2021年1月4日月曜日

菅首相が緊急事態宣言を出さないのは補償をしたくないから

 2日、小池都知事ら首都圏の4知事が緊急事態宣言の発令を検討するよう西村・経再相に要請を行いました。菅首相は黒岩知事から直接会談を強く要望されたのを蹴って、西村氏に対応を丸投げし、早々に官邸を引き揚げたということです。要するにそれによって「緊急事態宣言を出す気はない」ということを知事らに示したのでした。
 西村氏が打ち出したのは「営業時間短縮の強化」だけでした。それが首相の意向だったのでしょう。
 菅首相が緊急事態宣言に否定的なのは、罰則付きの特措法改正を優先させ「緊急事態宣言の実効性を担保してからだ」という意向があるからで、そもそも緊急事態宣言に伴う給付金や補償を出したくないというのが本心と見られています。
 特措法の改正は第2波による感染拡大が起こった昨年7月から野党がその必要性を訴えて、臨時国会の早期招集を要求したのですが安倍政権(当時)はこれを拒絶しました。菅政権も「Go To」の推進にかまけるだけで第2波に何も対策も打たないまま推移し、12月には野党4党が再び特措法改正案を国会に提出しましたが、菅首相は会期延長をせず閉会させてしまいました。菅首相はコロナ対策には一貫して無為無策を通してきました。
 それがいまごろになって緊急事態宣言の発令を見送る理由に、特措法改正を盾に使おうとしている訳です。しかも通常国会の開会予定は2週間も先の1月18日です。一時ストップしていた「Go To」は12日には再開させるのでしょうか。
 菅政権の出す改正案は強権的で冷酷非情なものになるでしょうから、開会して直ぐに成立するとは思えません。全国紙政治部記者は次のように語っています。
「菅首相はとにかく給付金や補償を出したくないから緊急事態宣言をやりたくない。それで特措法改正で罰則規定を持ち出し、国会を揉めさせ、野党のせいにして緊急事態宣言を出さずに済ませようとしているんじゃないか」
 勿論、緊急事態宣言を出しさえすればいいというものではありません。これまで国や自治体やが行った飲食業、芸能界、非正規労働者などへの手当てはあまりにも微々たるもので、それがゆえに小池知事も述べたように特に飲食業などは時短の要求に応じられないという実態がありました。
 こういう事態に追い込まれないように、PCR検査の拡充や医療機関への援助など野党が指摘してきたコロナ感染拡大防止の施策を講じる責任が政府にはありました。しかし安倍・菅政権はそれらを怠ってきたためこの空前の大感染を引き起こしたのでした。政府の責任は重く罰則強化の特措法改正で済まされるような問題ではありません。
 以下の3つのブログを紹介します。
LITERA 「菅首相が緊急事態宣言を出さないのは補償をしたくないから! ~ 」
田中龍作ジャーナル「緊急事態宣言は生活困窮者を直撃する」
まるこ姫の独り言「超ド級の悪夢、菅政権は緊急事態宣言より特措法改正を優先、~ 」
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菅首相が緊急事態宣言を出さないのは補償をしたくないから! 「特措法改正」も野党のせいにして時間稼ぎをするため
                             LITERA 2021.01.03
 この宰相は国民を見殺しにするつもりなのか──。新型コロナの感染拡大を受けて昨日2日、東京都の小池百合子知事や神奈川県の黒岩祐治知事ら首都圏の4知事が緊急事態宣言の発令を検討するよう西村康稔・経済再生担当相に要請をおこなったが、菅義偉首相がいまだに否定的な姿勢を崩していないというからだ。
 東京都は大晦日に新規感染者数が1337人となり、政府の指標で最悪の「ステージ4(感染爆発)」の基準をすべて超えただけでなく、本日3日には重症患者が101人と緊急事態宣言解除後では初の100人を超えた。
 無論、これは十分予想されていた事態だ。たとえば、12月18日に東京都病院協会は〈現在、東京都では医療崩壊直前です〉という緊急メッセージを発表。そのなかで〈現状のまま感染者が増え続け、東京都で1日1000人を超えるような事態になれば、適切な医療を受けられず死亡する人が出てくることが高い確率で予想されます〉とし、〈緊急事態宣言やロックダウンに匹敵する極めて強力な対応を行うことが不可欠〉と訴えていた。その恐れていた事態が、いままさに現実となったのだ。
 しかし、医療従事者や専門家たちが鳴らしてきた警鐘を無視し、感染爆発と医療崩壊を招いた菅首相は、なんと、この期に及んでも緊急事態宣言を出す気がないらしいのだ。
 昨日の4知事による緊急事態宣言発令検討の要請では、菅首相に近い黒岩知事も加わったことから、一時は水面下では政府も要請に応じる方向なのかと見る向きもあった。しかも、政府側の西村大臣も、東京都で新規感染者数が1300人を超える前日の12月30日にはツイッターに投稿した動画で「緊急事態宣言も視野に入ってくる」と語っていたのだ。しかし、知事から直接要請を受けたというのに、西村大臣が打ち出したのは「営業時間短縮の強化」でしかなかったのである。
 これはもちろん、菅首相の方針にほかならない。実際、西日本新聞は本日、その内幕をこのように伝えている。
〈政府は水面下の交渉で知事側に難色を示した。首相が宣言発出に否定的だったからだ。
官邸に独自のパイプを持つ神奈川県の黒岩祐治知事はこの日、西村氏ではなく首相との直接会談を強く要望したが、首相は応じなかった。〉
 だが、菅首相は“子飼い”である黒岩知事の会談を蹴っただけではない。4知事と西村大臣の面会は昨日15時半からおこなわれ、18時半すぎからは会見が開かれたが、一方、菅首相は対応を西村大臣に丸投げしただけではなく、面会が終わるのを待つことなく、17時7分には公邸を出て、赤坂にある衆院議員宿舎に帰ってしまったのだ。
 この重大局面にあって、知事たちにも会わず、大臣の報告を受けることもなく、さっさと公邸から引き上げる──。ようするに、「緊急事態宣言を出す気はない」という方針を態度で示してみせたのだ。

菅首相「特措法改正で罰則とセット」のは緊急事態宣言を先延ばしするための作戦か
 しかも、開いた口が塞がらないのは、菅首相が緊急事態宣言の発令を見送る理由として、特措法改正の優先を挙げていることだ。
 菅首相の周辺は「発令するとしても特措法改正で対策の実効性を担保してからだ」と述べているが(時事通信3日付)、特措法の改正は第2波による感染拡大が起こった昨年7月から野党がその必要性を訴えて臨時国会の早期招集を要求したが、当時の安倍政権はこれを拒絶。菅政権が発足しても、菅首相は「Go To」の推進にかまけるだけで第2波の徹底した抑え込みに乗り出さず、12月には野党4党が特措法改正案を国会に提出したが、菅政権は会期延長もせず閉会させてしまったのだ。
 それが、いまごろになって特措法改正を盾にして、緊急事態宣言の発令を見送る理由に使うとは──。
 言うまでもないが、特措法改正をおこなわなくても、医療崩壊を食い止めるために即刻、緊急事態宣言を発出することはできるし、補償・給付金も出せる。そうすれば、十分に実効性は担保できるはずだ。
 ところが、菅首相は「給付金と罰則はセット」だとし、特措法を改正して休業や時短営業の要請に応じない事業者への罰則規定の創設することにこだわり続けているのだ。しかも、その特措法改正のための通常国会の開会予定は2週間も先の1月18日なのに、それを早めるという動きもない。
 もしかしたら、これはただの時間稼ぎなのではないか。全国紙政治部記者もこううなずく。
「菅首相はとにかく給付金や補償を出したくないから緊急事態宣言をやりたくない。それで特措法改正で罰則規定を持ち出し、国会を揉めさせ、野党のせいにして緊急事態宣言を出さずに済ませようとしているんじゃないか。それ以前に、先延ばしにすればそのうち感染が落ち着くなどと甘く見ているとしか思えない」
 繰り返すが、国民の会食を止めるのにもっとも効果的なのは時短営業ではなく休業要請、罰則ではなく十分な国による補償・給付金を約束することなのだ。ところが、菅首相はまったく逆で、それをしないために時間稼ぎをしているのである。
 営業時間の短縮だけで乗り切ろうとした「勝負の3週間」が大失敗に終わり、その後も感染拡大に歯止めが効かないのは、「Go To」によって人の移動にお墨付きを与え、対策の先頭に立つ菅首相自らが“ステーキ大人数会食”を繰り広げるなど「最悪の模範」を示した結果だ。ところが、菅首相は対策を打ち出そうとしないどころか、感染爆発によって医療提供体制も経済も終わらせようとしている。この“死神総理”を動かすには、国民が大声で怒るしか、残された手はない。 (編集部)


緊急事態宣言は生活困窮者を直撃する
                     田中龍作ジャーナル 2021年1月3日
 生活困窮者に暖かい食事を提供する年越し大人食堂(主催:反貧困ネットワークなど)は、きょう(3日)も開店前から長蛇の列ができた。
 高齢者が目につく。年金だけでは食べてゆけないのだろう。路上生活者と見られる人も少なくなかった。肌や髪の毛の灼け方でわかる。
 1都3県(神奈川、千葉、埼玉)の知事が昨日、政府に緊急事態宣言の発令を要請した。
 政府は慎重な姿勢を崩していない。だが、もし緊急事態宣言が発令されれば、真っ先に割を食うのが生活困窮者だ。
 まず炊き出しが減る。規制の対象とはならないが、密集を恐れて主催者が自粛するのだ。実際、前回の緊急事態宣言(4月7日~5月25日)では炊き出しを控える団体が目についた。
 炊き出しは「●曜日=●●公園、●曜日=●●教会」などと決まっていて、生活困窮者はあてにしているのだが、その一部を失うことになる。食いつないで行けなくなるのだ。
 前回は図書館が閉鎖された。図書館に行けば滞在時間の分、光熱費を使わないで済む。「酷暑や厳寒から生き延びるため図書館に避難する」と言っても何ら差し支えない。
 図書館閉鎖は生活困窮者の避難場所を奪うのである。
 スーパーの営業時間が短縮されれば仕入れが減る→安売りに回される品が減る。
 飲食店が時短すれば、その分仕事がなくなる。労働者は収入が減るのだ。

 思いつくまま挙げただけでも、これだけある。緊急事態宣言が生活困窮者に与える影響は大きい。 
 田中は「緊急事態宣言を出すな」と言っているのではない。逼迫する医療現場を考えれば出した方がいい。
 政府は「経済」と言うなら生活者の暮らしも考えろと言いたいのだ。自粛を要請するにしても貧困層に打撃が行かないような工夫が必要だ。
 「弱者に冷たい政治」が自分には関係ない、と思っていたら、とんでもない間違いだ。弱者に冷たい政治は上級国民以外を皆、貧しくする。
 派遣を全面解禁し労働者を奴隷に等しい状態に陥れた「小泉、竹中」以後、日本はその道まっしぐらではないか。
                    ~終わり~

超ド級の悪夢、菅政権は緊急事態宣言より特措法改正を優先、国会開会は18日
                      まるこ姫の独り言 2021.01.03
頭が固くて無能な人間が政治のトップにいると、とんでもない事態になると言う話。
年末年始にかけてコロナ陽性患者が激増していて、首都圏の首長は頭を抱えている状態で、政府に緊急事態宣言を出すように要請しているのに、聞く耳持たず。

いまだ 特措法改正の考えしかない。
しかも今の事態は国会を緊急招集するくらいの案件なのに、今のところ18日開催だ。

とにかく、四の五の言わず国会を開くべく緊急招集をかければいいのに。
緊急事態宣言も出さず、特措法改正の審議は18日の開会を待たねばならないし、そこから審議して可決させて執行するにも大変な時間がかかる

事の重大性を分からないのか、アホとしか言いようがない。

菅政権は、優先順位がまったく分かっていない。
こんな優柔不断な政権に任せていたら、政権によって死ななくて済む命まで奪われることになる。

 緊急宣言、効果を疑問視 特措法改正を優先 政府 
                         1/3(日) 7:24配信 時事通信
>首都圏で新型コロナウイルス感染拡大が続く中、東京都の小池百合子知事らが緊急事態宣言の発令要請に踏み切った。
>しかし、政府は宣言の効果を疑問視。新型コロナ対策の実効性を高めるための特別措置法の改正を優先させたい考えだ。
>「国として受け止め、検討していく」。西村康稔経済再生担当相は2日、小池知事らの要請を受け、記者団にこう表明。

この期に及んでも検討して行くだと。
どうしようもない危機感の無さ。

どうしてここまで頭が固いんだろう。

緊急宣言の効果を疑問視しているそうだが、今できることはすべてやって医療崩壊を阻止するのが政府の使命だろうに。

まだ「経済を回す」を最優先する政府。

中途半端な二兎を追って一兎も得られないのが菅政権のやり方だ。

今では、経済もダメだし、感染症もまん延してしまって、どうしようもない状態に陥っている。
政府の無能無策が国民を苦しめている状態だ。

>今回の要請を追認する形で宣言発令に踏み切れば、政府の新型コロナ対策が失敗だったと認めることにもなりかねない。

誰が見ても、アベスガ政権の対策は失敗だろうに。

今頃何を言っているんだ。

やるべき科学的な対策は打たず、医療がパンク状態になっても国民へのお願いや情に訴えかけるだけの政府は無能無策と言われても仕方がない。

安倍政権の政策を継承すると言った菅も、安倍に輪をかけた無知無能だったし、有事の際の役に立たないことは!
安倍は国会で、「悪夢の民主党政権」と何度も言い、批判を浴びたら本当のことだと言った。

だったらアベスガ政権は、超ド級の悪夢と思う。
一体、どこまで国民を苦しめたら気が済むんだろう。

そして国民も遠慮せず怒れよ! 

04- 緊急事態宣言決断しない後手後手対応表明

 菅首相が28日、「先手、先手で対応するために、全世界から外国人の新規入国者の停止を発表させていただきました」と、あまりに実態から外れていて予想もしなかった『先手、先手で対応』という言葉を用いたのには、大方の人が呆気に取られました。

 それから数日しか経っていない1月2日、首都圏の4知事が緊急事態宣言の発出を要請に官邸に行きましたが、応対したのは西村経済再生担当相で、「緊急事態宣言を視野に入れて検討」するというレベルから何も進展しませんでした。
 菅首相は知事らに会わず西村担当相の報告も聞かないで官邸を退出しました。それはコロナ特措法を改正してから「宣言を発出したい」という考えだからと言われています。
 そうなると18日に国会が開かれ、改正案が成立してからということになり、とても間拍子に合いません。『先手、先手で対応』どころか、限りなく「後手後手」の対応です。
 植草一秀氏の「呆れ果てた」という感じのブログを紹介します。
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緊急事態宣言決断しない後手後手対応表明
                 植草一秀の「知られざる真実」 2021年1月 3日
12月28日、菅首相が発言した。
「国民のみなさんの命と暮らしを守るため、先手、先手で対応するために、全世界から外国人の新規入国者の停止を発表させていただきました」
年末のお笑いグランプリか、自分の耳の不具合かと受け止めた人が多いだろう。
SNSでは「後手後手」の言い間違いとの指摘が広がった。お追従を演じるのは杉村太蔵氏くらいのもの。
菅内閣は全世界を対象にとってきた出入国緩和策を12月28日から一時停止すると発表した。
コロナの変異種の存在が明らかになり、英国と南アフリカが対象から除かれていたが、その除外対象を全世界に広げた。この措置について菅義偉氏が「先手先手」と表現したようだ。
しかし、外国人の新規入国をすべて停止したわけではない。
感染状況が落ち着いている国・地域を対象に、
1.出張などの短期滞在者を2週間待機免除で受け入れる
2.駐在員や技能実習生などの中長期滞在者を2週間待機付きで受け入れる
措置は維持されるため、外国人の新規入国を全面的に停止するわけではない。対応が不完全、不十分なのだ。

Go Toの停止も五月雨式で先送り。
感染拡大地域を目的地とするGo Toは停止したが、感染拡大地を出発地とするGo Toは停止しなかった。
全地域でのGo To一時停止を発表したのは12月14日だったが実施は12月28日に先送りされた。
戦力の逐次投入、誤った作戦を誤りであると気付きながら取りやめることができない。
令和版インパール作戦が展開されている。
11月21日からの3連休の前に感染拡大が明確になっていた。
冬季に感染が拡大しやすいとの認識も存在した。
11月3連休前に明確な方針転換が必要不可欠だった。
しかし、動き始めた無謀な作戦を方針転回できない。方針転換を始めても戦力の逐次投入を続ける。「失敗の本質」をそのまま地で行っている。
感染拡大は爆発状況に近い。
元日、1月2日と、検査数が抑制されているなかで新規陽性者数が極めて高水準だ。
1日当たり死者数も50人規模に増加している。
年率換算で1万8000人を超える。
インフルエンザよりもはるかに軽微と言えない水準に変化している。

このなかで首都圏1都3県の知事が政府に対して緊急事態宣言の発出を要請した。
西村康稔担当相の発言は「緊急事態宣言発出を視野に入れて検討する」
驚くべき発言だ。「緊急事態」の宣言を「視野に入れて検討」なのだ。
このこと自体が「緊急性」を政府がまったく認識していないことを意味するもの。
Go Toについての判断でさえ西村氏は
「実態をよく掴んでいる都道府県の判断に委ねる」と繰り返してきたのではないのか。
その知事から「緊急事態宣言」の発出が要請されたのであるから、政府は直ちに対応を決断するべきだろう。
1月2日のうちに判断を明確に示すべきだ。
その判断を、再び、先送り、先送りするのだろうか。
このような対応を日本語では「後手後手」と表現する。
菅義偉氏には状況を判断し、冷静に分析し、速やかに判断する能力が欠落しているようだ。
政権の能力不足が問われている。
            (以下は有料ブログのため非公開)

2021年1月2日土曜日

仏記者が酷評「菅首相は本当の記者会見をしたことがない」

 日本駐在歴23年の仏リベラシオン紙のカリン西村記者が、日刊ゲンダイのインタビューに応じました。

 彼女は菅首相の記者会見のあり方を手厳しく批判するとともに、記者側にも問題があると指摘しました。
 首相会見では、不十分な回答に対しての再質問が禁じられていたそうです。これは驚くべきことです。そういえば官房長官時代の記者会見でまさにそれで、記者の質問に対して不十分過ぎる回答が行われても。常にそれで済まされてきました。これは極めて異様な情景でそれが常態であってはどうしようもありません。
 メディアは大いに反省しインタビューでカリンさんが提案した方法を早速取り入れるべきです。

                 お知らせ
     都合により3日と4日は記事の更新が出来ません。ご了承ください。
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仏記者が酷評「菅首相は本当の記者会見をしたことがない」
                          日刊ゲンダイ 2020/12/29
 菅政権発足から100日超。25日には3回目の首相会見を実施したが、これまでの会見は海外メディアには、どう映っているのか――。日本駐在歴23年、仏リベラシオン紙のカリン西村記者(50)に聞いた。
                               ◇  ◇  ◇
 ――首相会見をどう見ていますか。
 8年近くの官房長官時代、菅氏は文書を読み上げ、即答できない質問には官僚がメモを渡していた。総理になっても同じ。本当の記者会見をしたことがないのだなと思います。

 ――会見と呼べるものではない、と。
 自分の言葉で語っていません。記者が事前に質問を伝えて、官僚が作った回答の原稿を読み上げているだけです。それを記者は一生懸命、カチャカチャとタイピングする。ならば、原稿を配ればいい。厳しい質問には少し自分の言葉で切り出すが、後はメモを読むのみ。安倍前首相よりひどいと思う。

 ――フランスのトップの会見はどうなのですか。
 大統領は数多く会見をしているわけではありません。一方的に話をすることも時々あります。しかし、大統領の会見は多いときには200人超の記者が参加し、事前の質問通告はなく、メモを読み上げることもない。挙手する記者全員の質問が尽きるまで、自分の言葉で答えます。それは、政治家の仕事の一部なのです。

再質問禁止は報道の自由の侵害
 ――首相会見では、不十分な回答に対しての再質問ができない。25日の会見でも、記者の再質問を司会が止めていた。
 本当にうんざりしています。真正面から答えない側の逃げ得を許すことになる。記者の「知る権利」を閉ざすもので、再質問禁止は報道の自由を侵害しています。ただ、記者側にも問題があります。

 ――といいますと。
 首相の答えが不十分だった場合、次の記者が突っ込めばいい。ちゃんと答えるまで、記者が繰り返し問えば、逃げられない。記者も準備通りの質問に終始し、アドリブがない。首相も記者も台本通りという印象です。

 ――報じ方にも問題がありますか。
 一番印象に残っているのは、私が別室で音声のみ傍聴した2回目のグループインタビューです。日本学術会議問題が主題でしたが、菅首相は10回以上、繰り返し事前に用意したメモを読みました。質問に窮して、答えられなかったのです。異様な光景でした。この場面が最大のハイライトなのに、ほとんどのメディアは、発言内容を伝えるだけで、首相の困惑ぶりを報じなかった。

 ――まっとうな会見にするためには何が必要ですか。
 棒読みで済ませられる菅首相は楽ですよ。首相に自分の言葉で語らせる会見にするには、メディアが不満を持ち、もっと求めないといけません。事前に質問を伝えることをやめ、再質問も要求する。メディア次第で仏大統領のような会見は日本でもできるはずです。
  (聞き手=生田修平/日刊ゲンダイ)

▼カリン西村 1970年、フランス・ブルゴーニュ生まれ。パリ第8大卒業後、ラジオ、テレビ局を経て、97年に来日。AFP通信東京特派員を15年間務め、今年から仏リベラシオン紙、ラジオフランスの特派員。日本社会についてのエッセー多数。

菅首相は今日食べるものがないレベルの困窮を理解しているのか

 菅氏は自民党総裁に選出されたとき決意表明のなかで、「私が目指す社会像。それは自助、共助、公助、そして『絆』であります」と述べました。
 それは既に価値を失っていた新自由主義に基づく酷薄な「自己責任論」の強調であり、当然大いに批判されました。その発言によって菅氏の本性も暴露されました。
 「酷薄」「不公平」そして「不明」は官房長官時代の菅氏の特徴と言えます。

 菅氏は首相就任の3ヶ月間に、実に朝・昼・晩で150回もの超一流処での会食を重ねました。
 貧困、家族問題、ブラック企業などに関心を持つフリーライターの吉川 ばんび氏が、
 「 ~ 菅首相は今日食べるものがないレベルの困窮を理解しているのか」
とする記事を出しました。
 菅首相にはこの問いに答える義務と責任があります。
         ~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「自助、共助、公助…」菅首相は今日食べるものがないレベルの困窮を理解しているのか
                   吉川 ばんび 文春オンライン 2020/12/30
「私が目指す社会像。それは自助、共助、公助、そして『絆』であります」
 2020年9月14日、安倍晋三氏の後任の自民党総裁として選出された菅義偉氏は、決意表明のなかで、こう語った。
「まずは、自分でできることは自分でやってみる。そして、地域や家族で助け合う。その上で、政府がセーフティーネットで守る」
 その後も記者会見や所信表明演説などで、同じ発言を繰り返している。菅首相の一連の発言は、私がひそかに抱いていた「新内閣の誕生でほんの少しでも潮流が変わればいい」といった期待を、容赦なく打ち砕くものだった。

「自己責任論」をより強固なものにする発言
 彼の発言になぜ落胆したのかを綴る前に、まずは念のため、ひとつひとつの言葉の意味を整理しておく。
「自助」とは、自分の身は自分で助けること、他人の力を借りることなく、自分の力で切り抜けることである。「共助」とは、地域や周りの人々と互いに助け合うこと。そして「公助」は行政による救助、支援を意味している。
「まずは、自分でできることは自分でやってみる」と発言していることから、菅首相は国民に対して「自分の身は自分で助ける“努力”」を最優先に期待しているのがうかがえる。そして国民同士で助け合い、それでもカバーできない人々については行政によるセーフティネットで守るというように、国民同士の「絆」、そして行政との連携を強める社会の実現を公に掲げた。
 一聴するとさらりとしていて聞こえの良い言葉のようだが、私にとって菅首相の発言は、現代社会に深く根付いている「自己責任論」をより強固にする、暴力性をはらんだものに思えてならない。

「負け組」へのヘイトが高まる2000年代
 日本では2000年代ごろから、特に経済的な困窮にある貧困層に対して「自業自得である」という風に、窮地に立たされている人々の責任をいち個人のものに落とし込もうとする「自己責任論」が台頭しはじめた。
 自己責任論が世間に広く浸透した背景には、小泉政権下での労働法改正による非正規雇用の拡大、ワーキングプアなどの問題が多発したのを皮切りに、「努力していれば貧乏にはならない」といった言論があたかも「真理」であるかのように語られ、大きく注目を集めたためだ。
 当時、若手経営者や起業家など、いわゆる「成功者」の自伝や自己啓発本が次々とベストセラーとなり、多くのメディアが「勝ち組」「負け組」といった言葉をやたらと多用して、国民同士の競争を扇動していた。
 こうした時勢の中、多くの人が不安定な経済基盤に立たされていたこと、さらに生活保護の不正受給問題がニュースなどで盛んに報じられたことから、生活保護受給者全体に対するイメージが悪化し、公然とバッシングが行われるようになった(ちなみに厚生労働省によれば、2015年度における全国の不正受給額は生活保護費全体のわずか0.45%であり、99.55%は適切に、保護が必要な人たちへ支給されていることがわかる)。
 そして、いま大きな問題となっているのは、このような風潮によって国民が「生活保護を受給することは悪いこと、貧困は恥ずかしいことだ」という認識を共有していて、本当に金銭的に困窮している人々でさえ生活保護の受給や公的支援にたどり着けないばかりか、助けを求めることすらできなくなっている社会の構造だ。

「生活保護を受けるほどまだ落ちぶれていません」
 私は以前、債務整理専門の司法書士事務所に所属しており、現在は文筆家として貧困問題にフォーカスを当てて様々な媒体で取材、執筆、問題提起を主軸として活動している。貧困に陥っている当事者への聞き取りをこれまで数百件以上行なってきたが、ほとんどの場合、彼ら彼女らは誰かの助けを得ることに抵抗を感じている。
 特に生活保護の受給には強い拒絶反応を示すことが多く、本人が体を壊して仕事を失い、来月の家賃すら払えない状態であっても「自力で頑張りたいんです、生活保護を受けるほどまだ落ちぶれていません」「生活保護を受けていることが周りに知れたら、子どもがいじめられるかもしれない」というように、世間の目を気にする様子が目立った。そうした強迫観念に負け、助けを求められないまま、結局自ら命を絶った人も見てきた。
 たとえ本人が生活保護を申請することを決意しても、行政の相談窓口で申請を違法に拒否される「水際作戦」により追い返され、公的支援を受けられず、必要な福祉に繋げられることもなく、路上生活を余儀なくされたり、孤独死するケースは跡を絶たない。
 特に今、新型コロナウイルス感染拡大の影響により、窮地に立たされる人が増加している。先日私に連絡をくれたとある男性は、コロナ禍で仕事を失い、寮を追い出され、全財産が残り100円を切っていた。「今日食べるものもない」と話す男性は、生活保護申請のために役所へ相談の連絡をしたが、「のちほど連絡する」と言われたきり折り返しもなく、絶望の淵に立たされている最中だった。
 民間の支援団体を頼ることも考えたが、一体どこに連絡をすればいいのかもわからない。自暴自棄になっていたとき、私が以前、生活保護制度について書いた記事をたまたま目にしてメッセージを送ったのだという。

警戒心をむき出しにしていた男性だったが……
 しかし、彼からのメッセージは「助けてほしい」というものではなく、どちらかと言えば「世の中に対する恨み、怒り」をぶちまける内容のものだった。「何が生活保護だ。こんな目に遭っていても誰にも助けてもらえない人間の苦しみが、お前たちにわかるはずがない」と綴られた文章からは、理不尽な社会に対する絶望や悲しみ、怒りの感情がひしひしと伝わってくるようだった。
「これはただ事ではない」と思い詳しい事情を聞こうとすると、はじめは警戒心をむき出しにしていた男性だったが、住んでいる地域や現在の状況に至った経緯など、少しずつ自分のことを教えてくれた。おかげでその日じゅうに男性を福祉事務所に繋げることができ、男性が住むアパートを職員が訪問、支援が受けられることになった。もしも彼が連絡をくれなければ、そして連絡をした相手がそのメッセージがSOSだと気づかず、「単なる誹謗中傷」として見過ごしていれば、男性はどうなっていたのだろうか――。
 そして彼同様、今日明日食べるものがないほどに困窮しているにもかかわらず、支援にたどりつけない人々は一体どれくらいの数いるだろう。ここ数ヶ月だけでも、生活苦による一家心中や、住宅で親子が餓死した状態で発見されるニュースが連日のように報じられている。
 このように支援が行き届いていない状況や、「自己責任論」のもたらした悪影響がどれほど深刻なものかを知っていれば、おそらく新内閣誕生のあの場で「まずは、自分でできることは自分でやってみる。そして、地域や家族で助け合う」という言葉がはじめに出るはずもなかっただろうと思う。

これ以上国民にどんな「努力」や「助け合い」を求めるのか
 ましてや、昨今では自己責任論が疑問視されはじめ、メディアやSNSなどで怒りの声が噴出しているなかでの発言は、弱者を切り捨ててきた政府の姿勢に対し、国民の反発がかつてないほどに高まっていることにも気が付いていないのかもしれない。
 これでは、支援が必要なのにもかかわらず届いていない人に対し、行政などが積極的に働きかけて情報や支援を届ける「アウトリーチ」やセーフティネットの強化・拡充はしばらく見込めそうにもない。
 既存の社会構造のなかで自分でやれることをすべてやりきってもなお、孤立し、公的支援にたどり着けずに死んでいく者たちから目を逸らしている政権が、「絆」などという美辞麗句を掲げ、これ以上国民にどんな「努力」や「助け合い」を求めるのだろう。
 新型コロナウイルス感染症が猛威をふるい、多くの人が経済的危機にさらされている状況下において、新内閣総理大臣である菅氏が船出の場で「自助」発言をしたことで、政権の関心がいかに貧困問題に向いていないのか、早くも露呈する事態となった。
 そういう意味では、菅首相の「私が目指す社会像。それは自助、共助、公助、そして『絆』であります」発言は、2020年でもっとも衝撃的で、最悪なものだったように思える。    (吉川 ばんび)