2025年6月5日木曜日

「小泉進次郎たたき」は百害あって一利なし 「農家はかわいそう」という洗脳は解くべき

 元経産官僚の古賀茂明氏が掲題の記事を出し、小泉農水相の対応を正しいと評価しました。
 参議院選挙を前にコメの価格対策が最大テーマになっています。しかし農協とこれと癒着した農水族議員らは備蓄米の売り渡し先を「農協」に限定し、しかも入札価格の一番高いところに渡すというやり方を採ったのでコメの価格は下がりませんでした。
 小泉氏は着任早々、備蓄米を農協をバイパスして直に売り捌くという方法を採って、農水族議員らが構築してきた擁壁に見事に風穴を開けました。
 農協中金はトランプ関税政策によって米国債の価格が低下したことで大幅な赤字(1兆9千億円)を出しましたが、それを米価の高騰で穴埋めしようというのは根本的な間違いです。

 これまでの減反の継続策で米作農業は大いに疲弊しました。「食糧安保」上からも国費を投じて米作農業を再構築する必要があります。だからと言って現状の米価高騰を放置していい筈はありません。米作農業を再構築するには一定の期間と国費の投入が必要です。一方、米価高騰の解消は緊急を要するものなので、それらは「別々に」追求されるべきです。
 問題は備蓄米の在庫がなくなった時にどうするかですが、小泉氏は農協に在庫されている分を農協への販売価格で政府が買い取って、安く放出する案も選択肢と考えているということです。この際例外的な対応として廉価なアジア米を緊急輸入することも考えられます。
 いずれにしても大いに知恵を出して、結果的に「元の木阿弥」ということだけは絶対に避けるべきです。
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「小泉進次郎たたき」は百害あって一利なし 「農家はかわいそう」という洗脳を解かないとコメ農政は変わらない
                        古賀茂明 AERA 2025/06/03
 小泉進次郎農林水産相の登場で、永田町は、「雄一郎ブーム」(国民民主党・玉木雄一郎代表の人気急上昇)を吹き飛ばす「進次郎劇場」に舞台が一変した感がある。参議院選挙を前に、コメの価格対策は最大テーマに浮上した。
 そんな折、私は、農林水産省の元改革派幹部官僚と話をする機会があった。彼は、一貫して農水官僚とは思えない国民目線の考え方でやってきた人だ。私が10年以上前から主張している農政改革の考え方とも非常に近い。そして、今回の米騒動についての解説が極めて分かりやすく、いちいち頷けるものだった。彼は、小泉氏のブレーンであるとも言われる。
 そこで今回は、彼の話を噛み砕きながら、令和の米騒動とその先行きについて、考えてみることにしたい。
 
 まず、なぜ、今回、コメがここまで高くなってしまったのか。
 2024年8月頃、かなり広範な地域でコメが店頭から消えた。
 当初は、インバウンドなどで需要が増えて品薄感が出たところに、23年産米の供給が猛暑による品質低下などで予想より少なかったため、供給不足で価格高騰になったのだという専門家による説明がなされた。
 ただし、農水省は、全体としてコメが足りないのではなく、ごく一時的に消費者の買い急ぎや流通段階での目詰まりにより末端での需給バランスが少し崩れただけで、24年産米が出回れば、コメは店頭に並び価格も下がると説明した
 しかし、農水省は間違っていた。
 24年産米の1年前の23年産米は、猛暑の影響で品質が非常に悪かったが、実は、「作況指数」は平年並みだった。これは単位面積あたりの収量を指数化したものなので、作付面積が減れば、作況は平年並みでも事実上の減反で、面積が減っているため量は減る。しかも、品質がかなり悪く、スーパーの店頭に並べられないようなものがかなりあった。そのため、23年産米は24年初夏頃になると店頭では品薄感が出て在庫も減ってきた。要するにコメの供給は足りなかったのだ。しかし、農水省の需給計画は平年並みを前提に作られ、何の対策も取られなかった。
 実は、法律上、農水省はコメの需給状況を調査できる。しかし、現実には、国民の主食のコメの需給について全く把握できていなかった。
 農水省が本来やるべき仕事をやっていたら、24年6月頃には、その後コメ不足が起きると予測できたはずだ。ここが失敗の始まりである。
 日本人の主食であるコメの安定供給は、政府の責務だ。食糧法(主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律)にも価格の安定とともに需給の安定が目標として掲げられている。
 1993年の大凶作で、平成の米騒動があったが、その時は備蓄制度がなく大混乱に陥った。その教訓を踏まえて備蓄制度を作り、100万トンのコメを蓄えてきた。
 古今東西、食糧の安定供給は、国家の2大責務の一つだ。国家の安全と食糧供給、二つの安全保障である。ガザを見ても食糧供給の重要性はよくわかる。
 
前農水相の背後にいた農協と農水族議員
 前述のとおり、2024年8月頃に店頭からコメが消え、価格も上昇した。国民に対して食糧の安定供給ができない事態だから、備蓄米を放出するのが政府の責務である。
 しかし、農水省は、これを拒み続けた。今回の米騒動最大の原因
 コメが足りないことを認識できず、気づいても備蓄米放出が遅れたのはなぜか?
 それは、価格を高く維持したい、少なくとも下げたくないという農協とこれと癒着した農水族議員がいたからだ。しかも当時は、まもなく自民党総裁選挙があり、その後に衆議院の早期解散総選挙が予想された時期である。農協を恐れた自民党は、価格低下を招く備蓄米放出を口にすることができなくなり、スーパーの棚はスカスカのままだった。
 これを見た消費者やコメを仕入れる企業は、自分の分だけは確保しよう、値上がりする前に買っておこうと考える。多くの人、企業がいつもより多めにコメを買い、ますますコメは足りなくなった。
 さらに、小売店は、いつもより高くコメを仕入れたので、高く売るしかない。値上がりを待って売ろうという輩も現れる。これがスパイラルを生み、価格は急上昇し始めた
 こうしてみると、今回の米騒動の原因は、農水省の無能さと無責任さにあると言って良い。もちろん、農協と族議員の責任も重大だ。
 中でも、「コメを買ったことがない」という妄言を吐いてクビになった江藤拓農水相は、渋々備蓄米の放出を決めてもなお、後述するとおり、コメの価格低下を阻止しようとした。A級戦犯と言って良い。
 食糧管理制度があった時代は、国が農協からコメを買って、これを卸売業者に売り渡していた。この制度が廃止された後に、政府が備蓄しているコメを市場に出した時も農協に売ったことは一度もない。普通に考えれば、今回もJA全農ではなく、少なくとも卸売業者に売るべきだったし、最初から小売業者に売ることも自由にできた。
 また、政府は、買い戻し条件など過去に一度もつけたことがないのに、今回だけはそれをつけた。卸売業者などは後で大量のコメを集めることはできないので、事実上入札に参加できなかった。農協に備蓄米を集中させるための汚い手段としてこの条件が使われたのだ。
 最も川上の農協に売れば、その下につながる卸売以下の段階で流通コストがかかる。
 農協と言っても、地域の農協、県単位の農協、さらに全国単位の全農がある。彼らがそれぞれ手数料を取る。消費者に届く価格が高くなるのは当たり前だ。
 韓国では、産地で精米して袋詰めし、それを直接スーパーに運んでいる。極めて効率的だ。
 政府が多くの小売業者や外食産業などに備蓄米を直接売れば価格が下がるはずだが、そうしなかったのは、江藤前農水相とその背後にいる農協と農水族議員が原因だ。
 
備蓄米以外のコメの価格は下がらない
 さらに、コメの価格を下げると言っているのに、入札にすることで、より高い価格で売ろうとした。政府が高い価格で売るのだから、末端価格は下がらない
 小泉農水相がやっている定価販売(随意契約)の仕組みも、実はもともと法律で可能な仕組みだ。価格を下げることは簡単にできる
 以上が備蓄米を出してもその備蓄米の流通が滞り、さらに価格も高くなってしまったことの解説である。

 小泉氏が進めていることは、今解説した問題をクリアしようとするものだ。基本的に正しい方向を向いている。世論調査でも小泉氏への期待は高い
 ただし、備蓄米の価格は下がっても、その後、備蓄米以外のコメの価格が下がるわけではない。
 国会などでも、この点を追及する野党議員もいた。下がるかどうかはわからないと答えれば、「やっぱり下がらないのか。選挙前のパフォーマンスに過ぎないのか」と言われるから、小泉氏は、意味不明なことを言いながら、「生産者と消費者双方が納得できる価格を見出すことが重要」などと、抽象的な言葉で逃げざるを得なくなっている。

 では、本当の見通しはどうなのか。
 これは、今農家が作っているコメの価格の問題だ。
 農協が農家に出荷段階で渡す金を概算金(仮渡金)と言うが、今年のコメについては、各県の農協がすでにこれをかなり高くする「方針」を出している。昨年の5割増しという報道もある
 普通に考えれば、今年の秋から出回るコメを高値で農協が買い取るのでコメの価格は上がる可能性が高い。これが真実である。
 自民党政権は、農協の方ばかり向いた政治をやっている。消費者は二の次。それが自民党の本質だ
 自民党政権である限り、消費者のためにコメの価格を下げようというのは、表向きの話に過ぎない。選挙前にパフォーマンスで国民を騙すための「対策」や「改革」がPRされるだけなのだ。
 もう一つ、私たちが気をつけなければいけないことがある。
 それは、「農家は可哀想だから守ってあげなければいけない」という話だ。
 農家といっても、稼ぎ頭は町の工場で働き、その妻と年老いた親たちが細々と農業をやっているというような小規模の兼業農家もあれば、法人経営や家族経営でも大規模な農業をしている「プロ農家」もいる。現在、この「プロ農家」が全国の耕地の約6割を使い、農産物の販売金額の約8割を占める。ただし、数では、個人経営の小規模兼業農家の方が圧倒的に多い。
 農協は、兼業農家の数を維持するのに必死だ。数が減れば政治力が落ちるからだ。また、彼らは、農協のドル箱、金融事業の顧客だ。住宅ローン、自動車ローン、教育ローン、保険など、農家であれば農協の商品を選ぶ人が多い。小規模で儲からなくても、農家であり続けて農協の組合員でいてくれさえすれば良い。農家の数が減っては困る。
 
「コメ農家はかわいそう」という感情論
 政治家も、プロ農家は数では圧倒的少数なので、小規模農家と農協の方を選ぶことになる。
 農業の競争力と生産量を上げ、輸出産業として日本の成長を引っ張る産業にするためには、プロ農家をいかに育てるかが鍵なのだが、今の政治構造ではこれまでの農政を根本から変えるという発想にはならない。
 農協幹部は、今のコメの価格は高くないと胸を張った。生産コストが上がっているので、ここまで上がって何とかコストに見合う価格になり、これでやっと農業が続けられるという。それは兼業農家の声でもある。
 しかし、プロ農家の考え方は全く逆だ。生産コスト上昇分の価格転嫁は必要だが、1年で倍になるような異常事態は、逆に生産者から見ても困るという。コメ価格高騰で消費者のコメ離れに拍車がかかり、外国からの輸入圧力も高まるからだ。したがって、消費者の購買力の範囲内の値上げに留める努力をすべきだ。それでも十分に利益は出るという。
 普通の消費財の生産者なら、そんな考えは当たり前だ。しかし、農業、とりわけ、コメ農家については、そういう議論は「暴論」として叩かれる。
「私たちのために汗水垂らしてコメを作ってくれる農家に感謝すべきだ」「コメ農家は赤字生産を余儀なくされて可哀想だ」という極めて感情的な議論から始まる。メディアもこれを垂れ流すので国民が洗脳され、農協改革を主張するのは、無慈悲な新自由主義者かアメリカの回し者だという話にさえなる。
 これにつけ込んで、今、農協や農水族議員が大キャンペーンを張っている。
「進次郎が日本のコメ農家を破壊し、農協資産をアメリカに売り渡そうとしている」というバカな議論さえ広まっている。
 小泉氏が今進めていることは、恒久的な対策にはなり得なくても、農協外しのコメ流通の合理化により日本農政の根幹に手を入れるということだ。進次郎叩きは、農協と族議員たちに手を貸すのと同じだ。
 やるべきなのは、本当にやる気があり、リスクをとってでもより良いコメをより安く国民に届けようというプロ農家の声を聞いて、「消費者目線の農政大改革」を進めるための政策を与野党が競い合うということだと思うのだが、どうだろうか。
 なお、私は今から約7年半前、本コラムに「安倍政権トンデモ農政に無関心なマスコミの罪」(2017年12月4日配信)というタイトルでコメの減反と農協の問題について書いた。
 これを読めば、現在のコメ不足と価格高騰の原因は、安倍晋三政権の「エセ」農協改革にあり、今起きていることが必然だったということがわかるので参考にしてほしい。