トランプ氏は大統領選中TPPからの離脱を公約し、当選後もビデオメッセージでTPPからの離脱を明言しました。それに対して菅官房長官は23日、「トランプ政権がスタートしてからも、日本が先頭に立って説得していきたい」と述べました。翻意させられると考えている辺りが日本側のピンボケぶりに他ならないし、 トランプ氏が選挙公約を実行しようとしているのに、そうした口出しをするのは内政干渉になるという意見もあります。
そもそもアメリカがTPPを構想したときの標的は日本でした。GDP世界3位の日本の巨大な市場が主要な収奪の対象でした。その日本が、次期米大統領が離脱を宣言しているTPPに今も異常な執念を持っているのは実に滑稽なことです。如何に日本政府がTPPの正体を見誤っているかということです。
TPPから離脱してもアメリカは日本からの収奪を諦めたのではありません。アメリカの言うがままになる日本に対しては、これから日米二国間貿易協定(FTAやEPA) を結ぶことで、十分に目的が達成されるからです。
2012年に発効した米韓FTAはブッシュ政権時代に最初の協定が決まったものの、08年に当選したオバマ氏により再交渉になり韓国に厳しい内容になりました※。
これまでのTPP交渉での日本側の弱腰を見れば、今後展開される日米二国間協議でその二の舞を演じることは明らかです。日本がTPPを批准してしまえば、それをTPPのレベルよりも後退した内容に抑えるのは無理になる筈です。
一番分かりやすい例は保険診療対象の薬価基準です。厚生省の薬価専門部会に米国製薬企業の代表が加えられれば、彼らが法外な単価の薬剤を保険対象に組み入れることを要求するのは明らかです。
日本は現在、がん治療薬「オプジーボ(小野薬品工業製)」の価格が高額で、患者一人当たり年間3500万円もする費用の負担に苦しんでいます(今後半額に下がる見込み)が、米国製のそうした超高価薬剤が保険対象に組み込まれれば、国民皆保険制度はまず財政的に破綻してしまいます。
それを避けるために保険対象薬への「組み入れ」を拒否したり、「単価の切り下げ」を要求すればたちまちISDS条項で「本来の利益を日本国によって阻害された」として訴えられ、米国が連戦連勝の仲裁裁定で巨額の賠償を命じられることは明らかです。
TPPの国会審議で脳天気ぶりを発揮していた首相や石原担当相には、政治生命を懸けて交渉してそれを回避する責任があります。
元朝日新聞編集委員 山田厚史氏と植草一秀氏の記事を紹介します。
(関係記事 以下の他にも多数あります)
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TPPより怖い2国間交渉、トランプのしたたかさを侮るな
山田厚史 ダイヤモンドオンライン 2016年11月24日
(デモクラTV代表・元朝日新聞編集委員)
「大統領に就任したその日にTPPから離脱する」。トランプ氏のビデオメッセージが公開された。安倍首相がアルゼンチンで「米国抜きでは意味がない」と語った1時間後だった。2人は4日前に会った。「信頼できる指導者であることを確信した」と褒め称えた首相は、見事に無視された。
メディアは「米国の保護主義」というトーンで書いているが、「自由貿易か保護主義か」というモノサシは20世紀の遺物だ。
注目すべきは「TPP離脱」ではない。「TPPの代わりに」という後段に毒が盛られている。「雇用や産業を米国内に取り戻すため、公平な二国間の貿易協定を交渉してゆく」というメッセージだ。
自由で開かれた経済圏を環太平洋に、などと綺麗ごとをトランプは言わない。二国間交渉でお前の市場を取りに行く、という宣言である。
標的は日本。すでに下地はできている。
大統領候補がこぞって
TPP反対の陰に製薬業界
TPPの陰で日米は「並行協議」と呼ぶ二国間交渉を秘密裏に続けてきた。TPP協定が合意された2月4日、並行協議の成果はフロマン米通商代表と佐々江駐米大使の間で「交換公文」にまとめられた。
そこには日米が引き続き協議する項目が列挙され「公的医療保険を含むすべての分野が交渉の対象になる」と明記された。二国間交渉こそ日米の主戦場なのだ。
TPPは米国の主導で進んだが、米国は結果に満足していない。“米国” とは、議会の共和党、交渉を後押しした多国籍企業、戦略を陰で立案したロビイストなどTPP推進派のこと。任期中に実績となる「レガシー」を残したいオバマは最終局面で譲歩したと怒っている。
例えば知的財産権。バイオ医薬品の特許期間は「8年」で決着した。製薬業界は「敗北」と感じている。米国の主張は「20年」だった。それがオーストラリアなど薬剤消費国の抵抗に遭い押し戻された。交渉をまとめるためにベタ降りしたのだ。
推進派の急先鋒・ハッチ上院議員は「8年では短すぎる」とオバマの交渉を批判した。同議員は「製薬会社から2年間で500万ドルの政治献金を受けていた」とNYタイムスに報じられた族議員である。
製薬業界は農業団体や軍事産業を上回るロビー活動をしていると有名だ。その製薬業界が交渉結果に満足せず「やり直し」を求めていることが、大統領選挙で「TPP反対」が湧き起った底流にある。
(中 略)トランプはTPPだけでなく北米自由防衛協定(NAFTA)までやり玉に挙げた。不満を抱える下層白人の受けを狙う「雇用重視」の姿勢を鮮明にした。ヒラリーのような曖昧さを残さず、きっぱりTPPと手を切る態度を示したが、サンダースとは違った。
サンダースは1%が99%を支配する米国の社会構造を問題にしたが、トランプは1%の利益を二国間協議でこれから推進することになるだろう。
この流れを理解するには、米国を巡る通商交渉の潮流変化を知る必要がある。
他国市場を国がこじ開け
企業が乗り込む「米国流」の歴史
(中 略)製造業で優位性を失った米国は金融・サービス・知的財産という新分野に活路を見出し「市場開放」を他国に要求するようになる。
90年代に入るとソ連が自滅し、世界丸ごと市場経済になった。国境を越える投資が盛んになり、共通の経済ルールが求められるようになる。誰に有利なルールを作るか、21世紀は交渉力が企業や国家の盛衰を左右する。
国際経済の主役は多国籍企業が演じるようになる。だが、たとえマイクロソフトやグーグルが強い企業でも、進出する国では当局の規制を受け、思い通りの事業はできない。頼れるのは母国の政府だ。他国の制度を変える外交・軍事力が米国にはある。
ホワイトハウスや議会を味方に付ければ、都合のいいルールを世界に広めることができる。アメリカは政治献金が青天井。ロビー活動は自由。グローバル化する経済に乗って多国籍企業は成長が期待できるアジア市場を取りに行く。中国に先手を打って米国に有利な経済ルールを既成事実化する、という「国取物語」である。
トランプが復活させる
「日本市場への注文」
その中で日米はどんな関係か。アメリカにとってGDP世界3位の日本が加わらないTPPは意味がない。経済圏として重みがないし、市場として魅力もない。
米国は経済ブロックとしてTPPを構築すると同時に、日本市場に米国企業が浸透する好機と位置付けた。
交渉参加が決まった2013年4月、麻生財務相は「かんぽ生命からがん保険の申請が出ても認可しない」と表明した。がん保険は日米保険協議の合意で米国の保険会社アフラックが日本で独占的に売っていた。この既得権をかんぽ生命が侵さないことを、日本はTPPの参加条件のひとつにされた。
かんぽ生命の動きを封じたうえで、アフラックは全国の郵便局でがん保険を売る特権を獲得した。TPP交渉と並行する二国間協議は、米企業が日本で有利に事業を展開できる取り決めをする場になった。
源流は89年に始まった日米構造協議だ。貿易不均衡の是正を目的とした二国間協議で、93年に日米包括経済協議へと名を変え、94年からは「年次改革要望書」として毎年、日本に注文を付けるようになった。
民主党政権で中断されたが「日米経済調和対話」と名を変え継続している。トランプがぶち上げた「二国間交渉」とは、まさにこの方式である。
連綿と続く米国の市場開放要求は、この3年はTPP交渉の裏でやってきたが、米国がTPPから離脱すれば、もとの「日米対話」に座敷を変えるだけのこと。それが米国の立場だ。
農産5品目など日本が守れなかった「聖域」や、30年後に引き延ばされた自動車関税など日本にとって痛恨の交渉結果は、日米二国間で決まった。TPPがなくても米国は約束の履行を求めてくるだろう。そして再交渉が始まる。
(中 略)雇用に不満を抱える下層白人に配慮するそぶりを見せながら、共和党主流と同じ「強者」を代弁する交渉がTPP離脱後に始まるだろう。
米韓FTAは再交渉で韓国不利に
日米の再交渉は二の舞にならないか
改めて注目したいのが2012年に発効した米韓FTAだ。TPPのお手本とされたこの協定は再交渉で誕生した。
ブッシュ政権時代に最初の協定が決まったが、08年の大統領選に出馬したオバマは「米国の利益を損なう」と反対した。当選後、再交渉となり韓国に厳しい内容になった。
北朝鮮と対峙する韓国は米軍の支援を抜きに安全保障を維持できず、隣接する中国との関係からも米国の後ろ盾を必要とする。李明博大統領は米国の要求を呑まざるを得なかった。再協議は秘密交渉で行われ、膨大な協定の中身は国会で十分な周知がないまま決まってしまった。
日本で再交渉が始まれば同様の事態になりはしないか。
焦点のひとつに薬価がある。日本は米国に次ぐ巨大市場だ。薬価を高値に維持する特許期間の延長が協議されるだろう。
日本の製薬会社も「8年では短すぎる」としている。TPPでは途上国が短縮を求め押し切ったが、日米協議に途上国はいない。
薬価の決め方も米国は突いてくるだろう。TPP協定付属文書に「医療品及び医療機器に関する透明性及び手続きの公正な実施」という規定が盛られた。当たり前のことが書かれているように見えるが、キーワードは「透明性」と「公正」。2011年の日米経済調和対話で「利害関係者に対する審議会の開放性に関わる要件を厳格化し、審議会の透明性と包括性を向上させる」という項目が入った。審議会とは厚労省の中央社会保険医療協議会。実務を担う薬価専門部会に米国製薬企業の代表を加えろ、と米国は要求している。
遺伝子技術の進歩で画期的なバイオ新薬がぞくぞくと登場したが価格がバカ高い。小野薬品工業のがん治療薬オプジーボは、患者一人に年間3500万円がかかる。健康保険が適用されるが財政負担が問題となり、来年から薬価が半額になることが決まった。
米国の製剤会社は日本の国民皆保険でバイオ製剤を売りたい。新薬認可や保険適応を円滑に進めるため、決定過程に入れろ、と圧力をかけている。高額薬品をどんどん入れれば財政がパンクし国民皆保険が危うくなる。
米国は国民皆保険がないため、病院に行けない医療難民がたくさんいる。オバマケアで最低限の保険制度を作る試みが始まったが財政負担が嵩み、金持ちや共和党が目の敵にしている。トランプは「撤回」を視野に再検討する構えだ。米国の製薬企業は、日本の皆保険は新薬の巨大市場と見ている。世界一薬価が高く政治力のある米国資本が薬価決定に参入すれば、日本の薬価はどうなるのか。
こうした問題は日米交渉の一端でしかない。しかしTPPで何が話し合われたか、国会で真剣な協議が行われていない。二国間協議に移ればなおさらだ。
振り返れば、BSE(狂牛病)の取り扱いや、遺伝子組み換え作物の「微量混入」も、日本の自主的判断で、米国の要求に沿った解決になった。自動車摩擦の頃、日本が「自主規制」で米国の意に沿った決着に至ったのと同じことが今も行われている。
「TPP離脱」に、呆れている場合ではない。トランプはしたたかである。
TPP漂流ならTPP関連予算即時凍結不可欠
植草一秀の「知られざる真実」 2016年11月24日
(前 略)安倍首相は(中 略)ニューヨークの「トランプ私邸詣で」をしたその足で南米に渡航。
アルゼンチンのブエノスアイレスで、「米国抜きのTPPは意味がない」と発言した直後に、トランプ氏は
「大統領就任初日にTPP離脱を宣言する」とビデオメッセージで発表した。安倍首相の発言直後にメッセージ発表のタイミングを合わせたのだろう。
(中 略)TPPの発効可能性は限りなくゼロに近づいた。自民党議員のなかには「TPPは死んだ」と公言する者も現れている。日本の国会は、この事実を厳粛に受け止めた対応を示すべきである。
しかし、これに伴って重大な問題が二つ浮上する。
第一は、TPP関連予算が宙に浮くことだ。
TPPにかこつけて、巨大利権をむさぶろうとする勢力が存在する。安倍政権が遮二無二TPP批准案、TPP関連法の強行採決に突き進んでいる大きな理由がこの点にある。
11月23日付の中日新聞が1面トップで「宙に浮く1兆1900億円」と伝えた。
記事は次の内容を伝えている。
「経済産業省は、中小企業の海外進出などを後押しする組織を官民共同で設立。全国の商工会議所などで経営者らの相談に応じる。今年6月にはメキシコにも窓口を設けた。そのための予算は15年度補正と16年度当初で計241億円に上る。
農林水産省は15年度補正で、長野県富士見町のレタス保存用冷蔵庫や、石川県白山市のコメの乾燥施設の整備費などに補助金を出す「産地パワーアップ事業」に505億円を計上した。」
安倍首相が石川県を訪問した際には、白山市所在の農業法人を訪問した。安倍政権支持と、安倍政権の予算編成が「癒着」の構造を生み出しているように見える。
しかし、TPPが漂流するなら、TPP関連予算は凍結するべきである。また、国会でTPP関連法の強行制定もやめるべきだ。
第二の問題は、トランプ氏がTPPに代えて、2国間協定を積極的に活用することを示したことだ。
米国は日本とのFTAまたはEPA締結を念頭に置いている。そもそもTPPは日本を収奪するための最終兵器だった。しかし、その適用が、米国に弊害を与える部分もある。だから、米国内でTPP反対の主張が強まった。
しかし、TPPが消滅しても、日本を収奪しようとする意図は厳然と残る。トランプ氏は「アメリカファースト」のスタンスを示しているのであり、日本からの収奪を否定しているわけではない。
日本は米日FTA、米日EPAに対して最大の警戒をしなければならないのである。
国益無視で、強欲巨大資本の命令通りに行動してきた安倍首相が、今度は日米2国間交渉で強欲巨大資本の言いなりになる危険が極めて高い。米日FTAやEPAが日本の国益を喪失するかたちで締結されるなら、TPP消滅のメリットはほとんどなくなると言ってよい。
まずは、米日二国間の協定にはISD条項を絶対に入れてはならないことを確認しておくべきである。
また、関税の引下げ交渉において日本の国益を守らねばならぬことも当然のことだ。
米国の自動車輸入の関税は14年、あるいは29年間一切下げずに、豚肉や牛肉の関税は直ちに引き下げるなどと言う、ふざけた取り決めを結ぶことを許してよいわけがない。
TPPがご破算になり、米日FTA、EPAを検討すると言うなら、日本の国益を守る交渉をゼロベースで行う必要がある。この点を銘記することが絶対に必要だ。