櫻井ジャーナルが掲題の記事を出しました。
ゼレンスキーが交渉相手ではウクライナ戦争は何時まで経っても収束しないと思われます。ゼレンスキーが、収束するとわが身に危険が及ぶことを恐れる点は、ネタニヤフがガザでの人民虐殺行為を止めようとしないのに似ています。
一国のリーダーはいつまでも救国の戦士を気取るのではなく、一刻も早く国民の無駄死になくすことに努めるべきです。
最近西側の有力メディアがゼレンスキーの周辺を批判する記事を掲載し始めたのは、ロシア政府と和解するチャンスがまだあるうちに戦争を終結させるべきだと考える人たちが少なからずいて、ゼレンスキーを排除する動きが出てきたことが背景にあるということです。
併せて同ブログの記事「東アジアにおける軍事的な緊張を高めるアメリカ軍」を紹介します。
空前の戦争国家である米国が日本を、「対中国戦争」や「対ロシア戦争」の際に恰好の手駒として如何に活用するかが明瞭に示されています。その際に米国の身代わりに破壊されるのは日本です。それは日本海側に林立する原発のうちの1基をミサイルで破壊するだけで、ほぼ決着します。
それなのに歴代の自民政府は何を勘違いしたのか、唯々諾々と米国に従って軍備を拡張し現在に至っています。
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ロシア軍の進撃を止められないNATO諸国はゼレンスキーを排除しようとしている
櫻井ジャーナル 2025.07.24
ウォロディミル・ゼレンスキーの周辺が慌ただしくなっている。ミンスク合意で煮湯を飲まされたロシア政府は停戦に応じず、ロシア軍の進撃を止めてウクライナ側の戦力を増強することが困難で、このまま進めば西側の私的権力は利権を失う。イギリス、フランス、ドイツなどはアメリカを前面に引き摺り出そうとしているようだが、今のところアメリカ政府はロシアとの全面戦争を望んでいない。
そうした中、ゼレンスキーを排除する動きが出てきたのだ。ロシア政府と和解するチャンスがまだあるうちに戦争を終結させるべきだと考える人が少なくないようで、西側の有力メディアがゼレンスキーの周辺を批判する記事を掲載し始めたのもそうした空気を反映してのことだろう。
それに対し、ゼレンスキーは閣内の粛清を進める一方、NABU(国家汚職対策局)とSAPO(専門汚職対策検察庁)を大統領が任命する検事総長に従属させる権限縮小法案を可決させた。これは7月22日午前に急遽招集された委員会で発表され、午後に法案は署名のために大統領へ送られている。とりあえず、この法案によって、NABUとSAPOがゼレンスキー自身や彼の側近に対する汚職捜査は阻止される。
NABUは主に政府高官の汚職事件を捜査、SAPOは裁判にかける事件をまとめ、ウクライナ高等汚職裁判所がこれらの事件について判決を下すという仕組みで、この2機関は政府から独立しているとされていたのだが、実際はキエフのアメリカ大使館が管理していた。つまり今回、ゼレンスキーはアメリカ政府と対決する道を選んだと言える。
本ブログでも繰り返し書いてきたことだが、アメリカ海兵隊の元情報将校でUNSCOM(国連大量破壊兵器廃棄特別委員会)の主任査察官を務めたスコット・リッターのドキュメンタリーによると、ゼレンスキーはjイギリスの対外情報機関であるMI6のエージェントであり、そのハンドラー(エージェントを管理する担当オフィサー)はリチャード・ムーアMI6長官だと推測されている。そのムーアが今年10月1日に退任し、ブレーズ・メトレベリへ引き継がれる。こうしたMI6長官の交代がゼレンスキーの運命を変えるかもしれない。
この交代劇はイギリスとナチスとの関係を人びとに思い出させるかもしれない。メトレベリの父方の祖父にあたるコンスタンチン・ドブロボルスキーは、ナチス占領下のウクライナでナチス親衛隊の戦車部隊に所属した後、憲兵隊に入っている。その際、反ナチスの抵抗運動に参加していた数百人のウクライナ人を処刑したと自慢、「虐殺者」と呼ばれていたと伝えられているのだ。
ゼレンスキーを排除した後、西側はバレリ・ザルジヌイ元軍最高司令官を据えるのではないかと言われている。ザルジヌイは兵士の犠牲を少なくする作戦を進めようとしていたが、ゼレンスキーや西側のパトロンたちは御伽話を作りやすい派手な作戦を望み、昨年2月に解任されていた。当時のアメリカ大統領、ジョー・バイデンはウクライナに対して「玉砕攻撃」を命令、ザルジヌイと対立していたのだ。ペトロ・ポロシェンコ元ウクライナ大統領も反ゼレンスキーで暗躍しているようだ。
東アジアにおける軍事的な緊張を高めるアメリカ軍
櫻井ジャーナル 2025.07.21
海上自衛隊の「あぶくま」型護衛艦(駆逐艦)をフィリッピン海軍へ売却する話が進んでいるようだ。8月にはフィリピンから専門家チームが日本へ派遣されるという。東アジアにおける日本の軍事的な存在感が高まっている。
5月15日にエグザビエル・ブランソン在韓米軍司令官は、対朝鮮だけでなく中国を牽制するためにも在韓米軍の役割を拡大する必要があると主張、韓国は「日本と中国本土の間に浮かぶ島、または固定された空母」だと表現している。中国やロシアとの関係を修復しようとしている韓国政府に対する圧力も強めるつもりなのだろう。
ウォール・ストリート・ジャーナル紙は5月22日にドナルド・トランプ政権が韓国から約4500人のアメリカ軍を撤退させ、グアムを含むインド太平洋地域の他の地域に移転させる可能性を検討していると伝えているが、5月23日には国防総省のショーン・パーネル報道官は、アメリカが在韓米軍の削減を検討しているという報道を「事実無根」と否定していた。アメリカにとって台湾も「不沈空母」だ。
中曽根康弘は1983年1月にアメリカを訪問、その際にワシントン・ポスト紙の編集者や記者たちと朝食をとっている。その席上、彼はソ連のバックファイア爆撃機の侵入を防ぐため、日本は「不沈空母」になるべきだと語ったと報道されている。
中曽根は発言を否定しようとしたものの、インタビューが録音されていたことを知ると、「不沈空母」ではなくロシア機を阻止する「大きな空母」だと語ったのだと主張したのだが、このふたつの表現に本質的な差はない。日本列島はアメリカ軍がロシア軍を攻撃するための軍事拠点だと中曽根は認めたのである。
中曽根は首脳会談で日本周辺の「4海峡を完全にコントロールし、有事にソ連の潜水艦を日本海に閉じ込める」、また「ソ連のバックファイアー(爆撃機)の日本列島浸透を許さない」と発言。また「シーレーン確保」も口にしたが、要するに制海権の確保だ。
アメリカは第2次世界大戦後、日本列島から琉球諸島を経て台湾に至る弧状列島はアメリカにとってユーラシア大陸の東岸を侵略する拠点である。
アメリカのSAC(戦略空軍総司令部)は1956年に核攻撃計画を作成したが、それによると、ソ連、中国、そして東ヨーロッパの最重要目標に対しては水爆が使われ、ソ連圏の大都市、つまり人口密集地帯に原爆を投下することになっていた。
攻撃目標とされた大都市にはモスクワ、レニングラード(現在のサンクトペテルブルク)、タリン(現在はエストニア)、キエフ(現在のウクライナ)といったソ連の都市だけでなく、ポーランドのワルシャワ、東ドイツの東ベルリン、チェコスロバキアのプラハ、ルーマニアのブカレスト、ブルガリアのソフィア、中国の北京が含まれている。
そうした攻撃を実行する出撃拠点のひとつが沖縄。その沖縄では1950年代に「銃剣とブルドーザー」で土地が強制接収され、軍事基地化が推し進められた。1953年4月に公布/施行された布令109号「土地収用令」に基づいて武装米兵が暴力的に土地を接収、55年の段階で沖縄本島の面積の約13%が軍用地になっている。沖縄の軍事基地化はアメリカの先制核攻撃計画と結びつていた。
アメリカ国防総省系のシンクタンク「RANDコーポレーション」が発表した報告書によると、GBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲する計画を彼らは持っている。
専守防衛の建前と憲法第9条の制約がある日本の場合、ASCM(地上配備の対艦巡航ミサイル)の開発や配備で日本に協力することにし、ASCMを南西諸島に建設しつつある自衛隊の施設に配備する計画が作成されたとされていた。自衛隊は2016年に与那国島でミサイル発射施設を建設、19年には奄美大島と宮古島、そして23年には石垣島でも施設を完成させている。その間、韓国へTHAADを持ち込んだ。
南西諸島にミサイル発射基地が建設されつつあった2017年11月、アメリカはオーストラリア、インド、日本とクワドの復活を協議、18年5月にはアメリカ太平洋軍をインド太平洋軍へ名称変更した。
ソ連が消滅した1991年12月、ネオコンを含む西側の好戦派はアメリカが唯一の超大国になり、好き勝手なことができる時代になったと考えたようで、92年2月には国防総省のDPG(国防計画指針)草案という形で世界制覇計画が作成された。作成の中心は国防次官を務めていたポール・ウォルフォウィッツだったことから、このDPG草案は「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」とも呼ばれている。
そのドクトリンには、ドイツと日本をアメリカ主導の集団安全保障体制に統合し、民主的な「平和地帯」を創設すると書かれている。ドイツと日本をアメリカの戦争マシーンに組み込み、アメリカの支配地域を作り出すということだ。
また、彼らが目指す第一の目的は、旧ソ連の領土内であろうとなかろうと、かつてソ連がもたらした脅威と同程度の脅威をもたらす新たなライバルが再び出現するのを防ぐことだとしている。西ヨーロッパ、東アジア、西南アジアが成長することを許さないということだが、東アジアには中国だけでなく日本も含まれている。1990年代以降の日本を見れば、その意味がわかる。
「湯の町湯沢平和の輪」は、2004年6月10日に井上 ひさし氏、梅原 猛氏、大江 健三郎氏ら9人からの「『九条の会』アピール」を受けて組織された、新潟県南魚沼郡湯沢町版の「九条の会」です。