2026年6月25日木曜日

右翼による皇室乗っ取り-秋篠宮は「私も女性女系天皇に賛成です」と言え(世に倦む日々)

 世に倦む日々氏が掲題の記事を出しました。
 古来 日本には仁徳天皇にまつわる「民のかまど(の煙)」という逸話が語り継がれてきました。天皇が丘の上から見渡してもしも煙が立っていなければ民は食事に事欠いていると判断し善政を行ったというもので、それが民衆ベースの「帝王学」に適ったものであるからこそ、長く伝えられてきたものと思われます。
 象徴天皇は勿論「帝王」ではありませんが、国民は象徴天皇にこそ そうした帝王学を身に着けた人を望んでいるように思われます。
 愛子様が国民から圧倒的に支持されているのは、何かの折に報じられる日常的な所作の中にそれが窺われるからで、逆にそうした片鱗が窺われない人であれば決して支持しないし、もしも将来そういう人が象徴天皇の地位に就けば、国民は深い落胆・絶望を味わい、そうした人事を方向づけた政治家を批判するに違いありません。
 世に倦む日々氏は皇室典範改正の動きについて様々に考察し現政権に絶望した挙句、窮余の一策として秋篠宮に、「私も女性女系天皇に賛成です」と、自ら述べるように促しました。まことに勇気のあることで敬服します。
 しかしそれには紀子妃が断固反対するのは明らかなので、残念ながら実現はしないことでしょう。
 極悪の高市政権が実に最悪のタイミングで登場したのでした。
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右翼による皇室乗っ取り-秋篠宮は「私も女性女系天皇に賛成です」と言え
                      世に倦む日日 2026年6月24日
が山場を迎えている。高市政権側はあくまで既定路線を変更せず、旧宮家の男系男子を養子として迎える案で突っ切る方針で、6月中に政府案を閣議決定して国会提出、7月の会期末までに成立させる構えだ。その山場を前にマスコミ各社から最新の世論調査結果が発表された。今、関心を寄せる問題は幾つかあり、イラン戦争(停戦合意)や沖縄についても議論したい気分に向かうが、焦点はどうしてもこの問題に引き寄せられる。読売が 6/21 に発表した世論調査の数字は驚くべきもので、旧宮家養子案に対して賛成46%、反対36%となっていた。信じられない。6/10 に「立法府の総意」が決定された後、読売含めて新聞各社は足並みを揃えそれに反対する社説を上げた。テレビでも批判的な報道が連日放送された。特に 6/11 に徳仁天皇が記者会見で発言し、婉曲的な表現ながら旧宮家養子案に否定的な意思を示した後は、旧宮家養子案は四方から袋叩きの状況となっていた

旧宮家養子案について肯定的意見が出た場面はほとんどない。記憶がない。したがって、最新のマスコミ世論調査が出る場合は、旧宮家養子案賛成派は大幅に減るだろうと予想していた。この読売の数字は異常だ。毎日と共同が 6/21 に出した最新世論調査では、毎日が賛成28%で反対32%、共同が賛成44%で反対45%と、僅かながら反対が賛成を上回る結果となっている。が、これとても、ネットとマスコミで見る世論の実勢とは大幅にかけ離れていて、どうしてこれほど賛成派が多い統計になるのか訳が分からない。どう考えても世論の実態は賛否拮抗などしておらず、旧宮家養子案賛成派は絶対的少数の異端のはずだ。腑に落ちない。マスコミ関係者の内部でも首を捻っている者は多いだろう。この問題の対立の構図は、(1) 女系女性天皇を認めて愛子天皇を実現させようという立場と (2) 男系皇統護守の右翼的立場との二者間の対立である。そして客観的に (1) を支持する者の方が圧倒的に多い

この謎の真相は二つ考えられる。(a) マスコミ各社に何らかの政治的圧力がかかって数字が捏造操作されているか、(b) 私の認識と判断が間違いで、実際に日本社会の半数が猛毒の右翼で、麻生と藤田と榛葉と同じ思想の持主か、その二つである。(b) の可能性もないわけではない。けれども、(b) が真実であるのなら、文藝春秋誌上で御厨貴と林真理子が旧宮家養子案に反対の舌鋒を振るうという言論場面はないだろうし、全国の新聞社説が旧宮家養子案に反対の論陣を張るという事態はあるまい。文春オンラインのアンケート調査では「女性天皇賛成」が93%となっている。また、文春記事中の説明では、2024年4月の共同の世論調査で「女性天皇に賛成」が90%、「女系天皇に賛成」が84%だったというスコアが引証されている。真実として妥当である。文春が1か月前にアンケート調査した数字こそ、ネットやマスコミで確認される世論の反映そのものだ。そう考えると、いまマスコミが世論調査で出している、旧宮家養子案に賛成多数とか賛否拮抗の数字は何なのだろうか

キツネにつままれたような感覚になるが、仮にそれが政治的圧力による捏造操作であると考えたとき、あまりに強引で、無理筋の操作で、通常の政権と官邸による裏工作とは異なる臭気を感じざるを得ない。これほど強烈で執拗で現実から乖離した世論調査捏造は、高市や麻生の権力では押し通せないものだ。もっと上の権力筋、すなわち日本の実質的支配者である「やんごとなき方面」の意思と差配だろうかと直観する。ここまでできるのはCIAだけだ・・という想定にまで及ぶと、そこから先の推察は陰謀論の誹りを受ける深読みになるが、9条改定やスパイ防止法や徴兵制を急ぎ、台湾有事の工程を急ぎ、高市や藤田や榛葉を後押しする当該権力筋は、この問題で彼ら同志を躓かせることはできないのだろう。そしてまた、現在の日本国憲法の象徴天皇制のモデルを崩し、上皇上皇后ー徳仁天皇ー愛子皇太子という平和主義日本皇室のラインを崩し、右翼が構想する戦前型の皇室モデルに改変することが、「やんごとなき方面」の動機と利害なのだと察せられる

常識で考えて、今回の皇室典範改定は無理筋だ。まず第一に、皇室に関わる問題の政策の立案と決定においては、国論が割れる事態は避けないといけない。国論が二分する皇室制度改定を一つの方向で無理に乱暴に裁断してはならず、厳に慎重を期す進行と配慮が求められる。第二に、天皇本人の意向が尊重されるべきで、それを無視し邪険にした制度改定の強行はあり得ない。今回の旧宮家養子案を徳仁天皇は明らかに拒絶している。納得も容認もしていない。以上の二つの基準と前提に照らして、今回の政権と右翼与野党による皇室典範改定の策動は無理筋で、およそ国民の理解と合意を得られるものではない。「世論が賛否拮抗している」などあり得ない図だ。マスコミの世論調査はいつも不審なものが多く、常に半信半疑で眺めてきたが、今回の世論調査結果は異常すぎ、捏造があからさますぎて唖然とする。旧宮家養子案を支持するということは、誠実と良心の塊のような徳仁天皇の意向を正面から否定するという意味だ。そんな国民が世の中に半数もいるだろうか

この事態に直面して、徳仁天皇は傷ついているだろう。あまりに人権が蔑ろにされていると憤っているだろう。このままだと、新潮が書いていたように、愛子内親王のお婿候補(旧宮家適齢男子)を政府に勝手に決められ、結婚を強制させられるという羽目になりかねない。あるいは、旧宮家男子(右翼)を政府によって自分の養子に強制縁組させられ、その養子男子と誰か女性(右翼)との間に生まれた男子が自分の孫になり、皇位継承資格者になってしまう。あるいは、麻生太郎のである寛仁親王妃信子が旧宮家男子(右翼)を三笠宮寛仁親王妃家の養子に迎え、その男子と誰か女性(右翼)との間に生まれた男子が皇位継承資格者になる。今回の皇室典範改正とは、具体的にはこうした醜悪な中身が実行に移されることだ。①も②も③も、上皇上皇后が築き上げた象徴天皇制の理念をボロボロに破壊するものだが、①と②は徳仁天皇にとって断じて許せない処断であり、とりわけ①は絶対に許せない、あってはならない人権侵害の責め苦と同じだろう

典範が改定されると、①②③の可能性が現実になる。文藝春秋7月号で林真理子が、政府はこの典範改正で具体的に誰をどのように新たな皇位継承者にしようとしているのか明らかにすべきだと言っているが、①②③の恐ろしい将来が構想されている。マスコミは、この典範改正が何を現実にもたらすのか、皇室をどう変えるのか、国民と皇室の関係がどう変わるのか、具体的に説明し情報提供すべきだろう。徳仁天皇は、基本的には上皇上皇后の象徴天皇制のモデルを引き継ぎ、その意義を重視する考え方にある。が、コミットの程度は上皇上皇后ほど熱心ではなく、日本の天皇制は時代に合わせて変わるものだというリアリズムを受け入れている。平和憲法の理念を体現し率先垂範していた上皇上皇后とは温度差がある。保守反動政治の時代に妥協している。しかしその一方で、天皇も一人の人間であるという主張や人権意識については上皇上皇后よりも強く、人間としての尊厳が守られる皇室のあり方への追求には純粋で妥協がない。無責任な誹謗中傷への怒りが強い

天皇も一人の人間だ、人格を認めてくれと切実に訴える徳仁天皇にとって、政府が愛子内親王の婿(旧宮家男系男子)を勝手に決めて結婚させるなど、そして国家を挙げて男子出産を奉祈するなど、言語道断、怒髪天の事態に違いない。そんな侮辱記事を週刊誌が書いて右翼界隈が喜び、それが放置されている現状そのものが、人権と尊厳を傷つけられる精神的リンチの地獄だろう。今、徳仁天皇・雅子皇后・愛子内親王の人気が国民の中で高まっている。タイムラインを見ていると、おそらく右翼だと思うが、紀子妃と上皇后を口汚く誹謗し、雅子皇后を過大に美化し、その延長上に愛子天皇実現を待望する投稿が多い。天皇家の評価が左翼右翼の間で高まっている。愛子内親王が可憐な成人に育ち、象徴天皇のカリスマ性を備え始めたことが理由だ。そうなったのは、雅子皇后の健康が安定化したからであり、結局のところ徳仁天皇の家庭内献身の渾身の努力の賜物と言える。ある意味で偶然ながら、徳仁天皇はジェンダーの時代に合致し適合した圧倒的英雄になった

修身・斉家・治国・平天下。儒教の教義は普遍的真理として時空を超え妥当する。この4つの課題には順序と積み重ねの法則がある。前が後の土台となり前提条件となる。修身において抜群の好成績の徳仁天皇は、斉家の課題で何十年も壁に突き当たって立ち往生した。今、ようやく苦労が実って斉家の課題を克服しつつある。この運命の難題を超えれば、治国・平天下はあっと言う間という展望の地点に至った。66歳にして自信を取り戻しつつある。徳仁天皇も、上皇上皇后も、英国式の長子相続に制度変更すべしという立場だろう。男系皇統護守に拘泥するなら側室制度を復活させなければならない。側室制度を廃絶したということは、イコール男系皇統の断絶を選択したという意味なのだ。男女平等の社会原則とはそういう意味であり、天皇制もそこに準拠せざるを得ない。現に欧州の王室は準拠して長子優先とした。男女平等は人類が長い時間をかけて達成した成果であり、まさに人類の進歩の証拠である。人間は千年2千年かけて理想を地上に実現してゆく。後戻りはない

2千年の伝統を根拠に男系皇統に固執する右翼に言いたいが、そもそも側室制度廃止こそが大きな飛躍であり、さらには天皇の生前退位こそが(制度的前提を飛び越えた)革命だったではないか。旧来の制度や慣習を未練なく淡々と切り捨てながら、時代に合わない旧弊を衣替えして革命を遂げつつ、日本の天皇制はしぶとく生き残るのである。長子相続(女系OK)に切り替えるなど、日本の天皇制の本来のフレクシビリティを考えれば何の支障も不合理もない。ここでキーになるのは秋篠宮の存在だろう。秋篠宮は何を考えているのか。嘗て現上皇は、退位前、今後の皇位継承については徳仁と文仁の二人で相談して決めて欲しいと語っていた。兄と弟がよく話し合えと言っていた今、必要なのは、秋篠宮文仁の決断と行動だろう。秋篠宮が、私も女性女系天皇に賛成ですと言えばいい。それで万事が決まる。丸く収まる。秋篠宮が徳仁天皇と兄弟会談を持ち、雅子皇后・紀子妃を入れた2家族会議を開き、愛子内親王の皇位継承を2家族の総意として纏めて発表すればいい

逆に言えば、秋篠宮が今それをしないから、息子である悠仁親王の皇位継承に拘り、男系皇統主義の救世主として右翼に担がれたままでいるから、女性女系天皇が実現しないのである。秋篠宮は反動のシンボルになりつつある。本人も不本意だろう。秋篠宮が意を決し、心を入れ替え、父である上皇の言葉に従い、象徴天皇制の理念に沿った女性女系容認の制度変更に動くことを望む