2026年3月23日月曜日

23- 沖縄 米海兵隊が中東へ移動/ディモナ原子炉(イスラエル)近傍をイランが攻撃

 櫻井ジャーナルの掲題の2つの記事を紹介します。
1番目の記事)
 沖縄のキャンプ・ハンセンで訓練中の米軍海兵隊第31海兵遠征部隊(MEU)に所属する2500名と、佐世保海軍基地を母港とする強襲揚陸艦トリポリとその強襲揚陸艦群は13日に佐世保港を出てイラク戦争に加わろうとしています。
(2番目の記事)
 米軍またはイスラエル軍17日ミサイル発射し稼働中のブシェール原発(イラン)から数の地点に着弾しました。その報復としてイラン軍は21日、ディモナにあるシモン・ペレス・ネゲブ原子力研究センターに近い場所をミサイルで攻撃しました。米国・イスラエルが始めたイラン戦争は深刻の度を深めています。
 関連してイスラエルが核弾頭150~200発所有していることを、製作を担当したイスラエルのモルデカイ・バヌヌ1986年10月5日告発した経緯が記述されています。
 西側は証拠のないイランの核弾頭疑惑を強調しますが、既に所有が明白なイスラエルについては何の追及もしないという不条理をどう考えているのでしょうか。
           ~~~~~~~~~~~~~~~~~~
日本に駐留している米海兵隊の部隊が中東へ移動、イラン攻撃に参加の可能性
                         櫻井ジャーナル 2026.03.22
 沖縄のキャンプ・ハンセンで訓練中のアメリカ海兵隊の31海兵遠征部隊(MEU)に所属する2500名と佐世保海軍基地を母港とする強襲揚陸艦トリポリとその強襲揚陸艦群(強襲揚陸艦サンディエゴとニューオーリンズ)は3月13日から中東へ向かっているという。
 アメリカ軍とイスラエル軍は2月28日にイランを奇襲攻撃、最高指導者のアヤトラ・アリ・ハメネイ師、アブドルラヒム・ムサビ参謀総長、アジズ・ナシルザデ国防相、イラン革命防衛隊(IRGC)のモハメド・パクプール司令官、そして最高安全保障委員会(SNSC)事務局長でハメネイ師の顧問を務めていたアリ・シャムハニを含むイランの要人を殺害した。
 オマーンのバドル・ビン・ハマド・アル・ブサイディ外相によると、9カ月の間に2度、アメリカとイランはイランの核開発計画について協議し、合意まであと一歩のところまで迫っていたという
 ドナルド・トランプ米大統領は3月14日にイランのハールク島を爆撃させた。この島はイランの原油輸出の約9割を扱っている重要な場所。イランの原油輸出の約9割を扱っている同島の石油輸出ターミナルはこの攻撃でダメージは受けなかった。また、爆撃後もハールク島の防空システムは機能している。
 このハールク島に対する上陸作戦をトランプ政権は考えていると言われ、そのために第31MEUが派遣されたというのだが、日本駐留しているアメリカ軍部隊がイランに対する攻撃に参加するとなると、日本もイランにとって敵国ということになる。中東にあるアメリカ軍基地はイランやその同盟組織からの攻撃で破壊されているが、日本にあるアメリカ軍基地が攻撃されることもありえるということになるだろう。

 上陸作戦が成功する可能性は高くないが、もし成功して占領した場合はイラン軍からの集中攻撃を受けることになり、捕虜になるか戦死することになる。アメリカ政府もそうした展開になることは理解しているはずで、海兵隊員を生贄にして核攻撃するつもりではないかと危惧する人もいる。イランに勝利することが困難になっているイスラエルが核兵器を使っても不思議ではない。
 アメリカ軍の内部にはイスラエルのために命をかけたくないという将兵も少なくないが、イランを核攻撃したいと考える将兵もいる。2007年8月29日にアメリカのノースダコタ州マイノット空軍基地でW80-1可変出力核弾頭を搭載したAGM-129 ACM巡航ミサイル6発が行方不明になるという出来事があった。しかもミサイルの紛失は報告されず、マイノットとバークスデール両基地で36時間にわたり航空機に搭載されたままだったという。
 間違ってB-52H重爆撃機に搭載され、ルイジアナ州バークスデール空軍基地へ輸送されたということになっているが、核兵器を扱うための手順を考えると、少なくとも軍の幹部が核弾頭を搭載しミサイルの移動に関係している可能性が高い。アメリカ国内での核テロを計画していたのか、イランを独断で核攻撃しようとしたグループがいるのではないかと言われていた。現在トランプ政権を動かしている人びとの一部が核攻撃を目論んでいても不思議ではない。


イスラエルが核兵器を製造しているディモナ原子炉の近くをイランが攻撃
                         櫻井ジャーナル 2026.03.23
 イラン軍は3月21日、ディモナにあるシモン・ペレス・ネゲブ原子力研究センター(ディモナ原子炉)に近い場所をミサイルで攻撃した。そこにはディモナ原子炉で働く科学者が避難するための地下施設があると言われている。この攻撃はイスラエルがイランのナタンズ核施設を攻撃した数時間後に実施された。アメリカ軍、あるいはイスラエル軍が発射したミサイルが3月17日、稼働中のブシェール原子力発電所から数メートルの地点に着弾している。
 ディモナ原子炉では核兵器が製造されている可能性が高い。ここで技術者として働いていたモルデカイ・バヌヌの告発1986年10月5日付けのサンデー・タイムズ紙に掲載されたが、それによると、イスラエルが保有する核弾頭の数は生産のペースから推計して150から200発水爆の製造に必要なリチウム6やトリチウム(三重水素)の製造もバヌヌは担当、別の建物にあった水爆の写真を撮影したという。それだけでなく、イスラエルは中性子爆弾の製造も始めていたとしている。(The Sunday Times, 5 October 1986)
 ジャーナリスト、セイモア・ハーシュは『サムソン・オプション』の中で、バヌヌのディモナに関する話はイギリスのマスメディアを経由してイスラエル政府に伝わり、拉致に繋がったという。

 イスラエル軍情報局のERD(対外関係部)に所属、イツハーク・シャミール首相の特別情報顧問を務めたこともあるアリ・ベン-メナシェによると、イスラエルの情報機関はバヌヌがサンデー・タイムズ紙へ持ち込む前の段階で調査を開始している。
 バヌヌにディモナの話を記事にしないかと持ちかけたのは、オーストラリアで知り合ったジャーナリストのオスカー・ゲレロ。まず地元のシドニー・モーニング・ヘラルド紙やザ・エイジ紙に持ち込んだが、掲載を断る。そのうえで同紙はオーストラリアの対内情報機関ASIOに通報し、その情報はさらに対外情報機関のASISへ伝えられ、そこからイスラエルへ知らされた。アングロ・サクソン系国とイスラエルの情報機関は密接に繋がっている。
 次にゲレロはイギリスへ渡り、デイリー・ミラー紙に接触するが、同紙を所有していたロバート・マクスウェルはイスラエル軍の情報機関のために働いていた。ベン-メナシェによると、同紙の国外担当編集者のニコラス・デービスもイスラエルの情報機関のエージェントだ。

 ゲレロとバヌヌがデイリー・ミラー紙の前にサンデー・タイムズ紙へ持ち込まなかったなら、記事は掲載されていなかった可能性が高い。モサドのロンドン支局長はイギリスの治安機関MI 5に協力を要請、工作をはじめていたのだ。MI 5はイギリスで政治的、あるいは外交的問題を引き起こさないという条件で協力を約束した。
 モサドはバヌヌを拉致することにしたが、MI 5との約束があるため、イギリスでは実行できない。そこで彼をイタリアのローマにおびき出すことにした。そして登場してくるのが「シンディ・ハニン・ベントフ」なる女性だ。
 まずシンディは散歩中のバヌヌに何気なく話しかけ、パブに誘う。そうしたデートを何回か重ねた後、バヌヌはローマへ旅行しないかと持ちかけられ、彼はローマ行きを承知してしまう。ローマで彼を待ちかまえていたのはモサドのエージェント3名。ローマで大きな箱に押し込められたバヌヌは船でイスラエルのアシュドッドに運ばれた。外交特権で箱が調べられることはなかった。サンデー・タイムズが記事の掲載を決定したのは1986年10月5日、バヌヌが拉致された数日後のこと。バヌヌは1988年3月に懲役18年の判決を受けている。
 バヌヌの告発はアメリカの情報機関にとっても驚きだったという。彼らはイスラエルの保有する核弾頭数を24から30だと推測していたからである。バヌヌが告発した後、イスラエルが保有する核兵器の数は増えているはずだが、ジミー・カーター元米大統領はその数を150発以上だとしている。中には400発だとする人もいる。実際の保有数が不明な理由のひとつはディモナを詳しく調べられないからだ。ジョン・F・ケネディ大統領は調べようとしたが、1963年11月22日に暗殺された。

 イスラエルがイランの核開発についてとやかく言うのはおかしいのだが、アメリカとイスラエルがイランを爆撃している理由がそこにあるとは思えない。ガザのようにして、中東全域をイスラエルにしたいのだろう。「大イスラエル」だ
 イスラエルはアメリカやイギリスにとって中東を支配するための航空母艦だと考えることができる。北アメリカやオーストラリと同じように先住民を虐殺し、自分たちの領土にしたいのだろう。大イスラエルを荒唐無稽の話だと考える人は歴史を学び直すべきだ