トランプによる「赤根I CC所長制裁問題」に関する高市首相の対応については日刊ゲンダイも厳しく非難する記事を出していますので紹介します。
高市氏はいまや、「話題になるのは奇行と無責任」と称される状態です。
併せて同紙の「天皇だけじゃなかった…秋篠宮も高市・麻生の皇室典範改正に怒っている 週刊誌からみた『ニッポンの後退』」を紹介します。
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高市は「法の支配の終焉」に加担・内閣改造報道かまびすしいが首相の首はそのままでいいのか
日刊ゲンダイ 2026/08/24
(記事集約サイト「阿修羅」より転載)
「法の支配の終焉」に加担の高市。ネタ枯れなのか、何も決まっていないくせに来月の改造報道ばかりだが、そんな政局報道よりもこの首相でいいのか。ICCの赤根所長は「法の支配の終焉」に言及、それなのに、無秩序の横暴に沈黙の首相。この難局に限界なのは誰の目にも歴然だ。
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よっぽどネタ枯れなのか、新聞の政治面では内閣改造報道がぽつぽつ出ている。ところが、中身はというと、どの新聞も似たり寄ったりの臆測だ。
木原稔官房長官の留任は有力で、鈴木俊一幹事長の去就が焦点、あとは裏金議員の萩生田光一幹事長代行、西村康稔選対委員長らが注目らしいが、その改造も9月中旬から下旬だそうで、まだ先の話。誰が流しているのか誰が書かせているのか、摩訶不思議な「空っぽ人事臆測記事」なのである。
大体、肝心の高市首相自身に最近は「限界説」が飛び交っている。就任当初こそ、トランプ米大統領に抱き付くなど、ハイテンションが話題になったが、昨今はXでの睡眠0~3時間投稿や物価高対策の実績アピール連続投稿など、話題になるのは“奇行”ばかり。そうやって忙しさをアピールするくせに、広島原爆の日には被爆者との面談もそこそこにトンボ返り、歯医者に直行してホワイトニング。相手によって媚びる作り笑いの下の“裏の顔”がハッキリ、見透かされてきたのである。
案の定、支持率は下がり続け、その焦りがまた、世間の感覚とはずれた自己アピールになり、それがまたヒンシュクを買うという悪循環──。さては、人事情報を流すことで、党内の不協和音を封じ込めようとしているのか、と、そんな雑音すら聞こえてくる。
だとしたら、大メディアは、そうしたさもしい魂胆に乗ることなく、「高市で大丈夫なのか」を真正面から切り込むべきだろう。
読売は皇室典範改正で、日経は消費税減税で、高市をコテンパンにやっているのだから、なおさらだ。
ア然とする「大変残念」発言の無責任
高市がどうにもならないのは、奇怪なパーソナリティーだけではない。政治家としての覚悟の欠落、二枚舌、人権軽視と挙げていけばキリがないが、それを象徴したのがICC(国際刑事裁判所)の一件だ。ICC解体を叫ぶ米国がついに赤根智子所長を制裁対象に指定したことについて、高市は自国民の権利を守るべく立ち上がるどころか、「大変残念に思っている」の一言で済ませてしまった一件である。
EUのフォンデアライエン欧州委員長は「ICCは世界の最も恐ろしい犯罪の被害者に正義をもたらす役割を果たしている。外部からの圧力はあってはならない」とXに投稿。国連のグテレス事務総長は「ICCは国際刑事司法における重要な柱である」と強調し、ドイツ、フランス、オランダの外相らも「法の支配を侮辱している」などと非難した。
さらに、赤根所長自身がなんと言ったか、が重要だ。著書を出版した文芸春秋を通じて出したコメントにはこうあった。
〈今回の私に対する制裁は、ある程度予期していたことで驚きはない。重要なのは、これを国際的な「法の支配」の終焉の始まりとさせないこと。日本と日本の皆様の支援が重要な鍵となるだろう〉
「法の支配」が終焉する「始まり」になるかもしれない、と危惧したのである。
実際、世界を見渡せば、国際法を無視した大国の横暴で世界は完全にカオスと化してしまった。そこにICCの解体が加われば、裁判所なき無法地帯が完成する。
各国がやりたい放題をはじめ、「力の支配」が定着。戦争が日常となり、軍事費は青天井、緊迫と緊張の下、平和な日常など吹っ飛んでしまうことになる。
「大変残念なこと」で済む話ではないし、高市の米国忖度、無責任、その場しのぎ、世界観・歴史観の薄っぺら、危機感の欠落には、ア然とするのだ。
世界が無秩序となる歴史的な分岐点
東大名誉教授の高橋哲哉氏(政治学)も「米国の暴挙は歴史の分岐点になりかねない」とこう言った。
「これまでもICCのやり方が気に入らない米国は裁判官や検察官に制裁を科してきましたが、今回は所長を標的にし、ルビオ国務長官は明確にICC解体を宣言、加盟国にも脱退しろと圧力をかけているのですから、本気です。こうした形でICCが解体されれば、本当に赤根所長の言うように“法の支配の終焉”になりかねない。大げさでなく、世界が無秩序になる瀬戸際だと思います」
ICCは2002年に発足、民間人の大量殺戮などに関与した“個人を裁く”史上初の常設裁判所だ。戦争犯罪者を裁くにしても勝者の理屈ではなく、「普遍的な法理論」で裁き、戦争犯罪やジェノサイドを抑止する。そうした理念、理想に基づいて、設立された人権の盾だ。
「その源流は、第1次大戦後、ベルサイユ条約でドイツ皇帝ビルヘルム2世という個人の戦争責任を裁こうとしたことに遡ります。これは皇帝の亡命で実現しませんでしたが、第2次大戦後のニュルンベルク裁判や東京裁判を経て、普遍的な国際法廷を常設すべきだという機運が世界的に高まりました。特に、かつて戦争責任を問われた日本やドイツが設立を熱心に推進し、日本は今なお最大の資金拠出国としてICCを支えています。ICCの核心は、国家ではなく“個人”の罪を問うことにある。プーチン大統領やネタニヤフ首相のような国家の最高指導者でさえ裁きの対象とすることで、国家主権を隠れみのにした横暴に法的な制約をかけるという、極めて重要な意義を持っているのです。しかし、アメリカ、中国、ロシアという国連安保理の常任理事国がICCに加盟せず、法の支配に縛られることを拒否した。さらに米国第一主義の米国は今回、ムキ出しの敵意を見せるに至った。かつてニュルンベルク裁判や東京裁判を主導した米国は“これは単なる勝者の裁きではない。我々自身も拘束される普遍的な国際法によるものだ”とその正当性をうたったのに、その米国が今、ICCと敵対するのは、甚だしい自己矛盾と言わざるを得ません。ドイツの大統領が“我々を民主化したアメリカが国際法に非協力的なのはおかしい”と公然と批判しましたが、日本もかつて米国主導で裁かれた歴史を持つ国として、この矛盾を突き、法の支配を断固として擁護すべきですが、高市首相は情けない。今回の事態は、世界が再び単なる“力の論理”に回帰してしまうかどうかの分岐点だと思う。米国の横暴にミドルパワーや第三世界の国々が結束することが重要です」(高橋哲哉氏=前出)
それなのに、米国に撤回を求めるどころか、抗議もしない高市。
それは単なる弱腰なのか。ネジが抜けているのか。だったらまだしも、懸念されるのは高市自身、トランプと同じ発想じゃないのか、という疑いだ。高市には平和を愛し、何が何でも戦争を回避するという意識が欠落しているからだ。原爆の日の冷酷な態度を見てもわかるように、人権を踏みにじられた戦争被害者に寄り添う気持ちが感じられないのである。だとしたら、ますます、こんな首相の内閣改造・続投なんて、とんでもないことになる。
力の支配を信奉するトランプと同類の可能性
新潟国際情報大学教授の佐々木寛氏( 政治学)も高市に対して、そうした懸念を抱いている一人だ。
「赤根所長への制裁に“大変残念”というのは、日米関係を忖度した公式見解なのでしょうが、そもそも、高市首相にはICCの設立趣旨や理想に対する理解があるのか疑問です。かつて高市首相は憲法前文の“日本国民は、恒久の平和を念願し、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した”との部分を“オメデタイ”と表現したことがある。平和を愛する国際社会の信義を信頼していないのです。だとすると、信頼できるのはトランプと同じく“力の支配”ということになる。人類が築き上げてきた文明や歴史を否定するもので、この一言だけで、国際社会の一員である資格がない。首相の資質を問いたくなります」
高市にトランプやプーチン、ネタニヤフと同類の危うさを感じる識者は多いのだ。しかし、大国ほどの力もないから媚びて吠えるだけ。軍事費だけは追い付こうとし、「世界の真ん中で咲き誇る」などといきがる怖さ。高市の赤根所長制裁に対する「大変残念」発言の奥にはゾッとするような闇が広がっている。
天皇だけじゃなかった…秋篠宮も高市・麻生の皇室典範改正に怒っている 週刊誌からみた「ニッポンの後退」
日刊ゲンダイ 2026/08/23
天皇と秋篠宮、兄と弟による高市首相・麻生副総裁“征伐”の幕が切って落とされた。
ジャーナリズムには、相手がさまざまな「制約」があって直截にものを言えない場合、相手の立場をおもんぱかりながらも、その言葉の裏に隠された“本心”を推し量り、相手の代わりに世に伝えるという重要な役割があるが、今の“マスゴミ”は忘れてしまっている。
皇室典範改正前、“国政に関する権能を有しない”天皇が外国訪問前の会見で、
「くれぐれも国民の総意にそぐわないものにはしないでほしい」
と苦言を呈し、多くのメディアがこれを大きく伝えた。天皇は「国民の理解がなければ、天皇制は存続できない」と、世に警告を発したと、私は思っている。
だが、天皇の“願い”を一顧だにせず、高市と麻生は国会で審議もロクにしないで皇室典範を“改悪”してしまった。彼らは天皇に弓を引いたのである。
天皇の首席随員として外国訪問に同行した石破茂前首相は、帰国後、こう語っている。
「よりよい皇室典範を構想、提起してみたい。法律であるならば再改正することが可能だからだ」(サンデー毎日8月9日号)
石破の発言に、天皇の“意向”が反映されているとみるのはうがち過ぎだろうか。
そんな中、秋篠宮がパラグアイ公式訪問前の8月13日、夫妻で会見に応じ、驚くべき重大発言をしたのだ。
10月24日に施行される改正皇室典範への見解を問われ、「制度に関わることなので控えたい」と断りを入れたが、天皇の発言については、「その通りだと私は思っています」と100%賛同したのである。
改正皇室典範をめぐる議論で、皇室の方々の気持ちや置かれた立場が十分に考慮されなかったとの指摘があるがという問いに、秋篠宮は「私も生身の人間ですからいろいろと思うところはもちろんあります。なかったらおかしいと私は思います」と強い口調で言い切った。
自らが国民に向けて発信する場合、それが法律と関わってくると難しいと言いながらも、「やっぱり世の中って進歩していくことが大事」と話した。私は、秋篠宮は今回の皇室典範改正は「男系偏重」「時代に逆行」していると“断罪した”とみる。
さらに、「務めを果たすことに女性、男性の区別というのはない」とも述べた。
皇室典範は「女性差別」だと世界中から批判を受けていることを踏まえての発言であろう。秋篠宮家は「男女の区別なく育てる」教育を貫いてきたことで知られる。
次女・佳子さんは、以前、ガールスカウト日本連盟が主催したイベントで、「ジェンダー平等が達成され、誰もが幅広い人生の選択肢を持てるようになることを(略)、それが当たり前の社会になることを切に願います」と述べている(週刊文春8月27日号)。
秋篠宮は今回の会見で、記者たちから「皇室典範改正」について聞かれることは、事前にわかっていたはずだから、語らないという選択肢もあり得た。だが、秋篠宮は決断した。なまなかの覚悟ではない。
私は、メディアは秋篠宮発言を大きく報じると思った。だが、事の重大性を判断できず、高市首相に対する“おもねり”もあり、私が知る限り、既存メディアで大きく報道したところは少なかったようだ(朝日新聞は朝刊第2社会面)。
詳しいことは紙幅がないので書かないが、私は、天皇と秋篠宮はこの問題で密に連絡を取り合っていて、秋篠宮は「愛子天皇」実現を後押ししているとみている。
8月15日“敗戦”記念日の戦没者追悼式で、高市首相は「反省」「不戦の誓い」という言葉を省いて「式辞」を読み上げた。天皇は「お言葉」でこう述べた。
「戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ、過去を顧み、深い反省の上に立って、再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願い、(中略)世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります」(朝日新聞8月16日付)
どちらの言葉が国民の心に響いたかは、いわずもがなであろう。
国民の総意を無視した高市・麻生の「賊軍」は壇ノ浦に追い詰められた。 (文中一部敬称略)
(元木昌彦/「週刊現代」「フライデー」元編集長)
「湯の町湯沢平和の輪」は、2004年6月10日に井上 ひさし氏、梅原 猛氏、大江 健三郎氏ら9人からの「『九条の会』アピール」を受けて組織された、新潟県南魚沼郡湯沢町版の「九条の会」です。