2026年1月29日木曜日

~ 共産党は中道へのネガキャンをやめて対話とエールを

「世に倦む日日氏」が掲題の記事を出しました。
 記事は「中道新党がスタートした途端、共産党と支持者から激越で執拗なネガティブキャンペーンが開始された。注目の主役に躍り出た中道新党を攻撃することで、共産党と左派が自らの存在意義を証明する立地を得たとばかり高揚し、中道への反発をエネルギー源にして選挙態勢を活性化させている」と書き出しています。
 それは公明党と立憲党が合流して中道政党を結成することを提唱していた同氏にとって心外な反応でした。何故なら高市首相がスパイ防止法と憲法9条改憲を内容とする今回の「白紙委任」選挙で勝利した場合、最も過酷な運命に遭うのが左派であり共産党であるからだと述べます。スパイ防止法は戦前の治安維持法・治安警察法に当たり、9条改憲は勿論軍国主義への回帰です。

 反動政治がそこで止まることはないので、早々に徴兵制施行へ進み、その後は軍国主義最優先という完全な戦前復帰が完成します。それこそが狂気の高市政権が実現しようとしている将来像であり、世に倦む日々氏がその実現を芯から怖れている事態です。
 では今回の選挙で共産党、れいわ、社民党が伸長して、高市氏のその構想を阻止できるのかと言えば残念ながらその可能性はありません。
 極右の維新、参政党、国民党が議席を拡大する可能性がある中で、唯一「高市政権を退場させられる」と期待できるのが「中道改革連合」です。たとえ中道改革連合の新綱領や政策にどんなに弱点があろうとも、極右の高市政権が信任されて継続するのに比べれば、どれほど望ましいことかということです。2014年の都知事選の「愚」を再び犯すべきではない=「社民主要打撃論」に陥るべきではないと述べます。
 そして少なくとも「高市を倒して石破に戻し、ファシズムへの雪崩れ込みを止めないといけない」と述べます。

 ところで高市首相は27日、福島県二本松市で行った衆院選の応援演説で「自民と維新の会で過半数割れをしたら私は総理大臣を辞めるという約束をした。でも続けさせてください」と訴えた(毎日新聞)ということです。
 彼女はかつて国会で総務省の文書に記述されている件で追及されたとき「当該の文書は偽物であり、そうでなければ国会議員を辞める」と断言しましたが、後に同省の正規文書であることが明らかにされても決して辞任しませんでした。
 今回の選挙で与党で過半数が得られなくても政権与党であれば多分辞めないで凶悪な極右政治を継続するだろうと思われます。
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高市の白紙委任要求の解散宣言 ー 共産党は中道へのネガキャンをやめて対話とエールを
                       世に倦む日日 2026年1月25日
中道新党がスタートした途端、日本共産党と支持者から激越で執拗なネガキャンが開始された。中道新党(特に立憲)に対して「裏切り者」という非難が浴びせられ、のタイムラインを埋める状況になっている。注目の主役に躍り出た中道新党を攻撃することで、共産党と左派が自らの存在意義を証明する立地を得たとばかり高揚し、中道への反発をエネルギー源にして選挙態勢を活性化させている。立憲と公明の同盟を予測し提起し要請し、そして実現を見て興奮していたところの、言わば「生みの親」の立場である私は、この光景を意外に思う。誤算であり遺憾であり、落胆して意気消沈する。こんなはずではなかった。高市の高支持率に戦々恐々としていた左派にとって、中道新党の誕生と勃興は願ってもない救世主の登場であり、高市を選挙敗北に追い込む絶好のチャンス到来のはずだった。強大な魏に対して戦う蜀が連合する呉として認識して当然だった。

なぜなら、高市が今回の「白紙委任」選挙で勝利した場合、最も過酷な運命に遭うのが左派であり日本共産党であるからだ。高市が言う「白紙委任」の中身は、スパイ防止法であり、9条改憲である。国論を二分する政策だと自ら堂々宣告している。統一教会が旗振り役で推進してきたスパイ防止法は、戦前の治安維持法と同じ実質が計画された、戦争遂行のための国内の言論統制と左翼勢力の弾圧を目的とする治安立法に他ならない。法改悪され、運用で拡大解釈され、反戦論者は「中国のスパイ」認定され、摘発排除され、最終的に共産党非合法化まで行き着くだろう。9条改憲の後は(後になるか先になるか不明だが)国防が国民の義務となって、間違いなく徴兵制施行の段階へ進む。そうした政治の進行が、選挙での高市圧勝後に実際に起こるのであり、それらが正当化されるのであり、マスコミも翼賛だけで反対はしなくなるのである。戦争本番だけが近づく白紙委任とはそういう意味だ

1/23、仙台市内で共産党ポスター70枚に黒スプレーで落書きされる事件が起き、地元紙で報道された。昨年都議選でも発生していたらしい。高市勝利後の政治反動が先取りされている。右翼にとって日本の左翼や共産党は「非国民」であり、国家にとって有害な生物で、存在を最初から否定している。人権を認めておらず、その必要を感じておらず、強権と暴力で駆除するべき対象なのだ。同じ平等な国民として認識しておらず、言わば戦場空間での敵兵や便衣兵だと見做している。「中国のスパイ」だとレッテルを貼りフラグを立てた者には、自由な言論や市民としての活動を認めず、また、強制支配に抵抗する者には刑罰を与えて拘禁するか、小林多喜二のような残酷な運命(見せしめの虐殺)も当然だと考えている。今の右翼の認知と観念はそうなっていて、高市が選挙で国家権力を掌握すれば、法制度とその運用によって、私刑によって、かかる右翼の欲望が現実化する環境に変わるだろう

決して誇張を言っているつもりはなく、社会科学的視座から正確な政治予測を示しているだけだと思うが、左翼には危機感と緊張感が全くない。社会科学は実験ができない代わりに歴史(経験)を論証の根拠に使う。タイムラインに出る左翼は、「高市が勝ったらディストピアだ」という警鐘を拡散しつつ、同時に中道叩きの貶言や咆哮に血道を上げている。私はこの精神構造が理解できない。もう少し、麻生太郎の「ナチスの手口を学べ」発言の真意を深刻に考えたらどうか。高市や麻生や統一教会が理想とする日本の像は、1930年代の軍国日本・ファシズム日本であり、そこが彼らの黄金の(失われた)故郷であり、その地平に帰ることが念願の目標なのだ。彼らの政治行動の最優先の動機はそこにあり、価値観の核心はそこにある。彼らが「保守」と呼ぶ理念・イデオロギーの中身は「反共軍国」だ。天皇をアメリカに置き換えれば、すべてが矛盾なく整合されるだろう。岸や吉田の復活なのだ

中道新党が出現しなかったら、高市に障害はなく真っすぐにそこに突き進んでいた。どう考えても、客観的に左派にとって中道新党は救世主である。赤狩りと戦争を阻止する可能性が出てきたと安堵できる政治的契機だ。だが、共産党と支持者はネガキャンに徹し、不信と拒否を爆発させ、自分たちこそ「真の反自民」だと絶叫して意気込んでいる。小選挙区の反高市票が中道に回らないように左派世論を調略し、小選挙区で立てた共産候補に回収するよう運動している。小選挙区は乱立状態となり、反高市票が中道一本に纏まる構図にならなかった。高市にとっては左派リベラルが分裂し自滅して高笑いの絵だが、私にとっては想定外の最悪の事態だ。2014年の都知事選を想起させる。あのとき、共産党と左翼は、現職自民系の舛添要一を勝たせる自滅を演じながら、嬉々として細川護熙の首を上げ狂喜乱舞していた。細川が勝てば STOP THE ABE なのに、その政治を破壊し蹂躙して勝鬨に酔っていた

今回、志位和夫までが中道ネガキャンの旗を振り、その倒錯に唖然とさせられた。本来なら、中道新党が立ち上がった時点で、歓迎と祝福のグリーティング・メッセージを送り、対話と協調を呼びかけるべきだっただろう。中道と左派が呉と蜀の如く一つに纏まれば、魏の高市に勝てる公算が大きくなるのだから。政策の違いを超え、過去からの仇讐を脇に置き、反高市勢力の糾合増大を求める国民の声に応えて、戦争と暗黒に直進する悪魔的右翼政治を止める戦略に出るべきだっただろう。それは十分可能だったはずだ。今回の中道新党の基本政策は、玉木国民取り込みが思惑され優先され、安保法制合憲化とか、自衛隊位置づけ明記とか、緊急事態条項とか、原発再稼働とか、右寄りの刺激的な政策が羅列した内容になっている。共産党と支持者がアレルギー反応を起こすのは当然だ。立憲の中でも右派の馬淵澄夫や野田や安住が動いて極秘裏に固めたため、左派の論理は無視され、左派の譲れない一線は考慮されなかった

しかし、もし中道新党が立ち上がった時点で、志位和夫が歓迎して対話を呼びかけ、辻元清美や小西洋之や蓮舫が動き、杉尾秀哉や長妻昭が動けば、右翼臭の強烈な政策部分にはシールが貼られ、左派リベラルも一応安心できる基本政策の概要と外観への化粧直しが可能だっただろう。一番いいのは、志位和夫が公明党本部を訪問することである。新党の門出を対面で祝辞する形式儀礼の機会を作って、衆院同期で同じ理工系の斉藤鉄夫と話し合えばよかった。斉藤鉄夫と野田佳彦のテレビでの説明を聞くと、むしろ斉藤の方が野田より左寄りの政策主張を発しているのが特徴で、「右傾化を止める」とか「憲法の平和主義を守る」という言葉が散見された。テレビの前の、そして選挙直前の学会女性部が意識されているのだろう。今回、公明は自民との連立を断ち、さらに勇躍して立憲との新党結成に出た。この決断と実行は重い。反高市の勝負に命を懸けたと言っていい。大きな転換の瞬間だ。ならば、共産党も真摯に受け止めるべきではないか

日本共産党は、中道新党批判の常套句として「古い自民党政治と同じ」という言説を強調する。従来の自公政権の政策をそのまま中道新党で引き継いでいて何も変わらないと言い、左派である自己の正当性を訴求する惰性の戦略に出ている。そして、その指摘を鵜呑みにしている左翼が多い。が、再考と検討を要すべきポイントは、公明がそのように従来の政策をそのまま引き継ぎたいのなら、それが可能なら、何も無理に連立離脱する必要はなく、野党に戻る必要はなく、わざわざ立憲と合同する必要はなかったではないかという問題だ。たしかに政策要綱を見るかぎり、中道の政策は公明の政策がスライドした中身であり、すなわち、立憲が従来の立ち位置を捨てて右寄り旋回した形で、共産党の批判は一般論として当を得ている。けれども、公明はどうしても高市自民とは組めなかった。つまり、高市自民は同じ自民でも石破自民とは根本的に異なるのである。ファシズムの極北へ狂奔する悪辣な極右政党と化している。なので、公明は高市自民とは同居不可能だったのだ

高市自民と石破自民とは違う。この点を左翼はよく認識すべきで、中道新党を判断する上で念頭に置くべき命題だろう。左翼に納得と妥協を得たいのは、高市自民の暴走を阻止するためなら、石破自民に戻す選択をしてもよく、穏健保守である石破自民の延長たる中道新党に協力してもよいではないかということだ。拒絶や敵対をする必要はない。むしろ、左派の側から中道に風を送り、中道を小選挙区で勝たせる布陣構成を補助し、戦闘を側面支援すればよいではないか。赤壁の決戦で魏を撃破する呉蜀の関係になればいい。小選挙区で中道を支援する配置に共産党が回れば、共産党の基礎票が中道候補に上積みされる結果になる。それは中道の選挙にとって重要なプラス材料だろう。仮にこうした建設的な関係が静かに成立すれば、中道の基本政策にも修正や調整の余地が生まれるはずで、そうした前向きな努力の奏功により、中道は左右にウィングを広げて支持層を厚く抱える大きな勢力になるだろう

政権政党をめざすのだから支持層はぶ厚くてよい。安住淳は前からそう言っていた。左派や共産支持者を切り捨てるのは無意味だ。と言うより、今回の動きを見て強く懸念されるのは、共産党というのは、このように政策や思想の近い部分と対立関係を激化させたとき、バイタルになる特性を持っている点で、いわゆる「社民主要打撃」の本能が爆発する弊害である。共産党政治の悪しき生理と属性と言うしかない。2014年の都知事選の醜悪な内ゲバの展開が、今回再び再現されたらどうしようかと憂慮する。リアルな問題として遺伝は遺伝であり、生理的衝動は制御が困難な特質だから、その点については中道指導部に譲歩と賢慮を求めたい。共産党を刺激せぬよう、共産支持者からも小選挙区で票の提供を得られるよう、政策と討論で細心の注意を払うべきだ。泥仕合を避け、選挙が相互に有益になるよう、関係性の善処に腐心すべきだ。そのためには、公明が共産に対してオープンで受容的になる必要がある

選挙戦が、①極右高市、②中道新党、③左派 の三極鼎立になった場合、あるいは、①極右高市、②中道新党、③新興右翼、④左派 の四極乱戦になった場合、中道新党に勝ち目はない。中道新党と左派が一塊に結集し、中道リベラル左派の骨太の対抗軸を明確にし、無党派層に共感を広げて受け皿となったとき、はじめて小選挙区の得票を最大化して勝機が生まれる。これはお花畑の夢想を垂れているのではなく、合理的なウィニング・ストラテジー⇒勝利の戦略)の要諦の整理であり、冷静な知見と観点からの情勢分析と戦略提案である。極右高市に勝利させてはいけない。左派も中道も、謙虚になり真剣になって考えていただきたい中道新党は、この戦いに負ければ確実に空中分解する。立憲は参院も含めて解散となり、玉木国民に吸収合併される公明も展望を失い、久江雅彦が言っていたように創価学会は国政から足を洗う末路に向かう。立憲も公明も政党主体の存在を消す中で、極右高市が主導する大政翼賛会が編成される。強大な大国と総力戦の戦争を始めるのだから、大政翼賛会は必然の帰結だと言える

共産党は追い詰められている。赤狩り禍の恐怖と迫害の悪夢が一寸先に迫っている。見通しは暗い。楽観的にはなれない。窮地に立っている自覚を持つべきではないのか。自由な言論も議会制民主主義も風前の灯なのに、中道叩きの軽口や扇動で身内で盛り上がって燥いでいるなど、ナンセンスきわまりない。何度も述べてきたとおり、私は共産党と公明党が手を結ぶべきだと信念する。清張の遺志に素朴に即くべきだ。弱者が団結して自民党政権を転覆する政治革命は、それが唯一無二の形態だと確信する。わずか半年前、左派は懸命に「石破やめるな」をコールし、右翼によ石破おろしを阻止する政治運動を興して世論に訴えた。石破政治と高市政治とは違う。中道新党がめざすのは石破政治だ。何が違うのか。まず、中国との安保外交が違う。石破は「台湾有事を起こさせないのが自分の使命だ」と言った。アメリカ・トランプに対する態度も違う。「なめられてたまるか」と言ったのはG7首脳の中で石破だけだ。当時は石破は孤立した位置にあったが、今はみな石破の態度に整列している

高市を倒して石破に戻し、ファシズムへの雪崩れ込みを止めないといけない。