世に倦む日々氏の掲題の記事を紹介します。
阿部慎之助 前巨人軍監督が5/25、自宅で二女と喧嘩していた長女(18歳)に「やめろ」と言ったところ口答えしたため「襟口を掴んで床に倒す暴行」をしたことで、長女が児童相談所に相談しました。
児相からの通報を受けて警察は午後8時前に阿部宅に駆けつけ、阿部氏と長女のそれぞれから事情を聴いたのち、阿部氏を逮捕しました。阿部氏は容疑を認め、日付が変わった5/26午前0時すぎに釈放されました。
阿部氏は巨人軍監督を辞任すると述べ、巨人軍は監督辞任を認めました。
5/26昼の辞任会見では「長女の手紙」が発表され、そこには父の逮捕は「自分が求めたものではなく、既に父とは警官が到着する前に仲直りをしていた」ことが記されていました。
ただその書き振りは実に手慣れたもので弁護士などによって書かれたと推測されるものでした。
一般人の感覚としては、姉妹の喧嘩を止めようとした父がその過程で暴力を振ったことで、急遽「年収1億円以上の収入のある職業から離れざるを得なくなった」経過に違和感を持ち、余りにも拙速にことが運び過ぎたのではという感覚を拭えないのですが、世に倦む日々氏は、安倍前監督には常習的なDV(家庭内暴力)があったのではないかと推測しています。
もしもそうであれば、この流れもやむを得ないという感じになりますが・・・。
また成り行きによっては、安易にChatGPT(AI)に相談を持ち掛けることの盲点がクローズアップされることになるかも知れません。
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阿部慎之助のDV事件 - 「長女の手紙」の不審点と責任を散らす保身工作の疑惑
世に倦む日日 2026年5月29日
5/25 夜、巨人軍監督だった阿部慎之助が暴行容疑で逮捕された。情報が伝わったのは午後9時すぎだっただろうか。Xのトレンド欄に載っているのを発見した。刻々を確認すると、午後7時頃、阿部慎之助が都内の自宅で18歳の長女に暴行し、長女が児童相談所に連絡。午後7時15分頃に児相が警察に通報し、午後8時前、駆けつけた警察官によって阿部慎之助が現行犯逮捕された。渋谷署に連行された阿部慎之助は取調べでも容疑を認め、日付が変わった 5/26 午前0時すぎに釈放された。テレビでも速報があり、午後10時半頃にテロップが流され、放送中の報ステでも一報が伝えられた。最初にニュースを見たとき、やっぱりDVもやっていたかと頷いたのと同時に、警察の動きが機敏で迅速な点が印象的だった。児相から通報を受けた警察の動きが速く、あっと言う間に現行犯逮捕し、マスコミに流して速報させている。そして、すぐに釈放している。この素早い釈放は不起訴にするという意味だが、非常に機械的な刑事的処理に感じられた。
そのため、5/26 朝のXに、阿部慎之助のDVが常習だったのではないかという疑念を書いた。児相と警察の間で情報共有される監視対象になっていて、すでにイエローカードの警告が出された、したがって次に何かあれば即逮捕執行が前提され予定されているところの、フラグが立った状態だったのではないか。そういう憶測を述べた。ところが、5/26 昼の辞任会見で「長女の手紙」なる文書が発表され、そこに説明された事実経緯があまりに想像と違い、現行犯逮捕の仕置きと釣り合う重さと深刻さがなかったため、狐につままれたような感覚になった。と同時に、この「長女の手紙」を見た瞬間、これは嘘であり、弁護士が書いたものに違いないと直観した。会見直後の 5/26 昼のワイドショーでも「手紙」が焦点となり、この内容が事実なら現行犯逮捕はあり得ないという方向に議論が進み、コメンテーターの〝元捜査一課長”が解説で首をひねる場面が生放送されていた。この「手紙」は嘘だとXに反論したかったが、怒涛の反発と襲撃の嵐を恐れ、怯懦に流れてやめた。
5/27 の朝になり、ようやく「長女の手紙」に疑問を向けるポストが発され、タイムラインで関心が集中し、議論全体の流れを変える局面となった。特に説得的な論点として指摘されたのは、暴行した加害者の親が、被害者である娘に「反省文」を書かせ、そこで経緯を説明させ、加害者の親を擁護する主張がされている点だ。DVの事件でよくある危険な事例であり、疑うべきだという批判的提起だった。それを加害者が公開するのも違和感を覚えるという声も続いた。同感だ。「手紙」の記述には弁護士特有の構文の特徴が垣間見え、阿部慎之助の免責を導くテクニカルな細工が随所に施されているという、急所を衝いた批判も上がった。秀逸だ。ここではそれらを具体的に紹介するのではなく、なぜこのような「長女の手紙」が出たのか、その理由と背景について考察を述べたい。解の補助線となるのは妻(母親)の存在である。おそらく、この「手紙」の文責を担わせるべく長女を説得したのは妻(母親)だ。弁護士に頼まれ、この線での問題解決に同意したのだろう。
私は、阿部慎之助のDVは長期的かつ構造的な事案であり、妻も被害者の一人だろうと想像する。これが最初だとは思わない。児相も警察も前から周知していて管理的に対処していたはずで、なので、即座に現行犯逮捕とマスコミ速報の処分に至ったのだろうと推理する。この夜に通報したのは長女だったが、妻も暴行を受けていた可能性がある。前夜まで阪神に3連敗していて、虫の居所が悪かったのではないか。今回、事件報道の中に妻(母親)の姿が全くない。昔はこんなことはなく、取材者が妻(母親)から事情を聴き、妻(母親)がマスコミの前で説明するのが当然だった。おそらく、あの「手紙」は、弁護士が阿部慎之助を免責・免罪するために作成したものだが、文面について妻(母親)が了解し、長女にも納得させたものだろう。長女にも責任を引き受けさせ、家族の総意として「確定」したものと思われる。妻(母親)は家族の絆を壊したくないのだ。3人の子どもを大学へ進学させる必要があり、経済的に今後も夫の資産と収入に頼らざるを得ないから。
あの「手紙」の文責を引き受けたことで、長女は世間からの(特に阿部慎之助擁護の方面からの)批判の矢面に立つ厳しい立場となった。「手紙」の文面は、弁護士の作文として実に巧緻で、悪い意味で excellent(⇒素晴らしい)な仕事だと呆れてしまう。この説明が事実として世間に通念されることにより、事件の責任追及の目は、①ChatGPTに向かい、②児相に向かい、③警察に向かい、④マスコミに向かい、⑤長女に向かい、という方向に導かれ、巧妙に混乱させられて責任分散化が図られる構図となる。刑事事件で逮捕という重い結果を招きながら、加害者の阿部慎之助の責任が軽くなるよう仕込まれている。テレビは、ChatGPTがどうだの、児相がどうだの論い、ネットは、警察の動きが早すぎただの、マスコミの報道が早すぎただの非難を言っている。本質に触れる議論がない。阿部慎之助の家族関係の真実に視線を向けない。そうした乱反射的な世論状況を作る上で、この「長女の手紙」は決定的な材料となった。そして、これを不審視する意見が湧き起こり、真否が問われる事態となっている。
〝元捜査一課長”たちがワイドショーで何度も解説しているとおり、現行犯逮捕には刑事訴訟法上の要件があり、今回のケースでは準現行犯人(212条2項)の逮捕が適用されている。児相から緊急通報を受けた案件でもあり、その準用と行使となった。5/27 のゴゴスマで清原博が熱弁したように、警察官は現場の自宅で、被害者(長女)と加害者(父親)を引き離し、別々に証言を聴き、児相から受けた通報が事実かどうかを確認している。その上で通報内容が事実であると判断し、暴行での現行犯逮捕の執行に及んでいる。「手紙」では、胸ぐらをつかんで投げたという記述があり、また、警察取材に基づいた報道では、首を絞められたという児相の通報だったと説明されている。渋谷署に連行された阿部慎之助は、刑事の取調べでも暴行容疑を否認しておらず、逮捕執行に異を唱えていない。不服だと抗わず、事実認定で争ってない。私は、長女が ChatGPT に相談したという証言を信用していない。それは作り話だろうと推測する。
暴行は午後7時頃に行われている。午後7時15分頃には児相から警察に通報が入っている。長女から電話連絡を受けた児相は、緊急ではあっても冷静かつ慎重に被害内容を聴き取り、現場の状況を具体的に把握して記録する必要があっただろう。普通なら、「お母さんいますか、現場を見てましたか、ちょっと代わって」と言い、母親からも事情を聴取するのではないか。なぜなら、それは警察への通報で伝えるべき必要な事項だから。もしこれが阿部家において初回のDVなら、地域を管轄する児相にとっても初回の受付けであり、緊急であってもある程度の聴取の時間がかかるのは当然だ。そうした情報と通信のやりとりがあり、午後7時15分頃には110番通報となっている。その緊迫した状況を思い描いたとき、時間的に、長女がデバイスで ChatGPT を開き、相談(カウンセリング)して解法を得てという進行が入る余地が十分にあるだろうか。長女が ChatGPT に納得したとしても、母親に相談するということはあっただろう。不自然だ。
5/26 の阿部慎之助の辞任発表を聞いて、率直に感じたのは、この男は全く反省していないという点だ。言葉にも態度にも反省がない。まず、今回の件について、自分の責任で起こした深刻な暴行事件だという認識がない。警察に逮捕されて容疑者の身になったという自覚が窺えない。清原博も指摘して問題視していたけれど、「私の家族のトラブルで(略)ご心配とご迷惑をかけました」と冒頭で語っている。この表現は、暴行罪の刑事事件だと真摯に認めてない本心の発露であり、家族内の私的トラブルに矮小化している真意の表明に他ならない。別に逮捕などされるような問題ではないのだと開き直っているのであり、逮捕した警察や速報したマスコミが間違っているのだと言いたい本音がメッセージされている。このいわば総括を「長女の手紙」で証明しているのであり、児相と警察による社会的制裁を不当だと反論し、自己の正当性をテレビで訴え、同情と擁護の世論が起こるよう工作しているのだ。弁護士の画策だろう。阿部慎之助にとっては暴行ではなく躾なのだ。
本人は反省していない。被害者を傷つけたという加害者の意識がない。会見では、会社や球団やファンに対する謝罪の言葉はあったが、暴行した長女や家族への謝罪はなかった。長女に謝罪をしたという報告もなく、また「手紙」でも父親から謝罪を受けたという説明がない。「手紙」では、逮捕事案となるようなDVではなく単なる親子ゲンカだという事実認識だから、謝罪の必要もないという(弁護士作の story の)設定になるのだろう。実際に謝罪はしていないに違いない。現在、親子5人は渋谷の豪邸でどういう状態なのだろうか。私は、とても仲直りなどしているなどと思えないので、反省してない阿部慎之助が4人と同居して家族生活を続ければ、またDVが再燃するのではないかと不安を覚える。もし、今回の会見と「手紙」の線で、事件の始末が世間でまかり通ってしまえば、阿部慎之助としてはしめしめ上手く収めたという気分になり、次に何か起きても、同じように弁護士にトラブルシューティングさせ、家族内のトラブルという見せ方で済ませられると思うだろう。
注意喚起すべき一つの視点として、警察の対応が前後で矛盾している問題がある。5/25 夜の時点までは、すなわち阿部慎之助の逮捕とマスコミリークまでは非常に機敏で、DV対処の要諦と原則を守った正義の行動が展開された。市民として納得し評価できる警察の動きだった。だが、5/26 の阿部慎之助の会見の後からは、そこが急に怪しくなり、恰も阿部慎之助の会見内容をエンドースするような情報をマスコミに流している。「捜査関係者」が取材に対して語る中身が、あの「長女の手紙」を裏打ちするものになっている。例えば、長女が ChatGPT に相談して云々という件を事実だと認めている。不審だ。私は、今回、警視庁と警察庁で対応が分かれたのではないかと深読みしていて、純粋に規定どおりに現場でDV事件の対処を行ったのが警視庁で、それに対して後から政治的に介入し、事件像を歪める捏造に加担したのが警察庁ではないかと疑っている。警視庁と警察庁が、現場と上部が一致していれば、今頃、警察は真相情報をきちんと報道に出していただろう。普通のDV事件となっていただろう。
だが、警察の対応が前後で変わったため、あの「長女の手紙」が真か偽か分からなくなっている。渋谷署の 5/25 の行動に準拠して考えれば、「長女の手紙」は偽である。逆に「長女の手紙」を真とすれば、渋谷署の 5/25 の捜査は誤りとなる。過剰で逸脱となり、右翼が言うように不当逮捕となる。本来、警察は「長女の手紙」に誤りがあると言い、児相の通報内容とは食い違っていると糺し、現場で確認し署内で聴取した事実内容とは齟齬があると言わなくてはいけないのだが、警察はそれを言わない。「手紙」を素通りさせ、「手紙」の説明を既成事実化させてしまっている。担当した警察官と刑事は悔しい思いをしているだろう。私は、警察の対応が一転した裏には、高市官邸の関与があったのではないかと疑っている。逮捕され速報された時点で、高市早苗か木原実が警察庁長官に電話を入れ、すぐに釈放しろ、後のことは読売と阿部慎之助の弁護士に任せろと、そう指示を発したのではないか。かく権力の介入を仮定すれば全体の謎が解け、「手紙」の怪しさに対してマスコミの腰が引けている内実が理解できる。
この事件は尾を引くだろう。場合によっては、松本人志と似た大問題に発展するだろう。だからこそ、あの「手紙」で延焼を食い止める初期消火に出たと言える。阿部慎之助の政界(安倍右翼)との濃密な関わりとか、巨人軍での凄絶なパワハラ三昧については、別途機会があれば論じたい。
「湯の町湯沢平和の輪」は、2004年6月10日に井上 ひさし氏、梅原 猛氏、大江 健三郎氏ら9人からの「『九条の会』アピール」を受けて組織された、新潟県南魚沼郡湯沢町版の「九条の会」です。