世に倦む日々氏の掲題の記事を紹介します。
先の沖縄知事選でもAIで作成した悪質なデマがネットで「無限に」飛び交ったようです。田中龍作ジャーナルは14日のブログの冒頭で、
「デニー候補の敗戦を受けて、ネット選挙のプロが呆れ顔で語った。『悪質なデマは消しても消しても湧いてくる。人力で対応できるものではない』。悪逆非道なコメントはAI生成により無限に書き込まれてくるのだ。免疫のない10代や感化されやすい情弱な層には刺さってくる。新聞テレビといったオールドメディアを信じていない人々に地元紙がファクトチェックで「それは誤情報ですよ」などと指摘したところで聞く耳は持たない。そもそも新聞を読まないのだから。
これからの選挙は、AIとネトウヨを駆使できる資金力を有する陣営が勝つことになる。政策や人物は二の次三の次となるのだ」
と書いています。
一体どうすればいいのでしょうか。
世に倦む日々氏は沖縄知事選についていつもながらの独自の考察を行っています。
中でも注目すべきは(記事の真ん中辺りで)「新しく提起して設定すべき沖縄の争点とは、台湾有事である」として、27年中に米国が画策する「台湾有事」が起きた場合における、「沖縄の悲劇(それは同時に日本全土に及ぶと思われますが)」について様々に考察している点です。
そして 「そのリアルな認識が沖縄(沖縄左翼)に乏しいのが不思議」と述べます。確かに「台湾有事」に関して彼ほど真剣に考えている人は稀なのではと頭が下がります。
そしてそれが怒らないことを祈るのみです。
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沖縄県知事選の敗北 ー なぜ台湾有事を争点にしないのか
世に倦む日日 2026年9月16日
9/13、沖縄県知事選の投票があり、オール沖縄で現職の玉城デニーが敗北、自民・維新・国民民主・参政・保守・公明の6党が推薦・支援した保守系候補が大差で当選した。12年ぶりに保守が沖縄県政を奪還する次第となった。今回の沖縄県知事選は、最初から(特に下地幹郎が出馬辞退した時点から)勝敗の行方が見えていた部分があり、マスコミでもネットでもほとんど報道がなく、盛り上がりに欠けたまま投票日を迎えた。今年2月の衆院選でも自民党候補が全勝、オール沖縄候補が全敗しており、その流れと勢いのままの厳しい結果となったと言える。玉城陣営へのネットの誹謗中傷が激しかったらしい。衆院選のスマホ農場の事態を考えれば、その程度と被害は十分窺い知れるが、Xタイムラインにはその状況を伝える情報がほとんど載らず、現地で何が起きているか掴めなかった。それを全国に拡散するインフルエンサーの存在がなく、選挙の政治戦のリアルを全国の左派に伝える場面がなかった。
沖縄タイムスの記事では、選挙の出口調査で、普天間飛行場の辺野古移設に賛成が反対を上回ったとある。「オール沖縄」とは、「辺野古新基地を造らせないオール沖縄会議」の略称であり、普天間問題をめぐって結集した政治勢力であり、特に翁長雄志をシンボルとする抵抗の identity の運動体だ。安倍政権との長い闘争の末、辺野古の基地建設が既成事実化して、その工事を阻止する(できる)可能性がなくなった後、オール沖縄は展望を失って左派だけの小さな塊となって行った。玉城デニーが8年間県政を続けられたのは、翁長雄志の後継者であったからであり、翁長雄志の無念とカリスマを引き継いだ存在だったからだ。政治思想史的に意味づければ、翁長県政が12年続いたと言える。玉城デニーにはカリスマ性が薄弱だった。沖縄で中央と対峙する反基地自立の指導者が知事選に勝つには、太田昌秀や翁長雄志のような大型のカリスマ性を必要とする。辺野古に代わる争点やアジェンダを打ち出せなかった点も、政治家としての能力の限界だ。
私は辺野古には二回行った。一度目は16年前。二度目は11年前。どちらも季節は同じ1月末。緋寒桜が咲いているムーチーの季節だった。一度目のとき、辺野古浜のテント村に行ったら、偶然そこに太田昌秀が来ていて、テントの中で関係者2、3人と雑談していた。太田昌秀はそのとき85歳。テレビで見るとおりの人柄で、もうずいぶん身体が悪くなったよと語っていた。ブログには書いてなくて、今だから書けることだが、太田昌秀と雑談していたメインの人物は安次富浩で、そのとき非常に印象が悪かった。何ゆえ印象が悪かったかは書かない。自治労の経歴らしい。そういえば、似たような体験が福島瑞穂との間にあった。遠い昔だ。辺野古から帰ってきて、那覇市内の「チャクラ」という店で喜納昌吉のライブを聴いた。土曜夜で店は満員。東京から帰ってきて直行の生演奏。喜納昌吉は印象がよかった。レジで会計をしていたら、ひょっこり本人が事務所から出てきて遭遇、そこで政治の話を熱くした。初対面の客の話を嫌がらずに聞いてくれた。
二度目のときは、辺野古基地前の例の道路脇で座り込みをした。そこから大浦湾を回ってやんばる方向に進み、映画『標的の村』で有名になった高江まで足を運んだ。2015年、キャンプシュワブ内に大量の石材が搬入され、今まさに埋立工事が始まろうとしているときで、正念場の沖縄に飛んだ。ブログで「辺野古へ行け」と檄を飛ばしていた当人が、東京で静観しているわけにはいかなかった。が、現地に行ってみると、1000人の頭数が必要な土日なのに100-200人しか集まっておらず、さらに地元のラジオ放送が全く辺野古を話題にせず、猥談ばかりなのに拍子抜けさせられた。初日は団体手配のバスで県庁前から往復した。二日目はレンタカーで行った。人数が集まらないのは物理的理由もあった。あの抗議場所には駐車場がないのである。シュワブゲートから、車の助手席に日本人女性を乗せて嘲笑しながら左折して出て来る若い米兵の顔。「辺野古に座り込みに」と言ったら、「どうもお疲れさまです」と返してくれたタクシーの運転手。昔話は以上。
オール沖縄の所産(翁長カリスマの遺産)と辺野古ばかりに拘泥せず、新しい争点を設定すればよかったと思うし、それを提起する若い政治指導者(カリスマ的リーダー)が登場すればよかったと思う。お伽話をしているのではない。最近テレビを見ていると、テキサス州で旋風を巻き起こしているタラリコという民主党の新星が話題を集めている。37歳。タラリコがもし11月の上院選挙でテキサスで勝利すれば、そのまま再来年大統領選の民主党候補の座を射止めるのではないかという前評判が立っている。それほど大きな期待を集めている。アメリカ政治のダイナミズムだが、日本が真似をすべきなのはこの政治だ。有能なホープが出ないといけない。それが出るとすれば、出て然るべきは沖縄の地だろう。永田町へのアンチテーゼは沖縄が出すべきで、高市ファシズム化した日本政治に異なるアジェンダを突きつけるのは、沖縄の若者であっていい。沖縄でローカルパーティを作り、成功させる夢を持ってよい。最近の日本政治の新星の輩出は大阪ばかりが担っている。飽きた。
新しく提起して設定すべき沖縄の争点とは、台湾有事である。なぜ2026年の沖縄県知事選で、これが第一の争点にならないのか理解できない。先島諸島12万人避難計画は、昨年3月に初期計画が公表され、図上訓練が段階的に詰められている。26年度中に最終計画が策定され、実働訓練の実施に向けて調整が進んでいる。実際に戦争するから避難が必要なのであり、先島諸島が戦場になるのだ。台湾有事は、日米同盟が長い時間をかけて準備してきた中国との戦争である。デービッドソンによって、2027年までに開始だと2021年3月に予告された。高市の昨年の国会発言で、中国軍が台湾海峡で艦船を伴う武力行使があった場合は、存立危機事態を宣言して自衛隊を出撃させるという方針になっていて、来年いつ日中で軍事衝突が起こってもおかしくない。そのような情勢下で、古謝玄太が争点に掲げて有権者が肯いたという「経済の活性化」とか「沖縄の経済成長」は、あまりにナンセンスで非常識なお花畑に映る。現実から目を逸らした観念的な発想ではないか。
自衛隊が台湾周辺で中国軍を攻撃した場合、当然、中国軍からの報復が自衛隊基地に来る。米軍を巻き込んだ大きな戦争だから、台湾周辺の局地で収まり止まる展開はない。だからこそ先島諸島住民の避難があるのだ。アメリカは、本気で中国との戦争を考えているのであり、何年も前からプランを描き、シミュレーションを試み、作戦想定をアップデートさせてきた。覇権国の地位を中国に渡さないために戦争をする。軍事で中国を叩き、アメリカ支配の思惑どおりの中国と東アジアと世界に改造する。戦争の主導権はアメリカが握っており、アメリカの安全保障戦略に従って実際の行動があるのだ。例えば、イラン戦争も、多くの者はまさかアメリカが本当にイランとの戦争に突っ込むとは思ってなかっただろう。が、計画は進めてきたのであり、イランの現政権を軍事的に転覆するという目的を変えず、長い準備の末に開戦を決断したのだ。台湾有事はアメリカの戦略である。見せかけの脅しではなく、ブラフではない。日本はウクライナやイスラエルと同じ位置にあり、必ず国土が戦場になる。
そのリアルな認識が沖縄(沖縄左翼)に乏しいのが不思議だ。Xを見ていると、目取間俊と金平茂紀が知事選について対談している動画があった。目取間俊が台湾有事についてどう認識しているかに興味があったが、言葉を聞くかぎり、あまり切迫した印象ではない。中国と日米同盟との戦争が来年再来年にも起こるという感覚や認知にはなく、東アジアの情勢の中で沖縄の自立をどうするかという、いわば文明論的で抽象的な問題に関心の焦点が向かっている。平和な環境の継続が前提の思考だ。目取間俊は、中国と日米が間もなく大きな戦争を始め、沖縄がウクライナのような戦場になるという恐怖の意識を持ってないようだ。目取間俊からすれば、台湾有事の言説こそが寧ろ抽象的な問題に見えるのだろう。台湾有事が本当に起これば、台湾から10万人20万人の人間が先島諸島に逃げて来るが、それにどう対処するのか誰も何も考えてないではないかと言っている。それも確かに論点だろうが、私からすれば、台湾から脱出する人間が沖縄を選ぶのは得策ではない。戦火が広がって行く土地だからである。
台湾から逃げるのであれば、少し距離が遠いが、南のバタン諸島(イットバヤット島)を選ぶべきで、その方が安全だ。命を守るのなら、日本ではなくフィリピンを選ぶべきだろう。初撃で、開戦一週間で、日米同盟が中国軍のミサイル戦力と海空軍戦力を壊滅させられなければ、その(エピックフューリー的な)電撃作戦に失敗すれば、中国軍側は反撃に出て、必ず石垣島と宮古島のミサイル基地を攻撃し、先島諸島の自衛隊を無力化する攻勢に出るだろう。沖縄本島や奄美も作戦範囲に入るだろう。台湾有事をリアルな問題として考えたとき、もう米軍基地とか自衛隊基地とかの区別はないのだ。中国軍の反撃が、米軍基地だけを標的にして自衛隊基地は免除するなどという想定はない。あり得ない。日米同盟軍は一つである。そうしたとき、沖縄の米軍基地がどうのという問題や議論が、どれほどフェーズの外れた(平和な時代の)昔話であることか。敢えてそう言いたい。沖縄左翼を挑発する意図はなく、台湾有事はリアルだと私は強調したいのだ。確実に戦場になり、81年前と同様に県民が軍の人間の盾にされる。
台湾有事のリアルでは、台湾の住民の方が南西諸島の住民より安全である。なぜなら、軍事作戦のオフェンスは何より軍隊と装備を狙うから。軍事拠点を第一の破壊目標にして大量の弾薬を投下するから。畢竟、沖縄の運命はアメリカ(米軍CIA・ホワイトハウス)が握っている。アメリカは、韓国日本の米軍基地を撤去するか、それとも日米同盟で中国と戦争するか、その二つに一つを迫られている。その中間の選択肢や決断までの猶予は徐々に失われている。それが沖縄の置かれたリアルな現実だ。私から見て、沖縄の経済活性化を言う右翼も、沖縄の基地負担軽減を言う左派も、ピンボケしているとしか思えない。なぜ台湾有事が知事選の争点にならないのか。嘗て、普天間問題が世上で沸騰した頃、20年前、沖縄の知識界から、米軍の部隊編成動向やアメリカの安全保障戦略についてきわめて正確な把握と分析が示され、知見が情報発信され、本土のわれわれを啓蒙していた時期があった。その知識と説得力に舌を巻いたものだった。なぜそれがなくなったのか。
「湯の町湯沢平和の輪」は、2004年6月10日に井上 ひさし氏、梅原 猛氏、大江 健三郎氏ら9人からの「『九条の会』アピール」を受けて組織された、新潟県南魚沼郡湯沢町版の「九条の会」です。