菅義偉首相が「学術会議推薦候補6人」を任命拒否したのは、当時の日本学術会議会長 山極 壽一氏が退任する2日前のことでした。しんぶん赤旗が山極 壽一氏に、任命拒否問題の経過と学術会議解体法案の問題性について聞きました。
安倍政権下では官邸が省庁の人事権を握り、役人たちはいつ飛ばされるかと怯える状態でした。学術会議議員の任命拒否は、そうした専制政治に至るプロセスを歩んでいることを思わせるものです。
今度の解体法案は、「活動面での政府からの独立」「会員選考における自主性・独立性」を根本から脅かすもので、新設する「監事(首相任命)」によって学術会議が管理されることを非常に明確にしています。
新たな「秘密保持義務」付け(現行法では、特別職の学術会議会員秘密保持義務の対象外)によって学術会議が秘密保持義務の対象に変えられれば、議論は非常に制限され 秘密保持の対象となるような国家にとって重要な内容が議論できなくなります。
山極氏は、「学術会議は会議体であり大学のような実行組織ではなく、その時々に起こったさまざまな事象について、科学的な見地からそれを分析・評価し、解決策を講じて、それを政府やさまざまなステークホルダー(利害関係者)に提案する。学術会議はそうした即応的な会議体であるべきであり、中期目標を立てて、それをその通りに実行するというような性質のものではない」と述べ、政府の根本的な間違いも指摘しています。
併せて、連載記事「学術会議 解体法案の狙い」(5)を紹介します。
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ストップ 学術会議 解体法案 忖度政治の悪しき側面 独立・自律性損なう恐れ
しんぶん赤旗 2025年4月20日
任命拒否当時の会長 山極 壽一さん
2020年に日本学術会議の6人の推薦候補が菅義偉首相(当時)によって任命拒否された問題はいまだ解決していません。当時、学術会議会長を務めていた山極壽一氏(総合地球環境学研究所所長)に、任命拒否問題の経過と学術会議解体法案の問題性について聞きました。(中野侃)
日本学術会議は、コ・オプテーション(現会員による新会員の選出)方式で会員を推薦してきました。それを任命権者である首相が「形式的」に任命する形でこれまでやってきたわけです。しかし、20年9月、私が会長を辞める2日前に、6人の会員の任命を拒否するという話がやってきました。
あまりにも突然だったものですから、私は「とにかく理由を聞かせてください」と申し出ましたが、政府は全く応じませんでした。その後、任命拒否の理由は今に至るまで全く説明がありません。
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これがまかり通ると、あらゆる権力者・任命権者は理由を言わずに任命を拒否できることになってしまう。例えば、国立大学の総長や学長は文部科学相が任命しています。文科相が任命拒否をしたら、国立大学の学長、総長は職に就けなくなってしまう。しかも、その理由を言わなくていいとなったら一体どうなるでしょうか。
さかのぼれば安倍晋三政権の時から、官邸が省庁の人事権を握り、役人たちはいつ首を切られるかということにおびえるような状態になってしまった。任命拒否はそうした政府の意向に追従する「忖度政治」の悪しき側面です。専制政治に至るプロセスを歩んでいるとしか思えません。
日本学術会議は、これまでも外部の有識者を入れて、組織の在り方を議論する有識者会議をつくってきました。そこで熟議を重ねた上で、15年には現在の組織体制やコ・オプテーション方式である会員選考の仕方等々について「見直す必要はない」という結論を出しています。
今度の強引な法案は、この結論をどう解釈し、日本学術会議を国の機関からはがして法人化し、新たな体制にする必要性が生じたか、その理由を全く語っていません。法的根拠はまるでありません。15年の結論が間違いだったというのであれば、その根拠を示した上で、新法案・法人化案を出さなければならないはずです。それができないということは、そもそも法案を審議する条件が整っておらず、やはり大きな間違いだということです。
日本学術会議はナショナル・アカデミー(国を代表する科学者組織)であるための要件として、①学術的に国を代表する機関としての地位、②公的資格の付与、③国家財政による安定した財政基盤、④活動面での政府からの独立、⑤会員選考における自主性・独立性-の五つを示してきました。
とりわけ、今度の法案では「活動面での政府からの独立」「会員選考における自主性・独立性」が脅かされようとしています。
法案は、首相任命の「監事」を新設するとしています。世界の民主主義国におけるアカデミアでも、会計監査は行われていることが多くありますが、それ以外は監査していません。しかし、今度の法案では、監事が業務監査を行い、必要があれば首相に意見を提出します。監事は日本学術会議会員らが不正行為または不正行為をする恐れがあると認めた時には、首相に報告するということになっています。監事による管理を非常に明確にしています。
不正行為の中には「秘密保持義務違反」(同法案34条)があります。現行法では、日本学術会議の会員は特別職であり、国家公務員法の適用を受けず、秘密保持義務の対象ではありません。秘密保持義務の対象に変えられれば議論は非常に制限されてしまいます。秘密保持の対象となるような、国家にとって重要な内容が議論できなくなるということです。
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もう一つ重要なのは、日本学術会議を評価する「評価委員会」を内題府に設置し、学術会議に6年の中期的な計画および年度計画を作らせ、自己点検・自己評価を行わせることです。これを評価委員会に報告させるとしています。
しかし、日本学術会議は会議体であり、大学のような実行組織ではありません。その時々に起こったさまざまな事象について、科学的な見地からそれを分析・評価し、解決策を講じて、それを政府やさまざまなステークホルダー(利害関係者)に提案します。
「科学者の国会」である日本学術会議はそうした即応的な会議体であるべきであり、中期目標を立てて、それをその通りに実行するというような性質のものではないわけです。
さらに法案は、「選定助言委員会」を設置し、その意見を聞いて会員を選定するとしています。活動方針や予算策定については「運営助言委員会」を設置し、助言を求めます。どちらも「会員外の委員からなる」とされており、会員の選定に関しても、運営に関しても、学問の自由(憲法23条)に由来する独立性・自律性が損なわれるおそれがあります。
役員会のメンバーや連携会員の位置づけも明確には書かれておらず、管理体制ばかりが強化されている。これではもはや自立した組織として成り立ちません。まさに、日本学術会議を解体する法案です。
政府はこれまで、公立大学の効率化(民営化・法人化)を求め、社会や産業界に貢献できるような学部や研究科を選択し、そこに予算を集中投下する一方、「貢献度」の低い研究科は縮小を図ってきました。15年には下村博文文科相(当時)のもと、人文社会科学系や教員養成系の学部廃止を求める通知まで出されました。
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そうした理不尽な状況のもと、教育・研究に対する魅力が、特に若い世代からどんどんうせはじめています。博士課程に進む学生の数は、経済協力開発機構(OECD)諸国で日本だけが減っています。こうした過去を反省せず、同じように学術会議を法人化しようとしている。このままでは日本の研究力はもっと落ち目になってしまいます。
科学研究費補助金(科研費)
を増やしていった1990年代には、日本の研究力は伸びていました。運営交付金を増やして、それを自由に使えるような裁量を大学に取り戻し、多様な研究を展開しなければイノベーション(技術革新)は生まれません。「すぐに役に立つ研究」ばかりにお金を出していても、研究の分野は広がりません。創造性をはぐくむためには裾野を広げる必要があります。この観点に立ち返ることこそ、真に日本の科学技術、学問が発展していく道だと思います。
学術会議 解体法案の狙い(5) 権力者がまず狙うのは
しんぶん赤旗 2025年4月20日
「国がおかしくなる時、権力者はまず学問に手をつける。主にはアカデミーの会員をどう選ぶかに手をつける」。科学史が専門の隠岐さや香・東京大学教授は、14日の学術会議総会直前、学術会議法人化法案に反対する学者や市民とともに都内の学術会議庁舎前でこう訴えました。
世界の標準
会員選考の自主性は、独立性確保のための中心的要素です。現行の日本学術会議法は、現会員が次の会員を選ぶ「コ・オプテーション」と呼ばれる方式を採用。これを巡り政府側は、学術会議が「仲間内だけで選ばれる組織」であるかのように強調しています。
しかし現行方式は、世界の主要な科学アカデミーが採用している標準的方法です。会員の選考基準である「優れた研究又は業績」(現行法17条)の評価は、専門分野の研究者でなければ不可能だからです。学術会議歴代会長6人が法案撤回を求めた声明(2月)は、会員選考の自主性・独立性などは「科学者の間で長年にわたって培われてきた科学者組織の在り方に合致し、国際的に推奨されるもの」だと指摘しています。
これに対し政府の法案は、会員以外の者でつくる「選定助言委員会」が、選定方針のみならず候補者選定に意見を述べると規定。内閣府は、選定委員は総会が選任できるので現行方式の理念に反しないと主張しています。しかし学術会議法学委員会は、外部者でつくる委員会の関与は「コ・オプテーション方式の原則にそぐわない」と指摘。規定の削除を求めています。
隠岐教授は「なぜ『選定助言委員会』を新たに加え意見させるのか」と危惧します。14日の学術会議庁舎前の訴えでは、政権の介入を受けた海外アカデミーや学術会議の前身である学術研究会議(1920年設置)の事例を紹介しました。
「権力者はまず第三者機関をつくり、最初は人選をアカデミーに任せるが、そのうち大統領や国家元首が選ぶようになる」「学術研究会議は政府から改革するよう圧力を受け、執行部は抵抗したが、言論弾圧や戦況が悪化する中、政府が会員を任命する方式になり、軍事研究をコーディネート(⇒調整)する組織になっていった」
さらに法案は、新法人発足時(26年)と3年後(29年)の会員選考は特別な方法で行うとしています。
発足時の会員候補は「候補者選考委員会」の選考に基づいて会長が選定し、最終的には首相が指名。この委員会のメンバーは会長が任命しますが、新法人で候補者選定を担う通常の「候候補者選定委員会」と異なり「会員の中から選ぶ」との限定がなく、外部者が委員に任命されればコ・オプテーションの原則は大きく崩れます。
(PDF)図解 新法人発足時の特別な会員選考 ↓
https://drive.google.com/file/d/14zoxJ9y-VgaZ_YqiNIoObBRsK2dJQ5kP/view?usp=sharing
組織変質も
しかも会長は委員の任命にあたり「首相が指定する者」と協議しなければなりません。隠岐氏は「特定の人の排除を想定した仕組みだ」と指摘します。
発足3年後も、会員のみでつくる通常の委員会ではなく、発足時の特別な「候補者選考委員会」のメンバーが引き続き候補者選考を行う仕組み。現会員の半数は、法人に移行後も3年の任期があり、こうした「継承会員」を選考に関わらせたくないという意図が明確に表れています。
そのうえ法案は、会員の再任を認める規定を新設しながら、「継承会員」については再任できないとしています。現在の学術会議との連続性は遮断され、組織が変質する大きな可能性をはらんでいます。 (つづく)
「湯の町湯沢平和の輪」は、2004年6月10日に井上 ひさし氏、梅原 猛氏、大江 健三郎氏ら9人からの「『九条の会』アピール」を受けて組織された、新潟県南魚沼郡湯沢町版の「九条の会」です。