろん、世論調査をすれば、戦争法案も改憲も圧倒的に反対が上回るだろう。しかし、それは投票の基準にはならないのだ
 これだけ負け続けて、そのことを学ばないのは、口さがなく言わせてもらえば利敵行為だと思う
 戦争法案を廃案にし、改憲を阻止しなければならないからこそ、それだけを掲げて戦ってはいけないのだ
 庶民の明日の暮らしを、「なるほど」と思える明るさで照らさなければ、選挙では勝てない。絶対に勝てない
 今回の悔しさから、そのことを学ばずに、有権者が悪いかのような総括をすることは許されない
 自公政権は、そのことを骨身にしみて、もう本能といえるレベルで理解している
 だから、株価が暴落して、あらゆる経済指標が悪化しているなかで、ウルトラCの手段を使ってくるだろう
 あり得るケースは、安倍が5月くらいで退陣して、一見ハト派の谷垣あたりが首相になり、消費増税の延期を発表するというもの
 その流れの中で、民主党+維新の党との大連立ということもないとはいえない
 (もしそうなれば、おおさか維新は当て馬で使い捨てということになる。)
 TPPの「功労者」である甘利を切り捨てる動きは、その始まりの可能性がある
 そうなれば、戦争法案や改憲は完全に争点をはずされ、地滑り的に自民党が圧勝することになる
 そして、やつらは、勝ってからことを始めるのである
 であるならば、こちらはそれ以上の「勝利の執念」がなければ、勝てるわけはない
 金も人も情報も、何もかも不利な条件の下で、勝てるとすれば「執念」だけだ。その「執念」で負けていたならば、どう転んでも勝てるわけがない
 勝負は、「執念」を持った勢力をどれだけ作れるか だ
 「正義」をもった勢力は想像以上にたくさんいるけれども、それでは勝てない、というのが貴重な貴重な教訓だ
 今年の参院選には間に合わないかもしれないが、今後数年の間に「執念」をもった勢力をどれだけ集められるか
 そこに未来がかかっている