電通の新入社員だった女性(24)が一昨年「過労自殺」した事件で、厚生労働省は昨年11月、電通を強制捜査し、最終的に東京労働局は、労基法違法の長時間労働をさせた疑いで、電通(法人)と上司にあたる幹部1名を書類送検しました。
その幹部は36協定の上限を超えて残業をさせたことと労働時間を過少申告した違反の責任者(=部長クラス)ということで、女性を自殺に追い込んだ直接の上司のパワーハラスメントの問題は追及されませんでした。その辺が労働局の限界なのでしょうか。
電通では1991年にも入社2年目の男性社員(当時24歳)がやはり過労で自殺しています。男性社員の残業時間は1ヶ月あたり147時間に及んだということです。電通のブラック企業ぶりはそうした事件があっても全く変わっていなかったということです。
電通の強制捜査などの場面では、塩崎恭久厚労相の「電通に対して厳しく対処する」という発言が報じられました。
しかし厚労省はそれまで、電通を「労働時間短縮」に取り組み、「法令違反がない」企業だとして、2007年、13年、15年と3回にわたって認定し、08、09両年度には、「仕事と生活の調和推進モデル事業」で、「日本を代表する企業10社」にも選び、労働時間短縮などのリーダー役まで委託していました(この部分「しんぶん赤旗」より)。
まことに、ほんの上っ面しか見ないデタラメぶりというべきで、厚労省は十分に反省すべきです。
もしも今後は監督官庁としての名に恥じないようにする積りがあるのであれば、「残業代ゼロ法案」こそを真っ先に撤回すべきです。
日刊ゲンダイが、1991年に自殺した男性社員の遺族代理人を務め、今回の女性社員の遺族代理人も務めている川人博弁護士にインタビューしました。
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注目の人 直撃インタビュー
電通過労死の遺族代理人・川人博弁護士「経営者が無能」
日刊ゲンダイ 2017年1月16日
大手広告代理店「電通」の新入社員だった女性(当時24)が「過労自殺」したのを受け、厚生労働省は昨年11月、会社を強制捜査。東京労働局は「電通」と幹部社員1人について労働基準法違反容疑で書類送検し、石井直社長が辞任する意向を表明した。今や世界共通語になった「過労死=karoshi」は、日本の労働現場が抱える「深い病理」とも言える。14年に「過労死等防止対策推進法」が成立したにもかかわらず、なぜ、悲劇は繰り返されるのか。自殺した女性の遺族代理人で、この問題の第一人者である弁護士の川人博氏に聞いた。
■業績は長時間労働で解決できない
――「電通」では1991年にも入社2年目の男性社員(当時24)が自殺し、その時も今回と同様に代理人弁護士を務められていました。男性社員の裁判では、2000年3月の最高裁判決で、過労自殺の会社責任が認定されました。にもかかわらず、再び同じ会社で犠牲者が出たことについて、どのように感じていますか。
極めて残念です。最高裁判決で(会社責任が)認定されたわけですから、しっかりと反省して(労務環境を)改革すべきでした。しかし、前回(91年)と同じような犠牲が生まれてしまった。本当に痛々しい事件です。
――厚労省が昨年10月に初めて公表した「過労死等防止対策白書」によると、長時間労働などの「勤務問題」を原因とする自殺者(過労自殺)は、年間2000人を超える状況です。なぜ、なくならないのでしょうか。
過労死をなくすためには、企業、国家、国民の3者が努力しないといけませんが、とりわけ重大なのが企業経営者の責任です。つまり、経営者が本気で過労死をなくそうと考えていないために減らない。業績を最優先し、労働者の命や健康は二の次。経営者の姿勢が変わらないことが最大の問題だと思います。
――何よりも経営者の意識改革が必要だということですね。
失礼な言い方になるかもしれませんが、(過労死を招くような)日本の経営者というのは安易で無能と言わざるを得ません。売り上げが伸びないから――との理由で、例えば閉店時間を夜9時から10時に延ばしたり、それまで休日だった日曜日や正月三が日も営業したりする。売り上げや業績の伸び悩みを営業時間の延長という極めて安易な方法で解決しようとするのです。営業時間の延長は必ず長時間労働につながります。それが体に良くない深夜労働を増やしてきた大きな要因とも言えます。
――確かに外食チェーンやコンビニなどは「24時間営業」が当たり前の時代になりました。
主にサービス産業はここ10~20年、売り上げの落ち込みを長時間営業で補う、ということを繰り返してきたわけですが、それに見合った分の成果が得られたのかといえば、(業績は)さほど変わらないケースがほとんどです。確かに閉店時間を延ばした直後は、瞬間的に業績が上がるかもしれません。しかし、そのうちに元に戻ってしまうのです。会社は労働者が健康であるからこそ維持されるのであって、労働者の健康が損なわれるような職場環境で業績が良くなるわけがありません。ですから、経営者はもっと労働者の健康を念頭に置き、どのように経営を進めていけばいいのか、ということを真剣に考えるべきなのです。
■IT化で「オン」「オフ」の切り替えが困難に
――昔と比べて今は過労死する労働者の年齢や性別、「中身」に変化はみられるのでしょうか。
まず年齢が低くなっています。20年以上前は40~50代が中心でしたが、今は20~30代が目立ちます。リストラなどの人員削減で、40代以上の働き盛りといわれた世代が職場に少なくなっていることに加え、企業側に新人をゆっくり育てるという発想、余裕がなくなり、新卒を即戦力で活用する機会が増えたことが要因だと思います。性別では女性が増えましたね。やはり、フルタイムで長時間働く職場が増えてきたためでしょう。「中身」についてですが、右肩上がりのバブル時代の過労死は「業績を上げる」「会社を発展させる」「出世する」といった積極的な動機による長時間労働が多かった。しかし、今は、「生き残るため」「解雇されないため」というように企業や自分(の雇用)を守るための消極的な動機が多いと思います。
――他にも目立った特徴はみられますか。
IT化が進み、より労働環境がきつくなっていると思います。例えば、IT化によって今は24時間、365日、働くことが技術的に可能になりました。いつ、どこにいても、パソコンが1台あれば、仕事ができます。自宅に仕事を持ち帰るのもUSBメモリー1つ持っていればいい。連絡や情報のやりとりは携帯電話、スマホで十分です。(小売りや金融、サービス業などの)第3次産業は、工場のベルトコンベヤーの前に立ったり、重機を操作したりしなければできない仕事ではありません。パソコンが1台あれば、いつでもどこでも職場の延長が可能になったのです。つまり、IT化の進展は、第3次産業で働く労働者の「オン」と「オフ」の切り替えを困難にしてしまった。これは労働者の命と健康にとって明らかにマイナスに作用している。そういう意味では、過労死に至る労働環境は悪化していると言えると思います。
――海外からは日本で多発している過労自殺に対して「何も死を選ばなくても」といった驚きの声が聞かれます。
日本の労働者は、昔も今も真面目でよく働く。これは幼い時からの教育や、日本社会で受け継がれてきた伝統であり、尊重されるべきことです。問題は労働者ではなく、そういう勤勉さにつけ込んで、長時間労働という安易な経営手法を押し付ける経営者が存在していることです。そういう手段を取らせない、させないシステムを早くつくるべきです。
――過労死を防ぐために家族や職場、社会はどうすればいいのでしょうか。
まず、家族ができることには限界があります。家族がしっかりしていれば長時間労働を防げる、過労死が防げる――ということはありません。なぜなら、長時間労働は、家族ではなく、会社という共同体の中で発生している問題だからです。異なる共同体で起きていることを家族の力で防ぐのは不可能です。一方、同じ共同体にいる職場の同僚、先輩、上司の気配りは大事だと言えるでしょう。教育も大切です。日本企業が抱えているさまざまな労働問題について、学校などで幼い時からきちんと学ぶ。働く側にも防衛する力、自分を守る力を身に付けさせることが必要だと思います。
■「健康経営」の企業が主流になる時代へ
――労働基準監督署(労基署)など行政側の過労死対応については、どう見ていますか。
確かに以前の労働行政は頼りにならなかった部分もありました。しかし、これだけ過労死が社会で問題視されるようになり、厚労省の労働基準局、都道府県の労働局や労基署も、過重労働をなくそうと意識が変わってきたと思っています。犯罪を防止するために警察が存在するのと同じで、職場の法律違反を監督するところが労基署です。労働者も活用した方がいいでしょう。
――ところで、安倍政権は「残業代ゼロ法案」など長時間労働の抑制に逆行するような動きです。
確かに政府は「残業代ゼロ法案」のように事実上、長時間労働を促進するような法改正を目指しています。ただ、過労死は圧倒的多くの国民が働いている「職場」という現場で起きている。世論に敏感な政府がこの問題を放置することはできないと思います。
――過労死ゼロ社会は実現できるでしょうか。
先ほども言いましたが、過労死がなくならない最大の問題は経営者の姿勢が変わらなかったことにあります。しかし、最近は一部ですが、長時間労働をなくそうと真剣に取り組み、残業ゼロを経営方針に掲げる会社も出てきました。労働者が健康で働く意味を表す「健康経営」という言葉も聞かれるようになってきています。全国各地で(過労死の)講演を行うと、企業の参加者が多くなってきたし、あるいは企業そのものからの講演依頼も増えてきました。今はまだ一部かもしれませんが、そういう企業が今後、主流になる社会が必ず訪れる日が来ると思っています。 (聞き手=本紙・遠山嘉之)
▽かわひと・ひろし 1949年、大阪府生まれ。東大経済学部を卒業後、78年に東京弁護士会に弁護士登録。95年、川人法律事務所創立。88年から、「過労死110番」の活動に参加し、過労死弁護団全国連絡会議幹事長を務める。主な著書に「過労自殺」(岩波新書)、「過労死・過労自殺大国ニッポン―人間の尊厳を求めて」(編書房)など多数。