2012年10月30日火曜日

これでは “暗黒司法”


 東電女性社員殺人事件のやり直し裁判は、検察側が「被告は無罪」の主旨を述べて結審しました。もはや無罪判決が下るのは確定的で、関心はなぜこうした誤判が起きたのかの解明に移りました。

ところが法相の談話を聞くと、「当時は鑑定技術が未発達だった」ことなどを理由に挙げて堂々と問題をすり替え、検察は検察で、「捜査や公判を検証する考えはない」と開き直っています。
厚労省の村木さん事件をはじめとする一連の冤罪事件で、今や権威が地に落ちている検察が、これ以上恥の上塗りはしたくないのでしょうが、無辜の人の一生を目茶めちゃにした責任は一体どうなるのでしょうか。 

そして冤罪は、これらの事件のように司法の側が最早言い逃れが出来ない段階になってから、初めて明らかにされるのが通例です。であれば、今なお埋もれている冤罪は、一体どれほどあるのでしょうか。 

◇裁判所の責任こそ重大
12年前の1審で、「第3者が現場にいた可能性がある」として無罪となったゴビンダ氏を、高検の拘留請求に応じて、「有罪を疑う相当な理由がある」として拘留を認めた高裁の誤りは極めて重大です(誤りではなく不正と呼ぶべきものです)。しかも高検から請求があった翌日(200052日)に実質的に拘留する方針を決めました。

そして高裁は、僅か4ヶ月のスピード審理で逆転有罪(無期懲役)の判決を下し、最高裁もそれを追認しました。 

「冤罪」と言うと先ず警察や検察がやり玉に挙げられますが、裁判は通常数年にもわたって行われますから、裁判所の負うべき責任はもっと大きい筈です。
裁判官が本当に独立性を維持しているのか、なぜ無罪判決が少ないのか、裁判官はなぜ多く退職間際にしか無罪判決を出せないのか、そうしたことをもう一度考え直してみる必要があります 

以下に法相談話及び東京新聞の社説「東電女性再審“暗黒司法”そのものだ」を紹介します。(参考までに約5ケ月前の再審決定時の同紙の社説も添付します。)
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法相 「捜査にミスなかった」 東電社員殺害事件
日経新聞 2012/10/30 

 滝実法相は30日の閣議後の記者会見で、東京電力女性社員殺害事件で無期懲役が確定したネパール人男性の再審初公判で検察官が無罪主張をしたことに関し、当時の鑑定技術が発展途上だったことなどを理由に「捜査に大きなミスはなかった」と述べた。

 捜査に関する第三者による検証については「検察当局の判断」としつつも、「(鑑定などの)技法を含め専門家の意見を聞くことは大切なこと」との認識を示した。
 

【社説】 東電女性再審 “暗黒司法”そのものだ
東京新聞 20121030 

 東京電力の女性社員殺害事件で、無罪となるネパール人男性の再審公判は、司法界の“暗黒”を物語る。検察も裁判所も過ちを検証せねばならない。真犯人の追及にも本腰で取り組むべきだ。
 再審の公判で「無罪」と主張したのは、検察側だ。弁護側はずっと無実を訴えてきた。これで結審し、ネパール人男性の無罪は確実だが、もっと早く冤罪(えんざい)から救済できなかったか悔やまれる。

 昨年夏に被害者の体内から採取された精液のDNA型鑑定の結果が出た。男性とは別人の「X」のもので、しかも殺害現場にあった体毛の型と一致していた。この時点でも、検察は“撤退”が可能だったはずだ。ところが、今年六月に再審開始決定が出ても、検察側は異議を申し立てていた。
 検察が白旗を揚げる決め手になったのは、女性の爪に残っていた付着物をDNA型鑑定したところ、やはり「X」のものだったことだ。被害者と最後に接触したのは「X」である可能性が濃厚になった。爪の付着物は、被害者の激しい抵抗の痕跡かもしれない。

 だが、弁護側が爪に着目して、鑑定書を求めたのは二〇〇七年である。検察は裁判所に促されても、「鑑定書はない」「爪からは何も検出されていない」などと、虚偽に近い不誠実な姿勢だった。最後まで有罪にこだわり続けた検察の態度は非難に値する 

 有罪を確定させた裁判所も問題だ。一審は「無罪」だった。「別人が犯行現場の部屋を使った可能性がある」「精液の入った避妊具は、事件当日に使用したと断定できない」などと、新しい鑑定技術がなくとも、男性を犯人とすることに疑いを持ったのだ。

 ところが、二審はわずか四カ月のスピード審理で「逆転有罪」となった。なぜ一審が下した“赤信号”を素通りし、最高裁まで追認したのか。さまざまな証拠が「X」が真犯人だと指し示しているような現在、裁判所はどのような弁解をするのだろうか。
 
 当初からネパール人男性を犯人だと決めつけた捜査に問題があるのは間違いない。重要物証をDNA型鑑定しなかったのも致命的だ。被告人に有利な証拠も得られるよう、全面証拠開示の必要性も、この事件は訴えている。 

 司法が「暗黒」と呼ばれないためには、他にも冤罪が潜んでいないか、早急にチェックすることだ。もはや正義に奉仕すべき司法の倫理さえ問われている。
 

【社説】 東電女性殺害 早く無罪を確定させよ
東京新聞 201268 

 東京電力の女性社員殺害事件で、再審開始の決定が出た。DNA型鑑定結果など新証拠で、第三者が犯人である疑いが生じたためだ。審理を長引かせず、早く元被告の無罪を確定させるべきだ。 

 強盗殺人罪で無期懲役の確定判決を覆し、再審開始決定の決め手になったのは、被害者の遺体に残っていた精液だ。
 再審を求める過程で、弁護側が精液のDNA型鑑定を求めたところ、ネパール人元被告のものではなかった。そのうえ、殺害現場の部屋に残されていた体毛とも精液のDNA型が一致した。

 昨年七月に判明した、この事実が指し示すのは、元被告とは別人の「第三者」が殺害現場にいた可能性があることだ。東京高裁はこの点を最も重視し、「無罪を言い渡すべき明らかな新証拠に当たる」と明快に認めた。しかも、この第三者が「犯人である疑いがある」とも述べた。
 なぜなら、被害者の頭や顔に殴打された痕があり、血痕が付いたコートもあった。第三者が性交後に被害者を殴打して、コート背面に血液を付着させたとみるのが自然だと、高裁は考えたわけだ。

 だが、この決定で再審が始まるわけではない。検察側が異議の申し立てをしたため、高裁の別の裁判部で、あらためて再審の可否が審理されるのだ。そこで再び再審決定が出たとしても、検察側は最高裁に特別抗告ができる。 

 元被告が逮捕されて十五年、有罪判決の確定からも八年半がたつ。さらに長期間の審理を要しては、深刻な人権侵害にもあたりうる。元被告は釈放されたが、速やかに無罪を確定させる手続きに入るべきなのだ。

 足利事件や布川事件、福井の女子中学生殺害事件、大阪の放火殺人事件…。再審無罪や再審開始決定が続いている。 

 捜査機関は犯人特定を急ぐあまり、 証拠の評価が粗雑になっていないか。無実を訴えているのに、犯人と決め付けては、真実は見えない。検察が被告に有利な証拠を隠せば、公正さを欠く。裁判官も曇りのない目で裁いてきただろうか。

 今回の事件でも、問題の精液や血痕付きコートの証拠などを検察側は長く出し渋っていた。もっと早い段階で証拠開示され、鑑定が行われていれば、有罪の確定判断も変わった可能性が高い。もともと一審無罪の事件でもある。もはや問われているのは、検察や裁判所の良心ではないのか。