「世に倦む日々」氏の掲題の記事を紹介します。
記事は昨年12月から始まった〝財務省解体デモ″が繰り返される中 マスコミも無視できない動きになってきたと書き出され、その理論的主役に故森永卓郎氏がいると述べています。ご存知のように森永氏には「ザイム真理教」という著書があります。
日本では長らく財務省主導の政治が行われてきました。嘗て民主党政権が誕生したとき、鳩山由紀夫氏や小沢一郎氏らにはそれを革新する意思があって、国家戦略相に菅直人氏を就けたのですが、肝心の本人にはそうした発想がなかったため活かされなかったといわれています。
「世に倦む日々」氏は、今では〝持続可能性″とか、〝現役世代の負担減″とか、〝世代間の公平感″などと、新自由主義が生み出した富裕支配層に便利な言葉が次々と開発され、無産弱者からの収奪を正当化する言論と観念の体系は補強され、綻びを見せる気配がないとしています。
そしてこの25年間、自民党や経団連以上に財務省が強力に 弱者から収奪する政策と制度を主導するようになったと述べ、財務省が一旦予算の骨格を決めるとその総額を固定することを前提に、昔は〝バラマキ″などという言葉はなかったのに、弱者救済のための新たな要求が出ると〝バラマキ″呼ばわりし、必ず「その財源はどこにあるのか」と問い返すのが常道になったと批判します。
そしてその「問い返し」の旗手がTBSのMCの松原耕二氏であると述べます。
その一方で防衛予算などは聖域になっています。マイナンバーカード関係では少なくとも3兆1700億円が、そして万博アクションプランの費用に2兆8000億円の国費が使われるが、その財源は赤字国債であって「財源は?」と問われることはないと批判します。そして松原氏やコメンテーターたちが弱者の救済に全く関心がなく、軍事費などに巨額を投じることに抵抗を示さないのは皆高額所得者だからと批判しています。
これに関連していえば、20年度から23年度の4年間に補正予算に計上された財政支出追加額 154兆円=年額39兆円も財源は赤字国債の筈で、財務省官僚は弱者救済の施策には強硬に反対するものの、自分たちの利権に繋がるものには何の躊躇もしないというのが実態であることが分かります。
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死せる森永卓郎 人々を〝財務省解体デモ″に走らすー松原耕二の〝財源″真理教
世に倦む日日 2025年3月25日
3/14、財務省前で大きなデモが行われ、NHKの7時のニュースで放送される場面があった。いわゆる〝財務省解体デモ″で、昨年12月から始まって何度か挙行されている。Xでは以前から情報が拡散され周知の事実だが、NHKがこれほど大きな扱いで報道したのは初めてだ。マスコミも無視できない動きになってきた感がする。映像では、右翼が掲げる日の丸の旗が目立ち、一見すると右翼主体のデモに見える。現場取材した日刊ゲンダイの記事では、「移民政策反対」などの外国人排斥のプラカードも多く見られたと報告されている。E.マスクが経営し編集するXの(日本ユーザー向け)タイムラインを見ると、明らかにXがこのデモを翼賛し扇動している状況が分かる。Xが財務省解体デモの宣伝媒体であり、E.マスクやトランプと思想を共通にする面々が、USAID や米教育省に対してと類似の悪意と衝動で、財務省を標的にして攻撃を嗾けている事情が察せられる。
すなわち、極右ポピュリズムによる草の根新自由主義の示威行動として、ネガティブな政治的性格を一面において看取できる。が、それだけでなく、このデモには明確に理論的な主役の存在がある。人々をデモに糾合し、声を上げさせている指導者がいる。森永卓郎だ。その事実が、このデモをポジティブに評価でき期待できる側面と言えるだろう。「ザイム真理教」の語と共に、「緊縮財政」を批判するメッセージがプラカードに書かれている。れいわ新選組を支持している有権者が多く参加している点は間違いない。デモはさながら森永卓郎の追悼集会の雰囲気を漂わせていて、森永卓郎を悼んで遺志を継ごうとする群衆の熱気に溢れていた。「死せる孔明 生ける仲達を走らす」という三国志の言葉があるが、無念を残して斃れた森永卓郎への哀悼と共感が、人々を財務省前に駆り立て、デモの空間で同じ思いを共有し、森永卓郎の同志たることを確認しているように窺える
4年前の21年10月、「日本経済をここまで衰退・荒廃させた責任者である財務官僚に反省はないのか」という記事を書いた。比較的反響が大きかった印象がある。この頃は、財務省の経済失策を直接糾弾する声は少なかった。アベノミクス批判や竹中平蔵批判は多かったが、財務省を正面から責任追及する議論は少なかった。森永卓郎が財務省批判の説法を渾身で振るい、注目と支持を集めるようになったのはいつ頃からだっただろう。この記事で書いた内容は、基本的に森永卓郎の財務省批判の論陣と重なっている。この25年間、自民党や経団連以上に、財務省が強力に弱者から収奪する政策と制度を主導するようになり、無産庶民の負担を重くし、富裕者の負担を減らし、日本を純然たるネオリベ経済に改造して行った。そしてその政策方向性を、マスコミを通じて巧妙・狡猾に正論化して国民を洗脳した。〝バラマキ″という言葉(悪性語)がその佞悪な政治を象徴する道具だ
昔は〝バラマキ″などという言葉はなかった。小泉・竹中の「改革」以前は、社会保障や教育や生活支援に充当する政府の政策経費に対して、〝無意味で不要な散財″を意味する〝バラマキ″という表現をあてがうことはなかった。90年代に入って、竹中平蔵など過激なネオリベ論者がこの言説を唱えることはあっても、政治家が言う図はなく、まして官僚や官僚の説明を代弁するテレビの報道関係者が言う幕はなかった。00年代以降、ネオリベ思想が支配的になり、社会保障や教育や庶民救済の政策予算が悪玉表象化され、それらの削減や後回しが当然視されるようになり、〝バラマキ″の語に人々が痛痒を覚えることがなくなった。最近では〝バラマキ″の語の頻用は減ったけれど、〝持続可能性″とか、〝現役世代の負担減″とか、〝世代間の公平感″などと、ネオリベ富裕支配層に便利な言葉が次々と開発され、無産弱者の収奪を正当化する言論と観念の体系は補強され、綻びを見せる気配がない。
コメの値段が5キロで4000円台になった。便乗値上げの空気に乗った悪徳業者の買い占めと投機による作為的な価格高騰だが、マスコミは自然現象の如く報道し、騰がった、また騰がった、6か月連続だと騒ぐだけで、価格を抑制・下落させるための手段行使を政府に要請しない。逆に、市場原理だから政府は介入してはならぬと言い、ピンハネ業者が暴利を貪るのを正当化する解説を撒いている。テレビを見ながら不思議でならない。コメは日本国民の主食ではないか。昔は米価審議会(初代会長は東畑精一)という機関があり、生産者と消費者の間の安定的な流通と供給を守る仕組みになっていた。現在でも食糧法があり、1条と2条に「需給及び価格の安定」が書かれ、政府の義務が明記されている。だが、政府が法律を守らず、国民の食生活を守ろうとせず、マスコミが政府の不作為(違法行政!)を批判しない。マスコミは、価格が下落しない理由ばかり論い、仕方ないと合理化している。
コメは前年同月比で1.8倍値上がりした。第一生命経済研の統計では、2020年を100とした生鮮食品の消費者物価指数が、2025年1月時点で145.7となっていて、つまり食料品が4年間で1.5倍値上がりしている。ガソリン価格は、4年前の2020年4月は全国平均122円だったのが、今年2月は180円で、やはり1.5倍の値上げが確認される。電気代とガス代も大幅に上がり、水道料金も家賃も上がり、宅配料金も宅配料金も理髪料金もネット料金も上がり、生活に最低限必要なモノとサービスの値段が急騰して庶民の生活を苦しめている。が、報道は、物価が上がるから自己責任で倹約して防衛せよの一点張りで、政府が(政治が)国民生活を守るための対策の論点がない。転売ヤー規制がなく、便乗値上げの監視と摘発がなく、最低賃金の引き上げと年金支給の増額がない。「市場競争」と「価格転嫁」という言葉で、金儲けする側に自由に暴利を得させ、庶民収奪を見逃している。
NHKのニュースも民放のワイドショーも、物価高騰と国民生活の問題を、MLBの東京シリーズ興行と同列のネタとして扱い、番組の時間を消化し、視聴者の関心を埋める材料として使っている。キャスターやコメンテーターがへらへらした態度と言動で紹介していて、緊張感がない。真剣さや切実さがなく、危機感がない。他人事の懸案と矛盾であり、カメラの向こうの視聴者多数が困窮している事実を理解していない。庶民の痛みの実感がない。彼らは、年収2000万円以上の準富裕層の身分だから、食料品やエネルギーの価格が少々上がっても特に生活の支障はなく、低所得層が苦悩するのを高見の見物で傍観する感性なのだろう。だから、物価高の話題が終わったら、グルメだの観光だの、MLB一行の豪勢なインバウンド三昧だのの話に切り替えて、浮薄な意識のまま放送時間を進行させて行くのである。政府や日銀や野党に対して、何かをせよと催促しているのを聞いたことがない。
テレビ番組に出演する者は、ぜひ年収を明記したプレートを下げてコメント商売に臨んでもらいたいし、できれば、われわれと同じ世界に暮らす庶民代表者にスタジオに登場して言葉を発することを願う。ここで、特に気になる問題を挙げれば、TBSの松原耕二が経済政策の報道において常習癖にしている口跡と態度は看過できない。番組中、野党の議員が何か具体的な政策提案を述べた際、必ずと言っていいほど、「じゃあ財源はどうするんですか」「その財源はどこから」と問い返して来る。条件反射的にこのフレーズを言い、野党の政策提案の中身を議論する前に、その財源を明らかにせよと迫る。財源問題へと論点を移行させる。この問答パターンを定着させている。保育士と介護士の給与引き上げとか、給食費の無償化とか、医薬品の安定供給のための支援増とか、国民生活にとって必要な政策がテーマになる度、松原耕二は「その財源はどこから出すんですか」と問い返す。
政策の重要性や必要性以上に、財源に焦点を当て、財源を出せないなら論ずる価値はないと切り捨てる。恰も、それら野党が主張する政策項目が無駄で不必要なものであるように印象づけ、ないものねだりを言っているように演出し相対化する。松原耕二の頭の中では、優秀な財務省が歳出と歳入を完璧に整理・設計し、1円の無駄もない合理的な予算が国民のために編成されていると、そう想定されているらしい。財務省が組んで与党が提出した予算案が最善であり、これ以上歳出を増やす政策経費の要求は無責任なわがままであると、松原耕二はそう言っている。放送法で政治的中立が義務づけられた番組キャスターの立場で、松原耕二はそう言い、財源、財源と喚きたて、野党側の政策要求を潰していくのだ。最近では、議会が与野党伯仲になった国では国家予算が膨張して財政赤字になる、などという「政治法則」を言い出し、野党側の政策要求を無意味化するナラティブ(⇒言説)を撒き散らしている。
だが、その一方で、軍備増強のための予算膨張に対しては何も言わない。スタジオに相棒の佐藤正久を座らせ、あれが必要これが必要、このままでは中国から防衛できないと、次から次に新規装備の必要と計画を言わせ、防衛予算増を正当化する世論工作をさせながら、その要求に対しては「財源はどうする」の議論は向けない。常套句を発しない。つい最近も、3/23 のサンデーモーニングにおいて、攻撃元サーバーへの侵入・無害化措置を可能にするサイバー防御法案について、「私はこれは必要だと考える」と世論誘導する一幕があった。憲法9条と専守防衛の原則から考えれば、明らかな逸脱であり、敵基地攻撃と同じ先制攻撃を容認・実行するシステムとオペレーションだ。そして、その整備には当然ながら多額の費用がかかる。ITゼネコンの大儲けとなる。が、松原耕二はサイバー装備について「財源」の懸念を言わない。「財源はどうする」のフレーズを発しない。財源無視で容認なのだ。
給食費や、保育士・介護士の給与や、医療薬品の供給確保や、老朽インフラ整備については、煩く「財源」を連呼し、財源がないから我慢しろと言いながら、防衛省・米軍が要求する過剰な装備システムの数々には、一切「財源」の言葉は発さない。スルーする。松原耕二の論理と認識では、日本の政策論議なるものは、すべて現在の予算規模からはみ出してはいけないゼロサム(⇒総額不変)の掟の下にあり、軍事関連だけが神聖な例外なのである。野党が、何か政策要求を出す場合は、必ず、現行の歳出から何かの経費項目を削減する対案を持ってきてセットで提起しなくてはならず、「国民に痛みを要求する」形態でなければ政策案として認められないのである。まさしく、財務省の代弁であり、松原耕二は財務省の代弁者そのものだ。財務省解体デモに参ずる者たちは、顔のない財務官僚を批判の対象にしているため、ロボットを相手に喧嘩しているようであり、政治闘争としてメイクセンスな絵にならない。
財務省の論理と主張は、松原耕二こそがテレビで国民に向けて発しているのであり、毎日のように世論工作を行っている。であるならば、抗議の矛先を、財務官僚だけでなく、直接に松原耕二に向けて集中するべきだろう。そして、〝緊縮財政″とか〝積極財政″とか抽象的な語を空中に飛ばすのではなく、松原耕二の言う「財源」論がいかに欺瞞に満ちたものかを具体的に糾弾するべきだ。例えば、マイナンバーカード。システムの構築・改修で1兆1700億円が投入され、ポイントキャンペーン等の普及事業で2兆円が計上されてきた。国民がマイナンバーカードの普及を国に請願したことはなく、与野党がこの政策を選挙で公約したわけでもない。だが、青天井の如く国費が注ぎ込まれ、今後も増える計画だ。けれども、いま数字が明らかになっている3兆1700億円について、松原耕二が「財源は?」と口を尖らせた記憶はない。無論、その財源は赤字国債であり、誰からもチェックを受けずに通っている
もう一例として、大阪・関西万博。2024年2月の数字では、パビリオン建設費などの国の負担1649億円以外に、万博アクションプランと称する各省庁の取り組み費用として2兆8000億円が計上されている。野党が要求する、給食費や保育士・介護士の人件費や高額医療費支援はほったらかして、万博アクションプランの費用に2兆8000億円も使われる。これは金額の明細すら明らかにされてないが、松原耕二が「財源は?」と人差し指を立て口を尖らせた場面は一度もない。当然、その財源は赤字国債だろう。国民の血税をドブに棄てている。大阪湾は血税で赤く染まっている。こんな具合に、政府財務省がやりたい放題に赤字国債をバラ撒く大型散財プロジェクトに対しては、松原耕二はスルーなのであり、「財源」の語は発されないのである。自民党と財務省にとって、賄賂(献金)が入り、天下りの面倒を見てくれる、万博アクションプランの企業の方が優先なのであり、松原耕二は財務省の代理人なのだ。