土田修氏が掲題の記事を出しました。
トランプが欧州の安全保障から手を引く可能性を匂わせたことを受けて、EU委員長フォン・デアライエン氏、英国スターマー首相、仏国マクロン大統領らは、これまで欧州の防衛は米国頼みだったのが、今後は米国抜きの独自防衛を構想しなくてはならなくなりました。
彼らにとって共通の敵はロシアで、ロシアは戦争終結後のウクライナを再度侵略するだけでなく、ポーランドやバルト3国への侵攻を開始するものと考えているようです。 ロシアでは長く低い出生率が続き、兵力への動員可能な男性人口が減少していて、欧州への侵略など夢物語なのにです。
この春、欧州は新たな戦争に向けて大きく舵を切りました。
デアライエンEU委員長は欧州の防衛力強化のため総額8000ユーロ(約130兆円)を動員する「欧州再軍備計画」を打ち上げ、フランスのマクロン大統領は、自国の核抑止力をEU全体の防衛戦略に統合することを提案。さらに英国のスターマー首相とマクロン大統領はウクライナへの派兵をEU各国に呼びかけましたが、イタリアやスペインなどの反対を受けて「欧州軍」から「有志連合」へとトーンダウンしました。
もともとロシアとの緩衝地帯であったウクライナをNATO(ソ連を敵国とする軍事同盟)に組み入れようとして、ロシアへの圧力を強めたことが、ロシアがウクライナに侵攻した理由でした。現在ロシアは、そうした不安定要素が除外されて以前の状態に戻ることをウクライナ戦争の終結の条件であるとしています。それなのに130兆円もの資金を投入してEUを再軍備するとは一体何を守ろうというのでしょうか。
そもそもゼレンスキーは保身上の理由から「ウクライナ戦争」が終結することを望んではいません。マクロンはそんなゼレンスキーと「肩を組み合って」、一体どうしようというのでしょうか。ウクライナ戦争を可能な限り続けさせようとでもいうのでしょうか。
一体どんな理由で第3次世界大戦を引き起こそうとしているのでしょうか。
この記事の後半は、そんなマクロンへの揶揄に満ちています。
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フランス発・グローバルニュースNO.18 第3次世界大戦を起こすのは誰だ?
レイバーネット日本 2025-5-24
土田修 2025-5-24
ジャーナリスト、元東京新聞記者
この春、欧州は新たな戦争に向けて大きく舵を切った。欧州委員会(EU)のフォン・デアライエン委員長は欧州の防衛力強化のため総額8000ユーロ(約130兆円)を動員する「欧州再軍備計画」を打ち上げ、フランスのマクロン大統領は、自国の核抑止力をEU全体の防衛戦略に統合することを提案。さらに英国のスターマー首相とマクロン大統領はウクライナへの派兵をEU各国に呼びかけている(現実にはイタリアやスペインなど反対する国があることから「欧州軍」から「有志連合」へとトーンダウンしている)。
背景には、米国のトランプ大統領の再登板によって、米国が欧州の安全保障から手を引くかもしれないという、フォン・デアライエン氏、スターマー氏、マクロン氏に共通した危機意識がある。これまで米国頼みだった欧州が米国抜きの独自防衛を構想しなくてはならなくなった。彼らにとって共通の敵国はロシアだ。ウクライナ戦争を始めたロシアは停戦後もウクライナを再度、侵略するだけでなく、ポーランドやバルト3国への侵攻を開始すると考えている。だが、低出生率が続くロシアでは兵力への動員可能な男性人口が減少しており、欧州侵略など夢物語だ(エマニュエル・トッド『西洋の敗北』文藝春秋)。明らかな妄想が欧州の指導者たちによって繰り返し声高に唱えられている。
政府に従順なメディアも「ロシア脅威論」を当たり前のこととして論じ始めた。例えば、日刊紙ル・モンド(3月7日付)は「欧州は大規模な再軍備なしにロシアの侵略を阻止できない」「欧州はロシアの脅威に対抗するため志願国の連合を形成すべき」という2本の記事を掲載した。トランプ氏がウクライナに対する政策だけでなく、EUやロシアとの関係まで急進的に変更していることから、「欧州は防衛戦略の見直しを迫られている」というのだ。
欧州の安全保障によって「世界秩序の未来が左右される」とし、「ウクライナ戦争が終結したとしても勝利に自信を深めたロシアはEUとの対立を続けるだろう」と同紙は予測する。だから一刻も早く「欧州が欧州製の兵器で装備し、真の戦略的自立を確立すること」が必要だと結論付けている。
欧州を欧州製の兵器で装備するには欧州全体の軍事産業を再構築する必要がある。これまで欧州の安全保障を米国主導の北大西洋条約機構(NATO)に任せてきただけに、欧州がフォン・デアライエン氏の提案に応じて一丸となって再軍備計画に邁進したとしても、欧州が「戦略的自立」を確立するには10年、20年かかるだろう。再軍備計画のためには、トランプ氏の望み通り、EU各国は防衛費をGDP比で5%に引き上げなければならない。結果としてEUは相変わらず米国製の兵器を買い続けるしかないのだ。
防衛費を増大し、軍国化を進めるうえで、EU各国は巨額の資金を調達する必要に迫られる。ル・モンド・ディプロマティーク日本語版4月号に掲載された記事「再軍備に走る欧州」(筆者はパリ=サクレー高等師範学校のフレデリック・ルバロン教授とピエール・ランベール同紙記者)はこう指摘する。「負債を抱え、内部でも分裂していて、経済的にも軍事的にも足元の覚束ないEUが、ウクライナの大統領に支援を継続する一方でトランプ氏の歓心を買うことをどうやって両立できるのか? その答えは一言に尽きる。軍事ケインズ主義(⇒政府が積極的に経済に介入し、景気調整や安定化を図るべきとする考え方)だ。さもなければ、米国の武器で兵器庫を満たすために借り入れをして、そしてそのツケを国民に払わせるために緊縮策を強いることがどうしてできよう」
軍事ケインズ主義とは、政府が戦争を準備し多大な軍事費を投入することで経済成長や雇用創出を促進しようとする経済政策の考えで、冷戦期の米国などで採用された。現在、マクロン政権は間違いなく、軍事ケインズ主義に突っ走っている。マクロン氏は防衛費を増大するため、1945年以来、前例のない「戦時体制への準備」を国民に浸透させようとしている。防衛予算を増やすには公共サービスや社会福祉に充てる予算を減らすしかない。
そのためマクロン氏はフランス国民に生活スタイルの変更や意識変革を求めている。マクロン氏は3月5日の演説で「フランス人は平和との決別を受け入れる準備ができているのだろうか」と問いかけ、こう続けた。「祖国はあなた方の献身を必要としている。ウクライナの新たな状況下で、フランス人は今度こそ戦争に自分たちが関係していると感じ、犠牲を払う準備ができているのだろうか」
一体何のための戦争準備なのか? マクロン氏は2月19日に地域紙のインタビューに応じ、「ロシアは欧州にとって存立の危機である」と発言している。2月28日にホワイトハウスでトランプ氏とゼレンスキー氏との会談が決裂した翌日、マクロン氏は「第3次世界大戦を起こす人がいるとすれば、それはウラジーミル・プーチンだ」と怒りに任せて決めつけた。欧州が想定する敵国はロシアなのだ。
フランスには、2029年までに欧州でロシアとの戦争が起こる可能性について繰り返し警鐘を鳴らしている欧州議会議員もいる。フランス社会党と連携している政党「プラス・ピュブリック」代表のラファエル・グリュックスマン氏は「戦争は2029年までに欧州の地に及ぶ。だからこそ、バルト3国、ポーランド、スカンジナビア諸国の軍隊は、軍事的対立に向けて活発に準備を進めている」と主張している(週刊誌ヌーベル・オプス「欧州の戦争」、3月19日付)。
グリュックスマン氏によると、欧州によるウクライナへの軍事支援が増えれば増えるほど、欧州に向けたロシアのハイブリッド攻撃(サイバー攻撃、経済的圧力、情報戦など)は強まっているという。それが唯一、対ロシア戦争が不可避であることの根拠なのだ。彼はトランプ氏を「独裁者」と決めつけ、(トランプ大統領の再登板によって)民主国家ではなくなった米国に対し「自由の女神像を返せ」と要求した人物でもある(ヌーベル・オプス、3月5日付)。この要求はトランプ政権のレヴィット報道官によって「フランスの無名の政治家にアドバイスしたいことは、フランス人がいまドイツ語を話していないのは(ドイツに占領されたフランスを解放した)米国のおかげだと思い出すべきだ」と反論され、世界中で笑い種になった。
最近、プラウダ英語版(5月20日付)に「マクロン政権は第3次世界大戦への道を突き進む」と題する記事が掲載された(独立系メディアE-wave Tokyoより)。執筆者は、マイダン・クーデターが起きた2014年まで4年間、ウクライナの首相を務めたミコラ・アザロフ氏で、ウクライナへの地上部隊派遣を表明したマクロン氏を「完全に無責任な政治家だ」と批判している。アザロフ氏は、マクロン氏の提案がNATO憲章第5条(NATO加盟国が攻撃された場合、全加盟国に対する攻撃とみなすという「集団的自衛」の原則)に準拠していることから、ウクライナをNATO加盟国として扱っているうえ、外国軍の駐留自体がウクライナ憲法に違反していると指摘する。
ロシアとNATOとの戦争を誘発しかねない提案によって、マクロン氏はスターマー氏やドイツのメルツ首相とともに「第3次世界大戦の勃発」に向かっており、危険な賭けに打って出ようとしている、というのがアザロフ氏の主張だ。過去において世界戦争は常に欧州で始まった。2024年5月、ウクライナ戦争を理由に大統領選挙を回避し、その正統性に疑問符の付くゼレンスキー大統領が戦争継続を望んでいるのは間違いない。歴史的に「ロシア嫌い」のEUはその背中を押し続けている。仮想敵国を作り出し、戦争準備を始めること自体が「戦争の入り口」であり、戦争そのものなのだ。
一方、威勢よく戦争準備の太鼓を叩き続けるマクロン氏だが、かつて「マクロンする(macroniser)」という言葉がフランスのメディアやネット上に登場したことがある。「偉そうに大言壮語するが、実際の行動が伴わない」「心配するが何もしない」という意味で、「口だけ番長」のマクロン氏を揶揄したものだ。戦争準備のため国民に献身と犠牲を求める「皇帝」然としたマクロン氏に、「コロナ感染拡大以来、戦闘的な言葉が増えている」と冷ややかな視線を向けるフランス国民が多い。
だが、EUがロシアを仮想敵国とした再軍備計画を推し進めることで、将来的にロシアとの国境線で不測の事態が起きるかもしれない。EU理事会は5月20日に新たなロシア制裁パッケージを採択したが、制裁を回避してロシア産の石油を運ぶ「影の船団」を対象にすることが含まれている。公海上での紛争が戦闘の引き金になることも否定できない。欧州戦争、ひいては第3次世界大戦勃発の危険性は欧州の対ロシア政策によって否応なしに高まっている。
トランプ氏に粉砕されたマクロン氏の思惑
トランプ氏はウクライナがNATOに加盟しないこと、ロシアによるクリミアとウクライナ東部4州の併合を認めることを前提とした和平交渉を進めようとしている。米国は戦後の安全保障の保証にも関与しないし、停戦後の監視軍への参加も拒否している。トランプ氏は有言実行のリーダーだ。米国の代理戦争として始まったウクライナ戦争は「米国の戦争」ではなく、「民主党バイデンの戦争」でしかなかったことを早々と見抜いていた。2008年4月のブカレストNATO首脳会議で「ジョージアとウクライナを将来的にNATOに組み込む」と宣言した際、プーチン氏は「それは絶対に許さない」と反発していた。その言葉通りにロシアはジョージアに続いてウクライナに侵攻した。プーチン氏もまた有言実行のリーダーなのだ。
「口だけ番長」が有言実行のリーダーに太刀打ちできないのは当然のことだ。それを思い知らされる一幕が、4月26日にバチカンのサンピエトロ大聖堂で行われたフランシスコ前教皇の葬儀の場で演じられた。葬儀に参列したトランプ氏とゼレンスキー氏は葬儀後、堂内でホワイトハウスでの言い争い以来となる面談にのぞんだ。急拵えでポツンと置かれた2脚の赤いイスに座って顔を突き合わせるようにして話し合う2人の姿がSNSに流れた。だが、その直前にインドのテレビ局Times of Indiaが衝撃的な映像を撮影していた。
まず、堂内でマクロン氏がゼレンスキー氏の肩に手を回し、トランプ氏に仲直りを催促しているような姿が映っている。背後には、丸いテーブルとともに赤いイスが3脚並んでいる。次の瞬間、トランプ氏は険しい表情でマクロン氏を制止し、「お前は間違っている。お前はここにいるべきではない」と諌めている(Times of Indiaの読唇術より)。
マクロン氏はトランプ氏とゼレンスキー氏との歴史的な和解に関与し、手柄を立てたかったのではないか。世界中の首脳が列席するフランシスコ教皇の葬儀は、マクロン氏にとって国際舞台で存在感をアピールするチャンスだったのだ。その思惑はトランプ氏の拒絶によって一瞬にして潰え去った。サンピエトロ大聖堂内で3脚から2脚に減らされた赤いイスが欧州の凋落ぶりを象徴している。
フランス国内では、ド・ゴール主義を標榜する右派政党「立ち上がれフランス」のニコラ・デュポン=エニャン党首が「フランス大統領はバチカンで屈辱を受けた」とマクロン氏に辞任を求めている。右派「愛国者党」のフロリアン・フィリポ党首は、トランプ氏の目前でゼレンスキー氏の肩に手を回しているマクロン氏の行為に憤慨している。これは、ゼレンスキー氏支持を表現する行為であり、ウクライナ戦争の和平交渉を進めているトランプ氏に対する侮辱だというのだ。
フィリポ氏は2024年6月に行われた欧州議会選挙の際に、「NATOは第3次世界大戦を煽っている」と主張し物議を醸したことがある。愛国者党を含めた右派政党はNATOからの離脱を求めている。「フランスは消滅の危機にある。われわれが自分で目覚めなければ、嫌でも目覚める時がくる。しかし、それは残酷で痛ましいものになるだろう」。フィリポ氏の欧州市民への呼びかけは、あながち的外れではない。「フランスは消滅の危機にある」という言葉はいまや、「欧州は消滅の危機にある」に置き換えることができそうだ。
トランプ政権は経済グローバリゼーションとネオリベラリズムを否定し、第2次世界大戦後の「米国一極支配」に終わりを告げようとしているようだ。トランプ氏が描く、米国・中国・ロシア「3大国」による世界の地政学的構図にとって、最大の障害物はEUなのだ。核抑止力を背景に「欧州の盟主」たらんとするマクロン「皇帝」の願いは、トランプ旋風を前に風前の灯となっている。