2025年12月30日火曜日

30- 「自己責任」論と極右・排外主義の台頭 ① ~ ④ 石川康宏さんに聞く

 しんぶん赤旗に掲題の記事(連載26日~29日)が載りました。神戸女学院大学名誉教授 石川康宏さんのインタビュー記事で、興味深い内容です。
 7月の参院選では、当時の自公政権が過半数割れに陥った一方、極右・排外主義勢力が伸長しました。これは直前の6月頃に参政党が「日本人ファースト」を掲げ、並行してSNSで大量の「外国人優遇」のデマ宣伝を行ったのに、国民党や維新等が迎合したことから生み出されました。
 ところで戦前社会で支配的な地位にいた政治家、財界人、メディア関係者のかなりの部分が「米国従属」を条件に戦後も支配的な地位に留まったため、日本では極めて珍しい形態の「親米右翼」が形成されました。排外主義をあおる中心勢力は「外に侵略、内に弾圧の戦前社会を礼賛する復古主義者」であり、彼らによって戦後社会の禁じ手だった「極右・排外主義」の活用が生れました。
 その背景にはSNSに流される情報の真偽を自分で確認する習慣がまだ国民の身についていないことと、もう一つは貧困による生活上のストレスの蓄積、そして新自由主義社会で「自己責任」論を強制され、他者を理解する心のゆとりが奪われているという問題がありました。

 石川康宏さんは排外主義を語る極右勢力に一時的な期待をかけた特に若い人たちを そこから引き剥がすことはそう難しいことではないとして、「貧困は外国人のせいではない」のであり、「消費税減税、賃上げ、非正規を正規に、社会保障の充実」など切実な生活支援策に実際に取り組む政治を作ってくことへの合意を得ることが取り組みのキモであると述べます。
 現実に参院選直後の8月に7・1%の支持率だった国民民主党は12月には2・9%に、参政党も6・8%から同じく3・1%まで下がっていて、両党への支持は固いものではありません。
 そして極右とのたたかいに成功している欧米の取り組みを見ると、市民と政治について話し合う場合はまず相手の話をよく聞き、「どうして極右政党を支持するのですか」「何を期待しているのですか」を聞き取ることではじめてかみあった「対話」ができるようになるのであって、「対話」というと「説得」と誤解する人もいますが、肝心なのは「聞く」ことであり、その点では「黙る力」が大切であると指摘します。
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「自己責任」論と極右・排外主義の台頭 
       神戸女学院大学名誉教授 石川康宏さんに聞く
                       しんぶん赤旗 2025年12月26日
 7月の参院選では、当時の自公政権が過半数割れに陥った一方、極右・排外主義勢力が伸長しました。この背景に何かあるのか、市民の中に排外主義の主張が強まっているのか。国民生活の実態や「自己責任」論の影響を検討してきた神戸女学院大学名誉教授の石川康宏さんに聞きました。                      (行沢寛史

新自由主義ヘの怒
 -参院選で、極右・排外主義勢力が伸長しました。この傾向をどう見ますか
「外国人問題」が選挙の「焦点」として急浮上させられました。直前の6月頃に参政党が「日本人ファースト」を掲げ、同時にSNSで大量に「外国人優遇」というデマが流され、その動きに国民民主や自民、維新等が迎合しました。これを無批判に垂れ流したメディアの責任も大きかったと思います。

意図的にあおる
 ただしこの動きは多くの市民に排外主義の意識が先にあり、それを政治が拾い上げた結果ではありません。一部の人が意図的にそれをあおった結果です。排外主義のもともとの語源は 「見慣れぬものへの恐れ」だそうですが、一部の外国人による問題行動を誇大に宣伝し、「これでは日本がダメになる」と外国人一般への恐怖をあおるものでした。
 この問題を考える時に重要なポイントとなるのは、それがなぜいま日本に登場したのかということです。欧米でも排外主義とのたたかいは大きな社会問題となっています。レーガン・サ
ッチャ・中曽根イズムの時代から40年以上も資本の利益を優先する新自由主義の政策が展開され、その結果、貧富の格差が広まり、公共の破壊が進んで市民の中には強い不安や怒りがたまってきました。

復古主義が特徴
 その怒りが政治路線そのものの転換に向かうことがないように「貧乏は移民のせいだ」とする主張が、ヨーロッパでもトランプのアメリカでも広められています。根底には新自由主義を継続したい大企業や一握りの富裕層の強欲があります。参院選後にできた日本の高市早苗政権も、大企業奉仕の姿勢をまるで変更しようとしません。
 他方で排外主義の現れには、国ごとで違いもあります。日本では、国内に居住する外国人の比率は3%程度でしかなく、一部のインバウンドの問題をのぞけば、日々の生活で日常的に「外国人問題」に直面している人はほとんどいません。その分デマやあおりが大きな役割をはたしています。また日本で排外主義をあおる中心勢力が、外に侵略、内に弾圧の戦前社会を礼賛するとんでもない復古主義者だというのも特徴です。ヨーロッパではネオナチは取り締まりの対象ですが、日本では復古主義が社会に容認されています。そのため日本での排外主義の台頭は、日本による侵略を経験したアジア諸国の警戒心を強め、選択的夫婦別娃や外国人労働力の確保などをめぐ財界とのあいだにも一定の摩擦を生んでいます。 (つづく)


「自己責任」論と極右・排外主義の台頭 
       神戸女学院大学名誉教授 石川康宏さんに聞く
                       しんぶん赤旗 2025年12月27日
 -排外主義をあおる政党にあれほど票が集まったのは驚きでした
 国民の中で排外主義の意識が先にあったわけではありませんが、あおりにつけこまれやすい状況はあったと思います。一つはSNSに流される情報の真偽を自分で確認する習慣が身についていないという問題です。若い世代だけでなく中高年まで広く見られる問題です。もう一つは貧困による生活上のストレスの蓄積、また「自己責任」論を強制され、他者を理解する心のゆとりが奪われているという問題もあります。
 日本の賃金や世帯所得のピークは1997年で、そこから市民の暮らしは悪化して、くわえて2022年以降の急激な物価高です。若者からは「明るい未来があるとは思えない」、子育て中の親からは「こんな社会に産んでよかったのか」、高齢者からは「死ぬまで働かないといけないのか」と、街頭アンケートでも悲痛な声が寄せられます。
 これまではそうした不安や怒りを抑え込む方法として「自己責任」が強要されました。政党では自民党、公明党、日本維新の会が特にこの先頭に立ってきました。しかし、もはやそれだけでは通用しなくなってきた。自民、公明、維新は選挙で負け続け、自公政権は衆参ともに過半数割れに追い込まれました。

「生賛(いけにえ)」づくりで補足

新しい呪いで
 そこで「自己責任」論を新しい「生賛(いけにえ)」づくりで補足する試みが登場します。24年衆院選で国民民主党が「現役世代の貧困は高齢者のせい」「高齢者に尊厳死を」と訴えたのが典型です。社会の混乱や貧困は「生意気な女」のせいだ、「外国人」のせいだといった新たな生費がつくりだされ、たまったストレスをそこに向けて発散せよという呪いをかけられてしまったのです。
 これまでも公務員バッシングや生活保護バッシングなどの世論操作があり、最近の「財務省解体デモ」も市民の怒りを自民党政治の本体に向かわせない役割を果たしてきましたが、今回はそれがいよいよ戦後社会の禁じ手だった極右・排外主義の活用に進んだという感じです

 -それには相当に大がかりな仕掛けが必要ですね
 すべてが一つの司令部からコントロールされているわけではありません。自民党と参政党などのあいだにも主張の違いがあります。大企業・財界と復古主義のあいだにも摩擦があります。たとえば参院選で「外国人問題」がクローズアップされたことに、経団連の筒井義信会長は「事実にもとづかない」「感情的な論」では海外からの評価が下がる、海外から労働力で必要なものとして「地域への定着」もはかるべきだと述べています。

復古主義の歴史
 排外主義の主張の中心に立つ復古主義者については根深い歴史があります。戦前社会で支配的な地位にいた政治家、財界人、メディア関係者のかなりの部分が、アメリカヘの従属を条件に戦後も支配的な地位に生き永らえました。アメリカの占領政策によって巣鴨の拘置所から出され、後に自民党結党の中心に立った岸信介が、戦時中に中国人強制連行を命じた商工大臣で「満州国」の重要官僚だったことは象徴的です。戦前社会を礼賛するが、アメリカの横暴には決して抵抗しない戦後日本の「親米右翼はこうして形成されたのでした。  (つづく)


「自己責任」論と極右・排外主義の台頭 
       神戸女学院大学名誉教授 石川康宏さんに聞く
                       しんぶん赤旗 2025年12月28日
 -その後、復古主義者らは どのように行動したのでしうか
 新憲法と戦後の民主化の努力のなかで、靖国神社の「国家護持」を求める他に、これら勢力が政治の世界の前面に大きく立ち現れることはありませんでした。そこヘ1990年代に変化が起こります。女性の権利向上を求める世界的な取り組みのなかで「慰安婦」問題がクローズアップされ、93年に日本政府は「お詫(わ)びと反省」を含む河野談話を発表します。95年には村山内閣が侵略と植民地支配への「反省」を語る戦後50年談話を出しました。

戦前日本を賛美
 こうした経過に強い危機意識をもった極右勢力は、93年、自民党内に「歴史・検討委員会」をつくり、95年にはかつての侵略は正義だったとする『大東亜戦争の総括』を出版します。97年には今日の極右勢力の最大の拠点である「日本会議」が発足し、「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」や「新しい歴史教科書をつくる会」もつくります。安倍晋三氏は「歴史・検討委員会」に1年生議員としてくわわり、「若手議員の会」「岩盤保守」の危機感では早くも事務局長をつとめました。
 岸信介の孫という政治的な「血筋」も背景に、安倍氏は2006年に極右勢力の期待を背に戦後最年少の首相となります。戦前日本は「美しい国」だったとの主張を前面に立ててのことでした。そして安倍内閣は教育基本法に「愛国心」をねじ込み、憲法改定にむけて国民投票法を制定しました。しかし「慰安婦」問題での中国などとの対立をきっかけにブッシュ米政権からも批判を受け、さらに参院選で大敗して07年に短命で退陣に追い込まれます。しかし2度目の12年からの政権では、極右色と財界やアメリカの要望のバランスをとって20年までの憲政史上最長の政権を実現しました。この時、自らの政権を支える固い右翼的な支持者のことを安倍氏は「岩盤保守」と呼びました。

自民支持を離れ
 その「岩盤保守」が、安倍氏亡き後、自民党支持から流れだし、国民民主党へ、参政党へと支持の先をかえることで、自民党を後退させながらそれらの政党に排外主義を語らせる原動力となっています。

 -こういう状況をどのように乗り越えていくべきでしうか。
 問題を考える前提として確認しておきたいのは、「岩盤保守」の自民党離れをつくったのが「アベ政治を許さない」という市民の批判の声だったということです。安倍氏から菅義偉氏へ、岸田文雄氏へ、石破茂氏へと総裁がかわる中で、自民党の極右色は薄まって、特に石破氏は「選択的夫婦別姓容認」「女系天皇の検討」とまで語るようになりました。こうした変化に追い込まれたことが「岩盤保守」の最近の動きのきっかけです。再び「岩盤保守」にすり寄った高市早苗内閣が一時的に内閣支持率を高めていますが、自民党への支持回復は微々たるもので、市民による自民党政治への批判はいまも続いています。  (つづく


「自己責任」論と極右・排外主義の台頭 
       神戸女学院大学名誉教授 石川康宏さんに聞く
                       しんぶん赤旗 2025年12月29日
し支援求める声

 -自民党が後退する一方、「補完勢力」や排外主義の勢力が伸びています

経済問題で選択
 確認しておきたいのは参政党や国民民主党への特に若い世代の支持の集まりが、排外主義への同調ではなくむしろ「手取りのふえる夏」などの物価高対策、生活支援策への期待に基づくものだったということです。「日本人ファースト」への共感も、外国人排除より「私たちのくらしをまずなんとかしてほしい」という切実な思いに基づくものでした。安倍氏退陣直後の2021年衆院選から25年の参院選までに自民党は710万票を減らしましたが、その間に国民民主党、参政党、保守党の得票は1540万の増となっています。SNSの活用など極右の「ネトウヨ」力が特に多くの若い支持者を集めたわけです。しかし、参院選の出口調査によると「外国人政策」を基準に投票先を選んだ人は全体の7%程度しかおらず、80%近くが物価高、年金、子育て対策などを基準としています。「外国人政策」が大きな話題となったのは事実ですが、それにもかかわらず投票先を選ぶ基準は圧倒的に経済問題だったということです。それほどに生活が大変な状況になっているわけです。
 ですから、排外主義を語る極右勢力に、結果的に一時的な期待をかけた特に若い人たちをそこから引き剥がすことはそう難しいことではありません。排外主義に陥ってはならないという訴えは当然ですが、同時に「貧困は外国人のせいではない」「消費税減税、賃上げ、非正規を正規に、社会保障の充実」など切実な生活支援策に実際に取り組む政治をつくっていこうと、そういう合意をつくっていくことが取り組みのキモです。
 実際、参院選直後の8月に7・%の支持率だった国民民主党は12月には2・9%に参政党も6・8%から同じく3・まで下がっています。彼らへの支持は固いものではないのです。ちなみに高市早苗内閣の高い支持率にもかかわらず、自民党も29・4%から30・6%にしか上がっていません。(NHK調査)

願いよく聞いて
 極右とのたたかいに成功している欧米の取り組みは、SNSとリアルな対話の双方で新しい努力をしています。「ネトウヨ」や無責任なインフルエンサーに負けないSNSの力を養いながら、シール投票やアンケートなどを入り口に街頭で多くの市民と政治について話し合う。その時に、まず相手の話をよく聞いているんですね。「どうして極右政党を支持するのですか」「何を期待しているのですか」と。それを聞いてはじめてかみあった「対話」ができるようになる。「対話」というと「説得」と誤解する人もいますが、肝心なのは「聞く」ことで、その点では「黙る力」が大切です。
 極右勢力本体とのだたかいでは、アメリカにものが言えない「親米右翼」に日本が守れるかということが議論の核心になるかと思いますが、まずはじっくり政治に対する多くの人の切実な願いを聞くことが今とても大切だと思います。       (おわり)