世に倦む日々氏が掲題の記事を出しました。
この頃はあまり聞かなくなりましたが、かつて『ジャパン・ハンドラー』と呼ばれたリチャード・アーミテージとジョセフ・ナイらが折に触れて発した「アーミテージ・ナイ レポート」は、日本の右翼論者:「安保で喰う人たち」と言われた人たちにとっては正に「聖典」でした。
彼らは「アーミテージ・ナイ レポート」が出るといち早くそれを熟読し、その趣旨から外れる政治家や政治評論家の論調に対しては、いちいち「米国の意向はこうだ」として日本の右翼をリードしようとしました。
世に倦む日々氏は、ジョセフ・ナイ、グレアム・アリソン、フランシス・フクヤマの3氏を台湾有事の政治思想史におけるバックボーンを形成する書物を著わした人物と評価し、具体的にJ.ナイの『対日超党派報告書』は米国の台湾有事政策の設計図であり、エンジンでありドクトリンであると、G.アリソンの『米中戦争前夜』は、米国の台湾有事政策のキーノートの位置づけにあり、布教の役割を果たすマニュアルであると、そしてF.フクヤマの『歴史の終わり』は、アメリカが「権威主義体制」の国家を滅ぼす十字軍戦争を正統化するバックボーンの思想書であり、リベラル・デモクラシーの普遍性を肯定するバイブルであるとそれぞれ位置づけます。
圧巻として、『台湾有事』における日本の『役割?』に関して『対日超党派報告書』には次のように書かれているということです。
「当初、米軍は台湾側に立ち中国と戦闘を開始する。日米安保条約に基づき、日本の自衛隊もその戦闘に参加させる。中国軍は、米・日軍の補給基地である日本の米軍基地、自衛隊基地を「本土攻撃」するであろう。本土を攻撃された日本人は逆上し、本格的な日中戦争が開始される。
米軍は戦争が進行するに従い、徐々に戦争から手を引き、日本の自衛隊と中国軍との戦争が中心となるように誘導する。日中戦争が激化したところで米国が和平交渉に介入し、東シナ海、日本海でのPKO(平和維持活動)を米軍が中心となって行う」
取り分け高市早苗氏と彼女を取り巻く人たちは、米国のいう『台湾有事』が具体的にどんな意味を持っているのかを熟読玩味し、自分(たち)がいま何を目指していたのかを自覚するべきです。
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台湾有事の政治思想史 - J.ナイ、G.アリソン、F.フクヤマ の言説と教義
世に倦む日日 2025年11月25日
高市発言から3週間近く経った。中国側の習近平仕様を全開させた、自滅効果を導く尊大外交の悪影響と、その機を捉えた右翼とマスコミの巻き返しによって、日本国内の世論は高市発言が正当化される流れに染まっている。日中両国は戦争する可能性が高くなった。悲観的な気分になるが、今回は台湾有事の政治思想史について整理を試みよう。左翼リベラルの界隈では、台湾有事は根拠のない幻想であり陰謀論であると長く言われてきた。それは憲法改正や軍備拡張を達成するための政権側の口実であり、虚構であり、真に受けてはいけない詭計だと窘められてきた。その言説を主導したのは内田樹であり、田岡俊次と升味佐江子である。それに対して私は、台湾有事はアメリカの国家戦略であり、実体のある計画的なものだと反論し続けてきた。残念ながらその孤軍奮闘は功を奏さず、言論世界で全く響かず、共通認識となる端緒すら得られなかった。
現在でも、左翼の中の議論を垣間見ると、高市発言を本人の偶然的な失敗だと決めつけ、高市個人の資質の問題だと矮小化して嘲笑するような政局視の傾向が散見される。台湾有事がアメリカの国家安保戦略であるという本質が看破・認識されておらず、デービッドソンが宣告した開戦の時期設定が、再来年(2027年)であるという事実が忘却されている。内田樹の等閑の悪影響だろう。台湾有事については多く本が出版されてきたが、ほとんどが右翼側・日米同盟側からの洗脳工作の著作であり、その反対側からの分析や考察は皆無だった。本来なら、布施裕仁や半田滋や前田哲男や前泊博盛が担うべき任務だったと思う。彼ら専門家が私と同じ視角と緊張感を持ち、左翼リベラルに正確な知識を提供していれば、危機感と警戒感が醸成され、現在のような無抵抗な状況にはならなかった。日米同盟側の戦略を阻止する政治的対抗軸の主体性が形作られていたと思われる。
2008年、クリントン政権下で米国家安全保障会議NSCの議長を務め、安全保障担当の国防次官補でもあったジョセフ・ナイが『対日超党派報告書』なる文書を発表している。そこにはきわめて重大な内容が書かれていて、今日の観点から振り返ってまさしく 〝台湾有事″ の神髄が表現され、核心が提言されていることが発見できる。現在、ネットには僅かに情報の断片が、言わば考古学的なあやうい存在感で残っていて、そしてこれは日米同盟側にはきわめて不利で不都合な情報であるため、いつ消去・抹殺されてもおかしくない。読者各位には保存と調査をお願いしたい。10年ほど前は、もっと詳しい情報が載っていた記憶がある。が、台湾有事について、これほどアメリカの戦略的本質を直截に記述した文書はなく、われわれの理解の手助けになる史料はない。決定版の証拠資料といえる。アメリカはこの戦略の実行実現に向けて着々と動いてきた。アメリカの国家安保戦略でナイの上に立つ者はなく、ナイが司令塔の地位と立場だった。
当初、米軍は台湾側に立ち中国と戦闘を開始する。日米安保条約に基づき、日本の自衛隊もその戦闘に参加させる。中国軍は、米・日軍の補給基地である日本の米軍基地、自衛隊基地を「本土攻撃」するであろう。本土を攻撃された日本人は逆上し、本格的な日中戦争が開始される。
米軍は戦争が進行するに従い、徐々に戦争から手を引き、日本の自衛隊と中国軍との戦争が中心となるように誘導する。日中戦争が激化したところで米国が和平交渉に介入し、東シナ海、日本海でのPKO(平和維持活動)を米軍が中心となって行う。
台湾有事についてずいぶん議論がされてきたが、2008年のナイによる『対日超党派報告書』に着目した者は一人もいない。誰も発掘しなかった。不思議である。右翼・日米同盟側がそれを隠蔽する動機は分かるが、左翼リベラル側がこれを無視し看過した理由は何なのだろう。私には理解できない。ナイには当初から、90年代から、台頭する中国に対して日本を軍事的に衝突させ、両者を戦争で疲弊させ、アメリカが漁夫の利を得るという戦略的発想があった。90年代前半は日本の国力が強く、特に経済的実力(技術開発力・製造業競争力・教育水準)が抜群で、当時はアメリカにとって脅威の存在であった。21世紀の経済覇権を日本に奪われるという強迫観念が現実にあったのだ。今ではナイの懸念のリアリティがよく分からないほど日本が衰退してしまい、日本はアメリカの従僕に凋落してしまったが、当時の日米関係は、特に経済面では今と逆の位相であり、ナイはアメリカの生き残りのために真剣にこの策を着想・発案したのである。
ナイの「報告書」の後のアメリカの東アジア安保戦略については、拓殖大の川上高司の2011年の小括があり、右翼の論者だが参考になる。アメリカの対中戦略のキーワードであるヘッジ(⇒将来のリスクに対する自衛手段)とエンゲージが解説されている。オバマ政権は2009年から2016年まで8年間続いたが、前半と後半で対中国の認識と戦略が大きく変わった点を看取できる。前半は、特にリーマンショックの打撃の影響が深刻に残っていて、経済成長著しい中国を取り込み、G20の枠組みを新設し、中国を活用し共存して、アメリカの世界支配を維持・再編成するという性格が強かった。が、後半は一転し、中国が世界のルールを決めるのは許さないと強調、中国脅威論を押し出すようになる。このオバマの対中姿勢の変化においては、おそらく、2013年から習近平が党総書記に就き、それまでの胡錦涛の紳士的で近代的な路線を転換させ、毛沢東と文革期の思想様式を蘇らせ、中国の国家的野心を剥き出しにした影響があると思われる。アメリカは反中政策を基本に据えた。
2017年、グレアム・アリソンの『米中戦争前夜』が出版され話題となる。原書の題名は「Destined for War - Can America and China Escape Thucydides’s Trap ?」で、直訳すると「戦争の宿命 - アメリカと中国はトゥキディデスの罠を回避できるか」。ブログで何度も論及してきた本だが、この著作が台湾有事を考える上で二番目に注目されるべき文書だろう。米中関係のリアルを精緻によく分析した労作で、出版から8年経った今でも価値は衰えていない。だが、その思想と主張はきわめて毒性で危険だ。キューバ危機の専門研究者のアリソンは、その立場から現在のアメリカの安保外交の政策担当者を叱咤、もっと勇気を出せと奮励している。ケネディ始め当時の国家責任者たちは、核戦争の第三次世界大戦に突入する事態も恐れず、果敢にソ連との冷戦を戦い抜き、勝利してアメリカを唯一の超大国にしたのだと言い、中国との新冷戦もそうして全精力を集中して勝てと指導している。具体的に、中国に対して以下のような恐ろしい指南を与えていた。
もし(アメリカが)中国政府に対する根本的な不信感を明言するなら、ついでにもう少し思い切ったことをしてもいいのではないか。(略)アメリカは(略)中国を分断し現体制を混乱させる戦略として、チベットと台湾の独立も支持してはどうか。そんなことをすれば、中国が暴力的な反応を示すのは間違いない。しかしこの選択を排除すれば、独立運動を支持するアメリカの伝統をないがしろにし、みずからの影響力を放棄することになる。
アメリカは冷戦時代、ソ連政府とそのイデオロギー的基盤に打撃を与える工作を、公然とあるいは極秘で行ったではないか。現代の政策担当者たちはこの手法を大いに活用して、中国で政変が起きるよう促すことができる。冷戦中に東ヨーロッパ諸国やソ連でやったように、中国の反体制派グループを支援・奨励してもいい。(略)極端な選択肢としては、米軍が分離独立勢力を密かに訓練し、支援するという選択肢もある。
中国国内を分裂させ政府を国内の治安維持に忙殺させれば、対外的にアメリカの優位に挑戦するのを抑止するか、少なくとも大幅に遅らせられるかもしれない。(ダイヤモンド社 P.198-199)。
アリソンのこの著作が出るまでは、アメリカの政府高官や軍情報機関関係から、ここまで極端で過激な反中戦略を言い上げる者はなかった。新冷戦の解禁である。本の中でアリソンは3歳年上のナイを「同僚」と呼んでいる。アメリカの最高学府ハーバードの国防エリートの同僚。アリソンの著作はナイの戦略を理論武装し、教義化して、アメリカおよび同盟国の政策関係者とマスコミを共感させ意思統一させる教材だ。中国との新冷戦を根本から正統化する教科書に他ならない。この本が出てアメリカの空気は忽ち新冷戦態勢一色となり、2018年10月のハドソン研究所でのペンス演説へと進行する。アリソンの提言が国家政策となった。そこでは、中国がアメリカのハイテク技術を盗んで製造業基盤を作り上げたと言い、WTOに招き入れてやったのに裏切られたと罵り、中国に対する怨恨と憎悪を爆発させている。中国の存在を頭から全否定していて、平和共存の余地はない。アメリカにとって中国共産党と中華人民共和国は、打倒して崩壊させるべき不倶戴天の敵となった。
このとき大統領だったトランプは、その前年までは習近平をマールアラーゴに呼んで蜜月関係を演じるなどしており、イデオロギーではなくビジネスの利益を対中政策の第一の目的にしていた事情が窺えた。ペンス演説によって政権の対中姿勢は一気に変わったが、アメリカの国家の政策決定の中枢がホワイトハウスではなく別の場所にある真実を知らされた瞬間でもあった。ここから、経済ではデカップリング政策が基軸となり、外交では露骨な台湾介入工作が活発化する。Quad(日米豪印)の枠組みが推進され、中国を封じ込める対中包囲網が強化された。最近はフィリピンもその一翼に加わり、日米比3国の軍事同盟関係が強化される展開に至っている。バイデン政権に変わった2021年、アメリカは「民主主義サミット」なる国際会議をオンラインで開催、110か国を集めて「権威主義からの防衛」を謳う取り組みを展開した。巷では「民主主義陣営 vs 権威主義陣営の対決」のナラティブ(⇒言説)が流行し、特にロシアがウクライナに侵攻した2022年からその構図と概念が支配的になる。
順番としては逆になったが、最後に、三番目に台湾有事の政治思想史として取り上げて重視したいのは、やはりフランシス・フクヤマの『歴史の終わり』である。1992年の出版。あらためて中身を要約する必要もないだろう。ざっと振り返って、この30年間はまさにフクヤマの時代だったと言ってよく、今もフクヤマの反共主義のイデオロギー支配が強固に続いている。現代人は、特に日本人はフクヤマ教の宗徒であり、ひいては統一教会と安倍晋三の子分の衆愚だと言ってもいいだろう。反共の毒素で脳内を汚染されきっている。三番目の文書の指摘に辿り着いたところで、この稿の狙い - 台湾有事の政治思想史のラフスケッチ - は一応達したので筆を置きたい。纏めよう。① ジョセフ・ナイの『対日超党派報告書』は、米国の台湾有事政策の設計図であり、エンジンでありドクトリンである。今でもこの17年前の指針が貫徹され遂行されている。② グレアム・アリソンの『米中戦争前夜』は、米国の台湾有事政策のキーノートの位置づけにあり、エバンジェリズム(⇒伝道・布教)の役割を果たすマニュアルである。
アリソンはナイの同僚で、ケナンやキッシンジャーの系譜を継ぐ国家の最高エリートだ。ナイが戦略立案、アリソンが理論研究のコンビであり、言わばラインとスタッフの共同関係にある。③ フランシス・フクヤマの『歴史の終わり』は、アメリカが「権威主義体制」の国家を滅ぼす十字軍戦争を正統化するバックボーンの思想書であり、リベラル・デモクラシーの普遍性を self-convince (⇒自己肯定)するバイブルであり、反共政策のコミット(⇒積極的に関わる)へと人の情動を誘い導くバッソ・オスティナート(⇒執拗低音技法)である。この執拗低音の響きに感化され、覚醒され、米国人は反共の正義の闘士となり、中国と戦う政府を支持し翼賛する精悍な反共戦士となる。西側諸国の住人たちをその共鳴盤として包摂・統合する。このドグマが思想的基層だ。以上、メモ程度の貧弱軽量な記事で恐縮だが、台湾有事の政治思想史をアメリカにフォーカス(⇒焦点を合わせる)して概括した。が、台湾有事の政治思想史の全体像を把握するには、日本と中国にも目を配らなくてはいけない。パズルのピースを埋める必要がある。
その課題はまた別途としよう。