「耕助のブログ」に掲題の短い記事が載りましたので紹介します。
原著者は「自国の後ろ盾である米国を信頼している日本人はわずか22%に過ぎない」ことを前提に、「日本人は今日、米国、特にトランプ政権を嫌悪しているのに、日本の支配階級が、自国民が嫌悪する外国の指導者を称賛している」として、「どうしてこれが民主主義と言えるのだろうか」と問題提起しています。
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日本は民主主義国家か?
耕助のブログNo. 2967 2026年7月15日
Is Japan a Democracy?
by Arnaud Bertrand @RnaudBertrand
この絵のどこがそんなに陰鬱なのかを言葉にしようとしたが、それは属国が主君を祝っているとか、被占領国が占領者を祝っているとかいうことではなく、祝賀という側面にある。つまり、ある国が服従を喜びの象徴とし、空を照らすほどの祝賀の対象にしているということだ。
またこれは日本がそもそも民主主義国家ではないことを示している。ド・ゴールはかつて「民主主義は国家主権と全く区別がつかない」と述べていた。
(https://charles-de-gaulle.org/blog/2021/09/13/quelques-reflexions-sur-la-souverainete-selon-de-gaulle-par-arnaud-teyssier-et-frederic-fogacci/)。
つまり、民主主義は主権を必要とするだけでなく、民主主義そのものが主権なのである。
それも当然だ。国に主権がなければ、どうやって国民が国の未来を決定できるのだろうか?バスのルートを他人が決めているのに、誰がバスを運転するかを決めることに何の意味があるだろうか?
今回の場合はさらに深刻だ。なぜなら日本人は今日、米国、特にトランプ政権を嫌悪している。国内調査によると、自国の後ろ盾である米国を信頼している日本人はわずか22%に過ぎない。(https://japannews.yomiuri.co.jp/politics/politics-government/20250630-266708/)
つまりは日本の支配階級が、自国民が嫌悪する外国の指導者を称賛しているということだ。どうしてこれが民主主義と言えるのだろうか?
これがどれほど持続可能なのか疑問である。特に日本のようなプライドの高い国ではいずれ反発が起こるはずだ。
しかし、これもまた新しいことではなく、日本のこれまでの反応は、むしろ静かな内向きの崩壊に近いものだった。抵抗する本能が緩やかに消えていくのは、生きる本能の緩やかな消滅と同義である。
https://x.com/RnaudBertrand/status/2073980083484889422