政府が設置した産業競争力会議で、解雇や労働時間などの規制を緩和した特区をつくるという提案があり、安倍首相が厚生労働省に検討を指示しました。
特区内にある開業5年以内の事業所や、外国人社員が3割以上いる事業所への適用を想定しているということで、産業競争力会議のなかでも、かつて米国の要求に基づいて郵政民営化に注力した竹中平蔵氏が、この雇用の流動化についてもとりわけ熱心だとされています。
しかしこのように経営側に有利であるものの働く人たちには不利な政策が臆面もなく提案されて、それを首相が直ちに関係省に対して実施を検討させるというやり方には、強い違和感を持ちます。憲法の理念から外れ、為政者としての適格性を失しています。
田村厚労相は27日、さすがに「労働者を保護する法令は、憲法上の基本的人権の一つと認識している。特区の内と外で違うということが、果たしてできるのか」と述べて、特区の導入に慎重な見方を示しました。
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「解雇特区」、厚労相は慎重姿勢 「憲法無視できぬ」
朝日新聞 2013年9月27日
政府が検討を進めている、企業が従業員を解雇しやすい特区をつくる構想について田村憲久・厚生労働相は27日、「労働者を保護する法令は、憲法上の基本的人権の一つと認識している。特区の内と外で違うということが、果たしてできるのか」と閣議後会見で述べ、特区の導入に慎重な見方を示した。
雇用の特区構想は、解雇ルールや労働時間を規制する労働契約法や労働基準法の規定を特区内に限って緩める内容。解雇では、やむを得ない事情などがなければ無効とする規定に特例をつくり、企業が働き手と約束した条件にあえば広く解雇できるようにする。ベンチャーの起業や海外企業の進出を促せるとの有識者会議の提案を受け、20日の産業競争力会議で、安倍晋三首相が実現に向けた検討を田村厚労相に指示した。
田村厚労相は、有識者会議の提案について「憲法の精神に触れずに実現する方法があるか調整しているが、憲法を無視するわけにはいかない」とも語った。
政府は農業や教育などの分野の特区構想でも最終調整をしており、秋の臨時国会に関連法案を出す方針。
(社説) 解雇特例特区―あまりに乱暴な提案だ
朝日新聞 2013年9月27日
いくら「特区」だからといって、雇い主の権利の乱用は認められない。
政府の産業競争力会議で、解雇や労働時間などの規制を緩和した特区をつくる提案があり、安倍首相が厚生労働省に検討を指示した。
特区内にある開業5年以内の事業所や、外国人社員が3割以上いる事業所への適用を想定しているという。
特に問題なのは、解雇規制の緩和だ。
現行ルールでも、企業には従業員を解雇する権利がある。ただし労働契約法16条で、その解雇が「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」は権利の乱用になり無効としている。
今回の提案は、ここに特例を設け、「特区内で定めるガイドラインに適合する契約に基づいていれば、解雇は有効」と規定するという。
解雇へのハードルが下がり、トラブルも防げるので、企業が多くの人を雇ったり、高い給料を払ったりできるようになる。そんな主張である。
雇用契約に、解雇の要件を明確に記すこと自体は、推進すべきことだ。
だが、実際に解雇が正当かどうかでもめた場合、契約の文言だけでなく、働かせ方の実態をみて判断するしかない。
社員の成果の測り方ひとつとっても、業務に必要な資源や環境を与えられていたかどうかに左右されるはずだ。
競争力会議側は、仮に裁判になった場合、契約を優先させるよう求めているが、あまりに乱暴な議論だろう。今回の提案は企業側が一方的にリスクを減らすだけではないか。
日本で正社員の解雇が難しいといわれるのは、ある仕事がなくなっても、従事していた人をすぐに解雇せず、他にできる仕事がないか探す義務が企業側にあるとされるからだ。
ただ、それは「辞令一本で、どこででも、なんでも、いつまでも」という無限定な働かせ方と表裏一体の関係にある。
そこで、仕事の内容を具体的に決め、さらに解雇が有効になる判断基準について労使と司法のコンセンサスをつくろう。最終的には、立法や通達で明確にしよう――。
政府の規制改革会議の雇用ワーキンググループは今年5月末にこんな提案をした。ただし、それが実現しても権利の乱用は認められないことを確認することも忘れなかった。
こちらの方がはるかに建設的な提言ではないだろうか。