円安は直接的には日米の金利差によるもので、米国側は量的緩和策が成功して逆にインフレが進行したため利上げで対応することになったのですが、日本は国債残高が膨大に過ぎて全く利上げができないのです。
利上げが出来ない場合、別の方法として「為替介入」(⇒ドル売り・円買い)があります。ただそれを日本が単独でやれば米国と敵対的な関係になるので、了解を得て協調的に行う必要があるのですがその余地はなさそうです。この先も円安は進みやすい環境にあるということです。
加谷 珪一氏が「 ~ それでも日本政府が『為替介入』できない本当の理由」という記事を出しました。
併せて浜矩子・同志社大教授の「『悪い円安』という言葉では正確な現状認識はできない ~ 」という記事を紹介します。
註.「財政ファイナンス」とは、「財政赤字を賄うために、政府の発行した国債等を中央銀行が通貨を増発して直接引き受けることで〝マネタイゼーション”ともいう。財政規律を失い悪性のインフレを引き起こす恐れがあるため、財政法第5条により原則として禁止されている(野村証券 証券用語解説集)」ものです。
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超円安で「日本人の生活」がピンチ…それでも日本政府が「為替介入」できない本当の理由
加谷 珪一 現代ビジネス 2022.04.27
急ピッチで進む円安に対して、一部から為替介入を実施すべきとの声が上がっている。だが、通貨安を防衛するための為替介入には制限が多く、あまり現実的とはいえない。しかも米国政府はインフレ抑制が最優先であり、ドル安を歓迎する可能性は低い。介入によって円安を阻止するという流れにはなりにくいだろう。
円安の原因は、日米の金融政策の違い
このところ進んでいる円安は、近年、目にしたことのないペースである。2022年2月までは、1ドル=114~115円で推移していたが、3月に入って一気に円が下落。1カ月半で14円も下がり、一時は1ドル=129円台を付けた。これは20年ぶりの水準である。
今、急激に円が売られている理由は、主に日米の金利差、つまり日米の金融政策の違いによるところが大きい。世界各国はリーマンショックに対応するため、市場に大量のマネーを供給する量的緩和策を行ってきた。米国は一定の成果を上げ、すでに量的緩和策を終了。金利を引き上げ、市場からマネーを回収する金融正常化モードに入っている。
加えて、コロナ後の景気回復期待やウクライナ戦争などによって全世界的にインフレが激しくなっており、物価対策の必要性から、金利の引き上げが前倒しされる可能性が高まっている。ところが日本は依然として量的緩和策を継続中で、日銀は大量の国債を購入している。結果として日本は超低金利のままとなっており、日米の金利差は今後、大幅に拡大する可能性が高い。
米国は金利を引き上げ、市場から資金を回収しているのに対して、日本は金利を引き下げ、市場にマネーを供給している状況なので、日本円の価値は減価しやすい(つまり円安が進みやすい)。日銀は当面、現在の金融政策を維持する方針を示しているので、日米の金利差は今後、さらに拡大すると予想する関係者がほとんどである。
つまり今、発生している円安は日米の金融政策の違いという構造的な要因であり、日本の金融政策が変わらない限り、同じ市場環境が続く。
急ピッチな円安の進行を受けて、各方面から懸念する声が上がっている。
ファーストリテイリングの柳井正社長は、4月14日の決算発表において「円安のメリットはまったくない」「これ以上、円安が続くと日本の財政に悪影響」として懸念を示した。日本商工会議所の三村明夫会頭は、中小企業の多くが円安による悪影響を受けているとして「日本経済にとって良くない」と述べた。鈴木俊一財務相は「円安が進んで輸入品等が高騰している。悪い円安と言える」とかなり踏み込んだ発言を行っている。
輸出企業が多く加盟する経団連の十倉雅和会長は、「為替というのは経済のファンダメンタルズを表している」として、ある程度、容認する姿勢を示したものの、「急速な変動は良くない」として、安定的な推移が必要との見解を示した。
通貨安防衛の介入は極めて難しい
これまで日本では、基本的に円安を求める声の方が大きく、円安懸念の大合唱になるというのは、大きな変化といってよい。日本メーカーの海外現地生産が増え、円安のメリットを直接的に享受できないことに加え、生活必需品の輸入が増えたことで、円安による物価上昇の影響が大きくなってきた。円安のメリットをデメリットが上回る状況になっており、円安が歓迎されなくなったと見てよいだろう。
こうした状況を受け、一部からは為替介入によって円安を阻止すべきとの声も聞かれるようなってきた。だが、現実問題として、円安を阻止するための為替介入を実施するのは極めて難しい。その理由は、通貨安を防ぐ介入の場合、手持ちの外貨準備の範囲でしか、介入を続けることができないからである。
為替介入は財務大臣の権限で行われ、円高を阻止する介入であれば、円売りドル買いの介入が実施される。財務省は事実上無制限に円資金を調達できるので、効果が出るまで介入を続けることができる。だが円安を阻止する介入の場合、円買いドル売りの取引を行わなければならない。円を買うためには、手持ちのドルが必要であり、そのドルは外貨準備から拠出される。逆に言えば、ドル売りの介入は外貨準備の範囲でしか実施できないことを意味している。
通貨安防衛の介入には限度があるため、こうした介入に乗り出した政府に対しては、投資ファンドが空売りなどを仕掛けてくる可能性があり、政府が負けてしまうことも十分にあり得る。通貨防衛を目的とした介入は、基本的に無意味というのが、現代の金融市場における常識と言って良いだろう。
1997年から98年かけて政府は過度な円安を是正する目的で為替介入を行ったことがあるが、当時、財務官として介入の実務を取り仕切った榊原英資氏は、外準準備の10分の1を使ってしまい「あと9回しかないと思った」と発言している。同氏は国際金融局長時代に実施した円高是正の巧みな手腕から、「ミスター円」との異名を取っており、日本政府の市場に対する影響力は大きかった。結果として円安是正の介入も、数兆円の外貨準備を放出するだけで済んだが、こうしたケースは稀だろう。
ちなみに2022年3月末時点における日本の外貨準備は1兆3560億ドル(約173兆円)となっており、80%は証券運用となっている。証券運用の大半は米国債と思われるので、外貨準備を取り崩して介入を行う場合、米国債を売却する必要が出てくるかもしない。米国債の巨額売却は米国の長期金利を上昇させる作用をもたらすので、介入によって日米の金利差がさらに拡大し、逆に円安を加速させてしまうリスクもはらむ。
米国が協調介入に応じる可能性は低い
しかも、今回の円安は日米の金利差という構造的な要因であり、米国政府がドル安を望む可能性は低い。米国は金融政策の正常化という従来の目的に加え、このところ顕著となっているインフレの是正という政治的課題を抱えている。景気を失速させない範囲において、可能な限り金利高、ドル高にしたいというのが米国政府のホンネであり、ドル高是正(つまり円安是正)の為替介入について同国を説得するのは困難と考えるべきだろう。
実は、日米の協調介入について、奇妙なニュースが流れている。
鈴木財務相は4月22日、米国のイエレン財務長官と会談し、為替や経済の現状について意見交換を行った。協調介入について議論したのかとの質問に対し鈴木氏は「コメントしない」と述べたが、TBSは、日本の政府関係者の話として、「(米国側は協調介入について)前向きに検討してくれるトーンだった」と報じた。
このニュースを聞いた時、筆者は首をかしげざるを得なかったが、その後、ロイターが財務省幹部の話として「事実ではない」との報道を行っている。
TBSに対し、介入について協議したと話した人物も、ロイターに対してそれを否定した財務省幹部も名前は明らかにされていない。ただ、TBSやロイターが発言をねつ造することは基本的にあり得ないので、どちらの発言も存在したと考えるのが妥当だろう。だとすると日本側は、米国と力強く交渉していることを示す政治的目的で、関係者が協議したというリークを行ったものの、影響が大きかったことから、財務省が火消しに回ったという図式が考えられる。
いずれにせよ、一般常識として米国が素直に協調介入に応じるとは考えにくく、先ほど説明した外貨準備の上限という制限もあり、市場関係者の多くは、介入は行われないとの見方に立っている。そうなると、円安がどこまで進むのかについては、日銀の方針次第ということになるだろう。
日銀が金融正常化を想起させる動きを見せれば、為替市場も相応に反応するだろうが、現時点で日銀は利上げに転じる姿勢はまったく見せていない。金利が上がれば、政府の利払いが増加し、日銀も含み損を抱える可能性が高い(日銀が保有する国債は簿価評価だが、市場はそう認識しない)。国内経済も、融資の低迷で逆風が予想されるし、住宅ローンの返済額が増えるなど弊害も多い。
何より、日銀の黒田総裁はアベノミクスの強力な推進者であり、日銀総裁が交代しない限り、政治的にも金融政策を変更するのは難しいだろう。相場は常に行ったり来たりを繰り返すので、今後も一方調子に円安が進むとは限らない。だが、黒田氏の任期はあと1年残っているという現実を考えると、基本的には円安が進みやすい環境が続く。
加谷 珪一
1969年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。現在は、経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行っている。著書に『貧乏国ニッポン』(幻冬舎新書)、『億万長者への道は経済学に書いてある』(クロスメディア・パブリッシング)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)、『ポスト新産業革命』(CCCメディアハウス)、『教養として身につけたい戦争と経済の本質』(総合法令出版)などがある。
特別寄稿 浜矩子氏
「悪い円安」という言葉では正確な現状認識はできない まともな経済力学の逆襲が始まった
日刊ゲンダイ 2022/04/29
「悪い円安」という言い方に違和感を覚えます。そこには、基本的には円安は良いものだという発想が底辺にある。しかし、わざわざ「悪い」と接頭語を付けるのは、時代錯誤であり、精緻さに欠ける認識。
日本は債権大国になって久しい。通貨の価値は上がるのが自然体であって、とうの昔に購買力の上昇と一致した経済運営になっていてしかるべきでした。当然の方向転換をせず、円高阻止を続けてきた結果、とうとう通用しなくなった、というのが現状です。
日銀の黒田節もようやく「急激な円安はマイナス」と言い始めました。これまで「円」というボタンを押すと、機械的に「円安は日本経済にとってプラス」と出てくるような回路でしたから、今さら何を言っているのか。その「悪い円安」を日本の金融政策の突出した異様さがつくり出してきた。世界的に利上げモードになっている中で、日本では断じて金利上昇許すまじと大量に国債を購入するピント外れな政策を続けている。
そうなってしまうのは、異次元緩和が当初から「財政ファイナンス」以外の何ものでもなかったからです。まともな金融政策としての判断とは無関係なところで、狂った政策を展開し「悪い円安」なることを招いた落とし前をどうつけるつもりなのか。
さらには「国際収支の発展段階説」という問題が横たわる。これについては、私は以前から警鐘を鳴らしてきました。いまの調子で貿易赤字が定着すれば、いずれ経常収支レベルでも赤字になるでしょう。国内で貯蓄不足・需要超過になっているので、それを補うために海外からの資本流入を獲得しなければ経済が回らない。
こうした状況を「債権取り崩し国」と言いますが、果たして、いまのような体たらくの日本に経常赤字に見合う資本が流入するのでしょうか。
異様な金融政策が日本経済を心肺停止に陥らせている
何をやってもうまくいかず、韓国がうらやましい、みたいな状態で、海外との金利差が広がるばかりでは、お金を引き寄せることはできません。そうなると日本は金欠病で窒息死。以前もお話ししたミイラ化が、ついに眼前に迫ってきた。
日本の異様な金融政策が日本経済を心肺停止状態に陥らせているという現実を、真正面から受け止めないといけない。「悪い円安」などという言い方をしているようでは正確な現状認識ができていないと言わざるを得ません。
ここを切り抜けるには、もはや金利を上げざるを得ない。物価も上昇したわけですし、緩和をやめ、財政ファイナンスに終止符を打ち、本気で財政再建に舵を切る。そうして、まともな方向に歯車が回り始めることになればいい。
逆に、それでも財政負担を増やすことをしないのなら、日本経済を死に至らしめることになる。メディアは、アホダノミクス男がどう答えるのか、問いただすべきです。
異様な金融政策に対し、いつ、どのような形で修正が迫られるのだろうかとずっと考えていました。ついに来た。いま、これがそうです。まともな経済力学の逆襲が始まったのです。
浜矩子 同志社大学教授
1952年、東京生まれ。一橋大経済学部卒業後、三菱総研に入社し英国駐在員事務所長、主席研究員を経て、2002年から現職。「2015年日本経済景気大失速の年になる!」(東洋経済新報社、共著)、「国民なき経済成長」(角川新書)など著書多数。