2023年11月6日月曜日

「私の履歴書」に登場した黒田前総裁の無神経/浜矩子氏が岸田氏を「下手くそな宮大工」と命名

 の日銀総裁・植田和男氏が異次元緩和の後始末に右往左往し、終わりの見えない円安と物価高という黒田前総裁の「負の遺産」に庶民がのたうち回る中で、黒田氏が今月からいけしゃあしゃあと日経新聞「私の履歴書」欄に登場しているということです。
 それは政治や経済、文化、スポーツなどの領域で大きな業績を残した人物が自らの半生を月替わりで連載するシリーズで、1956年から続く名物コラムです(日刊ゲンダイ)。
 現下の猛烈な「円安」は10年近く続いているアベノミクス=異次元の金融緩和策 に起因するもので、基本的には当面米ドルに追随して金利を上げることでしか解決されません。
 しかし黒田総裁時代に日銀が買い上げ続けた結果、いまや国債残高は500兆円に達しました。もしもここで金利を上げようものならその利払いに莫大な予算が喰われて国の経営が成り立たなくなるし、借金しながら何とか経営している中小企業も利払いが出来ないため倒産することになります。
 また政府が意図的に買い支えてきた株価が大暴落すれば、年金積立金で購入した株券も2足3文になって積立金の大半は消えてしまいます。
 異次元緩和から正次元に着地させようとすると必然的にこうした障害が伴うので、「絶体絶命」の危機に陥ることは当初から分かっていたことでした。
 よりによってこのタイミングで良くも無神経に「私の履歴書」を引き受けられるものだ、というのが日刊ゲンダイの感覚です。

 では植田総裁が動きがとれないでいる中で、岸田首相はどう対応しようとしているのでしょうか。それはご存知の通りで「支離滅裂」と言われています。
 浜矩子・同志社大学教授の特別寄稿:「『アホダノミクス男』『鮒侍男』に続き、『下手くそな宮大工』…岸田首相に3つ目を命名」を併せて紹介します。
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あり得ないようなタイミングと無神経 「私の履歴書」に登場した黒田東彦に言葉を失う
                           日刊ゲンダイ2023/11/2
                       (記事集約サイト「阿修羅」より転載)
 いやはや、驚いた。日本経済新聞が朝刊最終面で掲載している「私の履歴書」。政治や経済、文化、スポーツなどの領域で大きな業績を残した人物が月替わりで自らの半生を語る。1956年から続く日経の名物コラムに1日からナント、日銀の黒田東彦前総裁が何食わぬ顔で登場しているのだ。
 時あたかも後任の植田和男総裁が異次元緩和の後始末に右往左往。終わりの見えない円安と物価高という黒田の「負の遺産」に庶民がのたうち回る中、いけしゃあしゃあと顔を出せるものだ。あり得ないようなタイミングと無神経で、厚顔無恥にも程がある
 連載開始の前日、植田日銀は金融政策決定会合で金融緩和策の再修正に追い込まれた。
 前任者が繰り出した禁じ手のひとつ、長短金利を低く抑え込む「イールドカーブ・コントロール(YCC)」の上限を柔軟化。長期金利の厳格な「防衛ライン」を大きく後退させ、これまで死守してきた1%を超える金利上昇を容認する姿勢に転じた。
 7月の会合で防衛ラインの上限を1%に引き上げてから、たった3カ月。もはや決壊寸前まで追いやられたのは、植田日銀が市場の圧力にあらがいきれなかったためだ。この間、米国の長期金利の上昇ペースはすさまじく、5%程度まで跳ね上がった。つられて日本の長期金利も上昇し、日銀の政策修正観測が強まった10月31日には0.955%をつけ、約10年ぶりの水準に到達。もう逃れられないと観念したのだ。
 市場の上昇圧力に屈した背景にも、黒田の負の遺産が横たわる

物価高を加速させる歴史的な円安水準
 金利の上昇圧力を抑え込むには、日銀が大量の国債を購入せざるを得ない。しかし、その封じ手が許されないほど、日銀のバランスシートを肥大化させたのもまた、前任者の黒田である。
 黒田が総裁時代の10年間で日銀が買い上げた国債は約500兆円。発行残高の実に5割超を抱える。1%の防衛ラインにこだわり、これ以上、国債を買い占めれば、ただでさえ債券市場を歪めている「副作用」がますます大きくなってしまう。
 そこで植田日銀はYCCの再修正を余儀なくされたのだが、この程度の修正では日米の金利差は大きく縮まらない。もうひとつの懸念材料である円安圧力は払拭できないまま、庶民を苦しめる物価高も当面、加速していく
 おまけに、財務省が直近1カ月で政府・日銀による為替介入実績がゼロだったと発表。10月に2度、1ドル=150円を超えた直後に円高が進んだ局面でも、政府・日銀が円安阻止に動いていなかったことが判明し、円売り・ドル買いを後押し。海外市場ではアッという間に一時151円74銭まで下落し、1990年以来33年ぶりの152円台という歴史的な円安水準に陥るのも、時間の問題である。
 財務省の神田真人財務官が1日朝、介入を含めて「スタンバイだ」と発言すると、改めて介入が意識され、円相場は乱高下。先月は緩和策の「出口」が意識され、大幅下落が相次いだ株式市場も、1日は小幅修正を好感し、日経平均の終値は前日比742円高の大幅続伸と荒っぽい展開だ。
 それでも、植田は賃金と物価がともに上がる「経済の好循環」には至っていないと分析し、「粘り強く緩和を継続する」と強調。異次元緩和から抜け出せないのは、それだけ黒田の負の遺産が大きすぎる証しだ。

負の遺産に日本経済はがんじがらめ
 マイナス金利の導入やYCC、ETFを通じた約35兆円分もの株の買い上げ──。黒田がひねり出した奇策の数々は、他国の中央銀行がためらうようなハイリスクな禁じ手のオンパレード。下手に植田日銀が「手じまい」に動こうとすれば、その見方が広がるだけでマーケットの格好の餌食となる。出口戦略を見越して金利が急上昇し、株価が急落しかねない
 誰が引き継いでも、手を焼くことは予想されたとはいえ、植田日銀はあまりにも巨大な負の遺産に、がんじがらめ。たまりにたまった異次元緩和の「うみ」を出そうにも、黒田の尻拭いに四苦八苦。混乱、迷走を重ねているのが実態である。

 ところが、黒田は「私の履歴書」の1回目から〈大幅な金融緩和で「デフレではない」経済は実現した。企業収益は倍増し、4百万人を超える新規雇用が創出された〉と自画自賛。異次元緩和への歴史的評価が定まる前から自慢話に花を咲かせているのだから、何サマのつもりなのか
「歴史の評価は既に定まっていますよ。異次元緩和は完全な失敗です」と言うのは、経済評論家の斎藤満氏だ。こう続けた。
「黒田前総裁は10年前、就任早々『2年間で2%の物価目標を達成する』と公約したのに、一度も達成できず、2年の短期戦をずるずる延ばし、いつしか10年の長期戦に。その間、円安誘導策で輸出企業を潤したのは単なる為替差損のマジックです。産業界は楽して儲かることにあぐらをかき、技術開発や新たなビジネスモデル構築の努力を怠ってしまった。麻薬漬けのような政策が企業から活力を奪い、国際競争力を失わせ、この10年、日本経済の相対的な地位はどんどん低下していきました。とうとう、日本の名目GDPは今年、ドルベースでドイツに抜かれ、世界3位から4位に転落。それも歴史的な円安進行により、ドル換算すると目減りしてしまうからです。ここにも黒田前総裁の負の遺産が悪影響を及ぼしています」

ハナから羞恥心を求めるだけムダ
 いたるところで黒田が築き上げた「壁」にぶち当たり、身動きの取れない日本経済。日銀が国債を大量に買い上げ、財政資金を賄う事実上の「財政ファイナンス」のせいで、財政規律も緩みっぱなしだ。
「岸田政権の『税収増還元』と称する定額減税、財源後回しのバラまき策こそが動かぬ証拠です」(斎藤満氏=前出)
 これだけ、日本経済をズタズタにし、庶民を苦しめた張本人が何を語るつもりなのか。名物コラムに黒田を出す日経新聞の見識も疑う。このタイミングで黒田を登場させることについて日経に見解を求めたが、「編集過程についてはお答えできません」(広報室)と答えるのみだ。
 評論家の佐高信氏はこう言う。
「『私の履歴書』に胸を張って登場する黒田氏も黒田氏だし、堂々と登場させる日経もおかしい。日銀総裁としての10年間、黒田氏は安倍元首相の家来に成り下がり、さもアベノミクスが成功しているかのように糊塗し続け、円の価値を下げただけ。中央銀行の『独立性』を帳消しにした真っ黒な人物です。かつてドイツがナチスに染まった時代、ヒトラー政権が軍備拡張のため、無限に軍需手形を発行。中央銀行のライヒス・バンクに放漫財政の尻拭いをさせたのに対し、当時のシャハト総裁は弾圧を恐れず抵抗し、反逆者としてヒトラー政権に死刑を宣告されてまであらがいました。命を賭してでも中央銀行の独立性を死守したとも言えますが、黒田氏にそんな気概はさらさらナシ。1984年まで日銀総裁を務めた前川春雄氏は『人間に等級をつける勲章は好まない』として勲一等を辞退し、死後叙勲への辞退の遺志まで家族に伝えていた。そんな矜持も黒田氏にあるはずもなく、多分、喜んで勲章をもらうでしょうそもそも彼に理性や常識があれば恥ずかしくて、日経の名物コラムに登場しません。ハナから黒田氏に羞恥心を求めるだけムダです」

 黒田は〈半世紀以上も政策の現場にいた体験を、次世代を担う人々のために記そうと考えた〉と出演の動機を明かし、コラムの初回を締めたが、マトモな識者は腰を抜かすほど驚いている。異次元緩和の負の遺産はますます泥沼化。その反省の色はみじんも感じられない。


特別寄稿 浜矩子・同志社大学教授
「アホダノミクス男」「鮒侍男」に続き、「下手くそな宮大工」…岸田首相に3つ目を命名 
                          日刊ゲンダイ 2023/11/03
                        (記事集約サイト「阿修羅」より転載)
 臨時国会で経済対策の議論が行われていますが、あらためて岸田首相の所信表明演説について触れたい。あの所信表明は、まさに「出来の悪い寄せ木細工」を思わせました。下手くそな宮大工が、合わないパーツをグイグイ無理やり押し込み、合わせているから、いろんな隙間があったり、はみ出たりしていて、全体の構造が見えないのです。
 宮大工はクギを一本も使わず、美しい全体像をものの見事に作り上げる。どういう構想に基づいて何を表現したいのかが素晴らしくよくわかるものです。ところが、岸田首相の仕事はそれとは対極にある。パーツとパーツがどう組み合わさり、それによって抱いている「所信」がどう表れ出てくるのかがまったく伝わってこなかった。
 体裁が整っていないんです。いきなり「私の頭の中に今あるもの」とか、「経済、経済、経済」と言ってみたり、「粉骨砕身」と言ってみたり。「先送りできない課題に一つ一つ挑戦し、結果をお示ししてきました」とも言ってましたが、何についての、どういう結果を示したのか。
 所信表明は自らの信ずるところ、信念を語るものです。そこが施政方針演説とは違う。何度もやっているのに、岸田首相は所信表明の意味合いが分かっていない
 とにかく、てんこ盛りにしなくちゃいけないと、「国民への還元」「供給力強化」「デジタル化」「グリーン化」などと言ってましたが、世の中が風雲急を告げているのに、これでいいのか。もっと、どういう信念に基づいて政策運営をやっていくのかが語られてしかるべきだったと思います。

今は「分かち合い型経済」を模索すべき時
 岸田政権は発足して2年が経ちましたが、いまだよく分からない政権です。「コストカット型経済」から「成長型経済」へ移行するんだと言ってますけれど、そもそもそれが間違い。今さら成長型経済じゃない。問題は成長の欠如ではなく、分かち合いが下手なことです。いい加減、気がついても良さそうなものだけれど、気がつく感性がないからどうしようもない
 今は「分かち合い型経済」の姿を模索するべき時なのです。日本経済は富が「偏在」している。これをあまねく行き渡るように「遍在」化させることで、物価高で苦しんでいる低所得者層を救済するという発想が欲しい。

 分かち合い型経済にしていくための政策は、非常に個別的であり、十把ひとからげではない政策体系を作る必要がある。そのためには金持ち増税をしてもいい。メリハリのある控除にすべきです。
 私は岸田首相を「鮒侍男」と命名しています。誰かにひょいっと背中を押されたら、押された方向にどーんと行って、壁にぶつかったら、今度は反対の方向にどーんと行って、という感じ。そんな「鮒侍男」感があらためて色濃く出た所信表明でした。これまで、「アホダノミクス男」「鮒侍男」と2つの名前を付けていますが、3つ目に「下手くそな宮大工」とも命名しましょうか。

浜矩子 同志社大学教授

1952年、東京生まれ。一橋大経済学部卒業後、三菱総研に入社し英国駐在員事務所長、主席研究員を経て、2002年から現職。「2015年日本経済景気大失速の年になる!」(東洋経済新報社、共著)、「国民なき経済成長」(角川新書)など著書多数。