2023年11月23日木曜日

23- 米大統領選挙に殴り込むウクライナ戦争(仏発 海外情報ー3)

 ブログ「レイバーネット日本」の新連載「フランス発・グローバルニュース」3回目です。
 米国のバイデン政権はイスラエルとウクライナを支援する緊急予算を議会に要求していましたが、11月2日に米国下院で可決されたのはイスラエル支援向け予算(100億㌦)だけで、ウクライナ支援向け予算(600億㌦)は除外されました。
 これはウクライナ支援の是非について共和党が真っ二つに割れているためです。あとは米軍の在庫から送るという方法がありますが、輸送のための予算も2カ月分に当たる16億ドルしか残っていないということです。
 共和党員に格別の人気と影響力を持つジャーナリストのタッカー・カールソン氏は、ゼレンスキーを「独裁者」と呼び「ウクライナ戦争はアメリカによって引き起こされた。今こそウクライナへの資金援助をやめるべきだ」と主張しています。
 困窮したゼレンスキーはイスラエルのネタニヤフに電話しイスラエルへの全面支持を表明し、支援のためイスラエルを訪問する」と告げましたが「今、忙しいから」と断られたということです。それにしてもイスラエルを全面支持するとは「正義の人」にあるまじき冷酷な発言で、それではとても諸国民からの支持は得られないことでしょう(米国・NATOのトップはいざ知らず)。
 実際にそれらの国々との軋轢も明らかになりつつあります。ウクライナのリーダーたちの間に汚職体質が蔓延している中では、関係各国が「支援疲れ」から「停戦に向かうべし」の声を高めるのは自然の成り行きです。
 もともと「ミンスク合意Ⅱ」を裏切ったのはゼレンスキーであって、それで時間を稼ぎながら軍備を拡張し、準備万端を整えてドンバス地方のロシア系住民制圧に動き出す直線に、逆にロシアの侵攻を受けたのでした。
 いまウクライナ軍隊内の士気は低く厭戦気分が蔓延しているようです。兵役を逃れるために渡河したりして隣国に逃れた男性が2万人以上もいる他に、多数の人たちが役人に賄賂を贈って隣国への脱出を図っているということです。
 国民の仕合せを大事にするのなら、絶えず世界各国に支援を要求しながら戦争を継続するのではなく、「相応な譲歩も含めた停戦」に向けていまこそ舵を切るべきでしょう。「ミンスク合意」風の口先だけのものではもうまとまりません。
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フランス発・グローバルニュースNO.3/米大統領選挙に殴り込むウクライナ戦争
                        レイバーネット日本 2023-11-20
2023年9月からの新連載「フランス発・グローバルニュース」では、パリの月刊国際評論紙「ル・モンド・ディプロマティーク」の記事をもとに、ジャーナリストの土田修さんが執筆します。毎月20日掲載予定です。同誌はヨーロッパ・アフリカ問題など日本で触れることが少ない重要な情報を発信しています。お楽しみに。今回はウクライナ支援をめぐるアメリカの状況を取り上げます。(レイバーネット編集部)

フランス発・グローバルニュースNO.3(2023.11.20)  土田修

米大統領選挙に殴り込むウクライナ戦争
 アメリカのバイデン政権はイスラム組織ハマスの攻撃を受けたイスラエルと、ロシアによる軍事侵攻が続くウクライナを支援する緊急予算を議会に要求していたが、11月2日に下院で可決されたのはイスラエル支援向け予算(100億㌦)だけで、ウクライナ支援向け予算(600億㌦)は除外された。下院で多数を占めている共和党が強硬に反対したためだが、ホワイトハウスのサリバン大統領補佐官が今回の予算要求(総額1000億㌦)を「アメリカの安全保障を高めるために非常に重要だ」と説明していただけに衝撃は大きかった。
 アメリカ議会は10月、共和党の保守強硬派の議員がマッカーシー下院議長(共和党)と新年度予算をめぐって対立、史上初めて議長が解任されるなど機能不全に陥っており、危うく政府関係機関が閉鎖になるところだった。アメリカによるウクライナの軍事支援は、アメリカ軍の在庫から送る方法と、企業から武器を購入して送る方法があるが、ウクライナ向けの支援予算が議会で拒否されたことから、企業から購入して送る方法はストップしてしまった。アメリカ軍の在庫から送るための予算も16億ドルしか残っておらず、現在のペースでウクライナ支援を続けるのもあと2カ月が限度とみられている。  

■今こそウクライナ支援をやめるべきだ
 フランスの月刊紙ル・モンド・ディプロマティーク(ディプロ)は、2023年8月号で「米大統領選挙に殴り込むウクライナ戦争」(セルジュ・アリミ記者、土田修翻訳、日本語版11月号)という記事を掲載しているが、アメリカ議会がすったもんだする以前に、共和党内部の分裂を予告していたことになる。筆者である、ディプロ前編集責任者のアリミ記者はフランス・ジャーナリズムの世界でアメリカ通の記者として知られている。アリミ氏はウクライナ支援をめぐって共和党内部の議論が真っ二つに割れている現状を暴露、来年の大統領選挙を前にこの事態がウクライナ戦争の将来を大きく左右する事態になると予測している。
 アリミ記者によると、ウクライナの指導者たちはバイデン氏が再選されるのか、または共和党候補者の中から当選者が出るのかによって自分たちの運命が大きく変わると考えているという。トランプ政権で副大統領を務めたマイク・ペンス氏は共和党内のウクライナ支援支持派の一人で、「アメリカ政府のウクライナへの武器供与は遅すぎる」とバイデン政権の背中を押しており、「自分が大統領になったらウクライナ支援をやめる」と公言しているトランプ氏と対立していた。一方、共和党員に格別の人気と影響力を保持するジャーナリストのタッカー・カールソン氏は、ウクライナのゼレンスキー大統領を「独裁者」と呼んで嫌っており、「ウクライナ戦争はアメリカによって引き起こされた。今こそウクライナへの資金援助をやめるべきだ」と主張している。

 昨年7月に開催された共和党の討論会で司会を務めたタッカー氏は、トランプ氏に対抗して大統領選挙への出馬を表明したペンス氏に対し、「あなたはウクライナではアメリカの戦車が足りないと嘆いているが、過去3年間でアメリカの経済は悪化の一途をたどり、自殺率は跳ね上がり、犯罪が急増している。なのにあなたは地図上でどこに位置するのかわからないような国(ウクライナ)に戦車が足りないことを心配している」と激しく攻撃し、聴衆からスタンディング・オベーションが起きた。その後、ペンス氏は大統領選挙への出馬を撤回した。

 アリミ氏の分析によると、この分裂は「新保守主義(ネオコン主義)」と「アメリカ・ファースト」の孤立主義という共和党内部の対立にさかのぼる。自由主義や民主主義を掲げて世界中で武力介入を繰り返す帝国主義的なネオコン主義は長らく、レーガン氏やブッシュ親子時代の共和党にとって支配的だった。ところが、トランプ氏は、「国外での戦争と企業の国外移転によってアメリカに経済的・社会的惨状を引き起こしている」と主張し、共和党内部で帝国主義的政策より孤立主義的なナショナリズムを重視、2016年の大統領選挙でヒラリー・クリントン氏を打ち破った。

 だが、この記事によると、こうした孤立主義を重視したのはトランプ氏が最初ではないという。ニクソン大統領の下で首席補佐官を務めたパトリック・ブキャナン氏は、ソ連崩壊直前の1991年9月に「共産主義の脅威が消え去ったのだから、アメリカは世界の警察官として行動するのをやめなければならない。そしてアメリカ・ファーストの政策をとらなければならない」と主張し、ワシントン・ポスト紙のコラムでこう書いた。「なぜわれわれはよその国民の内部紛争に首を突っ込むのか、なぜ、われわれはペルシャ湾の平和を守らなければならないのかを深く自問しなければならない。われわれの街で無作法や暴力、民族間の緊張が高まっているのだから自分たちの社会に注意を向けなければならない」。「アメリカ・ファースト」はトランプ氏のオリジナルではなかったのだ。

 2001年9月11日に発生した同時多発テロ事件が「アメリカ・ファースト」の孤立主義をわきへ追いやり、「対テロ戦争」の擁護者であるネオコン主義を利する結果となった。だが、それも長続きはしなかった。アリミ記者はこう指摘する。「アメリカのアフガニスタンとイラクでの戦争の失敗、企業の国外移転、自由貿易主義や帝国主義のエリートの信用失墜が共和党と民主党の両党において、孤立主義への誘惑を蘇らせた」。その言葉通り、2016年に大統領に就任したトランプ氏は「アメリカは腐り切ったグローバリズムを拒絶した。私はアメリカの大統領だ。世界の大統領ではない」と宣言した。

 だが、トランプ氏が粉砕したはずネオコン主義の共和党員が勢力を維持し、戦的な態度を変えることはなかった。レーガン流の「帝国主義」を懐かしむFOXニュースやウォールストリート・ジャーナルなどのメディアは多くの共和党員や「戦争研究所」のようなネオコン系シンクタンクなどとともに、ネオコン主義を支持し続けた。アリミ記者によると、トランプ氏は「トランプ氏におもねり、外交政策の足枷になったタカ派を自分の政権に多数入閣させ、問題を拡大した」という。

 確かにトランプ政権の副大統領、国務長官、防衛大臣、安全保障担当の大統領補佐官らはネオコン主義者だった。「アメリカ・ファースト」を標榜するトランプ氏は退任時に「ここ数十年間で新たな戦争を始めることのなかった初めての大統領だ」と胸を張ったが、実際は好戦的なネオコン主義や軍産複合体と手を切ることができず、シリア空爆やイランのイスラーム革命防衛隊の将軍の暗殺を命じている。  

■足元から揺らぎ始めたゼレンスキー政権
 前回の大統領選挙でトランプ氏を見限り、バイデン氏支持に回ったネオコン主義と軍産複合体が幅を利かせているバイデン政権にとって、ウクライナ支援向けの予算の除外は大きな痛手となる。軍事企業から武器を買い取る資金が枯渇し、ウクライナへの資金と武器の援助がストップすれば、ゼレンスキー政権は「アメリカの代理戦争」でしかないウクライナ戦争を継続することが難しくなる。そこへパレスチナで新たな紛争が始まった。
 欧米の関心がウクライナから中東に移り、取り残された感のあるゼレンスキー氏は、イスラエルのネタニヤフ首相に電話し、イスラエルへの全面支持を表明、「支援のためイスラエルを訪問する」と告げたが、ネタニヤフ氏は「今、忙しいから」と言って断っている。ユダヤ人であるゼレンスキー氏のこうした行動に対し、ウクライナ国内では批判が強まっており、政権の支持率が大幅に下がっている。ウクライナのお家芸ともいえる汚職も支持率低下に一役買っている。

 全国的に徴兵担当者が徴兵対象者から賄賂を受け取って出国の手助けをしていた、国防大臣が汚職疑惑で更迭されたなどは一例に過ぎない。ほかにもゼレンスキー氏がニューヨークに行った際に同行した妻が五番街の高級店で爆買いする姿が激写されている。ポーランドとスロバキアがウクライナ産穀物の輸出入をめぐってウクライナへの軍事支援の停止を通告し、欧州連合(EU)の結束が乱れているが、スロバキアの首相はウクライナの汚職体質を支援停止の理由に挙げている。

 ゼレンスキー氏の焦りの背景には、欧州連合(EU)内の「ウクライナ支援疲れ」という現実もありそうだ。ロシアに対する経済制裁はブーメランのように、エネルギー高騰となってドイツ、フランスを襲っており、欧州各国では大幅なインフレが蔓延している。アメリカ議会がウクライナ支援向け予算を拒否したことも欧州諸国に与える影響は計り知れないものがある。ポーランド、スロバキアのように「ウクライナより自国支援」を重視する国が増えることは十分に考えられることだ。

 10月に入って日刊紙ル・モンドは「ウクライナの反転攻勢が失敗に終わった」と報じた。日本のテレビは連日、防衛研究所の研究員や東大の御用学者を出演させ、アメリカのネオコン系シンクタンク「戦争研究所」の情報に基づいて、ウクライナの前進と反攻ぶりを報道しているが、あたかも太平洋戦争中の大本営発表を見る思いがする。そこへ11月1日、極めつけのロイター電が飛び込んできだ。ウクライナ軍のワレリー・ザルジニー総司令官が英国エコノミスト誌に「戦局のこう着」を認める寄稿記事を発表したのだ。

 総司令官は「戦線はお互いに塹壕に立てこもり、地雷原を敷設する陣地戦に移り、戦線がこう着している」と認め、「戦争が長期化することは、より多くの人的、物的な資源を持つロシアに有利となる」と危機感を示した。さらに「ロシア軍は現在、ウクライナ東部のいくつかの地点では逆に攻勢に出ており、ウクライナ側は空爆で送電線が破壊され、真冬に数百万人が停電に見舞われかねない」と懸念を表明している。ゼレンスキー氏は大慌てでこれを否定したが、時すでに遅しで、政権と軍との間に亀裂が生じていることが世界中に広まってしまった。そのうえ、大統領府長官の元顧問だったアレストビッチ氏の反逆が始まった。氏はゼレンスキー大統領が誰の言うことにも耳を貸さない「独裁者」であり、「ヒトラー」だと批判。「ウクライナのNATO加盟を条件にロシアと停戦し、占領されている領土は軍事的にではなく、政治的手段によって取り戻す」と明言した。

 「政治的手段」とは「話し合い」のことであり、氏の提言はイスタンブールで中断していた「停戦交渉」の再開を意味するゼレンスキー政権が主張している「占領された領土を軍事力で取り返し、ロシアを追い返す」という方針に真っ向から反している。氏は次期大統領選挙への出馬を表明しており、戦時下にあるゼレンスキー政権は軍との間の亀裂という火種だけでなく、政権の内部にも火薬庫を抱えている。EU諸国の「ウクライナ支援疲れ」と加盟国の離反、そしてアメリカからの軍事支援のストップ、そのうえ政権の足元を揺るがす危うい出来事の露呈。ウクライナ「停戦」の兆しは見え始めている。

*「ル・モンド・ディプロマティーク」は1954年にパリで創刊された月刊国際評論紙。欧米だけでなく、アフリカ、アラビア、中南米など世界各地の問題に関して地政学的・歴史的分析に基づく論説記事やルポルタージュを掲載。現在、23言語に翻訳され、34カ国で国際版が出版されている。日本語版(jp.mondediplo.com)は月500円から購読可能

*著者・土田修
ル・モンド・ディプロマティーク日本語版の会理事兼編集員
ジャーナリスト(元東京新聞記者)