2021年1月6日水曜日

否めぬ甘い見通し、遅い対応 菅首相緊急事態宣言に方針転換

 東京新聞が5日、「 ~ 否めぬ甘い見通し、遅い対応 緊急事態宣言に方針転換の菅首相」と、手厳しく菅氏を批判する記事を出しました。

 同紙は、緊急事態宣言に慎重姿勢を続けていた菅首相が4日、宣言発令にかじを切った背景には、東京など首都圏1都3県の知事や医師会からの強い圧力があり、首相の見通しの甘さと対応の遅さは否めないとし、12月25日の年末会見で、宣言なしでも「国民の行動変容は可能で、必ず理解いただける」と明言した僅か10日後に、「自身の認識の誤り」を事実上認める形となったとしています。
 実際これまでの菅首相の態度は酷いものでした。国会で「4000万泊でコロナが感染したのは200人余り」に過ぎないなどと「意味不明の発言」を繰り返し、医師会などが早くから感染拡大を防止しないと医療が崩壊すると警告を発していたのを全く無視して、「Go To」に勤しんできました。
 それがコロナの感染拡大が誰の目にも明らかになった途端に、慌てて転換するのではとても国のリーダーとは言えません。そもそも首相は情報を適正に判断する能力(リテラシー)を持っているのでしょうか。ようやく安倍首相が退場したのに後継の政権がこれでは救われません。
 特措法改正を巡る政権の迷走ぶりも同様で、休業補償を明記するなどして休業要請に実効性を持たせるための改正は、以前から全国知事会や野党が求めていましたが、「改正は感染状況が落ち着いてから」というのがこれまでの政府の方針でした。
 それがコロナ対応が後手に回っているとの批判が高まり内閣支持率が急落すると、こんどは一転して軌道を修正し、野党側に早期改正への協力を呼び掛け始めました。こんな体たらくでは「次の局面でも後手に回る可能性は否定できない」としています。
 併せて毎日新聞の社説「首相が緊急事態宣言へ もっと明確なメッセージを」を紹介します。

追記)ところでGoogleの最新予測(1/3~1/30)によると、日当たりの感染者数の移動平均のピークは1/23で6910人/日、それ以降ようやく下降に向かうということです。
 また京都大学の西浦博教授が「実効再生産数」を1・1としてシミュレーションした結果、東京都の感染者数を十分に減少(100人/日)させるには、昨年の緊急事態宣言と同等のレベルの効果を想定しても2月末までかかるとみられ、飲食業の時短だけの対策では約1300人/日がそのまま持続することが分かりました。
 政府は緊急事態宣言の期間を1ヵ月としていますが、これについても専門家の意見を聞くべきでしょう。
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<新型コロナ>
感染拡大止まらず…否めぬ甘い見通し、遅い対応 緊急事態宣言に方針転換の菅首相
                           東京新聞 2021年1月5日
 新型コロナウイルス特別措置法に基づく緊急事態宣言に慎重姿勢を続けていた菅義偉首相が4日、発令にかじを切った。年明け早々に方針転換を余儀なくされた背景には、東京など首都圏1都3県の知事や医師会からの強い圧力がある。感染拡大に歯止めがかからず、世論に押されて観光支援事業「Go Toトラベル」の一時停止に踏み切らざるを得なかった時と同様に、見通しの甘さと対応の遅さは否めない。(井上峻輔、清水俊介)

◆「宣言なしで可能」一転「強いメッセージ必要」
 首相は4日の年頭会見で、緊急事態宣言について「1都3県では3が日も感染者数は減少せず、全国の感染者の半分。状況を深刻に捉え、より強いメッセージが必要だと考えた」と説明した。昨年12月25日の年末会見で、宣言なしでも「(感染防止へ国民の行動変容は)可能だと思っている。必ず理解いただける」と明言したばかり。わずか10日後に、自身の認識の誤りを事実上認めた。
 もともと政権内では、経済活動が大きく落ち込みかねない緊急事態宣言には慎重論が根強かった。既に感染拡大の「急所」と位置付ける都市部の飲食店に対する営業時間の短縮は要請済み。現行の特措法には、要請に罰則や補償の規定はなく「やれることは今とあまり変わらない」(政府関係者)との考えからだ。

◆医師会、4都県知事ら「早急に有効な対策を」
 しかし、感染拡大は収まらず、年末の首相会見の前後から、政権への圧力は急速に強まった。野党から「一刻も早く緊急事態宣言を出すべきだ」(立憲民主党の枝野幸男代表)との声が上がり、日本医師会(日医)や日本看護協会など9団体は12月21日に「医療緊急事態宣言」を発表。日医の中川俊男会長は会見で政府に有効な対策を早急に打ち出すよう求めた。
 同31日には、東京都の新規感染者数が初めて1000人を突破し、一気に1337人を記録。隣接する神奈川、埼玉、千葉各県でも過去最多を更新した。4都県の知事が1月2日、そろって西村康稔経済再生担当相に宣言の発令を要請したことが方針転換の決め手となった。
 枝野氏は4日、記者団に「野党や知事の判断が先行し、首相はその後追いをする状況だ」と政権の対応を問題視した。

◆特措法改正巡り迷走も国会会期は延長せず
 特措法改正を巡る動きも政権の迷走ぶりを印象づけている。
 休業要請に実効性を持たせるための改正は、以前から全国知事会や野党が求めていたが「改正は感染状況が落ち着いてから」(政府高官)というのが従来の政権の方針。従わない事業者らに罰則を設ける案には賛否が割れていることもあり、昨年の臨時国会の会期を延長せず、12月5日に閉じた後も姿勢を変えなかった。
 ところが、政権のコロナ対応が後手に回っているとの批判が高まり、内閣支持率が急落すると軌道修正。野党側に早期改正への協力を呼び掛け始め、今月18日召集予定の通常国会で最優先に取り組む方向だ。

◆早くても改正案成立は2月、宣言発令に間に合わず
 改正案の成立時期は「2月初め」(自民党の森山裕国対委員長)の見通し。どんなに急いでも、今回の宣言発令には間に合わない。
 首相は年頭会見で、宣言に伴う対応は「限定的、集中的に行う」と強調。なお経済を重視したい思いをにじませており、次の局面でも後手に回る可能性は否定できない。


社説 首相が緊急事態宣言へ もっと明確なメッセージを
                           毎日新聞2021年1月5日
 新型コロナウイルスの感染急拡大を受け、菅義偉首相が東京都など首都圏の1都3県を対象に緊急事態宣言を再発令する考えを表明した。
 首相は「より強いメッセージが必要だ」と述べた。だが、記者会見では発令に伴う具体的な施策について言及を避けた。これで国民にメッセージが届くだろうか。
 大みそかの31日に東京都の1日当たりの新規感染者数が1300人を超え、4都県で全国の感染者数の半数以上を占めた。重症者も増加傾向が続き、医療崩壊の懸念が強まっている。
 対策が急がれたが、一時は知事による営業時間短縮要請の強化が先か、政府の宣言発令が先かという、責任の押し付け合いのような状況が生じた。
 年明けに知事側が要請強化を受け入れる姿勢を示したことで、政府は発令に追い込まれたように見える。

目立つ責任転嫁の姿勢
 「第3波」は昨年11月に始まった。この間、対策を講じる十分な時間があったのにもかかわらず、政府の対応は鈍かった。
 旅行需要喚起策「Go Toトラベル」の見直しに後ろ向きで、11月末からの「勝負の3週間」は失敗に終わった。その後の追加対策も中途半端で、首都圏の感染拡大は続いている。
 判断の遅れの背景には、首相が主導した「Go Toキャンペーン」へのこだわりや、今夏の東京オリンピック・パラリンピックの開催問題があったのではないか。感染対策で先手を打つことなく、再発令せざるを得ない感染状況を招いた責任は重い。
 宣言発令にあたっては、実効性を高めることが重要だ。
 今回、政府は自粛要請の対象を飲食店を中心に絞り込む考えのようだ。だが、ここまで感染が広がった以上、人の動きの抑制も検討せざるを得ないだろう。
 安倍晋三前政権も菅政権も、専門家の意見を軽視する場面が目に付いた。今回は、専門家の意見を十分に聞いて判断すべきだ。
 新規感染者がどの程度減少するまで宣言を続けるのか、あらかじめ基準を示しておくことも欠かせない。夏の「第2波」ではピークを越えても感染者数が十分には減少せず、「第3波」が拡大する要因の一つとなった。
 4月に宣言が発令された際は、国民の危機感が強く協力を得やすかった。今回は要請の効果が上がりにくくなっているとも指摘されている。
 もう一段の協力を得るには、どのようにして感染拡大を収束させようとしているのか、明確な戦略を示さなければならない。
 何より大切なのは政治への信頼だ。昨年、自粛要請の最中に首相や自民党の二階俊博幹事長が会食に参加して批判を浴びた。こうした姿勢では反発を招くだけだ。

国会はただちに召集を
 宣言と合わせてコロナ対策の特別措置法の改正議論も進めなければならない。
 全国知事会はこれまで、休業や営業時間短縮の要請に応じた店への協力金制度と、応じなかった店への罰則規定を盛り込むよう求めてきた。
 首相は昨年末にようやく、特措法改正に取り組む考えを示した。与野党は18日召集予定の通常国会で改正案を優先的に審議することで合意している。
 しかし、感染状況が深刻化する中、2週間も待つ余裕はない。政府・与党はただちに召集して、議論を始めるべきだ。
 気がかりなのは、首相が記者会見で「給付金と罰則をセット」にする考えを示したことだ。
 給付金は、既に一部の都道府県で導入されており、政府が財政支援している。これを法律に位置づけることについて、与野党の隔たりは小さい。
 だが、罰則は私権の制限に関わる。専門家による政府の分科会でも賛否両論が出ている。首相はこれを踏まえ慎重に検討する姿勢を示していたにもかかわらず、突然方針を変えたように見えるのは不可解だ。
 まずは与野党で早期に合意できるところから改正を始めるべきだ。罰則導入の是非で与野党が対立し、法改正の議論を停滞させてはならない。
 正念場を乗り切るためには、首相の強いリーダーシップが必要だ。その前提となるのは、国民からの信頼の回復だ。

06- 手塚治虫とマルクスと杜甫 - 病苦と使命の狭間で創作した偉大な天才たち(世に倦む日々)

 「世に倦む日日」氏が「手塚治虫とマルクスと杜甫 - 病苦と使命の狭間で創作した偉大な天才たち」と題したブログを発表しました。
 3人の天才たちの「病苦と使命の狭間」で創作した晩年について述べています。

 そしてご本人もこのところずっと体調不良に悩まされていて、「ブログをやめるか、手を抜いて減らすか、使命を信じて続けるか。真面目に選択を迫られている」ことを吐露しています。
 私がこのブロガーを知ってから20年ほどになります。最初からその重厚で緻密な論理と斬新な視点に圧倒されました。
 切にご健康をお祈りいたします。
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手塚治虫とマルクスと杜甫 - 病苦と使命の狭間で創作した偉大な天才たち
                          世に倦む日日 2021-01-05
手塚治虫は60歳で世を去っている。1989年、胃がんだった。連載を抱えて激務で、生前の睡眠時間は平均4時間だったと言われている。85年にNHKの取材を受けたときは1-2時間の睡眠だった。ストレスを溜めながら無理を重ねていたのだろう。死の1年前の88年に倒れて胃の手術を受け、2か月間入院している。入院した自分を何かのマンガの中で描いていて、過労が原因だと書いていたような記憶がある。世はバブルの絶頂期。日本人はこれまで一度も豊かになったことはなく、有史以来常に貧乏で働きづくめで、身体を壊すまで働く生き方をしていたんだなあと、バブル経済の繁栄を横目に、そんな感慨と省察をしみじみと語っていた。NHKの番組の中では、おにぎりを頬張りながら、ときどき壁に向かって逆立ちしながら、うんうん唸ってページを描き上げていた。池袋に近い古いマンションで、一人で狭い部屋に籠もって締め切りに追われる過酷な日々を送っていた。「アイディアだけは、もうバーゲンセールしてもいいぐらいあるんだ」と言った、その言葉はよく覚えている。

情報では、手塚治虫は自身の病気について最後まで正確な診断を知らされてなかったことになっている。だが、手塚治虫は医学博士であり、『ブラックジャック』の作者だから、疾病の正体が何であり、何が原因で重症化し、現在の病状の進行具合がどうかということを察知してなかったはずがないと思われる。無理をしていたのだ。身を削っていたのだ。自分の生命の肉片を削って、それを作品に変えて、読者を感動させ、夢を与え、生きる喜びやエネルギーを分け与えていたのだ。NHKの番組の中でも、そんなことを言っていたような気がする。自分が苦しむ分、人を喜ばせているのだと。1日24時間、1週間、精神的身体的にはストレスの連続であり、呻吟と苦悩と疲労を積み重ね、身体内部に強い負荷をかける一方の生活だった。家族との憩いの時間もほとんどなかった。NHKの放送を見たとき、バブル全盛期、私は30歳そこそこの働き盛りの若僧だったが、ストイックに創作する手塚治虫を見て羨ましさと憧れを感じ、こういう表現者と制作者の人生を送りたいと思ったものだ。

バブルの頃というのは、とにかく経済が過熱して超スピードで回っているときであり、組織と個々にとっては仕事が次から次に過剰に入ってくる繁忙なときであり、受注に応じて価値の生産を担う若手労働者が、『リゲイン』のハードワーカーの日常を送っていたときである。そういう若い労働者にとっては、当時、フリーランスの立場と職業は憧れだった。今では考えられないことである。社会保険のサポートのない、クレジットカードも作れない、そういう一匹狼の生き方を、あの頃の東京の若者は希求し、フリーランスの肩書きと名刺を持ちたがっていたのだ。それが成功の姿だと考えていた。何というバラ色の日本経済だったことだろう。そこから30年の日本経済は、悪夢としか言えない現実の過程であり、いつ悪い夢から醒めるのだろうと思い続けた日々だったと言っていい。新海誠が予感して描く「いつか訪れる破滅」を、われわれはあのとき体験し、そこから終末後の暗い世界を生きているのだと実感する。一日一日と惨めさと醜さを増しながら。非人間的な野生動物に戻り、環境悪化で種の個体数を減らしながら。

年末の何かのBSの番組で、名前も知らない作家が登場して何かの問題について解説していた。つい数日前のことだが、中身はすっかり忘れている。ただ、リモートという演出で撮影されたその作家の自宅の居間と書斎が瀟洒で、デザインと色調がセンスよく、いい住空間と仕事部屋だなという印象が残っている。そういう方面では、凄絶な格差社会という矛盾はあるものの、昔と比べて日本人は豊かになった。手塚治虫がアトリエにしていた古マンションの一室は、そこから比べると何とも狭く暗く貧相で、天下の巨匠がどうしてこんなボロい棲家でと思うような場所だった。手塚プロの借金問題があって清貧に努めていた可能性もあるが、手塚治虫はその創作空間がお気に入りの様子で、不具合感は全く漂わせていなかった。私にはどうしてもその方面に注意と関心が向かう。堀田善衛の書斎というのが一度テレビに登場したが、エッと思うほど華飾さのない地味な部屋で驚いたことがある。丸山真男に至っては、吉祥寺の自宅の書斎スペースは、小さな小さな、居室の一角に設えた、幅1メートルほどで僅かな奥行きの、畳に座って書き物をする低い和机が置いてあるだけである。
尊敬する日本の天才たち、日本の巨匠たちは、とてもとても質素な空間で歴史に残る名作を書いていた。信じられないほど慎ましい空間で知的創作の営みを行っていた。資料を精読し、研究し、独創し、アイディアを練って表現を作品化していた。巨大な価値を作り出していた。

マルクスは64歳で肝臓がんで死んだ。1883年である。パリコミューン敗北後の1872年のインターナショナルの分裂が、マルクスを疲労させ、不眠症と神経症と肝臓病を患わせる原因となったと言われていて、翌73年には55歳で脳卒中を起こして倒れている。そこから幾度も療養の旅を続けたが、病気は悪化する一方となり、気管支炎や肋膜炎を併発して苦しむ晩年を送る。死の前年に最愛の妻イエニーを失い、生きる気力を奪われたような最期で孤独に病死した。病身となった晩年の10年間、ずっと資本論の執筆を続け、第1巻の刊行と第2巻・第3巻の草稿完成に漕ぎ着けている。長大で晦渋な資本論の文章の執筆はマルクスにとってどういう作業だっただろうと、ときどき思うことがある。それは30代から企図した壮大なプランの実現であり、ライフワークの達成であり、経済学を根底から変革し、そして人類の歴史を揺り動かす力業だったが、病身のマルクスを蝕む精神的ストレスの時間でもあったに違いない。資本論に命を賭けたマルクスも、手塚治虫と同じだったのではないか。手塚治虫が無理をやめられなかったように、マルクスも無理を通して労作に精魂を傾けた。貧困と窮乏の中で使命を押し通して作品を手がけた。

杜甫は59歳で死んだ。喘息と神経痛とマラリアと糖尿病に苦しみ、漂泊と貧窮の末に右手が利かなくなり、耳も聞こえなくなった身で、洞庭湖に浮かぶ船の中で生涯を閉じた。最後まで社会を憂い、長安に戻って政治を変革し民を救済する夢を燃やしつつ、憔悴して、家族に看取られて死んだ。杜甫の詩も、やはり命を削って創作されている。静寂と観察の中、魂魄と情念を削って削って、憂いを煮詰めた淵から字句のアルゴリズムを宇宙に巻き上げ、情報処理された隕石を天空から降らし落としている。ピシピシと完璧に五言七言の絶句律詩の形式に配列させている。天才であっても、その詩作の絶唱の力業は、何がしか重いストレスの作業だっただろう。いつもいつも弱い者に寄り添い、苛斂誅求されて泣き沈む弱い民衆に内在し、政治批判の言葉を絞り出し、理想を空に突き刺す詩を書いた。憂いと傷みこそが自分の表現の根源であり、身悶えしながら精神を格闘させて佳作が編み上がるのだと言っているように見える。今、杜甫のような、手塚治虫のような知識人がいない。杜甫や手塚治虫の生き方に共鳴する者がいない。共感することがなく、後に続こうとしない。今の日本人は、むしろ彼らを蔑んで嘲笑する態度に徹している。売名と金儲けと快楽だけが目的になっている。

昨年2020年は消化器系に悩まされ、半年で二度も胃の内視鏡検査を行った。腹部CT検査も初めて受けた。不眠症から始まった胃炎が、一度は落ち着いたものの、秋に奇妙な具合で痛みを再発し、がん発症を恐れて再び胃カメラを入れる不安となった。異常なしという診断になったが、考え直すと、11年前の09年に類似の自覚症状が生じ、そのときも発がんを恐れ、初めて大腸の内視鏡検査を試みたことを思い出した。あのときの軽かった異変が、今回、もっと重い形で再発されている。11年前の症状はすぐに元に戻り、健康を回復してすっかり忘れていた。消化器系の病気で悩むことなるとは、若い頃は全然予想していなかったことだ。というより、杜甫がマルクスが晩年に多病で苦しんだ事実は、紙の上の偉人の歴史の一部であり、それが老境に誰にも降りかかる難事だとは微塵も想像していなかった。どうやらその近辺に接触する身体年齢となり、不調は精神的ストレスによるものとの医師の診断を真摯に受け入れざるを得なくなった。診断を受け入れるということは、症状悪化の原因についての指摘を素直に認めるということだ。ブログをやめるか、手を抜いて減らすか、使命を信じて続けるか。
真面目に選択を迫られている。そんな感じで2021年の新年を迎えた。人生は短い。残りの人生の時間は長くない。医師でもあった手塚治虫は、このコロナ禍と医療崩壊の日本と世界を見て何と言うだろう。

2021年1月5日火曜日

「お答え控える」80倍以上(1970年比)、菅首相は早くも65回

 安倍政権のデタラメぶりは目に余りましたが、衆院調査局の調べで「桜」前夜祭問題で安倍氏が行った虚偽答弁が118回(森友学園問題における安倍政権の虚偽答弁は139回)に及んだと明らかにされたのは、さすがに衝撃でした。国会史上に残る一大汚点です。
 それなのに安倍氏は全て秘書のせいにして責任を逃れ、検察も首相の言い分を丸々認めて不起訴処分にしました。検察の本質が示されたと言ってしまえばそれまでですが、これでは政治の浄化などはとても期待できません。
 虚偽とは言えませんが、国会で当然答えるべき事柄を首相や閣僚らが「お答えを控える」などと説明を避ける場面が近年急増しています。
 立命館大の桜井啓太准教授の調査によると1970年には7回に過ぎませんでしたが、第2次安倍晋三政権になった13年以降顕著に増加し、ピークの2018年には580回、80倍以上に達しました。因みに菅首相も同様の姿勢を引き継ぎ、既に65回に達しています。
 京都新聞が報じました。
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「お答え控える」80倍以上に 国会で説明拒否1970年比で、2018年は580回に
                          京都新聞 2021年1月4日
 菅内閣は発足から3カ月が過ぎ、最優先課題とする新型コロナウイルス感染症対策は医療逼迫(ひっぱく)が現実味を帯び、「桜を見る会」疑惑を巡り検察捜査が進む。菅義偉首相(72)は難題と向き合いながら来秋までの衆院解散・総選挙のタイミングを探る。「菅流」意思決定の実相や安倍政権から引き継ぐ政治姿勢を追った。
 首相や閣僚らが国会で「お答えを控える」などと発言し、説明を避ける場面が近年急増していることが、立命館大の桜井啓太准教授(社会福祉学)の調査で分かった。1970年は7回だったが、ピークの2018年は580回にも達し、80倍以上にも膨らんだ。第2次安倍晋三政権が本格スタートした13年以降の増加ぶりが顕著で、菅義偉首相も同様の姿勢を引き継いでいる。
 桜井准教授は日本学術会議が推薦した会員候補6人が任命されなかった問題について、菅首相が国会で「人事に関することであり、お答えを差し控える」と繰り返したことに疑問を持ったという。専門の社会福祉の研究で国会会議録検索システムを活用したことがあったことから、検索語に「答えを控え」「答えについて差し控え」など類似の16パターンを入力し、1970年から2020年まで1年ごとに件数を調べた。
 この結果、1970年は7回で、70年代は30回前後で推移した。その後は緩やかに増えていき、自民党が民主党に政権を奪われた2009年には218回となったが、民主党政権末期の12年は94回まで減少した。
 しかし、同年末に始まった第2次安倍政権では、13年の特定秘密保護法、15年の安保法制の審議を巡って答弁を避ける回数が急カーブを描いて増える。さらに17~19年は18年の580回を頂点にいずれも500回を超えた。安全保障や憲法に関わる審議での発言が多い一方、森友学園問題や「桜を見る会」など安倍前首相にまつわるテーマで説明を避ける姿勢が際立った。
 閣僚別では安倍前首相が最も多い165回、続いて今年にあった検事長定年延長問題などで森雅子前法相が94回、稲田朋美元防衛相が87回、河野太郎行政改革担当相が78回と上位を占めた。閣僚以外に官僚も同様の表現で答弁し、全体の数を押し上げている。
 5日に閉会した臨時国会では、菅首相が衆参の予算委員会で、日本学術会議の会員任命拒否と「桜を見る会」の問題について「答えを差し控える」「答える立場にない」といった答弁を連発。共同通信社の分析では、全体の2割に当たる67回にも上ったことが明らかになっており、説明を避ける傾向は首相が交代しても改善されていない。

 桜井准教授は「国会で国民に説明するという政府の役割が果たされていない。まともに答弁しない姿勢が官僚にも広がっている」と批判。「説明を拒み、異なる他者と向き合わない空気がまん延し、選別する政治や社会の分断が進むことが危惧される」と警鐘を鳴らす。 

菅氏1日307万円×7年8ヵ月余 官房機密費86億円超 総裁選中も

 菅首相が内閣官房長官に在任した7年8カ月余(2822日)で自身に支出した内閣官房機密費(報償費)は86億8000万円超だったことが判明しました。菅氏は、自身の“つかみ金”(使途を説明する必要のない金)として1日平均307万円をつかった計算になります。
 菅氏が総裁選への出馬を表明したのは9月2日のことですが、ご丁寧にも、その前日に官邸内にある官房機密費1億3200万円余のうち9020万円を、自身が自由につかえる領収書不要の「政策推進費」に振り分けました。

 これらを明らかにしたしんぶん赤旗は、「1日平均300万円までつかうことが“既得権益”になっていなかったのか ― 。官房機密費のあり方とともに菅氏の姿勢が問われ」ると述べています。
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菅氏、1日307万円×2822日支出 官房機密費の“つかみ金”86億円超 総裁選中もきっちり使う
                     しんぶん赤旗 2021年1月4日
 菅義偉首相が内閣官房長官に在任した7年8カ月余(2822日)で自身に支出した内閣官房機密費(報償費)は86億8000万円超だったことが、本紙が情報公開で入手した資料で判明しました。支出した官房機密費の総額95億4200万円余の90・97%を菅氏は、自身の“つかみ金”として1日平均307万円をつかった計算になります。(矢野昌弘)
 昨年8月28日、安倍晋三首相(当時)の突然の辞任表明で、自民党内は総裁選一色に染まります。
 菅氏が総裁選への出馬を表明したのは、9月2日のこと。その前日の1日に菅氏は、官邸内にある官房機密費1億3200万円余のうち、9020万円を菅氏自身が自由につかえる領収書不要の「政策推進費」に振り分けました。
 本来、官房機密費は「内閣官房の行う事務を円滑かつ効果的に遂行するために、当面の任務と状況に応じて機動的に使用する」経費です。
 官房機密費は会計検査院に対しても支出先や目的を明かす必要のない“つかみ金”です。機密費の内訳は「調査情報対策費」「活動関係費」「政策推進費」の3類型に分かれます。このうち「調査情報対策費」と「活動関係費」は、事務補助者が出納管理をします。しかし「政策推進費」は官房長官にお金が渡った時点で“支出完了”となるため、何に使ったかを知るのは官房長官のみ。官房機密費の中でもっとも闇金の要素が強い金です。
 菅氏は昨年9月14日に自民党新総裁となり、同16日に首相に指名されます。16日に官房機密費の引き継ぎを行った際には、9月に入ってからの16日間で、4820万円を菅氏が使っていました。総裁選中もきっちり1日平均300万円をつかった計算です。
 菅氏が使い残して、年度末に国庫に返納した官房機密費は12年度~19年度分をすべてあわせても40万5000円余です。
 1日平均300万円までつかうことが“既得権益”になっていなかったのか―。官房機密費のあり方とともに菅氏の姿勢が問われます。


闇金2種 使い分け 自民幹部らに党の政活費 首相になると官房機密費
                        しんぶん赤旗 2021年1月4日
                      (記事集約サイト「阿修羅」より転載)
 政権の“つかみ金”が内閣官房機密費なら、自由民主党にも「政策活動費」などの“つかみ金”があります。自民党が野党の時には、総裁にも支出していた「政策活動費」ですが、第2次安倍晋三内閣ができると、安倍総裁(当時)への「政策活動費」がパタッとなくなるのです。なぜでしょうか。
 自民党の“つかみ金”となっているのは、「政策活動費」と「調査費」です。どちらも主な支出先が、党所属の国会議員となっており、議員が受け取った金を何に使ったのか不明です。
 毎年、数億円と巨額の「政策活動費」の多くは党幹事長に支出されています。
 この自民党の二つの“つかみ金”ですが、自民党が野党だった2009年9月から12年12月には、当時の総裁に支出されていました。
 谷垣禎一総裁(当時)には計1600万円。12年9月末から総裁となった安倍氏には同年12月11日までに5回、計2億5000万円の「政策活動費」が渡されていました。
 ところが、同月26日に第2次安倍内閣が発足してから、少なくとも2019年末まで安倍総裁(当時)への「政策活動費」と「調査費」の支出はありませんでした。
 なぜ、野党時代には安倍総裁にも渡していた金が、政権与党になると、渡さなくなるのか。
 首相になると、官房機密費(報償費)が使えるようになります。
 小渕恵三内閣で官房長官を務めた野中広務氏(故人)は、官房機密費の使途について10年に「国会対策に使うことが多かった。一つは、総理の部屋に月1000万円。それから、とにかく衆議院国会対策委員長、参議院幹事長室に(月)500(万円)ずつ持って行かなきゃならなかった」と記者団に証言しています。
 安倍氏本人も第3次小泉改造内閣で官房長官をつとめ、多額の官房機密費を支出しています。官房機密費の中で最も“闇金”の要素が強い「政策推進費」を2006年9月下旬までの11カ月間で10億5100万円も使っていました。
 安倍前首相の後援会による「桜を見る会」前夜祭の費用を補填(ほてん)したお金の原資が注目されています。その原資に、こうした官邸の“闇金”があてられていないか、疑惑は深まります。

政治ゆがめた疑惑 今も
           神戸学院大学教授(憲法学)上脇博之さん
 2018年に最高裁は官房機密費の支出関連文書の一部開示を国に命じました。私たち原告と弁護団は、機密費のうち官房長官のつかみ金である「政策推進費」を政治家や評論家に渡さないことや、機密度に応じて将来は公開するなどのルール作りを申し入れました。それにもかかわらず、「政策推進費」が9割超という比率は判決後も変わっていないし、使途の将来公開も実現されていません。申し入れは無視された状態です。菅義偉首相(当時、官房長官)側は、会計検査院さえも使途をチェックできないと、タカをくくっているのではないか。
 野中広務元官房長官(故人)が証言したように、官房機密費は以前から、まるで自民党の政治資金のように都合よく使われ財政法違反の目的外支出がなされてきた疑惑がありますが、今も続いているのではないか。つまり、公金の闇金で政治や選挙がゆがめられているという疑念を持たざるをえません。
 また、政治資金や選挙資金の支出は公表が法律で義務付けられていますが、自民党は「政策活動費」などの名目で幹事長ら政治家個人に多額の政治資金を支出し、それが最終的に何に使われたのか不明です。これは、もう一つの闇金で、政治や選挙がゆがめられているとの疑惑が生じます。
 自民党は与党になり内閣を握ると官房機密費も使える。要するに闇金の“サイフ”が一つ増えてしまう。官房長官や首相には、あえて自民党の政治資金を渡さなくても、官房機密費を闇金として使えるのです。

 闇金をなくすためには、官房機密費の目的外支出の禁止と使途の将来公開のルール化が不可欠ですし、政治資金の政治家個人への支出を法律で禁止することが必要です。政権交代し、世論が新政権に要求しなければならないでしょう 

05- 岡田晴恵氏 緊急事態宣言「遅い」/緊急事態創出した菅首相の責任重大(植草一秀氏)

  1日当たりの新規感染者数は東京、神奈川、千葉、埼玉の1都3県が全国の5割超を占め、曜日毎の新規感染者は連日過去最多を更新しつつあります。当然病床も逼迫し、東京都で確保した3500床も8割の病床が埋まっています。

 菅首相は4日、首相官邸で年頭の記者会見に臨み、首都圏を対象に新型コロナ対策の特別措置法に基づく緊急事態宣言の再発令を検討すると表明しました。週内にも政府対策本部を開いて正式決定し、発令するということです。さすがに1/12からのGo To再開は否定せざるを得ませんでした。
 AIを用いたグーグルの感染予測(1/02~1/29)によると、1日当たりの新規感染者数は1/14の8173人/日をピークに下降するとしています。それは緊急事態宣言を加味した結果と思われますが、その内容によってはそうならない可能性は十分にあります。
 そもそも市中感染率がここまで高まると、緊急事態宣言で自粛しても簡単には収まらないと見られています。日本では調査が行われていないため市中感染率がいくつなのか不明ですが、あるTV番組では首都圏は10%とも伝えていました。
 因みに年末7日間(12/25~12/31)の全国ベースの新規感染者数対PCR受診者数の比は16%で、第2波(7/26~8/1)の0.6%を大幅に超えています。感染率は第2波よりも大幅に上昇していると考えられます。

 白鴎大学の岡田晴恵教授が4日放送の「羽鳥慎一モーニングショー」にリモート出演し、「第1波の時の緊急事態宣言は、春夏の気温がある時期に向かって市中感染率が低い時期に行ったのでストンと落ちた。今は冬という環境的な条件としては非常に悪いところに向かって、かなり市中感染率が高い状況で出すわけですから、どれぐらい効果が上がるかというとそんなにきれいに落ちてこない。11月に出せば良かった。(要旨)」と、政府の対応の遅れを指摘しました。報知新聞が報じました。
 また、植草一秀氏は「緊急事態創出した菅首相の責任重大」とするブログを出しました。
 4日の会見で菅首相は、東京都が国の新規感染者の半数を占めていると非難がましく述べて、緊急事態宣言の発令を検討すると述べました。しかしあたかも東京都に責任があるかのような言い方は大間違いで、この事態を生み出した全責任は挙げて菅政権にあります。
 経済を回すことは、政権などより国民自身が心から望んでいることであり、コロナを抑制しつつ経済を回す責任が政府にあったのでした。
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岡田晴恵教授、緊急事態宣言は今、発令しても「ちょっと遅い…11月に出せば良かった」
                            報知新聞 2021/01/04
 白鴎大の岡田晴恵教授が4日放送のテレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」(月~金曜・午前8時)にリモート生出演した。
 番組では、今月2日に東京都など1都3県の知事が政府へ新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言を求めたことを報じた。この要請に西村康稔経済再生担当相は東京都の小池百合子知事らへ飲食店の営業時間を午後8時までに短縮することなどを求めたが、緊急事態宣言の発令には「専門家に判断をいただかないといけない」と慎重な姿勢を崩さなかった。
 岡田氏は「緊急事態宣言を出すこと自体は、ある一定の効果はあると思うんです」とした上で「ただ第一波の時の緊急事態宣言は、春夏の気温がある時期に向かって、しかも市中感染率が低い時期に行ったわけです。ですから、きれいにストンと落ちてきたわけです。ただ、今は冬という環境的な条件としては非常に悪いところに向かって、しかもかなり市中感染率が高い状況で出すわけですから、どれぐらい効果が上がるかというとそんなにきれいに落ちてこない、ちょっと時間がかかるだろうと考えられるわけです」と解説した。
 さらに緊急事態宣言について「市中感染率が低いうちに出すことがポイントですから、ちょっと遅いのかな、と。11月に出せば良かったのかな、と。もしくは、本当は原理原則を言えば、検査をしてちゃんと無症状を見つけて保護をして隔離をする、と。市中感染率を上げない状況で冬を迎えてワクチンを待つというのが本当だったんだろうなと思っております」とコメントしていた。


緊急事態創出した菅首相の責任重大
                 植草一秀の「知られざる真実」 2021年1月 4日
菅首相が記者会見を行い、首都圏の1都3県を対象に緊急事態宣言を発出する方針を示した。
1月9日午前零時に発出されるとの観測記事も流布されている。
緊急事態宣言発出と併せてGo Toトラベルの一時停止も延長される見通し。
菅内閣の誤誘導と優柔不断さが事態の悪化を招いている。
緊急事態宣言の最重要の機能は「メッセージ」。
感染拡大抑止に向けての強いスタンスを示すもの。
直接的効果よりもメッセージによる「アナウンス効果」が大きい。

重要なことは行動抑制である。
何よりも重要なことは無症状の感染者が感染を拡大させることを防ぐこと。
この目的を達成するには検査の拡充が必要不可欠。この点での方針転換は示されていない。
菅内閣はこれまで間違ったメッセージを発し続けてきた。
最大の誤りはGo Toの全面推進。
11月の3連休の前に感染拡大の傾向は鮮明に表れていた。この時点で感染抑止優先の方針を明示するべきだった。ところが、菅内閣は真逆の対応を示した。
わざわざ11月の3連休が終了するまで感染抑止のメッセージを示さなかった。
Go To推進方針を明示したのだ。
11月25日になって「勝負の3週間」としたが、「感染拡大推進の勝負の3週間」としか受け止められなかった。
10月1日からGo Toに東京が組み込まれた。
11月入り後、感染拡大傾向が鮮明になったが、Go Toにブレーキをかけることが抑制された。菅義偉首相がGo To推進に執着し続けたのだ。
大坂、札幌がGo Toの一時停止を始動させたが、これら地域を目的地とする旅行だけが停止された。
これら地域を出発地とする旅行は停止されなかった。
東京のGo Toが一時停止されたのは12月22日。
これも東京を目的地とする旅行だけで東京を出発地とする旅行は停止されなかった。
12月11日に菅首相はニコ動に出演し、Go To一時停止について、「まだ、そこは考えていない」と答えた。
菅首相がGo To全国一時停止を表明したのは3日後の12月14日。
しかし、この発表を行ったのち、菅首相は二階俊博自民党幹事長が主催した銀座のステーキ店での8人での忘年会に出席した。

5人以上での会食を控えることを国民に求めるなかで8人による忘年会に出席した。
Go Toの一時停止を表明したが、実施は2週間後だった。
一刻を争うときに2週間後の実施とは現実対応能力を失った腐敗官僚機構の対応だ。
その結果として、12月31日には東京都で1300人を超す新規陽性者数確認が生じた。
Go Toトラベルの推進は、都道府県をまたぐ人の移動を奨励するもの。
Go Toイートの推進は会食を奨励するもの。
いずれも、感染が収束した段階で実施すべきもの。
感染が拡大するなかで「旅行」や「会食」を奨励するメッセージが発出されてきた。
菅首相の8人での会食も「会食推進」の強烈なメッセージになった。
二階俊博氏に至っては、「マスクをとらないと食事できないじゃないですか」
と逆切れした上で、「会食を目的に出会っているんじゃない」と弁明を示した。
これが通用するなら、すべての国民が会食を実行して、同じ弁明を発することになるだろう。
首都圏の4知事が1月2日に緊急事態宣言の発出を要請したのだから、菅首相は1月2日、遅くとも1月3日には結論を示し、正月休み明けの1月4日には緊急事態宣言を始動させる迅速対応を示すべきだ。
1月4日に会見を開いて1月9日から実施というのも、あまりにもスピード感に欠ける。
感染拡大を危機的状況にまで拡大させた菅義偉首相の責任が重大だ。
            (以下は有料ブログのため非公開)