2025年4月17日木曜日

トランプ関税政策の朝令暮改 -〝米国売り”と〝グローバリゼーションの終焉”

 17日、習近平は東南アジアの外遊先で「米国ロッキード社の旅客機購入は今後やめる」と宣言しました。ただでさえ採算が思わしくないロッキード社(と米国)は大いに困窮することになります。同じく17日、赤沢経済再生相と会談したトランプはSNSに、「先ほど会談し、大変光栄だった。大きな進展があった!」と投稿しました。日本がどれだけ譲歩したのか大いに気になるところです。

「世に倦む日々」氏が掲題の記事を出しました。
「トランプ関税」の宣言を受けて世界が雪崩を打って〝米国売り″(=米国債売り、ドル離れ)に走ったのはトランプにとっては想定外だったようで、急遽「トランプ関税」を90日間延期しました。
「世に倦む日々」氏は、「日本のマスコミは、90日間に24%関税引き下げる交渉が必要で、トランプを納得させるために防衛費増額や農産物輸入拡大や自動車の安全規制・環境規制の緩和を約束することを説いているが、トランプの土俵に乗って取引に応じるのは愚の骨頂で、あの出鱈目な税率をそのまま各国に呑ませる意図はなく、数字はただの威嚇の吹っかけに過ぎない。ヤクザの恐喝手法で真に受けてはいけないとしています。
 同氏は、90日が過ぎてもトランプは「相互関税」を復活させられないと見ており、「米国の貿易赤字は構造的な体質の問題であって、関税率の操作ではなく米国自身の努力で解決しなくてはいけない問題だ」としています。
 そして遠藤誉氏が英紙エコノミストへの記事で、「中国は圧倒的に製造業においてアメリカを凌駕しており、今さら製造業で中国を凌駕しようなどということはできない」と断言したことを紹介し、実際、AIやロボットや宇宙の先端技術を見ても中国の躍進と到達は目を見張る内容があると述べています。
 要するに米中の経済戦争で中国は負けることはないし、不必要な譲歩もしないだろうということです。逆に米国の製造業が何時になったら「復活?」できるのかは大いに疑問です。
 そんな中国を仮想敵国として、日本が米国の「防衛費増額」の要求に応じるというのは余りにも馬鹿げたことで絶対に避けるべきです。
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トランプ関税政策の朝令暮改 - "米国売り”と"グローバリゼーションの終焉”
                       世に倦む日日 2025年4月14日
4/9、「相互関税」を発動してわずか13時間後、トランプが方針転換を発表し、10%を超える各国への上乗せ分が90日間停止される進行となった。原因は、通商政策の混乱を嫌って米国債が市場で投げ売りされたからで、長期金利の急騰を恐れた財務長官のベッセントがトランプを説得、トランプが折れて即座に方針転換する幕となった。通常、株価が下落した場合、マネーは安定資産である国債に流れて国債価格が上昇する動きになるところ、今回は逆となり、米国債も同時に売られ、10年もの米国債の金利が4.5%を超える事態となった。トランプにとっては想定外のアクシデントの発生である。長期金利が上昇すると、住宅ローンや自動車ローンや教育ローンの負担が上がり、国民の消費にブレーキがかかって景気悪化となる。また、金利上昇は債券を大量保有する国内の銀行にとって債券の価値下落を招き、含み損を発生させる

さらに、連邦政府が抱える膨大な債務の利払いが膨れ、財政を圧迫させ、トランプが企図している大幅減税を難しくさせる。インフレを惹き起こす要因となる。等々、ヘッジファンドで長年マネーゲームに携わってきた金融のプロのベッセントが説明し、トランプが諫言を受け入れて、中国を除いた国への相互関税は一時中断となった。日本のマスコミは、日本への24%関税は撤回されたわけではないと言い、90日間にこの税率を引き下げる交渉が必要で、トランプを納得させるためのカードの用意が急務だと報道している。そして、ベッセントは話の分かる男だから、防衛費増額や農産物輸入拡大や自動車の安全規制・環境規制の緩和を約束すれば、交渉は妥結に持ち込めるだろうなどと、相変わらずアメリカ利益目線で「解決策」を垂れている。最初から屈服ありき譲歩ありきの教宣であり、アメリカの理不尽な強請に対して献上品の準備を国民に説いている

私の認識は違っていて、おそらく90日が過ぎても、トランプは「相互関税」を復活させられないだろう。理由は、やはり金融市場(ヘッジファンドや外国マネー)がそれを抑止する反応に動くからで、今回と同様、警戒感と不安感から米国債を手離す展開になるに違いない。90日の期限後に「相互関税」を元に戻すのかという記者の質問に対して、トランプは状況次第だと答えている。もともと、あの出鱈目な税率をそのまま各国に呑ませる意図はなく、数字はただの威嚇の吹っかけに過ぎない。相手を慌てさせる道具で、ヤクザの恐喝手法だ。真に受けてはいけないのであって、トランプの土俵に乗って取引に応じるのは愚の骨頂だ。トランプは「必ず元に戻す」と明言しなかった。その意思がないし、実際に不可能だからである。トランプは米国債下落を予測できなかったのだが、株下落と国債下落の同時進行のリスクは、「相互関税」の一時停止で消えたわけではない

トランプが見据えてるのは中国で、中国とのディールの前に日本を前座に設定している。与しやすく翻弄しやすい、威圧と脅迫に弱い、最初から何でも言うことを聞く、アメリカを悦ばせることが生きがいの、日本を最初の標的に選び、日本が怯えて差し出した成果物(軍事費、農産物、自動車規制緩和)を鷲づかみにし、それを国内外に誇示することが狙いだ。中国との交渉本番の前に、日本を相手にしたディールで圧倒的勝利を達成し、凱歌を上げて弾みをつけるのが目的であり、そのために、戦略的に日本を最初の相手に指名してきた。日本が最も障害と手間が少なく、従順で卑屈で、アメリカの言いなりに要求に従うから。自国にとって不都合で不利益な交渉結果なのに、真実を捻じ曲げて発表し、逆に美化し、アメリカの一方的利益と日本の国益毀損を愛で上げる言辞で総括し、恰も日本の幸福の如く報賀するから。マゾヒズムとしか形容しようのない態度を生理的に一貫させるから

例えば、中東オイルマネーのファンドとか、新興工業国のファンドとかは、貿易黒字のドルを米国株と米国債で運用し、株の動向に不安が生じた場合に債券に移して市場待機するのだろう。が、今回はトランプ政権の経済政策そのものが深刻なリスクと判断され、ドル資産の安定性が懸念され、米国売りの行動と相場となったのだと思われる。マスコミ論者が異口同音に言っているように、トランプの関税政策には本来的なバグがあり、矛盾があり、強行するほどインフレと不況を招き、スタグフレーションを招いてしまう。実体経済に悪影響となる。アメリカの貿易赤字は構造的な体質の問題であって、関税率の操作で改善できるものではないし、まして相手国への威嚇や強請で解消できる問題ではない。アメリカ自身の努力で解決しなくてはいけない問題だ。今、海外ファンドはアメリカの資本市場への信頼を失いつつあり、これまで無憂で左団扇だった投資ビジネスのモデルを再考し始めているのではないか

端的に言えば、トランプの存在そのものがウォールストリートにとってリスクとなっていて、トランプを排除しなければ金融危機の到来に繋がるという情勢にまで至りつつある。バンスやキャスのMAGA原理主義(保護政策)は、根本的にウォールストリートの論理や生理とは対立し衝突する方向性で、それは政権内でのバンスとE.マスクとの角逐と暗闘の図に象徴されている。本来なら、その調整と融合をトランプが指導して両者の路線の止揚を図り、アメリカ経済をあるべき姿に手術し改造するべきなのだ。が、トランプと仲間たちは中国と東アジアに責任を転嫁し、中国を悪の元凶として措定し、中国に攻撃を一点集中させることで自らの内なる矛盾と対立から眼を逸らしている。こうした愚かな政治行動と混乱は、グローバルサウス諸国のアメリカへの信認を揺るがせ、汎ドル体制秩序(ドル本位制)の恒常性を疑わせ、意図とは裏腹に、中国の国際的地位を相対的に浮上させる動因になるだろう

今月初に突如始まって世界を激震させたトランプ関税の政治は、アメリカと中国との頂上決戦に収斂した観があるが、反中憎悪に染まりきった日本のマスコミの議論でも、勝負は中国の勝ちに終わるという見方が散見される4/6 に遠藤誉が上げた記事『トランプ関税は「中国を再び偉大に(Make China Great Again)」 英紙エコノミスト』は、その中でも特に説得力のある一つだろう。この中で遠藤誉は、「中国は圧倒的に製造業においてアメリカを凌駕しており、今さら製造業で中国を凌駕しようなどということはできない」と断言している。客観的にこの指摘は事実だと同意する。アメリカが、関税政策による物理的なデカップリング措置で、中国製品の輸入を阻止し、中国製造業に打撃を与え、アメリカ製造業を復活させようとしても、それは目論見どおりの効果を得ないだろう。AIやロボットや宇宙の先端技術を見ても、中国の躍進と到達は目を見張る内容があり、なおエネルギッシュに躍動している

優秀なエンジニアが活発に研究開発を続けている。遠藤誉が、AI開発における中国とアメリカの違いを本質化していて、興味深く頷ける点だが、アメリカの場合は株での儲けが動機になっていて、中国のように技術そのものが目的となっていない。中国のエンジニアは、日本の戦後高度成長期のように、本田宗一郎や井深大のように、技術の目標実現と課題挑戦に目を輝かせて仕事に就いている。現在の中国の製造業の現場と理工系アカデミーの空間には、嘗てピーター・ドラッカーやエズラ・ボーゲルが日本を観察して賞賛したような、前向きで健全な環境と熱気があるのだろう。アメリカの場合は、株価ありき、資本市場ありきであり、何より経営の論理優先でプロジェクトとリソースが管理される。株のハプンとサクセスが評価となる。そういう企業では本物の技術開発はできないのであり、欲得と商益に支配され、エンジニアの本来のエートス⇒性格と才能発揮は阻害されるのだ。遠藤誉は、チップ(半導体)では中国は未だ世界トップではないと書いているけれど、それももう時間の問題だと予想する

恣意的で高圧的なトランプ関税に対して、世界各国から反発が上がっている。その批判の中に「グローバリゼーションの終焉」のフレーズが入っている点が注目される。シンガポールの.ウォンは、「米国による『相互関税』の導入は、ルールに基づくグローバリゼーションと自由貿易の時代の終わりを告げるものであり、世界はより大きな恣意性、より大きな保護主義、より大きな危険という新たな段階に入りつつある」と分析している。ベネズエラのマドゥロも、「180か国に対する経済関税貿易戦争は、西洋のグローバリゼーションの終焉としか言いようのない事態を引き起こした」と糾弾した。.サックスも「アメリカ主導のグローバリゼーションの終焉」と表現していて、グローバリゼーションの終焉が今回のキーワードとなり、この問題を語る文脈の軸心に位置づけられる言論状況となっている。その認識に異を唱える者はいないだろう。グローバリゼーションを主導し利益を得てきたアメリカが、自らそれを止める挙に出た

グローバル化という言葉が人口に膾炙され一般に定着するようになったのは、ソ連崩壊の後からである。私の個人的感覚でもそうだったが、wiki を確認すると原田泰もそう言っていたと記述があり、この理解で間違いないだろう。言葉の意味を繙くと、「地球規模で複数の資本、情報、人の交流や移動が行われる現象」とプレーン⇒平明に説明されるが、この言葉はポジティブ一色の表象ではない。むしろ長い間、ネガティブな響きと背景を持った言葉として批判的に受け止められてきた。そう整理した方が正確だろう。自由貿易とも同じ範疇ではない。自由貿易化の動きは戦後世界の長い歴史があるけれど、グローバリゼーションは30年余である。この言葉は、新自由主義化と意味が重なっている。なので、否定的な語感にならざるを得ないのだ。新自由主義に反対してきた者は、基本的にグローバリゼーションの唱導と推進に対しても消極的で懐疑的だった。私もその一人

資本の自由な運動が唯一標準の価値規範となり、それに人間社会が適応し準拠することが普遍的なルールとなり、世界の壁を壊して規制を排除することが正当だと認められてきた。30年以上、その思想と政策で世界が動いてきた。それがグローバル化であり、そして新自由主義化である。若い世代は、グローバリゼーションと新自由主義の前の時代を知らず、そして絶えずこの思想と体制を正しいと教育されてきたから、グローバリゼーションと新自由主義が世界を支配する以前の時代を暗黒で最悪だと固く信じ込まされている。それゆえ、そこに「昭和」などという悪性のレッテルを貼って貶める態度が身についている。若い世代にとって、トランプ政策の「反動」によるグローバリゼーションの終焉なり危機のアラームは、自らの拠って立つ基盤の崩壊として恐怖に感じるのかもしれない。また、この終焉は、アメリカ資本市場の破綻と意味が通底するため、NISAで資本市場に貢いでいる若者は、ヨリ深刻なカタストロフ⇒破局の予感を覚えるのだろう

ただ、グローバリゼーションと新自由主義化は同じ意味ではなく、グローバリゼーションには負の側面だけでなく正の性格と意義も存在する。例えば、インターネットが普及し、誰でも自由に個人の言論を発表し、世界の情報発信を見ることができ、世界で何が起きているか知ることができるようになったことは、グローバリゼーションの恩恵の享受だろう。インターネットの技術と力で世界が一つになり、物流や金融が格段に素早く便利になり、経済発展に貢献したことも、一般論としてグローバリゼーションのプラスの側面と言える。マルクスの言う 類的普遍性 の理想的果実に接近するフェーズ⇒局面とプロセスだと言えるかもしれない。インターネットという物質的土台を媒介したグローバリゼーションの進展は、それぞれの個人を、地にへばりついた限界的個人ではなく、自由に無限に知識を得て世界に羽ばたくコスモポリタン⇒国際人にする可能性を提供した。問題は、それをアメリカの資本主義が金儲けのために主導し支配したことだ

人類の新しい課題は、30年間のグローバリゼーションの所与と前提を、アメリカの強欲資本主義の支配と統制から解放し、平等で公共的な理念的システムに組み替えて築き直すことだ