日韓の慰安婦問題での合意は2015年12月28日、ソウルで行われた日韓の外相会談で、外形的には突如成立しました。日本政府は慰安婦問題について責任を痛感し、安倍首相が心からおわびと反省の気持ちを表明するとしたうえで、韓国政府が設置する財団に日本政府がおよそ10億円の資金を拠出し、元慰安婦への支援事業を行うことで合意し、「最終的かつ不可逆的に」解決されたことを相互に確認しました。
しかしその合意事項の文書化は、韓国側の意向で行われず、共同記者会見でも質問は一切受け付けませんでした。それは慰安婦問題解決の核心が、日本政府の法的責任の認定、また法的責任に基づいた公式謝罪と賠償にある※とする韓国国民の世論から乖離したものであったために、韓国政府はまず日韓合意の内容を国内に流して世論の動向を見てから進める意向と見られました。
とはいえ一方で、「最終的かつ不可逆的に」解決されたことを確認しあった訳なので、そこには韓国政府の何とか慰安婦問題を決着させたいという熱意とそれに基づく苦渋の決断があったことは間違いありません。
※ 外相会談に先立つ27日、「日本軍『慰安婦』研究会設立準備会」は、「慰安婦問題で重要なのは、『事実の認定、謝罪、賠償、真相究明、歴史教育、追慕事業、責任者処罰』であり、それが四半世紀をかけて確立された『法的常識』である」とする声明を出しています。
いわゆる慰安婦像=少女像の問題は外相会談の重要な話題でしたが、それは韓国国民の間で長い歴史を経てきたもので、政府側の意向だけで撤去できるという性質のものではなかったため、韓国政府も撤去は約束せずに、「韓国政府は関連団体との協議を通じて適切に解決されるよう努力する」とされました。その表現からも韓国政府の苦衷が読み取れます。
それなのに日韓合意から数日を経ぬうちに、日本側で少女像の撤去が10億円拠出の条件であるとする言説が現れましたが、もちろんそれは日韓合意の趣旨に反するものでした。
最近韓国釜山市当局は、日本領事館前の慰安婦少女像を撤去しましたが、国民の強い批判の前に設置を許可せざるを得なくて今は設置された状態になっています。
それに対し日本政府は日韓合意に対する違反であるとして、突如駐韓大使と領事を一時帰国させ、日韓通貨スワップ協議を中断させるなどの報復処置を宣言しました。
それはしかし、慰安婦少女像の設置は別に日韓合意に違反するものではないのに、韓国大統領がいま無力化されている状況の中で、日韓の関係を壊そうとするものであって実に大人げない態度です。
弁護士である「Everyone says I love you !」氏のブログと「弁護士 猪野 亨のブログ」を紹介します。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
韓国・釜山領事館前の「慰安婦」少女像設置は日韓合意に反していない。
日本の大使・領事の一時帰国などの制裁措置は理がない。
Everyone says I love you ! 2017年01月06日
韓国ソウルの日本大使館前に続いて、釜山の日本総領事館前に慰安婦を象徴する少女像が設置されたことに関し、菅官房長官は2016年1月6日、長嶺安政駐韓大使を一時帰国させるなどの対抗措置を講じると明らかにしました。
菅長官は少女像設置について「日韓関係に好ましくない影響を与えるとともに、領事機関の威厳を侵害するもので極めて遺憾だ」と表明し、当面の間、
(1) 長嶺大使、森本康敬釜山総領事の一時帰国
(2) 釜山総領事館職員の釜山市関連行事への参加見合わせ
(3) 日韓通貨スワップ(交換)協議の中断
(4) 日韓ハイレベル経済協議の延期
―の四つの措置を取ると説明しました。
政府は6日までに、外交ルートで韓国側に伝達。措置をいつ解除するかについて、菅長官は「状況を総合的に判断する」と述べ、韓国政府の対応を注視する姿勢を示しました。
これらの措置は2015年12月の日韓合意の「精神」に反するとして執行されるものですが、ソウルの日本大使館前に設置された少女像に関し、「韓国政府は関連団体との協議を通じて適切に解決されるよう『努力する』」とされているのみです。
日韓合意は文書にはなっておらず、当時の日韓両外相が記者会見で発表した声明がすべてです。
そして、日本の岸田外相はこう言ったんです。
『韓国政府が元慰安婦の方々の支援を目的とした財団を設立し、これに日本政府の予算で資金を一括で拠出し、日韓両政府が協力し、全ての元慰安婦の方々の名誉と尊厳の回復、心の傷の癒やしのための事業を行うこととする。』
これに対して韓国のユン外相は
『韓国政府は、日本政府が在韓国日本大使館前の少女像に対し、空間の安寧、威厳の維持といった観点から懸念しているという点を認知し、韓国政府としても可能な対応方法に対し、関連団体との協議等を通じて適切に解決されるよう努力する。』
と言いました。
これはどう見ても結果を約束したものではなく、少女像問題が「適切に解決される」ことへ向けての努力義務を明言したものです。
もちろん、ましてや、ソウル以外の、日韓合意時点で存在しなかった少女像については何の約束もなされていません。
安倍首相は日韓合意にはないお詫びの手紙を元「慰安婦」の方々にお届けすることについては、合意にないとしてにべもなく断っています。
だとすれば、日本側も日韓合意にないことを韓国に求めることはできないのであって、今回の日本の右翼層に媚びたのであろう「制裁」措置は理がなく、国際的には非難されることになるでしょう。
日本の異様で唐突な強硬姿勢に、保守界隈ではやんやの喝さいをしている人も多いのでしょうが、韓国の政治的混迷の足元を見るような今回の措置は、日韓関係にとって禍根を残すことは必定だと思います。
(関係ブログ記事)
慰安婦少女像の設置と日本政府の大人げない報復行動が
かえって事態を悪化させる
弁護士 猪野 亨のブログ 2017年1月7日
韓国釜山では、日本領事館前に慰安婦少女像が設置されました。一時は市当局が撤去しましたが、批判の声が大きく、設置が許可され、今は慰安婦少女像が設置された状態になっています。
これに対し、1年前の日韓合意に反するとして日本政府は、何と報復処置をとったのです。
釜山日本領事館の領事、駐韓大使を一時的に召喚するというのですから、その対応は大人げないというだけでなく、かえって両国関係を悪化させるだけのものです。
韓国外務省が遺憾であると表明したのは当然のことです。
(関係記事)
(NHK2017年1月6日)
「菅官房長官は、当面の対抗措置として、韓国に駐在する長嶺大使と森本プサン総領事の一時帰国、緊急時に通貨を融通しあう通貨スワップ協定の再開に向けた協議の中断、日韓ハイレベル経済協議の延期、それにプサン総領事館の職員による、プサン市関連行事への参加見合わせを発表しました。」
もともと日韓合意によっても韓国政府は、慰安婦少女像を撤去する努力義務を負うだけで韓国政府が強制的に撤去するということまでもが合意されたわけではありません。
このようなことは当たり前すぎます。米国に約束したからと言って沖縄県民の反対を無視して辺野古移設を強行するような日本政府こそ異常なのです。
韓国政府は、日韓合意の道理を説いて韓国国民に納得を得る努力をするという義務なのです。
もっとも、現在の韓国政府は朴槿恵氏が失脚状態であり、機能不全に陥っているのは誰が見ても明らかな状態であり、そのような韓国政府を相手に大使の召還などと大人げないにもほどがあります。
というよりも本気で日韓合意を反故にしたいのではないかと思わざるを得なくなってきます。
米国もオバマ政権からトランプ政権に移行することから、日韓合意が崩壊しても米国から横やりが入ることないだろうと踏んでいるのでしょう。
さらには、日本政府が日韓合意を履行せよなどということ自体が厚かましいということです。
「履行せよ」ということ自体が難癖であるだけでなく、釜山市当局が設置を許可した前日には稲田朋美防衛相がこともあろうことか、靖国神社に参拝などしているのですから、韓国国民の感情を逆なでしていたのは、日本側といわざるを得ません。
A級戦犯を「英霊」として祭り上げ、侵略戦争を聖戦と美化する靖国神社に防衛大臣が参拝するなどもってのほかです。中韓両国から反発を受けることは必至なのに敢えて、そのような愚行を行ったのが日本側です。
最高責任者である安倍総理は、この稲田氏の靖国参拝に対しては「ノーコメント」だというのですから、黙認そのものであり、日本政府の姿勢としては大問題だったわけですから、その日本政府がよくも韓国政府を批判できたもので、鉄面皮にもほどがあります。
そのような大人げない報復行動に出れば、なおさら韓国国民の対日感情を悪化させることは火を見るよりも明らかなのに、そのようなことをすれば日韓両国の相互理解をぶち壊すだけです。そのような報復行動に出た日本政府はあまりに幼稚レベルなのか、最悪の極右国家でしかありません。
米国に半ば強制される形で日韓合意をしたことを安倍氏は今さらながらにトランプ政権発足を前に後悔していることがうかがわれます。
今回の事案の非はすべて日本政府側にあります。韓国政府を批判するのは筋違いも甚だしく、かかるナショナリズムを煽ることは許されません。
また従軍慰安婦に関する日韓合意は今後も守り、発展させていかなければなりません。
(関係ブログ記事)