2025年3月29日土曜日

「許せない!」斎藤元彦知事が机を叩いた音は隣の秘書課まで響き渡った—第三者委の報告書を読み解く

 昨年、斎藤知事に単独インタビューを行ったフリーライターの松本氏が、JBpressに26日、27日に2つの記事を載せました。
 記事にはある程度「第三者委 報告書」の要点が載っているので紹介します。
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「許せない!」斎藤元彦知事が机を叩いた音は響き渡った—第三者調査委員会の報告書を読み解く
     パワハラには「3つのパターン」、顔写真使用やメディア露出にこだわる
    「承認欲求」の強さも
                        松本 JBpress 2025.3.26
   松本 創(まつもと・はじむ)
    1970(昭和45)年、大阪府生まれ。神戸新聞記者を経て、フリーランスのライ
    ター・編集者。2016(平成28)年、『誰が「橋下徹」をつくったか―大阪都構
    想とメディアの迷走』で日本ジャーナリスト会議賞を受賞。2019(令和元)年、
    『軌道―福知山線脱線事故JR西日本を変えた闘い』で講談社本田靖春ノンフィク
    ション賞、井植文化賞を受賞する。ほかに『地方メディアの逆襲』『大阪・関西万
    博「失敗」の本質』(編著)などがある。

 斎藤元彦・兵庫県知事に対する告発文書が明るみに出て3月27日で1年となるのを前に、県が設置した第三者調査委員会が調査報告書をまとめた。告発された7つの疑惑のうち、斎藤知事のパワハラを事実と認定。文書を公益通報として扱わず、告発者探しをした県の対応は違法と結論づけた。
 斎藤知事は県議会が終了する同26日以降に見解を示すと言うが、自身や県の対応は適切だったとする従来の主張は変えないと見られる。報告書の記述から、この問題が起こった原因と県職員や県議会の反応を2回に分けてお伝えする。(以下、文中敬称略)

元裁判官の委員長「厳しい意見ではない」
〈政治は、少数の優秀なエリートだけで行いうるものではない。現場の職員が献身的に働くことにより初めて実を結ぶものである。そのためには、職員がやりがいをもって職務に励むことのできる、活力ある職場でなければならない。
 活力ある職場となるためにパワハラはあってはならない。パワハラは、直接の被害者に精神的、身体的ダメージを与えるにとどまらない。周囲の職員を含め、就業環境を悪化させ、士気の低下を招く。職員の士気が低下したとき、県政は停滞する。その被害を受けるのは県民である〉

 知事の斎藤元彦と側近幹部らの疑惑を告発した文書の内容を調査するため、兵庫県が設置した第三者調査委員会(藤本久俊委員長)は、資料を含めて計264ページに及ぶ調査報告書の締め括りに、そんな一節を記した。
 第三者委は、委員長の藤本ら元裁判官の委員3人と調査員3人という計6人の弁護士で構成。昨年9月から半年間にわたり、職員や関係者計60人に対する延べ90時間のヒアリング、ホットラインによる情報収集、県庁各部署の資料収集などの調査を行った
 その結果、文書に書かれた7項目の疑惑のうち、斎藤のパワハラ行為を事実と認定。また、知事の命令で副知事(当時)の片山安孝ら幹部が告発者の元県民局長を特定して懲戒処分した県の対応は、公益通報者保護法に違反すると断じた
 先に公表された県議会の百条委員会報告書は、「パワハラ行為と言っても過言ではない」「公益通報者保護法に違反している可能性が高い」と断定を避けたが、法律の専門家が下した結論はより厳しいものとなった。もっとも、委員長の藤本は記者会見で「厳しい意見を言っているつもりはない。われわれは、これがスタンダードな考えだと思っている」と述べた。
 斎藤が「事実無根」「嘘八百」と気色ばんだ記者会見から、3月27日でまる1年。文書は事実無根でも噓八百でもないと結論づけられた。第三者委は、今の社会における「スタンダード」をどのように判断したのか。報告書を詳細に読んでみる。まずはパワハラから。

「空飛ぶクルマ」の事前報道で激怒、担当課長は他部署へ異動
 告発文書や職員アンケートなどで挙がった斎藤の行為16件のうち、10件がパワハラに該当すると第三者委は認定した。彼が立腹し、パワハラに及ぶきっかけには3つのパターンが見られる。
 1つ目は、「自分は聞いていない」パターンだ。どこの職場にもあるが、斎藤の場合、把握していない事業や政策に報道で接し、担当職員を激しく叱責する例が多い。
 たとえば、大阪・関西万博の目玉と一時は期待された「空飛ぶクルマ」の開発支援。事業者と協定を結ぶ前に新聞で報じられたことに怒り、担当職員が知事室に入るやいなや、「この記事は何か」と詰問。「空クルは知事直轄」「勝手にやるな」と叱責した。職員は説明しようとしたが、「やり直し」と言って聞く耳を持たず、退室させた。約3カ月後、担当課長は他部へ異動になった。
 県立美術館が夏休みにメンテナンス休館に入ると報道で知った時も激怒した。深夜に幹部へのオンラインチャットで「なぜ一言も知事に報告がないのか」「こんなことでは予算措置はできない」と叱責し、翌朝、教育長らを知事室へ来させた。斎藤が注力する万博関連事業「ひょうごフィールドパビリオン」に美術館を活用するためで、その費用は前年度に予算化されているとの説明を受けても、「聞いていない」と強弁。教育長はやむを得ず謝り続けたが、県立美術館は本来、知事部局から独立した教育委員会の所管であり、斎藤に直接の指導権限はない。















パワハラに関する調査委報告書の事実認定 出所:「文書問題に関する第三者調査委員会」調査報告書(ダイジェスト版)

 斎藤のパワハラ気質は、就任1カ月後の2021年9月に早くも周囲の知るところとなった。原因はやはり万博絡みの「聞いていない」だった。
 尼崎沖の埋め立て地に万博工事用の建材運搬拠点を設けるとの記事を読み、担当の局長らを呼ぶと、いきなり「県として意思決定していないことを出すのは許せない」と机を叩いた。その音は隣の秘書課まで響き、噂が庁内へ広まっていった。
 なお、これらの案件はすべて、知事に説明済みか資料に記載済み、あるいは議会で議論されたり、既に予算化されたりしていた。だが、斎藤は第三者委の聞き取りに対し、「(説明を受けた)記憶はない」「予算の細目まで覚えていない」などと述べている

 2つ目は「話を聞かず思い込む」パターン。典型例が告発文書で広く知られるようになった、20メートル歩かされて激怒した件だ。

駄々っ子か、はたまたクレーマーか
 現場となった県立考古博物館は、玄関付近の地下に遺跡があり、車両の通行は禁止されている。当日のロジ(出張の段取り)でも公用車は駐車場に停め、歩行者通路を歩くことになっていた。
 ところが、斎藤の乗った車は駐車場ではなく歩行者通路へ向かい、車止めの前で止まった。慌てて出迎えた県民局長らを斎藤は「なんでこんなところに車止めを置いたままなのか」と怒鳴りつけ、外させた。会議が終わると、玄関前に横付けした公用車に乗り込み、帰って行った。
 斎藤は百条委での証言と同様、「通行止めとは知らされておらず、ロジが不適切だと考えて指導したのだから適切だった。注意・指導の範囲内だった」と調査に語っているが、第三者委はこれを否定。〈注意・指導が必要かは、事情を聞いて初めて判断しうるものである。(略)叱責する前に事情を聞きさえすれば、前提事実について認識を誤ることはなかった〉と指摘している。
 話を聞かない例は他にもある。AIによる男女マッチングシステムの知事協議で「内容を知らない」と一蹴し、説明しようとする職員に「なぜ今聞かないといけないのか」と説明に入らせなかった
 介護支援センターの開設計画では、「なんで勝手に作っているのか」「資料に入っていたら知事が全部知っていると思わないように」と職員に言い、協議を打ち切った。両事業とも、斎藤県政下で予算化されていた
「暴君」や「独裁者」というより、ほとんど駄々っ子やクレーマーである。報告書は〈わからないことは、担当者に聞けばよく、事情を聞かずに説明を受けることを拒否するのは適切でない〉と、ごく当たり前のことを噛んで含めるように書いている。

 そして、3つ目は「他者承認を求める」パターンである。わかりやすいのが、県のポスターや配布物に自分の写真やメッセージを入れさせることだ。

前知事の署名が入ったカードを、自分の名前入りに差し替え
 県が販売したプレミアム付きデジタル商品券「はばたんペイ」の例が報告書にある。第1回キャンペーンで県はうちわを作成したが、斎藤は知事協議の場で舌打ちをし、大きなため息をついた
 職員は何が問題なのかわからなかったが、後に、知事の肝いり事業なのに顔写真とメッセージが入っていないことが不満なのだと判明。顔写真とメッセージ入りの分を追加発注した。この話が広まり、他の部署でもポスターや広報物に写真を入れるのが通例になった。
 パワハラ認定はされていないが、似た例が、県内の全小中学生に配布される青少年向け施設の無料パス「ひょうごっ子ココロンカード」をめぐる件だ。
 斎藤は、家族が持っていたカード裏面の署名が井戸敏三前知事であることを問題視し、自分の名前入りカードに差し替えるよう求めた。通常は小学校入学から中学校卒業まで9年間使い続けるもので、今の小1から順次入れ替わっていくと説明を受けたが納得せず、全小中学生のカードを素材やデザインも変えて作り直させた。これにより、例年は約20万円だった費用が、その年は約163万円に膨らんだ。
 強い承認欲求は、メディア露出へのこだわりも生む。
 内閣府の「SDGs未来都市」選定証授与式の数日前、地元テレビ局などに取材を依頼するよう、幹部職員らにチャットで指示。「個別に記者に売り込みをすること」「漫然と内閣府リリースを転送しているだけであれば、絶対に許されません」と送り、職員らは対応に追われた。授与式の後も、取材に来た社を確認しろ、報告がその場しのぎだ、万博関係者に連絡していないのはあり得ない……などと連絡を重ねていた。
 第三者委は、マスコミはそれぞれの社でニュースバリューや報道するか否かを判断するものだと説明。それを考慮せず、職員に成果を求める過剰な要求であり、パワハラに当たると認定している。

「とにかく知事であることが目標の人」
 夜間・休日を問わないチャットでの叱責や業務指示も、パワハラと認定された。緊急性がないうえ、過剰な要求や過度の精神的負担を与える内容も多く、知事という優位性を背景に長期間にわたって行われてきたと報告書は指摘。幹部職員たちは反論や拒否もできず、「申し訳ありません」「すぐに行います」と返信することがほとんどだった。
 昨年10月、出直し知事選を控えた斎藤にインタビューした際、なぜパワハラ証言がこれほど多いと思うか、と私は尋ねた。それは性格なのか、中央官僚の文化なのかと。本人の自己認識はこうだ。
普段の仕事で事細かく、ガミガミ言うタイプではないです。でも、大事なポイントでは結構厳しく言いますね。報告がない、一度指示したのに反映されてないとか。報・連・相をきちんとするのは霞が関でも叩き込まれました。怒りっぽい性格ではないです。ただ仕事の面では、ミスや注意漏れとかをされたら、ちゃんとしてほしいと厳しく言うタイプではありますね
 調査結果とかけ離れた自己評価前回記事で、斎藤の座右の銘は〈「雲中雲を見ず」を常に自戒する〉であると書いた。「雲の中にいると雲の姿が見えなくなるように、権力者は自らを客観視できず、傲慢になりがちだ。そうならないように」と祖父から贈られた言葉だが、自分をまったく客観視できていない。実際にパワハラを受けたという県職員は、私の取材にこう語った。
知事である自分を尊重しろ、とにかく自分を目立たせろ知事を差し置いて職員が取材を受けたり、目立ったりするのは許さない……そういう人だから、把握してない報道が出るのをすごく嫌がるんでしょうね。パワハラは自信のなさの裏返しでもあると思う。
 広報物にやたらと顔写真を入れるようになったのは、就任2年目からです。承認欲求の強さもあるでしょうが、『ああもう次の選挙を意識し始めてるんやな』と職員はみんな冷めてましたよ。とにかく自分が知事である、そのポジションにあり続けることが目標の人なので」
 先のインタビューで、斎藤はこんな自己評価も語っていた。
「私は地位に固執するタイプではないんです」
 職員の知事評と正反対である。


【問題発覚から1年】「ボトムアップの県政なんて大ウソ」、斎藤元彦知事肝煎りの新組織が兵庫県庁の分断を招いた.27日付)
     改革に向けた新組織のはずが、生んだのは「コミュニケーションの不足・
    ギャップ」だった
                         松本 JBpress 2025.3
                           ノンフィクションライター
    (2025.3.27付「第三者調査委員会の報告書を読み解く」につづく)

一連の文書問題でなおも揺れる兵庫県。斎藤元彦知事が昨年3月の定例会見で、自身を告発した県民局長の降格人事を発表してからちょうど1年が経過した。県設置の第三者調査委員会がまとめた調査報告書に対し、斎藤知事は「私自身は見解が違う」と述べるなど、なお従来の主張は変えていない。前回に続き、報告書の記述から、問題が起こった原因と県職員や県議会の反応をお伝えする。(以下、文中敬称略
 
「一番問題なのはコミュニケーションギャップ」
「われわれは、知事の個人的な資質を問題にするつもりはございません。問題はむしろ、制度とか組織の問題として考えないといけないだろうと。その点で一番問題なのはコミュニケーションギャップ、ないしは不足だろうと思います
 告発発文書問題で兵庫県が設置した第三者調査委員会の委員長、藤本久俊は調査報告書提出後の記者会見でそう語った。
 斎藤元彦が知事の資質を欠くことは、前回の記事を含め、これまで何度も書いてきた。失職後の出直し選挙で再選はされたものの、その公正性には大きな疑念が生じ、県民の分断が広がっている。今月初めに百条委員会の調査結果が出たが、「一つの見解」と矮小化し、一顧だにしない。そして彼の県政下で、県職員や元県議が3人、職務に関わると思われる理由で自死に追い込まれている──。
 だが、第三者委の藤本が「個人的な資質の問題にはしない」と述べたように、すべてを個人に帰責し、糾弾するだけでは本質的な解決にはならないことも間違いないだろう。兵庫県庁の体制や組織風土にまで踏み込んで、背景要因を取り除かなければ、知事が代わってもまた同じことが繰り返される恐れがある。第三者委の報告書と委員長の言葉の意味を、私はそう受け止めている。
 まず、組織としての問題が最も現れたのが、告発文書を公益通報と取り扱わず、告発者探しに走った県の判断である。
 
告発者探しは違法、懲戒処分も無効と判断
 元県民局長が昨年3月、県警や報道機関など10カ所に送った文書は、公益通報者保護法に定める「3号通報」、つまり外部公益通報に当たると第三者委は判断した。贈答品(いわゆる「おねだり」)の件は贈収賄罪、プロ野球優勝パレードをめぐる「キックバック」疑惑は背任罪など、刑法に触れる可能性のある内容が含まれていたためだ。
 副知事(当時)の片山安孝が百条委で主張した、「クーデターという不正目的だから公益通報には当たらない」との主張は退けられた。知事や側近幹部への不満はうかがえるものの、元県民局長は退職間近であり、知事失脚や政権転覆を意図したとまでは認められないこと。また、「職員の将来を思っての行動だ」と報道機関向けの文書で説明していたことなどが理由だ。
 文書が公益通報である以上、告発者探しは違法となる。元県民局長を特定したメール調査も、片山が行った事情聴取や公用PCの回収もだ。調査が違法だから、5月7日に下された「停職3カ月」の懲戒処分も無効だと第三者委は判断した。ただし、懲戒理由は文書の作成・配布以外にも3つあり、それらは有効だという。いずれにせよ、懲戒処分はいったん取り消し、再検討されねばならない
 斎藤や県幹部はなぜ公益通報として取り扱わず、違法な探索行為に走ったのか。報告書は、斎藤が文書を入手し、片山ら側近4人を呼んで対応を協議したスタートから誤っていたと書く。いずれも文書に名前が出てくる利害関係者であり、「極めて不当」だと。

上記利害関係のある者が揃って対応策を協議したために、各々が自分の指摘されている事実を否定し合う会話の中で、本件文書を「核心部分が真実でない怪文書」と決め付け、公益通報者保護法の適用可能性に思い至らず、通報者の探索へと至ることとなった。このように、県が措置の方向性を見誤った原因は、利害関係のある者の関与にこそあると言うべきである

 元県民局長に処分を下した翌日、神戸市内のある会合で斎藤と片山に会った報道関係者によれば、2人は文書問題を楽観視していたという。斎藤は「私は調査に関与してないんで」とはぐらかし、片山は「あんなん、どうってことない。すぐ終わりますわ」と笑い飛ばした。被告発者でありながら、調査・処分する側に立った2人は、これで幕引きできると高を括っていたのだろう。
 だが、県議会から、客観的な第三者調査を求める声が上がる。今年1月に死亡した竹内英明元県議が所属した「ひょうご県民連合」である。他会派もこれに続き、並行して百条委設置の声も高まってゆく。当初は再調査に否定的だった斎藤も受け入れざるを得なくなり、第三者委の設置を表明した。元県民局長の処分決定から、ちょうど2週間後のことだった。
 
パワハラの背景には「新県政推進室」が生んだ分断が
 冒頭に引用した委員長発言にあるように、第三者委は県庁の組織や制度の問題も分析している。斎藤のパワハラが多発した背景要因として、「コミュニケーションの不足とギャップ」を筆頭に挙げる
 きっかけは、斎藤が就任直後に新設した「新県政推進室」だった。「改革意欲のある職員を集め、行財政改革や重要施策に取り組む」と発表された知事直轄組織である(2023年に廃止)。
 兵庫県では、斎藤の前任の井戸敏三が20年、その前から数えれば通算約60年にわたり、副知事経験者が知事を務める“禅譲体制”が続いてきた。県政を刷新したいという思いが強い斎藤は、新県政推進室の主要メンバーを宮城県庁や総務省時代に知り合った比較的若い職員で固めた。県の最高幹部である本庁の部長は一人も起用しなかった。
 その体制が県庁内に分断を生んでいく
 斎藤は新県政推進室のメンバーを通じて自身の政策や考えを発信し、部局をまたぐ調整も任せた。逆に庁内からの報告や懸案も彼らを通じて入ってきた。新県政推進室以外の大多数の職員とは間接的なコミュニケーションしかない。すると、知事協議の時間が取れない、知事の意向がわからない……と不満が溜まっていき、逆に斎藤の側も報告が遅い、その件は聞いていない……と苛立ちが募ってゆく。それがパワハラの背景と、報告書は書く
「いちばん大きいのは、議論する文化がなくなったことです。井戸知事の時代は2週間に1回、本庁から県民局まで30人余りの幹部が集まる政策会議があり、闊達に議論していた。それが斎藤知事になってから、政策会議は1カ月に1回開かれるかどうか。それも極めて形式的で、誰も発言せず、上からの伝達事項を聞くだけだといいます」
 ある職員は私の取材に対し、前知事時代との違いをそう語った。
「かつては『ご報告』という意見具申の方法があったんです。各部局から上がってくるペライチ(A4用紙1枚)の資料を、井戸知事の退庁時に毎日10枚以上渡す。それを知事が自宅で読み、一言書き込んで翌朝に戻す。要協議や要説明となれば、知事協議の時間を取り、直接やり取りする。そういう中で、こちらの考えも整理されていったんです。今はそういうチャンネルが何もない
 県政を知り尽くした井戸時代は、「上に物が言えない」と多選の弊害が指摘されたが、こうして意見を吸い上げる仕組みはあったわけだ。
 
ワークライフバランス重視の知事と思うように協議できず
 ところが、斎藤はワークライフバランスを重視して自宅に仕事を持ち帰らず、知事協議の時間もなかなか取れない。やっと取れても「一本(案件)15分」。簡単なパワーポイントで説明するという。だが、そんな短時間で政策や事業の詳細は伝えられず、斎藤も理解や判断ができないだろうと、この職員は言う。
「就任時は期待しましたよ。でも、あっけなく裏切られた。『ボトムアップ型の県政』なんて言ってましたが、大ウソですよ。知事のやりたい施策が一方的に降ってくるだけになった」
 報告書はこのほか、以下のような組織や職員の問題を挙げている。

知事とそれを取り巻くメンバーが同質的な集団となってしまったこと
組織の分断
自由闊達さに欠ける組織的な姿勢
パワハラ防止意識の浸透が十分でないこと
我慢強い職員風土

 そういう背景要因が重なり合う中で告発文書が出回り、通報者探しが行われた。

組織の分断が進んだ状況の下で、同質性が強くなっていた中心メンバーのみでは、本件文書の作成、配布を自分たちに対する誹謗中傷ではなく、公益通報として取り扱うという発想は生まれようもなかった

 そして昨年3月27日。知事定例記者会見で元県民局長の処分について聞かれた斎藤は、こう気色ばんだ。
「職務中に、職場のPCを使用して、事実無根の内容が多数含まれ、かつ、職員の氏名等も例示しながら、ありもしないことを縷々並べた内容を作ったことを本人も認めている」
「公務員ですので、選挙で選ばれた首長の下で、全員が一体として仕事をしていくことが大事なので、それに不満があるからといって、しかも業務時間中に、嘘八百含めて、文書を作って流す行為は公務員としては失格です」
 
「私自身は見解が違う」と知事は違法性認めず
 人事課が作成していた想定問答を大きく踏み越え、幹部職員たちは驚いた。怒りに任せて口にしたこの言葉から、今に至る兵庫県政の混乱は始まった。第三者委報告書は、この発言は元県民局長に精神的苦痛を与え、職員を委縮させるパワハラだと指摘。〈極めて不適切で、直後に撤回をされるべきであった〉と書いている。

 あの記者会見から1年。2025年度予算が成立した3月26日、斎藤は1週間前に公表された第三者委の調査報告書に対する見解を会見で語った。その回答は予想されていたとはいえ、報道陣を悪い意味で驚かせた。
「ご指摘は真摯に受け止める」と壊れたテープレコーダーのように連呼しながら、第三者委が違法と断じた外部公益通報の取り扱いや通報者探索については、「いろんな意見がある」「あの時点ではやむを得なかった」「私自身は見解が違う」と一切認めない。自身のパワハラはいちおう認めたが、処分は特になし。幹部職員らが求めたという元県民局長の処分撤回もしなかった
 この会見前、ひょうご県民連合の控室を訪ねると、竹内元県議の机の上に調査報告書が並べられていた。同会派で竹内と交流が深かった迎山志保は言った。
「この報告書から逃げることは、県民の疑念や県職員の不安の払拭から逃げること。それらを払拭せずに県政を前に進めるなんて、できるわけがない」